伊藤積分
確率過程、とくにウィーナー過程 の積分を考えたい。確率的にしか予言できない過程であっても、大数の法則を認めるような立場では、積分を定義することが出来る。 このような積分の定義の仕方にはいくつかあるが、伊藤清の定義した伊藤積分が、積分がマルチンゲール★になるという応用上望ましい性質を持つため、しばしば用いられる。
伊藤積分の定義
確率過程 の区間 におけるウィーナー過程 に関する積分を
の分割 を細かくした極限で定義する。 関数 は、よい性質(可測で、 が適合する増大情報系に適合し、局所二乗可積分)を持っているものとする。 一見、リーマン積分と似た定義である。しかし、区間 のどの で を評価してもリーマン積分は定義できるのに対し、伊藤積分は区間の左端 を用いる。 この和は、分割の仕方によらず、分割を小さくする極限で一定の値に収束することが示される [1]。
確率微分
この積分のいわば逆計算として、確率過程の微分 が定義できる。 二次の微分 は
の分割 を細かくした極限で定義する[2]。
伊藤の公式
に従っているとき, が について二回連続微分可能とすると
が成立する [3]。 確率過程を含まない積分表示では現れない の微分に関する二次の項が存在する。これはウィーナー過程の性質 による。
伊藤ルール
伊藤の公式は、 の二次までのテイラー展開に
を適用して得られる形をしている。 伊藤ルールを用いると、次のような計算が出来る。
証明
上記の確率過程を含む二回微分の定義(1) を用いる。 第一式[4]は
と置くと、 の期待値は
である。 ウィーナー過程の性質により、それぞれの は独立だから の分散は
である。
ウィーナー過程の性質により、 は平均 0 分散 の 正規分布に従う。すなわち、、、 となるから結局 であり、分割を細かくする極限で
- となる。
チェビシェフの不等式を用いれば、 は に(確率の意味で)収束することが示される。
第二式は
と評価されて、 は連続であるから分割を細かくすると右辺が 0 に収束する。
第三式は
と評価される。
脚注
確率論において、マルチンゲール(英: martingale)とは確率過程の性質の一つであり、過去の情報に制限して計算した期待値と未来の期待値が同一になる性質である。 この性質は公平な賭け事を行っているときの持ち金の変遷に現れるものだと考えられており、マルチンゲールという名前も賭けにおける戦略からとられたものである。
数学的には、情報というのは情報増大系{Ft}であたえられ、未来における期待値はこの情報による条件付期待値となる。
目次
数学的定義
定義は連続時間の場合と離散時間の場合で多少異なっている。
連続時間マルチンゲールの定義
時刻の集合はT= [0, ∞) とし、情報増大系{Ft}t ∈ Tが与えられたとき、 実数値連続時間確率過程 Xt, t ∈ T がマルチンゲールであるとは
- 任意の時刻 t について Xt は Ft可測
- 任意の時刻 t について Xt は可積分
- 任意の時刻 t > s について E[Xt|Fs]=Xs
が成立することである。
離散時間マルチンゲールの定義
時刻の集合はT= {1,2,3,…} とし、情報増大系{Fn}n ∈ Tが与えられたとき、 実数値離散時間確率過程 Xn, n ∈ T がマルチンゲールであるとは
- 任意の時刻 n について Xn は Fn可測
- 任意の時刻 n について Xn は可積分
- 任意の時刻 n について E[Xn+1|Fn]=Xn
が成立することである。
定義において、最初の要請は Xt が Ft より多くの情報を与えないために必要であり、二番目の要請は条件付期待値が定義できるために必要であり、三番目の要請でこの確率過程が公平な賭けであることを特徴付けている。
例
離散時間マルチンゲールの例を挙げる。偏りのないコインを投げ続けたときの n 回目の結果を Xn と書くことにする。ただし、コインが表の場合は 1 で裏の場合は -1 と定める。 情報増大系については、この X 以外に情報を与えるものはないとする。すなわち Fn を
と定める。このとき、まず X 自身がマルチンゲールとなる。さらにその和
もマルチンゲールとなる。この Sn はコインの表に毎回1円を賭け続けたときの n 回目での持ち金を表しているといえる。もう少し複雑な賭けの戦略をとって、次の賭け金を現在の持ち金の関数になるようにしたとする。T0を初期資金として、
の場合もやはり Tn はマルチンゲールとなる。このように戦略を変更することを、マルチンゲール変換 と呼ぶが、通常実行可能な戦略によるマルチンゲール変換によって得られる確率過程もマルチンゲールになることが知られている。
停止時刻
停止時刻(マルコフ時刻、stopping time、Markov time 等ともいう)は賭けをやめる時刻を数学的に定式化したものである。未来に起きる賭けの結果を知ってからやめることはできないが、過去に起きたことなら停止時刻に反映してもよいはずである。例えば、コイン投げに関係なさそうな「さっきカラスが鳴いたからやめる」というようなものも停止時刻でありうる。
数学的には T ∪ {∞ } に値をとる確率変数 τ が停止時刻であるとは
- 任意の時刻 t ∈ T にたいして、{τ ≤ t } ∈ Ft
を満たすことである。これは、現在ちょうど停止時刻であるかまたは過去に停止時刻があったかどうかは現在得られる情報であるという意味である。
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