水曜日, 5月 04, 2011

レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』とウィリアム・ジェイムズ


レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』とウィリアム・ジェイムズ

http://nam-students.blogspot.jp/2011/05/blog-post.html?m=0@

Does Consciousness Exist? (Essays in Radical Empiricism) 

http://nam-students.blogspot.jp/2017/10/1does-consciousness-exist-essays-in.html

NAMs出版プロジェクト: 1755年のリスボンの大震災に関して(ヴォルテールとルソー)
http://nam-students.blogspot.jp/2011/04/blog-post_5916.html 







最近、レベッカ・ソルニット↑著『災害ユートピア』(原題:A Paradise Built in Hell 地獄の中にある天国)で指摘されたエリートパニックが実際に起こったことが話題になった(柄谷行人書評)。
思想史的にはこの本で『プラグマティズム』*で著名なウィリアム・ジェイムズ( William James )を論考の柱の一にしていることが特筆される(クロポトキンも柱の一つ)。
ウィリアム・ジェイムズは1906年のサンフランシスコ大地震の前後に重要なテクストを3つ残している。
一つは「戦争の道徳的等価物」(moral equivalent of wargoogle翻訳)=戦争という暴力的衝動を他の領域に置きかえることによって戦争を回避することができるという内容、1956年刊の河出『世界大思想全集』第15巻に邦訳、スティーヴン・C. ロウ著『ウィリアム・ジェイムズ入門』に抄訳がある。)、
もうひとつは「地震の心理的効果について(“On some mental effects of the earthquakegoogle翻訳)” (1906))」(=地震に遭遇した際のエッセイ。「誰かの役に立ちたいという熱意はあらゆるところにあった」「これをアメリカ的、またはカリフォルニア的であると賛美するのは簡単だ・・・だが、私が書いているものは人間の本質の正常で普遍的な特質であると思いたい」)、
さらに「人間のエネルギー(The Energies of Mengoogle翻訳))」**だ。
すべて原文がネットで読める。

ソルニットが主に考察するのは1番目と2番目だが、3番目も冒頭でピエール・ジャネを援用していて興味深い(3番目は地震には少ししか触れておらず直接関係がないが、実際の地震を経て男女の心的エネルギーをジェイムズは考察したようだ)。
そもそもジェイムズが探究した心理学自体が経験主義の再評価の系譜にあるが(フロイトもミルを評価していた)、プラグマチズムを含む経験論の系譜が震災によってその重要性を明らかにしたと見ていい。

夏目漱石も「人間はsame space をoccupyできない」という有名な標語を書き残しているが、これなどもジェイムズの影響が伺われる言葉だ。ちなみに建国前の中国も知識人がデューイの影響を強く受けている。

注:
*ソルニットは、この書にある「もしある考えではなく、別の考えが正しいとしたら、それは実際にどんな違いを生むだろうか?」という問いかけが、ジェイムズが地震の際の人々の振る舞い方を考察した際の基調にあるという。
**バージョン違いの同名の論文がもう一つあるようだが、こちらにもジャネが出てくる。

追記:
ソルニットの震災後の日本へのメッセージは以下(これに対して池上義彦の応答もある)、

A Letter from Rebecca Solnit
Posted on March 30, 2011
北日本そしてその他の地区の兄弟/姉妹たちへ
http://jfissures.wordpress.com/2011/03/30/rebecca-solnit/
「有毒物質による災害の場合、ことは大きく異なっているかもしれません。人々はしばしば自らを孤立化せねばならず、何が排出されているか知りえず、災害はいつまでも終わらないかもしれない。地震の後、再構築することよりも、石油こぼれや放射能漏れを片付けることはより難しいです。だが、この大災害は、すでに原子力や世界中の武器に関する対話を変容させ、ドイツにおいては原子エネルギーからの脱却の高速化を促したのです。それ以外それが何を為すかは、まだ分かりません。そしてすでに言ったように、それは大なり小なり、われわれにかかっているのです。」



追記:
1906年のサンフランシスコ大地震には、幸徳秋水も立ち会っているそうだ。
 (以下、「明治流星雨」より)



