Eugen Karl Dühring, 1833-1921.
- Kapital und Arbeit, 1865 Digitalisat.
- Der Wert des Lebens, 1865 Digitalisat.
- Naturliche Dialektik, 1865 Digitalisat
- Kritische Grundlegung der Volkswirtschaftlehre. Berlin, Eichhoff 1866 Digitalisat.
- Die Verkleinerer Carey's. Breslau 1867 Digitalisat.
- Kritische Geschichte der Philosophie von ihren Anfängen bis zur Gegenwart. Berlin, Heimann 1869 Digitalisat.
以下も参照:ワイド版世界の大思想 第2期〈11〉レーニン Kindle版 4.6 5つ星のうち4.6 (3)「唯物論と経験批判論」は副題に「ある反動哲学についての論評」とあるように観念論に対する唯物論の対決である。レーニンは、弁証法的唯物論における認識の基準として、実践をとおしてのみ存在と思考との一致をもたらすことができる、と説く。〈収録タイトル〉唯物論と経験批判論他レーニンはデューリングに対して「夢想的実在論(Traumrealismus)」というシュッペの言葉を採用。
参考:Eugen Karl Dühring (1833~1921)弁証法の優先権(デューリング再考)〜Table of Dühring "Cursus der Philosophie als streng wissenschaftlicher Weltanschauung und Lebensgestaltung"1875デューリング『自然的弁証法』 Duhring Naturliche Dialektik, 1865 。。。 同年ケアリーの解説書で、デューリングは自然と社会の全体的考察を目標として掲げ、リービッヒを数多くのドイツ人批判者たちに対して擁護した。 Henry Charles Carey 1793-1879 The Principles of Political Economy , 1837-40. 上記の2冊に言及。 Duhring 1865, [Carey's Umwälzung der Volkswirtschaftslehre und Socialwissenschaft, 1865] (ケアリーの経済学と社会科学の変革) 以下1866で体系化、 | エンゲルス『自然弁証法』 Engels Dialektik der Natur 1873 〜1886 明らかにタイトルを剽窃している。 参考: Engels 1878,[Herrn Eugen Dühring's Umwälzung der Wissenschaft (Anti-Dühring)] オイゲン・デューリング氏の科学の変革(反デューリング論)後述。 以下を意識した書名。 Duhring 1865, [Carey's Umwälzung der Volkswirtschaftslehre und Socialwissenschaft, 1865] (ケアリーの経済学と社会科学の変革) |
デューリング『国民経済学説の批判的基礎づけ』(Kritische Grundlegung der Volkswirtschaftlehre,1866) 広く知られたアメリカの経済学者で、出版業を営んでいたヘンリー・チャールズ・ケアリの「土地疲弊と掠奪耕作の回避を国民経済学政策の構成部分に含める」という要求を、デューリングは支持した。 Kritische Grundlegung der Volkswirthschaftslehre p.230 デューリングのターム 1866 (Regulierung der) Stoffvertheilung 物質流通(規制) 物質の分配の意識的な規制 「限界のない自然の貯え」は存在せず、「また限界のない自然の遂行能力も」存在しないのであり、「あらゆる機能や量は時間と限度によって制約されている」。いまや土地疲弊の問題はアメリカだけでなく、ヨーロッパでも感じられるようになっているという。それは「国民の生存を根幹から」脅かす。こうして、デューリングは持続的で「意識的な物質分配の規制」を訴えた。 (ケアリと共にリービッヒにも言及。) | マルクスのターム、物質代謝[Stoffwechsel](資本論1867)★★は、デューリングのターム 物質流通規制 [Regulierung der Stoffverteilung](『国民経済学説の批判的基礎づけ』(Kritische Grundlegung der Volkswirtschaftlehre,1866に一箇所出てくる)に似ている。 マルクスのターム 1867 資本論 Stoffwechsel 物質代謝 マルクスはこの用語を幅広く使っている。 |
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)❶ | デューリング『批判的歴史』(未邦訳。エンゲルスが引用したのは1875第二版)後半部ではプルードンに多く触れられているが『反デューリング論』のマルクス(一部執筆)とエンゲルスはそれを無視している。とくに原著111頁(大月20巻124頁)ではわざわざプルードンの部分だけカットしている。 |
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』(1873,第二版1876)❸ | 『反デューリング論』の中の後期に発表された篇で批判の対象となった。『空想から科学へ(Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft)』1880の内容と重なるのは1871,1873の二冊。 |
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)❷ "Cursus der Philosophie als streng wissenschaftlicher Weltanschauung und Lebensgestaltung" https://play.google.com/store/books/collection/ cluster?gsr=SheCARQKEAoMNURza0FBQUFNQUFKEAkQBA https://books.google.co.jp/books?id=1wxcAAAAcAAJ&pg=PP5&redir_esc=y#v=onepage&q=antike&f =false https://play.google.com/store/books/details/ Eugen_D%C3%BChring_Cursus_der_Philosophie_ https://play.google.com/books/reader?id=k0tAesIcg0AC&pg=GBS.PA308&hl=ja&q=308 https://archive.org/details/cursusderphiloso00dhuoft/ Was aber die Wegräumung des istorischen Gewaltstaats anbetrifft, so muss er unter allen Umstän-en seiner eignen Logik, nämlich derjenigen der Missachtung der ierechtigkeitsmotive anheimfallen. Diese Logik besteht des Näheren arin, dass schliesslich in ihm eben nur die Gewalt, aber nicht mehr er Schein des Moralischen gesehen wird, und dass er demgemäss urch die Unzulänglichkeit dieser Gewalt zusammenbricht, sobald hm die Kraftelemente, die er sonst noch mit ideellen Mitteln seiner ignen einsichtserdrückenden Art bannen konnte, den Dienst ver-agen. しかし、歴史的な暴力国家の解体に関しては、いかなる状況下においても、それは自らの論理、すなわち正義の動機を軽視するという論理のなすがままにならざるを得ない。この論理は、具体的には、最終的にはその国家の中に暴力のみが見られ、もはや道徳的な装いは見られなくなり、それゆえ、本来ならその国家が、自らの洞察を圧殺する性質を持つ観念的な手段によって封じ込めていた力的な要素が、その役目を果たさなくなった瞬間に、その暴力の不十分さによって国家は崩壊するという点にある。 p.308 https://freeassociations2020.blogspot.com/ 2026/03/cursus-der-philosophie-als-streng.html | エンゲルスはまず最初に主にこの本に抗するようにして『空想から科学へ』の前身となる『反デューリング論』(1878年。正式名は「 Herrn Eugen Dühring's Umwälzung der Wissenschaft (Anti-Dühring)オイゲン・デューリング氏の科学の変革」。序論と社会主義論である第三部は後にまとめられた)を書いた。 レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論❶、哲学❷、経済学❸の3つの要素も、元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。 1978年、 《私には、デューリング氏の体系にたいしていまひとつべつの体系を対置することなどほとんど思いもよらないことだが、読者にたいしては、論ぜられている問題の多様性にもかかわらず、私の提出した諸見解のなかにも内的関連があることを見失なわないように望むものである。》 エンゲルス『〔反〕デューリング論』への旧序文 1878年5~6月 。。。 1884年、 《ーーそれ(注:原生的共同社会の力)は打ち砕かれた。だが、それを打ち砕いたものは、われわれにははじめから堕落と、古い氏族社会の単純な道徳的高みからの堕罪と思える諸影響であった。新しい文明社会、階級社会をひらくものは、低劣きわまる利害ーーいやしい所有欲、獣的な享楽欲、きたならしい貪欲、共有財産の利己的的な略奪ーーである。古い無階級の氏族社会を掘りくずし、引き倒すものは、破廉恥きわまる手段ーー窃盗、暴行、奸計、裏切りである。》 エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』マルエン全集21:101頁
赤字部分をサルトルが引用。デューリングに近いという。 上記の考察はサルトル『弁証法的理性批判』の稀少性を考察した章における反デューリング論への言及に関連する(邦訳1:172頁)。 稀少性が欲求を増殖させる生産諸関係の暴力性をデューリングは直接的暴力ととらえてしまっているという(CRD「稀少性...」)。ただし、デューリングを批判するエンゲルスも同様の見解を述べていて、実は両者は大差ないのである(サルトル「倫理学ノート」参照)。 《要するに、エンゲルスの秘教的教義が非道徳的決定論であるならば、彼の外面的教義は、デューリングの教義と同様に、経済的抑圧を政治的暴力に還元することに帰着する。》 (サルトル) Notebooks for an Ethics1992/10 Jean-Paul Sartre、 David Pellauer 英訳 ちなみに、ニーチェもデューリングの『…哲学教程』(1875年)における記述の否定的展開から永劫回帰の説をあみだしたらしい(邦訳シュタイナー『ニーチェ』197頁)。★★★ ニーチェが「ルサンチマン」という語を用いたのは、1875年夏に書かれたデューリングKarl Eugen Dühringの『生の価値 Der Wert des Lebens im Sinne einer heroischen Lebensauffassung(1865)』に関するノートのなかの、「正義感はルサンチマンであり、復讐と結びついている。彼岸における公正という観念も復讐感情に由来するものである」という一節において。★★★★ |
https://books.google.co.jp/books?id=dfBu5bPaQr8C&pg=PR1&redir_esc=y#v=onepage&q=230&f=false
p.230
https://play.google.com/books/reader?id=dfBu5bPaQr8C&pg=GBS.PA230&hl=ja
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ヘンリー・C・ケーリー (Henry C. Carey)1793~1879
http://www.hetwebsite.net/het/profiles/duhring.htm
Major Works of Eugen Dühring
- (ec) Carey's Umwälzung der Volkswirtschaftslehre und Socialwissenschaft, 1865. [bk]
- (ec) Capital und Arbeit: Neue Antworten auf alte Fragen, 1865 [bk]. (Engl. trans. Capital and Labor)
- (ph) Der Werth des Lebens: eine philosophische Betrachtung, 1865 [bk] [1877 2nd ed., 1881 3rd ed, 1891 4th ed, 1902 ed]
- (ph) Natürliche Dialektik: neue logische Grundlegungen der Wissenschaft und Philosophie, 1865 [bk]
- (ec) Kritische Grundlegung der Volkswirtschaftslehre, 1866 [bk]
- (ec) Die Verkleinerer Carey's und die Krisis der Nationalökonomie, sechszehn Briefe, 1867 [bk]
- (mx) Die Schicksale meiner Sozialen Denkschrift für das Preussische Staatsministerium, 1868
- (ph) Kritische Geschichte der Philosophie von ihren Anfängen bis zur Gegenwart 1869 [bk] [1873 2nd ed], [1878 3rd ed]
- (ec) Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus, 1871 [1879 3rd ed] (Critical History of Economics and Socialism)
- Kritische Geschichte der allgemeinen Principien der Mechanik, 1872 [bk]
- (ec) Cursus der National- und Socialökonomie einschliesslich der Hauptpunkte der Finanzpolitik, 1873 [bk] [1876 2nd ed]
- (ph) Cursus der Philosophie als streng wissenschaftlicher Weltanschauung und Lebensgestaltung, 1875 [bk]
- (mx) Der Weg zur höheren Berufsbildung der Frauen und die Lehrweise der Universitäten, 1877 [bk] [1885 2nd ed]
- (ph) Logik und Wissenschaftstheorie, 1878 [bk]
- (sc) Neue Grundgesetze zur rationellen Physik und Chemie, 1878
- Robert Mayer der Galilei des neunzehnten Jahrhunderts, 1880 [bk]
- (lt) Die Ueberschätzung Lessing's und Dessen Anwaltschaft für die Juden, 1881 [bk]
- (mx) Die Judenfrage als Racen-, Sitten- und Culturfrage, 1881 [bk] (later editions retitled Die Judenfrage als Frage der Rassenschadlichkeit fur Existenz, Sitte und Kultur der Volker, mit einer weltgeschichtlichen Antwort, 1886 3rd ed, 1892 4th ed,, 1901 5th ed]
- [Anon?] Die Parteien in der Judenfrage, 1882
- (mx) Sache, Leben und Feinde: Als Hauptwerk und Schlüssel zu seinen sämmtlichen Schriften, 1882 [bk]
- (mx) Der Ersatz der Religion durch Vollkommeneres und die Ausscheidung alles Judenthums durch den modernen Völkergeist, 1883 [bk] [1897 2nd ed], [1906 3rd ed]
- (sc) Neue Grundmittel und Erfindungen zur Analysis, Algebra, Functionsrechnung und zugehörigen Geometrie sowie Principien zur mathematischer Reform nebst einer Anleitung zum Studiren und Lehren der Mathematik, with Ulrich Dühring, 1884 [bk]
- Die Grössen der modernen Literatur populär und kritisch nach neuen Gesichtspunkten dargestellt. 1893, v.1, v.2
- Gesammtcursus der Philosophie: Kritische Geschichte der Philosophie von ihren Anfängen bis zur Gegenwart, 1894 v.1, v.2, v.3
ユージン・デューリングの主要著作
- (ec) ケアリーの『人民社会科学と社会科学の転向』、1865年。[bk]
- (ec) 資本と労働:新しい回答(新しい質問)、1865年 [bk](英語 翻訳)資本と労働)
- (ph) 人生の素性:哲学的な記述, 1865 [bk] [1877 第2版, 1881 第3版, 1891 第4版, 1902版]
- (ph) 自然弁証法的:科学と哲学の新しい論理的原点、1865 [bk]
- (ec) 人民協会の批判的基礎、1866年 [bk]
- (ec) 『危機的ケアリーズと国民経済危機』、第7回書簡、1867年 [bk]
- (mx) 私の社会的省庁のシクサール(プロス国家省)へのシクセール、1868年
- (ph) 哲学の創世から1869年までの批判的歴史 [bk][1873 第2版], [1878 第3版]
- (ec) 『国家経済と社会主義の批判的歴史』, 1871年 [1879 第3版] (経済と社会主義の批判的歴史)
- 機械の一般原則に関する批判的歴史、1872年 [bk]
- (ec) 財政政策の主要焦点を含む国家・社会経済のカリキュラム、1873年 [bk] [1876 第2版]
- (ph) 哲学のコースを厳格な科学的な世界見学と生活の創設として、1875年 [bk]
- (mx) 女性の職業教育と大学教育の高みへの道, 1877 [bk] [1885 第2版]
- (ph) 論理学と科学理論、1878 [bk]
- (sc) 合理的な物理学と化学に関する新基本法則、1878年
- ロベール・マイヤー・デア・ガリレイの10世紀、1880年 [bk]
- (lt) レッシングの教育とユダヤ人への評価、1881年 [bk]
- (mx) ユダヤ人の探求 人種・座・文化の探求、1881年 [bk] (後の版は『ユダヤ人の探求 人の生存・地・文化の人種的価値に関する質問』、世界史的回答付き、1886年 第3版、1892年 第4版、1901年 第5版]
- 匿名ですか?ユダヤ教の党派、1882年
- (mx) 罪・生活・敵:彼の全書の主要書と鎖として、1882年 [bk]
- (mx) 宗教の全権者による代位と、現代の民の民の神性によるすべてのユダヤの決定、1883年 [bk] [1897年 第2版]、[1906年第3版]
