土曜日, 2月 01, 2020

「崩壊学」 一切の望み棄てた上で見える活路 朝日新聞書評から 2019.10.05

https://book.asahi.com/reviews/reviewer/11002024

「崩壊学」 一切の望み棄てた上で見える活路 朝日新聞書評から

評者: 柄谷行人 / 朝⽇新聞掲載:2019年10月05日
崩壊学 人類が直面している脅威の実態 著者:鳥取絹子 出版社:草思社 ジャンル:社会・時事
ISBN: 9784794224125 
発売⽇: 2019/09/02 
サイズ: 20cm/270p
疲弊する社会制度、エネルギーの枯渇、グローバル化によるリスクの拡大、レジリエンスを失った生態系、異常気象の頻発…。現行の枠組が崩壊間際になっている現状をデータとともに提示…

崩壊学 人類が直面している脅威の実態 [著]パブロ・セルヴィーニュ、ラファエル・スティーヴンス

 地球の生物は過去に五度絶滅したことがある。その最後は、6500万年前、恐竜の絶滅期であった。次の「六番目の絶滅期」が今迫っている。それは18世紀後半のイギリスに起こった産業革命とともに始まり、特に20世紀後半に加速した。それは人口から見ても明らかである。1830年に10億であった世界人口が、1930年に20億、現在は70億となっている。絶滅の危機の兆候は、化石エネルギーの払底や気候変動(温暖化、水不足など)としてすでにあらわれている。そして、それは現実に、さまざまな困難をもたらしている。今後の見通しは、ますます暗い。
 もちろん、このような危機に関しては、多くの意見・対策が提起されてきた。太陽光、風力、地熱、その他、再生可能なエネルギーを活用しようというような。しかし、実は、石油がなくなれば、現在の電力システムは、原子力発電もふくめて崩壊してしまうほかない。在来型石油にかわる、シェールガスなどに期待が寄せられたが、それもまもなく尽きてしまう。どんな再生可能エネルギーにも、化石エネルギーの消滅を埋め合わせるほどの力がない。著者らはいう。《エネルギー源の減少は、まさに世界の経済成長の決定的な終わりを予告している》
 エネルギー危機が深刻な経済危機に先行することは、1970年代の石油ショックと2008年の経済危機において示されている。世界経済のシステムは、石油価格の高騰と下落に左右されているのだ。しかし、このような危機は一般に認知されない。というのは、それが事実であれば、資本主義的な世界経済がまもなく「崩壊」することを意味するからだ。ゆえに、それは集団的に否認される。そんなことはありえない、何らかの解決策があるはずだ、というのである。
 しかし、それはない。国連で唱えられる「持続可能な開発」などは、すでに非現実的である。たとえば、気候変動に関しても、今すぐ温室効果ガスの排出を全面的にやめても、気候の温暖化は何十年も続く。産業革命以前の環境に戻るためには、数世紀ないし何千年もかかる。今後に一層の自然破壊、さらに、飢饉と病気が生じるだろう。それは後進地域に始まって、全世界に及ぶ。さらに、経済危機が世界戦争に帰結するだろう。その兆候はすでにある。
 では、どうすればよいのか。何よりも、この現実を認めることである。本書には、いちおうの対策が示されている。しかし、本書がいうのはむしろ、一切の望みを棄てよ、ということだ。その上でのみ、ささやかな希望と活路が見えてくる。その意味で、「崩壊は終わりではなく、未来の始まりなのである」。
    ◇
 Pablo Servigne 1978年生まれ。フランスの農業技師で生物学博士。専門は環境農業や相互扶助▽Raphael Stevens ベルギーの環境コンサルタント。環境問題の国際的コンサルタント組織の共同創設者。



「反穀物の人類史」 「定住」は「農耕」に直結しなかった 朝日新聞書評から|好書好日
https://book.asahi.com/article/13090000

「反穀物の人類史」 「定住」は「農耕」に直結しなかった 朝日新聞書評から

評者: 柄谷行人 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月01日
反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー 著者:ジェームズ・C・スコット 出版社:みすず書房 ジャンル:社会学
ISBN: 9784622088653 
発売⽇: 2019/12/21 
サイズ: 20cm/232,42p
豊かな採集生活を謳歌した「野蛮人」は、いかにして古代国家に家畜化されたのか? 国家形成における穀物の役割とは? 農業国家による強制の手法とは? 考古学、人類学などの最新成…

