金曜日, 5月 12, 2017

経済計算論争 ランゲ、そしてカレツキ


                 ( 経済学リンク::::::::::
ケインズ=カレツキ往復書簡 Keynes ,Kalecki Correspondence 1937
http://nam-students.blogspot.jp/2015/12/keynes-kalecki-correspondence-1937.html

NAMs出版プロジェクト: 経済計算論争 ランゲ、そしてカレツキ

カレツキ(カレッキ)「計量経済学モデルと史的唯物論」1964〔"Econometric Model and Historical Materialism"

http://nam-students.blogspot.jp/2017/07/1964-econometric-model-and-historical.html

経済評論1968/10 [17(11)]
計量経済学モデルと史的唯物論〔"Econometric Model and Historical Materialism"
(On Political Economy and Econometrics--Essays on Honour of Oskar Lange,1964所収)〕
 / KaleckiM. ; 森重泰 訳/154~159

(ランゲ記念文集のために書かれたランゲに関する文章。)

カレツキは自らの立場を史的唯物論とする(ただし計量経済学モデルも「一般化された計量経済学モデル」としての史的唯物論に包摂される)。そうするとカレツキも一般化された計量経済学者ということか???

結局カレツキは経済に自足する計量経済学と土台から上部構造への一方的な影響関係を強調した史的唯物論の両方を批判している。

《マルクスの再生産表式は、結局のところ、単純な計量経済学モデルにほかならない。》

自然資源、生産関係、上部構造の影響を受けるので関数fは安定していない。だから、

Bt=f(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)   (1)
ではなく[Btはひとつのベクトル]
Bt=ft(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)  (2)

関数fが安定しているときのみ上の式(1)が当てはまる。関数f自体が変化することを下の式(2)(=一般化された計量経済学モデル)は表す。


カレツキは史的唯物論を「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」
と再定義する。
これだとFTPLを唱える経済学者は皆、史的唯物論者ということになる。

「「根本的な改革」から「決定的な改革」へ ―カレツキにおける史的唯物論」山本英司 2001
IV
《「計量経済学モデルと史的唯物論とは,社会の発展にたいするふたつの相異なるアプローチをなす。
前者は,考察される期間における計量経済学的変数相互の,およびこれらの変数と過去の諸期間にお
ける同一変数のあいだの関数関係を基礎としている。この関係は所与であり,また変化しないものと
仮定される。かくして,特定の動態過程が措定されるが,それは,上記の関数関係の不変性という基本
的な仮定が満足される場合にのみ現実の発展に対応する。
 史的唯物論は,社会の発展過程をすべての他の社会現象,たとえば政府,文化,科学,技術など(上部
構造)をかたちづくる生産力と生産関係(土台)のそれとして考える。ここには上部構造もまた土台
に影響をおよぼすというフィードバック効果が包合されている」(Kalecki[1965],邦訳*154ページ)。

 ここにおいて注目すべきなのは,カレッキは史的唯物論を,計量経済学モデルの「機械論的性格」(Ibid,邦訳155ページ)と対比させて,「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」が包含されているものとして解釈しているということである。カレツキは同論文全体を通して,計量経済学モデルを,「現在および過去の経済変数相互の変化する関係を包摂する「一般化された計量経済学モデル」(lbid.,邦訳159ページ)としての史的唯物論に包摂されるものとして定式化しようとしている。
 マルクスの『経済学批判』(マルクス[1859])の「序言」における「唯物史観の公式」.はあまりにも有名であるが,「物質的生活の生産様式が,社会的,政治的および精神的生活過程一般を制約する。人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく,彼らの社会的存在が彼らの意識を規定するのである」(同上書,6ページ)との記述は,土台から上部構造への規定性が強調されるあまり,上部構造から土台への反作用を無視ないし軽視する解釈を広範囲に生み出してきた。その中にあって,「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」こそが史的唯物論を計量経済学モデルから分かつとのカレツキの解釈は実に新鮮である。


結局カレツキは経済に自足する計量経済学と土台から上部構造への一方的な影響関係を強調した史的唯物論の両方を批判している。

《マルクスの再生産表式は、結局のところ、単純な計量経済学モデルにほかならない。》

自然資源、生産関係、上部構造の影響を受けるので関数fは安定していない。だから、

Bt=f(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)   (1)
ではなく
 (Btは単位期間tにおける体系の経済状態を特徴づける変数の総体を表示する。Bはひとつのベクトルと捉え得る)
Bt=ft(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)  (2)

関数fが安定しているときのみ上の式が当てはまる。
関数f自体が変化することを下の式(2)(=一般化された計量経済学モデル)は表す。

カレツキが史的唯物論を「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」
と再定義しているのは正しい。

しかし、この短い論文(「計量経済学モデルと史的唯物論」1964)からわかるのは、カレツキは自身
を一般化された計量経済学者と見做しているのであって、史的唯物論者と見做しているのではない。