- (sc) 分析、代数、関数解析、および従事幾何学に関する新たな基礎と発見、そして数学改革の原理は、数学の研究と教授のための手本でもあります、ウルリッヒ・デューリング、1884年 [bk]
- 現代文学の大衆的かつ批判的な視点に基づく現代文学の成長。1893年、v.1、v.2
- 哲学の総カリキュラム:哲学の創設から期間までの批判的歴史、1894年 第1巻第2巻第3巻
★★資本論物質代謝1:2したがって、使用価値の形成者として、すなわち有用なる労働としては、労働は、すべての社会形態から独立した人間の存立条件であって、人間と自然との間の物質代謝を、したがって、人間の生活を媒介するための永久的自然必然性である。
2:0(三八) ブルードンは、まず彼の正義の理想、すなわち justice éternelle〔永遠の正義〕の理想を、商品生産に相応する法関係から作り出す。ついでに述べておくが、このことによって、またすべての俗物たちに大変に慰安を与える証明もできるのである。すなわち、商品生産の形態は、正義と同じように、永遠であるということである。それから、逆に彼は、現実の商品生産とこれに相応する現実の法を、この理想にしたがって改造しようとする。物質代謝の現実の法則を研究し、その基礎の上に一定の課題を解こうとするかわりに、物質代謝をnaturalité〔自然的素質〕やaffinité〔血縁〕というような「永遠の理念」によって改造しようとする化学者について、人は何と考えるだろうか。もし高利貸は、justice éternelle〔永遠の正義〕やéquité éternelle〔永遠の公正〕やmutualité éternelle〔永遠の相互扶助〕やその他のvérités éternelles〔永遠の真理〕に反すると言えば、高利貸について教父たちが知っていたことより、何か少しでも多く知ることになるだろうか? 教父たちも、高利貸はgrâce éternelle〔永遠の恩寵〕やfoi éternelle〔永遠の信仰〕やvolonté éternelle de dieu〔神の永遠の意志〕に反すると言っていたのである。3:2第三章 貨幣または商品流通 第二節 流通手段 a 商品の変態交換過程は、諸商品を、それが非使用価値である持ち手から、使用価値となる持ち手に移すかぎり、社会的な物質代謝である。
★★★ニーチェ:メモ
シュタイナーによれば、ニーチェはデューリングから永劫回帰のアイデアを得たと言う(邦訳シュタイナー『ニーチェ』)。ニーチェの蔵書のなかにあるデューリングの著書にニーチェの書き込みが残っているのだ。
ニーチェはデューリングの『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)における記述の否定的記述から永劫回帰の説をあみだしたことになる(邦訳シュタイナー『ニーチェ』p197)。現在の一瞬を極小小粒子の特定の連関結合(Kombination)として描いている点が(同p195)スピノザよりもライプニッツに近いかも知れない。以下、邦訳シュタイナー『ニーチェ』(p198-199)より(ドイツ語原文は以下のサイトから追加した。http://www.archive.org/stream/cursusderphiloso00dhuoft/cursusderphiloso00dhuoft_djvu.txt,pp.84-85))。
《デューリングはこう述べている(引用者注:原著84頁にあるという)、「したがって意識を有するすべての生命のより深い理論的根底として、言葉のもっとも厳密な意味における、被造物の無窮性が要求される。つねに新しい形態を送り出すこの無限性の存立は、それ自体可能であろうか? 物質の粒子の数やエネルギーの総量が考慮されると、空間と時間という恒常的媒介が無制限のヴァリエイションを保証せぬかぎり、粒子連関結合の無限反復は不可能となるだろう。有限数の存在からはやはり有限数の結合しか生じえないのだ。しかし本質との矛盾を来すことなく、たしかに有限数の存在ではないと想像されうるような存在があるとすれば、その存在からは、無制限の多様性を持つ状態や連関が生じうるにちがいない。そうなると我々が宇宙の形成の摂理のために要求しているこのの無限性は、どんな変化をも可能にし、一定期間ほぼ不変の状態を出現させたり、あるいは完全な自己同一性をすら可能にするだろう。ーーもっとも、すべての変化が停止することだけは不可能であるが。この無限性を有する原初状態に対応した存在の、表象を得んとする者が反省すべきことは、時間的展開の真の方向性がただ一つしか存在しないということと、因果も同様この方向に沿って生じているということである。相異を曖昧にすることの方が、明確にとらえることより易しいものである。相異による間隙を跳び越えて、結末を発端からの類推によって想像することはたやすいことである。しかし我々はそのような浅薄な短絡は慎もうでほないか。なぜなら宇宙の中にいったん生じた存在は、どれも同じ取るに足らぬ日常茶飯事などではなく、我々がそこから帰納や予測を行う、唯一無二の確実かつ明白な根拠であるのだから(後略)("Der tiefere logische Grund alles bewussten Lebens fordert daher im strengsten Sinne des Worts eine ünerschöpflichkeit der Gebilde. Ist diese Unendlichkeit, vermöge deren immer neue Formen hervorgetrieben werden, an sich möglich? Die blosse Zahl der materiellen Theile und Kraftelemente würde an sich die unendliche Häufung der Combinationen ausschliessen , wenn nicht das stetige Medium des Raumes und der Zeit eine Unbeschränktheit der Variationen verbürgte. Aus dem, was zählbar ist, Tiann auch nur eine erschöpfbare Anzahl von Combinationen folgen. Aus dem aber, was seinem Wesen nach ohne Widerspruch gar nicht als etwas Zählbares concipirt werden darf, muss auch die unbeschränkte Mannichfaltigkeit der Lagen und Beziehungen hervorgehen können. Diese Unbeschränktheit, die wir für das Schicksal der Gestaltungen des Universums in Anspruch nehmen, ist nun mit jeder Wandlung und selbst mit dem Eintreten eines Intervalls der annähernden Beharrung oder der vollständigen Sichselbstgleichheit, aber nicht mit dem Aufhören alles Wandels verträglich. Wer die Vorstellung von einem Sein cultiviren möchte, welches dem Ursprungszustande entspricht, sei daran erinnert, dass die zeitliche Entwicklung nur eine einzige reale Richtung hat, und dass die Causalität ebenfalls dieser Richtung gemäss ist. Es ist leichter, die Unterschiede zu verwischen, als sie festzuhalten, und es kostet daher wenig Mühe, mit Hinwegsetzung über die Kluft das Ende nach Analogie des Anfangs zu imaginiren. Hüten wir uns jedoch vor solchen oberflächlichen Voreiligkeiten; denn die einmal gegebene Existenz des Universums ist keine gleichgültige Episode zwischen zwei Zuständen der Nacht, sondern der einzige feste und lichte Grund, von dem aus wir unsere Rückschlüsse und Vorwegnahmen bewerkstelligen. "」。デューリングは、状態の永続的反復は人生にとって何の魅力もないと考えている。彼はこう述べているのだ。「生に魅力が必要であるという原則は、同一形態の永遠の反復とは相容れないことがこれで自明のこととなった("Nun versteht es sich von selbst, dass die Principien des Lebensreizes mit ewiger Wiederholung derselben Formen nicht verträglich sind. ")」と。 デューリングが数学的に考察し、その結果をありありと異様な像に描いてみせながら、自分でもおぞましく顔をそむけて否定し去った見解に、ニーチェは結局己れの自然観を通じて肯定的に到達したのである。 私(引用者注:シュタイナーのこと)の論文からの引用をさらに続けよう。 「物質粒子とエネルギーに関し有限回の連関結合のみが可能であると仮定した場合、我々はまたもやニーチェの〈同一事象の反復回帰〉の考えを見い出すことになる。つまりデューリングの見解から採った、ほかならぬ正反対の結論が、ニーチェによって弁護されている一節を、アフォリズム203(ケーゲル版の一二巻とホルネッファーの著作『ニーチェの永劫回帰説』の中のアフォリズム22)の中に見い出すことができるのである。“エネルギーの総和は一定であり、〈無限〉ではない。その種のいい加減な概念上の逸脱は慎もう! したがってたしかにこのエネルギーの状態や変化や結合や展開の数は、途方もなく大きなものであり実際上〈測り難い〉けれども、やはりそれでもともかく一定であり無限ではないのだ。すなわちエネルギーは永劫に同一であり永劫に動的である。ーー今のこの一瞬に至るまですでに一つの無限が経過したのである。すなわちあらゆる可能な限りの展開がすでに存在したにちがいないのだ。したがって今現在の展開は一つの反復であるにちがいなく、今を産んだ展開も今から生じる展開も同じことであって、未来も過去も果てしない反復の連続であるのだ(略)”」》
まとめるなら、《シュタイナーの解釈によれば、(略)進化論からは「超人」思想を、そしてエネルギー総和の一定説からは「永劫回帰」の思想を生みださざるをえなかった「同時代との闘争者」なのである。》(シュタイナー『ニーチェ』p217解説より)ということらしい。ただし、「霊人」ではなく「超人」であるところにニーチェの限界がある(同書p197)。
★★★★ニーチェ、ドゥルーズ(『ニーチェと哲学』)http://nam-students.blogspot.jp/2015/09/httpnam-students.htmlNicht-さんによるXでのポスト ルサンチマン ニーチェ デューリング 少し込み入った話をすると「ルサンチマンressentiment」という言葉は、モンテーニュの『エセー』第2巻第27章で用いられており、17世紀初め頃にはフランス語ressentimentからドイツ語Ressentimentに移入されて、「(心理的な)傷つきやすさ」のほかに「不満」「憤懣」「憎悪」という意味も持っていた。@7Hmugn この語をはじめてニーチェが用いたのは、1875年夏に書かれたデューリングKarl Eugen Dühringの『生の価値 Der Wert des Lebens im Sinne einer heroischen Lebensauffassung(1865)』に関するノートのなかの、「正義感はルサンチマンであり、復讐と結びついている。彼岸における公正という観念も復讐感情に由来するものである」という一節においてで、形而上学の本質は、地上における不正に対して「神の裁き」によって補いをつけ、「復讐心を超越的に満足させること」にあるとしている。この頃すでに後年のルサンチマン論の萌芽が見られるが〔遺稿1.5.334f.〕本格的に展開されたのは『道徳の系譜』からとのこと。Ressentiment
http://www.hetwebsite.net/het/profiles/duhring.htm
Major Works of Eugen Dühring
- (ec) Carey's Umwälzung der Volkswirtschaftslehre und Socialwissenschaft, 1865. [bk]
- (ec) Capital und Arbeit: Neue Antworten auf alte Fragen, 1865 [bk]. (Engl. trans. Capital and Labor)
- (ph) Der Werth des Lebens: eine philosophische Betrachtung, 1865 [bk] [1877 2nd ed., 1881 3rd ed, 1891 4th ed, 1902 ed]
- (ph) Natürliche Dialektik: neue logische Grundlegungen der Wissenschaft und Philosophie, 1865 [bk]
- (ec) Kritische Grundlegung der Volkswirtschaftslehre, 1866 [bk]
- (ec) Die Verkleinerer Carey's und die Krisis der Nationalökonomie, sechszehn Briefe, 1867 [bk]
- (mx) Die Schicksale meiner Sozialen Denkschrift für das Preussische Staatsministerium, 1868
- (ph) Kritische Geschichte der Philosophie von ihren Anfängen bis zur Gegenwart 1869 [bk] [1873 2nd ed], [1878 3rd ed]
- (ec) Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus, 1871 [1879 3rd ed] (Critical History of Economics and Socialism)
- Kritische Geschichte der allgemeinen Principien der Mechanik, 1872 [bk]
- (ec) Cursus der National- und Socialökonomie einschliesslich der Hauptpunkte der Finanzpolitik, 1873 [bk] [1876 2nd ed]
- (ph) Cursus der Philosophie als streng wissenschaftlicher Weltanschauung und Lebensgestaltung, 1875 [bk]
- (mx) Der Weg zur höheren Berufsbildung der Frauen und die Lehrweise der Universitäten, 1877 [bk] [1885 2nd ed]
- (ph) Logik und Wissenschaftstheorie, 1878 [bk]
- (sc) Neue Grundgesetze zur rationellen Physik und Chemie, 1878
- Robert Mayer der Galilei des neunzehnten Jahrhunderts, 1880 [bk]
- (lt) Die Ueberschätzung Lessing's und Dessen Anwaltschaft für die Juden, 1881 [bk]
- (mx) Die Judenfrage als Racen-, Sitten- und Culturfrage, 1881 [bk] (later editions retitled Die Judenfrage als Frage der Rassenschadlichkeit fur Existenz, Sitte und Kultur der Volker, mit einer weltgeschichtlichen Antwort, 1886 3rd ed, 1892 4th ed,, 1901 5th ed]
- [Anon?] Die Parteien in der Judenfrage, 1882
- (mx) Sache, Leben und Feinde: Als Hauptwerk und Schlüssel zu seinen sämmtlichen Schriften, 1882 [bk]
- (mx) Der Ersatz der Religion durch Vollkommeneres und die Ausscheidung alles Judenthums durch den modernen Völkergeist, 1883 [bk] [1897 2nd ed], [1906 3rd ed]
- (sc) Neue Grundmittel und Erfindungen zur Analysis, Algebra, Functionsrechnung und zugehörigen Geometrie sowie Principien zur mathematischer Reform nebst einer Anleitung zum Studiren und Lehren der Mathematik, with Ulrich Dühring, 1884 [bk]
- Die Grössen der modernen Literatur populär und kritisch nach neuen Gesichtspunkten dargestellt. 1893, v.1, v.2
- Gesammtcursus der Philosophie: Kritische Geschichte der Philosophie von ihren Anfängen bis zur Gegenwart, 1894 v.1, v.2, v.3
ユージン・デューリングの主要著作
- (ec) ケアリーの『人民社会科学と社会科学の転向』、1865年。[bk]
- (ec) 資本と労働:新しい回答(新しい質問)、1865年 [bk](英語 翻訳)資本と労働)
- (ph) 人生の素性:哲学的な記述, 1865 [bk] [1877 第2版, 1881 第3版, 1891 第4版, 1902版]
- (ph) 自然弁証法的:科学と哲学の新しい論理的原点、1865 [bk]
- (ec) 人民協会の批判的基礎、1866年 [bk]
- (ec) 『危機的ケアリーズと国民経済危機』、第7回書簡、1867年 [bk]
- (mx) 私の社会的省庁のシクサール(プロス国家省)へのシクセール、1868年
- (ph) 哲学の創世から1869年までの批判的歴史 [bk][1873 第2版], [1878 第3版]
- (ec) 『国家経済と社会主義の批判的歴史』, 1871年 [1879 第3版] (経済と社会主義の批判的歴史)
- 機械の一般原則に関する批判的歴史、1872年 [bk]
- (ec) 財政政策の主要焦点を含む国家・社会経済のカリキュラム、1873年 [bk] [1876 第2版]
- (ph) 哲学のコースを厳格な科学的な世界見学と生活の創設として、1875年 [bk]
- (mx) 女性の職業教育と大学教育の高みへの道, 1877 [bk] [1885 第2版]
- (ph) 論理学と科学理論、1878 [bk]
- (sc) 合理的な物理学と化学に関する新基本法則、1878年
- ロベール・マイヤー・デア・ガリレイの10世紀、1880年 [bk]
- (lt) レッシングの教育とユダヤ人への評価、1881年 [bk]
- (mx) ユダヤ人の探求 人種・座・文化の探求、1881年 [bk] (後の版は『ユダヤ人の探求 人の生存・地・文化の人種的価値に関する質問』、世界史的回答付き、1886年 第3版、1892年 第4版、1901年 第5版]
- 匿名ですか?ユダヤ教の党派、1882年
- (mx) 罪・生活・敵:彼の全書の主要書と鎖として、1882年 [bk]
- (mx) 宗教の全権者による代位と、現代の民の民の神性によるすべてのユダヤの決定、1883年 [bk] [1897年 第2版]、[1906年第3版]
- (sc) 分析、代数、関数解析、および従事幾何学に関する新たな基礎と発見、そして数学改革の原理は、数学の研究と教授のための手本でもあります、ウルリッヒ・デューリング、1884年 [bk]
- 現代文学の大衆的かつ批判的な視点に基づく現代文学の成長。1893年、v.1、v.2
