ミレニアム橋
金融リスクは、ミレニアム橋のように、或る方向に揺れたら内生的に増幅してしまうものである。つまり、時価会計によって全ての銀行が同時に同じ動きをするので、瞬時にバランスシート上で動いてしまう。これが揺れを増幅する原因である。
因に、ミレニアム橋というのは、英国ロンドンのテムズ川の上を架かる歩道橋である。ミレニアム橋の有名さは、2000年6月10日に開通したもののあまりの揺れに3日後に封鎖され、再開通したのが2002年2月22日になってしまったということに由来します。また、映画『ハリーポッターと謎のプリンス』でデスイーターが崩落させた橋であり、実際にミレニアム橋を映画のロケ地として使用しています。
では、時価会計とは何か?
金融大学のホームページによれば、
時価会計とは、一部の金融資産を、期末時点の時価で再評価する会計手法のことをいいます。保有資産の価値を毎期末ごとに見直し、時価と簿価の差額を評価損益として、貸借対照表や損益計算書に反映させます。
貸借対照表というのは、ある時点(期末日)の財産の一覧表です。時価会計は、期末時点における企業の財政状態を正確に公表させるための会計手法です。
なのだと言う。要は、「金融資産を含めた保有資産を期末段階で公表しなければならない会計システム」だ。これは、「国際的な会計水準」であり、2001年まで日本の会計の多くは「原価評価」だったが、2001年以降導入が進み、「市場価格評価」である「時価会計」に変更が進んだのです。
金融の内在的な欠陥
そして、価格には2つの意味があり、経済のファンダメンタルズを示す役割と行動を促す役割ももっている。これが、市場価格に依拠して行動することが市場価格を歪めるのに役立ってしまうということだ。
「価格変化⇆銀行がバランスシートを調整する」
アンドリュー・クロケット曰く、
「一般的にリスクは不況期に増大し、好況期には減少すると考えられているが、それとは逆に、リスクは経済が上向きなときに金融の不均衡を高めつつ増大し、不況に於いて発現する、と考える方がより有益である」
つまり、ブーム時には、銀行は余剰資本をもってしまうのだ。バランスシートを正当に時価評価する銀行やそのたの金融会社にとって、時価会計での資本の増加は実体のあるものであり、資産価格の上昇が生み出した余剰資本と利益の増加は、銀行の経営陣にとっての圧力と也、追加的な資産増加を促す(余剰資本や利益の存在を余らせておくことは無駄に見えてしまう)のだ。リスクに対して銀行が要求するスプレッドは縮小し、必要最低条件の条件を満たしていなかった借り手も貸し出しを受けるようになる。
資産価格ブームの行動を誘発する特性は、銀行や証券会社のようなレバレッジを掛ける機関に最も強く作用する。何故ならば、レバレッジは時価会計による資本の増加を一段と大きくするからである。ブーム終盤の兆候としては、リスク・スプレッドの縮小とリスクの価格の低下が昔から云われてきた。
ここで、レバレッジを註釈しておこう。皆の大好きなwikiによると、
他人資本を使うことで、自己資本に対する利益率を高めること、または、その高まる倍率。 原義は「てこ(レバー、lever)の作用」。
つまり、一旦他人資本を総資産として、その資産運用によって利益を追加的にあげ、利益率を嵩ましすることだ。
右上がりの需要曲線と右下がりの供給曲線という問題(リスク資産の価格が上昇すると、レバレッジをかけている金融機関はリスク資産を買い増す+価格が低下すると、レバレッジを掛ける機関のリスクへの欲求がそれだけ低下し、価格が低くなっているのにも関わらず、求めるリスク資産が低下する)は、ファンダメンタルズの反映と行動の誘発という、価格の二重の機能と深く関わっている。
(なんと、経済の基本原則である需要供給曲線は成り立たず、むしろ完全に正反対のものが成り立つのだ。)
金融機関の戦略の問題
上記の金融の基本原則が内在的に価格調整機能に欠損がある上に、各主体の戦略にも問題はおおありだ。金融機関にとっての価格不安定性のリスクには、戦略の一つであるダイナミック・ヘッジング(=価格変化に応じてオプションを調整することで、プット・オプションと同じ利得を複製しようとする、下に注釈)というものがある。ダイナミック・ヘッジングは、価格が低下したら、資産をより多く売却することを促すのである。これは、右上がりの需要曲線と右下がりの供給曲線を生む戦略であり、まさに価格の変動を増幅するポートフォリオ戦略なのである。このフィードバックループは勢いを増し続けてしまう。
