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水曜日, 7月 18, 2018

カール・シュミット(1888~1985)Carl Schmitt

          (政治学リンク::::::::::

NAMs出版プロジェクト: ジョルジュ・ソレル 暴力論 - Wikipedia
カール・シュミット(1888~1985)Carl Schmitt

シュミット(カール・).Schmitt,Carl,❸T.226@,417,418,456,457@/❺H.19@,21/◉W.51(「友と敵」)/◎N.60,
 『現代議会主義の精神的地位』,❸T.226@/❺H.19@,
 『政治神学』,❸T.417/❺H.21,
 『政治的なものの概念』,❸T.457@/◉W.51@/◎N.60@

《ボルシェヴィズムとファシズムとは、他のすべての独裁制と同様に、反自由主義的であるが、しかし、必ずしも反民主主義的ではない》。《人民の意志は半世紀以来極めて綿密に作り上げられた統計的な装置よりも喝采によって、すなわち反論の余地を許さない自明なものによる方が、いっそうよく民主主義的に表現されうるのである。》(カール・シュミット『現代議会主義の精神史的位置』24,25頁)。岩波文庫と版が違う。引用は「第二版へのまえがき」より



カール・シュミットは『現代議会主義の精神史的地位』でソレル経由でプルードンに言及している
Die geistesgeschichtliche Lage des heutigen Parlamentarismus(1922, 2.erw. Aufl. 1926)
稲葉素之訳『現代議会主義の精神史的地位』(みすず書房、1972年、原著第2版1926年刊の翻訳)
樋口陽一訳『現代議会主義の精神史的地位』(岩波書店【岩波文庫】、2015年、「議会主義と現代の大衆民主主義との対立」を併録)

《…民主主義は保守的でも反動的でもありうるーー ちなみに、このことをプルードンは予言していたーー》
カール・シュミット『現代議会主義の精神史的状況』(1923)[2015新訳]
岩波文庫18頁

《均衡という商人的な像に対して、もうひとつの
像、すなわち、血なまぐさい、決定的な、殲滅的な決戦という、戦士的な観念が対置
される。この像は、一八四八年に、議会主義的立憲主義に対抗して、二つの側からあ
らわれた。保守的な意味における伝統的な秩序の側からは、スペインのカトリック教
徒、ドノソ·コルテスによって代表され、急進的なアナルコサンディカリス側で
はプルードンにおいてである。両者とも、ひとつの決断を求める。かのスペイン人の
すべての思想は、おそるべき破局のための大いなる闘争(la gran contienda)をめぐって
展開する。その破局はさしせまっており、討論する自由主義の形而上学的な怯懦さに
よってのみ否定されうるにすぎない。また、プルードンはーーかれの思考にとって、
ここで『戦争と平和』(La guerre et la paix)という著作が特徴的なのであるがーー、敵
を殲滅する「ナポレオン的戦闘」(Bataille Napoléonienne)について語っている。ブルー
ドンにとっては、血な生ぐさい闘争につきもののあらゆる暴力性、法の侵犯は、歴史
の裁可を得るのである。議会主義的な取引になじむ相対的な対立にかわって、いまや
絶対的な対立があらわれる。「徹底的な否定と絶対的な断定の日が来る」。いかなる議
会の討論も、その日をおしとどめることはできない。その本能によってかりたてられ
た民衆は、ソフィストたちの講壇をうちこわすだろうーーコルテスのすべての言辞は、
一言一句ソレルのものともなりうるほどであるが、ただ、この無政府主義者のほうは
民衆の本能の味方をしている、という点は別である。コルテスにとって、急進的な社
会主義は自由主義的寛容よりも偉大なものであるが、それは、急進的な社会主義が究
極の問題まで遡り、根源的問題について決定的な回答を与えるからであり、それがひ
とつの神学をもっているからである。まさしくプルードンは、ここでは敵なのである
が、それは、プルードンが一八四八年において最も知られた社会主義者であったーー
かれに反対してモンタランベールが有名な議会演説をしたーーからではなくて、かれ
が、根源的な原理を根源的に主張したからである。》

94~5頁

現代議会主義の精神史的状況 他一篇
叢書名   岩波文庫  ≪再検索≫
著者名等  カール・シュミット/著  ≪再検索≫
著者名等  樋口陽一/訳  ≪再検索≫
出版者   岩波書店
出版年   2015.7
大きさ等  15cm 174,4p
注記    Die geistesgeschichtliche Lage des heuti
gen Parlamentarismus.〔etc.〕[1923]の翻訳
NDC分類 313.7
件名    議会政治  ≪再検索≫
要旨    やがてナチスの桂冠法学者となるカール・シュミット(1888‐1985)が、自由主
義に対する体系的批判を行なった初の著作。不安定なワイマール体制への幻滅から、議会
主義の精神史的な基礎は過去のものになったとし、議会主義と民主主義の連関を切断する
。独裁理論を考察し、ドイツの新しい政体を暗示した問題作。1923年刊。
目次    現代議会主義の精神史的状況―一九二三年(民主主義と議会主義;議会主義の諸原理;マ
ルクス主義の思考における独裁;直接的暴力行使の非合理主義理論);議会主義と現代の
大衆民主主義との対立―一九二六年(議会主義;民主主義)
内容    ナチスの桂冠法学者として知られるカール・シュミットが、自由主義に対する批判的分析
を初めて本格的に行った著作。
内容    内容: 現代議会主義の精神史的状況
内容    議会主義と現代の大衆民主主義との対立
内容    訳者解説
ISBN等  4-00-340301-0

