カール・シュミット(1888~1985)Carl Schmitt
『現代議会主義の精神的地位』,❸T.226@/❺H.19@,
『政治神学』,❸T.417/❺H.21,
『政治的なものの概念』,❸T.457@/◉W.51@/◎N.60@
- カール・シュミットは『現代議会主義の精神史的地位』でソレル経由でプルードンに言及している
稲葉素之訳『現代議会主義の精神史的地位』(みすず書房、1972年、原著第2版1926年刊の翻訳)
樋口陽一訳『現代議会主義の精神史的地位』(岩波書店【岩波文庫】、2015年、「議会主義と現代の大衆民主主義との対立」を併録)
- 現代議会主義の精神史的状況 他一篇
叢書名 岩波文庫 ≪再検索≫
著者名等 カール・シュミット/著 ≪再検索≫
著者名等 樋口陽一/訳 ≪再検索≫
出版者 岩波書店
出版年 2015.7
大きさ等 15cm 174,4p
注記 Die geistesgeschichtliche Lage des heuti
gen Parlamentarismus.〔etc.〕[1923]の翻訳
NDC分類 313.7
件名 議会政治 ≪再検索≫
要旨 やがてナチスの桂冠法学者となるカール・シュミット(1888‐1985)が、自由主
義に対する体系的批判を行なった初の著作。不安定なワイマール体制への幻滅から、議会
主義の精神史的な基礎は過去のものになったとし、議会主義と民主主義の連関を切断する
。独裁理論を考察し、ドイツの新しい政体を暗示した問題作。1923年刊。
目次 現代議会主義の精神史的状況―一九二三年(民主主義と議会主義;議会主義の諸原理;マ
ルクス主義の思考における独裁;直接的暴力行使の非合理主義理論);議会主義と現代の
大衆民主主義との対立―一九二六年(議会主義;民主主義)
内容 ナチスの桂冠法学者として知られるカール・シュミットが、自由主義に対する批判的分析
を初めて本格的に行った著作。
内容 内容: 現代議会主義の精神史的状況
内容 議会主義と現代の大衆民主主義との対立
内容 訳者解説
ISBN等 4-00-340301-0現代議会主義の精神史的地位【新装版】
DIE GEISTESGESCHICHTLICHE LAGE DES HEUTIGEN PARLAMENTARISMUS
ワイマール共和国を批判し、独裁論を掲げて、ナチス政権下の公法学者となったシュミット。第一次世界大戦の敗戦後、自由主義国家イギリス、アメリカと、社会主義国家ソヴィエトの間で、ドイツ国家の新しいイメージを模索しながら、1923年に本書は刊行された。一方でギゾー、コンドルセ、ベンサム、ミルの提示した議会主義の歴史を検証しながら、議会制民主主義の問題点を指摘する。また一方では、マルクス、プルードン、ソレルの社会主義理論や、ムッソリーニの国家社会主義を取り上げ、独裁という政治体制を考察する。
現代の形骸化した議会制民主主義のあり方、そして独裁国家の問題を考えるうえで、いまだに輝きを失わない書である。[初版1972年発行]第二版へのまえがき 議会主義と民主主義の対立について
序章
第一章 民主主義と議会主義
民主主義的思考の規準をなす同一性の観念と、政治的現実の中で――それらの観念の代位をなす様々な同一化現象
第二章 議会主義の諸原理
公開性と討論――三権分立と均衡――純粋の議会主義の法概念――議会主義的思考の相対的合理主義
第三章 マルクス主義思想における独裁
独裁と弁証法――マルクス主義の形而上学的明証――プロレタリア独裁における合理主義と非合理性
第四章 議会主義の敵・直接的暴力行使の非合理主義的諸理論
ジョルジュ・ソレルにおける神話の理論――ブルジョアについての神話的イメージ――ボルシェヴィズムとファッシズムの対立において現れた階級闘争神話と民族神話
註
あとがきに代えて- カール・シュミット
曖昧さ回避 この項目では、法学者・哲学者について説明しています。化学者については「カール・シュミット (化学者)」をご覧ください。
カール・シュミット(Carl Schmitt、1888年7月11日 - 1985年4月7日)は、ドイツの思想家、法学者、政治学者、哲学者である。法哲学や政治哲学の分野に大きな功績を残している。
第二次大戦前、戦中
