日曜日, 8月 18, 2019

R.レイWrayのMMT入門 第三章


 第八節 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ



R.レイのMMT入門 第三章第一節 国の通貨建てのIOU

(第七節の紹介に向けてぼちぼちと。原文を載せていませんが、どこかで意味が通らなかったら翻訳ミスの可能性が高いのでお気軽にご指摘いただきたく)

第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行


 第一節 国の通貨建てのIOU ←いまここ
 第二節 決済と債務ピラミッド
 第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手
 第四節 銀行のバランスシート、銀行の貨幣創造、銀行間決済
 第五節 外生金利と量的緩和
 第六節 中央銀行と財務省の共同オペ、そのテクニカルな詳細
 第七節 財務省の債務オペレーション
 第八節 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ

「現代貨幣」制度(ケインズが言ったように「少なくとも4000年前」のものも含まれる)とは、主権者がある一つの貨幣を定めその単位で納税義務を課す形の国定貨幣制度を指す。主権者は国民が納税に使う通貨を発行することができる。この章では現代貨幣制度のオペレーション分析に戻り国定貨幣単位におけるIOU(訳注:借用証書。”I owe you”)の運用を調べよう。

3.1 国の通貨建てのIOU

政府のIOU 

これまでの章で、資産や負債は、政府によって選ばれ徴税メカニズムを通じて強制力を付与された貨幣単位で評価されるということを確認した。変動相場制の場合、政府は独自IOUすなわち独自通貨を持ち、それは「不換」である。不換とは、通貨を貴金属や外貨または他のものと交換する約束を政府はしていないという意味だ。政府が約束するのは政府に対する支払い(主として納税だが、手数料や罰金の支払いなども)を自身のIOUで受け入れることだ。これは必要かつ基本的な約束だ。IOUの発行者はIOUによる支払いを受け入れなければならない。 政府が税の支払いに政府自身のIOUを受け入れると約束している限り、政府のIOUには需要があることになる(少なくとも納税のため需要、普通はさらにその他の用途の需要も出てくる)。

一方、政府が求めによって(外貨または貴金属に)交換することを約束している場合(兌換)、政府負債の保有者は、それらへの交換を要求することができるということになる。 これはある意味、政府の通貨を一般に受け入れやすくする面がある。と同時に(先に論じたように)政府には交換を約束した外貨または貴金属を準備しておく必要が生じる。兌換の場合、皮肉なことに、通貨を受け入れてくれる者は多くなるかもしれないが、通貨の発行を増やすと交換の需要に応えられなくなる可能性が高まる。

このため兌換通貨の場合は政府が発行する通貨の量には限界がある。もし通貨の持ち主が政府による交換ができなくなるかもしれないと疑い始めたら、対応して政府が外貨や貴金属の準備を十分に獲得する道筋を立てない限り(保持して置く分と、準備の貸出分のため)ゲームオーバーになる。この対応ができないと、交換の約束を放棄(デフォルト)せざるを得なくなりかねない。デフォルトが迫っているという噂は通貨の取り付け騒ぎを誘発する。そうなったら準備を100パーセント確保する以外にデフォルトを避ける方法はない(あるいは、それらを持っている誰かに頼み込む)。

その地域でその通貨の需要を確実なものにするために、通貨が兌換でなければならないわけではない。すでに述べた通り、政府が課税徴収することができさえすれば、少なくともその通貨にはいくらかの需要が確実にあることになる。ここで必要なのは税をその通貨で支払わせるようにすることだ。この「税の支払い手段として受け入れる約束」がその通貨の需要を引き起こすのに十分な条件ということになる。

民間のIOU

同様に、民間のIOU発行者もまた、自分への支払い手段として自身の負債を受け入れることを約束している。たとえば銀行から住宅ローンを借りている人は、その銀行の預金口座の小切手を切ることで、元本および利息分を支払うことができる。このように銀行は自らのIOUを自分への支払い手段として受け入れている。

現代の銀行システムでは小切手清算システムが運用されているので、国内の別の銀行の預金口座からの小切手による支払いも受け入れられる。こうして誰でも、国内のどの銀行の口座からでも、小切手を切ることで債務返済の支払いをすることができる。小切手清算システムが多銀行の間の決済を調整してくれるのだ(このことは次の節で詳しく見る)。ここで重要なのは、政府が自身の負債(通貨)を自身に対する負債(税金負債)の支払い手段として受け入れるのとちょうど同じように、民間銀行は自身の負債(預金からの小切手)を自身に対する負債(過去の貸出)への支払い手段として受け入れるという点だ。

レバレッジ

政府と民間銀行には大きな相違点が一つある。銀行は普通、自身の負債を別の形に交換することを約束している。あなたは現金払い買い物の時に、銀行預金からの小切手で支払うことができる。これは「小切手の現金化」と呼ばれるものだ。あるいはATMを使い自分の銀行預金から現金を引き出すこともできる。このどちらの場合も、銀行のIOUが政府のIOUに交換されている。銀行は預金を「需要に応じて」交換する約束(普通預金や当座預金)する場合と、一定期間後に交換する約束(定期預金やCDと言われる譲渡性定期預金)をする場合がある。

この交換業務を行うため銀行は、ある程度の、それほど多くはない量の通貨を金庫に保管している。もしそれで足りなくなりそうになったら警備付きトラックの派遣を中央銀行に要請する。銀行は基本的に大量の現金を持っていたくはないし、通常はその必要もない。現金を多く持ちすぎていると銀行強盗に狙われやすくなるという理由もあるが、持ちすぎないことの一番の理由は、持っていることにコストがかかることだ。目に見えやすいコストとして金庫やガードマンの費用があるが、重要なのは、通貨を準備し持っておくこと自体が利益を生まないという点だ。それを誰かに貸し出して資産の形にしておけば借り手から利息を受け取ることができる。以上のように銀行は通貨準備を「レバレッジ」している。債務としての預金の量と比べ、準備金という形持っている通貨の量はかなり少ない。(セクション3.4では銀行のバランシートを分析する。)

預金者たちが預金を大量に現金に変えようとしてこない通常時はこれで何の問題もない。ところが多くの預金者が同じ日に換金しようとして来る場合、銀行は中央銀行から通貨を獲得してくる必要に迫られる。

極端な場合、銀行に取り付け騒ぎが起こった時に中央銀行が最後の貸し手として準備預金を供給するということもある。このとき中央銀行は自らのIOUを銀行のIOUと交換(担保として引き取る)するのだが、銀行の資産である準備預金に中央銀行からの振り込みがなされ、中央銀行はその銀行のIOUを資産として保持する形になる。現金が銀行から引き出される時に、銀行が中央銀行に置いている準備預金は同額引き落とされ、預金者の口座からも引き落とされている。こうして現金は(もともとの)預金者に持たれることになり、つまり銀行の負債(預金)だったものが中央銀行の負債(通貨)に振り替わったことになる。