- 哲学の総カリキュラム:哲学の創設から期間までの批判的歴史、1894年 第1巻第2巻第3巻
Der Werth des Lebens: eine philosophische Betrachtung
著者: Eugen Dühring 1865https://books.google.co.jp/books?id=CWFNAAAAYAAJ&pg=PR1&redir_esc=y#v=onepage&q=Ressentiment&f=false
viiiページ
offenbar nicht blos vom positiven, sondern auch vom natürlichen Stand-puokt aus ein Rechtsbegrifl. Ex handelt sich in ihr um einen Eingriff in eine fremde Willenssphäre, der als Verletzung empfunden wird, Das Ressentiment und die Rache sind Bürgen unserer Behauptung, dass in jeder Art von Beleidigung ein patürliches Unrecht liege, welches gesühnt sein wolle. Wir sind durchaus nicht der Ansicht, dass der gegenwärtig
bin ich genöthigt, das Vertrauen, welcbes mir vielleicht mancher Leser nach näherer Bekanntschaft mit dieser Schrift zu schenken geneigt sein möchte, in Anspruch zu sehmen und zu erklären, dass die Zurückfübrung aller Gerechtigkeitsbegrife auf das Ressentiment oder die Rache kein frivoler Versuch, sondern eine seit Jabren überlegte Einsicht ist, auf deren Grundlage ich die philosopbische Rechtetheorie schon lange in allen Rich-
この文章をより詳しく理解した後、一部の読者が私に与えてくれるかもしれない信頼を主張し、正義の概念を恨みや復讐へと戻すことは軽率な試みではなく、ジャブレン以来検討されている洞察であり、その根拠として長らくあらゆる方向で権利の哲学的理論を用いてきたことを説明しなければならないのでしょうか。
トネーンはアナファイテットを通り、そしてネネ・アネ・クリンダン・ディア・ザ・サチャ・エアハト・ファーン
219ページ
idee, d. h. die Vorstellung ron einer jenseitigen Gerechtigkeit. Die Con-ception des Rechts und mit ihr alle besondern Rechtsbegrifle haben ihren letzten Grund in dem Vergeltungstriebe, der in seiner höhern Steigerung Rache beisst. Das Rechtegefühl ist wesentlich ein Ressentiment, eine reactive Empfindung, d. h. es gebört mit der Rache in dieselbe Gefüble-gattung. Ist nun die bisher stets übersehene Beziehung, in welche wir die
アイデア、すなわち後見性の概念。法の概念とそれに伴い、すべての特別な法概念は、報復本能に最後の理由を持ち、その本能は増大するほど復讐を遂げます。正しいという感情は本質的に恨みであり、反応的な感覚です。すなわち、同じ感情への復讐とともに生まれます。現在、これまで常に見過ごされてきた関係であり、私たちが
。。。邦語アンソロジー2016年『マルクスとエコロジー』(後述)におけるカール=エーリッヒ・フォルグラーフ[Vollgraf,Carl-Erich]による論考「マルクスと発展した資本主義的生産における社会の物質代謝の絶え間ない破壊」(250頁)が重要。佐々木(後述)が参照したのは斎藤訳の上記論考(252頁)。
《ベルリンの若き私講師オイゲン・デューリングは自然と社会の全体的考察を目標として掲げていたが、リービッヒを数多くのドイツ人批判者たちに対して擁護し [11]、一八六六年には次のように述べた。「限界のない自然の貯え」は存在せず、「また限界のない自然の遂行能力も」存在しないのであり、「あらゆる機能や量は時間と限度によって制約されている」。いまや土地疲弊の問題はアメリカだけでなく、ヨーロッパでも感じられるようになっているという。それは「国民の生存を根幹から」脅かす。こうして、デューリングは持続的で「意識的な物質分配の規制」を訴えた。広く知られたアメリカの経済学者で、出版業を営んでいたヘンリー・チャールズ・ケアリの「土地疲弊と掠奪耕作の回避を国民経済学政策の構成部分に含める」[12]という要求を、デューリングは支持したのである。》
11)Duhring 1865,XW.[Carey's Umwälzung der Volkswirtschaftslehre und Socialwissenschaft, 1865]
12)Duhring 1866,196,230/231.[Eugen Dühring, Kritische Grundlegung der Volkswirthschaftslehre (Berlin: Alb. Eichhoff, 1866)]viiiページ
offenbar nicht blos vom positiven, sondern auch vom natürlichen Stand-puokt aus ein Rechtsbegrifl. Ex handelt sich in ihr um einen Eingriff in eine fremde Willenssphäre, der als Verletzung empfunden wird, Das Ressentiment und die Rache sind Bürgen unserer Behauptung, dass in jeder Art von Beleidigung ein patürliches Unrecht liege, welches gesühnt sein wolle. Wir sind durchaus nicht der Ansicht, dass der gegenwärtig
bin ich genöthigt, das Vertrauen, welcbes mir vielleicht mancher Leser nach näherer Bekanntschaft mit dieser Schrift zu schenken geneigt sein möchte, in Anspruch zu sehmen und zu erklären, dass die Zurückfübrung aller Gerechtigkeitsbegrife auf das Ressentiment oder die Rache kein frivoler Versuch, sondern eine seit Jabren überlegte Einsicht ist, auf deren Grundlage ich die philosopbische Rechtetheorie schon lange in allen Rich- |
219ページ
idee, d. h. die Vorstellung ron einer jenseitigen Gerechtigkeit. Die Con-ception des Rechts und mit ihr alle besondern Rechtsbegrifle haben ihren letzten Grund in dem Vergeltungstriebe, der in seiner höhern Steigerung Rache beisst. Das Rechtegefühl ist wesentlich ein Ressentiment, eine reactive Empfindung, d. h. es gebört mit der Rache in dieselbe Gefüble-gattung. Ist nun die bisher stets übersehene Beziehung, in welche wir die
。。。
邦語アンソロジー2016年『マルクスとエコロジー』(後述)におけるカール=エーリッヒ・フォルグラーフ[Vollgraf,Carl-Erich]による論考「マルクスと発展した資本主義的生産における社会の物質代謝の絶え間ない破壊」(250頁)が重要。佐々木(後述)が参照したのは斎藤訳の上記論考(252頁)。
《ベルリンの若き私講師オイゲン・デューリングは自然と社会の全体的考察を目標として掲げていたが、リービッヒを数多くのドイツ人批判者たちに対して擁護し [11]、一八六六年には次のように述べた。「限界のない自然の貯え」は存在せず、「また限界のない自然の遂行能力も」存在しないのであり、「あらゆる機能や量は時間と限度によって制約されている」。いまや土地疲弊の問題はアメリカだけでなく、ヨーロッパでも感じられるようになっているという。それは「国民の生存を根幹から」脅かす。こうして、デューリングは持続的で「意識的な物質分配の規制」を訴えた。広く知られたアメリカの経済学者で、出版業を営んでいたヘンリー・チャールズ・ケアリの「土地疲弊と掠奪耕作の回避を国民経済学政策の構成部分に含める」[12]という要求を、デューリングは支持したのである。》
11)Duhring 1865,XW.[Carey's Umwälzung der Volkswirtschaftslehre und Socialwissenschaft, 1865]12)Duhring 1866,196,230/231.[Eugen Dühring, Kritische Grundlegung der Volkswirthschaftslehre (Berlin: Alb. Eichhoff, 1866)]
Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy Kindle版
斎藤は『マルクスとエコロジー』に関連論考を書いているが上の邦訳はない。
Regulirung der Stoffvertheilung
物質の分配の意識的な規制
デューリングのターム 1866(Regulierung der )Stoffverteilung物質流通(規制)1866『国民経済学説の批判的基礎づけ(経済学の重要な基盤)(Kritische Grundlegung der Volkswirtschaftlehre)』
マルクスのターム物質代謝Stoffwechsel1867資本論追記:邦語アンソロジー2016年『マルクスとエコロジー』(後述)におけるカール=エーリッヒ・フォルグラーフ[Vollgraf,Carl-Erich]による論考「マルクスと発展した資本主義的生産における社会の物質代謝の絶え間ない破壊」(250頁)が重要。佐々木(後述)が参照したのは斎藤訳の上記論考(252頁)。
《ベルリンの若き私講師オイゲン・デューリングは自然と社会の全体的考察を目標として掲げていたが、リービッヒを数多くのドイツ人批判者たちに対して擁護し [11]、一八六六年には次のように述べた。「限界のない自然の貯え」は存在せず、「また限界のない自然の遂行能力も」存在しないのであり、「あらゆる機能や量は時間と限度によって制約されている」。いまや土地疲弊の問題はアメリカだけでなく、ヨーロッパでも感じられるようになっているという。それは「国民の生存を根幹から」脅かす。こうして、デューリングは持続的で「意識的な物質分配の規制」を訴えた。広く知られたアメリカの経済学者で、出版業を営んでいたヘンリー・チャールズ・ケアリの「土地疲弊と掠奪耕作の回避を国民経済学政策の構成部分に含める」[12]という要求を、デューリングは支持したのである。》
11)Duhring 1865,XW.[Carey's Umwälzung der Volkswirtschaftslehre und Socialwissenschaft, 1865]12)-1866,196,230/231.[Eugen Dühring, Kritische Grundlegung der Volkswirthschaftslehre (Berlin: Alb. Eichhoff, 1866)]
《[マルクスは]一八六八年初頭からはデューリングの著作を丁寧に読んだ。》
それ以前の1865年ごろからマルクスはリービッヒを読んでいる。
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《ベルリンの若き私講師オイゲン・デューリングは自然と社会の全体的考察を目標として掲げていたが、リービッヒを数多くのドイツ人批判者たちに対して擁護し [11]、一八六六年には次のように述べた。「限界のない自然の貯え」は存在せず、「また限界のない自然の遂行能力も」存在しないのであり、「あらゆる機能や量は時間と限度によって制約されている」。いまや土地疲弊の問題はアメリカだけでなく、ヨーロッパでも感じられるようになっているという。それは「国民の生存を根幹から」脅かす。こうして、デューリングは持続的で「意識的な物質分配の規制」を訴えた。広く知られたアメリカの経済学者で、出版業を営んでいたヘンリー・チャールズ・ケアリの「土地疲弊と掠奪耕作の回避を国民経済学政策の構成部分に含める」[12]という要求を、デューリングは支持したのである。》
《[マルクスは]一八六八年初頭からはデューリングの著作を丁寧に読んだ。》
それ以前の1865年ごろからマルクスはリービッヒを読んでいる。







空想から科学へ
返信削除空想から科学へ(くうそうからかがくへ Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft)は、フリードリヒ・エンゲルスの著作。1880年に社会主義への入門書としてエンゲルスが自著『反デューリング論』を抜粋してつくったパンフレット。正式名称は「空想から科学への社会主義の発展」。1880年のフランス語版や1892年の英語版などは『空想的社会主義と科学的社会主義』というタイトルだった。
本書の出版の経緯は、本書にあるエンゲルスの序文に簡潔にまとめられている。ドイツの2つの労働者党(アイゼナハ派とラサール派)が合同し1875年にドイツ社会主義労働者党が結成された。この政党内で理論的影響を広げつつあったのが、ベルリン大学の私講師であったオイゲン・デューリングだった。デューリングはマルクスの理論を1つの仮想敵としており、さらに「彼のまわりに1つの派閥、すなわち将来別個の党になる中核を公然とつくりはじめた」(エンゲルスの序文)ので、エンゲルスはこれを批判する論文を機関紙『フォルウェルツ』で連載。これが1878年に出版されて『反デューリング論』(正式名は「オイゲン・デューリング氏の科学の変革」)となった。
『反デューリング論』はドイツ語だけであったのと、マルクスの娘婿で「フランス下院議員であるポール・ラファルグの要請によって、私〔エンゲルス──引用者注〕はこの本の3つの章をパンフレットにまとめ、それをラファルグが翻訳して、1880年に『空想的社会主義と科学的社会主義』という表題で出版した」(エンゲルス前掲書)。
本書の第1章は、『反デューリング論』の「序説」第1章「総論」、第3篇第1章「歴史的概説」を使い、第2章は「序説」第1章、第3章は第3篇第2章「理論的概説」を活用している。『反デューリング論』がマルクスとエンゲルスの理論分野を網羅した著作になったことに対応し、本書にものちにウラジーミル・レーニンが「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素が簡潔に入っている。しかしこの定式をマルクス主義の定式としてしまうことには異論も多い。
マルクス=エンゲルス全集〈第20巻〉オイゲン・デューリング氏の科学の変革(反デューリング論) (1968年):
返信削除
返信削除大月書店 マルクス=エンゲルス全集 Web版
https://maruen.jugemu-tech.co.jp/VolumeContents?id=BK01_20_00
第20巻 反デューリング論・自然の弁証法
第20巻序文
E オイゲン・デューリング氏の科学の変革(反デューリング論)
3つの版の序文
1(1878年) 5
2(1885年) 8
3(1894年) 15
序説
1 総論 16
2 デューリング氏の約束するもの 27
第1篇 哲学
3 分類.先天主義 33
4 世界図式論 40
5 自然哲学.時間と空間 46
6 自然哲学.宇宙生成論,物理学,化学 58
7 自然哲学.生物界 68
8 自然哲学.生物界(結び) 78
9 道徳と法.永遠の真理 86
10 道徳と法.平等 99
11 道徳と法.自由と必然性 112
12 弁証法.量と質 124
13 弁証法.否定の否定 135
14 結論 149
第2篇 経済学
1 対象と方法 152
2 暴力論 164
3 暴力論(続き) 172
4 暴力論(結び) 180
5 価値論 191
6 単純労働と複合労働 203
7 資本と剰余価値 209
8 資本と剰余価値(結び) 218
9 経済の自然諸法則.地代 229
10 『批判的歴史』から 236
第3篇 社会主義
1 歴史的概説 266
2 理論的概説 276
3 生産 293
4 分配 307
5 国家,家族,教育 322
E 自然の弁証法 337
計画草案
全体的計画の草案 339
部分的計画の草案 340
論文
序論 341
『〔反〕デューリング論』への旧序文.弁証法について 359
心霊界での自然研究 368
弁証法 379
運動の基本的諸形態 385
運動の尺度.──仕事 402
潮汐摩擦.カントとトムソン=テート 417
熱 423
電気 427
猿が人間化するにあたっての労働の役割 482
覚え書と断片
科学史から 495
自然科学と哲学 512
弁証法 519
a 弁証法の一般的問題.弁証法の根本法則 519
b 弁証法的論理学と認識論.「認識の限界」について 530
物質の運動諸形態,諸科学の分類 550
数学 563
力学と天文学 577
物理学 583
化学 595
生物学 597
束の表題と内容目次 613
E 『反デューリング論』のための資料 615
『反デューリング論』のためのエンゲルスの準備労作から 617
第1部 617
第2部 635
物質的原因によって説明された歩兵の戦術 1700-1870年 644
小冊子『空想から科学への社会主義の発展』のためにエンゲルスが『反デューリング論』のテキストにおこなった補足と変更 650
〔注解〕 669
〔付録〕
『自然の弁証法』手稿の各束の内容目録
『自然の弁証法』の論文および断片の執筆年譜
文献目録
人名索引
事項索引
返信削除空想から科学へ
空想から科学へ(くうそうからかがくへ Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft)は、フリードリヒ・エンゲルスの著作。1880年に社会主義への入門書としてエンゲルスが自著『反デューリング論』を抜粋してつくったパンフレット。正式名称は「空想から科学への社会主義の発展」。1880年のフランス語版や1892年の英語版などは『空想的社会主義と科学的社会主義』というタイトルだった。
本書の出版の経緯は、本書にあるエンゲルスの序文に簡潔にまとめられている。ドイツの2つの労働者党(アイゼナハ派とラサール派)が合同し1875年にドイツ社会主義労働者党が結成された。この政党内で理論的影響を広げつつあったのが、ベルリン大学の私講師であったオイゲン・デューリングだった。デューリングはマルクスの理論を1つの仮想敵としており、さらに「彼のまわりに1つの派閥、すなわち将来別個の党になる中核を公然とつくりはじめた」(エンゲルスの序文)ので、エンゲルスはこれを批判する論文を機関紙『フォルウェルツ』で連載。これが1878年に出版されて『反デューリング論』(正式名は「オイゲン・デューリング氏の科学の変革」)となった。
『反デューリング論』はドイツ語だけであったのと、マルクスの娘婿で「フランス下院議員であるポール・ラファルグの要請によって、私〔エンゲルス──引用者注〕はこの本の3つの章をパンフレットにまとめ、それをラファルグが翻訳して、1880年に『空想的社会主義と科学的社会主義』という表題で出版した」(エンゲルス前掲書)。
本書の第1章は、『反デューリング論』の「序説」第1章「総論」☆、第3篇第1章「歴史的概説」☆を使い、第2章は「序説」第1章☆、第3章は第3篇第2章「理論的概説」☆を活用している。『反デューリング論』がマルクスとエンゲルスの理論分野を網羅した著作になったことに対応し、本書にものちにウラジーミル・レーニンが「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素が簡潔に入っている。しかしこの定式をマルクス主義の定式としてしまうことには異論も多い。
8:49 午後
yoji さんは書きました...
