火曜日, 8月 20, 2019

MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(6完)─正統派との共存可能性 | 野口旭 | コ ラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト



MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(6完)─正統派との共存可能性 | 野口旭 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト 

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2019/8/20

MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(6完)─正統派との共存可能性

MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(6完)─正統派との共存可能性

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<モズラーによって発見されたMMTの中核命題や、それに基づく会計分析それ自体は、必ずしも正統派と共存不可能ではない......>

経済学派としてのMMTの一つの大きな特徴は、自らを正統派と対峙する異端派として位置付け、現代の主流派マクロ経済学を全体として拒絶している点にある。その主流派ないし正統派としてMMTの主な批判となっているのは、新しい古典派マクロ経済学というよりは、ニュー・ケインジアンによるNMC(新しい貨幣的合意)である。これは、現代のマクロ経済政策とりわけ金融政策に理論的根拠を提供しているのが、もっぱら広義のニュー・ケインジアン経済学であるという事情を反映している。

MMT派はまた、新古典派的総合の系譜にある新旧のケインジアンを亜流ケインジアン(Bastard Keynesian)と呼び、彼らと対峙し続けてきたジョーン・ロビンソンやハイマン・ミンスキーらを、自らを含む異端派としてのポスト・ケインズ派の先駆とし、それをケインズの本来のヴィジョンを受け継ぐ本流ケインジアンとして位置付けている(本連載(1)の「マクロ経済学系統図」を参照)。これは、カール・マルクスが、古典派経済学の始祖であるスミスやリカードウを、彼らを追随する「俗流経済学者」たちから区別し、自らをスミスやリカードウら元祖古典派の「真の」後継者として任じたことに似ている。

こうしたMMTの自己規定からも、また本連載でこれまで論じてきたことからも明らかなように、MMTと現代の主流派マクロ経済学は、「緊縮派」に対抗して政策的に同盟できる局面がないわけではないにしても、多くの部分において共存不可能である。つまり、MMTのある部分を受け入れるのであれば、それに対応する主流派マクロ経済学の一部は受け入れることができなくなるし、その逆もまた真ということである。

とはいえ、それは、現代の主流派がMMTの「すべて」を受け入れ不可能であることを意味しない。実は、MMTの中には、主流派にとっても何の変更もなくそのまま受け入れ可能な部分も確かに存在する。そしてそれは、これまでの主流派には大いに欠けており、しがたってMMTから積極的に学ぶべき部分でさえある。

意味のある「中央銀行の金融調節を通じた財政の金融の協調」という把握

以下は、本連載(1)で明らかにした、ウオーレン・モズラーによって「発見」されたMMTの中核命題の再掲である。

政府の赤字財政支出(税収を超えた支出)は、政策金利を一定の目標水準に保つ目的で行われる中央銀行による金融調節を通じて、すべて広い意味でのソブリン通貨(国債も含む)によって自動的にファイナンスされる。したがって、中央銀行が端末の「キーストローク」操作一つで自由に自国のソブリン通貨を供給できるような現代的な中央銀行制度のもとでは、政府支出のために必要な事前の「財源」は、国債であれ租税であれ、本来まったく必要とはされない。

驚くべきことに、この命題それ自体は、一言一句の変更もなく、正統派にそのまま受入可能である。さらに、MMT派が得意とする、政府、中央銀行、民間銀行部門、民間非銀行部門等のバランスシートによる資金循環表を用いた「財政と金融の協調」に関する分析も、それ自体として正統派にとって受け入れ難い部分は何もない。というのは、それはMMT派が常々強調するように、確かに単なる「会計的な事実」にすぎないからである。

正統派にとって受け入れ難いのは、MMTが示している会計分析ではなく、彼らがこの「政策金利を一定の目標水準に保つ」同調的金融政策を絶対視し、中央銀行による金利調整の役割を認めないことである。MMTはまた、政府財政支出に関する実際的な意味での財源の無用性という把握から、政府の通時的な予算制約の無用性をそのまま導き出すが、それも正統派には受け入れられない。確かに中央銀行の金融調節さえあれば個々の具体的な財政支出にいちいち財源は必要ないというのは疑いもなく正しいが、それは必ずしも政府財政の長期的持続可能性を無視してよいことを意味しない。

おそらくは自らを正統派と峻別するためにあえて付け加えられたこれらの無用な「拡張」を別にすれば、MMTの中核命題それ自体には正統派が問題視すべき点は何もない。それはむしろ、正統派の把握と補完的でさえある。というのは、「中央銀行の金融調節を通じた財政の金融の協調」というMMTの把握それ自体は、財政および金融政策の実務的運営に関する重要な一側面であり、かつそれは正統派の中で必ずしも実態に即して描写されてきたとはいえない部分だからである。

MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(6完)─正統派との共存可能性

もちろん、正統派が貨幣外生説一辺倒ではまったくないことは、マクロ経済学におけるヴィクセル以来の伝統からも明らかである。とはいえ、初級の教科書などでは、金融政策のすべての出発点は中央銀行によるベース・マネー操作であり、それが信用乗数的なプロセスを通じてマネー・サプライを生み出すといった素朴外生説的な説明に終始しているものも未だに多い。より専門的な文献では、「信用乗数式はベース・マネーとマネー・サプライの需給関数から利子率を消去した誘導型であり、前者から後者への因果関係を示すものではない」といった注意が書かれている場合もあるが、それは必ずしも一般的ではない。その意味で、財政政策と金融政策の実務的および会計的実態に即してそこに何が生じているのかを追求するMMTの姿勢は、モデルと現実との「距離」にしばしば無頓着になりがちな現代の経済学全体が学ぶべきところかもしれない。

さらに、このMMTの中核命題は、市場関係者であったモズラーによって指摘されるまでは、誰によっても明確に指摘されることはなかった。それまでも、「政府が財政支出を行えば民間銀行部門のマネー・サプライが自動的に拡大する」とか「マネー・サプライが拡大すればベース・マネー需要が拡大するので、金利一定である限り、それに同調して中央銀行のベース・マネー供給も自動的に増える」といったことは、さまざまな立場の金融専門家によって指摘されてはいた。しかし、それらを、単なる断片的な把握を越えて、中央銀行による財政支出の自動的ファイナンスという一般的な「概念」にまで高めたのは、疑いもなくMMTの独自性であろう。

このMMT命題にもう一つ大きな意義があるとすれば、それは、政府が何らかの財政支出を行うという時に必ず生じる財源論議の無意味さを明らかにした点にある。たとえば教育無償化にせよ子育て支援にせよ、新たな財政支出を伴う政策を実行すべきか否かが議論される場合に必ず争点になるのが、この「財源をどうするのか」という問題である。この場合の財源とは、一般には「増税」か「他の歳出の切り詰め」のどちらかと理解されている。しかし、MMT命題によれば、あらゆる政府支出は中央銀行による国債を含むソブリン通貨供給によって自動的にファイナンスされるのであるから、そこで財源を云々することに意味はまったくないことが明らかになる。

