緑のお金と茶色のお金(1) MSとMBを正しく捉えるためのモデル
はじめに
マクロ経済について話をする時、マネーストック(MS)とマネタリーベース(MB)の関係についての理解が食い違っていることが良くあります。
根本的なところで食い違っているため、お互いに異なる土台の上で議論をすることになります。
当然、実りのある議論にはならず、罵り合いになってしまうこともありますね。
MSとMBの関係についての理解が一致しない限り、マクロ経済について議論することは出来ないと私は考えています。
今回の記事では、私がMSとMBをどのように捉えて理解しているのかを視覚的に説明してみることにします。
私と異なった理解をしている方は、私の説明するモデルの不適切な点を指摘してみてください。
緑のお金と茶色のお金
マネーストックを構成するお金のことを、グリーンマネーと呼ぶことにしましょう。
「マネーストック=現金通貨+預金通貨」ですから、現金通貨はグリーンマネーであり、預金通貨もグリーンマネーです。
グリーンマネーの総額がマネーストックになります。
一方、マネタリーベースを構成するお金のことは、ブラウンマネーと呼ぶことにします。
ブラウンマネーの総額がマネタリーベースになります。*1
私たちの財布に入っている日銀券や硬貨という現金通貨は、グリーンマネーであり、かつブラウンマネーでもあるということになります。
銀行の手持ち現金はグリーンマネーではない
ここで注意すべき点があります。
というのは、銀行が手持ちしている現金はマネーストック(MS)には含まれないということです。
日銀のサイトをみるとMSを構成する現金通貨は「銀行券発行高+貨幣流通高」と書かれているのですが、注意書きに「現金通貨は金融機関保有現金を含みません」とあるのです。
つまり、銀行が保有している現金は現金通貨に含まれません。
この点は、教科書と言えるような書物でも見落とされていることがありますが、MSとMBの関係を理解する上では決定的に重要ですのでよく覚えておいてください。
銀行の手持ち現金はMSには含まれず、したがってグリーンマネーではありません。
預金通貨は誰の手元にあるのか
貴方が銀行に100万円の預金を持っているとしましょう。
この100万円の預金通貨はグリーンマネーですが、このグリーンマネーはどこにあるのでしょうか?
銀行に預金しているのだから、銀行にあるに決まってる……という風に考えてしまうかも知れませんが、預金通貨というグリーンマネーは預金者である貴方の手元にある、と考えるべきです。
このグリーンマネーは現金通貨と同様に、貴方がいつでも好きな時に使うことができるお金なのですから。
他の誰も貴方の預金通貨を勝手に使うことはできませんし、銀行がこのグリーンマネーを勝手に誰かに貸し出すこともできません。
ある日突然、預金残高がゼロになっていて、銀行に問い合わせたら「あの100万円は○○社に貸し出しました」などと言われることはありませんよね。
預金通貨というグリーンマネーは間違いなく預金者の手元にあるのであって、銀行が持っているのではないということです。
私たちは、グリーンマネーを支払ったり受け取ったりしながら経済活動をしています。
手元にあるグリーンマネー(現金+預金)の量が変わらないならば、手元のブラウンマネー(現金)の量が多いか少ないかはどうでもいいですよね。
私たち個人や企業にとっては、グリーンマネーこそがお金だということです。*2
預金の引き出し
銀行から預金を引き出した時、何が起きるでしょうか。
銀行側では、ブラウンマネーである現金が減少します。
顧客側では、手持ちしているグリーンマネーである預金通貨が減少し、ブラウンマネーに載ったグリーンマネーである現金通貨が増加します。
預金の引き出しは、顧客が持っている預金通貨というグリーンマネーを、銀行が持っているブラウンマネーに載せて渡してもらったのだと解釈することができます。
銀行から預金を引き出した時、ブラウンマネーもグリーンマネーも消滅したり新たに生まれたりしません。
預金の引き出しによってMBもMSも増減しないということです。
現金の預け入れ
銀行に現金を預け入れた時は、何が起きるでしょうか。
銀行側では、ブラウンマネーである現金が増加します。
顧客側では、ブラウンマネーに載ったグリーンマネーである現金通貨が減少し、グリーンマネーである預金通貨が増加します。
