火曜日, 12月 02, 2008

『哲学の貧困』へのプルードンの書き込み(簡易版2メモ)


NAMs出版プロジェクト: 『哲学の貧困』(マルクス)へのプルードンの書き込み(簡易版1):再送

http://nam-students.blogspot.jp/2011/08/blog-post.html 改訂版


過去ログで作業中の『哲学の貧困』へのプルードンの書き込み(全54箇所)の簡易版をご紹介します。
全体としてはマルクスによる剽窃といった事件が浮かび上がります。第一章第3節で批判された「構成された価値」などは後の「価値形態論」そのものではないでしょうか(マルクスはプルードンが冒頭に貨幣論をおいたことを非難しているのに[岩波文庫p80]、のちに『資本論』で自身もそれを模倣する)。
////////////////

『プルードン研究』(佐藤茂行)、『プルードンと現代』(藤田勝次郎)にある断片的な訳を参照した。
仏語ではリヴィエール版全集『経済的矛盾の諸体系』の巻末に書き込みリストがある。

<>内は通し番号(全54箇所、または14bを入れて55箇所)、
大月全集版頁数/岩波文庫版頁数、()内はマルクスの言葉(大月版)、「」内はプルードンの書き込み、「()」内はプルードンの言葉の邦訳。

<1>
第一章
第2節より
100/69
(政治的平等は、目的としては誤謬であり、手段としてもまた誤謬である。)
       「Oui.(そうだ。)」

<2>
第二章
第1節方法より
第一考察
129/111
(しかし、諸カテゴリーは生産諸関係の理論的表現にほかならないのであるから、生産諸関係の歴史的運動を追求しない限り、これらのカテゴリーをば、自然発生的な、現実的諸関係とかかわりのない諸観念や諸思考としてしかもはや考えようとしないかぎり、純粋理性の運動をこれらの思考の源泉とみなすほかなくなる。)
     「Il est bien forcé, puisque, dans la société,tout est,quoi qu'on dise,contemporain;comme,dans la nature,tous les atomes sont éternals.(それは必然なのだ。今日、あなたが何と言おうと社会のすべての原子が永遠であるように。)」

<3>
131/114
(ヘーゲルが次のようなことばで語るのは、この絶対的方法のことなのである。) :
   「Très bien; cela est-il si bête?(大いに結構、でもこれは馬鹿げていないかね?)


<4>
133/116
(彼は思考の運動によって世界を建設することができると信じこんでいる。しかし彼が[実際に]おこなっていることは、ただ、万人の頭脳のなかにある諸思考を体系的に再建設し、絶対的方法に従わせることであるにすぎない。).
      「Je ne prétends pas faire autre chose; et je crois que c'est quelque chose. Votre première observation n'observe rien.(私は何か他のものを装ったりはしない。そして私はそれが何か大事なものであると信じている。あなたの最初の考察は、何も考察していない。)」

<5>
第2考察
133/117
(しかし、これらの一定の社会的諸関係もまた麻布、リンネル等々と同様に、人間によって生産されるものであるということ、それを彼は理解することができなかった。)
     「Mensonge : c'est précisément ce que je dis. La société produit les LOIS et MATÉRIAUX de son expérience.(嘘だ。それは私が正確に言っておいた。社会は経験を通じてその法と素材をつくるのだ。)」(Les mots sont soulignes par Proudhon.(この言葉は、プルードンによって下線を引かれている。))

<6>
134/117
(それゆえ、これらの観念、これらのカテゴリーは、それらの表示する諸関係と同様に、永久的なものではない。)
「Oui, éternelles comme l'humanite, ni plus ni moins; et toutes contemporaines.
Votre deuxième observation n'aboutit pas.(いや、人間性が永遠であるように、すべては同時代のものでもある(それ以上でも以下でもない)。
あなたの第2考察は失敗している。)」


第3考察
<7>
134/138
(ついで、プルードン氏が純粋理性の力によって、他の諸局面の産出にとりかかると、彼はあたかもそれらが生まれたばかりの赤ん坊であるかのように取り扱い、それらが最初の局面の局面と同じ年齢であることを忘れてしまうのである。)
    「Je dis précisément tout cela.Dites-moi donc comment vous vous y prendrez pour parler tour a tour des objets de l'Econ.pol.? (私はこれをすべて正確に述べておいた。
どこまで経済、政治の事象からかけ離れたおしゃべりをするというんだ?)」