現代議会主義の精神史的地位【新装版】

DIE GEISTESGESCHICHTLICHE LAGE DES HEUTIGEN PARLAMENTARISMUS



ワイマール共和国を批判し、独裁論を掲げて、ナチス政権下の公法学者となったシュミット。第一次世界大戦の敗戦後、自由主義国家イギリス、アメリカと、社会主義国家ソヴィエトの間で、ドイツ国家の新しいイメージを模索しながら、1923年に本書は刊行された。一方でギゾー、コンドルセ、ベンサム、ミルの提示した議会主義の歴史を検証しながら、議会制民主主義の問題点を指摘する。また一方では、マルクス、プルードン、ソレルの社会主義理論や、ムッソリーニの国家社会主義を取り上げ、独裁という政治体制を考察する。
現代の形骸化した議会制民主主義のあり方、そして独裁国家の問題を考えるうえで、いまだに輝きを失わない書である。
[初版1972年発行]第二版へのまえがき  議会主義と民主主義の対立について
序章
第一章 民主主義と議会主義
民主主義的思考の規準をなす同一性の観念と、政治的現実の中で――それらの観念の代位をなす様々な同一化現象
第二章 議会主義の諸原理
公開性と討論――三権分立と均衡――純粋の議会主義の法概念――議会主義的思考の相対的合理主義
第三章 マルクス主義思想における独裁
独裁と弁証法――マルクス主義の形而上学的明証――プロレタリア独裁における合理主義と非合理性
第四章 議会主義の敵・直接的暴力行使の非合理主義的諸理論
ジョルジュ・ソレルにおける神話の理論――ブルジョアについての神話的イメージ――ボルシェヴィズムとファッシズムの対立において現れた階級闘争神話と民族神話


あとがきに代えて

カール・シュミット
曖昧さ回避 この項目では、法学者・哲学者について説明しています。化学者については「カール・シュミット (化学者)」をご覧ください。
カール・シュミット(Carl Schmitt、1888年7月11日 - 1985年4月7日)は、ドイツの思想家、法学者、政治学者、哲学者である。法哲学や政治哲学の分野に大きな功績を残している。
第二次大戦前、戦中

Politische Romantik(1919)
大久保和郎訳『政治的ロマン主義』(みすず書房、1970年、原著第2版1925年刊の翻訳)
『政治的ロマン主義』橋川文三訳、未来社、1982年
Die Diktatur: von den Anfangen des modernen Souveranitatsgedankens bis zum proletarischen Klassenkampf(1921)
田中浩・原田武雄訳『独裁――近代主権論の起源からプロレタリア階級闘争まで』(未來社、1991年、原著第3版1964年刊の翻訳)
Politische Theologie(1922)
田中浩・原田武雄訳『政治神学』(未來社、1971年、原著第2版1934年刊の翻訳)
Die geistesgeschichtliche Lage des heutigen Parlamentarismus(1922, 2.erw. Aufl. 1926)
稲葉素之訳『現代議会主義の精神史的地位』(みすず書房、1972年、原著第2版1926年刊の翻訳)
樋口陽一訳『現代議会主義の精神史的地位』(岩波書店【岩波文庫】、2015年、「議会主義と現代の大衆民主主義との対立」を併録)
下記『カール・シュミット著作集』第Ⅰ巻収録の②及び④を元に、補正を施した上で必要な編集作業を行ったもの
Verfassungslehre(1928)
阿部照哉・村上義弘訳『憲法論』(みすず書房、1974年)
Die Diktatur des Reichsprasidenten nach Artikel 48 der Weimarer Verfassung(1929).
田中浩・原田武雄訳『大統領の独裁』(未來社、1974年)
Der Begriff des Polotischen(1932)
田中浩・原田武雄訳『政治的なものの概念』(未來社、1970年)
Legalitat und Legitimitat(1932)
田中浩・原田武雄訳『合法性と正当性』(未來社、1983年、原著第2版1968年刊の翻訳)
Der Leviathan in der Staatslehre des Thomas Hobbes(1938)
長尾龍一訳『リヴァイアサン――近代国家の生成と挫折』(福村出版、1972年)
Positionen und Begriffe im Kampf mit Weimar - Genf - Versailles 1923-1939(1940)
長尾龍一訳『現代帝国主義論――戦争と平和の批判的考察』(福村出版、1972年)
Land und Meer: eine weltgeschichtliche Betrachtung(1942)
生松敬三・前野光弘訳『陸と海と――世界史的一考察』(福村出版、1971年/慈学社、2006年)
第二次大戦後