「予は桑港(サンフランシスコ)今回の大震災に就いて有益なる実験を得た。夫(そ)れは外でもない、去る18日以来桑港全市は全 く無政府共産制の状態に在る。商業は総て閉止。郵便、鉄道、汽船(附近への)総て無賃。食料は毎日救助委員より頒与(はんよ)する。食料の運搬や病人負傷 者の収容、介抱や、焼跡の片付や、避難所の造営や、総て壮丁(そうてい。成年に達した一人前の男)が義務的に働く。買うとは云っても商品が無いので金銭は 全く無用の物となった。財産私有は全く消滅した。面白いではないか。併し此の思想の天地も向う数週間しか続かないで、また元の資本私有制度に返るのだ。惜 しいものだ」
幸徳秋水(1906年(明治39年)4月24日付、雑誌「光」へ寄せた一文)
http://blog.goo.ne.jp/ippusai/e/a10674a0c6141aae6b3c269be5b64066
村雨退二郎(むらさめ・たいじろう)
『史談蚤の市』78頁
中公文庫(改版)

9 Comments:

Blogger yoji said...

災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか  [著]レベッカ・ソルニット - 柄谷行人(評論家) - 書評・コラムを読む - BOOK asahi.com:朝日新聞社の書評サイト
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011071704866.html

災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか  [著]レベッカ・ソルニット
2011年02月06日
柄谷行人(評論家)



著者:レベッカ・ソルニット、高月園子  出版社:亜紀書房 価格:¥ 2,625
■相互扶助の出現、無法状態でなく


 大災害が起きると、秩序の不在によって暴動、略奪、レイプなどが生じるという見方が一般にある。しかし、実際には、災害のあと、被害者の間にすぐに相互扶助的な共同体が形成される。著者はその例を、サンフランシスコ大地震(1906年)をはじめとする幾つかの災害ケースに見いだしている。これは主観的な印象ではない。災害学者チャールズ・フリッツが立証したことであり、専門家の間では承認されている。にもかかわらず、国家の災害対策やメディアの関係者はこれを無視する。各種のパニック映画は今も、災害が恐るべき無法状態を生み出すという通念をくりかえし強化している。
 むしろこのような通念こそが災害による被害を倍加している。サンフランシスコ大地震でも、死者のかなりの部分は、暴動を恐れた軍や警察の介入による火災や取り締まりによってもたらされた。同じことがハリケーンによるニューオーリンズの洪水においても起こった。略奪とレイプが起こっているという噂(うわさ)がとびかい、被災者の黒人が軍、警察、自警団によって閉じこめられて大量に殺された。本書でも簡単に触れられているように、関東大震災では朝鮮人の大量虐殺がおこった。これも噂にもとづくものだが、その根底には朝鮮人の独立運動に対する国家側の恐怖があった。
 他方で、サンフランシスコでもニューオーリンズでも、被災者の間および外から救援にかけつけた人たちの間で、新たな共同体がすぐに形成された。日本の例でいえば、阪神・淡路大震災では関東大震災のようなことは起こらなかった。当時、国家の対応が遅すぎるという非難があったが、むしろそのおかげで、被災者と救援者の間に、相互扶助的な共同体が自然発生的に生まれた。そのような「ユートピア」は、国家による救援態勢と管理が進行するとともに消えていったが、このときの経験から、その後に生き方を変えた人が多いはずである。私も何人かを知っている。
 本書において、災害は自然災害だけでなく、戦争や経済危機などをふくんでいる。いずれの場合も、災害は新たな社会や生き方を開示するものだ。ニカラグアやメキシコでは、それが社会革命につながった。人々は自然状態では互いに敵対するというホッブズの政治哲学が、今も支配的である。だが、それは国家的秩序を正当化するための理論にすぎない。災害後の「ユートピア」が示すのは、その逆である。国家による秩序がある間他人を恐れて暮らしていた人たちは、秩序がなくなったとたん、たちまち別の自生的な“秩序”を見いだす。それは、他人とつながりたい、他人を助けたいという欲望がエゴイズムの欲望より深いという事実を開示する。むろん、一時的に見いだされる「災害ユートピア」を永続化するにはどうすればよいか、という問題は残る。しかし、先(ま)ず、人間性についての通念を見直すことが大切である。
 〈評〉柄谷行人(評論家)
     *
 高月園子訳、亜紀書房・2625円/Rebecca Solnit 米サンフランシスコ在住のノンフィクション作家。他の著書に『暗闇のなかの希望——非暴力からはじまる新しい時代』など。

