火曜日, 7月 30, 2019

MMT(現代貨幣理論)が、日本経済を「大復活」させるかもしれない 現代ビジ ネ ス 2019/7/31 小川 匡則



MMT(現代貨幣理論)が、日本経済を「大復活」させるかもしれない

現代ビジネス
2019/7/31 小川 匡則

 アメリカの次期大統領選で民主党の最有力候補と目されているバーニー・サンダース上院議員は、進歩的な経済政策で若者を中心に支持を拡大したことは記憶に新しい。そんなサンダースの経済政策の支柱となっているのがMMT(現代貨幣理論)。いまこの新しい経済政策が世界的な大注目を集めている。


 そんなMMT論者で、サンダースの経済政策顧問を務める経済学者のステファニー・ケルトン氏がこのほど来日。経済に対する価値観を180度転換させるこの理論は、「日本経済を救う可能性に満ちている」と語るのだ。

 MMT(現代貨幣理論)が問いかけるのは「単純な経済政策論」ではない。MMTは経済に対する見方や価値観の大胆な転換を求める経済理論だ。

 --たとえば、税金とは何のためにあるのか。

 従来からの常識は「税金=予算の財源」である。しかし、MMTは税金を財源確保のためとは捉えない。そのことを理解するには経済の仕組みを改めて理解し直す必要があるという。

 ケルトンは講演の冒頭、ある物語を語り始めた。経済学者のウォーレン・モスラーから聞いた話で、彼女はそれ以来お金に関して従来とは「異なる概念」を持つようになったという。

 「ウォーレンには2人の子供がいました。そして彼らに対して『家事を手伝いなさい。手伝ったら、報酬として私の名刺をあげよう』と言いました。例えば皿洗いをしたら3枚、芝刈りをしたら20枚、といった具合に内容に応じて名刺を渡します。

 しかし、数週間経っても子供たちは手伝いを全くやらなかった。ウォーレンが『どうしたんだ? お金を払うと言っているんだぞ』と言うと、『パパの名刺なんかいらないよ』と返されてしまった。そこでウォーレンはあることを思い立ちました。そして、『この美しい庭園のある家に住み続けたいのであれば、月末に名刺30枚を自分に提出せよ』と義務化したんです」

すると、子供たちはそこから急激に手伝いをするようになった。

 いったい、なぜか。



MMT(現代貨幣理論)が、日本経済を「大復活」させるかもしれない

7/31(水) 7:01配信

現代ビジネス

「政府のための税収」ではない

 ケルトンが続ける。

 「なぜなら名刺を集めないと自分たちが生きていけないことを認識したからです。そこでウォーレンは気づきました。『近代的な貨幣制度ってこういうことなんだ』と。つまり、もし彼が子供に国家における税金と同じものを強要できるのであれば、この何の価値もない名刺に価値をもたらすことができる。そして、彼らはその名刺を稼ごうと努力するようになるのです。

 もちろん、ウォーレンは名刺を好きなだけ印刷することができる。しかし、子供達が来月も手伝うために名刺を回収すること(=提出を義務づけること)が必要だったんです」

 これこそが「信用貨幣論」。つまり、お金は限られた量が回っているのではなく、信用によって増やせる。そして、その貨幣の信用を担保するものこそが「税金」というわけだ。

 この物語から得られる教訓としてケルトンは、「ウォーレンは名刺を回収する(課税する)前に、まずは名刺(お金)を使わなくてはならない。つまり、課税の前に支出が先に来なくてはならないのです」と語るのだ。

 そのことを政府に置き換えるとどういうことになるのか。ケルトンは続ける。

 「政府は税収の為に税を課し、それで財政支出をするのではないということです。まずは政府が支出することが先です。その支出される円を発行できるのは政府です。政府は好きなだけお金を発行でき、財政的に縛られることはありません」

 つまり、国民から集めた税金が執行する予算の「財源」になるわけでは「ない」のである。政府は国債を発行することで、事実上の貨幣を発行し、それが財源となる。それでも国民が税金を支払うのは「納税の義務があるから」であり、後述するように「インフレの調整機能を果たすため」である。

 もちろん無条件に国債を発行しまくっていいというわけではない。制約となるのは「インフレ」である。

インフレもデフレも防ぐ

 ケルトンはこう説明する。

 「政府にとって財政が制約になるわけではない。何が制約になるかというと『インフレ』です。インフレは最も注目すべきリスクです。貨幣量は使えるリソースによって供給量が決まります。もし支出が需要を上回ればインフレになる。それはまさに気にするべき正当な制約なのです」

 「インフレをどうやって防ぐか」、というのは同時に「デフレをどう防ぐか」を考えることでもある。つまり、経済とは「インフレもデフレも過度にならないちょうどいい状態を維持させるための調整を行うことである」というのがMMTの柱である。

 ここでケルトンは一つの図を示した。

 「経済」は洗面台のシンクに例えることができる。シンクに溜まっている水が「お金」である。これは水が多くてシンクから溢れている状態だ。

 ケルトンは言う。

 「水が溢れているのは、インフレの状態です。税金はその水を減らすためのものなのです。税金の目的は所得を誰かから奪うことです。なぜ、支出能力を減らすのか。それはインフレを規制したいからです。つまり、徴税というのは政府支出の財源を見つけるためではなく、経済から支出能力を取り除くためのものです」