次のセクションでは、中央銀行の準備預金を用いて民間銀行同士がどのように互いに決済しあっているかの話題に進む。そこでは債務の「ピラミッド」という議論が展開される。現代経済の中では債務がピラミッド型にレバレッジしていく。通常、負債は、債務ピラミッドでより上位に位置している負債と交換できるという約束で発行されている。この連鎖は最終的には中央銀行、つまり政府の銀行にまで行き着く。

R.レイのMMT入門 第三章第二節 決済と債務ピラミッド

(ぼちぼちと進めております。この節は旧版の教科書とかなり被っていますね。図を入れたのが自慢です(^^)/)

第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行
 第一節 国の通貨建てのIOU
 第二節 決済と債務ピラミッド
 第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手
 第四節 銀行のバランスシート、銀行の貨幣創造、銀行間決済
 第五節 外生金利と量的緩和
 第六節 中央銀行と財務省の共同オペ、そのテクニカルな詳細
 第七節 財務省の債務オペレーション
 第八節 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ

2 決済と債務ピラミッド

「銀行は準備預金を貸し出している」、あるいは、「銀行は貸し出しをする前に準備預金を必要とする」という考え方は認めることができないが、銀行が相互決済のために準備預金を使っているというのは本当だ。準備預金とは、銀行が金庫に持っている現金と中央銀行への預金との合計のことだ。銀行が創出した様々な預金は、部分的には求めがあればすぐに現金または準備預金に転換する約束をしているものだが、銀行が持つ準備預金(ハイパワードマネー)は預金の総額に比較してかなり少額だ。これは一種の「レバレッジ」と言っていい。いつでも通貨または準備預金と交換すると約束しているIOUの量に比して、少量の通貨しか保持していないという運用だからだ。このため民間のIOUには、同時に大量の現金との交換を求められる「取り付け」が起こりうる。銀行はそこまでの量の準備預金は持っていないので、中央銀行は交換が成立するように「最後の貸し手」として自身のIOUを貸し出すことにより、取り付けを止めなくてはならなくなる。このような介入についてはこの本で再び扱う。この節では、銀行間の決済と、政府のIOUを頂点とした債務ピラミッドという概念を論じる。

決済がIOUを消滅させる

銀行は政府のIOUを使って決済を行い、そのために幾分かの現金を金庫に、そして(より重要)中央銀行に準備預金を持っている。さらに、必要に応じもっと多くの準備預金にアクセスすることができる。他の銀行から借りたり(銀行間オーバーナイト市場と呼ばれる。米国ではthe fed funds market)、中央銀行から借りることができるのだ。

現代の金融システムでは、各銀行が必要な通貨と準備預金を確保し、銀行間の決済、そして各銀行の預金者たちの口座の決済をするためのプロシージャが構築されている。第一銀行が第二銀行あての小切手を受け取ると、第一銀行は中央銀行に対し、第二銀行の準備預金から自行の準備預金に振り替えの依頼をする。現代ではこれは電子的に行われる。ここで、第二銀行の資産が減少(準備預金から引き落とされる分)し、負債(当座預金)も同額減少するということに注目。同様に、預金者がATMから現金を引き出すと、銀行の資産(準備預金)が減少し、預金者へのIOU(預金)が同額減少する。

企業もまた自分の口座決済するために銀行の負債を使う。例えば小売業者は商品を卸売業者から受け取る際、一定の期間内に(通常は30日)支払うという約束になっているのが普通だ。卸売業者はそのIOUをその期間が終わるまで、つまり小売業者が銀行口座からの小切手で支払いをするまで保持する(最近は銀行口座間の電子送金が増えている)。卸売業者が保持していた小売業者のIOUは、この支払いがなされた時点で相殺される。

卸売業者が支払期日までの期間を待てないこともある。そのような時、卸売業者は小売業者のIOUを割り引いて(つまり小売業者から期日に受け取る金額よりも安い金額で)売ることもできる。この、小売業者が約束の期日より早く現金化しようとするための割引は利息をもたらす。

通常この割り引かれたIOUの買い手は金融業者だが、この行為は「IOUを”割り引く”(ディスカウント)」と言われる(中央銀行の「割引窓口(ディスカウント・ウインドウ)」というのはこれが語源だ。米国の中央銀行は民間銀行から社債-企業のIOU-を割り引いて購入する)。

通貨をピラミッドとして捉える

民間の金融債務は政府の貨幣単位で評価されているだけではなく、最終的には政府通貨に転換される。

すでに論じたように、銀行は負債を通貨に転換することを公に約束している(普通預金ならば直ちに、定期預金なら時間を置いて)。民間企業は自己の口座の決済に主として銀行の負債を用いる。これは基本的に、決まった期日に「小切手で支払う」ことにより(契約次第だが)、自己の負債を銀行の負債に転換することを約束しているということだ。このため企業は銀行に支払いのための預金を置くか、預金の入手手段を持っておく必要がある。

物事はさらに複雑で、支払いサービスを提供するさまざまな金融業者(非金融業者が金融サービスを提供することも)が存在する。これらの業者は企業に代わって支払いをするのだが、その際これら「ノンバンク系金融機関」(別名「シャドウバンク」)の間では銀行の負債を使った決済がなされる。その銀行は政府の負債を使って決済を行う。

こうして貸し手と借り手の間の口座決済には、最終的には中央銀行の帳簿決済に至る「六次の隔たり」がある(多くのレバレッジ層がある)ということもありうる。

このことを、中央銀行から何段階離れているかによる層で構成される「債務のピラミッド」と考えることができる。下の図を見よ。一番下の層は家計のIOUで、それを持っているのは他の家計だったり、製造業者だったり、銀行やその他の金融機関だったりするだろう。重要なポイントは、家計は通常、債務で上位層にある(通常は)金融機関が発行する負債によって決済をしているということだ。

その一つ上の層は製造業の企業群で、それらの企業の負債を持っているのは主としてピラミッドにおいてより上の層に位置する金融機関で(家計や他の企業に持たれている分もあるとはいえ)、ほとんどの決済はそれらの金融機関によって発行された負債を用いてなされる。

その上が銀行以外の金融機関だ。これらの決済は、さらに上の階層に位置する銀行の負債によってなされる。ピラミッドの頂点の一つ下が銀行で、政府の負債によって決済を行っている。

最後、ピラミッドの最高位は政府で、それより高位の債務は存在しない。

ピラミッド型になっているのには理由が二つある。一つ目は、一般的に高い位置に位置している者が発行した負債ほど受け入れられやすいということだ。いくつかの観点から、信用度の高さが異なっているといえる。(独立政府の不換の負債は信用リスクがない。ピラミッドの上位から銀行、銀行以外の金融機関と下って行って、最後家計のIOUに下がっていくにつれてリスクは高くなっていく。絶対の規則というわけではないが)