Der Nomos der Erde im Völkerrecht des Jus Publicum Europaeum (1950)
新田邦夫訳『大地のノモス――ヨーロッパ公法という国際法における(上・下)』(福村出版、1976年/改訳版、慈学社、2007年)
Hamlet oder Hekuba. Der Einbruch der Zeit in das Spiel(1956)
初見基訳『ハムレットもしくはヘカベ』(みすず書房、1998年)
Theorie des Partisanen: Zwischenbemerkung zum Begriff des Politischen(1963)
新田邦夫訳『パルチザンの理論――政治的なるものの概念についての中間所見』(福村出版、1972年/筑摩書房【ちくま学芸文庫】、1995年)
Politische Theologie II. Die Legende von der Erledigung jeder Politischen Theologie(1970)
長尾龍一訳『政治神学再論』(福村出版、1980年)
Das internationale Verbrechen des Angriffskrieges(1993)
ヘルムート・クヴァーリチュ編、新田邦夫訳『攻撃戦争論』(信山社、2000年)
Ernst Jünger — Carl Schmitt. Briefe 1930-1983(1999)
ヘルムート・キーゼル編、山本尤訳、『ユンガー=シュミット往復書簡』(法政大学出版局、2005年)
『政治思想論集』(服部平治・宮本盛太郎訳、社会思想社、1974年)
『カール・シュミット時事論文集――ヴァイマール・ナチズム期の憲法・政治論議』(古賀敬太・佐野誠訳、風行社、2000年)
『カール・シュミット著作集(I・II)』(長尾龍一編、田中成明・樋口陽一・長尾龍一ほか訳、慈学社、2007年)
第Ⅰ巻収録論文〔1922―1934〕
政治神学(1922年、長尾龍一訳)
現代議会主義の精神史的状況(1923年、樋口陽一訳)
ローマカトリック教会と政治形態(1925年、小林公訳)
議会主義と現代の大衆民主主義との対立(1926年、樋口陽一訳)
国際連盟とヨーロッパ(1928年、長尾龍一訳)
ライン地域の国際法的諸問題(1928年、長尾龍一訳)
中立化と脱政治化の時代(1929年、長尾龍一訳)
フーゴー・プロイス(1930年、上原行雄訳)
政治的なものの概念(1932年、菅野喜八郎訳)
現代帝国主義の国際法的諸形態(1932年、長尾龍一訳)
ライヒ・国家・連邦(1933年、長尾龍一訳)
法学的思惟の三種類(1934年、加藤新平・田中成明訳)
第Ⅱ巻収録論文〔1936―1970〕
「ドイツ法学におけるユダヤ人」学会への結語(1936年、長尾龍一訳)
ホッブズと全体主義(1937年、長尾龍一訳)
全面の敵・総力戦・全体国家(1937年、長尾龍一訳)
レヴィアタン――その意義と挫折(1938年、長尾龍一訳)
戦争概念と敵概念(1938年、長尾龍一訳)
日本の「アジア・モンロー主義」(1939年、長尾龍一訳)
ジャン・ボダンと近代国家の成立(1941年、長尾龍一訳)
獄中記――故ヴィルヘルム・アールマン博士を追憶して(1950年、長尾龍一訳)
価値による専制(1967年、森田寛二訳)
政治神学Ⅱ――「あらゆる政治神学は一掃された」という伝説(1970年、新正幸・長尾龍一訳)

2 革命的名無しさん 2007/06/30(土) 05:05:10 ID:
最強の反動思想家 ドノソ・コルテス

ドノソ・コルテス
19世紀で最も強力な反動思想家、カトリシズムの守護者。マルクスもバクーニンも彼を最強の敵だと認識していた。
かのカール・シュミットは唯一にして、最高の師として彼の名をあげ、「彼に比較すればエドムント・バーグの論の
ごときは参照にも値しない」と言っている。この著作の邦訳の全くない、謎の反動思想家について語り合ってみよう。

このコルテスにかぎらず、同じく有名な反動思想家のジョセフ・ド・メーストルの著作についても邦訳は全くない。
一体何かを畏れているのか?ドノソ・コルテスについてとりあえず知りたければまずはカール・シュミットの著作を
読むこと。あらゆる統治権力はそれが「統治権力」だというだけで、絶対悪である。バクーニンやプルードンのよう
な真のアナーキストはそのように考える。それならばだ!あらゆる統治権力はそれが「統治権力」だというだけで
問答無用の絶対善、正統なものである(!!)とまで考えない限り、彼らアナーキストに本当の意味で対抗すること
などできない。そしてまさにそこにまで到達する真の「反動思想家」がコルテスなのである。

3 革命的名無しさん 2007/06/30(土) 05:07:58 ID:
「コルテスの持っている唯一の意味は、政治的な概念や対立を相対化する解消の時代において、そして、
イデオロギー的な欺瞞の雰囲気の中にあって、彼がすべての大規模な政治の中心概念を認識していて、
虚偽で欺瞞的などんな隠蔽をも突破して、そうした概念を確認し、日常の政治の背後に、大規模な
歴史的で本質的な味方と敵との区別を規定しようとした、ということである。」 
カール・シュミット

「私達中部ヨーロッパ人は、『ロシア人の眼下』に生活している。彼らの合理主義への気迫は強烈な
ものであるが、非合理主義への気迫もそれに劣らない。また、善においても悪においても正統主義を
貫く精力も圧倒的である。こうして彼らは、社会主義とスラブ魂を結合した。ドノソ・コルテスは
1848年、すでに来るべき100年間に生ずべき大事件としてこれを予言している。」
カール・シュミット

4 革命的名無しさん 2007/06/30(土) 05:09:00 ID:
「もし神が母の胎内で受肉しなかったならば、また神が全人類のために十字架上で死ななかったならば、
人間は、私の目に私が足で踏みつける虫けらよりも一層いとましいものに見えたであろう」

「自由主義なるものは、政治的問題の一つ一つをすべて討論し、交渉材料にすると同様に
形し上学的真理をも討論に解消してしまおうとする。その本質は交渉であり、決定的対立を、
血の流れる決戦を、なんとか議会の討論へと変容させ、永遠の討論によって永遠に停滞させ
うるのではないか、という期待を常にもつ不徹底性なのである。」