マルクス=エンゲルス全集〈第20巻〉オイゲン・デューリング氏の科学の変革(反デューリング論) (1968年):
大月書店 マルクス=エンゲルス全集 Web版
https://maruen.jugemu-tech.co.jp/VolumeContents?id=BK01_20_00
第20巻 反デューリング論・自然の弁証法
第20巻序文
E オイゲン・デューリング氏の科学の変革(反デューリング論)
3つの版の序文
1(1878年) 5
2(1885年) 8
3(1894年) 15
序説
1 総論 16 ☆
2 デューリング氏の約束するもの 27
第1篇 哲学
3 分類.先天主義 33
4 世界図式論 40
5 自然哲学.時間と空間 46
6 自然哲学.宇宙生成論,物理学,化学 58
7 自然哲学.生物界 68
8 自然哲学.生物界(結び) 78
9 道徳と法.永遠の真理 86
10 道徳と法.平等 99
11 道徳と法.自由と必然性 112
12 弁証法.量と質 124
13 弁証法.否定の否定 135
14 結論 149
第2篇 経済学
1 対象と方法 152
2 暴力論 164
3 暴力論(続き) 172
4 暴力論(結び) 180
5 価値論 191
6 単純労働と複合労働 203
7 資本と剰余価値 209
8 資本と剰余価値(結び) 218
9 経済の自然諸法則.地代 229
10 『批判的歴史』から 236
第3篇 社会主義
1 歴史的概説 266 ☆
2 理論的概説 276 ☆
3 生産 293
4 分配 307
5 国家,家族,教育 322
E 自然の弁証法 337
計画草案
全体的計画の草案 339
部分的計画の草案 340
論文
序論 341
『〔反〕デューリング論』への旧序文.弁証法について 359
心霊界での自然研究 368
弁証法 379
運動の基本的諸形態 385
運動の尺度.──仕事 402
潮汐摩擦.カントとトムソン=テート 417
熱 423
電気 427
猿が人間化するにあたっての労働の役割 482
覚え書と断片
科学史から 495
自然科学と哲学 512
弁証法 519
a 弁証法の一般的問題.弁証法の根本法則 519
b 弁証法的論理学と認識論.「認識の限界」について 530
物質の運動諸形態,諸科学の分類 550
数学 563
力学と天文学 577
物理学 583
化学 595
生物学 597
束の表題と内容目次 613
E 『反デューリング論』のための資料 615
『反デューリング論』のためのエンゲルスの準備労作から 617
第1部 617
第2部 635
物質的原因によって説明された歩兵の戦術 1700-1870年 644
小冊子『空想から科学への社会主義の発展』のためにエンゲルスが『反デューリング論』のテキストにおこなった補足と変更 650
〔注解〕 669
〔付録〕
『自然の弁証法』手稿の各束の内容目録
『自然の弁証法』の論文および断片の執筆年譜
文献目録
人名索引
事項索引
唯物弁証法の成立と歪曲 三浦つとむ
返信削除Cursus der National- und Socialökonomie einschliesslich der Hauptpunkte der Finanzpolitik - Google Play の書籍
返信削除https://play.google.com/store/books/details?id=k0zHAAAAMAAJ&rdid=book-k0zHAAAAMAAJ&rdot=1
Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus - Google Play の書籍
返信削除https://play.google.com/store/books/details/Eugen_D%C3%BChring_Kritische_Geschichte_der_National%C3%B6ko?id=MH1TAAAAcAAJ&feature=search_result#?t=W251bGwsMSwxLDEsImJvb2stTUgxVEFBQUFjQUFKIl0.
Cursus der Philosophie als streng wissenschaftlicher Weltanschauung und Lebensgestaltung - Google Play の書籍
返信削除https://play.google.com/store/books/details/Eugen_Karl_D%C3%BChring_Cursus_der_Philosophie_als_stre?id=Ji0RAAAAYAAJ&feature=search_result#?t=W251bGwsMSwxLDEsImJvb2stSmkwUkFBQUFZQUFKIl0.
デューリングの批判的歴史後半部にはプルードンに多く触れているがマルクスとエンゲルスは無視している
返信削除とくに111pではわざわざプルードンの部分だけカットしている
弁証法の優先権を保持したかったのだろう
googleplayが検索可能で便利
返信削除デューリングの批判的歴史後半部にはプルードンに多く触れているがマルクスとエンゲルスは無視している(googleplayが検索可能で便利)
返信削除とくに111pではわざわざプルードンの部分だけカットしている
http://www.mlwerke.de/me/me20/me20_032.htm#Kap_XII
弁証法の優先権(正確にはヘーゲル弁証法の経済、社会改革へ適用の優先権)を保持したかったのだろう
また、レーニンが「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
返信削除デューリングの『批判的歴史』(未邦訳)後半部ではプルードンに多く触れられているが『反デューリング論』のマルクスとエンゲルスはそれを無視している。(googleplayが検索可能で便利)
返信削除とくに原著111頁ではわざわざプルードンの部分だけカットしている。
http://www.mlwerke.de/me/me20/me20_032.htm#Kap_XII
弁証法の優先権(正確にはヘーゲル弁証法の経済、社会改革へ適用の優先権)を保持したかったのだろう。
また、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
Ergänzungsblätter zur Kenntnis der Gegenwart: 第 3 巻 - Google Play の書籍
返信削除https://play.google.com/store/books/details/Erg%C3%A4nzungsbl%C3%A4tter_zur_Kenntnis_der_Gegenwart?id=5Q1CAAAAcAAJ&feature=search_result#?t=W251bGwsMSwxLDEsImJvb2stNVExQ0FBQUFjQUFKIl0.
182-186
デューリングの資本論第一巻書評
返信削除http://www.emeraldinsight.com/journals.htm?issn=0144-3585&volume=29&issue=4&articleid=846205&show=html
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Journal of Economic Studies
ISSN: 0144-3585
Online from: 1974
Eugen Dühring in the perspective of Karl Marx and Friedrich Engels
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DOI (Permanent URL): 10.1108/01443580210442796
Article citation: Günter Krause, (2002) "Eugen Dühring in the perspective of Karl Marx and Friedrich Engels", Journal of Economic Studies, Vol. 29 Iss: 4/5, pp.345 - 363
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The Authors
Günter Krause, Florapromenade 29, 13187 Berlin
Abstract
Describes how the work of Eugen Dühring was regarded by Karl Marx and Friedrich Engels. It is underlined that the preoccupation of Marx and Engels with Dühring was accorded central importance in the history of Marxism. Shows the two phases of serious mutual attention between the protagonists of this relationship. The first phase dated from the year 1867/1868 when Dühring reviewed the first volume of Marx’s Capital. It is outlined that this phase has been comparatively little examined in dogma-historical research up to now. Focuses on the second and most intensive phase of the engagement of Marx and Engels with Dühring covering the period from the middle of the 1870s to the start of the 1880s. Examines the climax represented by the Engels’ polemic Herrn Eugen Dühring‘s Revolution in Science and standing in the history of Marxism as the programmatic characteristic of the relationship of Marx and Engels to Dühring. Highlights the political-ideological premises determining the Dühring debate.
Article Type: Literature review
Keyword(s): Economic theory; Marxian economics.
Journal: Journal of Economic Studies
Volume: 29
Number: 4/5
Year: 2002
pp: 345-363
Copyright © MCB UP Ltd
ISSN: 0144-3585
Foreword
In 1867, the small town of Hildburghausen became the setting for the start of a scientific and political controversy – the controversy between Eugen Dühring on the one side and Karl Marx and Friedrich Engels on the other. It took in equally questions of philosophy, economics, history and also ideas and concepts of socialism.
The preoccupation of Marx and Engels with Dühring was accorded central importance in the history of Marxism, especially official Marxism of a state socialist character. Particular attention was to be paid to the 1876/1878 polemic written by Engels – with the collaboration of Marx – Herrn Eugen Dühring’s Revolution in Science (cf. 1990). Thus, W. I. Lenin was already calling the Anti-Dühringone of the “manuals of every class-conscious worker”[1] (1977, p. 4), seeing it as “an astonishingly rich and instructive book”, in which “the most profound problems of philosophy, science and sociology [are] examined”[2] (1978, p. 11). The Anti-Dühring was attested to be “one of the most significant theoretical documents of Marxism-Leninism”[3] (Fiedler et al., 1977, p. 1701) and to have “withstood all the tests of history” and further to possess “great relevance”[4] (Bauermann and Jahn, 1977, p. 590). In short: Engels’ work normatively shaped official Marxist thinking as regarded Eugen Dühring, the way in which his work and works were approached.
返信削除http://cruel.org/econthought/schools/frenchlib.html
オイゲン・カール・デューリング Eugen Karl Dühring, 1833-1921.
Carey's Umwalzung der Volkswirtschaftslehre und Socialwissenschaft, 1865.
Capital and Labor, 1865.
Kritische Grundlegung der Volkswirtschaftslehre, 1866.
Critical History of Economics and Socialism, 1871.
Die Judenfrage als Frage der Rassenschadlichkeit fur Existenz, Sitte und Kultur der Volker, 1881.
ドイツの盲目の経済学者でルネサンス人。階級の調和を説明するにあたり、自由放任的楽観主義を主張。Careyと同じく、デューリングはリストに深く影響され、外国向けの保護貿易と、国内の自由企業を組み合わせて主張。残念ながら、かれの業績は反ユダヤ理論の主張者という遺産のおかげで影が薄くなっている――たとえばデューリング (1881) は、アーリア精神にユダヤ的「熱狂性」を導入したことでキリスト教をけなしている。何はともあれ、デューリングの知名度は最終的には、フリードリッヒ・エンゲルスによる 1878 年の論争の書『反デューリング論』の攻撃の的になったという点にかかっているといえる。
空想から科学へ - Wikipedia
返信削除出版の経緯-本書の構成・各章...-日本での本書の登...-現在入手可能な諸...
本書の第1章は、『反デューリング論』の「序説」第1章「総論」、第3篇第1章「歴史的概説 」を使い、第2章は「序説」第1章、第3章は第3篇第2章「理論的概説」を活用している。『 反デューリング論』がマルクスとエンゲルスの理論分野を網羅した著作になったことに ...
ja.wikipedia.org/wiki/空想から科学へ
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Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus - Google Play の書籍
1879年第三版
少し違うようだがp486-7に1:13弁証法に該当する箇所がある
批判的歴史の第二版1875年は電子版を未確認
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Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus: Amazon.de: Esther von Krosigk, Eugen Dühring: Bücher
たぶんこれが第二版
https://portal.dnb.de/opac.htm;jsessionid=87CC50E06DFDB4FEF774520AF8BB0E2D.prod-worker0?method=showFullRecord¤tResultId=Woe%3D118527797%26any¤tPosition=1
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Titel Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus / von E. Dühring
Person(en) Dühring, Eugen Karl
Ausgabe Reprint
Verleger Saarbrücken : VDM Verlag Dr. Müller
Erscheinungsjahr [2008?]