ダイナミック・ヘッジングは、流動性の高い市場があって可能になる。だが、流動性は、取引ポジションが多様であることから生まれる公共財である。多くのヘッジ戦略は右上がりの需要曲線と右下がりの供給曲線を増幅するものである。
例えば、年金債務の時価会計は、年金基金に支払能力を確保させ、将来の支払いに資産を合致させるより優れたリスク管理に導くことを狙って、年金規制当局が採用した規制(債務の時価会計はマイナスなので上手く働くのだ)である。財務健全規制と会計基準の組み合わせは、年金債務を時価評価し債務の市場価値に合わせて資産ポートフォリオを組み替える年金基金に、資産・負債ヘッジ戦略を採用させる重要な要因であった。
銀行の貸し出しの資金の源泉は、①銀行システム全体の資本②銀行が銀行システム外の貸手に負う債務である。時価評価された銀行の資本が健全でリスクの計測量が低いブーム時において、銀行はバランスシートの拡大を図る。銀行部門全体のバランスシートは、銀行が互いに貸し借りをすることでのみ増大が可能になる。よって、望ましいリスクをとり、レバレッジを高めていくことは、銀行が互いに負う債務を増やすということであり、債権債務関係がより一層絡み合っていくことになる。その結果、最終的な貸手から最終的な借り手までをバランスシートのつながりで辿ると、その距離は長くなり関連性は弱くなっていくのである。⇒システミック・リスクへ
また、債権債務の満期の短期化は、金融仲介の連鎖が長くなるに連れて自然に伴うものである。その連鎖の各々のつながりが利益のでるレバレッジをかけた取引となるには、取引の資金調達側の金利が低くなければならない。よって、イールド・カーブが右上がりであることは、連鎖の各繋がりで満期がより短くなることを助けるのである。今回の金融危機前にオーバーナイトのレポが証券会社の主要な資金調達手段として普及したことは、このような文脈で理解出来る。
注釈
(バリュー・アット・リスクとダイナミック・ヘッジング)
バリュー・アット・リスクとは?
「1日、1週間、若しくは1年間に起こりうる最悪の結果は(現実的に)どのようなものであろうか」
Pr(W < W0 - VaR) ≦ 1-α
上式を満たす最小の非負の数VaRが、バリュー・アット・リスク
ダイナミック・ヘッジングとは?
「将来のショックに対してポートフォリオがヘッジされた状態に保たれるように、価格変化に応じてポートフォリオを動的に調整する行為」
ポートフォリオ・インシュアランス
プット・オプション(特定の資産を、あらかじめ同意した価格(ストック・プライス)で、将来の特定の時点(満期)に売却する権利を、その保有者に与える)を保有することから得られる利得の複製を試みるものである。
この際、行うことが2つ或る。
- プット・オプションの利得は原資産価格が低いと増加するので、複製ポートフォリオでは原資産の売りポジションをとらなければいけない
- 更に、プット・オプションの価値変化の度合いは原資産価格が下がるほど大きくなるので、原資産価格が下落したらより大きな売りポジションをとらなければならない=ダイナミック・ヘッジングを実行するには、原資産価格が下がるほど、原資産をより多く売却しなければいけないのである。→「安ければ売り、高ければ買う」戦略
なぜ、複製しなければならないか→組織化された取引所で取引されるオプションは、特定の金融商品の市場に限られており、しかも比較的短い満期のものしかないので、満期の非常に長いオプションや独自のポートフォリオについては、ダイナミックにプット・オプションを複製することが唯一の方法となってしまった。
最も単純なダイナミック・ヘッジングは、デルタ・ヘッジングというもの。ブラック・ショールズ公式。
→売買と価格にフィードバック効果があると、理論上の価格と実際の価格が大きくずれる。ブラック・ショールズ公式は明らかにプット・オプションの価格を過小評価する。