 つまり、税金とはインフレを抑制するための調整機能として大きな役割があるのであって、予算の財源ではないのだ。

 ケルトンによれば、インフレを抑制する手段は他にもある。その一例として「規制緩和」を挙げた。

 「例えば石油ショックで石油価格が高騰した際、規制を緩和し、天然ガスを使うようになった。その結果、石油価格も下がった」

 政府は適切なインフレ率を維持するために、インフレが過度になりそうであれば「増税」、「規制緩和」などの政策を駆使するべきだということ
だ。


日本政府は「目標設定」からして間違っている

 次にこの図を見て頂きたい。

 これはさきほどと打って変わって、シンクの水が少ない状態だ。

 つまり景気が悪い状態であり、まさに今の日本である。ではどうすれば水を貯められるのか。当然ながら、政府が国債を発行して支出をする(水をたくさん出す)ことと、減税する(出ていく水を減らす)ことである。

 しかし、いま政府がやろうとしているのが、「消費増税」である。

 これについてケルトンは「現在インフレの問題を抱えていない日本のような国が消費増税するということは経済的な意味をなしていない。予算の財源を得ようとしているからです。適切な政策目的にはなり得ない」と断じている。

 では、政府がやるべきことは何なのか。ケルトンはこう主張する。

 「経済のバランスをとることです。予算を均衡することではなく、支出と税金を調整することによって、『シンクの水が完全雇用になっても溢れ出ない』、『インフレをきたさない』という状況にコントロールすることです」

 現在、日本政府は「PB黒字化」、「財政均衡」、「財政再建」などといった目標を掲げて経済政策を立案している。しかし、ケルトンはそうした目標設定自体が間違っていると指摘する。

 「MMTは特定の予算支出を目標とすることはないし、政府赤字を何%にするといった目標設定もしない。適切な政策目標は『健全な経済を維持する』ということです。あくまで経済のバランスをとることが重要です。つまり、予算の均衡ではなく、経済の均衡です」

財政赤字とは「単なる手段」

 MMTの話題になると、必ず「ハイパーインフレになるリスクがある」といったステレオタイプな批判が出るが、むしろそのインフレ率の調整にこそ注力するのがMMTなのである。

 だからこそいま日本人が考えるべきは、経済状況や社会状況を踏まえた上で「インフレの要因」を分析することだろう。

 例えば、国債を財源として教育無償化を実現するとしよう。それで果たしてインフレ要因になるだろうか。タダで教育を受けられ、教員をはじめとしてそこで働く人たちに仕事を与えることができる。それでいて何かの価格高騰を招くのだろうか。

 一方、公共工事を一気に極端に増やした場合には人手不足、資材不足などで工事費が大幅に上がり、一時的にインフレ圧力を招くかもしれない。では、どの程度の投資であれば適切なインフレ率に収まるのか。大切なことはそうした分析をして、適切な政府支出額を決めていくことである。

 「財政再建」の旗印のもとで、いつも目の敵にされる「財政赤字」だが、そもそもこれを悪いものと決めつけていいのだろうか。

 ケルトンは次のグラフを示して問いかける。

 「それは政府側からの見方でしかありません。我々民間の側からバランスシートを見ましょう。すると、政府の赤字と同じだけが民間の黒字となります」

 このグラフから明らかなように、重要なことは、「政府の赤字は非政府にとっての黒字である」という事実なのである。

 ケルトンは財政赤字を経済状態の指標とすることに異議を唱える。

 「政府の赤字は悪でも脅威でもなく、財務のミスマネジメントの証拠となるものでもない。そういう見方ではなく、政府の赤字は単なる手段なのです」

 赤字国債が膨らみ続けて政府が破綻することはない。自国通貨建てであるからだ。

 それゆえにMMTはユーロ加盟国でユーロを使っている国々には通用しない。国債発行額の制約となるのはあくまで「インフレ率」なのである。


消費増税などしている場合ではない

 ここまで見てきたようにMMTの論理は非常に興味深い。

 しかし、そんなMMTへの反論といえば「いかがわしい」「そんなうまい話があるわけない」といった非論理的なものばかりだ。唯一具体的な反論が「インフレ基調になった時、それを止められない」というものだが、それならば過度なインフレには絶対にならないという範囲で計画的に導入してみてはどうだろうか。

 そもそも20年以上のデフレに苦しむ日本である。

 例えば消費税を廃止して、足りない税収20兆円を全て国債で賄うとする。それで果たしてどの程度のインフレとなるのか分析してみて、インフレ率が過度にならない試算であれば実行してみるというのでもダメなのだろうか。それだけでも日本経済を大きく好転させられるのではないか。

 MMTの重要な示唆は、景気を好転させるための第一歩として「赤字国債をあえて増やして国民生活を向上させる政策」を実行すべきだということだ。

 MMTは言説のブームではない。出口の見えない不況。希望の見えない日本経済に大きなヒントを与えてくれていると捉え、最重要テーマとして国会で議論を始めるべきではないだろうか。

小川 匡則

4/4ページ