ページ

金曜日, 8月 02, 2019

チケット転売問題

大竹文雄の経済脳を鍛える

日本経済研究センター研究顧問 大竹文雄
チケット転売問題とは何か

 「私たちは音楽の未来を奪うチケットの高額転売に反対します」という15段の意見広告が、2016年8月23日の読売新聞と朝日新聞に掲載された(https://www.tenbai-no.jp/)。広告を出したのは、日本音楽制作者連盟、日本音楽事業者協会、コンサートプロモーターズ協会、コンピュータ・チケッティング協議会の4つの音楽関係団体だ。また、賛同者には、嵐、安室奈美恵、いきものがかり、小田和正、吉川晃司、きゃりーぱみゅぱみゅ、GLAY、郷ひろみ、サザンオールスターズ、DREAMS COME TRUE、中島みゆき、西野カナ、B'z、福山雅治、Mr.Childrenなど116組の著名国内アーティストに加えて、FUJI ROCK FESTIVALやROCK IN JAPAN FESTIVALなどの24の国内音楽イベントも含まれている。

 何が問題なのだろう。意見広告には、「コンサートのチケットを買い占めて不当に価格を釣り上げて転売する個人や業者が横行している現状に、私たちは強い危機感を持っています。これらの組織的・システム的に買い占めるごく少数の人たちのために、チケットが本当に欲しい数多くのファンの手に入らないことに強い憤りを感じています。転売サイトで、入場できないチケットや偽造チケットが売られるなどして、犯罪の温床となっていることにも憂慮しています。また、私たちアーティストがあずかり知らないところで自らのライブのチケットが高値で転売されることで、ファンは高い金額を払って大きな経済的負担を受け、何回もコンサートを楽しめたり、グッズを購入できたであろう機会を奪われています。」と理由が示されている。

 「チケットが本当に欲しいファンに転売のせいで行き渡らない」、というのが問題だということだ。これに加えて、日本音楽制作者連盟理事長の門池三則氏は、「チケット高額転売は、アーティストと音楽ファンとのこれまでの良好な関係を壊してしまう」ことが問題だとコメントしている。また、日本音楽事業者協会専務理事の中井秀範氏は、転売業者の利益は、「新しいコンテンツの創作のためには全く活かされない」ことが問題という。

まとめると、チケット転売の問題点は、3つあるということだ。第一に、チケット転売のために、本当にチケットが欲しいファンに行き渡らない。第二に、チケット転売のために、アーティストとファンの良好な関係が壊されてしまう。第三に、チケットが定価よりも高額で転売された利益はアーティストに還元されない。

業者側の反論

 音楽業界側の高額転売反対について、チケットストリートというチケット転売業者の社長の西山圭氏が、自らのブログで「「チケット高額転売反対 #転売NO 」 に感じる違和感」と題する反論をしている。

 西山氏は、買い占めによる価格の釣り上げは違法であり、定価よりも高くなった部分がアーティストに入らないということについて理解した上で、つぎのように言う。

 「「高額転売」と主催者側が一方的に決めるのには違和感を覚えます。高額かどうかを判断するのはライブを見るファンであって、アーティストでも主催者でもない。・・・(中略)・・・「良い席で見たい、そのためにはお金を払ってもいい」というファンの要望は、自然なものではないでしょうか。・・・(中略)・・・正当・公正な抽選なり先着順なりでチケットを手に入れた一般個人が自由にチケットを売る権利は、自由な市場を持つ資本主義経済の根幹として守るべき権利だと考えます。」

 また、「チケット転売による詐欺などの被害」について、チケットストリート社では、チケットの配送保証、本物保証、座席内容保証、入場補償、代替チケット手配、公演中止・延期補償を完備しているということだ。そして、「販売者はすべて古物営業法に準じた本人確認を行っており、ダフ屋等の反社会的勢力の介在は一切」ない、としている。

経済学的に考えると

 チケット転売問題について、多くの経済学者はチケットストリート社長の西山圭氏に賛成するだろう。なぜなら、チケット転売は、価値を生み出す正当な行為だからだ。チケットが高額であっても、売り買いする人は、その取引でどちらも便益を受けているからだ。

