物価水準の貨幣理論の解説
昨日発表した物価水準の貨幣理論(Monetary Theory of the Price Level)を解説します。
冒頭記事でもお伝えした通り日本語版の論文はSSRNに公開しています。
https://papers.ssrn.com/abstract=3429565
英訳は現在進行中です。
統合政府
物価水準の財政理論(FTPL)に倣い、MTPLでも「政府の予算制約」ではなく「統合政府の予算制約」をみます。
統合政府とはなんなのかというと、「政府」と「中央銀行」をあわせたものだと思ってもらえればOKです。
企業の財務を測るときって、みんな連結決算でみますよね?
だから政府の債務の持続可能性は、政府の実質子会社である中央銀行の債務も含めて、一緒にまとめてみてみようというわけです。
FTPLはこれを数式ベースでモデル化しています。MTPLはそれを踏襲したわけですね。
ここで確認しておきたいのは、「中央銀行券」ようするにお金は、「中央銀行の債務」であり、「国債」は「政府の債務」であるということです。
で、中央銀行券は中央銀行の債務なのですが、中央銀行券はなにかへの貸し出しをすることによって発行されます。発行して即消費に使うというやり方はしません。
貸し出しをするということは、その貸し出しの利子を中央銀行は得られるというわけです。
これはいままでの経済学の政府の予算制約式(この制約を満たさないと財政破綻するよという式)です 。
が、中央銀行と統合した統合政府の予算制約式をつくってみると、以下のようになります。
中央銀行は利子収入があるので、利子収入も統合政府の収入になります。その分も考慮に入れるというわけです。
これを考慮するとなにがいいかというと、
政府債務が積み上がると、増税をして返さないといけない、そうでなければ貨幣増発で返すことになるのでハイパーインフレがおこる
という言説をよく聞きますが、このハイパーインフレがどのようにしておこるのかをもう少し具体的にできるということですね。なぜかというと貨幣の増発が政府の予算制約式の中に考慮されるようになるからです。いままでの経済学の予算制約式には貨幣増発を考慮した部分がないので、増税をして返さなければ「ハイパーインフレが起こる」←この括弧の中が説明できないのですね。
このように統合政府を考えることによって、FTPLは「政府債務は増税をして返さないとインフレが起こる」ことの説明をつけたわけですね。
しかしながらFTPLには問題があります。
FTPL においては、たとえ貨幣がなくても物価水準が決定されるので、貨幣の役割がない点が含意される。
FTPL(Fiscal Theory of Price Level)を巡る 論点について
FTPL が主張するように、政府の予算制約が均衡式として成立することから物価水準が決定されるということは、すなわち家計の予算制約式から物価水準が決定されると主張していることに等しい。換言すれば、FTPL とは HTPL(Household Theory of Price Level) に他ならない(Buiter, 2002)。
FTPL(Fiscal Theory of Price Level)を巡る 論点について
そもそも自国通貨建て債務を発行しているのは、政府だけでなく、家計・企業もそうである。なぜ、 政府の予算制約式のみが物価水準を決定すると考えるのか。なぜ、FTPL であって、HTPL や TTPL(Toyota Theory of Price Level)でないのか。
FTPL(Fiscal Theory of Price Level)を巡る 論点について
FTPLはいわゆる貨幣なき経済理論であるため、家計やトヨタの予算制約だって物価水準を決めるのではないのか?といった疑問が発生するわけです。
そこでMTPLはFTPLに現代貨幣理論を組み込み、貨幣ある経済理論にしています。ここがまず新規性です。
現代貨幣理論はいろんな主張をしていますが、重要な二点を抽出し、数式モデル化しました。それが内生的貨幣供給理論と租税貨幣論です。
MMTは数式モデルベースでの議論がなされておらず、これらの数式モデル化も新規性ある部分と言えるでしょう。
内生的貨幣供給理論
まず外生的貨幣供給理論を説明しますと、これは「貨幣供給量を決めるとそれに応じて利子率が決まる」と考えるものです。