Umfang/Format XII, 595 S. ; 21 cm
Gesamttitel Edition classic
Anmerkungen Hergestellt on demand
ISBN/Einband/Preis 978-3-8364-3873-5 kart.
Sprache(n) Deutsch (ger)
Schlagwörter Volkswirtschaft ; Geschichte 1874 ; Quelle
DDC-Notation 330 [DDC22ger]
Sachgruppe(n) 330 Wirtschaft
Links Inhaltsverzeichnis
Frankfurt Signatur: 2009 A 21213
Bereitstellung in Frankfurt
Leipzig Signatur: 2009 A 68876
Bereitstellung in Leipzig
Dühring, Eugen – Metapedia
返信削除http://de.metapedia.org/wiki/D%C3%BChring,_Eugen
返信削除http://www.amazon.de/Kritische-Geschichte-National-Konomie-Socialismus/dp/1235188108/ref=sr_1_fkmr2_3?ie=UTF8&qid=1365614287&sr=8-3-fkmr2&keywords=Kritische+Geschichte+der+National%C3%B6konomie+und+des+Socialismus+%5BBroschiert%5D
Kritische Geschichte Der National Konomie Und Des Socialismus [Englisch] [Taschenbuch]
Eugen Karl D. Hring (Autor)
英語版
エンゲルスが引用したのは第二版
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Eugen K. Dühring
Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus
Herausgeber: Krosigk, Esther von
Andere 69,90
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ProduktbeschreibungAutorenporträt
Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus
Der Philosoph und Ökonom Eugen Dühring (1833-1921) gilt neben Ernst Mach und Richard Avenarius als einer der führenden deutschen Positivisten. Seine Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus wird als bahnbrechend beurteilt. Seine Arbeitsfelder waren sehr breit angelegt: Neben Philosophie und Wirtschaftstheorie beschäftigte sich Dühring auch eingehend mit Mathematik, Chemie, Physik und Literatur.
Er galt als scharfsinniger, wenn auch sehr streitbarer Geist. Mit den Professorenkollegen in Berlin führte er heftige Dispute, die Universität als wissenschaftliche Einrichtung stellte er wiederholt infrage im Jahre 1877 verlor er deshalb seine Lehrbefugnis. Dühring wurde für seine sozialistischen Theorien auch vehement von Friedrich Engels in seinem Anti-Dühring kritisiert.
Produktinformation
Verlag: Vdm Verlag Dr. Müller
2008
Repr. d. Ausg. v. 1874.
Ausstattung/Bilder: Repr. d. Ausg. v. 1874. 2008. 595 S.
Seitenzahl: 616
Edition Classic
Deutsch
Abmessung: 210mm x 148mm x 37mm
Gewicht: 770g
ISBN-13: 9783836438735
ISBN-10: 3836438739
Best.Nr.: 23447705
Rosa Luxemburg - Einfuehrung in die Nationaloekonomie - I.1.
返信削除http://www.jpmarat.de/deutsch/rl/lu05_524.html#ZF7
Ebenso übel wären wir aber beraten, wenn wir einen von den amtlichen Vertretern dieser Wissenschaft fragen würden, wie denn eigentlich die merkwürdige Tatsache zu erklären sei, daß die Nationalökonomie, wie das ja jetzt vorherrschende Meinung, erst so spät, kaum vor etwa 150 Jahren, entstanden sei? Der Professor Dühring zum Beispiel wird uns unter großem Wortschwall auseinandersetzen, daß die alten Griechen und Römer über nationalökonomische Dinge noch gar keine wissenschaftlichen Begriffe, sondern bloß »unzurechnungsfähige«, »oberflächliche«, »allergewöhnlichste« Ideen aus der täglichen Erfahrung hatten, das Mittelalter aber überhaupt höchst »unwissenschaftlich« gewesen sei.[7] Welche gelehrte Erklärung uns offenbar um keinen Schritt vorwärtsbringt, abgesehen davon, daß sie, zumal in ihren Verallgemeinerungen über das Mittelalter, auch ganz irreführend ist.
[7] Siehe Eugen Dühring: Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Sozialismus von ihren Anfängen bis zur Gegenwart, Leipzig 1899, S. 20-26. <=
経済学入門 / ローザ・ルクセンブルク
返信削除岩波文庫
( グーグル自动翻訳 、 リンク:::::: )
返信削除マルクス、資本、政治経済学の批判、1 バンド、ハンブルク、1867年。 - 会社は資本に対する3ボリュームで計算作業の政治経済の批判である1859年から同じ著者によって公開フラグメント残ったこれまでの再開です。 古い小さいフォントの内容は、この最初のボリュームの最初の章では再現されています。 完全な文はまた、筆者自身が自分自身のために主張したちなみに、、約束した2以上のボリュームの実現の前には不可能である。 しかし、最初のボリュームに納入品の唯一の特徴、この時点で与えられるべきである。 何が表現と方法調査の懸念している、ヘーゲル弁証法論理の知識、どこでも適切かつ一貫して取り扱われ、経済理論の全体の生地は適切なフォームを見つけること。 弁証法的プロセス、例えば、偶数G-W-G(お金コモディティマネー)方式の後に資本の概念の結果として表現されるように、この論理的な枠組みへの厳守は、新しいヘーゲルの三段論法にも及ぶ。 経済学の教えにヘーゲル投機と弁証法のアプリケーションでは、著者はウィーン、またヘーゲルは、弁証法の残りの部分を失敗した装いで、ただ名前のレースの間、英語で出演し、その書物知られているのすべての教授L.スタインと一致している亡命指導者は理論的には独立した学者はほとんど関係。 著者は資本主義の特定の役割を識別しようとしている生産の現在のモードを全く非難で絶頂に達したこの新作、全体の目的、チック - 後者の最初は、同じ方法論を用い、と擁護している全体のブルジョア経済に係合資本によって労働の搾取は、この新しいの主題である "政治経済学の批判。"この目標では、すべての定義といくつか導入された新しいの区別が出て実行されます。まず、一つは通常、異なると独特の経済によって渡され、資本自体の概念がある交換しますので、一般的に政治経済の評論家が基づいている地面を知らない前に、しかし、このバージョンは完全には理解されていないが、これはアダム·スミスとリカルドの伝統的である、経済の一般的な原因のさらなる拡大の考え方に管理の値(複数可)。
この値は、アダム·スミス生成の結果(S)を使用してアイテムと呼ばれ、それが野心的な作品にあった、とのように何で誰もが認めることを意味していない値は、すべての最後の様々な石鹸、の人の年齢のこのアイデアはまだ、マクラウドによって挑戦されているすべての彼の研究で筆者をリードし、そのすべての見積もりの追加と結論するための基盤として機能します。 正確な値の形式として、このアイデアを与えるために、彼は資料で使用されている抽象的労働、出発点になります。 その後、その各項目の値は、営業日や作業時間の特定の数で測定される。 今、労働の価値は何かの複雑な問題を結びつけること自体が通常の労働生活の維持のための必需品に言及することによって行われ測定することです。 平日の値はそれに応じて作業用作業者の生活手段である、6時間、例えば、その作業によって決定されるべきである。 仕事と残業のようにして得られた必ずしも概念はその後の批判システムの礎となります。 しかし、我々は前に有効になりません、我々は実際に資金を考えるのかについてのみ、著者の意見を確認してください。
商品、または、他の言葉で、トラフィックの記事は、このように彼らはお金にして、お金の代表値としてすべての(s)で、生産におけるこのような値、その値は実際には権限があってもなどという循環するように価格を得ることを示すことができる。 この容量では、彼女は抽象値の合計を表します。 今、この値和の循環に提供または、他の言葉で、抽出とお金のためのお金の交換はイベントのコース全体のより頻繁に繰り返される究極の目的の一つであり、著者はお金や資本金と同じで表される値を適用します。 だから、資本の著者のビューにある任意の特定のクラス経済的に重要なオブジェクトまたは値に関するものではありませんが、それは今のところ細かい独自の伝播に金銭や金銭的価値の形でコミットしたままで、ほとんどすべての彼の首都です。 - 資本のこの定義によれば、伝統的な経済学のそれとは異なり、関数のアイデアは、すなわちお金の自己増殖の機能は、それはまた、肯定するところ生産のツールのアイデアの場所があることを彼にこの独特の資本の現象役割、はいこれまで、資本の存在が特定の歴史的前提条件に縛られ、わずか16の新しい時間に バット()への世紀のアイルランドである。 資本の存在の条件は機会と労働貨幣価値の搾取が原因で増殖のルールであるため、以前は実際には資本金がなかった。 - 私たちは、ここで著者は、資本のものと明確に異なる(複数の)コンセプトだけなので、いわゆる幹貨幣価値、唯一達成する広範な信用の飼育と最高度に付属している心に持っていることを参照してください。 その後、また著者は資本主義的生産様式と呼ぶものは、この定義に寄りかかっての考え方、そして、彼は、部分的に論理的にそれを分析するのかは、部分的に弁証法的方法として、歴史的開発しながら、それをもたらし、記述しようとしました。 ここで基本的な直感は、以下のとおりです。 調停を通じて、資本の支配下に生産のモードは、言葉の法的な意味での自由であり、したがって、商品としての労働力を販売しなければならない労働者を必要とします。 一方、微できる資本の代表者が、この作品はそれらの値を下回って買うが、おそらく十分な値にその利回りを下回るまでもありません。 このような仕事の可能性は "絞り"が、今すぐに一方では無料ですが、土地を持たない労働力と土地と労働力資源の不動産の存在を持つ他の手の融通の利かない上に筆者の見解に与えられます。依存関係それは筆者が理解されている資本から労働者と搾取の必要生産のしかしこの資本主義型には永遠のスタンダードであるべきではありません。暗黙の社会契約の純粋な結果であるが、唯一の歴史的位相。の資本特に異なる(複数の)感覚、資本自体の原理()と言う、呼応を行うための著者の意見なしで、その後発生する可能性があります。完全に現在のプロパティの歴史変態を通じて消えるはずです、この消失の必要性は、あなたの創造からすべき - - 、教育(が)。彼は資本の死亡胚と既に同じの生殖行為で資本主義的生産様式を求めている。あまりに、歴史などの動きを完全に基本的な自然や歴史·哲学的アイデアの法則のようなビューに対応していますまた、主観と客観の両方の特殊性に対応著者が目の中に定期的に持っていることを論理。まったく同時に、自然や歴史的現象の重要な原則という資本主義的生産が支配の誕生に関して "事実の論理"と死その命題に対応している我々の現代の言葉で表現人生のその原則です。 資本の強制退位に視点はこれを今日上げると彼女の正確な限界を取得するには、掛けている、資本主義支配者シャフトが生じていたどのような方法を調べることによって、筆者を与えます。
まず、資本の食品や生活条件の開発があります。 それはより多くのことは、為替の値に自分の作品を交換する値の労働者を生成することを筆者の見解によって、または労働者が支払わされていない作品のその部分から他の言葉で養われている。 この無償労働は非常にかなりのことを著者が推定され、彼は一般的に、ここで念頭に置いて、労働者が自分自身のための彼の仕事の半分を超えている比率を持っているが、残りの半分は、資本のために無料で動作します。 営業日の労働時間は、2つの変数の成分には、このように解体されます。 一つの部分は、そのメンテナンスのため、さらには労働者、すべての状況下で彼のことができるの再生のために必要だろうという作業です。 それは労働のため、労働市場における労働の価値または価格を決定し、労働者は、その値や価格、生産と再生産費によって決定される商品を見つける。 営業日の労働時間の他の構成は、様々な理由で、資本家の利益のために、部分的に死んでいるだろう、一部は相対的に大きくすることができます。 著者は、英語の時間法に関して、より特別に、これらの大きさの変化や2成分の変化を調べます。 彼は、12および10時間で営業日の長さの法的略語が後で数に失われたのか、労働時間の強度へのエネルギーの搾取を扇動する方法を示しています。 全ての機械が人間的に可能である限りとして、ある速いペースで設定し、これにより強要、その動きに応じて、その活動を設定しなければならない労働者は、同じ時間内にパフォーマンスに多くを意味します。 資本の賛成で余剰労働力の "圧迫する"今確かに表面的な持っており、時間の法則でとても広範な障壁を言うが、彼らは最終的にはもっと外に資本家には、この狭い範囲で理解し、より良い彼の潜在的な出力としての最後の粒子に労働者をダウンして活用このような強烈な搾取の絶対的な限界のほかに、この主張は偏見が配置することなく、当然である - 。非常に異なる側からは改善された生産方法を介して、または他の任意の原因によって削減され、メンテナンスコストによって、すなわち無給の仕事を増やすための新しい方法を提供します。低い労働者、、。の維持·再生に課金すべき時間数であるが、この事実は彼がいなかったとして、労働者にも利点はありませんが、良いと、それは量子の少ない安価な食品であるウィルキャピタルに来る調達のための仕事の多くは、労働力の価値と価格が低下します。、労働マシンまたは、他の言葉で、人生は生産にも、少ない労力で行っている得るためにしている物質を、これによると、仕事と労働者を自体生産が安くなった、そしてそれは資本家の処分への彼の作業時間や容量の大部分が残っています。、関係があり、同じその中で、それが経済的に慎重に何を彼女が支払ったとコストの間に、との間に機械のように主にそれは何をするのでしょうか、、作業コストとどのような彼がいないとを区別するために必要なものです - 。これらの2つの非常に異なった値の大きさであり、割合は "搾取の割合"を明らかにする。 - それは、ここで、この以前に再現し、著者の推論は、メンテナンスのコストによって賃金の規制に挑戦リカード無制限の妥当性の仮定に基づいていることに注目すべきである。 しかし、賃金のこのいわゆるリカルドの法則は、議論の余地のない知られていない。 特に、それは困難な生活の必要な手段をコンセプトにライフスタイルや変化を改善するという宣言を行います。 が、著者はそのような宣言を作るしようとしますが、それ以上分析することなく、タバコの習慣や歴史的な変換に依存しています。 営業日の会議、英語の工場の生命の本質に言及し、特に工場の検査官の報告書からの引用に興味がある。 また、女性や児童労働と同様、著者は私たちとのイベントのこのコースについて循環する最大の一方的見解を制限することが適切である場所この新作因子の導入の国民経済の財産や社会的影響を裸産むする決定的な方法についての引数。 かつて人間は一人で十分であったところ、著者の見解によれば、同じくらい屈辱今や家族全員が仕事に持っている女性と子供の仕事の導入による価値と労働の価格です。 後者の仕事は仕事は彼の家族の価値がある限りで切り下げている、言い換えれば、人間の仕事の価値は、以前に同じ家族の現在の仕事の価値だった。 どちらの場合では、唯一の生活や保存が生活の中で開発されますが、一度それが新しい状態で、つまり、他に、唯一の男の仕事を通じて起こり、家族全員のテンションが、このために必要とされています。 生産またはワードの本当の利点は、より多くの仕事は今までランダムに、時折ではなく、原理的には仕事と同じ興味を持っている唯一の資本良い、この概念に来ている。
返信削除これらおよび他の研究を通して、著者は同心の貯蓄と資本の吸収力歴史的必然性のすべてとしかしプロレタリアートと大衆の一般的な隷属への変革が設立されていることを結果に到着なので、この容量で、これらの大衆自身ある程度近くまで生産。 大きな問題は、中小な存在の調停によって破壊資本により、より尖った寡頭政治につながる。 それはもともと小さな所有者と自営業者の数が多いの収用あったように、資本主義ロシアの新興財閥(複数可)の収用は、独自のリソースを装備し、低い難易度の歴史家るタスクであるこれにより彼の王国と彼のルールはポイント自身ますます向かって導かれる、働いていた。 オリジナルの資本形成の歴史的スケッチは、この本の中で最も読む価値部品の一つである。 著者はここでよく知られた優れた性質を公開し、資本金と資本主義を見て彼らの方法は、社会の個々の要素の特定の勤勉さに起因することができます。 彼は優れた力の機械力の説明、すなわち提出し、それが通常起こるように、はるかに適切な方法でイベントの所有権の変更の経過を示し、右に(rirt)再発。 いつものように、彼は通常の例としてイングランドを取り、そのマクロ経済の最後の4世紀(H)の大きな収用プロセスが詳細な経済的、社会的重要性を設定しようとします。 プロパティの暴力的な統合(s)は、小な存在の対応追放、現代のプロパティに封建制の単なる変換は、また、ワークショップや前後の動きに絶縁された労働組合は、プロレタリアートの形成に影響を与える要因の特徴と同様である。 ここで基本的な考え方は、通常、作業装置からの労働者の暴力的な分離した後に達成寸法が大きく、上の資本の出現は、彼らが土地や何か他の原因であることである。 現代の植民地化は、最終的には大部分完了したプロセスのためのヨーロッパの現在の例として機能します。 プロレタリア労働者と労働者に長期的に確立をする必要性で主に植民地化株式の難しさは、彼の前の生産および供給条件から彼を失脚させるとその不可避もともと非常に毅然と警察対策で、資本主義体制の下でお辞儀をする。 労働者の輸出と、それは常に同時に資本主義的生産様式とその元のルート、警察は輸出のアイルランドと一緒に出国保証ルールで常に、ないように行われていません。 近代国家では重い依存の労働者にそれらを強制的にこれらの警察は、最終的に、彼女は彼女の仕事をした後、不要な大部分は、その結果、例えば、反連合の除去は法律を宣言しなかった。 コロニーでは、それは違っていた。
勉強して、その第一段階、偉大な収用をできるように並べ替え、私たちのために彼らの歴史的な結果は、いくつかの他の多くのライター収用と社会的財産への私有財産の転換になります。 これは社会主義的な視点は、現在のボリュームの見かけ上のビューは、著者が特定される。
博士デューリング。
デューリング、E.(1867)、現在の知識に "マルクス、資本、政治経済学批判第1巻、ハンブルク、1867"、補足シート、pp.182-六
現在の注目の追加シート:第3巻-グーグルプレイの書籍
pp.182-186
デューリングの資本論第一巻書評
1868年1月往復書簡でマルエンは
返信削除デューリングによる書評を評している
全集32巻
https://maruen.jugemu-tech.co.jp/ImageView?vol=BK03_32_00&p=60
返信削除毎日の祈りの規則的順序哲学ALS厳密に科学的な信念や生活様式
1875
カール·オイゲンデューリング
コンテンツ。
はじめに。
哲学のⅠ。重要。
IIの構成成分とnatürlioliesシステム。
最初のセクション。
であることの基本的な形式。
第二部。
自然の知識の原則。
セクション3。
意識の要素。
セクション四。
カスタム、正義と貴人類。
セクションファイブ。
社会と歴史。
セクション6。
Individnalisirungと生活のWertlisteigerung。
後部。
新旧と中の科学と哲学
社会。
結論。
Wirkliohkeitsphilosoplileの研究と開発。
同じ著者による執筆。 "500
以下転载。
http://nam-students.blogspot.jp/2012/01/blog-post_5.html
______________________
シュタイナーによれば、ニーチェはデューリングから永劫回帰のアイデアを得たと言う(シュタイナー『ニーチェ』)。ニーチェの蔵書のなかにあるデューリングの著書にはニーチェの書き込みが残っているのだ。
ニーチェはデューリングの『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)における記述の否定的記述から永劫回帰の説をあみだしたことになる(邦訳シュタイナー『ニーチェ』p197)。現在の一瞬を極小小粒子の特定の連関結合(Kombination)として描いている点が(同p195)スピノザよりもライプニッツに近いかも知れない。
9:26 午後
Blogger yoji said...
『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und Lebensgestaltung』 (1875)
Eugen Karl Duhring (Autor)
(6. November 2009)http://www.amazon.de/dp/112051472X/
(デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』(1873,第二版1876)
と『反デューリング論』のその後の篇で批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのはこちらの後の二冊。これらも最近原著が復刊された。
また、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
9:31 午後
Blogger yoji said...
プルードン:マルクスの関係は、
デューリング:エンゲルスに対応する
これらは
アベルとカインというライバル関係ではなく
父殺しだ
競争というより影響関係の方が大きい
フロイトの精神分析が必要だろう
(ジャネ:フロイトも相似だが)
そうした態度にはアブラハムのように対応するしかない
エンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかにデューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
返信削除さらに
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und Lebensgestaltung』 (1875)
Eugen Karl Duhring (Autor)
(6. November 2009)http://www.amazon.de/dp/112051472X/
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』(1873,第二版1876)
(最初の一冊が『反デューリング論』で、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊された。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
9:31 午後
Blogger yoji said...
プルードン:マルクスの関係は、
デューリング:エンゲルスに対応する
これらは
アベルとカインというライバル関係ではなく
父殺しだ
競争というより影響関係の方が大きい
フロイトの精神分析が必要だろう
(ジャネ:フロイトも相似だが)
そうした態度にはアブラハムのように対応するしかない
返信削除プルードン:マルクスの関係は、デューリング:エンゲルスに対応する。
これらはアベルとカインというライバル関係ではなく
父殺しの関係だ。競争というより影響関係の方が大きい。
もはやフロイトの精神分析が必要だろう(ジャネ:フロイトも相似だが)。
そうした態度にはアブラハムのように対応するしかない。
エンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかにデューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und Lebensgestaltung』 (1875)
Eugen Karl Duhring (Autor)
(6. November 2009)http://www.amazon.de/dp/112051472X/
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』(1873,第二版1876)
(最初の一冊が『反デューリング論』で、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊された。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に対応する。
これらはアベルとカインというライバル関係ではなく、父殺しの関係だ。競争というより影響関係の方が大きい。
もはやフロイトの精神分析が必要だろう(ジャネ:フロイトも相似だが)。
そうした態度にはアブラハムのように対応するしかない。
エンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかにデューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und Lebensgestaltung』 (1875)
Eugen Karl Duhring (Autor)
(6. November 2009)http://www.amazon.de/dp/112051472X/
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』(1873,第二版1876)
(最初の一冊が『反デューリング論』で、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊された。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に対応する。
これらはアベルとカインというライバル関係ではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。
もはやフロイトの精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
そうした態度にはアブラハムのように対応するしかない。
エンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)
Eugen Karl Duhring (Autor)
(6. November 2009)http://www.amazon.de/dp/112051472X/
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)
(最初の一冊が『反デューリング論』で、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
これらはアベルとカインというライバル関係ではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。
もはやフロイトの精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
エンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)
Eugen Karl Duhring (Autor)
(6. November 2009)http://www.amazon.de/dp/112051472X/
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)
(最初の一冊が『反デューリング論』で、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らの関係はアベルとカインというライバル関係ではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。
もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
エンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)
(最初の一冊が『反デューリング論』で、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバル関係ではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)
(最初の一冊が『反デューリング論』で、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)、
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)
(最初の一冊が『反デューリング論』、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
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彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
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デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)、
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)
(最初の一冊が『反デューリング論』、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来している。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)、
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)
(最初の一冊が『反デューリング論』、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来している。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより
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デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)
(最初の一冊が『反デューリング論』、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来している。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
(最初の一冊が『反デューリング論』、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。これらも最近原著が復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来している。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
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(最初の一冊が『反デューリング論』、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。デューリング原著は最近復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来している。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
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デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
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Lebensgestaltung』 (1875)、
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(最初の一冊が『反デューリング論』、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。デューリング原著は最近復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来している。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(最初の一冊が『反デューリング論』第一篇、後の二冊が『反デューリング論』のその後の篇で
批判の対象となった。『空想から科学へ』の内容と重なるのは後者。デューリング原著は最近復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、
哲学、
経済学、
社会主義理論、
の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来している。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(この三冊がそれぞれ『反デューリング論』の三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは第三篇。デューリング原著は最近復刊。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、
哲学、
経済学、
社会主義理論、
の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来している。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(この三冊がそれぞれ『反デューリング論』の三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは第三篇。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、
哲学、
経済学、
社会主義理論、
の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来している。
(デューリングの原著は最近復刊)
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(この三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは第三篇。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、
哲学、
経済学、
社会主義理論、
の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来している(デューリングの原著は最近復刊)。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(この三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは第三篇。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、
哲学、
経済学、
社会主義理論、
の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来している(デューリングの原著は最近復刊)。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは第三篇。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、
哲学、
経済学、
社会主義理論、
の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがわかる(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、
哲学、
経済学、
社会主義理論、
の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがわかる(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリングはプルードンに触れていたが、マルクスもエンゲルス
もプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、
哲学、
経済学、
社会主義理論、
の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがわかる(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリングはプルードンに触れていたが、マルクスもエンゲルス
もプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば分かるように、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、
哲学、経済学、社会主義理論、
の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがわかる(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリングはプルードンに触れていたが、マルクスもエンゲルス
もプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、
哲学、経済学、社会主義理論、
の3つの要素も、元々は
デューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがわかる(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリングはプルードンに触れていたが、マルクスもエンゲルス
もプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがわかる(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除プルードンとマルクスの関係は、デューリングとエンゲルスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリングはプルードンに触れていたが、マルクスもエンゲルス
もプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることになる(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリングはプルードンに触れていたが、マルクスもエンゲルス
もプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることになる(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875未邦訳)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリングはプルードンに触れていたが、マルクスもエンゲルス
もプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来している(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875未邦訳)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリングはプルードンに触れていたが、マルクスもエンゲルス
もなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来している(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875未邦訳)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊がそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリング『批判的歴史』ではプルードンが言及されるが、
マルクスもエンゲルスもなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来している(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875未邦訳)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリング『批判的歴史』ではプルードンが言及されているが、
マルクスもエンゲルスもなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来している(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875未邦訳)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリング『批判的歴史』ではプルードンが言及されているが、
マルクスもエンゲルスもなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることになる(デューリングの
原著は最近復刊)。
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875未邦訳)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
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マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリング『批判的歴史』ではプルードンが言及されているが、
マルクスもエンゲルスもなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることになる。
(デューリングの原著は最近復刊)
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875未邦訳)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリング『批判的歴史』ではプルードンが言及されているが、
マルクスもエンゲルスもなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることになる。
(デューリングの各原著は最近復刊)
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875未邦訳)、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
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科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリング『批判的歴史』ではプルードンが言及されているが、
マルクスもエンゲルスもなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがわかる。
(デューリングの各原著は最近復刊)
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875未邦訳) http://www.amazon.de/dp/112051472X/ 、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876未邦訳)、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリング『批判的歴史』ではプルードンが言及されているが、
マルクスもエンゲルスもなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがわかる。
(デューリングの各原著は最近復刊)
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というより、
影響関係の方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)未邦訳http://www.amazon.de/dp/112051472X/ 、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)未邦訳、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリング『批判的歴史』ではプルードンが言及されているが、
マルクスもエンゲルスもなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがよくわかる。
(デューリングの各原著は最近復刊)
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というよりも影響関係の
方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)
『Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung』 (1875)未邦訳http://www.amazon.de/dp/112051472X/ 、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)未邦訳、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリング『批判的歴史』ではプルードンが言及されているが、
マルクスもエンゲルスもなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがよくわかる。
(デューリングの各原著は最近復刊)
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というよりも影響関係の
方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程
(Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung)』 (1875)未邦訳http://www.amazon.de/dp/112051472X/ 、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)未邦訳、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリング『批判的歴史』ではプルードンが言及されているが、
マルクスもエンゲルスもなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがよくわかる。
(デューリングの各原著は最近復刊)
マルクスはデューリング『批判的歴史』の経済学の部分の評論を第三篇(社会主義理論)へ行く前の橋渡しとして担当している。
返信削除反デューリング論
返信削除(自然)哲学
経済学
社会主義
3:3で都市と農村をつなぐ例としてデューリングが出したシュナップス、蒸留酒のケースが批判されるが
これは今日では再評価されるべきだ
ヨーロッパの農業は加工を自ら行うことで生き残ったのだ
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というよりも影響関係の
方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
OSの強制的アップグレードにも似ている。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程
(Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung)』 (1875)未邦訳http://www.amazon.de/dp/112051472X/ 、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)未邦訳、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳☆、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。
マルクスは第二篇最終章を執筆。デューリング『批判的歴史』ではプルードンが言及されているが、
マルクスもエンゲルスもなぜかプルードンの部分をカットしている。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがよくわかる。(デューリングの各原著は最近復刊)
☆
デューリングの『批判的歴史』(未邦訳。エンゲルスが引用したのは第二版)後半部ではプルードンに多く触れられているが
『反デューリング論』のマルクス(一部執筆)とエンゲルスはそれを無視している。(googleplayが検索可能で便利)
とくに原著111頁ではわざわざプルードンの部分だけカットしている。
なお『反デューリング論』3:3で都市と農村をつなぐ例としてデューリングが出したシュナップス、蒸留酒のケースが批判されるが
これは今日では再評価されるべきだ。ヨーロッパの農業は加工を自ら行うことで生き残ったのだ。
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。競争というよりも影響関係の
方が大きい。もはや精神分析が必要だろう(ジャネとフロイトも似たようなものだが)。
OSの強制的アップグレードにも似ている。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程
(Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung)』 (1875)未邦訳http://www.amazon.de/dp/112051472X/ 、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)未邦訳、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳☆、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがよくわかる。(デューリングの各原著は最近復刊)
☆
デューリングの『批判的歴史』(未邦訳。エンゲルスが引用したのは第二版)後半部ではプルードンに多く触れられているが
『反デューリング論』のマルクス(一部執筆)とエンゲルスはそれを無視している。(googleplayが検索可能で便利)
とくに原著111頁ではわざわざプルードンの部分だけカットしている。
なお『反デューリング論』3:3で都市と農村をつなぐ例としてデューリングが出したシュナップス、蒸留酒のケースが批判されるが
これは今日では再評価されるべきだ。ヨーロッパの農業は加工を自ら行うことで生き残ったのだ。
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。OSの強制的アップグレードにも似ている。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程
(Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und
Lebensgestaltung)』 (1875)未邦訳http://www.amazon.de/dp/112051472X/ 、
デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』
(1873,第二版1876)未邦訳、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der
Nationalökonomie und des Socialismus)』(1871,第二版1875)未邦訳☆、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがよくわかる。(デューリングの各原著は最近復刊)
☆
デューリングの『批判的歴史』(未邦訳。エンゲルスが引用したのは第二版)後半部ではプルードンに多く触れられているが
『反デューリング論』のマルクス(第二篇最終章のみ執筆)とエンゲルスはそれを無視している。(googleplayが検索可能で便利)
とくに原著111頁ではわざわざプルードンの部分だけカットしている。
なお『反デューリング論』3:3で都市と農村をつなぐ例としてデューリングが出したシュナップス、蒸留酒のケースが批判されるが
これは今日では再評価されるべきだ。ヨーロッパの農業は加工を自ら行うことで生き残ったのだ。
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。OSの強制的アップグレードにも似ている。
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』 (1875)未邦訳http://www.amazon.de/dp/112051472X/ 、
デューリング『国民=社会経済学教程』(1873,第二版1876)未邦訳、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史』(1871,第二版1875)未邦訳☆、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがよくわかる。(デューリングの各原著は最近復刊)
☆
デューリングの『批判的歴史』(未邦訳。エンゲルスが引用したのは第二版)後半部ではプルードンに多く触れられているが
『反デューリング論』のマルクス(第二篇最終章のみ執筆)とエンゲルスはそれを無視している。(googleplayが検索可能で便利)
とくに原著111頁ではわざわざプルードンの部分だけカットしている。
なお『反デューリング論』3:3で都市と農村をつなぐ例としてデューリングが出したシュナップス、蒸留酒のケースが批判されるが
これは今日では再評価されるべきだ。ヨーロッパの農業は加工を自ら行うことで生き残ったのだ。
返信削除デューリングとエンゲルスの関係は、プルードンとマルクスの関係に似ている。
彼らはアベルとカインというライバルではなく、父殺しの関係だ。OSの強制的アップグレードにも似ている。
先行者の功績をなかったことにしたい後継者…
例えばエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865未邦訳(内容は「反ヘーゲル」)を意識している。
反ヘーゲル的=唯物論的な弁証法の優先権を争った形だ。
さらに、デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』 (1875)未邦訳http://www.amazon.de/dp/112051472X/ 、
デューリング『国民=社会経済学教程』(1873,第二版1876)未邦訳、
デューリング『国民経済学および社会主義の批判的歴史』(1871,第二版1875)未邦訳☆、
(これら三冊が主にそれぞれ『反デューリング論』全三篇で順に批判の対象となった。『空想から
科学へ』の内容と重なるのは序説第一章と第三篇第一、二章。大月マルエン全集第20巻参照。)
上記三冊の構成を観れば自明だが、レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの
源泉と3つの構成部分」として定式化した、哲学、経済学、社会主義理論、の3つの要素も、
元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来していることがよくわかる。(デューリングの各原著は最近復刊)
☆
デューリングの『批判的歴史』(未邦訳。エンゲルスが引用したのは第二版)後半部ではプルードンに多く触れられているが
『反デューリング論』のマルクス(第二篇最終章のみ執筆)とエンゲルスはそれを無視している。(googleplayが検索可能で便利)
とくに原著111頁ではわざわざプルードンの部分だけカットしている。
なお『反デューリング論』3:3で都市と農村をつなぐ例としてデューリングが出したシュナップス、蒸留酒のケースが批判されるが
これは今日では再評価されるべきだ。ヨーロッパの農業は加工を自ら行うことで生き残ったのだ。
ちくま
返信削除あるいは、後にエンゲルスから厳しく批判されることになる左派の経済学者、オイゲン・デューリングも、リービッヒの理論に注目し、「意識的な物質分配の規制」を訴えた。アメリカではヘンリ・チャールズ
マルクスより先にデューリングはリービッヒに着目している
Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished ...