このMMTの把握は、正統派にも完全に受け入れられる。もとより、反緊縮正統派の多くも、従来から緊縮派を批判するに際しては、「重要なのは全般的な財政状況であるから、個々の支出の財源を云々しても無意味である」とか「その財政状況とりわけ税収は財源どうこうよりも経済状況により大きく依存する」と論じ続けてきたのである。MMT命題は、その反緊縮正統派の従来の主張とまったく整合的である。MMTとの相違は、もっぱら政府財政の長期的維持可能性についての把握にある。

金利が果たす役割の把握に対する根本的な相違

これまで詳述してきたように、正統派とMMTとの最大の相違は、マクロ経済政策という領域における政策戦略にある。すなわち、正統派が基本的に財政政策と金融政策をそれぞれ独立した政策手段として把握しているのに対して、MMTは両者の分離を概念的に否定する。MMTによれば、政策手段として独立しているのは財政政策のみであり、金融政策はそれによって誘導される存在にすぎない。MMTのこの部分には、内生的貨幣供給派ポスト・ケインジアンの把握がそのまま受け継がれている。

つまり、MMTの体系には同調的金融政策が存在するのみであり、「中央銀行による金利操作」という本来の意味での金融政策は存在しない。実際、ランダル・レイのModern Money Theoryでは、金融政策については単に「ケインズの後継者たち--自らをケインジアンと呼んでいる連中と混同しないように注意されたい--は常に、金利政策が投資に大きな影響を与えるという考えを拒絶してきた」(p.282)と一言述べられているのみである。MMT派の教科書であるMacroeconomicsでは、第23章第5節で金融政策についての一般的な解説がきわめて手短に記されているが、その最後は「したがって、金融政策が持つ総支出への影響と、そのインフレ過程への間接的な影響は、きわめて疑わしい」(p.366)という総括によって唐突に締めくくられている。

MMTはこのように、通常の意味での金融政策の役割を否定あるいは無視しているが、より正確に言えば、MMTは市場経済における金利の調整機能そのものを全般的に否定している。MMTにとっては、金利とは何よりも中央銀行が政策的に決めるものであり、「市場の需給」とは無関係である。さらにその金利は、単に民間銀行がその資産を国債で持つか準備預金で持つかというポートフォリオ選択に影響を与えるにすぎない。そして、民間銀行がその資産を国債と準備預金のどちらで持ったとしても、それらはともに政府の債務としてのソブリン通貨である以上、両者の間に本質的な相違はない。

それに対して、正統派における金利は、資金市場における資金の需要と供給、その背後にある財市場における投資と貯蓄によって、本来的には市場において決まる。それが、かつては貸付資金説と呼ばれていた、資金市場の需要供給分析である。その背後には、貯蓄における人々の時間選好と投資における投資家の収益期待が存在する。つまり、金利にはその背後に、待忍に対するプレミアムや投資に対する収益という実物的な基礎が存在する。したがってそれは、名目的に表示されてはいるものの、基本的には実物的な変数である。

その両者の関係を明らかにしているのが、「名目金利=実質金利+期待インフレ率」というフィッシャー方程式である。この実質金利は、短期的には財市場における投資と貯蓄の均衡によって決まるが、長期的には実質経済成長率に収斂する傾向を持つ。仮にこの右辺の期待インフレ率が中央銀行の目標インフレ率と一致しているとすれば、中央銀行はその目標を維持するためには、名目金利をこのフィッシャー方程式に合わせて設定しなければならない。というのは、そうでないと、例のヴィクセル的なインフレあるいはデフレの累積過程が生じてしまうからである。

正統派は他方で、こうした金利の持つ市場調整機能が十全に発揮されるのは基本的には完全雇用時であり、不完全雇用時には中央銀行による金利設定の裁量余地がより大きくなることを認める。というのは、労働市場にスラックが存在する不完全雇用経済では、中央銀行が金利を政策的に引き下げることにより、投資と所得と貯蓄を同時に増加させることができるからである。フィッシャー方程式を用いていえば、中央銀行は完全雇用時には名目金利を右辺に合わせて設定しなければならないのに対して、不完全雇用時には逆に、名目金利の引き下げを通じて実質金利の引き下げをもたらすことができる。このようにして行われる金利の調整こそが、正統派にとっての金融政策である。

このように、MMTと正統派との間に横たわる金融政策あるいは金利の役割についての認識上の隔たりはきわめて大きい。MMTはしばしば、正統派が時に用いる貸付資金説的な把握を、赤字財政による金利上昇や民間投資のクラウド・アウトといったその結論とともに否定する。しかし正統派の側からすれば、MMTの金利についてのきわめて非市場的な把握は、単に中央銀行の裁量余地が大きくなる不完全雇用での状況を一般化したにすぎない。また、そこにおいてさえ、金利の役割は極度に矮小化されている。それはいわば、経済学でこれまで展開されてきた金利についての数百年にわたる考察の大部分を無視しているようにさえ写るのである。

MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(6完)─正統派との共存可能性

MMTの政府債務把握がはらむ「矛盾」

正統派から見たMMTのもう一つの大きな問題点は、政府債務についての把握にある。MMTは常々、政府の債務は民間にとっての純資産であることを強調する。これは正統派にとっては、政府と民間が共に非リカーディアンであることを意味する。というのは、もし政府と民間がリカーディアンであったとすれば、民間の持つ資産は同時に将来の増税によって確実に返済を強制される負債ということになり、ロバート・バローが述べる通り「国債は純資産ではない」ことになるからである。

正統派の発想では、政府と民間が共に非リカーディアンであることが想定されている場合には、赤字財政政策の無効性を意味する「リカード=バローの中立命題」は成立せず、政府債務の拡大によって人々の支出が拡大し、その結果として物価が上昇するはずである。しかしながら、政府債務は単に過去の財政赤字の帳簿上の記録でしかないと考えるMMTにおいては、政府債務の拡大は、財政破綻の可能性の高まりといった「悪いこと」をもたらさない反面で、人々の支出を拡大させるという「良い効果」も持たない。それが、MMTがFTPLやヘリコプター・マネー政策とは異なるということの意味である。

つまり、MMTの世界は、その前提が非リカーディアンであるにもかかわらず、そのふるまいはまったくリカーディアンなのである。これは、明らかに矛盾している。正統派から見れば、その矛盾を解消するための方法は一つしかない。それは、政府の通時的予算制約の明示である。

重要なのは、この政府予算制約の設定は、財政の長期的持続可能性に留意するものではあっても、「不況下の増税」的な緊縮主義を含意するわけではまったくないという点にある。正統派的には、財政の長期的持続可能性には通貨発行益(シニョレッジ)も考慮する必要があるから、通貨主権を持つ国の政府予算制約はより緩やかになる。それは、不況期における循環的財政赤字の許容度や持続性がより高まることを意味する。この点の把握は、ソブリン通貨という概念こそ用いていないものの、MMTと軌を一にしている。他方では、上述のように、非リカーディアンである限り、そのように許容された財政赤字そのものにも支出拡大効果が期待できる。要するに、不況下の増税に反対する反緊縮主義は、政府の通時的予算制約を想定しても十分に成り立つのである。