第二に、各層の負債は上位層の負債をレバレッジしている傾向がある。この意味で、ピラミッド全体は少ない量の政府債務からレバレッジでできていると言える。少なくとも金融先進的な経済においては、ピラミッドの下に行くほど多量の負債が存在しているのが普通だ。

しかし兌換通貨の場合はピラミッドの頂点に政府通貨が位置しない。政府は需要に応じて通貨を固定の交換比率で別のもの(金や外国通貨)と交換することを約束しているので、その「別のもの」がトップに来る。このことの帰結はすでに論じたとおりで、政府は通貨が交換されるであろう量の当該物を準備しておかなければならない。このことは、政府が完全雇用や強い経済成長といった目標を達成するために使える政策の制約になり得るが、その話題は第五章になる。

このピラミッドはシンプルに作ったものだ。銀行をいくつかの異なるカテゴリーに分類することもできるし、「ノンバンク」のところを企業と家計に分けるといろいろな場合に有益だ。あるいは銀行のIOUとそれ以外の金融機関のIOUを分ける線を引いても構わない。おそらく一番有益なのは、中央銀行に直接アクセスできる銀行とそれ以外の銀行を区別することだろう。

また、構図から次のことが見えてくる。ピラミッドの下の方で何かの問題が起こると(例えば、中央銀行に直接アクセスできないシャドーバンクで)どうなるか?世界金融危機(GFC)で起こったのはまさにこれだった。下層で発行されるIOUは、一定の条件で銀行のIOUと交換できるという条件で発行される。それは結局は政府(中央銀行の準備預金)のIOUと交換できるということにつながる。何か問題が起こったとこにはノンバンクやシャドーバンクは銀行に融通(ノンバンクのIOUに対しての融資)を求める。そして銀行は中央銀行に同じことをする。ところが、景気の見通しが悪いときに銀行は融資しない。かくしてノンバンクは約束を果たせなくなる。2007年暮れの流動性危機はこのようにして始まった。最終的に米国準備制度理事会は、事実上誰に対しても貸し出しをするという決断に至った。投資銀行やその他の「シャドー」銀行部門、さらにはハーレー・ダビッドソンのような非金融企業や外国の中央銀行に対しても。

またピラミッドの概念は、誰かのIOUの支払いに使えるのは誰のIOUだろうかを考えるときに有益だ。
自分のIOUを自分のIOUで返済することはできない(それではまだ借りている)。 それができるのは主権政府だけだ(前に議論したように、女王に5ポンド紙幣を渡しても、彼女は別の5ポンド紙幣をくれるだけだ。彼女はまだ借りている。裁判を起こしてもそれ以外は出てこない!)。 あなたがあなた自身のIOUを返済するときは、誰か別の主体のIOUを使う。これを第二者のIOU、第三者のIOUと言う。(第一者はあなた自身、第二者はあなたへの貸し手、第三者は無関係の主体)。自分自身のIOUを「決済」するとき、ビラミッドの下の方の主体は銀行のIOUを通常使い、そして銀行は政府のIOUを使う。

R.レイのMMT入門 第三章第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手

(ここはサクッと・・・。引き続き誤字や意味不明箇所のご指摘を期待します)

第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行
 第一節 国の通貨建てのIOU
 第二節 決済と債務ピラミッド
 第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手
 第四節 銀行のバランスシート、銀行の貨幣創造、銀行間決済
 第五節 外生金利と量的緩和
 第六節 中央銀行と財務省の共同オペ、そのテクニカルな詳細
 第七節 財務省の債務オペレーション
 第八節 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ

3. 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手

金融の危機における中央銀行の重要な役割は、需要に応じて金融機関に準備預金を提供する「最後の貸し手」として機能することだ。 かつてこの機能の主たるものは、預金者が預金を現金に換えようとする「取り付け」をストップすることだった。昨今、「取り付け」は預金保険のおかげでめったに起こらなくなっている。 現在起こるのは、担保を取っていない債権者が短期貸付の「ロールオーバー」を拒否するという形が大半だ。世界金融危機では、銀行が資産の借り換えることができなくなった。債権者が、満期になった負債の支払いを要求したからだ。FEDは借り換え資金の提供に踏み切る必要に迫られた。本節では、FEDの「通常の」貸出業務と「最後の貸し手としての」貸出業務のそれぞれについて見ていこう。他の中央銀行も似たような実務を行っている(欧州中央銀行(ECB)はこれらとは異なり、各参加国がそれぞれ自国の銀行について責任を持つ形態だ。後で見るようにヨーロッパでの危機ではECBも介入を余儀なくされることになった)。

第一に、FEDによる通常の貸し出しでの役割だが、それは日中の当座貸越だ。各銀行はその日の終わりまでにこれを清算しなければならないことになっている。これは皆さんの当座預金口座も備えているであろう「当座貸越」のようなものだ。リーマンブラザーズ問題(世界金融危機の引き金になった)が起こる以前では、FEDによる当座貸越の日中の残高は平均で約500億ドル、ピークの時間帯で約150億ドルというところだった。このように、FEDによる多額の貸出は常に行われているのだ(但し危機の後、銀行は大量の準備預金を過剰に保有することになったため、この当座貸し越しは激減している)。大事な事として、銀行はこの当座貸し越しを毎日の終わりに清算しなければならないが、これは準備預金を “一晩”借りることで実現する。資金不足の場合、銀行は民間の「フェデラル・ファンド」市場から借り入れる。このファンドが利用できない場合に、FEDは銀行の適格資産を割り引いて一時的に準備預金を貸し出す(ここで「割り引いて」とは、資産が担保として提示されるということで、すでに説明したように一晩分の利息が支払われるという意味になる)

第二に、FEDは常に、”一晩”の貸出し及びディスカウントウインドウからの貸出し(当座貸越)に「印」を付けてきた。その目的は、銀行が当座貸越を当日中に清算するように仕向けることだとされている。 他のいくつかの中央銀行場合は、「印」を付けずにこれらの貸出しをしている。FEDによる準備預金供給の大部分は、公開市場を通じた国債の購入を通じて行われていて、これはむしろユニークなのだ。さらに、米国のシステムが他のインターバンクシステムとは異なり高度に分権化されていていることが状況を複雑にしている。どういうことかというと、FEDの公開市場取引では十分ではない状況になることが珍しくない。この取引だけでa)FED自身のバランスシートの変化を清算し、b)全銀行の準備預金需要が満たされるだけの準備預金を循環させる、には十分でないことになりがちだ。米国のシステムの複雑さに伴うこの二つの問題により、実際の金利はFEDのオーバーナイト目標レートよりだいぶ高くなる。準備預金をFEDから借りるのではなく、他の銀行から余剰準備預金を借りるしかないからだ。

