火曜日, 12月 06, 2011

くじ引き関連資料 +ヴェネツィアのくじ引き

以下くじ引きに関して以前書いたものを少し訂正して転載させていただきます。
(資料:スピノザモンテスキュールソーアテネヴェネツィア
・・・・・・・・・・・・・・
結論として、私見を述べさせていただければ、くじ引きの利点は以下4つあると思います。、

1、誰でも代表を引き受けられる能力を持つべきだという統整的理念(=能力の平等性)の普及。
2、決選投票という心理的軋轢を避けられる。
3、決定の恣意性の自覚。(多くの社民制が陥る)首相公選政がベストだと思い込むようなポピュリズムの回避。
4、参加者がひとつの時間と場所を共有できる。

そもそも、くじ引きが民主主義の王道(アテネ、ヴェネツィアは別格として、アリストテレス、モンテスキュー、スピノザ、ルソーによる言及がある)であったということが忘れられていることが問題であり、今日のくじ引き批判は、単なる知識人の歴史への無知にその原因があります(そもそもNAMでは選挙プラスくじ引きだから民主的発想の改善、あるいは補完であることが自覚されています)。
柄谷さんが自分で考えたというニュアンスで広めようとしたことにも問題がありますが、くじ引きが「統整的理念」(「超自我」と言ってもいい)であることはもう少し理解されてもいいと思います。


上記の理解を手助けするために、くじ引きに関して、以下、歴史的及び基礎的な資料を引用させていただきます。スピノザはヴェネチア(ヴェニス)を、モンテスキューはアテネ(アテナイ)を手本にしています。ルソーは両者を統合していますが、その主権移譲的な社会契約説に関しては、プルードンも指摘した通り注意が必要だと思います。
 ヴェネチアに関しては、中公文庫版『社会契約論』の訳注が詳細に解説しているのでそのまま引用しました。ちなみに帝国主義以降(海外への資本の輸出以降)、くじ引きは(資本主義そのものがくじ引き的だから?)まったく政治学の議論の俎上に乗らなくなります。
 写真2は、S・ドーによるギリシア・アテネの「抽選器復元図」(1939)です(球を上から入れる仕組みになっています。橋場弦著『丘のうえの民主政』p147より)。
以下は別サイトにあるくじ引き関連資料(改訂前)です。
http://blog.livedoor.jp/yojisekimoto/archives/50790316.html

追記:
ヴェネツィアでは『ヴェネツィア歴史図鑑』↓によると銅球と金の球を使ってくじ引きをしていたようです。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4887216882/ref=ord_cart_shr/250-8642134-6970623?%5Fencoding=UTF8&m=AN1VRQENFRJN5

また、日本に関しては、くじ(串が語源といわれる)は神託として扱われる傾向が強いので、少し傾向が異なると思いますが、事例が集まり次第いずれご報告させていただきたいと思います(NAMの事例に関しては写真(=3)のみご紹介させていただきました)。

//////以下、資料///////////////////

スピノザ『国家論』畠中尚志訳、岩波文庫p139>
 第八章第二七節

 諸事のとり決めならびに官吏の選任にあたってすべての貴族が同じ力を持つためには、そしてすべての事務の決裁が迅速であるためには、ヴェニス国の人たちの守った手続きが最も推薦に値する。彼らは官吏を任命するにあたり会議体から若干名を抽籤で選び、この人々が順次に選ぶぺき官吏を指名し、続いておのおのの貴族は指名された官吏の選任に対し賛成あるいは反対の意見を投票用小石によって表明する。あとになって誰が賛成あるいは反対の意見であったかがわからないように。こうすればすべての貴族が決議にあたって同じ酪威を持ちかつ事務が迅速に決裁されるばかりでなく、その上おのおのの者は(これは会議にあって何より必要なことであるが)誰からも敵意を持たれる心配なしに自分の意見を表示する絶対的自由を有することになる。