財政の長期的持続可能性を考える場合にもう一つ重要な点は、各国における将来的な徴税可能性である。仮に完全な通貨主権を持つ国であったとしても、将来の現実的な徴税能力以上に政府債務が拡大した場合には、ハイパー・インフレとは言わないまでも、FTPL的な物価調整プロセスが望ましくない形で生じる可能性は存在する。そのような可能性は先進諸国ではまったく考えられないが、税金逃れが横行しているとか徴税制度が十分に整備されてないといった状況が稀ではない新興諸国では、一定の現実味を持っている。本来であれば、「ソブリン通貨の裏付けは政府の徴税にある」という把握から出発するMMTこそがこの課題に正面から取り組むべきであるが、政府債務は良くも悪くも何の意味も持たないとするMMTの赤字フクロウ派的な認識がそれを妨げているように思われる。

財政主導初期ケインズ主義の再興としてのMMT

現状のMMTの経済学派的特質を一言で表現すれば、「モズラーの発見を媒介とした財政主導初期ケインズ主義の再興」ということになるであろう。その初期ケインズ主義が何であったのかは、マネタリズムによるケインズ経済学批判が学界を席巻しつつあった1960年代後末に、その潮流を横目で見ながら、ケインズ派内部からの自己改革を唱えて旧来の"ケインジアン"経済学を根底的に批判したアクセル・レイヨンフーブッドによって、以下のように描写されている。

金融政策の有効性に対するケインズの悲観論と、財政政策の慫慂は『一般理論』の特徴点ではあるが、これが多くの初期"ケインジアン"の手により、単純化されたドグマに作りあげられてしまった。つまり景気後退期における金融政策はまったく有効でなく、一方財政政策は景気の加熱、停滞どちらにも有効であり、かつマクロ経済問題に対する唯一の処方箋である、とされたのである。(Leijonhufvud, A.[1968] On Keynesian Economics and the Economics of Keynes: A Study in Monetary Theory, p.158)

このレイヨンフーブッドの『ケインジアンの経済学とケインズの経済学』で詳述されているように、初期ケインジアンたちは、金融政策の無効性と財政政策の有効性をまさにドグマチックに信奉していた。その根拠の一つとなっていたが、オックスフォード大学グループによる1930年代の実態調査などを受けて浸透した、企業家の投資に関する意志決定は金利からはほとんど影響を受けないという「投資の利子弾力性悲観論」である。このレイヨンフーブッドとは逆に、レイはModern Money Theory, p.282で、「この弾力性悲観論こそが"ケインジアン"とは区別されたケインズの真の後継者たちの認識である」と述べているのであるから、レイが初期ケインジアンたちの立場を継承していることは明らかである。

MMT派による「新しい貨幣的合意」という言葉が示唆しているように、その後のケインズ主義は、財政政策重視から金融政策重視へとその政策戦略を大きく転換した。それは、ミクロ的基礎を持たないケインズ型消費関数に基づく45度線モデル的な財政乗数理論や、それに依拠する財政一辺倒主義が、ケインジアン内部からも粗野なケインズ主義(crude Keynesianism)と批判されるようになった状況を反映している。金融政策に関しては逆に、資産市場の一般均衡分析、マンデル=フレミング・モデル、合理的期待形成理論、貨幣についてのクレジット・ビュー、ファイナンシャル・アクセラレーターの理論等々を通じて、資産チャネル、為替チャネル、期待チャネル、信用チャネルなどのさまざまな波及経路が理論的に確認されていった。その結果、かつての金融政策無効論はまったく過去のものとなった。そこではもはや、金利チャネルは金融政策が実体経済に影響を与える数多くの経路のうちの一つでしかなくなったのである。ちなみに、拙著『世界は危機を克服する』(東洋経済新報社)は、初期の財政政策重視ケインズ主義を「ケインズ主義Ⅰ」、その後の金融政策重視のそれを「ケインズ主義Ⅱ」と名付けて区別している。

こうした現代マクロ経済学の展開から見れば、現状のMMTは、旧ケインジアンのマネタリズム批判から分岐した、マクロ経済学における一つのガラパゴス的展開に他ならない。既述のように、ポスト・ケインジアンの内生的貨幣供給論は、ニコラス・カルドアが1970年代から80年代初頭にかけて展開していたマネタリズム批判に始まる。端的に言えば、ポスト・ケインジアンたちは、マネタリズム批判を契機として、初期ケインジアン由来の金融政策無効論を内生的貨幣供給という把握によって再構築する方向に舵を切り、ニュー・ケインジアンも含むマクロ経済学の主流から離れていったのである。その切り離された流れが、1990年代に例のモズラーの発見と出会って生み出されたのが、現在のMMTである。

MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(6完)─正統派との共存可能性

共存可能な正統派と「モズラー経済学」

興味深いことに、その観点からモズラーのSoft Currency Economics IIを読み直してみると、レイのModern Money Theoryやレイやミッチェルの教科書Macroeconomicsとは、その筆致に大きな相違が存在することに気付く。そこにはまず、レイやミッチェルなどでは二言目には出てくる「正統派マクロ経済学批判」がほとんど出てこない。確かに、信用乗数の外生論批判をはじめとして、金融政策に対する教科書的説明に対する実務的観点からの批判はふんだんに展開されているが、その視点はどちらかといえば翁邦雄『金融政策--中央銀行の視点と選択』(東洋経済新報社、1993年)などに近い。もちろん「利子外生、貨幣内生」の観点は一貫しており、その点ではポスト・ケインジアンと相通じる部分を最初から持っている。しかしだからといって、金利操作という意味での金融政策の意義を全否定しているわけでもない。むしろ、中央銀行によるマネタリー・ターゲティング的な金利操作を「好意的に」解説しているくらいである。

これらの事実は、MMTにおける「反正統派」的な理論構成は、おそらくモズラー自身によってではなく、主にレイやミッチェルなどの元々の異端派によって、モズラー命題を「拡張」する形で追加されていったことを示唆している。本稿では冒頭で、モズラーによって発見されたMMTの中核命題や、それに基づく会計分析それ自体は、必ずしも正統派と共存不可能ではないことを指摘した。そのことは、モズラーのSoft Currency Economics IIや、そのオリジナルである1993年のSoft Currency Economicsの内容からも裏付けられるのである(オリジナルの方は現在入手不可能であるが、そのテキスト版と思われるものはEconPapersサイトのダウンロード・リンクから入手可能である)。

モズラーのSoft Currency Economics II序文には、そのオリジナルが1996年に出版されて以降、現在のようにMMTと呼ばれるようになる以前には、その主張は「モズラー経済学」と呼ばれていたことが書かれている。おそらく、MMTが正統派と共存可能であるためには、このモズラー経済学の時代にもう一度戻ることが必要であろう。それはもちろん、正統派と対峙する異端派を自認する現状のMMTにそれが可能であればの話ではあるが。
(連載終わり)





ケインズーマルクス



第3章「一般理論」に向かって

103

[ここで原稿の一頁が消失している。]