そういう状況は危機においては悪い方向に働く。銀行同士が警戒し合うため、オーバーナイト金利は目標のだいぶ上まで跳ね上がりがちということになる。但し、それでもFEDが最後の貸し手(LOLR、a lender of last resort )として行動しているということに変わりはない。FEDがLOLRとしての行動をとることには平時も危機の時も同じなのだが、危機の時は値段が望ましい水準のだいぶ上になる(金利が目標よりもだいぶ高くなる)というわけだ。危機の最中、FEDはもっといろいろな行動をとらなければならないとの認識に至った結果、LOLRとしての取り組みを大規模に実施するべく、何種類かの「常設貸出ファシリティー」(訳注:通常のオペより長めの大口流動性供給手段)を設置した。伝統的なディスカウント・ウインドウでの貸出とは異なり、これら常設貸出ファシリティーからの貸出には「印」がほとんど付けられなかった。ここで詳細には立ち入らないが、FEDはディスカウント・ウインドウを通して準備預金を供給するのではなく、準備預金を「オークション」したのだ。FEDはこの新しい常設貸出ファシリティーを通じ、適格資産に対して一千兆ドルの準備預金を供給すると宣言した。買戻し契約と呼ばれるものも行われた。これはFEDが銀行の資産を、将来少し高い価格で売り戻す約束をして一時的に購入するというものだ。売買時の価格差があるので金利を付けるのと同じことになる。

R.レイのMMT入門 第三章第四節 銀行のバランスシート、銀行の貨幣創造、銀行間決済

(あとのために重要な節)

第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行
 第一節 国の通貨建てのIOU
 第二節 決済と債務ピラミッド
 第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手
 第四節 銀行のバランスシート、銀行の貨幣創造、銀行間決済 ←いまここ
 第五節 外生金利と量的緩和
 第六節 中央銀行と財務省の共同オペ、そのテクニカルな詳細
 第七節 財務省の債務オペレーション
 第八節 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ

4. 銀行のバランスシート、銀行の貨幣創造、銀行間決済

銀行のバランスシートはざっくりこんな感じだ。

私たちの「お金」はどこだろう? バランスシート上では普通預金・当座預金のところにある。私たちのお金は銀行にとってのIOU(借用証書)だ。銀行は求めに応じ預金を現金に交換することを約束している。では、「A銀行」が次の非常にシンプルなバランスシートから事業を始めるとしよう。

まだA銀行が金融業務を始める前だ。店舗の建物を買うためにオーナーが資本金を払い込んだ。そこにお客のX氏がやってきて、車を買いたいから200ドルを借りたいと言ってきた。彼の小切手帳は信用十分だ(所得税の申告や資産証明や信用履歴などを確認した)。X氏との話がまとまり、銀行のバランスシートはこうなる。

銀行の総資産および総負債がどちらも400ドルになったことに注目。いま銀行は200ドルのお金を創造した(X氏の当座口座への預金。それは同時にX氏へのIOUであり、200ドルを支払うという約束だ。)のだ。このあと、X氏はこの預金を使うことになるわけだが、まずはこのバランスシートを注意深く検討してみよう。銀行はいったいどこで貨幣なり、貨幣の記録なりを獲得したのだろう。

  • 銀行はお金をどこかで獲得してきたわけではないのだ。コンピューターに数字(200)を入力することにより ”ex nihilo に”、つまり ゼロから預金が創出された。歴史をひも解くと、かつて銀行が銀行独自の銀行券を発行することもできたこともあったが、現代それができるのは通常は中央銀行だけになっている。
  • A銀行はあらかじめ預金や現金を持っている必要がなかった。実際、A銀行は金庫に現金を持っていなかったし、中央銀行に預金を持っているわけでもなかった。
  • A銀行は持っていた何かを貸したのではなく、単にお金のIOU(銀行預金) の記録を意図的に作った。そのお金を借り手のIOUを購入するのに使っている。
  • このお金の記録とは銀行の負債/IOUである
  • 銀行はIOUを創出することによって次のことを約束する
    • 求めに応じて預金を現金に交換する
    • 銀行に対する債務の支払いとしてこのIOUを受け入れる

預金とは、単純に法的な約束ごとなのだ。求めがあれば現金に交換しますという、あるいは銀行が持っているIOUという形での支払いに充てられますよ、という約束だ。預金通貨は銀行の負債で、その所有は預金者だ。このように、銀行は貸し出しのときに現金を持っている必要はない。

たとえば、ピザ無料券が郵送されてきたとしよう。その券が印刷されたのはピザ屋がピザを焼く前だ。ピザ屋にとって、券をプリントしたり郵送したりする前にピザの準備をしておく必要は全くない。ピザが焼かれるのは、お客がピザ屋で券を渡すときだ。この例で言えば、現金はピザで、無料券は預金に相当する。無料券(預金)はピザ(現金)が必要な時に償還される。ほとんどの人は当座預金に残高を置くだけで満足し、現金に変えることは少ない。後述するように、銀行は求めに応じて現金を容易に準備することができる。問題は現金を準備するにはコストがかかるということだ(たまたま小麦粉が値上がりしたりしたらピザを作るコストも上昇するだろう?)。

この銀行業務(IOUを受け入れ預金通貨を創造することで貸出を行うこと)の成否は以下にかかっている。

  • X氏の返済能力(信用度)
    • もしX氏が借金返済にあたり問題を抱えると、銀行の資産の価値、銀行の資金の流れ、そして最終的には銀行の純資産、自己資本比率、株主への配当に影響が及ぶ。
  • 銀行が準備預金を低コストで調達する能力
  • X氏が現金を引き出そうと望む
  • 銀行は他の銀行から借りる必要がある。銀行間決済。
  • 銀行はX氏から政府への納税を決済する必要がある。

仮にX氏が返済不能になるか、銀行が必要な準備預金を調達できなかったら、銀行はまずいことになる。破産や支払い不能に陥りかねない。前者は純資産がマイナスになること、後者は引き出しや決済に対応する現金残高がなくなってしまうことだ。つまり、銀行は無限に預金を創造できるとはいっても、利益が見込めなかったり、破産や支払い不能のリスクに晒されるので、そこまでするインセンティブ(動機)はない。

では次の段階。X氏が200ドルを支払ったカーディーラーがB銀行に口座を持っているとすると?バランスシートは次のような感じになる。

A銀行はB銀行に200ドルの準備預金を借りているが、どこからそれを得るのだろう。それには少しコストがかかる。資産を売ってもいい(この例でA銀行が持っている資産は建物だけなのでこの方法はコストがかかりすぎる。債権を売る手もあるが持っていない。)し、他の銀行や中央銀行から借りるという方法がある。一般的な方法は中央銀行から借りることだ。中央銀行こそは準備預金の唯一の供給源だ。するとこうなる。

こうしてA銀行はB銀行に対する負債を決済するための準備預金を得た。

これで良し!負債は決済された。A銀行、B銀行、中央銀行の最終的なバランスシートはこうなる。

X氏から受け取る金利が中央銀行に支払う金利よりも高い限り、A銀行は利益を稼ぐことができる。
このときB銀行のバランスシートはこんな感じだ(それまでは準備預金を持っていなかったと仮定)