〈キリストかバラバか〉という決定的な問いに対し、滑稽にも延会動議や調査委員会をもって
解答とするのが「自由主義」である。

「政治体制を攻撃する力が強ければ強いほどそれに応じて抵抗する力も強化されなければならない。
攻撃する力が集中されているとするならば、抵抗する力も1人の人物に集中されるべきである。
特に2月革命で実証されたように、正統的君主制が革命勢力に抵抗力を有していない以上、
強力無比な独裁制伝統的権威によらない独裁制が必要とされる。この場合の独裁とは外的な
秩序維持をめざす価値中立的な独裁ではなく、善悪を決定し悪を殲滅する神的使命を帯びた
全く新しい独裁である。」

「政治的諸問題の背後に神学が存在する。」
「すべての政治的・社会的真理は、究極的には神的真理に帰着する。」
「神なき政治は地獄の深淵から生じたものである。」
「議論はすべての概念を混乱させ、懐疑主義を助長させる。」
ドノソ・コルテス

5 革命的名無しさん 2007/06/30(土) 05:11:29 ID:
ドノソは1848年の2月革命を目撃して驚愕し、カトリシズムと社会主義との
黙示録的対立を描くと同時に、革命的・民主主義的勢力の「下からの革命」に
対抗し、「上からの独裁」を要請した。

役立たずな「世襲君主制」の終焉と最強力な新しい「神的独裁制」の誕生。
これがドノソの『役立たずな「世襲君主制」の終焉』での独裁論の要諦である。

6 革命的名無しさん 2007/06/30(土) 05:15:11 ID:
やはり、あの1991年8月の「八月クーデター」失敗によるソビエト・ロシア(ソビエト共産主義)の崩壊という
ことがなければ、この仕事は完成させることはできなかったと思う。ソビエトの崩壊と冷戦構造の終焉によって、
それまで曇っていた自分の頭がすっきりした。「やっと分かったゾ」という気になったのはこの時期である。
自分もまた、ほとんどの日本知識人たちと同じく、頭の幾分かを、ずっと引きずるようにして、ソビエト型とは
違うのだが別種の社会主義=政治的理想主義に長く囚われていて、この呪縛から開放されなかった。
一九九四年から一九九五年にかけてやっと、この本を書きあげ完成させたときに、私は世界を一極的に
支配する世界覇権国となったアメリカ合衆国の諸思想がどうのようになってできているのかを知ったのである。
(中略)
このとき私は、アメリカの現代アメリカ政治思想の各派を、日本語でコンパクトにまとめて、全体的に
性格描写することで、自分が悩み苦しんできた二十年来の政治イデオロギー遍歴からも開放されたのである。
私は、今や、右(保守)でもなければ、左(リベラル)でもない。
私は、ただ、それらの全体像を大きく眺めつくすものである、ということになった。
私は左右の大きな価値対立に於いて、どちらにも組するものでは自分を発見した。
私は、ただそれらの思想の諸価値の対立点を記述する者である。
(中略)
私は日本知識人層の貧弱な土俵の上に「現代アメリカ政治政治思想の全体像」を植えつけるという大きな
仕事を先駆者としてなしとげた。今や日本知識人全てを足元に見下すほどの地位を、私は自力で
築いたのである。しかし、このことは、私が大秀才である、と自惚れているのではない。
私程度は、アメリカでは頭のいい大学院生程度だということである。ということは、日本の知識人の
大半の文科系の知識人の知能水準は、アメリカに持ち出せば、頭のいい高校生程度だ、ということである。
副島隆彦「日本の秘密」

付禁止
現代議会主義の精
カバー図版" 一九一九年ワイマール国民議会
および一九二六丰淪攵刃B疟志
かようにして、
民主主義は、
抗しがたく到来しひろがってゆく力を備えた明証性を
それが既存の君主主義の否定という本質的に論争的な概念であったかぎ
伴っていた。
りにおいて、民主主義の確信は、他のいろいろな政治的志向と結合し協力しえた
かし、民主主義が現実となるにつれて、それが多くの主人につかえるものであり、内
容的に一義的な目標を決してもた
要な敵対者である君主主義的原理が消滅したとき、内容の明確さをおのずと失い、あ
らゆる論争的概念と同じ運命をわかつことになった。まずそれは、自由主義および
由とのまったく自明の結合のかたちで、それどころかそれらと同一視されて、あらわ
れたのであった。社会民主主義にあっては、それは社会主義と提携した。ナポレオン
三世の成功とスイスの人民投票の結果について見れば、民主主義は保守的でも反動的
でもありうるーー ちなみに、このことをプルードンは予言していたーー、ということ
が確認された。すべての政治的方向が民主主義を利用できたとき、それはいかなる政
治的内容をももたず、単にひとつの組織形態にすぎぬ、ということが実証されたので
ある。民主主義のたすけをかりて獲得しようとしたその他の政治的内容を度外視した
ないことが、
明らかになった。
それは、
その最も重
民主主義がそれ自身として、
単なる形式にすぎないものがどのような価値をも
とき、
つかを、自問しなければならなかった。この問いは、民主主義を政治の領域から経済
の領域に応用しようとすることによってそれに内容を与えようとするやりかたによっ