    III

 協力経済と企業家経済の区別は、カール·マルクスの萌芽的観察と幾分の関係がある。もっともその後、彼はこの

観察をきわめて非論理的にしか利用しなかった。彼は、現実の世界における生産の性質は、しばしば経済学者が想定

するようにC-M-C、すなわち別の商品(あるいは労力)を入手するために、ある商品(あるいは労力)を貨幣と

交換する場合ではない、と指摘した。それは私的消費者の視点ではあり得る。しかしそれはビジネスの態度ではない。

ビジネスの態度はM-C-Mの場合、つまり、いっそう多くの貨幣を入手するために貨幣を手放して商品(あるい

は労力)を入手するのである(*)。この点は以下の理由があるために重要である。


(*) H・L・マクラッケン 「価値理論と景気循環」[ニューヨーク、一九三三年]四六頁を参照。ここで現代理論との関係でマルク

スの理論のこの部分が引用されている。M'がMを超過する部分はマルクスの剰余価値の源泉である。次のことは経済理論の歴史

における一つの珍品である。古典的な公式 C-M-Cに公式 M-C-M'をいろいろな形態で向かい合わせてきた過去一〇〇年間

の異端者たちは、実際の経験の中で次のどちらが支配的な時期に暮らしていたかに従って、M'はいつも必ず Mを超過しなければ

ならないと信じるか、あるいは Mはいつも必ずM'を超過しなければならないと信じるかのどちらかをとる傾向があった。資本主

義体制は必然的に捧取的特徴を持つと信じるマルクスたちは M'が超過するのが不可避であると主張する。他方で、デフレーショ

ンと過少雇用に向かう固有の傾向があると信じるホブソン、あるいはフォスターとキャッチングス、あるいはダグラス少佐は、M

の超過が不可避であると主張する。しかしながらマルクスが、徐々に強度を増す一連の危機によってか、あるいは企業家の倒産と

過少雇用によって、連続的な M'超過が中断されるのは不可避であろうと付け加えたとき、その中断の間にはたぶん M が超過しな

ければならず、彼は中間の真理に近づいていた。私自身の議論は、もしそれが受け入れられるならば、古典派経済学者たちを依然

として MとM'はつねに等しいとの信念で孤立したままにしておき、少なくともマルクスの追随者とダグラス少佐の追随者とを融

和する効果を持つだろう!


#29,103頁





#4:4



第1章 貨幣の分類

脱してはいない。本来の貨幣は、

この言葉の完全な意味内容からいって、ただ計算貨幣とのかかわりでしか存在する

ことはできない。

貨幣と計算貨幣との区別は、計算貨幣は記述あるいは称号であり、貨幣はその記述に照応する物であるといえば、

の恐らく明らかにしうるであろう。ところで、もし同じ物がつねに同じ記述に照応しているならば、この区別は何の実

賀際的な興味も引かないであろう。しかし、もし物は変わりうるがこれに対して記述は同一のままであるならば、その

場合にはこの区別はきわめて重要でありらる。この違いは、イギリス国王(それは誰であってもよい)とジョージ国

第王との違いのようなものである。一〇年後にイギリス国王の体重に等しい重量の金を支払うという契約は、現在ジョ

1ジ国王であるその個人の体重に等しい重量の金を支払うという

契約と同じものではない。そのときになって誰がイ

ギリス国王であるかを布告するのは、国家の役目である。


 ところで、契約と付け値とに言及することによって、既にわれわれはそれらを履行させることのできる法律あるい

は慣習を導入している。すなわちわれわれは、国家あるいは社会を導入しているのである。さらに貨幣契約の一つの

特殊の性質は、国家または社会が、単に引渡しを強制するだけでなく、計算貨幣をもって締結されている契約の合法

的あるいは慣習的な履行として引き渡されなければならないものは何かということをも決定する点にある。したがっ

て国家は、まず第一に、契約に含まれている名称もしくは記述に照応する物の支払いを強制する法の権威として現わ

れる。しかし国家が、これに加えていかなる物がその名称に照応するかを定め、これを布告し、そしてその布告を時

どき変更する権利を要求するとき--すなわち辞典を再編修する権利を要求するとき--国家は二役を演ずることに

なる。この権利は、すべて近代国家が要求しており、そして少なくとも約四○○○年の間そのように要求し続けてき

た。クナップ(Knapp)の表券主義 (chartalism)--貨幣はとくに国家の創造物であるという学説--が完全に実

現されるのは、貨幣の発展がこの段階に到達したときである。

 したがって、人びとが計算貨幣を採用した瞬間から、貨幣の時代がか物々交換の時代の後を引き継ぐに至ったのであ

る。そして表券主義的貨幣すなわち国家貨幣の時代は、国家が、一般に行なわれている計算貨幣に対して、いかなる

ものを貨幣としてこれに照応させるかを布告する権利を要求したときに--国家が辞典の使用を強制するだけでな

く、辞典を作る権利をも要求したときに--達せられた。今日すべての文明社会の貨幣は、議論の余地なく表券主義

的[貨幣〕である。


全集#5:4~5頁


 計算貨幣は、連続的でなくてはならないことに注荘意すべきであろう。名称が変更されるときには、|その名称は

それに照応する貨幣の変化と同時に起きることもあれば、そうでないこともあるであろう||新しい単位は古い単位

に対して確定的な関係を保っていなくてはならない。国家は、通常、新しい計算貨幣を古い計算貨幣で定義する一つ

の公式を公布するであろう。しかしながら、たとえ国家による布告がなく、一定時日以前のすべての契約は古い通貨

で計算され、そしてその時日以後のすべての契約は新しい通貨でなされるとしても、その場合でさえ市場が自ら二つ

の通貨間の比価を設定せざるをえない。したがって、すべての現存の契約がいっせいに無効にされてしまうような大

「激変による以外には、計算貨幣の系譜における継承の連続性には実質的には何らの破綻もありえない。

本来の貨幣と銀行貨幣

われわれは、計算貨幣の導入が二つの派生的範嘩|この計算貨幣で表示される契約の付け値、契約および債務の




月曜日, 8月 19, 2019

現代貨幣理論MMTを問う


現代貨幣理論MMTを問う


現代貨幣理論MMTを問う(上) 目新しい主張、軒並み不正確 
ウィレム・ブイター シティグループ特別経済顧問/キャサリン・マン シティグループチーフエコノミスト

経済教室
 
コラム(経済・政治)
2019/5/31付
日本経済新聞 朝刊

ポイント
○現代の国際経済下では成り立たぬ主張も
○ハイパーインフレ誘発なら多大なコスト
○日本も流動性のわな脱せばインフレ懸念

現代貨幣理論(MMT)はマクロ経済理論の一つで、歴史的にはジョン・メイナード・ケインズ、アバ・ラーナー、ハイマン・ミンスキーといった経済学者にルーツを持つ。最近再び脚光を浴びるようになったのは、通貨の増発による財政出動に理論的根拠を与えるとして注目されたからだ。

MMTの基本的な前提は独自の不換通貨を持ち、公的債務(国債)の大半が自国通貨建てで、かつ為替が変動相場制をとる主権国家は決して破綻しないというものだ。そうした国は公的部門のすべての赤字を通貨増発で手当て(財政ファイナンス)できるため、公的債務がどんなに膨張しても心配には及ばないという。