また、中央銀行のバランスシートはこうだ(それまで銀行に現金や融資を供給していなかったと仮定)

注目すべきは、以上のどの操作も物理的なお金の移動を伴なっていなかったことだ。すべてはキーボードを介したコンピュータへの入力だった。なお、上記の例では説明に関係のある資産や負債のみを示していたことにも注意せよ。当然ながら、民間銀行も中央銀行も多くのその他の資産や負債、純資産をバランスシート上に持っている。

実際には、ふつう中央銀行は準備預金を無担保で銀行に貸し出すことはない。 担保(通常は国債)を要求し、担保の価値よりも少ない金額を貸す。 したがって、銀行Aが300ドルの国債を持っていれば、これで準備預金を貸してくださいと中央銀行に頼むことができる。 中央銀行は、割引率が5%ならば285ドルを貸す。

R.レイのMMT入門 第三章第五節 外生金利と量的緩和

(今回はコラムもやってみました)

第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行
 第一節 国の通貨建てのIOU
 第二節 決済と債務ピラミッド
 第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手
 第四節 銀行のバランスシート、銀行の貨幣創造、銀行間決済
 第五節 外生金利と量的緩和
 第六節 中央銀行と財務省の共同オペ、そのテクニカルな詳細
 第七節 財務省の債務オペレーション
 第八節 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ

5. 外生金利と量的緩和

経済学では内生と外生という区分がなされることがあり、三つの異なる場合がある。それは制御的な意味、理論的な意味、統計的な意味の三つだ。このうち統計的な区別に注意するのは計量経済学者だけだ。変数と誤差項との関係にかかわるものだがここでは省略する。 制御的な意味での外生とは、例えば政府はマネーサプライをコントロールしたり、金利をコントロールたり、物価水準をコントロールしたりすることができるか、など、政府が変数を「コントロール」できるか否かの区別だ。
MMTは「内生的貨幣」あるいは「ホリゾンタリスト」アプローチをとっている。中央銀行はマネーサプライや銀行の準備預金を管理することができないという立場だ。 中央銀行がしなければならないのは準備預金に対する過剰な需要に対応することだ(ただし、以下に述べるようにQEによって状況が変わっている)。 (ホリゾンタリズムについてはMoore 1988を見よ) 制御的な意味では、中央銀行の目標金利は明らかに外生的だ。中央銀行は目標を25ベーシスポイントに設定したり、150ベーシスポイントに上げたりすることができる。

制御的な意味と理論的な意味は、お互い関連しているが同じではない。 固定相場制を採用している国があって、そこではある為替レートが設定されており、金利政策を使ってそのレートを維持しているとしよう。その場合金利は外生的に管理されている(中央銀行によって設定されている)と言えるが、理論的には外生的ではない。 理論的な意味では、この中央銀行の行動原理は目標為替レート目標を達成することであり、金利のコントロールを放棄している(金利は目標為替レートを達成するための道具になっている)。 また、ある中央銀行は完全雇用を目標としていて、その目標を達成するために金利を使用しているという場合。 ここでも先の為替レートを目標とする場合と同じように、金利は完全雇用を目指すための道具ということになる。この場合、利子率は制御的な意味で外生的だが、理論的な意味では外生的でない。

上で、我々は通常オーバーナイト金利を制御的な意味で外生的と見なし、準備預金は内生的であるとした。中央銀行は金利目標を達成するために準備預金の需要に対応しているからだ。これが1980年頃から普及してきた「内生的貨幣、水平的な準備預金」のアプローチだ。但し、これが定式化されたのは米国において準備預金に支払われる金利がゼロで、FEDのオーバーナイト金利目標がゼロよりだいぶ上だった時だった。そのような環境では準備預金が過剰になると市場金利(FFレート)が目標を下回ってしまうのでFEDは公開市場で国債を売ることによって準備預金を吸収した。しかし、世界金融危機の結果として、FEDは目標金利をゼロ近くに引き下げ(日本のように)、準備預金が過剰にあることを許容することになり、準備預金に25ベーシスポイントの金利を支払うようになった。銀行がどんなに多くの過剰準備預金を持っていても市場金利は25ベーシスポイント前後のままということになる。この結果銀行は過剰の準備預金に対してFEDから25ベーシスポイントの金利を得ることができるようになり、FF市場ではそれ以下の金利での取引は成立しないことになった。(実際のFFレートは目標より低いところまで下がった。これは過剰の準備預金に金利が支払われないホルダーがいたからだが、専門的なのでここでは無視できる)

量的緩和(QE:Quantitative Easing)と呼ばれるものにより、FEDは銀行の準備預金を銀行が保有していたいと考えている以上に「外生的」に増加させている。ここに非対称性が生じている。つまりFEDは準備預金を目いっぱい超過にしておくことはできても、金利が目標金利を上回るような、準備預金が不足している状態にすることはできない(金利が高くなればFEDが国債を購入する公開市場操作が誘発され、FFレートを目標まで引き下げる)。

まとめよう。平常な環境において、中央銀行は準備預金の需要に対応するので、準備預金量とは「内生的」だ。また央銀行がオーバーナイト金利目標を設定するので、金利は「外生的」だ。ところがQEという状況の下では、中央銀行は常に銀行が持ちたい以上にまで準備預金を増やす一方で、オーバーナイト金利のコントロールを放棄しない限り、銀行が持ちたい量よりも準備預金量を絞ることはできない。 QE状況下ではまた、中央銀行は銀行が保有する準備金に25ベーシス・ポイント(0.25%)の利息を支払い、当座貸越(準備預金の貸出し)からは50ベーシス・ポイント(0.50%)を受け取る。銀行がどれだけ大量の超過準備金を保有していても、オーバーナイト金利はこの範囲内に収まる。

【コラム よくある質問】

Q: FEDはどこから借りいてくるのですか? その限界はありますか? FEDは中小企業を救済する支出をした方が良かったのでは? バーナンキ議長はキーボード入力で銀行を救済したことを認めていませんでしたか?