●傷、指紋、rs
現代議会主義の精神史的状況(1923年)
は、すべてのものが利益を見いだし金儲けをするはずなのだーは、怯懦な主知主義
の産物とされる。討論し妥協し交渉をする商議は、なによりも重要な神話とそれに伴
う偉大な熱狂を、
裏切ることである。
均衡という商人的な像に対して、もうひとつの
像、すなわち、血なまぐさい、決定的な、殲滅的な決戦という、戦士的な観念が対置
される。この像は、一八四八年に、議会主義的立憲主義に対抗して、二つの側からあ
らわれた。保守的な意味における伝統的な秩序の側からは、スペインのカトリック教
徒、ドノソ·コルテスによって代表され、急進的なアナルコサンディカリス側で
はプルードンにおいてである。両者とも、ひとつの決断を求める。かのスペイン人の
すべての思想は、おそるべき破局のための大いなる闘争(la gran contienda)をめぐって
展開する。その破局はさしせまっており、討論する自由主義の形而上学的な怯懦さに
よってのみ否定されうるにすぎない。また、プルードンはーーかれの思考にとって、
ここで『戦争と平和』(La guerre et la paix)という著作が特徴的なのであるがーー、敵
を殲滅する「ナポレオン的戦闘」(Bataille Napoléonienne)について語っている。ブルー
ドンにとっては、血な生ぐさい闘争につきもののあらゆる暴力性、法の侵犯は、歴史
の裁可を得るのである。議会主義的な取引になじむ相対的な対立にかわって、いまや


ドンにとっては,
血な
の裁可を得るのである。議会主義的な取引になじむ相対的な対立に
絶対的な対立があらわれる。「徹底的な否定と絶対的な断定の日が来る」。いかなる議
会の討論も、その日をおしとどめることはできない。その本能によってかりたてられ
た民衆は、ソフィストたちの講壇をうちこわすだろうーーコルテスのすべての言辞は、
一言一句ソレルのものともなりうるほどであるが、ただ、この無政府主義者のほうは
民衆の本能の味方をしている、という点は別である。コルテスにとって、急進的な社
会主義は自由主義的寛容よりも偉大なものであるが、それは、急進的な社会主義が究
極の問題まで遡り、根源的問題について決定的な回答を与えるからであり、それがひ
とつの神学をもっているからである。まさしくプルードンは、ここでは敵なのである
が、それは、プルードンが一八四八年において最も知られた社会主義者であったーー
かれに反対してモンタランベールが有名な議会演説をしたーーからではなくて、かれ
が、根源的な原理を根源的に主張したからである。かのスペイン人は、
愚鈍なほどの予感のなさやブルジョワジーの怯懦な狡猾さに対して、絶望していた。
かれは、
てとったのであり、
らくことになる、
正統主義者の
かれが本能(el instinto)とよぶところのものを
依然として見
社会主義にのみ、
4
かれは、
という結論をひき出したのであった。
すべての党派は結局は社会主義のためにはた
対立はふたた
そこから、
かようにして、
95


94~5頁


7 件のコメント:

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  2.  嬬二義ム的な人間平等と民主主義的な同質性との対立を顧慮しないで、M・J。ボンが語っている――、2 次に近、代、国、家、ぃか機、(アルフレット・ウェーバー)および最後に議、分主、妻の危、格である。ここに問題とされている議会主義の危機は、社会主義と民主主義との結びつきのように、民主主義と自由主義とが一時期相互に結びつきえたということ、だがこの自由民主主義が権力を獲得するや否や、直ちにその二つの要素の関係が危機に瀕せざるをえなくなるということに基づいている。それはあたかも、近代の大衆民主主義が本質的に自由主義的要素を含むために、やはり真実においては社会=自由=民主主義となるところの社会=民主主義の場合と同様である。民主制においては、平等な者たちの平等性と平等な者たちに属する者の意志とがあるだけである。これ以外のすべての制度は、何らかの形において表現された人民の意志に、その固有の価値と原理とを対置させ得ないところの、本質のない社会的=技術的補助手段に転化してしまう。近代国家の危機は、大衆民主主義、人間性の民主主義が何らの国家形態をも実現するものではなく、したがってまた、いかなる民主主義国家をも実現し得ないものであるということに基づいている。
     これに反して、ボルシェヴィズムとファッシズムとは、他のすべての独裁制と同様に、反自由主義的ではあるが、しかし必ずしも反民主主義的であるわけではない。民主主義の歴史には、多くの独裁制やシーザー主義や、またそれ以外にも十九世紀の自由主義の伝統からみれば全く異常な方法で人民の意志を形成し同質性を創り出そうとする多くの奇異な例がある。すべての個々の市民が、胸奥深く保たれた秘密と十分に隔離された状態において、つまり私的なるものと弁明の責任を負う必要のない事柄との領域から踏み出すことなく、――ドイツ共和国選挙法が規定しているように――「衝立て」によって他人から「観察されることなく」投票を行い、そして個々の投票が記録され算術的多数が計算されるといヶような方法においてのみ人民がその意志を発表することができるという考えは、非民主主義的な観念であってそれは十九世紀において自由主義的諸原則との混合の結果発生したものである。この観念によって全く基礎的な諸々の真理が忘れ去られているのであり、見受けたところ今日の国家論もそれに気附いていないのである。人民とは公法上の概念である。人民は、公共性の領域においてのみ存在している。 一億の私的な人々の一致した意見といえども、それは人民の意志でも世論でもない。人民の意志は半世紀以来極めて綿密に作り上げられた統計的な装置によってよりも喝朱→?鮎”8,一【gによって、すなわち反論の余地を許さない自明のものによる方が、むしろいっそうよく民主主義的に表現され得るのである。民主主義的な感情の力が強ければ強いほど、民主主義は秘密投票の計算組織とは違った何ものかである、という認識がますます深くなって行くのである。技術的な意味にとどまらず、また本質的な意味においても直接的な民主主義の前には、自由主義的思想の脈絡から発生した議会は、人工的な機械として現われるのに反して、独裁的およびシーザー主義的方法は、人民の喝果によって支持されるのみならず、民主主義的実質および力の直接的表現であり得るのであスつ。
     たとえボルシェヴィズムが制圧され、ファッシズムが排除されたとしても、今日の議会制の危機は少しも克服されない。何故ならば、議会制の危機は、この二つの敵手の出現の結果成立しているので