6:54 午後  
Blogger yoji said...

http://blog.goo.ne.jp/ippusai/e/a10674a0c6141aae6b3c269be5b64066
幸徳秋水とサンフランシスコ大地震
2006-10-28 06:57:42

1906(明治39)年4月18日午前5時12分、サンフランシスコに大地震が起こった。
このマグニチュード7.8 直下型の地震で、約3,000人が死亡、225,000人が家を失った。地震によって引き起こされた火災は3日間燃え続け、市の中心街約15平方キロメートルが焼失した。

ちょうどこの時、サンフランシスコに滞在していたのが、「亡命中」の幸徳秋水(1871 - 1911) である。

「『我の去らんと欲するが故にあらず、止まらんとして、止まる能わざれば也』

と書いている通り、

「非戦論以来の弾圧、検挙、投獄の連続に、悪戦苦闘、ほとんど刀折れ矢尽きて、しばらく難を国外に避ける亡命の旅であった。」(村雨退二郎「明治天皇への脅迫状」。『史談蚤の市』所収)


その「亡命中」の彼が、サンフランシスコの惨状の中で見たのは、アナーキズム状態がどのようなものであるか、であった。

「予は桑港(サンフランシスコ)今回の大震災に就いて有益なる実験を得た。夫(そ)れは外でもない、去る18日以来桑港全市は全く無政府共産制の状態に在る。商業は総て閉止。郵便、鉄道、汽船(附近への)総て無賃。食料は毎日救助委員より頒与(はんよ)する。食料の運搬や病人負傷者の収容、介抱や、焼跡の片付や、避難所の造営や、総て壮丁(そうてい。成年に達した一人前の男)が義務的に働く。買うとは云っても商品が無いので金銭は全く無用の物となった。財産私有は全く消滅した。面白いではないか。併し此の思想の天地も向う数週間しか続かないで、また元の資本私有制度に返るのだ。惜しいものだ」(4月24日付、雑誌「光」へ寄せた一文)

無政府状態とは、混沌の別名ではなく、市民による秩序回復の自助努力であったのである。

しかし、それも当時のアメリカ、しかも西海岸の一都市であったからありえたことであって、それから17年後、1923(大正12)年に極東アジアの大都市東京で起きたのは、「戒厳令の施行」であり、「甘粕事件(大杉事件)」であり、「亀戸事件」であり、「朝鮮人・中国人への襲撃・殺害事件」だったのである。

秋水は「非常に情誼に篤く、そして涙脆い人情家」であったという(村雨、前掲書)。
そのような人間の通例として、性善説を採っていたことは容易に想像がつく。
サンフランシスコにおけるアナーキズム状態の観察も、ひょっとするとこの「性善説」による偏りがあったかもしれない(「政治的発言」だった可能性も否定できないが)。

その秋水が、もし関東大震災を目撃していたら、どのような感想を抱いたであろうか。――残念なことに、秋水は、その12年前に「大逆事件」によって処刑されてしまっている(その裁判に当ってすら、「自分の無実を知りながら、一言の弁解もせず、笑って二十余人の同志、門下生と運命を共にした」という)。

したがって、実際には、災害下のサンフランシスコと東京との違いを見ることも、愛弟子大杉栄 (1885 - 1923) の殺害を知ることもなかったのではあるが、秋水の性格からくる「性善説」が、現実からの絶望によって「性悪説」に変わった可能性が大きかったのではなかろうか。

村雨退二郎(むらさめ・たいじろう)
『史談蚤の市』
中公文庫(改版)
定価:880 円 (税込)
ISBN4122046173

12:43 午前  
Blogger yoji said...