/////////////////////////

モンテスキュー『法の精神』井上尭裕訳、中央公論社、世界の名著p379>
 第二篇第二章
 
 籤による投票は民主制の性質をもち、選択による投票は貴族制の性質をもつ。
 抽籤はだれをも苦しめない選び方である。それは、各市民に、祖国に奉仕したいというもっともな希望を残す。
 しかし、それは、それ自体として欠陥をもっているから、偉大な立法者たちは、それを規制し、矯正するために競いあった。
 アテナイでは、ソロンが、全軍職は選択により任命され、元老院議員と裁判官は、籤で選ばれるよう定めた。
 彼は、大きな出費を要する政務官職は選択にょり与えられ、他の職は籤で与えられることを望んだ。
 しかし、抽籤を修正するために、彼は、立候補した者の中からしか選べないこと、選ばれた者は、裁判官により審査されること、だれもが、選ばれた者を不適格として弾劾しうることを規定した。それは、同時に、抽籤にも選択にも相通じていた。政務官職の終わりには、人は、自分の行動した仕方について、いま一度審査を受けなければならなかった。無能な人々は、抽籤に自分の名を出すのを、大いにきらったにちがいない。

////////////////////////

ルソー『社会契約論』井上幸治訳、中公文庫p145-147>
 第四編第三章 選挙について

 執政体と施政者の選出は、さきに述べたように複合的な行為であるが(第三編十七章参照)、それを行なうには、二つの方法がある。すなわち選挙と抽籤(ちゅうせん)である。両者ともに、今日まで、多くの共和国で採用されてきており、現在でもなお、ヴェネツィアの統領の選挙では、この二つがきわめて複雑にまじり合った方法が行なわれている(*1)。          
「抽籤による選任が民主政の本質である」とモンテスキューは言っている (*2)。賛成である。しかし、どうしてそうなのか。モンテスキューは続けて言っている。「抽籤はだれも傷つけない選び方である。それは、各市民に祖国に奉仕できるという、もっともな期待をもたせるのである」しかし、理由はこの点にあるのではない。
 政府の首長を選ぶことは政府の権能であって、主権の権能ではない点に注意すれば、なにゆえに抽籤による方法がより民主政の本性にかなっているかがわかるだろう。民主政においては、行政は、その行為が簡単ならば簡単なほど、よりよく行なわれるのである。
 真の民主政においては、施政者の職は、いかなる場合でも、利益ある地位ではなく、わずらわしい負担であって、とくにある特定の個人を選んで、これを押しっけることは正当ではない。ただ法律のみが、籤(くじ)に当たったものにこの負担を屈することができる。なぜならば、この場合には、条件は全員にとって平等であり、選択は人間の意志になんら依存せず、したがって、法律の普遍妥当性をそこなうような特定の適用は、まったく存在しないからである。
 貴族政においては、執政体が執政体を選び、政府は自分の手で自分を維持する。そして、投票制が最も所を得ているのは、この政体においてである。
 ヴェツィアの統領の選出の例は、この二つの方法の区別をくずすどころか、確証するものである。つまり両者の混合したこの形式は、混合政府に適合しているのである。なぜかといえば、ヴェネツィアの政府を真の貴族政とみなすのは誤りであるから。そこでは人民がまったく統治に参与していないとしても、貴族身分が、それ自体人民なのである。数多くの貧しいパルナボト(*3)たちは、いかなる施政官の職にも近づいたことがなく、その貴族の身分によって、ただ実質のともなわない「閣下」の称号と、大評議会への出席権をもっているにすぎない。この大評議会は、ジュネーヴのわれわれの総評議会(*4)と同じくらい多人数からなっており、その有力な構成員も、われわれの単なる市民と同じ程度の特権しかもっていない。二つの共和国のあいだの極端な差異を除いて考察すれば、ジュネ?ヴのブルジョア身分が、まさにヴェネツィアの貴族身分にあたり、ジュネーヴの二世居住民と居住民(*5)の両身分は、ヴェネツィアの都市民と民衆にあたり、ジュネーヴの農民は、イタリア半島のヴェツィア領内の従属民にあたるといってさしつかえない。要するにどのような見方でヴェネツィア共和国を考察しようとも、その規模が大きいことを別にすれは、その政府は、ジュネーヴのそれよりも、貴族政的であるとはいえない。両者の違いのすべては、われわれは終身の首長をもっていないので、ヴェネツィアのように抽籤にたよる必要さえないということに尽きる。
 抽籤による選出は、真の民主政においては、ほとんどなんの不都合も生じないであろう。全員が、習俗や才能によっても、あるいはまた政治的原則や財産によっても、まったく平等であるから、選択はほとんど無関心なものとなるであろう。しかし、さきに述べたように(*6)、真の民主政は、かつて存在したことがなかった。
 選挙と抽籤が混用される場合、前者は軍職のように特別の才能を要する地位を満たすのに用いられるべきであり、後者は司法官職のように良識、正義、公正などの徳をもっていればまにあう地位に適している。なぜなら、よく構成された国家においては、これらの資質は、全市民に共通のものだからである。
 君主政体においては、抽籤も投票も行なわれない。君主のみが、当然、唯一の統治者であり、施政者であるのだから、その代理官の選択権も、君主だけに属している。サン=ピエール神父(*7)が、フランス国王顧問会議を増設し、その構成員を投票により選ぶことを提案したとき、彼は政体を変えるよう提案しているのだということがわかっていなかった。
 残るところは、人民の集会で投票を行ない、それをとりまとめるしかたについて述べることであろう。しかし、この点については、ローマ国制の歴史事実が、私の立てうる格率のすべてを、いっそう明白に説明するであろう。二十万人もの人々が参加した評議会で、公私の政務がいかにして取り扱われていたかを、多少、細部にわたって見ることも、公正な読者にとっては不当なこととは思われない。