 では、チケット転売の問題点として音楽団体があげる「チケット転売のために、本当にチケットが欲しいファンに行き渡らない」という点はどうだろう。人気コンサートのチケットが抽選によってしか入手できない場合と、高額であっても転売によって入手できる場合では、どちらの方が、「本当にチケットが欲しいファン」にチケットが行き渡るかを考えればいい。チケットがどのくらい欲しいのか、的確に表すことができるのは、そのチケットを手にいれるために、最大いくら払ってもいいか、という金額だと経済学者は考えている。抽選制度の場合だと、抽選に当たる人の中には、その価格ならコンサートに行くけれど、それよりも高いとコンサートに行かなかったというそれほど熱烈ではないファンもいる。逆に、抽選に外れた人の中には、もっと高い価格を払ってでもコンサートに行きたいという熱烈なファンがいるだろう。抽選に外れた熱烈なファンは、高い価格でもチケットが欲しいと思っているし、抽選に当たった熱烈ではないファンならより高い価格なら売りたいと考えているかもしれない。転売業者は、両者の願いを叶えることに成功しているのである。熱烈なファンは転売業者に高い価格を払ってでも、コンサートチケットを手にいれることで便益を受け、熱烈ではないファンは、転売業者にチケットを売ることで、コンサートに行くよりも便益を受けている。アーティストにとっても、大したファンでもないのに、偶然チケットの抽選に当たった人たちがコンサート会場に混ざっているよりも、熱烈なファンでコンサート会場が埋め尽くされている方がうれしいのではないだろうか。つまり、「本当にチケットが欲しいファンに、チケットが行き渡らない」のは、チケット転売がない抽選制だからである。

 「チケットが定価よりも高額で転売された利益はアーティストに還元されない。」という指摘はどうだろうか。もちろん、高い価格で売れた利益は、アーティストに還元されないというのは、アーティストにとって理不尽かもしれない。しかし、もともと抽選制だけの場合なら、アーティストにはそもそも高い利益は発生していなかったのだから、比較してもしかたがない。むしろ、アーティストに利益を還元するなら、最初から高い価格でチケットを販売すればよかっただけである。

 さらに、チケット転売を禁止してしまうことは、チケット転売をアンダーグラウンドに移行させることにすぎない。アンダーグラウンドに移行すると、現在のチケット転売業者が行っているようなチケット取引に関する取引の安全性が低下し、詐欺の可能性が高まったり、信頼できる取引相手を見つけることが困難になって取引費用が高まったりするだろう。さらに、アンダーグランドのダフ屋は、納税している可能性が低いのでチケット転売による税収が得られなくなるという問題がある。

そもそもなぜもっと高い価格で売り出さないのか

 経済学者にとって、チケット転売問題についての疑問は、「需要超過が発生しているのであれば、なぜ最初から高い価格でチケットを売り出さないのか?」というものだ。この問題について、プリンストン大学教授のアラン・クルーガー氏は、スーパーボウルというアメリカンフットボールのNFLチャンピオンを決める超人気ゲームのチケットが、転売サイトで高額で取引されていることについて、なぜNFL側は最初からもっと高い価格でチケットを販売しないのかを考察している(Kruger(2002))。彼の議論は、そのまま音楽のコンサートのチケット転売問題に当てはめることができる。

 クルーガー教授は、伝統的な経済学に基づいて価格を引き上げない理由を検討する。彼が考えた第一の理由は、音楽団体が主張する「チケット転売のために、アーティストとファンの良好な関係が壊されてしまう」というものと関連する。アーティストとファンの間の関係は、長期的で継続的な関係にあるので、アーティストのコンサートのチケットは、ちょうどテーマパークの年間パスやサッカーのシーズンチケットのようなもので、チケットの市場価格とは無関係に決まるというものだ。ファンはアーティストを長期的に応援しているし、アーティストも忠実なファンをフェアに扱うので、人気が高くなったからといって、コンサートのチケット価格を引き上げたりしないという説明だ。これは、Salant(1992)が、プロスポーツのシーズンチケットの価格設定の説明に使った方法だ。実際、コンサートでも、ファンクラブ先行予約あるいはファンクラブ会員の抽選当選率を引き上げたりしているのは、この説明と対応している。ただ、この説明でも、ファンクラブに入っている熱心なファンなら、抽選からはずれた時に、高額チケットを手に入れてでもコンサートに行くということを説明できない。