<8>
134/119
(諸カテゴリーをもって一個の観念体系という建築物を建造することにより、)
 「Oui vous parle de tout cela ?  Votre observation n'est qu'une calomnie.
(わかった、これがあなたの言わんとするすべてかね。あなたの考察は、中傷にすぎない。)」

第4考察
<9>
135/119
(彼は、小ブルジョアたちが…歴史上の偉人を考察するのと同じように[経済的に]諸カテゴリーを考察するのである。)
「J'ai fait moi-mêre la critique de cette manière de raisonner.(私は自身でこのような推論をすでに批判しておいた。)」

<10>
135/119
(解決すべき問題は、悪い面を除去して良い面を保存することである。)
  「Calomnie effrontée.(厚かましい中傷だ)」

<11>
135/120
(奴隷制度も、ほかの経済的カテゴリーと同様な一つの経済的カテゴリーである。)
「 Cela n'est que perfide ,mais raisonnable,point.―L'esclavage, extrême du proletariat, c'est-à-dire de l'infériorité relative, a sa raison d'être, qui le fera toujours exister, non comme esclavage, mais comme apprentis-sage, ou tout autre analogue. C'est toujours comme la douane.(これは、信頼するには足らないが、理にかなった見方だ。奴隷制度、ここでいう増大するプロレタリアートは、いわば相対的な下層階級であり、常に存在するその存在理由においては、奴隷制度というより、模倣または類似した別ものとしての奴隷制度である。それは、あたかも常なる習慣となったかのようだ。)」

<12>
136/121
Comment M. Proudhon s'y prendra-t-il
(ヘーゲルは提起すべき問題をもたない。彼がもっているのは弁証法である。ヘーゲルの弁証法についてプルードン氏のもっているのは、ただ、そのことばづかいだけである。彼独特の弁証法的運動[方法]は、独断的な、善悪の区別である。)
        「Absurde.(馬鹿げている。)」

<13>
136/122
(悪い面を除去するという問題をみずからに課することだけで、弁証法的運動は中断されてしまう。)
        「Qui vous a jamais parlé d'élimination ?(除去するなどと誰がいったであろうか?)」

<14>
137/123
(:第4の考察の終わり)
       「Votre quatrième observation n'est qu'un mensonge, qu'(?) une calomnie.
(あなたの第4の考察は嘘ばかりで、中傷だ。)」

第5考察
<14,b>137/123
(すなわち、プルードン氏の言によると、(諸カテゴリーがそのなかに自己を顕現したところの)歴史的継起を、)   
            「 Il n'y en a pas.(そんなものはありはしない。)」

<15>137/124
(彼がわれわれに経済的諸カテゴリーを与えるその順序はもはや経済的諸カテゴリーが相互に生みだしあうその順序ではない、)
「Faux.Apprécier à sa juste valeur la logique, ce n'est pas nier la logique.(虚偽だ。公正価格の論理で評価されたものは、その論理を否定することはできない。)」

<16>138/124
(世紀が原理に所属していたのであって、原理が世紀に所属していたのではなかった、)
  「Oui vous parle de cela ? Quand je dis positivement le contraire?
(誰がそれを言ったのだ?私が言ったのは正反対のことなのに?)」


<17>138/125
(しかし、人間を彼ら自身の歴史の俳優兼作者として表現するやいなや、)
   「 Voila donc que j'ai le malheur de penser encore comme vous!
Ai-je jamais prétendu que les PRINCIPES sont autres choses que la représentation intellectuelle,non la cause génératrice des faits?
    Votre cinquième observation est une imputation calomnieuse.
    Le veritable sens de l'ouvrage de Marx,C'est qu'il a regret quepartout j'aie pense comme lui,et que je l'aie dit avant lui.
Il ne tient qu'au lecteur de croire que c'est Marx qui,apres m'avoir lu,a regret de penser comme moi! Quel homme!
   (そう、あなたのように考えるならそれは私の不幸だというものだ。
私は原理が、事実から生起していない知的な表象だと言っただろうか?
あなたの第5の考察は名誉を毀損するものだ。…マルクスの著作の本当の意味は、とりわけわたしがかれと同じように考え、そしてかれよりも前にわたしがそのことを言ったことを残念がっているところにあるのだ。いやはや何という男だ!)」


