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カンティロンの貨幣数量説は、ハイエクのいう「連続的影響説」として良く知られている。ハイエクは、妻ヘラ(前妻の方である)が本書を独訳した際に序文を付けている。それにいう「カンティロンを他の貨幣理論の創設者と区別する業績の中には、ロックの素朴な数量理論の批判があげられるだろう、それに代えて貨幣数量の増加が連続的に諸財の価格に影響を与える過程の詳細な説明が与えられた。この説明は、壮大な第Ⅱ部第6章に見られ、ジェヴォンズによって正当にもこの本の最も素晴らしい所とされた。」(Hayek, 1931)貨幣増加の原因は、国内鉱山の採掘や国際収支の順調によるものである。後者の場合では、「国内の大多数の商人や企業者を裕福にし、かつ大量の職人や労働者に仕事を与えるだろう。…これらの勤勉な住民の消費はしだいに増え、土地と労働の価格もしだいに高くなるだろう。」(p.109)。貨幣の増加は、関係者の購買力を増加させ、消費を通じて雇用を増やし、土地と労働の価格を上昇させるのである。
しかし、カンティロンの貨幣数量説については、ハイエクと異なる評価もある。「連続的影響説」に対するに、「カンティロン効果」の重視の立場といえようか(ブローグ、米田等)。「カンティロン効果」とは、貨幣量の増加は物価水準の上昇をもたらすだけではなく、物価構造も変化させることを強調するものである(ブローグ, 1966, p.29)。「ある国に二倍の貨幣量が導入されれば、物産と商品の価格が常に二倍になるというわけではない。河床をうねって流れる川も、その水量を倍にすれば倍の速さで流れるというわけではないだろう。/貨幣量の増加がその国にもたらす物価の騰貴の割合は、この貨幣が消費と流通とに与える動きしだいであろう…消費は貨幣を手に入れる人々の考えしだいで、ある種の物産や商品の方に多く向けられたり少なく向けられたりするだろう」(p.115)。貨幣の流通経路の違いにより諸商品の価格上昇率に偏差が生じる。イングランドにおいて、穀物輸入が認められていることもあり、小麦が1/4倍しか上がらないのに、肉の価格は3倍に上がる例があげられている。
後者の立場に立つ米田によると、そもそもカンティロンは労働と土地の完全雇用(少なくとも土地については明白)、を前提にしているから、経済の拡大は考慮されていないとする。あるいは一国の封鎖経済の取扱では静態的な経済が想定されているとまでいって良いかとも思う(注7)。そういう前提から、カンティロンは「貨幣量の増加はその(流通経路:引用者)違いに応じて諸財の相対価格の変化をもたらしつつ一般物価水準を高めていくことを明らかにしょうとしたにすぎない。」し、厳密にいえば「連続的影響説」は彼の体系では充分展開できる余地がないと考える(米田, 2005, p.200)のであろう。
市場マネタリストとカンティロン効果とハイエクの景気循環論
経済に新規に注入された貨幣のもたらす効果は、その貨幣がどこに注入されたかで違ってくるか、という点を巡り、市場マネタリストとオーストリア学派の人がやり合っていたようだ。オーストリア学派は違うと言い、市場マネタリストは違わないと言う。結局、効果が違ってくるのは貨幣注入の金融政策ではなく財政政策の側面による、ということで一応決着が付いたらしい。その辺りの話をDavid Glasnerが例によって自ブログで手際よくまとめている(関連するブログエントリのリンクもそちらを参照*1)。
問題の効果はカンティロン効果と呼ばれているが、Glasnerは該当エントリで同効果について詳説している。それによると、そもそもハイエクがこの効果を持ち出したのは、新規貨幣で誰得というみみっちい話の文脈ではなく、消費財と投資財の相対価格の変化とその反転による景気循環という文脈においてだったという。ハイエクの説では、銀行の貸出金利が自然利子率から乖離すると*2、カンティロン効果がもたらされ、相対価格の歪みのせいで資源が誤って消費財産業から資本財産業(もしくはその逆方向)に流れてしまう、との由。
だが、このハイエクの景気循環理論には重大な欠陥がある、とGlasnerは言う。というのは、その理論では銀行の定める金利が経済のあらゆる場所における貸借に適用されることを前提とするが、それは非現実的な仮定だからである。
Glasnerはエントリを以下のように結んでいる。
At any rate, if interest rates are determined comprehensively in all the related markets for existing stocks of physical assets, not in flow markets for current borrowing and lending, Hayek’s notion that the banking system can cause significant Cantillon effects via its control over interest rates is hard to credit. There is perhaps some room to alter very short-term rates, but longer-term rates seem impervious to manipulation by the banking system except insofar as inflation expectations respond to the actions of the banking system. But how does one derive a Cantillon Effect from a change in expected inflation? Cantillon Effects may or may not exist, but unless they are systematic, predictable, and unsustainable, they have little relevance to the study of business cycles.
(拙訳)
いずれにせよ、もし金利が、現存する物理資産のストックに関連する市場すべてにおいて包括的に決定されるものであって、現下の貸借のフロー市場で決定されるものではないとするならば、銀行システムが金利のコントロールを通じて有意なカンティロン効果を生じせしめることがある、というハイエクの考えを信じるのは難しい。超短期金利については銀行システムが変更をもたらす余地があるかもしれないが、長期金利には銀行システムによる操作の余地は無さそうである。銀行システムの行動にインフレ期待が反応する場合は別だが、インフレ期待の変化からどうやってカンティロン効果を導出することができよう? カンティロン効果は存在するかもしれず、しないかもしれない。だが、その効果がシステマティックで予測可能で持続可能で無い限り、景気循環の研究にはあまり意味を持たない。
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