史的唯物論も計量経済学も自身を不変的な科学と認識している間は科学ではない…



経済計算論争(けいざいけいさんろんそう)とは - コトバンク
https://kotobank.jp/word/経済計算論争-1308740

経済計算論争
けいざいけいさんろんそう


社会主義経済には資源配分を合理的に行うための計算的基礎が存在するかという問題をめぐって、両大戦間期に欧米の経済学者の間で展開された論争をいう。この論争は1920年にオーストリアの経済学者ミーゼスの論文「社会主義共同体における経済計算」によって開始されたが、その論旨は、社会主義のもとでは生産手段が公有であるため、少なくとも生産財については市場および市場価格が成立せず、価格のないところに経済計算はありえないから、そこでは資源配分が恣意(しい)的に行われ、つまるところ社会主義経済は運営不可能に陥る、というものであった。
 ところがミーゼスのこの問題提起は、理論的にはすでに1908年にイタリアの経済学者バローネの論文「集産主義国家における生産省」によって解決済みであることが、その後明らかにされた。バローネは、生産手段の公有制のもとでも中央計画当局(生産省)が各種の財や用役に一種の計算価格を設定し、これに市場価格と原理的に同一の機能を果たさせることが可能であり、したがって社会主義のもとでも資源の合理的配分が可能であることを数学的に証明していたのである。そこで、ミーゼスと同じ立場にたつイギリスの経済学者ロビンズとハイエクはこの点を考慮に入れて、1930年代なかばに、社会主義経済においてそのような計算価格が設定可能であることが理論的に証明されたとしても、現実問題としてそうするためには中央計画当局は膨大な量の統計資料を収集・加工し、それに基づいて数十万(ハイエク)ないし数百万(ロビンズ)の連立方程式を解かねばならないから、それは実行不可能であると主張した。
 これらの議論に反論しつつ社会主義のもとでの経済計算可能論を主張したのは、アメリカの経済学者F・M・テーラー、A・P・ラーナー、およびポーランドの経済学者で当時滞米中のO・R・ランゲらで、うちもっとも有名なのがランゲの論文「社会主義の経済理論」(1936~37).★であった。ランゲはこの論文において、第一に、社会主義のもとでも合理的な資源配分を実現するためには、価格をシグナルとして個々の経済主体の意思決定が行われるという意味での「価格のパラメータ機能」が保持されなければならないが、その際の価格はかならずしも市場価格である必要はなく、技術的代替率に基づく計算価格であれば十分であること、第二に、その実際的解決の仕方として、企業に自律性(生産上、販売上の自由)を与え、中央計画当局は任意の計算価格をこれらの企業に伝達し、その結果生ずる需給の不均衡に応じて計算価格を逐次修正してゆけば、価格のパラメータ機能が果たされうることを明らかにした。このランゲの見解は、「競争的解決」とか「市場社会主義」とかよばれたが、要するに、ソ連で集権的計画経済システムが成立した1930年代に早くも、計画経済と市場メカニズム(価格メカニズム)のフィードバック機能との結合を内容とする分権的社会主義経済モデルを提唱したものであり、ランゲの見解は60年代以降の東欧やソ連における市場メカニズム導入論(それは結局、失敗に終わったが)に大きな影響を与えた。[宮鍋 幟]
『A・F・V・ハイエク編、迫間真治郎訳『集産主義計画経済の理論』(1950・実業之日本社) ▽O・ランゲ、F・M・テーラー著、B・E・リピンコット編、土屋清訳『計画経済理論』(1951・社会思想研究会出版部) ▽W・ブルス著、鶴岡重成訳『社会主義経済の機能モデル』(1971・合同出版)』
出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例



計画経済理論―社会主義の経済学説 (1951年), 1951
テーラー (著), ランゲ (著), 土屋 清 (翻訳)  : 198ページ
出版社: 社会思想研究会出版部 (1951) ASIN: B000JBFYPG 発売日: 1951
《若し価格のパラメーター機能が保有されれば、同じ客観的価格体系が社会主義経済においても得られる。》「社会主義の経済理論」95頁

1937. "On the Economic Theory of Socialism, Part Two," Review of Economic Studies, 4(2), pp. 123–142.
1938. On the Economic Theory of Socialism, (with Fred M. Taylor), Benjamin E. Lippincott, editor. University of Minnesota Press, 1938.


『政治経済学』でランゲは限界効用学派を快楽主義、主観主義的として切り捨てている。
歴史学派にも歴史的発展理論を欠いていると厳しい批判をしている。
『計量経済学』に関しては投入産出表を丁寧に説明している。

カレツキとランゲは親しかった…

9 Comments:

Blogger yoji said...