Politische Romantik(1919)
大久保和郎訳『政治的ロマン主義』(みすず書房、1970年、原著第2版1925年刊の翻訳)
『政治的ロマン主義』橋川文三訳、未来社、1982年
Die Diktatur: von den Anfangen des modernen Souveranitatsgedankens bis zum proletarischen Klassenkampf(1921)
田中浩・原田武雄訳『独裁――近代主権論の起源からプロレタリア階級闘争まで』(未來社、1991年、原著第3版1964年刊の翻訳)
Politische Theologie(1922)
田中浩・原田武雄訳『政治神学』(未來社、1971年、原著第2版1934年刊の翻訳)
Die geistesgeschichtliche Lage des heutigen Parlamentarismus(1922, 2.erw. Aufl. 1926)
稲葉素之訳『現代議会主義の精神史的地位』(みすず書房、1972年、原著第2版1926年刊の翻訳)
樋口陽一訳『現代議会主義の精神史的地位』(岩波書店【岩波文庫】、2015年、「議会主義と現代の大衆民主主義との対立」を併録)
下記『カール・シュミット著作集』第Ⅰ巻収録の②及び④を元に、補正を施した上で必要な編集作業を行ったもの
Verfassungslehre(1928)
阿部照哉・村上義弘訳『憲法論』(みすず書房、1974年)
Die Diktatur des Reichsprasidenten nach Artikel 48 der Weimarer Verfassung(1929).
田中浩・原田武雄訳『大統領の独裁』(未來社、1974年)
Der Begriff des Polotischen(1932)
田中浩・原田武雄訳『政治的なものの概念』(未來社、1970年)
Legalitat und Legitimitat(1932)
田中浩・原田武雄訳『合法性と正当性』(未來社、1983年、原著第2版1968年刊の翻訳)
Der Leviathan in der Staatslehre des Thomas Hobbes(1938)
長尾龍一訳『リヴァイアサン――近代国家の生成と挫折』(福村出版、1972年)
Positionen und Begriffe im Kampf mit Weimar - Genf - Versailles 1923-1939(1940)
長尾龍一訳『現代帝国主義論――戦争と平和の批判的考察』(福村出版、1972年)
Land und Meer: eine weltgeschichtliche Betrachtung(1942)
生松敬三・前野光弘訳『陸と海と――世界史的一考察』(福村出版、1971年/慈学社、2006年)
第二次大戦後
Der Nomos der Erde im Völkerrecht des Jus Publicum Europaeum (1950)
新田邦夫訳『大地のノモス――ヨーロッパ公法という国際法における(上・下)』(福村出版、1976年/改訳版、慈学社、2007年)
Hamlet oder Hekuba. Der Einbruch der Zeit in das Spiel(1956)
初見基訳『ハムレットもしくはヘカベ』(みすず書房、1998年)
Theorie des Partisanen: Zwischenbemerkung zum Begriff des Politischen(1963)
新田邦夫訳『パルチザンの理論――政治的なるものの概念についての中間所見』(福村出版、1972年/筑摩書房【ちくま学芸文庫】、1995年)
Politische Theologie II. Die Legende von der Erledigung jeder Politischen Theologie(1970)
長尾龍一訳『政治神学再論』(福村出版、1980年)
Das internationale Verbrechen des Angriffskrieges(1993)
ヘルムート・クヴァーリチュ編、新田邦夫訳『攻撃戦争論』(信山社、2000年)
