火曜日, 12月 10, 2019

David Graeber『BullShitJobs』(=どうでもいい仕事、クソ仕事)


「意味のないクソ仕事」をする人ほど給料が高い…この大いなる矛盾

「ブルシットジョブ」とは何か

『BullShitJobs』(=どうでもいい仕事、クソ仕事)という本が世界中で注目を集めている。著したのはウォール街占拠運動の理論的指導者として知られる文化人類学者デヴィッド・グレーバー教授。ロンドンで行った単独インタビュー(『未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来』収録)で、グレーバー教授は「『どうでもいい仕事』が増え続けており、さらに必要ない仕事ほど、高給になっている」と語った。現代に蔓延するBullShitJobsとは何なのか。
【インタビュー・訳 大野和基】

「必要のない仕事」を増やしている

——近年、20世紀を代表する経済学者ジョン・メイナード・ケインズの理論が見直されています。1930年にケインズは「技術の進歩によって100年後(2030年)には週15時間(だけ)働く時代になる」と予想したそうです。この見立てをグレーバー教授はどう考えますか。
グレーバー 2030年まであと10年ほどありますが、実際に起こっていることは、ケインズの予想とは反対だと思います。確かに現在の労働時間は、1930年と比べて世界的に減少しています。しかしいまの仕事は日常生活に入り込んでいる部分が多いため、それもカウントすると、逆に増えているのではないでしょうか。特に特定の階級の人にとっては増加しています。
グレーバー氏
興味深いのは、ロボットが我々の仕事を奪いに来る、という恐ろしいことがいわれていることです。ケインズの時代に存在していた仕事の半分が、現在なくなっている。多くの仕事がすでにロボットに奪われています。
その一方で我々は、労働時間を短縮したり、必要な仕事を公平なやり方で分配したりするのではなく、それをしている本人でさえ「必要がない」と感じる仕事を新たにつくり出しました。
たとえば、役所や管理職に付随する仕事です。多くの国でこれらの事務職は、ケインズの時代には全体の25%ほどだったのが、現在ではおよそ75%にまで増えています。

https://gendai.ismedia.jp/articles/amp/69052?page=2&skin=amp

「意味のないクソ仕事」をする人ほど給料が高い…この大いなる矛盾

「ブルシットジョブ」とは何か

——いわゆる仕事のための仕事ですね。なぜ、そうした仕事が増えたのでしょうか。
グレーバー 大きな組織は余分なもの——定期的に人を雇っている明らかに馬鹿げた仕事——を一掃するのではなく、無駄な脂肪を付ける傾向があるからだと思います。
社会はつねに、新しい仕事をつくって雇用を増やさなければならないという大きなプレッシャーにさらされています。
いま存在している仕事をカットしてはいけない、という風潮も強い。だから企業も政府も、定期的に不要物を排除することをせず、ますます意味のない仕事を少しずつつくり出していく。このようなねじれた状態にあります。
〔PHOTO〕Gettyimages

何もしていない人のほうが高給?

——あなたが著した“Bullshit Jobs: The Rise of Pointless Work, and What We Can Do About It”(邦訳未刊行)は世界中の耳目を集めています。多くの仕事は、じつは Bullshit Jobs(どうでもいい仕事:以下、BS職)だという内容です。本書の骨子は当初、『STRIKE!』という雑誌にエッセイとして発表していたのですね。
グレーバー そうです。エッセイの内容は、誰かに頼んでリサーチしたものではなく、自らの経験をもとに書きました。これまでいろいろなパーティに顔を出して、多くの管理職の人に出会ってきました。私は労働者階級の家庭に育ったので、管理職を担う階級の世界とは無縁でした。彼らのオフィス環境についてもあまり知らなかった。
そこで、人に会ったら「何の仕事をしているか、それはどんなものか」と聞くようにしていたのです。すると多くの人は「大した仕事はしていない」と言うんです。最初は謙遜しているのかと思っていました。でも、さらに追及すると、文字どおり大した仕事はしていないのです。
1日に1時間しか働いていないという人もいたし、それどころか1週間に1時間しか働いていない人もいました。オフィスに行って Facebook のプロフィールを更新したり、コンピュータ・ゲームをしたりして、1日の大半を過ごすそうです。
そういった仕事をしない人たちの話を聞いたことで、私は挑発的といってもいいエッセイを世に出しました。それが“Bullshit Jobs”です。ひょっとしたら、こういう人たちは特別じゃないのかもしれない。多くのオフィスワーカーは、実際何の仕事もしていないんじゃないか。だとしたらいろいろな物事に説明がつくぞ、というエッセイです。

「意味のないクソ仕事」をする人ほど給料が高い…この大いなる矛盾

「ブルシットジョブ」とは何か

——仕事をしない管理職というのは、日本企業に限った話ではないのですね。しかし困ったことに、彼らは一般の社員に比べれば、かなりの高給をもらっています。
グレーバー それが皮肉なのです。実際には何もしていない人のほうが、具体的に役立つことをしている人よりも、はるかに給料がいい。仕事が社会に貢献している割合と、もらっている報酬が、逆相関になっているのです。たとえば、コンサルタントの仕事です。以前には、そもそもコンサルタントという仕事はありませんでした。また、かつては人事部には1人の社員しかいない場合も多かった。
いま、会計士の多さは異常なレベルです。現在イギリスには会計士が36万人ほどいますが、これは計算すると、全労働者の92人に1人が会計士だということです。大学施設、教育機関、健康管理部門も、昔は少数の人しかいなかったのが、非常に大きな規模になっています。