現金の預け入れは、顧客が持っている現金通貨からグリーンマネーをはがして戻してもらい、残ったブラウンマネーだけを銀行に渡したのだと解釈することができます。
銀行に現金を預け入れた時、ブラウンマネーもグリーンマネーも消滅したり新たに生まれたりしません。
現金の預け入れによってMBもMSも増減しないということです。
預金の振り込み(銀行送金)
預金の振り込みについてはどうでしょうか。
一つの銀行の中で振り込みをする場合は簡単ですね。
AさんからBさんへの振り込みだとすれば、Aさんの口座の残高が減ってBさんの口座の残高が増えるだけです。
これは、Aさんの手元にあったグリーンマネーがBさんの手元に移動したと解釈することができます。
ブラウンマネーは移動しませんね。
異なる銀行間での振り込みの場合はどうでしょう。
X銀行のAさんの口座からY銀行のBさんの口座への振り込みだとすると、Aさんの口座の残高が減ってBさんの口座の残高が増えることは同じですが、それだけでは終わりません。
つまり、Aさんの手元にあったグリーンマネーがBさんの手元に移動するとともに、X銀行の手元にあったブラウンマネーがY銀行の手元に移動するということです。
ブラウンマネーはグリーンマネーを移動させる際の荷台*3として振る舞うというわけです。
AさんがBさんに現金通貨を手渡す場合も、荷台としてのブラウンマネーに載せられたグリーンマネーを手渡しているのだと解釈できますね。
もちろん、預金の振り込みによってグリーンマネーもブラウンマネーも増減しません。
どちらも移動するだけです。*4
預金通貨による貸し付け
銀行が顧客にお金を貸し付けた時には何が起きるでしょうか。
通常、銀行による貸し付けは預金の残高を単純に増やすことで実行されます。
つまり、銀行がグリーンマネーを新たに作って顧客に渡すということです。
新たなグリーンマネーが作られるのですから、当然この時MSが増加します。
もちろん、貸し付けられたグリーンマネーが現金で引き出されれば、銀行が手持ちしているブラウンマネーが流出することになりますが、現金の引き出しでは先ほど見た通りMBもMSも増減しません。
なお、顧客が預金通貨で返済を行う際は貸し付けの時と逆のことが起こります。
すなわち、預金の残高が単純に減らされることにより返済が実行され、この時グリーンマネーが消滅し、MSが減少します。
現金による貸し付け
もし、銀行が顧客に現金で貸し付けをした場合には何が起きるでしょうか。
銀行側では、ブラウンマネーである現金が減少します。
顧客側では、ブラウンマネーに載ったグリーンマネーである現金通貨が増加します。
このグリーンマネーはどこかにあったものが移動したわけではありませんから、銀行が新たに作り出したものだと解釈するしかありません。
現金で貸し付けをした場合でも、銀行はグリーンマネーを作っていることになるのです。
もちろん、この時MSが増加します。
前節の話と比較してみれば、預金通貨で貸し付けてそれが現金で引き出された場合と、現金で貸し付けた場合とでは、全く同じ結果になることが分かるでしょう。
なお、顧客が現金で返済を行う際は現金での貸し付けの時と逆のことが起こります。
すなわち、返済された現金通貨のグリーンマネー部分が消滅し、残ったブラウンマネーが銀行の手元に残ります。
もちろん、この時MSが減少します。
ここまでで分かること
上記で説明したモデルを受け入れれば、以下のようなことが自然に理解出来るでしょう。
- 銀行への預金によってお金は増えない。
- 銀行に現金を預け入れる際、グリーンマネーは手元に残るのであって、銀行に渡してはいない。
- 銀行は貸し付けの際にグリーンマネーを作っている。したがって貸し付けによってMSが増加する。
- 銀行にお金が返済されるとグリーンマネーが消滅する。したがって返済によってMSが減少する。
- 私たちはグリーンマネーを支払ったり受け取ったりして経済活動をしている。ブラウンマネーの量(MB)は気にしていない。
- グリーンマネーを運ぶ荷台(パレット)にすぎないブラウンマネー(MB)をいくら増やしても、グリーンマネー(MS)が増えるとは限らない。
- グリーンマネー(MS)が増えた時には、それを運ぶ荷台の需要が増えてブラウンマネー(MB)が増えることは考えられる。
他にも分かることはあるかと思います。
次回、このモデルに政府預金を導入します。
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