返信削除https://books.google.co.jp/books?isbn...
Kohei Saito - 2017 - プレビュー - 他の版
In his book Carey's Revolution of National Economy and Social Science (Carey's Umwälzung der Volkswirthschaftslehre und Socialwissenschaft), Dühring emphasized the meaning of the theory of “soil exhaustion proved by Liebig” for Carey's economic system, maintaining that it “builds a pillar on [Carey's] system.”14 He ...
soil exhaustion
返信削除土壌疲弊
斎藤公平
斎藤幸平 (@koheisaito0131) | Twitter
返信削除twitter.com/koheisaito0131
欲望の民主主義」で言及していた、資本主義が自然素材の枯渇をもたらすことで自滅することを、マルクスが言及していたと。この打破も、個々の主体化 ... ようになりました。 Kohei Saito : « La justice climatique inclut une composante de la lutte des classes ...
Bodenerschöpfung
返信削除It was Eugen Dühring, a lecturer at the University of Berlin and enthusiastic supporter of Carey’s economic system, who clearly pointed to the commonality between Liebig and Carey. He integrated Liebig’s theory into his own economic analysis as further validation of Carey’s proposal to establish autarchic town-communities without wasting plant nutrients and thus without exhausting soils. In his book Carey’s Revolution of National Economy and Social Science (Carey’s Umwälzung der Volkswirthschaftslehre und Socialwissenschaft), Dühring emphasized the meaning of the theory of “soil exhaustion proved by Liebig” for Carey’s economic system, maintaining that it “builds a pillar on [Carey’s] system.” 14 He argued:
返信削除Also the problem of soil exhaustion, which has already become quite threatening in North America, for example, will … be halted in the long run only through a commercial policy built upon the protection and education of domestic labor. For the harmonious development of the various facilities of one nation will result in stable local economic activities. They promote the natural circulation of materials [Kreislauf der Stoffe] and make it possible for plant nutrients to be returned to the soil from which they have been taken. 15
It is not accidental that Dühring’s protectionism is explicitly directed against the neglect of the problem of soil exhaustion in political economy. This is because any serious concern about this problem “inevitably prompts to abandon
Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished ...
返信削除https://books.google.co.jp/books?isbn...
Kohei Saito - 2017 - プレビュー - 他の版
In his book Carey's Revolution of National Economy and Social Science (Carey's Umwälzung der Volkswirthschaftslehre und Socialwissenschaft), Dühring emphasized the meaning of the theory of “soil exhaustion proved by Liebig” for Carey's economic system, maintaining that it “builds a pillar on [Carey's] system.”14 He ...
soil exhaustion
土壌疲弊
斎藤幸平
Carey's Umwälzung der Volkswirthschaftslehre und Socialwissenschaft : 12 Briefe
Dühring, Eugen
Published by ReInk Books, 2017
Print on Demand
It was Eugen Dühring, a lecturer at the University of Berlin and enthusiastic supporter of Carey’s economic system, who clearly pointed to the commonality between Liebig and Carey. He integrated Liebig’s theory into his own economic analysis as further validation of Carey’s proposal to establish autarchic town-communities without wasting plant nutrients and thus without exhausting soils. In his book Carey’s Revolution of National Economy and Social Science (Carey’s Umwälzung der Volkswirthschaftslehre und Socialwissenschaft), Dühring emphasized the meaning of the theory of “soil exhaustion proved by Liebig” for Carey’s economic system, maintaining that it “builds a pillar on [Carey’s] system.” 14 He argued:
Also the problem of soil exhaustion, which has already become quite threatening in North America, for example, will … be halted in the long run only through a commercial policy built upon the protection and education of domestic labor. For the harmonious development of the various facilities of one nation will result in stable local economic activities. They promote the natural circulation of materials [Kreislauf der Stoffe] and make it possible for plant nutrients to be returned to the soil from which they have been taken. 15
It is not accidental that Dühring’s protectionism is explicitly directed against the neglect of the problem of soil exhaustion in political economy. This is because any serious concern about this problem “inevitably prompts to abandon the principle of laissez faire,” a staple of classical political economy since Adam Smith. Dühring asks for “conscious regulation of material distribution” (bewusste Regulirung der Stoffvertheilung) as the “only countermeasure” against wasteful production in that it would overcome the division between town and country. 16
14. Eugen Dühring, Carey’s Umwälzung der Volkswirthschaftslehre und Socialwissenschaft (Munich: E. A. Fleischmann, 1865), xv. 15. Ibid., xiii. 16. Eugen Dühring, Kritische Grundlegung der Volkswirthschaftslehre (Berlin: Alb. Eichhoff, 1866), 230.
6  Marx’s Ecology after 1868
ケアリーの経済学と社会科学の革命
返信削除なんというフランスのワイン!なんという多種多様さ。ボルドー酒からブルゴーニュ酒、南部の強烈なサンジョルジュ酒、リュネル酒やフロンティニャン酒、おまけに泡立つシャンペン酒にいたるまで、その多種多様さときたら!-エンゲルス5.460
返信削除ルドルフ・シュタイナー (@R_Steiner_jp)
返信削除2019/11/29 9:00
ニーチェ(N_Anti_Christ)はオイゲン・デューリングの現実哲学を研究することに特別の満足を感じる。彼は現実哲学に熱中するが、現実哲学のシンパではない。彼は(デューリングの)本に多くの書き込みをしている。その一部は、否定的な注釈である。
https://twitter.com/r_steiner_jp/status/1200202960556318720?s=21
返信削除佐々木 隆治 著『カール・マルクス』ちくま新書にさらりと、
《後にエンゲルスから厳しく批判されることになる左派の経済学者、オイゲン・
デューリングも、リービッヒの理論に注目し、「意識的な物質分配の規制」を訴えた。》
と書いてある。これはある意味衝撃的だった。
デューリングはマルクス、エンゲルスよりも先にリービッヒに言及していたことになるが、
基本的にマルクスもエンゲルスもデューリングのリービッヒへの着目は無視しているからだ。
彼らがデューリングのプルードンへの賞賛を意図的に無視しているのと同じパターンだ。
デューリングのターム 物質流通規制 [Regulierung der
Stoffverteilung]は『国民経済学説の批判的基礎づけ』(Kritische Grundlegung der Volkswirtschaftlehre,1866)
に一箇所出てくる。
マルクスのターム、物質代謝[Stoffwechsel](資本論1867)は上と似ている。
ちなみにエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865を半面教師している。
(サルトルはエンゲルスとデューリングの歴史観は大差ないと倫理学ノートに書き留めている)
デューリングのリービッヒへの言及は、邦語アンソロジー2016年『マルクスとエコロジー』
におけるカール=エーリッヒ・フォルグラーフ[Vollgraf,Carl-Erich]による論考「マルクスと
発展した資本主義的生産における社会の物質代謝の絶え間ない破壊」(250頁)に詳しい。
佐々木が
参照したのは斎藤幸平訳の上記論考(252頁)。
斎藤幸平が『大洪水の前に』『人新世の資本論』等でも触れているフラースについては大月全集32,45頁を参照。
フラース(Fraas,1847)の発見もフーリエの方が早いことがこのマルクスの手紙でわかる。
返信削除佐々木 隆治 著『カール・マルクス』ちくま新書にさらりと、
《後にエンゲルスから厳しく批判されることになる左派の経済学者、オイゲン・
デューリングも、リービッヒの理論に注目し、「意識的な物質分配の規制」を訴えた。》
と書いてある。これはある意味衝撃的だった。
デューリングはマルクス、エンゲルスよりも先にリービッヒに言及していたことになるが、
基本的にマルクスもエンゲルスもデューリングのリービッヒへの着目は無視しているからだ。
彼らがデューリングのプルードンへの賞賛を意図的に無視しているのと同じパターンだ。
デューリングのターム 物質流通規制 [Regulierung der
Stoffverteilung]は『国民経済学説の批判的基礎づけ』(Kritische Grundlegung der Volkswirtschaftlehre,1866)
に一箇所出てくる。
マルクスのターム、物質代謝[Stoffwechsel](資本論1867)は上と似ている。
ちなみにエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865を反面教師としている。
(サルトルはエンゲルスとデューリングの歴史観は大差ないと倫理学ノートに書き留めている)
デューリングのリービッヒへの言及は、邦語アンソロジー2016年『マルクスとエコロジー』
におけるカール=エーリッヒ・フォルグラーフ[Vollgraf,Carl-Erich]による論考「マルクスと
発展した資本主義的生産における社会の物質代謝の絶え間ない破壊」(250頁)に詳しい。
佐々木が
参照したのは斎藤幸平訳の上記論考(252頁)。
斎藤幸平が『大洪水の前に』『人新世の資本論』等でも触れているフラースについては大月全集32,45頁を参照。
フラース(Fraas,1847)の発見もフーリエの方が早いことがこのマルクスの手紙でわかる。
返信削除佐々木 隆治 著『カール・マルクス』ちくま新書にさらりと、
《後にエンゲルスから厳しく批判されることになる左派の経済学者、オイゲン・
デューリングも、リービッヒの理論に注目し、「意識的な物質分配の規制」を訴えた。》
と書いてある。これはある意味衝撃的だった。
デューリングはマルクス、エンゲルスよりも先にリービッヒに言及していたことになるが、
基本的にマルクスもエンゲルスもデューリングのリービッヒへの着目は無視しているからだ。
彼らがデューリングのプルードンへの賞賛を意図的に無視しているのと同じパターンだ。
デューリングのターム 物質流通規制 [Regulierung der
Stoffverteilung]は『国民経済学説の批判的基礎づけ』(Kritische Grundlegung der Volkswirtschaftlehre,1866)
に一箇所出てくる。
マルクスのターム、物質代謝[Stoffwechsel](資本論1867)は上と似ている。
ちなみにエンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかに
デューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865を反面教師としている。
(サルトルはエンゲルスとデューリングの歴史観は大差ないと倫理学ノートに書き留めている)
デューリングのリービッヒへの言及は、邦語アンソロジー2016年『マルクスとエコロジー』
におけるカール=エーリッヒ・フォルグラーフ[Vollgraf,Carl-Erich]による論考「マルクスと
発展した資本主義的生産における社会の物質代謝の絶え間ない破壊」(250頁)に詳しい。
佐々木が参照したのは斎藤幸平訳の上記論考(252頁)。
斎藤幸平が『大洪水の前に』『人新世の「資本論」』等でも触れているフラースについては大月全集32,45頁を参照。
フラース(Fraas,1847)の発見もフーリエの方が早いことがこのマルクスの手紙でわかる。
返信削除デューリング『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程』(1875年)未邦訳)
エンゲルスは主にこの本に抗するようにして『空想から科学へ』の前身となる『反デューリング論』(1877年)を書いた。
そこにはマルクスがプルードンに対してなしたような自己欺瞞と剽窃がある。
ちなみにデューリング『批判的歴史』のプルードン礼讃は『反デューリング論』で丁寧に無視されている。
マルクス主義を体系化する後期の段階で初期を反復している。これは笑えない喜劇だ。
エンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかにデューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865を意識している(デューリングはヘーゲルの不自然な弁証法に自然な弁証法を対置したのだが、ヘーゲルの弁証法も実は自然界における生物学モデルが基本である)。
ちなみに、ニーチェもデューリングの『…哲学教程』(1875年)における記述の否定的展開から永劫回帰の説をあみだしたらしい(邦訳シュタイナー『ニーチェ』197頁)。
デューリング主著:
1871『国民経済学および社会主義の批判的歴史(Kritische Geschichte der Nationalökonomie und des Socialismus)』(第二版1875)
1875『厳密な科学的世界観と生命形成論としての哲学教程(Cursus Der Philosophie ALS Streng Wissenschaftlicher Weltanschauung Und Lebensgestaltung)』
1873『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』(第二版1876)
レーニンがエンゲルス経由で「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」として定式化した社会主義理論、哲学、経済学の3つの要素も、元々はデューリングの上記三冊に配分された体系に由来することになる。
フラースは古代文明衰退の原因を森林伐採だと見た
返信削除以下に近い
返信削除ポンティング『緑の世界史』 | Yabuki Taro's Home Page
2015/03/08 — その冒頭のイースター島のエピソードだけでもどうぞ読まれてみ ... に人間が木を伐採しつづけた結果、森林が破壊され、文化が ...