A: 後ろの二つはその通り、イエスだ。FEDは「キーボード操作」により膨大な準備預金を出現させ、特別ファシリティを通じて準備預金を貸出し、国債を買い、忌々しい住宅ローン担保証券も買った。これをFEDが「借りた」と言うと誤解を招くので、私はその言い方はしない。FEDはキーボード入力一回ごとに入力した数字の負債を負う。準備預金はFEDの負債だからだ。なのでこれを指して「借りている」と言えないことはないし、準備預金を抱えた銀行は債権者なのだから「貸し手」であると言えないこともない。しかしそれはあなたや私が車を借りるために借りるのとはわけが違う。私たちが借りられる金額には限界がある。ところがFEDのキー入力は無限で、この世に存在していなかった準備預金を出現させるものだ。金融危機の後、金融システムを救済するためにFEDはトータルで29兆円を支出し(資産の購入)貸し出した(www.levy.org には沢山の推計がある)。この一部でも中小企業や失業者を救済するのに使ったらよかったのではないだろうか。私はそう思う。おそらく米国人のほとんどは同意だろう。

本当のMMTのエッセンス(?): R.レイのMMT入門 第三章第六節

すみませんこれ余りに有益と思うのでこの部分だけゲリラ的に。この次の3.7節とか最高なんですけど、まずここを見ないと。

第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行
 第一節 国の通貨建てのIOU
 第二節 決済と債務ピラミッド
 第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手
 第四節 銀行のバランスシート、銀行の貨幣創造、銀行間決済
 第五節 外生金利と量的緩和
 第六節 中央銀行と財務省の共同オペ、そのテクニカルな詳細
 第七節 財務省の債務オペレーション
 第八節 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ

6.中央銀行と財務省の共同オペ、そのテクニカルな詳細:FEDの場合

ここまで政府支出、徴税、国債の一般的な事例について説明した。その要点はこうだった。政府が支出を行う際、誰かの銀行預金とその銀行への準備預金への記帳が同時に行われる。徴税は、ちょうどこれと正反対の操作で、銀行預金とその銀行の準備預金が引き落とされる。国債の販売では銀行の準備預金から引き落とされる。

財務省と中央銀行の口座を「政府口座」として統合すると一番シンプルに説明できるので便利ではある。しかし、現実世界はもちろんもっと複雑だ。中央銀行と財務省は別々に存在していて、定まった業務手順が採用されている。さらにその操作には制約が課されている。一般的で重要な制約は次の二つだ。 (a)財務省は中央銀行に預金口座を持ち、支出の際にはここから引き出さなくてはならず、(b)中央銀行が財務省から直接国債を購入することと、財務省に貸付を行うこと(これは財務省の預金を直接増加させることになる)が禁じられている 。

ご多分に漏れず米国もこの両方の制約を持っている。この節では、FEDと米国財務省における複合的な操作の手順を見ていこう。スコット・フルワイラーはこの論点にについて一番詳しい経済学者の一人だ。以下の議論は下で引用する彼の説明に依っている。より深く知りたくなった読者は彼の論文に当たるとよい。彼はストック-フロー一貫アプローチを用い、明示的に結論を示している。

ではまず最初に、単純な統合政府(中央銀行+財務省)の例で政府支出の帰結を見てみよう。それを踏まえて現代米国の実例に進もう。 ここでは簡単なT字勘定を用いる。一部の読者には多少の忍耐が必要かもしれないが、これを理解すれば、ここまでこの教科書に出てきた事例をバランスシートを使って学ぶのに役立つだろう。(注:以下のバランスシートは部分的なものだ。何が起こっているかを示すための最低限の項目についてを載せている。)まず、政府が税を課してジェット機を購入する場合をケース1aとして示す。

図3.1 ケース1a:政府は納税義務を課した上で、民間銀行の口座に振り込むことでジェット機を購入

政府はジェット機を、民間のジェット機販売者は預金を獲得している。売り手の純資産は税金義務によって減少し、政府の純資産は増加することに注意せよ(とどのつまり、税の目的とはこれだ。リソースを政府に移管する)。民間銀行は準備預金を得ている。

さて、税が支払われる。このとき納税者の預金と銀行の準備預金からの引き落としがなされる。

図3.2 ケース1aの最終ポジション

政府が「均衡予算」として徴税して支出する場合の帰結は、ジェット機を政府部門所有に移動させ、民間部門の純資産を減らすということになっている。政府はジェット機のようなリソースを獲得するという「公共の目的」を達成するために金融システムを使っているというわけだ。

では次に、政府が赤字財政支出するときは何が起こるかを見てみよう(混乱しないでほしいのだが、税が不必要と論じているわけではない。「税が貨幣を駆動する」と説明したとおりだ。つまりこの場合税制度は別に存在するが、このジェット機は追加の徴税なしで買おうと政府は決めたというわけだ。)

下のように、ジェット機は政府に移動するが、赤字財政支出の場合は民間部門に純金融資産(準備預金)が創出されたことになる(ジェット機の売り手は政府の金融負債である準備預金と同額の預金を保有)。ここで銀行は準備預金をそれだけ余分に持つことになる。銀行としては金利を得たいので、政府は国債を売ってこれに対応する(目標金利を維持するための金融政策の一環として国債が売却される)。

図3.3 ケース1b:赤字財政支出が民間に純資産を創出

図3.4 ケース1b:最終ポジション

純金融資産に変化はないが、準備預金ではなく国債という形態になっている。ケース1aと比較すると、民間部門がだいぶ幸せな状態だ。民間全体の総資産は変わらないまま、実物資産(ジェット機)が金融資産(政府への債権)に形を変えている。

ところが、ああ、これでは簡単すぎる。政府は赤字支出の前に国債を売らなければならないと自分自身を縛ろうと決めていたのだった! そこで下は、銀行が国債を買って政府の預金に入金されたときのバランスだ。

図3.5 政府は赤字支出の前に国債を売っておかなければならない

図3.6 政府が民間銀行に小切手を切ることでジェット機を購入

銀行は、ジェット機の代金分を政府預金から引き落とし売り手の預金に振り込む。最終的なポジションは以下のようになる。

図3.7 ケース2の最終ポジション

これはケース1bと全く同じであることに注目せよ。赤字財政支出に先立って国債を売っても、民間銀行が国債を買い政府が預金から小切手を切るならば、結果は何も変わらない。

ところがさてさて、これでもはまだまだ単純すぎる。では政府の両足も縛ってしまおう。政府は中央銀行以外に持つ口座から小切手を切ることができないという制約を加える。最初のステップ、政府は民間銀行に国債を売って民間銀行の口座に預金を得た。

図3.8 財務省は中央銀行の口座からしか小切手を切れない

そこで財務省はジェット機を買う前にその預金を中央銀行の口座に移しておく必要がある。

図3.9 財務省は中央銀行の口座に預金を移す

財務省が預金を移すときに、移される民間銀行がそのための準備預金をあらかじめ保持しているとは想定できないので、中央銀行が民間銀行に準備預金を貸し出す(あとで見るようにこれは一時的なもの)。さあここまで来てようやく財務省は中央銀行の口座に預金を得たのでジェット機を買う小切手を切ることができる。

図3.10 財務省がジェット機を購入

財務省が支出をすると、それは民間銀行の準備預金に振り込まれるので、民間銀行は中央銀行から一時的に借りていた準備預金を返済することができる。(民間銀行のバンスシートの資産側準備預金に入金し、それと同時に借りていた準備預金が返済として引き落とされる様子を載せることもできるが、図をシンプルに保つために省略した)。最終的なポジションはこうなる。