第6考察
<18>139/126
(経済的諸関係が、活動的でかつ現に活動しつつある人間に先だって存在していたということに、一応しておこう。)
      「Je n'ai pas besoin de votres supposition.(私にはあなたの推測は必要ない。)」

<19>139/126
(諸矛盾を生みだす力は、これほどまでにすさまじいものであるので、)
       「Apparaître et exister sont deux choses différentes, dont la premiere n'est vraie que pour nous.
(現象と存在は2つの異なるものであり、そして、最初のものが我々にとっての真実である。)」


<20>140/127
(なにものかが生産されうることを拒否するのである。)
   「Oui,production,c'est apparition.(そうだ。生産は外観上のものだ。)」

<21>140/127
(そうするために彼は、一つのあらたな理性を発明した。)
        「Vous plaisantez toujours par avance :commencez par avoir raison.
(あなたは、前提を常に間違えている:正確に始めるべきだ。)」


<22>141/129
(このようなことばの入れかえには、もはや、(プルードン氏の名において)われわれを驚かしうるほどのものは一つもない。…
…プルードン氏の理想だからである。)
       「Bavardage.(無意味なおしゃべり。)」


<23>142/130
(だから神意は、…
…歴史の進行を説明するために今日もちいられている大言壮語である。…)
       「Me voilà coupable encore d'adoration à la Providence !…(ここでまだ私は神意を崇拝するという罪を犯しているのだそうだ!)」

<24>142/130
(神意にたいして、あれほど優しい気持を抱いているのであるから、)
      「Pasquinade!(皮肉か!)」

<25>142/130
(…事実のありふれた言いかえ方の一つである)
「ー Quelle est cette chicane ? ― les générations transforment ! ―Je dis moi que le mème principe unit, gouverne, toutes les manifestations; ― je ne sais ce que c'est que transformation.
     La France de 89 a transformé son monarque absolu en monarque constitutional. Soil. Voilà votre style.
     Je dis, de mon côté, que l'Etat, en 89, a régularisré la division des pouvoirs politiques qui existait avant 89.
     Le lecteur jugera.
     La sixiéme observation tombe sur Hegel, et n'a trait à rien.(この詭弁は何だろうか?ー世代は移り変わる!-すべての病状を呈している政府について、私の原則、政府がどのように変化するかはわからないと私は自身に言い聞かせる。
1789年、フランスは、立憲君主制においてその専制君主を土塊に変えた。それは、あなたの[政治革命の]スタイルだ。
私が主張するのは、私の見方では、1789年の国家は1789年以前と 政治勢力の分割を変えたということだ。これは読者が判断することだ。
第6の考察はヘーゲルを攻撃しているが、それは何も成し遂げていない。)」


<26>143/132
(神意にたいして、あれほど優しい気持を抱いているのであるから、), nous le renvoyons à l'Histoire de l'économie politique, de M. de Villeneuve-Bargemont, qui, lui aussi, court après un but providentiel. Ce but ce n'est plus l'égalité,c’est le catholicisme.
       「Quelle bêtise après ce que j'ai écrit ! ー En vérité, Marx est jaloux.
       (わたしが書いておいたというのに何という馬鹿なことを! 本当のところ、マルクスは嫉妬しているのだ。)」



第7考察
<27>145/134
(だから、封建的生産について正しい判断をくだすために、), il faut la considérer comme un mode de production fondé sur l'antagonisme.
        「Est-ce que Marx a la prétention de donner tout ceci comme sien, en opposition avec quelque chose de contraire que j'aurais dit ?(マルクスは私が正反対のことを言ったことにして、すべてが自分の言葉であるかのように主張するのか?)」

<28>146/135
(たえず増大するプロレタリアート).
 「Mais tout cela c'est moi!(しかし、すべて私の言葉だ!)」

<29>146/136
(この闘争に参加するプロレタリアートは、)
      「J‘ai dit tout cela.(もうすべて私が書いたことだ。)」

<30>147/138
(しかし彼らは、他の人々よりもブルジョア的なのである。)
 「Marx fait comme Vidal.(マルクスはヴィダル*のようだ。)」