    24~5

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  3. 第二版へのまえがき


    .…
     これに反して、ボルシェヴィズムとファッシズムとは、他のすべての独裁制と同様に、反自由主義的ではあるが、しかし必ずしも反民主主義的であるわけではない。民主主義の歴史には、多くの独裁制やシーザー主義や、またそれ以外にも十九世紀の自由主義の伝統からみれば全く異常な方法で人民の意志を形成し同質性を創り出そうとする多くの奇異な例がある。すべての個々の市民が、胸奥深く保たれた秘密と十分に隔離された状態において、つまり私的なるものと弁明の責任を負う必要のない事柄との領域から踏み出すことなく、――ドイツ共和国選挙法が規定しているように――「衝立て」によって他人から「観察されることなく」投票を行い、そして個々の投票が記録され算術的多数が計算されるといヶような方法においてのみ人民がその意志を発表することができるという考えは、非民主主義的な観念であってそれは十九世紀において自由主義的諸原則との混合の結果発生したものである。この観念によって全く基礎的な諸々の真理が忘れ去られているのであり、見受けたところ今日の国家論もそれに気附いていないのである。人民とは公法上の概念である。人民は、公共性の領域においてのみ存在している。 一億の私的な人々の一致した意見といえども、それは人民の意志でも世論でもない。人民の意志は半世紀以来極めて綿密に作り上げられた統計的な装置によってよりも喝朱→?鮎”8,一【gによって、すなわち反論の余地を許さない自明のものによる方が、むしろいっそうよく民主主義的に表現され得るのである。民主主義的な感情の力が強ければ強いほど、民主主義は秘密投票の計算組織とは違った何ものかである、という認識がますます深くなって行くのである。技術的な意味にとどまらず、また本質的な意味においても直接的な民主主義の前には、自由主義的思想の脈絡から発生した議会は、人工的な機械として現われるのに反して、独裁的およびシーザー主義的方法は、人民の喝果によって支持されるのみならず、民主主義的実質および力の直接的表現であり得るのであスつ。
     たとえボルシェヴィズムが制圧され、ファッシズムが排除されたとしても、今日の議会制の危機は少しも克服されない。何故ならば、議会制の危機は、この二つの敵手の出現の結果成立しているので

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  4. 90~1

    制である。すべての専制的な制度は、近代民主主義におけるがごとく普通選挙権によって認可されると否とにかかわらず、中央集権主義と権威とに立脚するものである。パクーニンは、神と国家に対するこうした闘争に、主知主義ならびに教養の伝統的形式一般に対する闘争の性格を与えた。彼は――充分な根拠をもって――個性を援用することのうちに、 一つの運動の首となり頭となり脳髄とならんとする要求を、すなわちまた一つの新しい権威を認めている。科学といえども支配する権利をもつものではない。それは生ではなく、それは何物をも創造せず、それは構成し保持するが、 一般的なもの、抽象的なものを理解するだけであって、生の個別的な充実をその抽象化の祭壇の犠牲に供するのである。芸術は人類の生活にとっては、科学よりも重要である。バクーニンのこれらの発言はベルグソンの思想と驚くほど一致しており、人々の認めるところとなったことは当然であっ沌。労働者階級の直接的。内在的な生活自体から、労働組合およびその特殊な闘争手段、特にストライキの意義が認識された。こうしてプルードンとバクーニンとは、サンジカリズムの父となり、ベルグソン哲学の議論に基づいて、ソレルの思想がよって立つところの伝統を創り出したのである。この伝統の核心をなすものが神話の理論であって、これは絶対的な合理主義およびその独裁に対する最も強い対立を意味しているが、しかし同時に、それは直接的能動的決断の理論であるが故に、均衡化、公開の討論、議会主義というような表象を中心とする観念群の相対的合理主義に対しては、更にいっそう強い対立を意味しているのである。
     行動力と英雄的行為への能力、すべての世界史的な活動は、ソレルにとっては、神話への牽引力によるものである。こうした神話の例としては、ギリシャ人における名誉と名声の観念、ないしは古代キリスト教における最後の審判の期待、フランス大革命中における徳→o『一こと革命的自由に対する信念、一八一三年のドイツ解放戦争の国民的な感激が挙げられる。 一民族または他の社会的集団が歴史的使命をもっているか否か、また彼らの歴史的な時期が到来しているか否かを決定する基準は、神話のうちにのみある。偉大なる熱狂、偉大なる道徳的決断および偉大なる神話は、推理や合目的的考量から生まれるのではなく、純粋な生の本能の深みから生まれるのである。熱狂した大衆は直接的な直感によって神話的イメージを創造する。このイメージこそは彼らの活力を推進せしめ、殉教への力ならびに暴力行使への勇気を彼らに与えるのである。ただこうしてのみ、 一民族ないし一階級は世界史の動力となる。こういうものを欠く場合には、いかなる社会的、政治的な権力といえども維持され得ず、またいかなる機械的な装置も、歴史的生の新たな潮流が解き放たれたときにはその防波堤となることができないのである。したがってすべては、今日どこに神話に対するこの能力とこの生命力とが実際に活きているかを、正しく見ることにかかっている。これらの能力は、近代のブルジョアジー、すなわち金銭と所有についての不安のために堕落し、懐疑主義、相対主義、議会主義によって精神的に損なわれている社会層においては、もちろん発見されないであろう。この階級の支配形態である自由主義的な民主主義は、「煽襲ッ雌な金権政治」にすぎない。それならば誰が今日偉大なる神話の担い手であるのであろうか。ソレルは、まだ産業プロレタリアートの社会主義的大衆だけは神話をもつということ、しかもそれは彼らの信ずるゼネストそのものに外ならないということを証明しようとす