 つぎに、クルーガー教授が利用する経済学の考え方は、ノーベル経済学賞を受賞したベッカー教授の考え方だ(Becker(1991))。ベッカー教授は、予約が取れない状態や行列ができているような人気レストランが、どうして価格を引き上げないのかを考えた。その結果、行列があったり、予約がなかなか取れない状態にあったりすることで、よりレストランの価値が高まるため、価格を引き上げない方が、レストランの利益が高くなるというものだ。つまり、超過需要の状態にある方が人気が高くなり、価格を引き上げて超過需要をなくそうとすると、逆にレストランの人気が下がって、お客さんも減ってしまうというのだ。価格を低めにしたり、小さめのホールでコンサートを開催したりすることで、超過需要を作ることがアーティストにとって利益の最大化につながるというものだ。これも一理ありそうだが、この理屈ならファンを大事にするという視点はあまりないので、音楽団体の考え方とは矛盾しそうだ。

 ファンとの長期的関係を大事にするため、人気があるからと言って価格を引き上げないという理屈はもっともらしいが、それなら、一般席は市場価格に相当する高い価格で売り出して、ファンクラブ会員だけ安くすればいいのではないか。抽選で当たった人が一番、音楽を聴きたい人であるとは限らないからだ。

行動経済学的な説明

 クルーガー教授は、興行の主催者が価格を引き上げることができるのに価格を引き上げない理由として、行動経済学的な解釈も試みている。まず、需要に応じて価格を引き上げることをフェアではないと感じる人が多いという行動経済学の研究結果を引用している。Kahneman, Knetsch, Thaler(1986), Shiller, Boyckoand and Korobov(1991) Boycko and Shiller(2016)の研究結果だと、多くの人は、売り手が需要超過であることを理由に価格を引き上げることをフェアだと考えないそうだ。日本のビジネスホテルチェーンの中には、毎日のホテルの需給状態に応じて価格を大きく変動させている業者もある。経済学者としては、合理的な価格設定だと頭では理解できるが、それほど豪華ではないビジネスホテルの部屋でもホテルの予約が取りにくい日には3万円以上の値段になっていると複雑な気持ちがする。

 つぎに、転売価格そのものが高くなりすぎる傾向にある理由も行動経済学的に議論できる可能性がある。人々は、一度手にしたものに対する価値を、それを所有する前に比べて高くする傾向がある。これは、所有効果と言われているもので、Kahneman, Knetsch, and Thaler(1990)のマグカップ実験が有名である。マグカップをもらった被験者は、もらっていない被験者に比べると、そのマグカップの価値を高く評価するという実験だ。コンサートチケットの場合も、抽選で当たってチケットを手にしたファンは、チケットを手放してもいいと思う価格を高く思ってしまうかもしれない。例えば、チケットが8000円なら買わないけれど5000円なら買いたいというAさんが抽選でチケットを5000円で手にしたとする。Aさんは、チケットを手にしたら、所有効果のためチケットの価値を1万円に変化させて、8000円では売りたくないと考えるようになったとする。そうすると転売業者は、1万円以上の価格を提示しないとチケットを手に入れられないし、抽選に外れた熱心なファンのBさんは1万円以上支払わないと転売市場でチケットを手にいれられない。もし、最初から8000円でチケットを売り出していたならば、Aさんは購入をあきらめ、Bさんが8000円でチケットを手にすることができたはずだ。その意味でも、転売市場での価格は、所有効果のために、供給過少になって価格が高くなりすぎる可能性がある。