自分の仕事を「必要ない」と思う人々

——しかし、仕事をしている当人は、その人なりにやりがいをもって働いているのではないのでしょうか。
グレーバー 自らの仕事が必要ないことを彼らがどれだけ意識しているかについて、私はとても関心がありました。とはいえ、自分のエッセイに対する読者からの反応はあまり期待しておらず、まぁ何だか面白いことがわかったし、楽しんでくれる人も少しはいるだろう、くらいの気持ちで発表したのです。
ところが、これがすごい反響を呼びました。発表してから2週間で、確か13カ国語に翻訳されました。世界中の人が私のエッセイについてブログを書いたり、新聞に投稿したりして、物議を醸しました。

「意味のないクソ仕事」をする人ほど給料が高い…この大いなる矛盾

「ブルシットジョブ」とは何か

当初、私は、自分の仕事を必要ないと思っている人は、せいぜい15~20%くらいだろうと考えていました。
しかし、イギリスの調査会社「YouGov(ユーガブ)」が私の言葉を引用して行なった調査によると、「自分の仕事は社会に意味のある貢献をしているかどうか」という質問に対して、37%の人が「まったくしていない」と答えたのです。「どちらかわからない」が13%、「間違いなく貢献している」と答えた人は50%にすぎませんでした。
多くの人が働くことに意義を見出せていない。バスの運転手や看護師、あるいは清掃係であれば、直接的に社会に貢献しています。ところがデスクワークの人に目を向けると、「自分の仕事は世の中にどう役立っているのかわからない」と密かに思っている、そう考えるようになりました。
——ブルーカラー(生産現場で作業に携わる労働者)の仕事をBS職だと思っている人もいるでしょう。
グレーバー そう思っている人は多いでしょうが、BS職の実態はまったく反対です。もちろん、無意味なブルーカラーの仕事もあります。労働組合が強かった一昔前は、不必要な肉体労働がいまよりも多かった。しかし1980年代からは効率促進と tailorization (目的や必要に合わせて調整すること)によって、ブルーカラーの仕事の無駄は大きく削減されてきました。
ところが、効率を上げて余ったお金をどうするかというと、それで不必要なオフィスワーカーを雇っているんです。結果、BS職がますます増えることになります。
〔PHOTO〕iStock
——ブルーカラーの仕事は、ホワイトカラーよりも「リアル」であると。
グレーバー そうです。たとえば、ゴミ収集は実践的な職であり、世界をよくする仕事です。一定の教育が必要かどうかは議論の余地がありますが、仕事そのものに価値があります。

「意味のないクソ仕事」をする人ほど給料が高い…この大いなる矛盾

「ブルシットジョブ」とは何か

——ブルーカラーはホワイトカラーに比べ、かなり生産性が高いといえるでしょうか。
グレーバー そういう傾向にあります。ただ、オフィスワーカーや企業の重役の生産性については、正確な統計がないといってもいいんです。もし統計があったら、ホワイトカラーの生産性が年々落ちていることがわかるでしょう。とりわけ教育やヘルスケア産業は、間違いなく生産性が落ちています。この業界の生産性低下は、やろうと思えば実証することができます。
オートメーション(自動化)のおかげで、製造や輸送の効率は飛躍的に上がりましたが、その一方で教育やヘルス産業といった他者の世話をする仕事──私はこれを福祉セクター(caring sector)と呼んでいますが──の生産性は落ちていくばかりです。コンピュータへデータや文章を打ち込む作業に追われて、本来の仕事ができなくなっているからです。
——どうしたら、そのようなBS職を排除できるのでしょうか。
グレーバー じつに難しいですね。BS職を排除するための委員会をつくろうとすると、さらに新しいBS職が生まれてしまうという皮肉なことが起こります。もっとも簡単な方法は、BS職に従事している人に対し、具体的な代替職を与えることです。
BS職には、本当は保育園の先生のような何か人の役に立つ仕事をしたいのだけれど、生活のために仕方なく給料の高い仕事を選択している、という人も多いです。なかには十分なお金を稼ぐために、週に3・4日は社会に役立つ仕事をして、残りの1・2日はBS職をこなすという人もいます。でも、そういう仕組みづくりをするのはなかなか厳しそうです。
——価値ある副業は、多くの人が望んでいるだけに、簡単に手にすることはできないでしょうね。
グレーバー いちばんの近道は、人の役に立つ仕事の賃金を上げることでしょう。至極わかりやすい解決策です。
無意味な仕事をなくすもう1つの手っ取り早い解決方法は、ユニバーサル・ベーシックインカムを導入することです。ユニバーサル・ベーシックインカムにはさまざまな見解があり、社会保障制度を破壊しかねない過激なものもありますが、私が言っているのは、人が食べていける最低限の現金を渡す方式です。一定の生活が保障されたうえで、いかに社会に貢献していくかは、それぞれの国民に委ねられることになります。