マルクス『経済学批判』序言 1859年
《…‥わたくしの研究にとって導きの糸として役立った一般的結論は、簡単につぎの
ように公式化することができる。人間は、その生涯の社会的生産において、一定の、
必然的な、かれらの意志から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸カの
一定の発展段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会
の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、
政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に
対応している。物質的生活の生産様式は、社会的、政治的、精神的生活諸過程一般を
制約する。人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆に、人間の社会的存在
がその意識を規定するのである。》
《一つの社会構成は、すべての生産諸力がそのなかではもう発展の余地がないほどに
発展しないうちは崩壊することはけっしてなく、また新しいより高度な生産
諸関係は、その物質的な存在諸条件が古い社会の胎内で孵化しおわるまでは、古い
ものにとってかわることはけっしてない。だから人間が立ちむかうのはいつも自分が
解決できる課題だけである、というのは、もしさらにくわしく考察するならば、課題
そのものは、その解決の物質的諸条件がすでに現存しているか、またはすくなくとも
それができはじめているばあいにかぎって発生するものだ、ということがつねにわかる
であろうから。…》
ドイツ・イデオロギー(1846年)で言えば、
《諸個人がなんであるかは、かれらの生産の物質的条件にかかっている。》
(岩波文庫旧版、24-25頁)
柄谷行人は以下のように述べている。
《マルクスが経済的な下部構造を重視したのは、人間をまず自然との関係において見
るという観点をとったからです。そのために彼は、人間が自然に働きかけて財を作り
出す「生産」を重視した。さらに、彼は、生産が人間と人間の関係を通してなされる
こと、いいかえれば、一定の生産関係の下で生産がなされることを見た。それが生産
様式という概念です。
本来、生産様式とは、生産が一定の交換や分配の形態でなされる形態を意味します。
つまり、生産があって、そののちに交換・分配がなされるのではない。ところが、
「生産様式」という表現をとると、交換や分配が二次的なものとみなされてしまいます。
たとえば、原始的氏族的生産様式という場合、それは狩猟採集というようなこと~
人間と自然の関係~を指すのではありません。それは、生産物が互酬によって全員に
配分されるような生産の様式~人間と人間の関係~を指します。であれば、それは
生産様式というよりも、「交換様式」と呼ぶべきだと思います。》『世界共和国へ』より
ちなみにマルクスが1850年代からとった経済学的アプローチは、プルードンの影響だ。
プルードンはマルクスとの往復書簡(1846年)で以下のように述べる。
《私は自らに問題をこう設定してみます----ある経済的結合によって社会から引き出さ
れる富を、もう一つの経済的結合によって社会の中に回収させること。》
あるいは、
《政治機能は産業機能に還元される、社会秩序はたんに交換という事実にのみ由来する》
(プルードン「連合の原理」原著1863年,三一書房版選集第三巻339頁、定本『トランス
クリティーク』274頁 、現代文庫版267頁より孫引き)
マルクスを読んでいないで計画経済を志向した連中と
マルクスを読んでいないでマルクスを批判している連中は似ている
転形論争はマクロとミクロをどう繋ぐかの問題
マクロでは労働価値説でもミクロでは違う
(ミクロとマクロは逆の方がいいが、個別資本はミクロと解釈した)
それをどうするか?
だから近代経済学のミクロ的基礎(の欺瞞性)といった論旨は限界革命に応える形でマルクス陣営が先取りしていた
(労働者の再生産は工業製品のようにはいかない)
再生産表式がミクロとマクロの両者をつなぎ
その革新/核心は価値形態論(のゲゼル的読み替え)にある
具体的には減価貨幣と協同組合が必要になる