反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー [著]ジェームズ・C・スコット

 通常、人類の定住と穀物栽培の開始が、国家の誕生を促したと考えられている。「国家誕生のディープ・ヒストリー」を論じた本書は、第一に、そのような定説を否定する。たとえば、最初に発見された作物栽培と定住コミュニティの遺跡はおよそ一万二〇〇〇年前のものであったが、メソポタミアのティグリス川とユーフラテス川の流域に見いだされた最古の国家の遺跡は、紀元前三三〇〇年ごろのものだ。つまり、作物栽培が始まってから、国家ができるまでに四〇〇〇年以上もかかっている。なぜか。
 そもそも、人類は定住しても本格的な農耕には向かわなかった。それが重労働であったからだけではない。さまざまな疫病、寄生虫など多くの障害をもたらしたからだ。実際、最初期の国家の大半は、疫病や黒死病のような流行病によって崩壊した。それに、人々が定住しても狩猟採集を続けたのは、そもそもそれが可能な場所を選んで定住したからだ。また、狩猟採集をしているかぎり、人口が増えすぎることはなく、トラブルが生じても、すぐに移動できた。
 要するに、定住そのものは、農業の発展も国家の形成ももたらさなかった。むしろ国家の形成は、「反穀物」、つまり穀物栽培への抵抗によって阻まれた。穀物栽培が大規模化したのは、国家が生まれ灌漑がなされてからだ。ならば、国家こそが「農業革命」をもたらしたというべきである。では、何が国家をもたらしたのか。
 それに関して、私にとって最も興味深かったのは、古代社会で国家を可能にしたのは奴隷化ではないか、という説である。奴隷は氏族社会の段階からあったものの、それは部族間戦争の捕虜であった。そのような奴隷は、モーガンが『古代社会』で注目したように、北米の部族社会にもあったが、それは国家の形成にはつながらなかった。部族社会のたえまない争いは、逆に国家の成立を妨げたのだ。
 スコットは奴隷をより幅広い意味で捉えた。通常、奴隷制というと、古典古代(ギリシアやローマ)の社会が例にとられる。一方、それ以前にメソポタミアに成立した「アジア的専制国家」については、奴隷制の印象が薄い。しかし、そこでは、都市国家間の戦争の結果として、捕虜が生じたが、彼らは奴隷にはならず、臣民として受け入れられたのである。また、征服されたコミュニティ全体が強制的に移動されたりもしたが、彼らも臣民となった。のみならず、古代の国家では、ウェーバーが指摘したように、国家機構の要にある官僚も、宦官(かんがん)や奴隷であった。その意味で、国家は人民の隷従化、すなわち「臣民」の形成によって生じたといってよい。
    ◇
James C.Scott 1936年生まれ。イエール大教授。地主や国家の権力に対する農民の日常的抵抗論を研究。著書に『実践 日々のアナキズム 世界に抗う土着の秩序の作り方』『ゾミア 脱国家の世界史』など。




https://book.asahi.com/article/11570335

「猫はこうして地球を征服した」書評 人間の方が飼いならされている


評者: 柄谷行人 / 朝⽇新聞掲載:2018年03月25日

猫はこうして地球を征服した 人の脳からインターネット、生態系まで 著者:アビゲイル・タッカー 出版社:インターシフト ジャンル:暮らし・実用
ISBN: 9784772695589
発売⽇: 2017/12/27
サイズ: 19cm/269p
【バーンズ&ノーブル「ディスカバー・グレイト・ニューライターズ」賞(2016年)】猫は多くの人びとを魅了し、世界中の都市・自然の生態系で増え続け、インターネットでも爆発的…

猫はこうして地球を征服した―人の脳からインターネット、生態系まで [著]アビゲイル・タッカー

 昔から、猫好きと犬好きの人がいて、大真面目に議論してきている。たとえば、経済学者宇野弘蔵は、学者を犬派と猫派に分けて論じていた。私の経験でも、猫と犬はまったく違う。子供の頃に飼っていた猫は三匹とも、死期が近づくと失踪してしまった。また、猫は犬のように素直に近寄って来ず、微妙な駆け引きをする。
 本書は、このような猫と犬の違いについて、近年の遺伝子学・動物行動学などの成果にもとづいて解明したものである。犬は、その先祖であるオオカミのころから見て著しく変化したが、猫は小型化し可愛らしくなったとはいえ、性質も遺伝子もライオンと同じままだという。単独で行動し、決して群れない。その意味で、猫は本書の原題が示すように、「居間にいるライオン」である。猫を好む人はそれを感じているのだろう。ほとんど人間の役に立たない猫が世界中を席巻してきた理由もそこにある。人間に飼われているように見せかけて、実は人間を飼いならしている。
 ところが、猫派の私も、近年、深刻な疑問を抱くようになった。昨年アメリカのロサンゼルスにいたときのことだ。街角で50メートルほど離れた所に猫がいるのに気づいたら、猫も私に気づいたようで、猛然と駆け寄ってきた。一瞬、身構えたほどだが、その猫は近づくと、私に頭を下げてきた。頭をなでると、さっさと立ち去った。こういう目に三度もあった。これは「カルチャー・ショック」であった。もう一つは、日本で最近聞いたことで、年取った猫が飼い主によって介護された上で死ぬケースが多いという話である。
 かくして、私が長年抱いていた猫に関する固定観念はくつがえされた。しかし、これは猫がその本性を変えたからではないだろう。では、猫は人間社会の変化に適応するために「自己啓発」とやらをやっているのだろうか。いずれにしても、情けない話である。
    ◇
 Abigail Tucker 米国の「スミソニアン」誌記者。本書は多くの年間ベスト・サイエンス・ブックスに選ばれた。