内生的貨幣供給理論はこの逆で、「利子率を決めるとそれに応じて貨幣供給が決まる」と考えます。
利子率をどうやって決めるかと言うと、オーバーナイト金利とか政策金利とかを操作することで決めます。
内生的貨幣供給理論はべつにMMT特有のものではありませんが、MMTにおいて重要なウェイトを占めているので、これを貨幣供給のモデルに使います。
租税貨幣論
租税貨幣論は記事を書きました。
貨幣の交換価値を説明するのは「信用貨幣論」で十分ですが、貨幣の使用価値を説明するには、「商品貨幣論」では不換紙幣には効きません。これはただの紙切れなので紙切れ事態に価値はないはずです。
そこで、税金の支払いにつかわないといけないということが貨幣の使用価値であるとするのが租税貨幣論であり、MMTの重要なウェイトを占めます。
これを貨幣需要のモデルに使います。
政策的含意
物価水準がどう変化するかは、論文のなかにある微小変分の方程式を見ていただければいいので割愛しますが、結論はどうかというと、
- 利子率はとにかくゼロ付近にすると物価が下がり続けるからゼロよりは高く設定すること
- 増税をすると貨幣需要があがって物価が下がる
- 増税せずに貨幣を増発するともちろん物価があがるが、ハイパーインフレではないある値に落ち着く
- ハイパーインフレが起きる条件は、無税国家(もしくは課税機能が失われた無政府状態の国家)か、焼け野原(生産力ゼロ)か、貨幣供給が無限大になること
という感じです。
FTPLとは、ハイパーインフレになる条件が異なっています。
MMTとは、利子率の適切な水準が異なっています。MMTは利子率はゼロでもなんでもいいと言っていますが、MTPLでは利子率はゼロにしてはいけないという結論が出ます。
日本はどうすればいいかというと、
- まず利子率を上げろ(意外!)
- 買いオペレーションは続行しろ
- デフレは「統合政府の債務が健全すぎる」ことを意味するので、もう少しなら買いオペによる日銀の債務悪化はしても大丈夫
- 消費税あげちゃうんなら法人税下げて軽減税率もやめればいいと思う
という感じです。
数式ベースでの反論やご指摘もお待ちしております。
以上、物価水準の貨幣理論の解説でした。
ちなみに
ナローバンク論の議論につながる結論が出たことが、弊社の理論武装に繋がると考えています。
1 Comments:
163 名無しさん@お腹いっぱい。[] 2019/08/12(月) 11:10:43.73 ID:xin5glhL
動学的価格指数DEPI
DEPIは普遍的な価格指数であり、CPIはDEPIの特殊なケースである。
金融政策は足元の動きにすぎない消費者物価指数だけでなく資産価格をも重視すべきだという。今のように景気が良いのに物価が上がらない場面では金融政策は緩和に傾きすぎてバブルを招きがちであるというわけだ。
消費者物価指数より「動学的価格指数」の導入を バブル期の失敗を繰り返す日銀異次元緩和 澁谷 浩
https://business.nikkei.com/atcl/report/15/110879/082000851/?P=3&mds
「動学的均衡価格指数の理論と応用-資産価格とインフレーション」、『金融研究』、第10巻第4号、1991年
http://www.imes.boj.or.jp/japanese/kinyu/1991/kk10-4-3.pdf
資産価格と物価 白塚 重典
https://www.imes.boj.or.jp/research/papers/japanese/00-J-22.pdf
タンスの奥から引っ張り出される動学的価格指数
http://www.shenmacro.com/archives/11818672.html
wikipedia-物価-5.4 動学的価格指数(DEPI)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E4%BE%A1#%E5%8B%95%E5%AD%A6%E7%9A%84%E4%BE%A1%E6%A0%BC%E6%8C%87%E6%95%B0%EF%BC%88DEPI)
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