図3.11 ケース3の最終ポジション

驚いたことにCase 2 や Case 1b と全く同じだ!政府の両手を後ろに縛り、両足を縛っても何も変わらないのだ。

さて、以上はまだ単純化した思考実験だった。米国の現実では、これがどのように行われているだろう。実際、財務省は民間銀行と連邦準備制度の両方の口座を保持しており、小切手を書くことができるのは連邦準備制度理事会だけで、財務省から国債を直接購入することは禁止されている(そして財務省の口座は当座貸越はできないとされている)。 民間銀行にある財務省口座の預金は(ほとんど)税収から来ている、その預金で小切手を切ることはできない。 したがって財務省は、支出する前に預金を民間銀行から移転する必要があり、納税額が低いときには預金を得るために国債を売却する必要が出てくる。次の節では、その実際の手順を見ていく。 警告:うんざりだぞ。

R.レイのMMT入門 第三章第七節 財務省の債務オペレーション

(週末にでもゆっくりドゾー)

第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行
 第一節 国の通貨建てのIOU
 第二節 決済と債務ピラミッド
 第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手
 第四節 銀行のバランスシート、銀行の貨幣創造、銀行間決済
 第五節 外生金利と量的緩和
 第六節 中央銀行と財務省の共同オペ、そのテクニカルな詳細
 第七節 財務省の債務オペレーション
 第八節 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ

7. 財務省の債務オペレーション

連邦準備法(Federal Reserve Act)は、FEDが国債を買うことができるのは「公開市場」においてのみだと定めている。実は必ずしもそうなってはいないのだが。ともあれこのため、財務省がFED(連邦準備法によって設置され、財務省の財務代理人であり、そのバランスシートの負債の部に財務省の残高が置かれる)に置く口座の残高は常にプラスを保っておく必要がある。つまり財務省は、支出に先立ち税金(およびその他の)収入、または「公開市場」に債券を発行することによって得られる収入によってこの口座に残高を補充しておかなくてはならない。

財務省の預金口座もFEDの負債であるため、この口座の出入りは準備預金全体の残高に影響を及ぼす。 つまり、準備預金は財政支出によって増加し、徴税によって減少する。 銀行システム全体の準備預金の増減は、オーバーナイト金利に影響を与える。このように財務省の業務と、目標金利の設定および維持に関連するFEDの金融政策運営とは不可分なものだ。 財務省口座の出入りによって、その日の金利がFEDの目標金利からずれそうになったら、FEDは貸借対照表上の他の勘定と調整し、ずれを相殺しなければならない。 この目的のために財務省は、民間銀行に置いている預金口座(tax and loan accounts)を用いた調整を行う。

2008年秋までの財務省は、通常日の終了時点における残高が50億ドルになるようにしていた。上記の預金口座(tax and loan accounts)から「差引」くか(預金残高が50億ドルを下回った場合)、または「加算」(50億ドルを超える場合)することによって。 (その後のあ世界的金融危機とFEDのそれへの対応、特に「量的緩和」により異常な状況になっているが、ここでは割愛。)

言い方を変えると財務省の債務オペレーションとは、財務省自身の支出/収入と、FEDの金利目標の管理との整合性を常に取らなければならないものだ。金融危機前の平時の状況、つまり目標金利が、民間銀行の準備預金への利息(2008年10月より前はゼロだったが、現在FEDは準備預金に利息を支払っている)より高い率に設定されていた状況下では、財務省が赤字支出を実行するためには6つの処理が必要だった。

FEDの財務省口座に十分な預金がない場合、支出を実現するために次の6つの取引を実行する。残高が不足しているのでまず新規国債を「オークション」する必要がある。

A. FEDはまず国債を「プライマリーディーラー」から売り戻し契約付きで購入する(FEDはプライマリーディーラーから国債を購入する際に、ある決まった期日に売り戻すという約束をする)。これは、財務省による国債オークション(民間銀行の準備預金は引き落とされ、財務省の口座に振り込まれる)の成立後に、循環している準備預金の残高が適正になるようにするためだ。FEDの目標金利はこのことによって維持される。(財務省のオークションが行われる日は「high payment flow days」としてよく知られている。通常の日々よりも多くの準備預金が循環する必要があるのでFEDはその需要に対応する)。

B. 財務省の国債オークションが成立すると、国債は準備預金と交換されるため準備預金が引き落とされる。ディーラーの口座から引き落とされるのと同時に財務省の口座に振り込まれる。

C. 財務省はオークションによって口座に振り込まれた準備預金を預金口座(tax and loan accounts)に移す。つまり民間銀行に置いている預金口座(tax and loan accounts)への振替えだ。

D. (DとEの順番は逆でも構わないよく。実際逆になることもある。)Aの売り戻し契約に従って、プライマリーディーラーが国債をFEDから買い戻す。つまり上のAの取引の逆が行われる。

E. 財務省は、支出に先立ち預金口座(tax and loan accounts)から(中央銀行の)口座に残高を移す。Cの取引の逆が行われる。

F. 財務省は中央銀行の口座からの引き落としによって財政赤字支出を行う。中央銀行にある民間銀行の口座と支出相手の預金口座への振り込みがなされる。

以上の分析は、財政赤字が支出増ではなく減税によるものである場合でも変わらない。減税とは、支出が税収よりも多くなるのだから、赤字支出と同じことになる。

今説明した最終ポジションは、統合政府(財務省と中央銀行)の例(第六節)とまったく同じになっていることにも注意せよ。政府の赤字財政支出により、誰かの銀行口座と民間銀行の準備預金への振込みがなされ、過剰になった準備預金は国債と交換されて調整されるのだった。実際のプロセスは複雑で順番が異なるものの、バランスシートの最終的なポジションは変わらないのだ。政府はジェット機を、民間部門が国債を獲得する。

以上を踏まえると、前節で触れた「自らに課している制約」の理解が深まる。FEDのシステムを通じて財務省の国債オークションを決済できるのは準備預金のみだ。そして、準備預金の源泉になっているものとは、FEDからの借入か、FEDによる金融資産の購入かしかないということに注目(FED自らの意思による残高変更による様々な短期的影響を除けば)。さらに、FEDは日常的に国債を購入したり、国債を売戻契約の担保に求めたりということをしている(世界金融危機の余波により、FEDはさらに多種多様な資産を購入するようになり、また様々な種類の資産に対しての貸し出しを行うようになった)。いま存在している国債とは、過去の財政赤字支出の結果として発行されていたものなのだ。したがって国債の購入に必要な準備預金とは、過去の財政赤字の結果か、または政府から非政府部門への貸付によるものだ。この事実は、財務省が支出する前にプラスの残高を持っていなければならない場合だろうが、また、FEDが財務省に当座貸越を提供することが法的に禁じられている場合だろうが変化がない。最後に、