カレツキの政治経済学 (奈良産業大学経済・経営研究叢書) 単行本 2009/4/10
山本 英司 (著)
カレツキの政治経済学ー 千倉書房
http://www.chikura.co.jp/ISBN978-4-8051-0923-6.html
山本英司 著
 マルクスから批判的視点を受け継ぎ、ケインズに先駆けて「有効需要の理論」にたどり着いたミハウ・カレツキ。
イスラエル、メキシコ、インド、母国ポーランドで自らの経済理論の実践に携わった彼は、いま話題の「低開発国
問題」や「持続可能社会の構築」に最も早い時期から取り組んだ経済学者でもあった。その理論と生涯を丹念に追った労作。
2009年3月18日 定価4,104円(税込) A5判 232頁
目次
第1章 カレツキ入門
第2章 カレツキの資本主義経済研究における『景気循環理論』の位置
第3章 カレツキ資本主義経済論体系の形成と展開
第4章 カレツキの開発経済学
第5章 カレツキ開発経済学の実践
第6章 カレツキの比較経済体制論
第7章 「マルクス主義者」としてのカレツキ *
第8章 「根本的な改革」から「決定的な改革」へ

*はネットで購読可能

6:02 午前  
Blogger yoji said...


計画経済理論―社会主義の経済学説 (1951年)- – 古書, 1951
テーラー (著), ランゲ (著), 土屋 清 (翻訳)  : 198ページ
出版社: 社会思想研究会出版部 (1951) ASIN: B000JBFYPG 発売日: 1951
《若し価格のパラメーター機能が保有されれば、同じ客観的価格体系が社会主義経済においても得られる。》「社会主義の経済理論」95頁

1937. "On the Economic Theory of Socialism, Part Two," Review of Economic Studies, 4(2), pp. 123–142.
1938. On the Economic Theory of Socialism, (with Fred M. Taylor), Benjamin E. Lippincott, editor. University of Minnesota Press, 1938.


『政治経済学』でランゲは限界効用学派を快楽主義、主観主義的として切り捨てている。
歴史学派にも歴史的発展理論を欠いていると厳しい批判をしている。
『計量経済学』に関しては投入産出表を丁寧に説明している。

カレツキとランゲは親しかった…

2:09 午前  
Blogger yoji said...

「「根本的な改革」から「決定的な改革」へ ―カレツキにおける史的唯物論
」山本英司 2001
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.
jp/dspace/bitstream/2433/45393/1/10
167104.pdf
《「計量経済学モデルと史的唯物論とは,社会の発展にたいするふたつの相異
なるアプローチをなす。
前者は,考察される期間における計量経済学的変数相互の,およびこれらの変
数と過去の諸期間にお
ける同一変数のあいだの関数関係を基礎としている。この関係は所与であり,
また変化しないものと
仮定される。かくして,特定の動態過程が措定されるが,それは,上記の関数
関係の不変性という基本
的な仮定が満足される場合にのみ現実の発展に対応する。
 史的唯物論は,社会の発展過程をすべての他の社会現象,たとえば政府,文
化,科学,技術など(上部
構造)をかたちづくる生産力と生産関係(土台)のそれとして考える。ここに
は上部構造もまた土台
に影響をおよぼすというフィードバック効果が包合されている」(Kalec
ki[1965],邦訳*154ページ)。

 ここにおいて注目すべきなのは,カレッキは史的唯物論を,計量経済学モデ
ルの「機械論的性格」(Ibid,邦訳155ページ)と対比させて,「上部
構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」が包含されてい
るものとして解釈しているということである。カレツキは同論文全体を通して
,計量経済学モデルを,「現在および過去の経済変数相互の変化する関係を包
摂する「一般化された計量経済学モデル」(lbid.,邦訳159ページ)
としての史的唯物論に包摂されるものとして定式化しようとしている。
 マルクスの『経済学批判』(マルクス[1859])の「序言」における「
唯物史観の公式」.はあまりにも有名であるが,「物質的生活の生産様式が,
社会的,政治的および精神的生活過程一般を制約する。人間の意識が彼らの存
在を規定するのではなく,彼らの社会的存在が彼らの意識を規定するのである
」(同上書,6ページ)との記述は,土台から上部構造への規定性が強調され
るあまり,上部構造から土台への反作用を無視ないし軽視する解釈を広範囲に
生み出してきた。その中にあって,「上部構造もまた土台に影響をおよぼすと
いうフィードバック効果」こそが史的唯物論を計量経済学モデルから分かつと
のカレツキの解釈は実に新鮮である。》


結局カレツキは経済に自足する計量経済学と土台から上部構造への一方的な影
響関係を強調した史的唯物論の両方を批判している。

《マルクスの再生産表式は、結局のところ、単純な計量経済学モデルにほかな
らない。》

自然資源、生産関係、上部構造の影響を受けるので関数fは安定していない。
だから、

Bt=f(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)   (1)
ではなく[Btはひとつのベクトル]
Bt=ft(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)  (2)

関数fが安定しているときのみ上の式(1)が当てはまる。関数f自体が変化
することを下の式(2)(=一般化された計量経済学モデル)は表す。


カレツキは史的唯物論を「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィー
ドバック効果」
と再定義する。

11:39 午前  
Blogger yoji said...