MMTによれば、財政支出を停止しなければならないのはインフレが行き過ぎた場合だけで、現時点で低インフレのほとんどの先進国は財政支出を控える必要はない。日本はまさにこの理論が当てはまるという。

日本が流動性のわなに陥り、金融政策が効かなくなっていることは明白だ(図参照)。現在のインフレ率も近い将来高インフレになる危険性も、財政支出や財政ファイナンスを打ち止めにすべき水準には程遠い。

◇   ◇

だがMMTには、金融化(金融の相対的重要性の拡大)が著しい現代のグローバル経済下では成り立たない主張が含まれている。

MMTは、主権国家の債務総額や金融政策の選択肢を考える際に、政府と中央銀行の勘定を「国家」として一体とみなすべきだとする。これは正しい。また国家はベースマネー(現金と準備預金)を発行する独占権を持ち、これを行使した際に生じる通貨発行益により国家の予算制約は緩和されるとする。これも正しい。

この分析から導かれる重要なポイントは、公的債務の持続可能性の評価に当たり指標として使うべきなのは、政府部門の総債務残高でも純債務残高でもなく、政府部門の純債務からベースマネーを差し引いた値ということだ。日本では2017年末時点で国内総生産(GDP)比67.4%となる。

国家の貨幣性債務は名目上の債務にすぎない。兌換(だかん)不能なので、銀行券の保有者は発行者(中央銀行)に金などとの交換を要求できないからだ。ここで注意したいのは、国家が発行したベースマネーはこの意味で国家の債務ではないが、後述するように通貨発行には通貨発行益などの経済的意義があることだ。

MMTの目新しい主張と言えるものは3つある。

第1に政府財政では、論理的に赤字が必ず黒字に先行するというものだ。納税者は税金納付時に政府の発行した通貨で払うからだという。だがこの理屈は、国家は民間部門に貸す(民間部門から証券を購入する)だけで、赤字にならずに経済に通貨を供給できるという事実を無視している。

第2に公的債務は将来世代の負担にはならないという主張だ。これは、財政赤字を手当てする目的で発行された公債が触媒の役割を十全に果たし、民間部門の需要を刺激し、金利を含む償還に必要な税収を生み出すことが前提になる。公的債務でファイナンスされた財政赤字が、民間債務でファイナンスされた投資と等しく生産的だという前提は相当強引だし、財政、金融、個人の選択に左右される。

第3に政府は1品目の名目価格を設定するだけで、あとは市場が相対価格を決めるに任せ、裁量的に通貨を増発してよいというものだ。この主張は貨幣的均衡と矛盾を来す。ここでは金本位制の前例が参考になろう。金本位制を採用した瞬間から、もはや中央銀行は自国の不換通貨を裁量的に発行できなくなる。

国家はいつでも通貨を増発して債務返済に充当できるから、自国通貨建ての国債のデフォルト(返済不履行)はあり得ないという主張は、財政ファイナンスがハイパーインフレを誘発すれば、デフォルト以上に多大なコストが生じかねないことを無視している。

ドルは基軸通貨だから米国は世界のどこからでも自国通貨で借りられる「超越的な特権」を持つという主張は、その特権が永遠には続かない事実を見落としている。過去にも1956年のスエズ動乱で、英国がこの特権を失った例がある。

Willem Buiter 49年生まれ。エール大博士(経済学)。元イングランド銀行金融政策委員

Willem Buiter 49年生まれ。エール大博士(経済学)。元イングランド銀行金融政策委員

MMTは、名目金利が実効下限制約(ELB)、すなわち事実上の下限に達している状況では、通貨増発による赤字補填は必ず流動性のわなによる均衡を導くと主張する。だが財政支出の結果として生じた赤字をファイナンスした場合には、不可避的に流動性のわなを招くとは言えない。

実体経済における投資と消費の反応によっては、クラウディングアウト(政府の支出増による民間投資の抑制)を引き起こしたり、供給サイドを刺激したりすることがあり得るからだ。

MMTは、財政ファイナンスがインフレまたは経済成長を促す過程で、金融仲介機能、投資の金融化、資産価格インフレが果たす役割を軽視している。通貨増発で賄った財政支出が投資に充当されるか、M&A(合併・買収)や自社株買いに使われるかにより、経済成長や経済的厚生(利益)に与える影響は異なる。また資産価格の上昇は、どの資産がどの程度値上がりするかにより不平等を引き起こす。

投資選択や不平等に関心を持つはずのMMT論者が金融仲介や金融商品の役割を軽視するのは解せない。

◇   ◇

MMTが最近注目されるのは、現在の低インフレと超低金利の組み合わせが、財政ファイナンスに関するMMTの主張にとって理想的な環境を形成しているからだ。筆者の考えでは、ELBと長期的な流動性のわなが併存する現状は特異な経済環境であり、この環境に限ればMMTの中心的な主張(通貨増発による財政出動の拡大)は成り立つ。

Catherine L. Mann MIT博士(経済学)。OECDチーフエコノミストなどを歴任

Catherine L. Mann MIT博士(経済学)。OECDチーフエコノミストなどを歴任

期限付き商品券を国民に配布するといったヘリコプターマネー政策も、今日の日本になら効果があるかもしれない。だが米国と英国は流動性のわなから脱しているし、ユーロ圏、いや日本でさえ、どこかの時点で金利がELBを上回るだろう。そうなったとき、巨額の財政ファイナンスが引き起こすインフレは日本にとって深刻な問題となろう。

米国のMMT論者は、雇用保障政策などの原資を財政ファイナンスで賄うことを提案するが、供給サイドの刺激や所得分配の観点から価値があるなら、MMTと関係なく実行すべきだ。

最後に財政ファイナンスの総額そのものよりも、所与の額に対してなされる財政選択の方がはるかに重要なことを指摘したい。財政選択とは、財政支出の変化の規模と、構成や租税構造の変化の詳細を意味する。

流動性のわなに陥った状況であれば、通貨増発による財政出動は景気変動抑制効果の点から望ましい。だがひとたび流動性のわなを脱したら、インフレを誘発せず通貨発行益を最大化することに細心の注意を払わなければならない。

現代貨幣理論MMTを問う(下) 政策の枠組み、日本と相違 宮尾龍蔵 東京大学教授

ポイント
○伝統的なケインズ経済学と多くの共通点
○政府・中銀、財政均衡や物価安定目指さず
○日銀は金融緩和策を財政に従属せず実施

米国を中心に「現代貨幣理論(MMT=Modern Monetary Theory)」を巡る論争が熱を帯びている。「自国の通貨を発行して借金ができる国は財政赤字を増やしても心配ない」とする主張は、主流派の経済学者や政策当局トップから「大惨事を招く」「全くの誤り」と痛烈に批判されてきた。

この論争が分かりにくいのは、批判する主流派学者もインフラ投資の拡大や医療保険の充実など積極的な財政支出を提唱する点だ。政策の内容だけをみれば、伝統的なケインズ経済学とMMTは共通点が多い。