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  5. 92~3

    る。ゼネストが今日実際に何を意味するかということは、プロレタリアートがいかなる信念をこれに結びつけるかということ、ゼネストはいかなる行為と犠牲とを彼らに為さしめるかということ、それが新たな道徳を生み出すことができるか否かということに比べれば、邊かに重要ではない。こうして、ゼネストに対する信念、ゼネストによってもたらされる全社会的、経済的生活の恐ろしい破局に対する信念は、社会主義の生命に属するのである。この信念は、大衆自身から、産業プロレタリアートの生活の直接性から生ずるものであって、知識人や文筆家の発見から、あるいはュートピァからできあがっているのではない。けだしソレルによれば、ユートピアもまた合理主義的な精神の産物であり、機械的な図式にしたがって生活を外部から支配しようとするものだからである。
     この哲学の見地においては、すべての者に利益を与え、よき商売をなさしむべき平和的協約というブルジョア的な理想は、卑怯な主知主義の所産となり、討論し、商議し、討議することは、神話に対する裏切りに見え、すべてがそれにかかっている偉大なる感激に対する一暴切りに見える。均衡についての商業主義的なイメージにはもう一つのイメージが対立する。すなわち血腟い、最期的、せん滅的な決戦についての戦闘的イメージでぁる。議会主義的な立憲主義に対して、このイメージは、 一人四八年には、二つの側から現われた。すなわち、保守的な意味における伝統的秩序の側からは、旧教的スペイン人ドノソ・コルテスに代表されて現われ、 一方においてはプルードンの急進的なアナルコ・サンジカリズムにおいて現われた。両者はともに決断を要求した。このスペイン人の全思想は、大なる闘争(r鴨”●8●一【8P)、日の前に追っている怖るべき破局を核として展開される。そしてこの破局は討論に終始する自由主義の形而上学的怯儒のみがよく否認するところである。そしてプルードンの思想にとってここでは、その著『戦争と平和』(いヽさヽミミミきヽや)が特徴的であるが、彼はこの書の中で、反対者を絶滅するナポレオン的戦い(σ”一”一】げZ3色8コいo●●←について語っている。血握い闘争に必要なあらゆる暴力行使と権利侵害とは、プルードンにとっては歴史的裁可を得ているものなのである。相対的な、議会主義的討議の手におえるような対立(〇£8∽,一じの代りに、今や絶対的対立(>●”】”ぎ∽8)が現われる。「根本的な否定と至上の肯定の日が到来する」、議会の討論も決してそれを阻止しえない。本能に駆られた民衆は、詭弁家の演壇を打ち砕くであろう。これはすべてコルテスの述べたところであるが、 二言もたがわずにソレルがそう言ったとしても、少しもおかしくはなかったであろう。ただこのアナーキストは民衆の本能の側に立っているという点が異っているだけなのである。コルテスにとっては、急進的な社会主義は自由主義的な討議よりも偉大なる何ものかである。何故ならそれは最終的な諸問題に遡って、根本的な諸問題に決定的な解答を与えるからであり、それは一つの神学を持っているからである。他ならぬプルードンがここでは彼の敵となっているのだが、それは、プルードンが一八四八年当時においてもっとも人口に檜灸した社会主義者であってそれに反対してモンタランベールが有名な議会演説を行ったといったことのためではなくて、プルードンがまさにラディカルな原理をラディカルに主張していたためなのである。コルテスは、正統主義者の愚鈍な短見と、ブルジョアジーの卑怯な狡猾さを見て失望した。彼は、社会主義においてのみ、まだ、彼が本能(⊆F■ユ3と呼んだものを認め、そしてそこから、結局はすべての党派が社会主