Ernst Jünger — Carl Schmitt. Briefe 1930-1983(1999)
ヘルムート・キーゼル編、山本尤訳、『ユンガー=シュミット往復書簡』(法政大学出版局、2005年)
『政治思想論集』(服部平治・宮本盛太郎訳、社会思想社、1974年)
『カール・シュミット時事論文集――ヴァイマール・ナチズム期の憲法・政治論議』(古賀敬太・佐野誠訳、風行社、2000年)
『カール・シュミット著作集(I・II)』(長尾龍一編、田中成明・樋口陽一・長尾龍一ほか訳、慈学社、2007年)
第Ⅰ巻収録論文〔1922―1934〕
政治神学(1922年、長尾龍一訳)
現代議会主義の精神史的状況(1923年、樋口陽一訳)
ローマカトリック教会と政治形態(1925年、小林公訳)
議会主義と現代の大衆民主主義との対立(1926年、樋口陽一訳)
国際連盟とヨーロッパ(1928年、長尾龍一訳)
ライン地域の国際法的諸問題(1928年、長尾龍一訳)
中立化と脱政治化の時代(1929年、長尾龍一訳)
フーゴー・プロイス(1930年、上原行雄訳)
政治的なものの概念(1932年、菅野喜八郎訳)
現代帝国主義の国際法的諸形態(1932年、長尾龍一訳)
ライヒ・国家・連邦(1933年、長尾龍一訳)
法学的思惟の三種類(1934年、加藤新平・田中成明訳)
第Ⅱ巻収録論文〔1936―1970〕
「ドイツ法学におけるユダヤ人」学会への結語(1936年、長尾龍一訳)
ホッブズと全体主義(1937年、長尾龍一訳)
全面の敵・総力戦・全体国家(1937年、長尾龍一訳)
レヴィアタン――その意義と挫折(1938年、長尾龍一訳)
戦争概念と敵概念(1938年、長尾龍一訳)
日本の「アジア・モンロー主義」(1939年、長尾龍一訳)
ジャン・ボダンと近代国家の成立(1941年、長尾龍一訳)
獄中記――故ヴィルヘルム・アールマン博士を追憶して(1950年、長尾龍一訳)
価値による専制(1967年、森田寛二訳)
政治神学Ⅱ――「あらゆる政治神学は一掃された」という伝説(1970年、新正幸・長尾龍一訳)
- 2 革命的名無しさん 2007/06/30(土) 05:05:10 ID:
最強の反動思想家 ドノソ・コルテス
ドノソ・コルテス
19世紀で最も強力な反動思想家、カトリシズムの守護者。マルクスもバクーニンも彼を最強の敵だと認識していた。
かのカール・シュミットは唯一にして、最高の師として彼の名をあげ、「彼に比較すればエドムント・バーグの論の
ごときは参照にも値しない」と言っている。この著作の邦訳の全くない、謎の反動思想家について語り合ってみよう。
このコルテスにかぎらず、同じく有名な反動思想家のジョセフ・ド・メーストルの著作についても邦訳は全くない。
一体何かを畏れているのか?ドノソ・コルテスについてとりあえず知りたければまずはカール・シュミットの著作を
読むこと。あらゆる統治権力はそれが「統治権力」だというだけで、絶対悪である。バクーニンやプルードンのよう
な真のアナーキストはそのように考える。それならばだ!あらゆる統治権力はそれが「統治権力」だというだけで
問答無用の絶対善、正統なものである(!!)とまで考えない限り、彼らアナーキストに本当の意味で対抗すること
などできない。そしてまさにそこにまで到達する真の「反動思想家」がコルテスなのである。
3 革命的名無しさん 2007/06/30(土) 05:07:58 ID:
「コルテスの持っている唯一の意味は、政治的な概念や対立を相対化する解消の時代において、そして、
イデオロギー的な欺瞞の雰囲気の中にあって、彼がすべての大規模な政治の中心概念を認識していて、
虚偽で欺瞞的などんな隠蔽をも突破して、そうした概念を確認し、日常の政治の背後に、大規模な
歴史的で本質的な味方と敵との区別を規定しようとした、ということである。」
カール・シュミット
「私達中部ヨーロッパ人は、『ロシア人の眼下』に生活している。彼らの合理主義への気迫は強烈な
ものであるが、非合理主義への気迫もそれに劣らない。また、善においても悪においても正統主義を
貫く精力も圧倒的である。こうして彼らは、社会主義とスラブ魂を結合した。ドノソ・コルテスは