われわれ日本人が困惑するのは、提唱者のステファニー・ケルトン米ニューヨーク州立大教授が「日本はMMTを実践してきた」と、最近の財政金融政策をMMT理論の実践と位置付ける点だ。政府・日銀は明確に否定するが、公的債務は膨張を続け、日銀による大規模国債買い入れや長期金利をゼロ%程度にコントロールする政策は、MMTの政策提案に重なってみえる。

MMTの理論は経済学の中にどう位置づけられるのか。そしてそれはどう誤りで、日本の財政金融政策の枠組みと何が異なるのか。議論の整理を試みたい。

◇   ◇

経済学の中の位置づけから考えたい。伝統的なケインズ経済学では、不況や失業を克服する手立てとして政府の介入を是とし、処方箋として財政金融政策を提唱する。簡単に確認すると、金利が短期・長期とも十分なプラス領域にあれば、金融緩和で金利を引き下げ、企業の設備投資や家計の消費支出、住宅投資などを刺激する。公共投資や減税などの財政の拡張はより直接に支出に働きかけられる。

一方、財政赤字は国債の増発と長期金利の上昇を招き、民間支出を締め出す恐れがある。ただし深刻な不況などの場合には、積極財政と金融緩和を同時に実行して金利上昇を抑制し、より大きな支出創出効果を目指すという選択肢もある。

主流派経済学には政府の介入に慎重な新古典派経済学もある。景気減速や失業は人々の最適な行動の結果である一方、政府の財政出動には無駄が多く含まれ、経済の生産性や効率性をむしろ阻害する要因とみる。政府サービスは国防や法制度など必要最低限とし、小さな政府に通じる減税は容認しても、公共投資や社会保障など大きな政府につながる財政赤字は容認しないというのが基本姿勢だ。

MMTは伝統的ケインズ経済学との親和性が高いようにみえる。失業や需要不足を前提としたモデルで議論する点、公共投資や社会保障など積極財政を支持する点、金融緩和と組み合わせて金利上昇を抑制する点など、多くの面で共通する。

ではなぜローレンス・サマーズ米ハーバード大教授などケインズ派の重鎮たちがこぞってMMTを批判するのか。それは理論の背景で想定される政策レジームの違いにある。政策レジームとは、一連の政策が将来にわたり繰り返し実行される制度的な枠組みを指す。

表1は政府と中央銀行の政策レジームの組み合わせを表したものだ。主流派経済学では、政府は財政収支の均衡を目指し、中央銀行は物価の安定を目指すことが想定される(表1のA)。

新古典派では財政バランスを短期かつ厳格に守り、ケインズ派では中長期かつ緩やかに目指すといった違いはあるが、収支の帳尻という制約があることに変わりはない。中央銀行は政府・財政とは独立した法制度のもと、物価安定を目標として金融政策運営を行う。これらは現代の先進国に共通する政策レジームだ。

一方、MMTでは財政収支の均衡を目指さない政府と、物価安定を目指さず政府・財政に従属する中央銀行の組み合わせを想定する(表1のB)。政府は無規律・無制約に財政赤字の拡大を続け、中央銀行は物価安定でなく、財政をサポートするための金融緩和と金利抑制が義務づけられる。

MMTが異端で誤りとされる理由はまさにここにある。財政拡張や金融緩和という政策行動は同じにみえても、それを実行する政策レジームの組み合わせが異端なのだ。MMTの世界では、中央銀行は枠組みとしての財政従属に取り組む責任があるため、それが実行可能となるように中央銀行法や財政法は改正される。インフレ率をコントロールする責務は、中央銀行ではなく政府と議会が担う。

景気過熱や高インフレが懸念されれば、増税により抑え込むとMMT論者は主張する。しかしただでさえ増税は不人気であり、合意形成に時間がかかる。機動的かつ十分な増税ができなければインフレが高進し、「インフレ税」により人々の生活は圧迫される。

◇   ◇

政策レジームという観点からとらえれば「日本はMMTを実践してきた」との主張が誤りなのも理解できよう。政府と日銀による機動的な財政政策と大規模な金融緩和というポリシーミックス(政策行動の組み合わせ)は、MMTが想定するような政策レジームの下で実施されたものではない。

すなわち日本政府は中長期の財政再建を国際的な公約として表明している。膨張を続ける社会保障関連支出も、保険料引き上げ、年金のマクロ経済スライド、消費税増税などの取り組みを伴っている。決してフリーランチ(ただ食い)で運営されているのではない。

日銀は物価の安定を政策目標とし、その政策運営の独立性と透明性は日本銀行法により規定されている。国債引き受けも財政法で禁じられている。大規模な国債買い入れや長短金利をコントロールする政策は、政府と合意した2%の物価安定目標のもと、日銀自らの判断で実施してきた。

政策レジームは一連の政策行動が将来にわたり繰り返され、そして当局がそれにコミットするという意味を持つ。そのためには制度的な枠組みも必要となる。同じ財政赤字と金融緩和でも、日本は通常のレジームを堅持しているからこそ経済の安定が保たれている。

かつてデフレ脱却の処方箋として「ヘリコプターマネー」(貨幣発行でファイナンスされる減税政策)や「インフレが2%に達するまで財政再建を棚上げにして消費税増税を延期すべきだ」との議論(物価水準の財政理論)といった提案がなされた。それぞれが依拠するレジームは表1のBおよびCに分類できる。仮に各提案を実行すれば、法制度など枠組みの変更を伴う点に留意する必要がある。

MMTを巡る論争に意義があるとすれば、財政政策の選択肢を再考するきっかけになったことだ。主流派の学者の間でも、財政赤字や公的債務のメリットが見直されるようになった(オリビエ・ブランシャール前米国経済学会長の講演)。これまでの前提が近年変化し、安全資産である国債の金利が成長率を持続的に下回っている(図2参照)。

仮にこの状態が持続すれば、公的債務の国内総生産(GDP)比率の発散は抑えられ、財政政策の余地は広がる。MMTのようなフリーランチは仮定せず、しかし分断された社会の声にも応えていく知恵が主流派経済学にも求められる。

朝日新聞MMT

(経済気象台)MMTに深い親近感

 モダン・マネタリー・セオリー(MMT)をめぐって、経済学者の正統派と異端派の間でホットな論争が起きている。筆者はこの論争を興味深く見守ると同時に、MMTの側に深い親近感を覚えている。

 MMTによれば、一定の条件を満たしていれば、財政赤字を恐れる必要はない。政府と一体となった中央銀行は紙幣を発行して、政府はそれを財政に用いればよい。均衡財政は間違っている。

 簡略化しすぎて誤解を招く表現かもしれないが、つまるところ、このような理論だと筆者は理解している。

 日本経済のバブル崩壊以降の長期にわたる現実、すなわち、政府の財政赤字は世界トップクラスだが、インフレも金利高騰も財政破綻(はたん)も生じていないという現実を説明できている。反論があるだろうが、あえてそう断言したい。

 ポイントになるのは、財政赤字を恐れる必要がない一定の条件とは何か、である。MMTは「物的・人的生産能力の実物的限界」を超えない限り、ハイパーインフレも金利高騰も起きない、としている。

 通貨をどんどん発行した南米ベネズエラはハイパーインフレに陥り、財政、国家、経済が破綻した。一方の日本は、なぜ「生産能力の限界」を超えていないのか、将来も超えないと言えるのか。