イースター島の環境崩壊とモアイ | 国立民族学博物館
www.minpaku.ac.jp からのモアイ 森林伐採
ダイアモンドのベストセラー『文明崩壊』(草思社)の中で、人類による環境破壊の象徴として紹介されている。島にあった森林をモアイ像の運搬 .
エンゲルス
返信削除[編集]
生前刊の著書[編集]
『ヴッパータールだより』(ドイツ語: Briefe aus dem Wuppertal,1839)
「シェリングと啓示」(ドイツ語: Schelling und die Offenbarung- Kritik des neuesten Reaktionsversuchs gegen die freie Philosophie,1842)
「キリストの内なる哲学者シェリング」(ドイツ語: Schelling der Philosoph in Christo, oder die Verklärung der Weltweisheit zur Gottesweisheit,1842)
「国民経済学批判大綱」『独仏年誌』(ドイツ語: ''Umrisse zu einer Kritik der Nationalökonomie,1844)
『イギリスにおける労働者階級の状態』(ドイツ語: Die Lage der arbeitenden Klasse in England,1845)
『聖家族 批判的批判の批判―ブルーノ・バウアーとその伴侶を駁す』(マルクスとの共著)(ドイツ語: Die heilige Familie, oder Kritik der Kritischen Kritik. Gegen Bruno Bauer & Consorten, (mit Marx) 1845)
『ドイツ・イデオロギー』(マルクスとの共著)(ドイツ語: Die deutsche Ideologie, (mit Marx) 1845)
『共産主義の原理』(ドイツ語: Grundsätze des Kommunismus,1847)
『共産党宣言』(マルクスとの共著)(ドイツ語: Manifest der Kommunistischen Partei, 1848)
『ドイツ農民戦争』(ドイツ語: Der deutsche Bauernkrieg, 1850)
『ドイツにおける革命と反革命』(ドイツ語: Revolution und Konterrevolution in Deutschland, 1851-1852)
『自然の弁証法』(ドイツ語: Dialektik der Natur,1873-1886)
『反デューリング論(オイゲン・デューリング氏の科学の変革)』(ドイツ語: Anti-Dühring, Herrn Eugen Dühringś Umwälzung der Wissenschaft. Philosophie, politische Oekonomie, Sozialismus, 1878)
『空想より科学へ』(ドイツ語: Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft, 1880)
『家族・私有財産・国家の起源』(ドイツ語: Der Ursprung der Familie, des Privateigenthums und des Staats, 1884)
『資本論第二巻』(エンゲルス編集)(ドイツ語: Das Kapital, Kritik der politischen Ökonomie, Band 2, 1885)
『フォイエルバッハ論(ルートヴィッヒ・フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結)』(ドイツ語: Ludwig Feuerbach und der Ausgang der klassischen deutschen Philosophie, 1886)
『資本論第三巻』(エンゲルス編集)(ドイツ語: Das Kapital, Kritik der politischen Ökonomie Band 3, 1894)
返信削除第六章 大衆の過少消費によるとする恐慌説明
工場の生産物に対する需要が増大する。発明が現われるごとに、比較的貧しい住民層の消費手段を生産する産 業の存在 心
が、客修品産業の創出によって左右される。しかし、後者に新しい資本と労働者が得られなければ、また、失業中の労働
者がうける時間的損失が、彼らにとって容易に堪えられる程度を越えないならば、零修品産業の創出には希望をかけられ
ない」 (『研究』、六ーページ)。ロートベルトゥスの恐慌理論全体が右の一節に含まれている。
デューリングは次の通り述べているーー
「労働大衆の、賃金隷属制下に重圧をうけている資金状態では、拡大
しつつある生産に一つの方向を定め得るほどの消費は許されない。収益性を、すなわち賃料と資本利潤とを目指
す、農業的および工業的な企業家生産は、主として有産階級層に生産物の販路を求めねばならず、苦境におちい
るととも世界市場の一地点から他の地点へと、いかに販路を移そうとも、そこで望ましい販売保証の獲得に成功
することは不可能である。財産と社会支配階級との利益のために行なわれる生産の制度は、広範な基礎に欠ける
ところが大きく、それ自体の枠内で甚だしく不安定に動揺するため、構造欠陥によらなくともすでに、販売の停
滞を招かざるを得ない。大衆の生産力の緊張は、無制限でありーその間に現われる(企業家が作業の中断また
は不合理な労働者使用を行なうために止むをえず起こる)不規則性および労働時間浪費にもかかわらずーー最大
量をつねにその狙いとする。一方では、労働者が賃金の形で国民経済生産物の一部分を受取る割当て分は、力相
応に最小量の方向へと押し下げられる。ここから、経済活動全体において、生産と消費との循環混乱への、根深
い、いわば構造的な性向が生ずる。……大衆の生産物購買力がしだいに減退するのに対して、生産は急速に増大
する。人為的につくり出された、大衆の過少消費が、生産の不変な場合でさえ過少生産に見えることであろう。」
H。ヘルクナーがこれと同様の見解を表明しているのは、小冊子「経済進歩の要求としての社会改革」と、論
文「恐慌」(『国家学辞典』の一項目)とである。彼はこの小冊子において、みずからシスモンディ学説の信奉者
であることを告白し、シスモンディの見解と完全に一致する次の命題を提示している。
「第一に、自由放任の取引は、所得および財産分配の甚だしい不平等への傾向を含む。」
ツガン英国新訳202ページ
第一篇 恐慌の理論および
203
「第二に、それ故に、国民大衆の購買。消費力は、現代の技術的、経済的成果によって実現される生産性向上
よりも、つねに遅れる。」
「第三に、労働階級の購買力と生産力とのこうした不均衛から、国内において販売不振が生ずるが、これを可
能な限りの最大輸出と対外投資とによって補償する努力が払われる。しかし、この手段による補償は、つねに増
大する困難を生み出す。それは一つには、漸次現われる、諸外国市場における充満のためであり、また一つに
は、輸出を頼りとする現代工業諸国の間で、大衆の過少消費によって、しだいに高まる競争の激化の た め であ
る°」
「第四に、これとともに、最後には経済進歩を遅滞させる潜在的恐慌の状態が生ずる。」
E·デューリング『国民·社会経済教程』、ライプチヒ一八七六年刊、第二版、二二1、ニニ二、二三七各ページ。
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H.ヘルクナー『経済進歩の要求としての社会改革』、ライプチヒ一八九一年刊、三七ー八ページ。
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Jホブソンもまた、シスモンディの追随者に属することは疑いない。彼は著書『失業者問題』の序文でこう
論じているーー「私は失業と不況との同一性を主張する者であり、事実の分析によって、この産業疾患の原因が
史過少消費にあることを確認したと信ずる。産業の規模および方向が消費者の有効需要によって直接に規定される
という事情を認識しないこと……これが現代イギリス経済学者の誤謬の最も深刻な原因となっている。……往年
の経済学者数人ーー特にローダーデールとマルサスは、この現象に対して輝かしい正当な分析を与えたが、これ
がそののち継承されていない。彼らの妥当な議論が否認されたのは、論拠の薄弱が証明されたからではなくて、
彼らがその見解と、無用で有害とみなされて当然であった実際提案とを結びつけたからである。『資本』および
『需要』の概念に、非論理的で根拠薄弱な定義を一般に採用したことと、節約の実際機構の研究を軽視したこと
とが、イギリスの国民経済専門学者の大部分をして、不況期に現われる、生産力の一般的過剰という現象を見失
わせた。」
http://nam-students.blogspot.jp/2013/04/blog-post_3.html
返信削除デューリング『国民=社会経済学教程(Kursus der National- und Sozialökonomie)』(1873,第二版1876)
第二版1876
ツガン英国新訳202ページ
Cursus der National- und Socialökonomie einschliesslich der Hauptpunkte der ...
著者: Eugen Dühring
https://books.google.co.jp/books?id=iVfXAAAAMAAJ&pg=PR1&redir_esc=y#v=onepage&q&f=false
第二版 221 fläche hervortretende Physionomie der gelegentlichen oder der periodischen Krisen zeigt dagegen nichts weiter, als dass der Waarenabsatz erheblich kleiner ist als das Angebot. Wenn man nun demgemäss eine Gleichgewichtsstörung zwischen Production und Consumtion als das Wesen jeder Krisis ansieht, so bedarf dieser Gedanke doch einer Vertiefung. Die Consumtion bedeutet bekanntlich nicht das blosse Verbrauchsbestreben, sondern die wirkliche, nur um eine Gegenleistung mögliche Beschaffung der Existenzmittel. Sie setzt daher im Allgemeinen irgend welche Production voraus, und wenn ein Missverhältniss eintritt, so muss es sich im letzten Grunde auf zwei Richtungen der Production beziehen lassen, deren gegenseitiges Ineinandergreifen mangelhaft ist. Im System der gesellschaftlichen Finanzen wird die fragliche Ungleichheit noch eine ganz besondere Form haben müssen; denn das Uebermaass oder Untermaass der Fähigkeit zur Consumtion ergiebt sich hier aus der Gestaltung der Einkünfte.
Die im System der Lohnhörigkeit tief gedrückten Finanzen der arbeiten- den Menge gestatten keine solche Consumtion, welche der sich ausdehnenden Production eine Richtung auf verlässlichen und zum grössten Theil einheimischen Volksabsatz vorschreiben könnte. Die auf Rentabilität, d. h. auf Regten und auf Capitalgewinne angelegte Unternehmerproduction landwirthschaftlicher und manu- facturistischer Art muss sich mit ihrem Absatz vornehmlich im 80 Kreise der besitzenden Classen selbst drehen,
und wie sie sich auch mit ihren Verlegenheiten von einem Punkt des Weltmarkts zum an- dern fortwälzen möge, so kann es ihr dennoch nicht gelingen, sich dort die gewünschte Sicherheit des Absatzes zu verschaffen. Das System der im Interesse des Besitzes und der gesellschaftlich herrschenden Classen erfolgenden Production ermangelt zu sehr einer breiten Grundlage und schaukelt sich zu haltungslos im eignen Rahmen , als dass es nicht schon vermöge eines Constitu- tionsfehlers zu Stauungen des Absatzes führen müsste. Die An- spannung der productiven Kräfte der Massen ist unbeschränkt und zielt trotz der dazwischentretenden Regellosigkeiten und Arbeits- zeitverschwendungen, welche von den Unternehmern durch Unter- brechung oder verkehrte Anwendung den Arbeitern aufgenöthigt werden, dennoch stets auf ein grösstes Maass, während die An- weisungen, welche die Arbeiter in Gestalt der Löhne auf einen Theil der volkswirthschaftlichen Producte erhalten, nach Kräften 222 in der Richtung auf ein geringstes Maass niedergehalten werden. Hieraus entsteht im Gesammtgetriebe der Wirthschaft. eine tief wurzelnde und gleichsam constitutive Anlage zur Kreislaufsstörung zwischen Production und Consumtion.
「労働大衆の、賃金隷属制下に重圧をうけている資金状態では、拡大しつつある生産に一つの方向を定め得るほどの消費は許されない。収益性を、すなわち賃料と資本利潤とを目指す、農業的および工業的な企業家生産は、主として有産階級層に生産物の販路を求めねばならず、苦境におちいるととも世界市場の一地点から他の地点へと、いかに販路を移そうとも、そこで望ましい販売保証の獲得に成功することは不可能である。財産と社会支配階級との利益のために行なわれる生産の制度は、広範な基礎に欠けるところが大きく、それ自体の枠内で甚だしく不安定に動揺するため、構造欠陥によらなくともすでに、販売の停滞を招かざるを得ない。大衆の生産力の緊張は、無制限でありーその間に現われる(企業家が作業の中断または不合理な労働者使用を行なうために止むをえず起こる)不規則性および労働時間浪費にもかかわらずーー最大量をつねにその狙いとする。一方では、労働者が賃金の形で国民経済生産物の一部分を受取る割当て分は、力相応に最小量の方向へと押し下げられる。ここから、経済活動全体において、生産と消費との循環混乱への、根深い、いわば構造的な性向が生ずる。
……大衆の生産物購買力がしだいに減退するのに対して、生産は急速に増大する。人為的につくり出された、大衆の過少消費が、生産の不変な場合でさえ過少生産に見えることであろう。」
E·デューリング『国民·社会経済教程』、ライプチヒ一八七六年刊、第二版、二二1、ニニ二、二三七各ページ。
ツガン英国新訳202ページ
Um die innern Missverhältnisse, welche, wie schon angegeben, im letzten Grunde nicht eigentlich zwischen Production und Con- sumtion, sondern zwischen Production und Production platzgreifen, in ihrer ganzen Tragweite zu ermessen, muss die Bevölkerung selbst als etwas ökonomisch Producirtes betrachtet werden.
返信削除Die Production dehnt sich in rascherem Verhältniss aus, als die stets rück , ständige Fähigkeit der Volksmassen zum Einkauf der produ- cirten Artikel.
Für letztere künstlich erzeugte Unterconsumtion wäre schon eine beständig bleibende Production scheinbar eine Ueberproduction.
https://love-and-theft-2014.blogspot.com/2022/03/httpsbooks.html
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