「「根本的な改革」から「決定的な改革」へ ―カレツキにおける史的唯物論」山本英司 2001
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/45393/1/10167104.pdf
《「計量経済学モデルと史的唯物論とは,社会の発展にたいするふたつの相異なるアプローチをなす。
前者は,考察される期間における計量経済学的変数相互の,およびこれらの変数と過去の諸期間にお
ける同一変数のあいだの関数関係を基礎としている。この関係は所与であり,また変化しないものと
仮定される。かくして,特定の動態過程が措定されるが,それは,上記の関数関係の不変性という基本
的な仮定が満足される場合にのみ現実の発展に対応する。
 史的唯物論は,社会の発展過程をすべての他の社会現象,たとえば政府,文化,科学,技術など(上部
構造)をかたちづくる生産力と生産関係(土台)のそれとして考える。ここには上部構造もまた土台
に影響をおよぼすというフィードバック効果が包合されている」(Kalecki[1965],邦訳*154ページ)。

 ここにおいて注目すべきなのは,カレッキは史的唯物論を,計量経済学モデルの「機械論的性格」(Ibid,邦訳155ページ)と対比させて,「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」が包含されているものとして解釈しているということである。カレツキは同論文全体を通して,計量経済学モデルを,「現在および過去の経済変数相互の変化する関係を包摂する「一般化された計量経済学モデル」(lbid.,邦訳159ページ)としての史的唯物論に包摂されるものとして定式化しようとしている。
 マルクスの『経済学批判』(マルクス[1859])の「序言」における「唯物史観の公式」.はあまりにも有名であるが,「物質的生活の生産様式が,社会的,政治的および精神的生活過程一般を制約する。人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく,彼らの社会的存在が彼らの意識を規定するのである」(同上書,6ページ)との記述は,土台から上部構造への規定性が強調されるあまり,上部構造から土台への反作用を無視ないし軽視する解釈を広範囲に生み出してきた。その中にあって,「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」こそが史的唯物論を計量経済学モデルから分かつとのカレツキの解釈は実に新鮮である。》


結局カレツキは経済に自足する計量経済学と土台から上部構造への一方的な影響関係を強調した史的唯物論の両方を批判している。

《マルクスの再生産表式は、結局のところ、単純な計量経済学モデルにほかならない。》

自然資源、生産関係、上部構造の影響を受けるので関数fは安定していない。だから、

Bt=f(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)   (1)
ではなく[Btはひとつのベクトル]
Bt=ft(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)  (2)

関数fが安定しているときのみ上の式(1)が当てはまる。関数f自体が変化することを下の式(2)(=一般化された計量経済学モデル)は表す。


カレツキは史的唯物論を「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」
と再定義する。

11:41 午前  
Blogger yoji said...


「「根本的な改革」から「決定的な改革」へ ―カレツキにおける史的唯物論」山本英司 2001
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/45393/1/10167104.pdf
《「計量経済学モデルと史的唯物論とは,社会の発展にたいするふたつの相異なるアプローチをなす。
前者は,考察される期間における計量経済学的変数相互の,およびこれらの変数と過去の諸期間にお
ける同一変数のあいだの関数関係を基礎としている。この関係は所与であり,また変化しないものと
仮定される。かくして,特定の動態過程が措定されるが,それは,上記の関数関係の不変性という基本
的な仮定が満足される場合にのみ現実の発展に対応する。
 史的唯物論は,社会の発展過程をすべての他の社会現象,たとえば政府,文化,科学,技術など(上部
構造)をかたちづくる生産力と生産関係(土台)のそれとして考える。ここには上部構造もまた土台
に影響をおよぼすというフィードバック効果が包合されている」(Kalecki[1965],邦訳*154ページ)。

 ここにおいて注目すべきなのは,カレッキは史的唯物論を,計量経済学モデルの「機械論的性格」(Ibid,邦訳155ページ)と対比させて,「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」が包含されているものとして解釈しているということである。カレツキは同論文全体を通して,計量経済学モデルを,「現在および過去の経済変数相互の変化する関係を包摂する「一般化された計量経済学モデル」(lbid.,邦訳159ページ)としての史的唯物論に包摂されるものとして定式化しようとしている。
 マルクスの『経済学批判』(マルクス[1859])の「序言」における「唯物史観の公式」.はあまりにも有名であるが,「物質的生活の生産様式が,社会的,政治的および精神的生活過程一般を制約する。人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく,彼らの社会的存在が彼らの意識を規定するのである」(同上書,6ページ)との記述は,土台から上部構造への規定性が強調されるあまり,上部構造から土台への反作用を無視ないし軽視する解釈を広範囲に生み出してきた。その中にあって,「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」こそが史的唯物論を計量経済学モデルから分かつとのカレツキの解釈は実に新鮮である。》