http://blog.ap.teacup.com/jinendo/7.html

1906年のサンフランシスコ大地震では、渡米中に被災した幸徳秋水が、澎湃たる相互扶助の自然発生に「無政府共産」の一挙実現をみて、「愉快なり」と快哉を叫んだ手紙を日本に書き送っています(その5年後、今からちょうど100年前に、日本政府のでっち上げた「大逆」の獄に刑死)。
1923年の関東大震災でも、たとえば芥川龍之介は、「大勢の人人の中にいつにない親しさの湧いてゐるのは兎に角美しい景色だった。僕は永久にあの記憶だけは大事にしておきたいと思ってゐる。」(「大震雑記」)と記しています(その彼自身は4年後に、「ただぼんやりとした不安のために」と書き遺して自死)。にもかかわらず、いや恐らくだからこそ、官憲自らデマで人心を煽動し、朝鮮人大虐殺へと導いたのでした。この官憲のデマと、わがスローガンとは、果たして同じ機能を果たすものなのか違うものなのか・・・

6:25 午後  
Blogger yoji said...

IMAGE - 解説・クローネンバーグ監督「危険なメソッド」
maribupublishing.blog76.fc2.com/blog-entry-297.html
10月27日公開の「危険なメソッド」。20世紀初頭の精神分析の黎明期をフロイトと ユング、そしてその間で重要な役割を果たしたひとり ... 実際、アメリカの心理学者 ウィリアム・ジェームズはフロイトを「最も危険な方法(メソッド)を操る」と評した。
ジークムント・フロイト - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/ジークムント・フロイト
フロイトの提唱した数々の理論は、のちに弟子たちによって後世の精神医学や臨床心理 学などの基礎となったのみならず、20世紀 ..... 滞在中に米国の心理学者ウィリアム・ ジェームズと出会う。2人が道を歩いていた時にジェームズは狭心症発作を起こした。
NAMs出版プロジェクト: ザビーナ・シュピールライン
nam-students.blogspot.de/2012/08/blog-post.html
以前も書いたが、死の欲動はシュピールラインがフロイトに教えたものとさえ言える からだ(過去記事)。 以下、フロイト『快感 ... クローネンバーグの『デンジャラスメソッド』 のタイトルはウィリアムジェイムズのフロイト評に依る(英語版原作書籍冒頭参照). 2:15 午前 ...

10:21 午後  
Blogger yoji said...

IMAGE - 解説・クローネンバーグ監督「危険なメソッド」
http://maribupublishing.blog76.fc2.com/blog-entry-297.html
映画の中でフロイトとユングがアメリカの学会に向かうシーンがある。
アメリカに到着したフロイトは「アメリカは我々を歓迎しているが、本当は私たちは疫病を持ち込んでいるのだ」と言っている。この台詞の背景には上記の事情があるのだ。

実際、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズはフロイトを「最も危険な方法(メソッド)を操る」と評した。つまり、この映画の題名の由来だ。

一方でユングは一時、フロイトを師として慕っており、その提唱した考え方もフロイトに大きく影響を受けている。しかし、フロイトと決定的に異なるのはフロイトは個人的な無意識が精神分析の土台に存在する、と考えたのに対してユングは人類に共通する無意識、すなわち「集合的無意識」がある、と提唱した点だった。

ユングによれば「集合的無意識」は個人を超えて存在していて、夢の原型となりさらに歴史上も神話などにその跡をとどめていることになる。

フロイトとユングは最終的に決別し対立することになるのだが、近年まで二人の対立はこの学問的立場の違いから来たのだと考えられていた。

しかし、1977年に映画のヒロインであるザビーナ・シュピールラインがユングとフロイトと交わした大量の手紙がジュネーブ大学の地下室から発見された。

ザビーナ・シュピールラインはユングが精神分析を行った最初のヒステリー患者で、治癒後にチューリッヒ大学医学部に入学し精神分析医となった。さらにユングとは愛人関係にもあった。

映画の中でザビーナのヒステリーの原因は「父親へのマゾヒズムに基づく近親相姦的欲求」にあったことが明らかにされている。非常に映画的な展開なのだが、これは実は真実だ。

ザビーナについては当初、ユングの最初の症例にして愛人、といった程度の評価しか与えられていなかったのだが、この書簡集の発見によってユングだけでなくフロイトにも多くの影響を与えてきたことが明らかになった。特にフロイトが提唱した「死への欲求(タナトス)」の考え方の基盤はザビーナの論文であったことも明らかになってきている。

10:23 午後  
Blogger yoji said...