*Vidalヴィダルは当時の経済学者の名。


ヴィダル,フランソア Vidal,Francois(1814-1872)
フランスの小ブルジョア経済学者、社会主義者、ルイ・ブラン派(大月書店『マルクス=エンゲルス全集』第七巻参照)。 
<ヴィダルは、『富の分配について』という著書によって共産主義作家として知られ、リュクサンブール委員会ではルイ・ブランの秘書だった。>(フランスにおける階級闘争 第三章 より
http://www.geocities.jp/hgonzaemon/class_struggle_in_france.html#%91%E6%8El%8F%CD)


<31>147/138
(これらの理論家たちは、(被抑圧階級の欲求にそなえてそれにこたえるため、)もろもろの体系を一時のまにあわせにつくり、)
      「Plagiat de mon chapitre I(er).(私の第一章の剽窃だ。)」

<32>148/139
(ではプルードンに話を戻そう。)
      「Comment! revenons! Mais les pages qui precedent sont une copiu de moi.
      (なんと!、話を戻そうだと! だがこれまでの数頁はわたしのひき写しではないか。)」


第2節分業と機械
<33>149/141
(ものごとをあまりにも簡単なものにしてしまうことであろう。)
        「Qu'est-ce que tout cela prouve ?
        Que l'humanité progresse lentement.(このことは、何を証明しているだろうか?
人類は、ゆっくり進歩しているということだ。)」


<34>150/142
(アダム・スミスはプルードン氏が考えているよりも、もっと先を見ている。)
 「Bien.(よろしい。)」

<35>150/142
(このことはまったく、プルードン氏が別の箇所で、アダム・スミスは分業の生みだす欠陥に気づいてもいなかった、と述べることを妨げないのである。)
        「Bien. Mais Smith a-t-il éclairci le problème ? ーNon.(よろしい。しかしスミスは、問題をはっきりさせただろうか?ーいいや。)」

<36>152/144
(Citation de Ferguson et deux paragraphes suivants.ファーガソンの引用と2パラグラフに続いて)

Le problème n'est pas éclairci.(問題は解決されていない。)


<37>153/146
(「細分された労働の第一の結果は」とプルードン氏はつづける、…
…プルードン氏は、この賃金の低下が堕落した魂に相応することを証明するために、…だと言って、)
       「Allons, cher Marx, vous êtes de mauvaise foi ,et tout à la fois vous ne savez rien.
(さて、親愛なるマルクスよ、あなたは不誠実だ、そして、ここから先あなたは何も理解していない。)」


<38>154/148
(機械は一つの生産力であるにすぎない。)
        「C'est un philosophie qui dit cela.(これは言わば一つの哲学[思弁]だ。)」

<39>158/153
(ものごとを見るにしてもそれを逆に見るプルードン氏にとっては)
        「Non pas la division dans le sens d'A. Smith , mais la grande division naturelle des métiers.
         (アダム・スミスの意味での分割ではなく、職業の自然的大分割なのだ。)


<40>
158/154
(本来の意味での機械は、一八世紀末から存在している。機械を分業の反定立と考えたり、細分された労働の統一を回復する総合と考えたりするほど、ばかげたことはない。)
        「Je maintiens cela.(私はそれ[=矛盾]を維持する。)」

<41>
158/154
(分業によって…バビッジ、パリ、1833)
        「Donc la machine vient après la division.(そして、機械は分業の後到来する。)」

<42>
158/154
(簡単な道具、これらの道具の集積)
       「Donc l'atelier qui groupe les parties du travail vient aussi après la division.(そして職場を束ねる労働団体は、分業の後、到来する。)

<43>
158/154
(生産諸用具の集中…不可分である。)
       「Sans doute,il ne s'agit que d'une succession logique.(疑いなく、これはただの論理的帰結だ。)」

<44>
158/154
(プルードン氏にとっては、労働用具の集中は分業の否定である。)
「Oui.(そうだ。)」

<45>
158/155
(用具の集中が発展するのに応じて分業もまた発展し、分業が発展するのに応じて用具の集中もまた発展する。)
     「Oui aussi, tout cela est vrai en mème temps.
      (これまたその通り。これらすべては同時に本当のことだ。)」