 人々が転売市場に嫌悪感を示す理由として、クルーガー教授があげるのは、贈与交換という考え方だ。これは、ノーベル経済学賞を受賞したアカロフ教授が唱えた考え方である。企業が相場以上の賃金を労働者に支払うと、相場賃金を超えた賃金部分を企業からの贈与だと労働者は理解し、贈与を受け取った分、それにお返しをするために、努力を高めるので、生産性が高まるという議論だ。アーティストが少し安い価格でチケットを売り出すことで、ファンはその分の贈与を受け取ったと感じるため、より熱狂的に応援することで贈与に対して応えるようになっているのではないか、というものだ。この考え方からすれば、贈与としてもらったものを転売業者に高値で売ることは、社会的に許されないことだとみなされても不思議はない。

クルーガー教授の提案

 確かに、行動経済学的に解釈すれば、チケット価格を高く売り出したり、転売市場が形成されたりすることが世の中で嫌われるのもよく分かる。しかし、それでも、抽選によるチケット配分は非効率であることは間違いない。あるアーティストのコンサートにもっとも高い価値を与えている人が、チケットを手に入れるとは限らないからだ。熱心なファンは、チケットを確保するために、時間とエネルギーを割かなければならない。もし、最初から高い価格で売り出されていたら、その必要はなかったはずだ。

 また、音楽団体が主張するように、転売を規制してしまうのも問題だ。正規の転売業者がいなくなれば、非合法のダフ屋での取引が行われるようになるだけだ。その結果、悪質なダフ屋に騙される人が出てくるだろうし、ダフ屋は納税しない可能性が高いので税収が減ることになる。

 クルーガー教授は、価格メカニズムと行動経済学的な考え方の両方をうまく達成する方法を提案する。それは、コンサートチケットのうち一定枚数を主催者が直接ネットオークションで売ることにして、その時成立した価格が定価以上であれば、定価との差額を慈善団体に寄付をするというものである。この方法は、どうしてもコンサートに行きたい人はオークションで市場価格を払えば、必ず実現できる。寄付を受ける慈善団体にも便益がある。価格が高くなったとしても、それが寄付に回るのであれば、フェアな価格設定だと認識するだろうし、正規のチケットであるので、購入者は安心して買うことができる。オークション価格があるので、転売業者の価格がそれより高くなりすぎるということはなくなる。私には、とてもいい提案だと思える。チャリティ・コンサートということであれば、チケットが高額になっても誰も文句は言わないはずだ。転売に反対しているアーティストのうち誰かが取り入れてみてはどうだろうか。

参考文献

Becker, Gary S.(1991) “A Note on Restaurant Pricing and Other Examples of Social Influences on Price,” Journal of Political Economy, 99: 1109-1116.

Boycko, Maxim and Robert J. Shiller(2016) "Popular Attitudes toward Markets and Democracy: Russia and United States Compared 25 Years Later." American Economic Review, 106(5): 224-29.

Daniel Kahneman, Jack L. Knetsch, Richard H. Thaler(1986) “Fairness as a Constraint on Profit Seeking: Entitlements in the Market,” The American Economic Review, 76(4), pp. 728-741

Kahneman, Daniel, Jack L. Knetsch, and Richard Thaler(1990) "Experimental Tests of the Endowment Effect and the Coase Theorem," Journal of Political Economy 98, 1325-1348.

Krueger, Alan B.(2001) “Supply and Demand: An Economist Goes to the Superbowl”The Milken Institute Review, Second Quarter, pp. 22-29

Salant, David (1992). "Price Setting in Professional Team Sports", in Sommers, Paul ed. Diamonds Are Forever: the Business of Baseball. (Brookings Institution Press: Washington, DC) pp. 77-90.

Shiller, Robert J., Maxim Boycko, and Vladimir Korobov.(1991) "Popular Attitudes Toward Free Markets: The Soviet Union and the United States Compared." The American Economic Review 81.3 (1991): 385-400.

0 件のコメント:

コメントを投稿