 日本の現状では、財政赤字が所得の増加をもたらしてはいるが、それが投資や消費に十分まわらず、企業も家計も貯蓄だけを増加させている。

 しかし、将来、団塊の世代が貯蓄を大幅に取り崩すと、この一定の条件が崩れる、とは言えないのか。経済学者の皆さんには、そこのところの解明をお願いしたい。(龍)

 ◆この欄は、第一線で活躍している経済人、学者ら社外筆者が執筆しています。

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2019年8月12日放映NHKスペシャル「かくて“自由”は死せり ~ある新聞と戦争へ の道~」

戦争礼讃の過激思想は「経済失政による国民生活の困窮」から生まれる

マクロ経済からみた太平洋戦争の教訓

国粋主義はいかにして台頭したか

この時期になると、毎年、太平洋戦争に関する様々なドキュメンタリー番組が各局で放映される。お盆休みで長期休暇という方も少なからずいらっしゃると思うが、実家に帰省してこのようなドキュメンタリー番組を見る機会もあるかもしれない。

今年も様々な切り口から日本が太平洋戦争へ突き進んでいく過程を描いた番組が放映されるようだが、8月12日に放映されたNHKスペシャル「かくて“自由”は死せり ~ある新聞と戦争への道~」は非常に興味深い内容であった。

当番組は、最近発見された「日本新聞」の記事の解析結果を元に、言論界がいかにして戦争に協力的になっていくかを時系列で追ったものである。「日本新聞」とは、あの悪名高き「治安維持法」制定に関わった小川平吉氏が創刊した右派系新聞である。

「日本新聞」は大正デモクラシー期の1925年に創刊され、10年後の1935年に廃刊となった。創刊当時、「日本新聞」は、自由主義を謳歌していた大正期において、国粋主義を主張する超少数派の集うカルト的なメディアであった。だが、10年後には、この国粋主義が国民の圧倒的な支持を得ることとなり、「創刊時の目的をほぼ達成した」として、廃刊することになる。

いったいこの10年間の日本に何があったのだろうか? というのが番組の趣旨であった。

この番組では、浜口雄幸首相(当時)が東京駅で狙撃され、重傷を負った1930年11月14日を歴史の転換点と捉えているように感じた。浜口雄幸は、1930年1月21日にロンドンで開催された軍縮会議で軍の反対を押し切り、軍縮条約に調印した。これに憤慨した右翼活動家によって浜口首相は狙撃され、死去した。

その後、「血盟団事件(井上準之助蔵相の暗殺)」、「5.15事件(犬養毅首相らの暗殺)」など、右翼活動家らによるテロ事件が頻発し、政党政治は瓦解していく。そして、政党に代わって、その後の日本の政治を担っていったのが軍部であった。

「日本新聞」を中心とした右系メディアは、政党政治を批判すると同時に、テロリストらに対して同情的な記事を頻繁に掲載することで、世論を転換させた。そして、この右系メディアをうまく利用しながら、世論を好戦的に誘導し、政治の主導権を奪ったのが軍部であった。

すなわち、自由主義の象徴であった政党政治の崩壊が右翼活動家のテロを契機に加速し、テロ行為を同情的に描写した右系メディアの世論誘導によって、日本は戦争への道を突き進むことになった、というのが番組の骨格であったと思われる。

そして、その一翼を担ったのが「日本新聞」であり、「日本新聞」創刊時に創刊趣旨に賛同した言論人、政治家、軍人の中から戦争を主導した人物が多く輩出されたとされる。


戦争礼讃の過激思想は「経済失政による国民生活の困窮」から生まれる

マクロ経済からみた太平洋戦争の教訓

戦争へ向かわざるを得なかった要因

今回のドキュメンタリー番組は、これまで存在は知られながら実物が発見されてこなかった「日本新聞」のバックナンバーを発見し、その内容を詳細に分析した点が「売り」だったようだが、内容的には、古典的な歴史の教科書の解釈を超えるものではなかった。

筆者は、平成のデフレ問題を考察するために、過去におけるデフレの事例と比較する必要があると考え、戦前昭和の経済について調べたことがある(『脱デフレの歴史分析 ~「政策レジーム」転換でたどる近代日本~』というタイトルで藤原書店より上梓させていただいた)。

そこで、当時出版された雑誌や書物を読み、そして、当時の経済統計を用いた定量分析を行ったが、日本が戦争へ突き進まざるを得なかった要因をマクロ経済の側面からみた場合に、これまでは見過ごされてきた重要なポイントがいくつかあることがわかった。そのいくつかを簡単に指摘すると以下のようになる。

1)大正デモクラシー期の自由主義的社会が崩壊したのは、歴史的には「悲劇のヒーロー」として同情的な扱いを受ける立憲民政党内閣の浜口雄幸首相・井上準之助蔵相の下で断行された「金解禁」がもたらした深刻なデフレであった。

その意味で、凶弾に倒れたとはいえ、両者の犯した経済失政の影響は深刻だった。彼らの経済失政の帰結は、ドイツのワイマール共和国の経済失政がナチスドイツの台頭をもたらした構図とほぼ同じである。

2)その後、経済失政による政権交代をうけて誕生した立憲政友会の犬養毅首相・高橋是清蔵相の下でのリフレーション政策(高橋財政)は、現在の文脈でいうと、典型的な「財政拡大+金融緩和」のポリシーミックスであった。

この中で、金融緩和として、日銀による国債引受は、いまの「量的緩和」に近いものであった。ただし、「高橋財政」期のリフレーション政策は、経済政策の「レジーム転換」による人々の期待転換の効果が大きかったので、実際には、それほど大きな金融緩和にはならなかった。

それどころか、日銀による国債引受実施から約半年後には、国債の市中売却(今で言うところの「出口政策」)を始めている。ちなみに、当時の日本は「ゼロ金利」状態にもならなかった(同時期の米国FRBはゼロ金利・量的緩和を実施したが、当時の日銀はゼロ金利までは踏み込まずにすんだ)。


戦争礼讃の過激思想は「経済失政による国民生活の困窮」から生まれる

マクロ経済からみた太平洋戦争の教訓

3)ただし、昭和恐慌によるデフレ、特に商品価格の暴落によって、養蚕業を中心に農村部の困窮は容易には払拭できなかった。農村部は軍部にとっては兵力の供給源であったが、同時に当時の農村部は恐慌による需要収縮によって、多くの「人口余剰」を抱えていた。

1931年9月に勃発した満州事変、それに続く、中国本土での戦争は、軍部にとっては、「戦争ビジネス」を通じた既得権益の獲得・擁護、農村部にとっては、「人口余剰」の雇用対策になった可能性がある。もしそうだとすれば、リフレーション政策の行く先が、もはや「大正デモクラシーの復活」ではなかったことは自明だったように思える。

4)満州事変は、「デフレ政策の立憲民主党」から「リフレ政策の立憲政友会へ」のレジーム転換を民衆に強く印象づけるという意味でリフレ政策を補完する効果が大きかった可能性が否定できない。

