現代貨幣理論(MMT)とは~既に米国を支配したか
グローバル/米国/日本 2019/7/31
ピクテ投信投資顧問株式会社が、日々のマーケット情報を分析・解説します。※本連載は、ピクテ投信投資顧問株式会社が提供するマーケット情報を転載したものです。
【要約】
「現代貨幣理論(MMT)」は、元々、米国左派の経済学者が提唱し始めた理論で、「政府、とりわけ米国政府は、独自の通貨を発行しているのだから、決して破綻することはない」と主張しています。
その命題は、潜在成長および完全雇用の実現に向けた景気浮揚のためには政府支出の拡大が可能であるということです。MMTは、米国の政府支出は上限に達していない、従って、政策金利をゼロ%に引き下げ、経済により多くのマネーを注入する余地、というよりは必要性があると主張しています。
MMTは、特に財政赤字に対する視点を変えるよう提案しています。MMTによれば、政府の資金調達手段は税収ではありません。政府は支出によってマネーを創造し、また、国民の納税の手段である通貨を創造するからです。MMTは、中央銀行と財務省の機能の統合を間接的に主張しているのです。
MMTは、設備稼働率が上限に達した場合にはインフレ率が上昇し、拡張的な財政支出と金融政策に制約がかかる可能性があることを理解してはいるものの、どのような時に制約が作動するかについては明らかにしていません。MMTは、必要があれば、増税を通じて、市中に流通するマネーを回収することが可能であると主張していますが、そのような増税が政治的に実現可能かどうかは疑問だとの批判も散見されます。
財務省と中央銀行の機能の統合も疑問視されています。中央銀行は、独立性と「健全なマネー」の監視役としての権利を失うことになるからです。MMTの信奉者は、現行の金融政策を続けることが、デフレと「日本化した経済」の状況に経済を陥れるリスクになると反論しています。経済政策は、もっと大胆であるべきだというわけです。
MMTは、米連邦準備制度理事会(FRB)にも主流派の経済学者にも受け入れられていませんが、FRBが、再び利下げに転じ、議会が放漫財政を続ける結果、財政赤字や連邦政府債務が膨らむ中で政治家の支持を密かに増しつつあるようです。
マネーの地位を巡る議論が米国を巻き込む
米国では、19世紀後半の金本位制を巡る論争以来、マネーを巡る最も活発な議論が交わされています。FRBの創設時を遥かに遡る1896年、ウィルソン政権の国務長官を務めたウィリアム・ジェニングス・ブライアンは、金権政治を非難する「黄金の十字架」演説で、金本位制に銀本位制を加えたより緩和的な金融政策が農村部の経済を促進すると主張し、複本位制の採用を提唱しました。
学会および評論家の間では、MMTの有効性を巡って極めて活発な議論が交わされていますが、FRBの理事や主流の経済学者は議論に参加していないか、明らかにMMTに否定的です。
FRBは、現行の金融政策の大幅な変更がなされるとの観測は否定してきたとはいえ、金融政策の策定戦略の枠組みの見直しに着手しています。FRBは、MMTを巡る議論の裏にある重要な争点の影響は受けていないように思われます。パウエルFRB議長は、繰り返しMMTを批判しており、2019年2月の議会証言では、「財政赤字は、自国通貨で借入を行える国にとっては問題ではない等という考えが正しいとは思わない」と述べ、「米国の政府債務はGDP(国内総生産)比で相当に高水準にあり、しかも、GDPを遥かに上回るペースで増加し続けていることが一層、深刻な問題である」と付け加えています。
主流派の経済理論に対する問題提起がなされている
MMTは、従来の理論とは異なる独自の理論として生まれたわけではなく、特に、2008年のグローバル金融危機(リーマンショック)以降、伝統的な複数の経済理論の緩やかな進展を取り込んできたものと思われますが、ここ数ヵ月は、「主流派」経済理論に対する問題提起が加速しているようです。