1848年、すでに来るべき100年間に生ずべき大事件としてこれを予言している。」
カール・シュミット
4 革命的名無しさん 2007/06/30(土) 05:09:00 ID:
「もし神が母の胎内で受肉しなかったならば、また神が全人類のために十字架上で死ななかったならば、
人間は、私の目に私が足で踏みつける虫けらよりも一層いとましいものに見えたであろう」
「自由主義なるものは、政治的問題の一つ一つをすべて討論し、交渉材料にすると同様に
形し上学的真理をも討論に解消してしまおうとする。その本質は交渉であり、決定的対立を、
血の流れる決戦を、なんとか議会の討論へと変容させ、永遠の討論によって永遠に停滞させ
うるのではないか、という期待を常にもつ不徹底性なのである。」
〈キリストかバラバか〉という決定的な問いに対し、滑稽にも延会動議や調査委員会をもって
解答とするのが「自由主義」である。
「政治体制を攻撃する力が強ければ強いほどそれに応じて抵抗する力も強化されなければならない。
攻撃する力が集中されているとするならば、抵抗する力も1人の人物に集中されるべきである。
特に2月革命で実証されたように、正統的君主制が革命勢力に抵抗力を有していない以上、
強力無比な独裁制伝統的権威によらない独裁制が必要とされる。この場合の独裁とは外的な
秩序維持をめざす価値中立的な独裁ではなく、善悪を決定し悪を殲滅する神的使命を帯びた
全く新しい独裁である。」
「政治的諸問題の背後に神学が存在する。」
「すべての政治的・社会的真理は、究極的には神的真理に帰着する。」
「神なき政治は地獄の深淵から生じたものである。」
「議論はすべての概念を混乱させ、懐疑主義を助長させる。」
ドノソ・コルテス
5 革命的名無しさん 2007/06/30(土) 05:11:29 ID:
ドノソは1848年の2月革命を目撃して驚愕し、カトリシズムと社会主義との
黙示録的対立を描くと同時に、革命的・民主主義的勢力の「下からの革命」に
対抗し、「上からの独裁」を要請した。
役立たずな「世襲君主制」の終焉と最強力な新しい「神的独裁制」の誕生。
これがドノソの『役立たずな「世襲君主制」の終焉』での独裁論の要諦である。
6 革命的名無しさん 2007/06/30(土) 05:15:11 ID:
やはり、あの1991年8月の「八月クーデター」失敗によるソビエト・ロシア(ソビエト共産主義)の崩壊という
ことがなければ、この仕事は完成させることはできなかったと思う。ソビエトの崩壊と冷戦構造の終焉によって、
それまで曇っていた自分の頭がすっきりした。「やっと分かったゾ」という気になったのはこの時期である。
自分もまた、ほとんどの日本知識人たちと同じく、頭の幾分かを、ずっと引きずるようにして、ソビエト型とは
違うのだが別種の社会主義=政治的理想主義に長く囚われていて、この呪縛から開放されなかった。
一九九四年から一九九五年にかけてやっと、この本を書きあげ完成させたときに、私は世界を一極的に
支配する世界覇権国となったアメリカ合衆国の諸思想がどうのようになってできているのかを知ったのである。
(中略)
このとき私は、アメリカの現代アメリカ政治思想の各派を、日本語でコンパクトにまとめて、全体的に
性格描写することで、自分が悩み苦しんできた二十年来の政治イデオロギー遍歴からも開放されたのである。
私は、今や、右(保守)でもなければ、左(リベラル)でもない。
私は、ただ、それらの全体像を大きく眺めつくすものである、ということになった。
私は左右の大きな価値対立に於いて、どちらにも組するものでは自分を発見した。
私は、ただそれらの思想の諸価値の対立点を記述する者である。
(中略)
私は日本知識人層の貧弱な土俵の上に「現代アメリカ政治政治思想の全体像」を植えつけるという大きな
仕事を先駆者としてなしとげた。今や日本知識人全てを足元に見下すほどの地位を、私は自力で
築いたのである。しかし、このことは、私が大秀才である、と自惚れているのではない。
私程度は、アメリカでは頭のいい大学院生程度だということである。ということは、日本の知識人の
大半の文科系の知識人の知能水準は、アメリカに持ち出せば、頭のいい高校生程度だ、ということである。
副島隆彦「日本の秘密」