シンギュラリティー「ノストラダムスと一緒」新井教授
シンギュラリティーにっぽん
進化する人工知能(AI)に雇用を奪われないように、子どもたちに読解力をつける取り組みを進めている国立情報学研究所の新井紀子教授(56)に「AI時代の教育」について尋ねた。
――AIにできること、できないことは?
シンギュラリティー:人工知能(AI)が人間を超えるまで技術が進むタイミング。技術的特異点と訳される。そこから派生して、社会が加速度的な変化を遂げるときにもこの言葉が使われ始めている。
「AIといってもしょせんはソフトウェアに過ぎません。しかも、コンピューターの原理を考案した英国の数学者、アラン・チューリングが20世紀初頭に論文で記した『計算可能な関数』の一部が実現できているだけ。『意味が何なのか』は数学では未解明な領域なので、まだチューリングの手のひらの上に私たちはいる。量子コンピューターができたとしても、総体としての人間をAIが超えることはないでしょう」
――AIが人の知能を超えるシンギュラリティーは来ないと?
「シンギュラリティーを唱えている人たちは、『1999年に空から恐怖の大王がくる』と言っていたノストラダムスの大予言と一緒ですね。ノストラダムスは、ヒトラーの出現もケネディ米大統領の暗殺も公害も予言したことになっています。でも予言といっても、後から起きたことをあてはめてみれば何となく当たったことになる。そう唱える人たちは(シンギュラリティーが来るといわれる)2045年になるまで責任をとらなくていい。メディアも含め、なぜ踊らされているのだろう、と思います」
――将来、AIによる世界恐慌で失業者があふれる時代が来るとも予想されています。AIに奪われる職業、そして残る職業は何でしょう?
「AIに限定せず、キャッシュレスやブロックチェーンなどデジタル革命全体による影響を考えるべきでしょう。デジタル革命が徹底されると、営業や会計などホワイトカラーの代名詞だった仕事の多くが、機械に代替される可能性が高まります。銀行や証券会社や商社も別の業態へと変わっていくでしょう」
意味理解できないAI、個別対応は無理
「一方、意味を理解できないAIは、柔軟な個別対応はできません。お年寄りの見守りをAIに任せることはあっても、介護施設で働く人は臨機応変な対応が必要なので、AIによる代替は難しい」
――テクノロジーが発達すれば、新しい職業が生まれるという人もいます。
「これまでの産業革命は工場労働者を必要としたテクノロジー革命でした。でも、デジタル革命はそうじゃない。ネットの上という国家に関係ない仮想的なところで起こり、人を必要としない。このまま人から搾取していくと結局だれも再生産してくれなくなり、経済自体が終わってしまう。今最も大切なのは、国際協調の中で、どうやってグローバル企業の富を各国に再分配させるのかということなんです」
――最低限の所得を国民に保障するベーシックインカム(BI)に取り組んでいる国もあります。
「国民全員にBIを払うには、日本国内で稼いだグローバル企業からきちんと税金を取れていない現状では難しいでしょう。国際的に連携してグローバル企業に租税回避をさせないことが喫緊の課題です。しかし、途上国も含めてその富を再分配すると、日本の一人ひとりが受けとれるのは微々たる額になってしまう。財政再建も抱える日本ではBIはあまり意味のない議論です」
基礎読解力ないまま大学卒業しても
――別の職に移動しやすくするためには、リカレント教育(学び直し)の充実が必要なのでは?
「中高校生や新入社員の読解力を調査している印象だと、きちんと読める人は限られている。基盤的な読解力がないままで、大学を卒業している層がかなりいる。この人たちは、見て習うような定型的な仕事しかできない。読めない人をいくらリカレント教育したところで、デジタル革命の脅威にさらされない職に就くのは難しいと思います」
――20年度から小学生を対象にプログラミング教育が始まります。
「日本語が読めないのに英語教育するとか、算数の文章題が読めないのにプログラミング教育するなんて、茶番でしかない。論理もわからないし、数学もわからないんだけれども、プログラミングします、というような人材は単価が安いプログラマーとして、現在もブラックな労働条件で働いています」
――東京都板橋区などで小中学校を対象に読解力を測るリーディングスキルテストを実施していますね。そのきっかけは?
「11年にスタートした東大合格をめざす『ロボットは東大に入れるか』プロジェクトで、AIはMARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)クラスの有名私大に合格可能性80%以上と判定されました。でも、AIは意味がわからない。確率と統計を駆使して、もっともらしい答えを出力しているに過ぎません」
「同時に子どもたちの読解力の調査を進めたところ、子どもたちも実はAIと同じような『読み方』をしているのではと疑念を持ちました。それでは、AIと差別化できる人材にはなり得ない。読解力を診断するテストを診断し、参考にしてほしいと考えたのがきっかけです」
――手応えは?
「先生たちが今までよかれと思ってやってきたことが、実は子どもたちの読解力を弱めてきた。先生たちが自らそう気づき始めたことが大きい。例えば、板書を写すのが早い子もいれば遅い子もいる。親切心で先生が穴埋め式のプリントをつくる。そうすると、子どもたちは文章のキーワード以外の部分、たとえば助詞などを読み飛ばすようになる。『教科書くらいは読めるはず』という前提を一度捨てて、どうすれば教科書を読めるようにして生徒たちを卒業させることができるのか、板橋では日々模索して、授業研究をしています」
子どもたちが安心できる道筋を
――子どもたちへの教育にかける思いとは?
「板橋は私にとって希望の地です。学校数が多く、児童や生徒もたくさんいる。23区内で学力は高くはない。そこで学力を上げることができたら、ほかの地域の可能性にもつながります。これは大きなチャレンジですが、子どもたちが次の時代に安心して生きていける道筋をつけてあげたい。私の研究者人生の最後の仕事であり、未来にバトンを渡すために絶対にしなきゃいけないんです」(聞き手=編集委員・堀篭俊材)
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