クリントン政権の財務長官を務めたラリー・サマーズ氏は、米国経済が、構造要因に起因する需要不足を伴った「長期停滞」に直面しているとの持論を展開しており、景気の加速も減速も招かない理論的な中立金利の水準が低位に留まっていること、また、マイナス金利も可能であることを示唆しています。サマーズ氏はMMTを批判しているものの、同氏の主張は、幾つかの側面でMMTを補完しているように思われます。
ノーベル経済学賞受賞者であり、米国の主要紙、ニューヨーク・タイムズのコラムニストでもあるポール・クルーグマン氏は、経済のグローバル化の弊害を一部取り除き、生産性の改善に資するためにも、連邦政府は政府支出を増やすべきであると主張してきました。サマーズ氏同様、クルーグマン氏もMMTには批判的であり、MMTを支持していると見られることのないよう、自身の立場の明確化に懸命です。
一方、2019年1月開催の米国経済学会(AEA)で、国際通貨基金(IMF)の元主席エコノミスト、オリヴィエ・ブランシャール氏が行った講演は、極めて衝撃的でした。ブランシャール氏は、金融危機以降の金利の低下が意味するのは、それが名目GDP成長率を遥かに下回っていることであり、財政赤字は一般に容認される水準を大きく超える可能性があると主張したからです(図表2をご参照下さい)。
[図表1]MMTは米国財務省とFRBの協調体制を前提とする。両者は、一日の終わりの時点では、マネーに等しい連邦政府債務を発行する統合機関に過ぎない。
赤線:米国国債純発行額(12ヵ月累積)、青線:FRBの購入(12ヵ月累積)
出所:ピクテ・グループ
中央銀行であるFRBと米国財務省の人工的な分離状態は是正する必要があるといった、MMTの基本的な主張は、政治的に保守的な経済学者に容認され始めています。レーガン大統領のアドバイザーを務め、2016年の選挙戦ではトランプ大統領のアドバイザーだったアーサー・ラッファー氏は、2019年7月、「FRBがなぜ独立した機関であるべきなのか、私には理解できない」、「FRBは経済を統制する極めて強力なツールであり、国家に従属すべきである」と述べて注目を集めました。
トランプ大統領は、自身が正しいと考える政策を取っていないとして、FRBを繰り返し攻撃し、パウエル議長を解任すると脅しています。今月末にも予想されるFRBの金融緩和は、大統領の関与が一因であるとの見方が一般的であり、FRBの役割を巡って経済学者の間の議論が活発に交わされています。
MMTとはどのようなものか?
グローバル金融危機以降、主流派経済理論の限界が一段と鮮明になったことから、MMTへの注目が増しています。
主流派の経済理論の欠陥と同時に、MMTの強みが経験主義にあることも注目されています。ランダル・レイ等による著書(ビル・ミッチェル、マーティン・ワッツとの共著)である「マクロ経済学」には、「証拠は明確である。主流派経済学者の予測は、量的金融緩和によるインフレ加速にしても、財政赤字の拡大による金利上昇にしても、政府債務の膨張による財政破綻にしても、実現していません。一方、MMTの主要な論点は、現実の世界の経験によって証明されている」と記述されています。
MMTの基本的な主張の一つは、自国通貨を発行する主権国家は、それ自体がマネーを印刷しているのだから、決して破綻しないというものです。もっとも、MMT信奉者は、「マネーの印刷」に替えて、銀行口座への「キーボード入力」という用語を用いており、これは、マネーが、本質的には、デジタル技術によって中央銀行に創出された準備金で構成されるからだと主張しています。民間銀行各行は、中央銀行に当座預金口座を持っていますが、資産の殆どは財務省証券です。
ハイパーインフレーションをどう考えるか?