中公文庫・訳注
*1 ポーラヴォンの注解によれば十三世紀から共和政の終わりまで統領の選挙は次のように行なわれたという。ヴェネツィアの大評議会は、まず三十人の市民を選び、これらが九人の市民を、その九人が四十人の市民を選び、その四十人中の十二人がくじで選ばれ、二十五人の市民を選び、そのうちの十一人がくじで選ばれ、その十一人が四十一人を選び、その人たちが統領を選んだ。
*2 『法の精神』第二編第二章参照。
*3 バルナバ会員のこと。ここでは、ヴェネツィア市中に聖バルナバ教会があり、その地区に住む比較的貧しい貴族をいう。
*4 ジュネーヴの主権を握る上層階級にあたる市民とプルジョア(町人)の総会をいう。これにより、小委員会または二十五人会が法の執行を委任された。
*5 当時のジュネーヴ人はシトワイヤン(市民)、ブルジョア(町人)、アピタン(居住民)、ナティフ(二世居住民)、シュジェ(隷属民)の五階級に分かれていた。前の二者は千六百人以下で行政・立法に参加。市民は、市民または町人の子供で、市で生まれていなけれはならない。町人は町人証明書を得た着で、各種職業に従事した。町人の息子は、市区以外で生まれると市民になれない。居住民は市の居住権を買った外国人、二世居住民は市内に生まれた居住民の子供たち。彼らは商業に従事する権利をもたず、さらに多くの職業につくことが禁じられ、しかも主に彼らが課税の対象になった。隷属民はその地方に生まれたといなとにかかわらず、この地区に居住する農民で、最も無力な存在であった。
*6 第三編第四章参照。
*7 フランスの聖職者。『永久平和草案』で知られる。
一六五八〜一七四三。ルソーはその『顧問会議制度論』を分析、批判した。


補記
アリストテレス「政治学」第4巻15章(岩波文庫及び世界の名著8所収)では、くじ引きと選挙の組み合わせが考察されています。
彼自身は貴族制を支持したと思われるのでくじびきという「民主制のやり方」を推奨していないようです(アテネにも影響を与えたイオニアにおけるイソノミアの平等という理念とくじ引きとの関係は今後研究したい*)。