ノーザン・ロックの事例
小口預金者が支店の前に列をなすテレビの光景があったが、それはノーザン・ロックの流動性の直接的な危機ではなかった。むしろ、それまでノーザン・ロックの短中期の債権を購入していた債権者が市場から消えてしまったことが、同行を流動性危機に陥らせた。
ノーザン・ロックの債権者は、高度な技術をもつ投資家の比率が多かったと云う。投資家はバランスシートを容易にへんこうできるので、金融危機に陥ると、投資家はバランスシートを縮小する。そこで、レバレッジをかけていた金融機関への与信を削減せざるを得ない。
証券化と金融システム
筆者、ヒュン・ソン・シンはいくつかの処方箋を提示する。
処方箋
①規制当局の介入
→介入によって、逆に確信の好循環を生み出させる
②フォワード・ルッキングな引き当て
→銀行が新たなローンを貸し出す際に、事前の引き当て負担を課すことで、同銀行の資本水準を低下させる。問題は、銀行システムの資本が多すぎることなのだから、バランスシートを抑制させる政策をとれば良い。(ピグー税?)
③金融仲介の構造改革
→カバード・ボンドの発行の奨励:銀行のバランスシート上で他の資産から分離され、一つの資産項目として管理される特定の資産を担保として、カバード・ボンドは発行される。投資家は、発行者である銀行自体への訴求権ももつ。カバード・ボンドの特徴は、ロング・オンリーの機関投資家が直接購入出来るものであり、金融仲介の連鎖は短い、また、資産のデュレーションを反映した長いデュレーションをもつ。このデュレーションの長さは、①資産と負債のデュレーションの一致は、発行銀行が資金調達において満期変換を行わないことを意味する。また、負債の担保となるローンは分離して管理されているので、時価評価を厳密に行うことはあまり意味がない。ジュネーブ・レポートでは銀行が同資産を保有し続ける能力の有無を考慮するべきであると述べられている。②負債のデュレーションが長いことは、短期の資金調達が行われがたくなることを示す。証券の長いデュレーションは、年金債務の長いデュレーションへの合致を求める年金基金にとって大変望ましいデュレーションを提供するだろう。
カバード・ボンドは、デンマークやドイツ(住宅ローン債権)ではおなじみのものになっている。カバード・ボンドは「カバー・プール」として知られ、他の資産から分離されて管理される一群のローンが担保となる債券である。
カバード・ボンドが広く導入されていない理由は、カバー・プールに関する債券保有者の権利を、預金保険機構に対して優先させることが法律上難しいということにある。
筆者は、この③の金融仲介の構造改革をとりわけ推しているようだ。というのも、やはり目下根源的な問題だと見られているのは、過剰な流動性(長期債権も途中で権利を売れるのだから、必然的にそうなる)と相手が見えないということであり、システムが内在的に流動性を抱えていることこそが問題なのだから、システムを変えるのは当然得られるべき帰結だ。但し、この手法では確かにロング・オンリーが主流の債権となれば良いのだが、「ロング>ショート」というインセンティブが先ず必要だ。それには、ロングを魅力的にする以上に、ショートに今よりも不利益が被るようにならない限りに於いては、「ロング>ショート」の図式は起きないのではないだろうか?
また、基本的にデフォルトを起こしたり、金融危機を迎えた国々は、外国債の割合が多く投資家の投機対象として目を付けられた結果である。日本は9割が国内債務なのでデフォルトしないと言われているが、傾向としては海外の投資家の割合は増えているし、これからがいよいよ慎重を期していかなければいけないであろう。というのも、年金債務が結局国債として運用されている中で、社会保障の安定性にも関わってくるからである。其の中で、金融緩和として年金基金GPIFの国債運用は国民の生活を保障するに足るだけの安定性を確保させることが出来るのだろうか。金融が内在的に不安定性をもっていることの影響力は鑑みなければいけないのではないか。
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