ユングとの出会いと訣別[編集]

1905年頃のフロイト
1890年代後半から1910年近くまでフロイトは孤独に苦しんでいた。というのもウィーンの学界や社会から、彼の理論に対してはげしい反感や非難が集中していたのである。1900年に出版された『夢判断』は600部印刷されたのだが、完売には8年ほどかかり、1905年の『性に関する三つの論文』は各方面から悪評を浴びせられるなど、ウィーンでの理解者は皆無に等しかった。このような孤立の中で支えとなったのは、身近に集まった弟子や、フェレンツィ、ユング、ビンスワンガー、その他ロンドンやアメリカなどの国際的な支持であった。その後ウィーンでもカハーネやライトレルが興味を示し始め、シュテーケルとアドラーを招待した1902年の秋に「心理学水曜会」という集会が開かれるようになる。しだいに国内外から参加者が増えて、1908年には「ウィーン精神分析協会」と名乗るようになった。1907年からこの集会にスイスから参加していたカール・グスタフ・ユングに特別の期待をかけ、ユングも初めはフロイトを深く敬愛した。フロイトの著作『夢判断』は、はじめ読者が限られていたものの、ユングがこれに目を通し、フロイトの主張を支持することを決意したという。[要出典]1908年に旅費と謝礼付きでアメリカからの招待を受けた。翌1909年にユング、フェレンツィと共にクラーク大学創立20周年式典に出席、講演後に大学長から博士号を授与された。長く非難されてきたフロイトにとって、これ程喜ばしい事はなかった。滞在中に米国の心理学者ウィリアム・ジェームズと出会う。2人が道を歩いていた時にジェームズは狭心症発作を起こした。彼は鞄をフロイトに預け、後で追いつくから先に行っていてくれと言った。この彼の態度にフロイトは感銘を受け、自分に死が近づいて来ても彼のように恐れず毅然とした態度をとりたいと願った。ハーバード大学に行った際にはJ.パットナムという終生の友を得た。その後ウィーンから来た3人は観光でナイアガラの滝を見物、9月21日にニューヨークを発ち、10月2日に帰国した。


https://ja.wikipedia.org/wiki/ジークムント・フロイト

10:24 午後  
Blogger yoji said...

Does Consciousness Exist? (1904). By William James in ESSAYS IN RADICAL EMPIRICISM (1904) // Fair Use Repository
http://fair-use.org/william-james/essays-in-radical-empiricism/does-consciousness-exist

https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja?sl=en&tl=ja&u=http%3A//nam-students.blogspot.jp/2017/10/1does-consciousness-exist-essays-in.html
VI

The next objection is more formidable, in fact it sounds quite crushing when one hears it first.

If it be the self-same piece of pure experience, taken twice over, that serves now as thought and now as thing — so the objection runs — how comes it that its attributes should differ so fundamentally in the two takings. As thing, the experience is extended; as thought, it occupies no space or place. As thing, it is red, hard, heavy; but who ever heard of a red, hard or heavy thought? Yet even now you said that an experience is made of just what appears, and what appears is just such adjectives. How can the one experience in its thing-function be made of them, consist of them, carry them as its own attributes, while in its thought-function it disowns them and attributes them elsewhere. There is a self-contradiction here from which the radical dualism of thought and thing is the only truth that can save us. Only if the thought is one kind of being can the adjectives exist in it intentionally (to use the scholastic term); only if the thing is another kind, can they exist in it constituitively and energetically. No simple subject can take the same adjectives and at one time be qualified by it, and at another time be merely of it, as of something only meant or known.