そして、その満州事変の戦況を報道する新聞等のメディアは、満州事変を機に発行部数を飛躍的に増加させており、メディアは商業上も軍部と「共存共栄の関係」にあったことが容易に想像できる(当時は、中央紙だけではなく、地方紙も発行部数を大幅に増やしている。しかも、群馬や長野、山梨といった養蚕業が盛んな県での新聞販売店売上高が多かった点も特徴的である)。

その意味で、メディアが戦争を肯定的に報道する点もビジネス的には合理性を有すると思われる。

5)高橋是清蔵相は、1935年には、リフレーション政策からの出口を模索しており、国債発行の減額などを構想していた。だが、軍部とメディアにとっては、戦争はいわば擁護すべき既得権益であり、さらには、満州を新しい経済体制の実験場と考える「革新官僚」にとっても同様であったので、実行のプロセスはともかく、阻止すべき対象であったのだろう。

歴史に「if(もし)」があるなら、立憲民政党政権下でリフレ政策が実行されていれば、場合によっては大正デモクラシー期のような自由主義が復活していたかもしれない。

逆にいうと、軍人が「侮蔑の対象」となっていた大正デモクラシー期は軍部にとっては絶対に復活させてはならない局面であり、この軍部の意向が、政権交代を実現したい立憲政友会の利害と一致したところに戦争の悲劇の遠因があったと思われる。そして、立憲政友会のリフレ政策と同時に実行された満州事変によって、軍部は「侮蔑の対象」を脱し、政治の主役に躍り出ることになった。


戦争礼讃の過激思想は「経済失政による国民生活の困窮」から生まれる

マクロ経済からみた太平洋戦争の教訓

経済政策の失敗がもたらす悲劇

もう一つ興味深い点は、1935年に「日本新聞」が廃刊になって以降の右派の動向である。

確かに、右派が「退廃的・堕落的」とみなし嫌悪していた大正デモクラシーの自由主義は消滅したが、純粋思想的な右派の抱く「アジアの連帯・解放」に向けて世の中が進んでいったかといえば、必ずしもそうではない側面がある。

石原莞爾が絶望したように、満州国は新興財閥と関東軍の利権搾取の場と化すなど、アジアへの進出は、右派の崇高な思想を実現するというよりも利権ビジネス展開が優先されるようになった。例えば、アメリカが、当初は満州の共同統治を提案していたこと等を考えると、太平洋戦争も日米経済戦争の一種として見ることも可能かもしれない。そして、そういう展開を忸怩たる思いでみていた国粋主義者も多くいたと聞く。

以上のように、大正デモクラシーから太平洋戦争へのプロセスにおいて、右派といわれる人々の立ち位置も様々であり、これらの人々の主義・主張の変遷を追えば追うほど状況が複雑化してよくわからなくなる。だが、既得権益、もしくは利権の獲得競争という経済の視点からみると、戦争へのプロセスはかなり合理的に説明できるのではないか。

最後に、当番組には、小林八十吉氏という長野県の小学校の音楽教師が登場する。小林氏は、大正デモクラシー期には自由主義的な音楽教育を率先して行っていたが、昭和恐慌による地元養蚕業の壊滅と農村の貧困をみて、国粋主義者に転向、小学校教員を辞し、右翼思想の普及に奔走する。

庶民が経済的困窮に直面して過激思想に傾倒していく典型例だが、番組中、彼の子息が残された日記を読むシーンで、終戦前4日から日記が破り捨てられていることを発見し絶句する。その理由は不明だが、本人が終戦間際に自分の転向が間違っていたことを知ったとすれば、悲しい限りである。

太平洋戦争の一番の教訓は、経済政策の失敗が国民を困窮されることが国家の存続を危うくするほどの破滅的な影響をもたらすことである。その点をあらためて認識させられた番組であった。


韓国語になった日本語

1 )韓国語になった日本語

こんばんは!
今日は寒いですね我が家の晩ご飯は粕汁でしたぽかぽかや〜♫


さてさて、
今日は韓国語の中の日本語、
韓国語になった日本語由来の
言葉のお話。


みなさまももしかしたら
私の頭の中の消しゴムとか
イルマーレは観られた事が
あるかも知れませんが、

どちらの映画の中でも
日本語になった韓国語の
セリフがあるってご存知
でしたか?

私の頭の中の〜の中では
↑チョンウソンの仕事場
の場面で
「ドカタ」「アシバ(足場)」
「テナオシ(手直し)」
という言葉が出てきて、

イルマーレの中では
↑イジョンジェが訪れる
イルマーレ(家)の近くの店
のおじさんが
「あの家は新築だよ!
センピン!(新品)」
というセリフが出てきます
でも"新品"って直訳すると
シンプムって読み方ですよね

ここがミソなのです

調べてみたら
結構たくさんあります。

日本語の読みをそのまま
韓国語風に読んだ例(上)と
日本語を韓国式漢字読みに
変換して使われる例(下)



西洋から入った外国語の
日本語読みをそのまま韓国語に
採用した例


また別のブログより



↑この下の部分には
"漢字語だったら何となく韓国語
のような気がするがいくつかは
日本製漢字語
(日本製漢字語:漢字の音と意味を
利用し日本で独自に作った漢字語)"
と書かれています。

韓国では中華由来の漢字語か
韓国独自の言葉なら良いけれど
日本語読みは戦時下支配の辛さ
悔しさがあるから使いたくない
という思いが今もあります。

実際に「国語純化」といって、
韓国独自の言葉を使って
外国語(特に日本語由来のもの)
を排除・使わないようにしよう
という動きもあります。


実際に北朝鮮は朝鮮語純化を
何年か前から実施していて
最初の頃はサッカーの実況で
ゴール、ボール、キック、
オフサイド、スローイン等等
の言葉が使えないので
実況アナウンサーが苦労した
という話がありましたが(笑)


実は韓国で知られてないだけで
本当は戦前の交流から
使うようになった日本語も、
戦後〜近年(ここ20年くらい)で
韓国で使われるようになった
日本語もあるんです

チョンウソンのセリフや
上で紹介した日本語を見て
もらっても分かる通り
多くは技術や製品と共に
韓国にいった日本語な訳で

元々韓国にないもの
(木製の割り箸や工事現場
などで使う物の名前や言葉)
が多く、

もし純化されるとしたら
それらに韓国独自の名前を
付けるところから始めない
といけないんですよ
ノートと言わずに帳面、
トイレと言わずに厠、便所
にしなさいなんて言われたら
日本だって大変ですよねw
それと同じなのです

ちなみに日本では
チゲ鍋という単語が広まって
しまいましたが、
チゲという単語自体が
鍋という意味なので
同じ意味が重なった誤解から
生まれた誤用で有名ですが、

韓国ではこれと同じように
韓国語のタッ(鶏)と
日本語のトリ(鶏)を重ねた
タットリタンという呼び名が
広まってしまって、

これを受けて最近韓国では
テレビや雑誌では
タットリタンという表記が
禁止さなりました

でも韓国人もまだまだ
日常会話の中では
つい使っちゃう単語です、
タットリタン


話が色々飛びましたが、
この話し始めるとキリが
ぬぁ〜い!

というわけで、
後半につづく!w