結局カレツキは経済に自足する計量経済学と土台から上部構造への一方的な影響関係を強調した史的唯物論の両方を批判している。

《マルクスの再生産表式は、結局のところ、単純な計量経済学モデルにほかならない。》

自然資源、生産関係、上部構造の影響を受けるので関数fは安定していない。だから、

Bt=f(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)   (1)
ではなく[Btはひとつのベクトル]
Bt=ft(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)  (2)

関数fが安定しているときのみ上の式(1)が当てはまる。関数f自体が変化することを下の式(2)(=一般化された計量経済学モデル)は表す。


カレツキは史的唯物論を「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」と再定義する。

11:42 午前  
Blogger yoji said...


「「根本的な改革」から「決定的な改革」へ ―カレツキにおける史的唯物論」山本英司 2001
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/45393/1/10167104.pdf
《「計量経済学モデルと史的唯物論とは,社会の発展にたいするふたつの相異なるアプローチをなす。
前者は,考察される期間における計量経済学的変数相互の,およびこれらの変数と過去の諸期間にお
ける同一変数のあいだの関数関係を基礎としている。この関係は所与であり,また変化しないものと
仮定される。かくして,特定の動態過程が措定されるが,それは,上記の関数関係の不変性という基本
的な仮定が満足される場合にのみ現実の発展に対応する。
 史的唯物論は,社会の発展過程をすべての他の社会現象,たとえば政府,文化,科学,技術など(上部
構造)をかたちづくる生産力と生産関係(土台)のそれとして考える。ここには上部構造もまた土台
に影響をおよぼすというフィードバック効果が包合されている」(Kalecki[1965],邦訳*154ページ)。

 ここにおいて注目すべきなのは,カレッキは史的唯物論を,計量経済学モデルの「機械論的性格」
(Ibid,邦訳155ページ)と対比させて,「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック
効果」が包含されているものとして解釈しているということである。カレツキは同論文全体を通し
て,計量経済学モデルを,「現在および過去の経済変数相互の変化する関係を包摂する「一般化された
計量経済学モデル」(lbid.,邦訳159ページ)としての史的唯物論に包摂されるものとして定式化しよう
としている。
 マルクスの『経済学批判』(マルクス[1859])の「序言」における「唯物史観の公式」.はあまりにも
有名であるが,「物質的生活の生産様式が,社会的,政治的および精神的生活過程一般を制約する。
人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく,彼らの社会的存在が彼らの意識を規定するのである」
(同上書,6ページ)との記述は,土台から上部構造への規定性が強調されるあまり,上部構造から土台への
反作用を無視ないし軽視する解釈を広範囲に生み出してきた。その中にあって,「上部構造もまた土台
に影響をおよぼすというフィードバック効果」こそが史的唯物論を計量経済学モデルから分かつとの
カレツキの解釈は実に新鮮である。》


結局カレツキは経済に自足する計量経済学と土台から上部構造への一方的な影響関係を強調した史的
唯物論の両方を批判している。

《マルクスの再生産表式は、結局のところ、単純な計量経済学モデルにほかならない。》

自然資源、生産関係、上部構造の影響を受けるので関数fは安定していない。だから、

Bt=f(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)   (1)
ではなく[Btはひとつのベクトル]
Bt=ft(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)  (2)

関数fが安定しているときのみ上の式(1)が当てはまる。関数f自体が変化することを下の式(2)(=一般化された
計量経済学モデル)は表す。

カレツキは史的唯物論を「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」と再定義する。

11:43 午前  
Blogger yoji said...

>>670の補足を兼ねて…

結局カレツキは経済に自足する計量経済学と土台から上部構造への一方的な影響関係を
強調した史的唯物論の両方を批判している。

《マルクスの再生産表式は、結局のところ、単純な計量経済学モデルにほかならない。》

自然資源、生産関係、上部構造の影響を受けるので関数fは安定していない。だから、

Bt=f(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)   (1)
ではなく
 (Btは単位期間tにおける体系の経済状態を特徴づける変数の総体を表示する。Bはひとつ
のベクトルと捉え得る)
Bt=ft(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)  (2)

関数fが安定しているときのみ上の式が当てはまる。
関数f自体が変化することを下の式(2)(=一般化された計量経済学モデル)は表す。

カレツキが史的唯物論を「上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果」
と再定義しているのは正しい。

しかし、この短い論文(「計量経済学モデルと史的唯物論」1964)からわかるのは、カレツキは自身
を一般化された計量経済学者と見做しているのであって、史的唯物論者と見做しているのではない。

史的唯物論も計量経済学も自身を不変的な科学と認識している間は科学ではない???