1. 目標金利と同率の金利が支払われる準備預金が過剰に存在している場合(つまり金融危機後にFEDが実施した何段階かの「量的緩和」のケース)でも、この分析結果は変わらない。目標金利を達成維持する目的で財務省オークション関連の業務に積極的に関与する必要がFEDにはなくなっているだけで、流通している準備預金は、民間部門への連邦政府の貸付(または民間部門の国債の購入)か以前の赤字支出によるものだ。

2. 結局のところ、赤字財政支出の現行オペレーションは、FEDの業務に対しての適時性を維持しつつ、さらに「財務省は支出に先立って残高を維持していなくてはいけない」というルールを加えた結果として、上記の六つの処理で成り立っている。財務省のオペレーションを複雑にしたところで、結果から見ればその複雑さは不必要ということになる。なぜなら、複雑にしても以下の事実に変化はない。(1)財務省のオークションが決済されるためには、過去の赤字またはFEDによる民間部門への貸出を通じてた準備預金が存在していなければならず、また、(2)新規国債発行を伴う赤字支出でも、国債発行を伴わない支出と比べ循環している準備預金が減少するわけではない。このルールの存在そのもの、そしてルールが単に複雑さを増しているということはむしろ反生産的だろう。マクロ経済の困難に直面した時に、政策立案者が利用可能な選択肢という問題に影響を及ぼすからだ。

まとめ。「自らに課している制約」を追加してFEDと財務省の業務を詳しくみても、単純モデルで示された基本的な結論が維持されていた。 政府の赤字支出は、受取人の銀行預金を加算する。 そのとき、銀行の準備預金が創出されるが、過剰な準備預金は(通常は)国債と交換される。 民間部門で保有されている純金融資産は、財政赤字と等しい金額だけ増加する。(銀行預金の残高は銀行の負債である預金額と等しい。従って、純金融資産は銀行が保有する国債と準備預金および現金の合計に等しい )。 (債務の限界についての議論は、第7章第5節も参照のこと。そこにはまた別の自主的な制約がある)。

【コラム よくある質問】

Q:私の理解だと、財政黒字とは単に過去の政府支出が創出したドルの破壊です。主権国家が自身の貨幣を「貯蓄」するというのは無意味なのでは?

A:実際問題、その通り。クリントン景気の頃には、いつか米国は国債を全部消し去るだろうという予測もあった。さらには、もし「破壊する」政府IOUがなくなったら、連邦政府はどのように財政黒字を稼ぎ続けることができるかを理解しようという狂った考えがFED内部にも生まれた。もしそんなことになったら、民間部門が対政府部門の赤字を継続するためには政府への支払いのために実物資産(政府のIOUではなく)を献上するしかないということになる。納税のために国民は自分のクルマや家、預金、子供たちを差し出すしかないことになる。これは政府が永遠に財政黒字を続けるということの論理的な帰結だ。政府は民間部門に無限の債権を積み上げるということだから。それから、主権国家は自身の貨幣を「貯蓄」していないという指摘は正しい。「貯蓄」していない、というより、できない。


R.レイのMMT入門 第三章第八節 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ

ひとくぎり(^^♪
消しゴムさん、タイポご指摘どうもでした!

第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行
 第一節 国の通貨建てのIOU
 第二節 決済と債務ピラミッド
 第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手
 第四節 銀行のバランスシート、銀行の貨幣創造、銀行間決済
 第五節 外生金利と量的緩和
 第六節 中央銀行と財務省の共同オペ、そのテクニカルな詳細
 第七節 財務省の債務オペレーション
 第八節 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ

8. 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ

ここまで見てきたように、中央銀行と財務省を統合するというシンプルな仮定から出発した(我々がよくやっている手だ)。次に、その仮定を外して両者の役割に注目した。そうすると複雑にはなるものの、「独立政府が納税を受け取るためには政府支出がなされていなければならないと」いう論理は不変だった。

政府の支出と銀行の貸出には類似の構造がある。政府の場合、納税者が納税のための通貨を使うことができるようにするために、あらかじめ支出(または貸出)をする必要がある。銀行の場合、その借り手が預金を使って返済するためには、あらかじめ預金を貸し出している必要がある。いにしえの昔は、政府は単独で財政政策にまつわるオペレーションを行っていた。文字通り通貨を支出し、それを徴税で回収していた。現代では政府は財務省と政府の銀行に責任が分割され割り当てられている。中央銀行制度だ。この政府の銀行は、政府の支払いを行い、政府への支払いを受け付ける。財務省は今もいくばくかの通貨を発行しているが、通貨はほとんど中央銀行に由来しているものだ(紙幣)。

ほどんどの財務省からの支払いは小切手か、銀行口座への振り込みで行われている。企業や家計が小切手(または口座引き落とし)で支払っているのとちょうど同じだ。
たいていの場合、中央銀行はさらに第二の機能を持っていると教えられる。「銀行の銀行機能」だ。銀行間システムを維持運用し、決済を行う。

中央銀行のバランスシートではこの二つの機能がリンクしている。ところで財政政策のオペレーションは分離され財務省が単独でそれを行っている。であるならば、民間の銀行は財務省に口座を持っている必要があるはずだ。複雑さの元凶がここにある。そうなっていれば、財務省は支出の際にそこに直接振り込んだり、徴税時には直接引き落とせることになる。こうしたとしても民間銀行は相互決済のため中央銀行に口座を持つ必要があることに変わりはない。

このように銀行は財務省と中央銀行の両方に口座を持っていた方が良いのわけだが、さて我々はFEDと財務省を本当に「分離」させていると言えるのだろうか。それでも「機能」はするが、その必要はないのでは? FEDを財務省の銀行として、そして銀行の銀行としても機能させ続けなくてもいいのでは? なにしろそれが混乱の元なのだ。つまりFEDは二つの機能を持っている。銀行の銀行、そして政府の銀行だ。このあたりのことが経済学者の頭に入っていれば、FEDと財務省の内部の経理について心配することなどとうにやめているはずなのだが。

FEDや財務省自身は自分たちが何をしているかを知っている。私たちはどうだろう。財務省は小切手を不渡りにしないし、FEDは目標金利を維持している。国債が不渡りになりそうだったら、議会は介入してFEDの議長の座を話が通じる人間に渡すだけだ。分離主義者はそれまでただ固唾を飲んでいるだけだろう。

最後に。プライマリーディーラーは約40あるが、これらは国債の競争的なオークションを成立させ金利をできるだけ低く保つために必要なプレイヤーだ。ディーラーがそう行動する理由は、主として彼らのクライアントが彼らとしか取引しないからだ。つまり、このことによってFEDはいつでも国債を売り、支出のための準備預金を確保することができるのだ。自分を縛る「制約」は制約でも何でもない。「国債自警団」は存在しない。アンクル・サムに金を貸さないことによって支出を妨げるような存在など、どこにもいないのだ。