MMTは、通貨は概ね財務省、正確には、米国財務省債務管理局の管理下にあると主張しており、財務省とFRBの人工的な分離状態は容認されないとしています。MMTの信奉者は、MMTがインフレを加速させる可能性を否定しているわけではありませんが、1)マネーの創造そのものが必ずしもインフレを誘発するわけではない、2)インフレを発生させるのは考える以上に困難である、3)インフレ圧力が現実のものとなれば、政府は、いつでも増税することが出来る、と主張しています。
MMTの信奉者は、過去に実際に起こったハイパーインフレーションは、マネーの印刷の行き過ぎが原因だったと一蹴しています。1920年代のドイツのハイパーインフレは、第一次世界大戦後、戦勝国に対する巨額の賠償金支払いのため、自国通貨の管理が欠落していたからであり、ドイツは、国家貨幣の原則を遵守しなかったからだとしています。また、第一次および第二次世界大戦間の日本における中央銀行である日本銀行と大蔵省の協調体制が相対的にうまく機能し、ハイパーインフレの回避と金融強化を可能としたと指摘しています。
とはいえ、堅固な経済モデルに欠け、インフレ制約が明確ではなく、放漫財政に対して消費者の期待が果たす役割を一蹴し、(増税がいかに困難かは明らかであるにも係わらず、)政府は必要に応じていつでも増税できると主張する等、MMTには欠陥も数多くみられます。
財政拡張と2020年の米大統領選挙
結論は、MMTの信奉者が、「財政支出拡大」の余地があることを確信していることです。このような見方は、政治家の間でも注目を集めています。ステファニー・ケルトン氏は、極めて外向的なMMTの提唱者で、バーニー・サンダーズ上院議員のアドバイザーを務めていますが、民主党のアンドレア・オカシス・コルテス下院議員もMMTの虜となり、米国経済を刺激し、その過程では、生態学的観点を重視するとの財政出動提言、「グリーン・ニューディール」の資金調達手段に活用できると考えているようです。
例えば、トランプ大統領のようにMMTに言及していない政治家にも、MMTが受け入れられているかどうかは気になるところです。実際のところ、大統領の見解の中には、とりわけ、FRBの独立性や利下げに対する要求等、MMTの信奉者の見解と大きく変わらないものが散見されます。
MMTの信奉者や多くの革新的な政治家と同様、トランプ大統領は暗黙のうちに財政赤字拡大の余地があると考えているように思われ、選挙戦を制してから、減税や歳出削減を信条とする「フリーダム・コーカス(自由議員連盟)」等の、共和党保守強硬派が財政赤字の解消を熱心に要求していることに対して沈黙を守っています。大統領首席補佐官を務めるミック・マルバニー氏は、「フリーダム・コーカス」の共同創設者でありながら、数年前とは態度を180度転換し、財政赤字の拡大を容認しています。米国議会は、2019年7月17日現在、2020、2021両会計年度の予算審議を行っていますが、2年前と同様、今回も、予算の上限引き上げと、国防費および非国防費の増額について、与野党が合意する公算が高いと思われます(与野党は7月22日に合意)。
量的金融緩和を含むマネーの創造が必ずしもインフレを誘発するわけではなく、需要拡大策はより積極的であり得るとするMMTの主張は、恐らく正しいと思われます。バランスシートの縮小を当初の予定より前倒しで中止したFRBは、グローバル金融危機から10年が経過しても拡大したバランスシートが維持できることを暗に認め、議論の有効性を認識しているのかもしれません。金利についても同様です。インフレ上昇に対する懸念は払拭され、1)マネーベースとインフレ率、ならびに2)失業率とインフレ率との相関が問われています。「中立金利」を大幅に下回る水準に政策金利の誘導目標を維持することで金融緩和策を続けられるという見方は、FRB内で勢力を増しつつあるように思われます。このような枠組みは、FRBに、景気循環を支えるための利下げの余地を与えることとなるかもしれません。
MMTの普及の状況や投資への示唆等については、今後も調査レポートを発表する予定です。
参考文献
Coppola, Frances. The Case for People’s Quantitative Easing. Polity. 2019.
Mitchell, Williams; Wray, L. Randall; Watts, Martin. Macroeconomics. Red Globe Press. 2019.
Wray, L. Randall. Modern Money Theory. A Primer on Macroeconomics for Sovereign Monetary Systems. Second edition. Palgrave Macmillan. 2015.
※将来の市場環境の変動等により、当資料記載の内容が変更される場合があります。
当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『現代貨幣理論(MMT)とは~既に米国を支配したか』を参照)。
(2019年7月31日)
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