12:18 午後  
Blogger yoji said...


カレツキ「計量経済学モデルと史的唯物論」1964
M・カレツキ(カレッキ)
計量経済学モデルと史的唯物論〔"Econometric Model and Historical Materialism"
(On Political Economy and Econometrics--Essays on Honour of Oskar Lange,1964所収)〕
/ Kalecki M. ; 森重泰 訳/154~159

 計量経済学モデルと史的唯物論とは,社会の発展にたいするふたつの相異なるアプローチをなす。
前者は、考察される期間における計量経済学的変数相互の、およびこれらの変数と過去の諸期間における同一変数のあいだの関数関係を基礎としている。この関係は所与であり、また変化しないものと仮定される。かくして、特定の動態過程が措定されるが、それは、上記の関数関係の不変性という基本的な仮定が満足される場合にのみ現実の発展に対応する。
 史的唯物論は、社会の発展過程をすべての他の社会現象、たとえば政府、文化、科学、技術(*1)など(上部構造)をかたちづくる生産力と生産関係(土台)のそれ〔発展過程ー訳者〕として考える。ここには上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果が包合されている。
 これらふたつのアプローチは決して和解しえないものではないと思われる。マルクスの再生産表式は、結局のところ、単純な計量経済学モデルにほかならない。つまり、自然資源、生産関係および上部構造が生産力の発展に影響をおよぼさないという特別の場合には、経済変数の相互関係が変化をうけないという条件も満足され、体系は計量経済学モデルによって規定される径路をたどるであろう。より一般的な場合には、これらの関数関係は他の三領城に発生したなりゆきの衝撃によって変化し、また、経済発展は社会のすべての側面における進歩を反映するために、計量経済学モデルによって示されるよりも、より一層複雑な過程となる。
 この論文の目的は、非常に一般的な言葉でここに提示された問題を、より詳細に検討することにある。われわれはこの基本点に集中しうるように封鎖体系を考察する。

   (1) 発明をふくむ技術学的アイディアは、それらの適用から区別されなければならない。後者は生産力の一要素として分類されるベきである。

   一

 単位期間tにおける体系の経済状態を特徴づける変数の総体をBtで表示しよう。また、その期間の当該諸変数が、期間tとそれ以前のr単位期間のこれらの諸変数の関数で表現されると仮定しよう。このことを、われわれは次式のように記号で表現することができる。
  Bt=f(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)   (1)
ただし、fは包含されている諸関係の総体をあらわしている。いは、最近の流行にしたがうと、ひとつのベクトルであると考えることができる。そして、そのベクトルは(いくつかの成分が相互依存関係にあるから)自分自身の関数であり、また、過去r期間の経済状態を表現するベクトルBt-1, ……,Bt-r の関数でもある。rはここでは一定であるが、 このことは、 期間t-rよりも時間的に遠い期間の変数は期間tの経済状態に直接の影響をおよぼさないという仮定と同値である。他の基本的仮定は、関数fの、つまり、それによって代表されるすべての関係の不変性である。そうだとすると、上記の方程式は経済的変化の径路を決定する。なぜならば、
  Bt+1=ft(Bt+1,Bt, ……,Bt-r+1) 
  Bt+2=ft(Bt+2,Bt+1, ……,Bt-r+2) 
  ……………………………………
となり、Btの決定が B+1の決定をもたらし、後者が B+2 の決定をもたらす、等々となるからである。これが計量経済学的アプローチの核心である。
 f の不変性という決定的な仮定が、どちらかといえばより重大である。というのは、それは、上記の方程式で規定される経済発展が逆にfに抽象化されている経済変数相互の関係を変形させるような自然資源、生産関係、上部構造の領域における変革をもたらさない、ということを前提としているからである。とくに経済発展と生産関係の相互依存関係を捨象すると、計量経済学モデルは機械論的性格をもつことになる。その制約さえ心にとどめるならば、それが有用な分析用具であることは否定されえない。しかし、暗黙のうちに現存しない生産関係を想定し、将来の経済発展にかんする計量経済学モデルを設定することは決して容認することができない。