https://www.amazon.co.jp/dp/4003364066

純粋経験の哲学 (岩波文庫) 文庫 – 2004/7/16
ウィリアム ジェイムズ (著), 伊藤 邦武 (翻訳)
5つ星のうち 4.3



評価(評価: 4.3)評価:4.3-3件のレビュー
ウィリアム ジェイムズ, 伊藤 邦武作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。 ... が、むしろ、誰よりも「現代」に近い感じがする。radical empirisim = pure experienceや 持続の観念(意識の流れ)など、「二元論」に陥らない発想は、少なくとも今日の普通 ...
ジェイムズ哲学の統一的理解への試論 - 中央大学 (Adobe PDF) -htmlで見る
ir.c.chuo-u.ac.jp/repository/search/binary/p/8521/s/6705/
中央大学大学院文学研究科哲学専攻博士課程後期課程. 大厩 諒 ..... 本論文の主な 目的は、ウィリアム・ジェイムズ(1842-1910)の哲学的思索(とりわけ意識論と純. 粋 経験論)が、同一の哲学的方法論 .... える人間主義と、そのような支配者としての個人 ではなく、高次の霊的実在に吸収されることを. 希求する神秘主義 ... 文の視点に近い ものだが、二つのレベルを方法論的に正当化する議論が十分になされていると. は言え ない。
Title 夏目漱石とウィリアム・ジェイムズ : 「文芸の哲学的基 礎」を中心に ...(Adobe PDF)
Title 夏目漱石とウィリアム・ジェイムズ : 「文芸の哲学的基 礎」を中心に ...(Adobe PDF)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/137553/1/prospectus13_sasaki_paper.pdf
repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/.../prospectus13_sasaki_p...
夏目漱石とウィリアム・ジェイムズ : 「文芸の哲学的基. 礎」を中心に .... このように、連続 する意識現象を基礎にして「私」の存在を副次的・派生的な構成物と. した以上、同様 ... 問題となるのは、ただ生きるのではなく、どのような生を選択するか、生きる意味を何に.
W. ジェイムズ - ホワイトヘッド哲学 - 哲学舎
www.tetsugakusha.net/whitehead/map/james/
William James ウィリアムジェイムズ. [伝記] アメリカ出身の生理学・心理学者、哲学者 。 1842年1月11日、ニューヨーク市に生まれる。 ... プラグマティズム』では、真理とは イメージと実在の一致ではなく、ある観念や概念から実際に引き出される個別の結果( ジェイムズはこれを〈額面価格〉と呼ぶ)で ... 科学と近代世界』でホワイトヘッドは、『根本 的経験論』の巻頭論文「意識は存在するか」について、デカルトの『方法序説』と並び称し て ...




2ページ目
純粋経験論が目指したもの―西田幾多郎とジェイムズ、円了 - 東洋大学 (Adobe PDF)
www.toyo.ac.jp/uploaded/attachment/18846.pdf
研究』であった。とはいえ、周知のように純粋経験 Pure Experience という主題その. ものは、ヨーロッパの長い哲学的伝統に対してオルタナティヴな思想を生み出そう. として いた同時期のアメリカの哲学者、ウィリアム・ジェイムズによって産みださ. れたものだ。
純粋経験の哲学 | ウィリアム・ジェームズの小説 - TSUTAYA/ツタヤ
tsutaya.tsite.jp/item/book/PTA0000GFJXB
プラグマティズムで知られるアメリカの思想家ウィリアム・ジェイムズ(1842‐1910)は 、心理学、宗教学、哲学の各領域で多大な影響力をもった。ジェイムズが晩年に追求 した彼なりの体系的な形而上学“純粋経験の哲学”の構築を、よりシャープなかたちで ...

2:24 午後  
Blogger yoji said...

2やまとななしこ2017/12/21(木) 20:23:57.32ID:3n8wsAas
大逆事件に関してはこの漫画がオススメ
坊っちゃんの時代 : 4 明治流星雨 (アクションコミックス) 谷口ジロー, 関川夏央 Kindle
https://www.amazon.co.jp/dp/B01BS5VLJ4/

3:24 午前  
Blogger yoji said...

2019
6/22(土)にレベッカ・ソルニット『説教したがる男たち』と『ウォークス 歩くことの精神史』にまつわるトークイベントをそれぞれの翻訳者であるハーン小路恭子さんと東辻賢治郎さんをお迎えして行います。詳細はおいおい

4:08 午前  

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