<46>
159/155
(分業におけるすべての発展がこんどはまた、機械装置におけるあらたな諸発明をもたらすことになるのである。)
  「Très bien, cela s'explique dans ma théorie parfaitement, comme le développement parallèle de la richesse et de la misère.
     (よろしい、これは富と貧困の平行した発展として、完全に私の理論で説明される。)」

<47>
159〜160/156〜156
((引用者注:機械の必要性をマルクスは説き、)自動機械工場は、…自動機械の、発生しつつある絶対的支配にたいして(抵抗したのであった。))
「Absurde, comme l'opinion qui croit déshonorer la balance du commerce par les vexations de la douane.(税関の嫌がらせによって貿易収支が不渡りを出すのを信じるといった意見のように、不合理だ。)」

<48>
160/157
(だが実際、…われわれが今自動機械工場で見るような分業とのあいだには、なんという相違があることだろう!)
         「La division, pour moi, remonte plus haut qu'A. Smith ; elle est prise aussi dans un sens plus large.
(分業は、私の考えでは、A・スミスよりももっとさかのぼり、それはより広い意味に理解される。)」

<49>
161/158
(それゆえ、自動機械制度の原理は、…)
          「 L'un n'est que la conséquence de l'autre; et tout ce qui se dit du premier convient au second.(ものごとはある事柄の帰結であり、そしてすべてははじめからから二番目につづく必要があるということだ。)」

<50>
162/159
(このような配置の転換は、…旧来の慣例に公然と対立するものである。)
           「 Très bien : j'ai marqué cette opposition ―, la dégradation de l'ouvrier est plus avancée dans ce que vous appelez systéme automatique que dans ce qu'A. Smith appelle division : ー quant à moi, j' ai marqué ces deux degrés par la Division, et machines.
      J'ai dit : la Division du Travail morcelle, mutile, éparpille l'homme ; ― Les machines l'asservissent : c'est exactement la même chose que le Dr Ure.(大いに結構。私の意見はその反対だ。労働者の堕落は、スミスが分割とよぶものにおけるよりも、あなた[マルクス]が自動体系とよぶものにおける方が、より以上すすむのである。私についていえば、私は、分割と機械によって、これら二つの程度を示したのである。細分化され、ばらばらにされた分業は、人間を分散させる。機械は、人間を隷属させる。これは、ドクトゥール・ユアとまったく同じことである、と私は、のべたのである。)」


<51>
163/161
(しかし、すべての特殊的な発展が停止するとき、、、)
   「Bon! Et comment entendrez-vous ce développement intégral ?(よろしい。だが、あなたは、この全般的発展をどのように理解するのであろうか)」

<52>
163/161
(プルードン氏は…。そして、たんに一本の針の一二分の一の部分をつくるだけでなくて、一二の部品をすべてつぎつぎとつくることを、労働者に提議する。労働者は、そうすることによって、針の知識と意識に到達するであろう。)
         「Oui, en tant qu'il ne s'agirait que de résoudre l'antinomie de la division; mais je n'ai pas dit que tout fut là.
Il faut que l'habileté anciennne et moderne, sache travailler à la fois, et par ses doigts, et par les machines.
         Car, il est absurde qu'il ne puisse se passer de la machine, lui qui s'est fait remplacer par la machine.
          Le synthétisme, parvenu au plus haut degré, exige de l'ouvrier tout à la fois, et une plus grande capacité, et un développement moindre de…[Sagacité?]
(そうだ、分業の矛盾を解決することが必要なだけだが、しかし、私は問題のすべてがそこにあるとは言わなかった。
我々は、指先と機械とによる、古くて現代的な能力を同時に必要としている。
というのは機械に出来ないことができる職人が機械に取り替えられるのは不合理だからだ。ジンテーゼ(最も高水準の総合)のためには、労働者が、もっと大きな能力と[知恵?]のよりゆるやかな発展とを同時に得る必要がある。)」


第二章第3節より
<53>
169/163
(恋する男の直接対象が女であるならば、生産活動上の励みあいの直接対象は生産物であって、利潤ではない。)
      「Synonymes ici.(これは同語反復だ。)」

<54>
169/163
((競争は、)生産活動上の励みあいではなくて、商業上の励みあいである。)
       「Autres synonymes.(またしても同語反復だ。)」