    二

 計量経済学モデルにおいてさえも、関数fによって代表される関係が絶対に変化しないとは考えられないことに注意しなければならない。なぜならば、経済的関係はどちらかといえば本質的にルーズなものだからである。つまり、そこに包含されるパラメーターは厳密な意味では定数ではなく、定数プラスある小さな不規則要素である。だから、fで表現される経済変数相互の関係は、それらが小さな不規則な撹乱にしたがうという意味では、準不変的である。
 ここに、小さなパラメーターの不規則変化が、当該経済変数の、それに相応する小さな変化をもたらすのか、あるいはその効果が不釣合いなほど大きいのか、という問題が生する。このふたつの代替的な過程を、それぞれ安定的な、または不安定な過程と呼ぶことができる。不安定な過程においては、パラメーターの小さな変化により、体系は突如としてその径路を変化させることになる。しかし、最終的には、新しい安定的な過程が実現され、この過程こそが現実の発展を表現する。これにたいして、さきに考えられた不安定な過程は、一時経過的なものである。なぜならば、それがたまたま存在したとしても、結局、不規則な撹乱の衝撃のもとで上述の安定的な過程によって代置されるからである。(*2)
 それゆえに、関数fで表現される関係によって安定的な動態過程が創出されると想定することができる。つまり、これちの関係の特質は、包含されているパラメーターの小さな変化により変数の大きな変化が生みだされることを阻止するのである。このfの準不変性は、景気循環のような現象が存在することを除外するものではない。それは、たんに経済変数相互の関係に含まれるパラメーターの小変化が、一般に景気循環の径路に深刻な影響をおよばさないということを意味するにすぎない。
    (2) Cf. M.Kalecki, “Observations on The Thepry of Growth,” Economic Journal, March 1962.
    不安定な過程が安定的な過程に到達せず、また不規則な攪乱のためにシステムが継続的に激しい振動にさらされることも理論的にはありうる。しかし、このようなシステムはほとんと存続しえないであろう.そして、以下の結節の議論を予想することになるが、いずれにせよ。その極端な不安定性を経結させるためになんらかの制度的転形をおこなわぎるをえないであろう。

    三

 さて、計景経済学モデルから、社会のすべての側面における発展の考察に移ろう。期間」における自然資源、生産関係および上部構造の状態を、それぞれAt,CtおよびDtで表示しよう。しかし、状態CtとDtとは、たんに部分的にのみ量的概念(たとえば、資本家階級の富と所得の集中の度合)で表現されうるにすぎない。量的変数の総体であるBtとは対照的に、ここには計測不可能な質的要素が含まれている。Btは生産力とその効果の領域を包括していることに注意しなければならない。
 計量経済学モデルによって創出される過程は、それが領域Bにおける「自生的」変化であることを示唆するB→Bで表示されるであろう。同様にして、他の領域における自生的発展はA→A や C→C,D→Dで表示されるであろう。これらのうち、自然資源の「自生的変化」を示すA→Aは(たとえば海の後退のように)長期間をとれば重要であるかもしれないが、われわれの分析においては、ほとんど関心がなく、無視されるであろう。
 「自生的」過程のほかに、明らかに種々の領域間の相互依存関係、たとえば過去および現在の経済発展が生産関係におよぼす効果やその逆、つまりB→C や C→Bが存在している。重要な相互依存関係は、
 B→A および A→B
 B→C および C→B
 B→D および D→B
 C→D および D→C
である。すなわち、経済発展が他のすべての領域におよぼす効果とその逆および生産関係の変化が上部構造におよぼす効果とその逆である。
 ところで、史的唯物論の基本的公準は、経済発展および生産関係の変化が上部構造にあたえる効果に比して、上部構造の自生的変化がそれほど重要ではないということである。この公準を容認すると、われわれは、つぎの重要な連関を示す表に到達する。ただし、十字は原因―結果関係を表示している。

  ABCD
 A x
 Bxxxx
 C xxx
 D xx

1:14 午後  
Blogger yoji said...


    四

 ここで、経済発展の自然資源や生産関係の領域における進歩および上部構造との相互依存関係を考慮しながら、経済発展(ただし循環的変動を合む経済動態過程を意味する)の問題にたちかえろう。経済発展は(たとえば鉱物資源の疲弊や発見をとおして)、自然資源の状態に、また生産関係や上部構造に深く作用する。さらに、生産関係は(所与の経済状態の枠内での階級闘争の発展のような)内生的変化にしたがう。また、その進歩は上部構造にたいして重要な影響をもっている。
 他面、経済発展は、体系の他の三領城における変化により書撃をうける。ここでは、とくにフィードバック的な作用が存在するであろう。経済発展は、たとえば生産閲係の変化の原因となり、それは逆に経済発展の径路に影響をおよぼす。
 現在および過去における経済変数の全関係を表示する関数fが変化をうけないという計量経済学モデルの基本的仮定が、もはや保持できないことは明らかである。関数は、毎期A→B,C→B,
D→Bの影響によって規定される変化をうける。だから、方程式(1)は、つぎのように書かれなければならない。
   Bt=ft(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)  (2)
 この方程式は、fが不変である特別の場合にのみ計量経済学モデルを表現する。そして、それはつぎのふたつの条件が満足される場合に成立する。(a)厳密な意味での経済状態以外の領域においては自生的な変化がまったく存在しないか、あるいは存在するとしても経済発展のパターンに重要な影響をおよぼさないこと、(b)体系の他の領域にたいする経済発展の衝撃に重大なフィードバック効果が含まれていないこと。