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  6. 94~5

    義のために活動するに至るであろう、という結論を引き出した。こうして彼らの対立は再び精神的に9 拡がって、しばしば終末論的な緊張に達したのである。しかし、 ヘーゲル的マルクス主義の弁証法的に構築された緊張とは異って、ここで問題となるのは、神話的イメージの直接的。直観的な対立である。マルクスはそのヘーゲル哲学についての高い教養からプルードンを哲学の素人として取扱い、プルードンがヘーゲルをいかにひどく誤解したかを示すことができたのである。今日、急進的社会主義者は、最近流行の哲学を借りてマルクスに向って次のように言うことができるかも知れない。憐れな、罵倒されたプルードンは、ともかく労働する大衆の現実の生活に対する本能を所有していたが、マルクスはこの点では単なる学校教師にすぎず、西欧的=ブルジョア的な教養に対する主知主義的な過重評価になお全くはまり込んだままであった、と。コルテスの眼には、社会主義的無政府主義者は悪霊、悪魔であり、プルードンにとっては、このカトリック教徒は狂信的な大審問官であった。これを彼は嘲笑しようとしたのである。ここに二人の真の対立者がいたこと、(ま繁他のすべてのものが仮りの中途半端なものであったということは、今日では認識し易いところである。
     闘争と結びついている戦闘的、英雄的表象は、ソレルによって再び強烈な生の真の衝動として真剣にとりあげられた。プロレタリアートは階級闘争を、議会の演説や民主主義的な選挙の宣伝の標語としてではなく、現実の闘争として信じなければならない。プロレタリァートは階級闘争を、科学的構成なしに生命の本能から捉え、しかも決戦に対する勇気を自己に与えるところの偉大なる神話の創造者として把握する。したがって社会主義およびその階級闘争の思想にとっては、職業的政治や議会主義制度への参加ほど危険なことはない。これらのものは偉大なる熱情を饒舌と陰謀のうちに消耗させ、道徳的な決断を産み出す純粋な本能と直感を殺してしまうのである。人間の生命において価値あるものは、理屈から生ずるのではなくて、戦時にあって、偉大なる神話的イメージに鼓舞されて闘争に参加する人間において生ずるものであり、それは「人々が参加することを肯い、はっきりとした神話の形をとって現われる戦争状態」「暴力論』三一九頁)に依存するのである。戦闘的。革命的な感激、恐ろしい破局への期待こそは、生の内的集中に属するものであって、歴史を動かすものである。しかしながら、その飛躍は大衆自体から発しなければならない。けだしイデオローグや知識人はそれを発見し得ないからである。 一七九二年の革命戦争はそのようにして発生しているし、ソレルがルナンと共に十九世紀の最大の叙事詩であると祝福した時代、すなわち一人一三年のドイツ解放戦争もそのようにして発生している。無名の大衆の非合理的な生命のエネルギーから、これらの戦争の歴史的な精神が生み出されたのである。
     あらゆる合理主義的な解釈は、生の直接性を歪めるものであろう。神話は決してユートピアではない。何故ならユートピアは推理的な思考の産物であって、せいぜい改革に導くだけだからである。また戦いの躍動は、軍国主義と混同してはならない。とりわけこの非合理性の哲学における暴力行使は、独裁とは異ったものであろヶと欲する。ソレルはプルードンと同様に、あらゆる主知主義、あらゆる中央集権化、画一化を憎悪しながら、しかもまたプルードンと同じく、最も厳格な規律とモラルとを要求している。偉大なる戦いは、ソレルによれば、科学的な戦略のみによって行われるものではなく、

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  7. カール・シュミットは『現代議会主義の精神史的地位』でソレル経由でプルードンに言及している
    Die geistesgeschichtliche Lage des heutigen Parlamentarismus(1922, 2.erw. Aufl. 1926)
    稲葉素之訳『現代議会主義の精神史的地位』(みすず書房、1972年、原著第2版1926年刊の翻訳)
    樋口陽一訳『現代議会主義の精神史的地位』(岩波書店【岩波文庫】、2015年、「議会主義と現代の大衆民主主義との対立」を併録)

    《…民主主義は保守的でも反動的でもありうるーー ちなみに、このことをプルードンは予言していたーー》
    カール・シュミット『現代議会主義の精神史的状況』(1923)[2015新訳]
    岩波文庫18頁

    《均衡という商人的な像に対して、もうひとつの
    像、すなわち、血なまぐさい、決定的な、殲滅的な決戦という、戦士的な観念が対置
    される。この像は、一八四八年に、議会主義的立憲主義に対抗して、二つの側からあ
    らわれた。保守的な意味における伝統的な秩序の側からは、スペインのカトリック教
    徒、ドノソ·コルテスによって代表され、急進的なアナルコサンディカリスム側で
    はプルードンにおいてである。両者とも、ひとつの決断を求める。かのスペイン人の
    すべての思想は、おそるべき破局のための大いなる闘争(la gran contienda)をめぐって
    展開する。その破局はさしせまっており、討論する自由主義の形而上学的な怯懦さに
    よってのみ否定されうるにすぎない。また、プルードンはーーかれの思考にとって、
    ここで『戦争と平和』(La guerre et la paix)という著作が特徴的なのであるがーー、敵
    を殲滅する「ナポレオン的戦闘」(Bataille Napoléonienne)について語っている。プルー
    ドンにとっては、血な生ぐさい闘争につきもののあらゆる暴力性、法の侵犯は、歴史
    の裁可を得るのである。議会主義的な取引になじむ相対的な対立にかわって、いまや
    絶対的な対立があらわれる。「徹底的な否定と絶対的な断定の日が来る」。いかなる議
    会の討論も、その日をおしとどめることはできない。その本能によってかりたてられ
    た民衆は、ソフィストたちの講壇をうちこわすだろうーーコルテスのすべての言辞は、
    一言一句ソレルのものともなりうるほどであるが、ただ、この無政府主義者のほうは
    民衆の本能の味方をしている、という点は別である。コルテスにとって、急進的な社
    会主義は自由主義的寛容よりも偉大なものであるが、それは、急進的な社会主義が究
    極の問題まで遡り、根源的問題について決定的な回答を与えるからであり、それがひ
    とつの神学をもっているからである。まさしくプルードンは、ここでは敵なのである
    が、それは、プルードンが一八四八年において最も知られた社会主義者であったーー
    かれに反対してモンタランベールが有名な議会演説をしたーーからではなくて、かれ
    が、根源的な原理を根源的に主張したからである。》

    94~5頁

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