    五
 
 節二において、関数fにより計量経済学モデルがうみだす過程の安定性の問題が論じられた。その際、われわれは、小さなfの変化によってはそれほど大きく径路からはみだきないような安定した動態過程をうみだす特質をfが保有していると考えるのが妥当であるという結論に到達した。この場合には、常に存在するfの形状の不規則な小変化は、体系の発展にたいして大きな撹乱をもたらさない。
 そこで、一般に自然資源、生産関係および上部構造の領域における進歩にもとづいて恒常的な変動をみせる関数fが、はたしてこのような性質をもちつづけうるか、ということが問題となる。期間nのfnがこの性質をもつと仮定しよう。時間の経過につれて、関数fの形状が変化し、かくしてある時点n+kにおいては、体系がfの小さな変化による発展径路のかなりの撹乱と無関係ではありえないほどに変形してしまうかもしれない。そうなると、fn+kの形状の小さな不規則変化によって、即座に経済発展の突然の変移が生ずるであろう。その後、節二で示されたように、体系はやがて新しい安定的な径路に到達する。(*3)
 かくして、ftは、正常にはその形状の小変化によって経済変数が大きく変化しないようなタイプの関数であると結論できるであろう。しかし、長期にはわたらないがある臨界的な期間においては、この特質が現われないかもしれない。このような期間においては経済発展径路は突如として変化し、時には体系は数期間にわたり経済状態の極端な不安定性をみせうるかもしれない。 

   (3) 体系が激しい振動にさらされるということも理論的には可能である(前注を参照)。しかし、体系の存続が困難になるということが生産関係および上部構造の領域からの反作用を生ぜしめ、その極端な不安定性を終らせるがために、それらは長く継続しそうもない。

    六

 前節で議論された経済発展の突然の変化は準内生的な要因によっもたらされた。fnからfn+kへの関数fの形状の変化が体系の領域A,C,Dの影響によって発生するということは正しい。そして、fn+kの不規則な小変化により経済変数が大きく変化するために、経済発展変移が現われる。しかし、生産関係と上部構造の傾域でのなりゆきために、過去の発展径路からの突発的な乖離がより直接的に生みだされるかもしれない。
 これらの領域においては、ある問題が徐々に勢力をえて、ついに¨爆発するという現象がしばしばみられるであろう。この爆発は、関数fを突如として変化させることによって経済発展のパターンをつくりあげる。
 このような爆発的な過程とその原因とは異なった特性をもっているかもしれない。現存の生産関係は経済発展を阻害するかもしれない(そして、停滞や後退すらもたらすかもしれない)。そして、上部構造(政府の形態および構成など)は、到達された生産関係の段階にさえ相応しないかもしれない。このことは生産関係と上部構造の両者の激しい変容をともなう革命をもたらす。しかしまた事態は改革で終わってしまうかもしれず、このときには生産関係と上部構造の変容はそれほど深刻なものではなく、長期にわたって展開する。いずれの場合についても、経済発展は深刻な影響をうけるが、異なった程度においてであろう。
 体系の期待はずれの運動によって必要となる改革は、しばしば生産関係や政府の形態と構成とを根本的に変化させることにはならないであろう。改革は体系の経済的動態にたいしては重大な意味をもってはいるが、たんに政府の政策の適用によって構成されるかもしれない。最近の例をあげると、三十年代の大恐慌は資本主義を根本から揺るがした。しかしながら、その結果として生したものはたんに政府の対不況介入技術だけであった。そして、それは資本主義体制の表面をひっかくだけであるが、にもかかわらず景気循環のパターンにかなりの影響をあたえている。

    む す び

 以上の議論により、社会の進歩を説明する新しい方式が明らかにされた。その焦点はある意味では経済発展にあるが、その径路は現在および過去の経済変数相互の変化する関係を包摂する「一般化された計量経済学モデル」によって決定される(方程式2を参照)。これらの変化は、自然資源、生産関係および上部構造の領域における進歩の衝撃により生じ、また後者は逆に経済発展の径路によって深刻な影響をこうむるのである。

〔訳者あとがき〕 本稿は、M. Kalecki,"Econometric Model and Historical Materialism" in On Political Economy and Econometrics--Essays on honour of Oskar Lange(PWN,1964),を、カレツキ教授およびPWNの許可のもとに訳出したものである。
 現代のポーランドの指導的な経済学者であるカレツキ教授については、今さら紹介する必要もないが、本稿は、カレツキ教授の方法論的基礎を「明快、かつエレガント」――このことはカレツキ教授のひとつの特徴であると思われる――に定式化した、利用しうるほとんど唯一の文献として非常に興味深く、訳出する意味は十分にあると考えられる。なお、カレツキ教授の指示により、二、三訂正補注が加えられている。


1:15 午後  

コメントを投稿

Links to this post:

リンクを作成

<< Home