ヘロドトスが伝えるペルシアのオタネスの言葉では、イソノミアの特徴に真っ先に抽籤が挙げられている。

参考:
以下、http://blogs.yahoo.co.jp/tessai2005/41967342.htmlより

歴史家のヘロドトスは、ペルシア王ダレイオスの即位(B.C. 521年)のいきさつを述べる中で、前王カンビュセスの没(B.C. 522年)後の王位継承争いを鎮(しず)めたダレイオスの仲間7人の討論を紹介している。討論は、今後ペルシアはいかなる政治体制を選ぶべきかという問題をめぐっておこなわれた。オタネスは万民同権の平等政治(民主政)をとるべきだと主張し、メガビュソスは優れた少数者による寡頭政治(貴族政)を主張し、ダレイオスは最も優れた一人による独裁政治(君主政)を採用すべしと主張した。


「… 独裁者というものは父祖伝来の風習を破壊し、女を犯し、裁きを経ずして人命を奪うことだ。それに対して大衆による統治は先ず第一に、万民同権(イソノミア――イソス「平等」原理にもとづく政治)という世にも美わしい名目を具えており、第二には独裁者の行なうようなことは一切行なわぬということがある。職務の管掌は抽籤により、役人は責任をもって職務に当り、あらゆる国策は公論によって決せられる。されば私としては、独裁制を断念して大衆の主権を確立すべしとの意見をここに提出する。万事は多数者にかかっているからだ」岩波文庫『歴史』(3:80)339頁



その他の参考文献:
『丘のうえの民主政—古代アテネの実験 』 写真2所収
橋場 弦 (著)
http://www.amazon.co.jp/丘のうえの民主政?古代アテネの実験-橋場-弦/dp/4130230492/sr=8-1/qid=1168908777/ref=sr_1_1/503-5582828-5887142?ie=UTF8&s=books

アリストテレス『政治学』 (岩波文庫)
http://www.amazon.co.jp/政治学-アリストテレス/dp/4003360451/sr=1-4/qid=1168908867/ref=sr_1_4/503-5582828-5887142?ie=UTF8&s=books


写真1



世界の歴史〈4〉ギリシア (1974年) [古書] 写真1所収
村田数之亮、河出書房新社
http://www.amazon.co.jp/世界の歴史〈4〉ギリシア-1974年/dp/B000J9EJAY/sr=1-22/qid=1168908961/ref=sr_1_22/503-5582828-5887142?ie=UTF8&s=books

写真2、アリストテレス『アテナイ人の国制』(岩波文庫より)↓



アリストテレス『アテナイ人の国制』(岩波文庫)写真2所収(研究過程の詳細な解説付き、最重要文献)
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%8A%E3%82%A4%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%9B%BD%E5%88%B6-%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%86%E3%83%AC%E3%82%B9/dp/4003360478/sr=1-4/qid=1169475746/ref=sr_1_4/249-9681056-2452320?ie=UTF8&s=books


参考:
転載、書評、アリストテレス『アテナイ人の国制』(岩波文庫)

結局、現代政治はここから始め直した方がいいのではないだろうか?

断片的な全67章のうち20章近くに抽選(くじ引き)が言及されるこの古典(索引がありがたい)は、
アリストテレスが記述したものとされている。同著者の「政治学」(大文字の政治体制について論じ
たものだが、ヴェネツィアが模範にしたであろう選挙プラスくじ引きの詳細な記述を含む)にくらべ
るとこちらはアテナイの実際の政治の具体的な描写のみを記録しており、読みやすく、その分、著者
の謙虚な姿勢がうかがわれる。

アリストテレスは決してアテネを理想だとは考えなかったようだが、それでもここに見習うべきもの
を見い出しているようだ。

実際のくじ引きのやり方(器具の記述を含む)など、後の研究者の研究成果も全集(邦訳第16巻)
にまとめられた時からさらに追加されているようである。

抽選器に関しては、年代や使い道によって、木製のポータブルなものだったり、石作りの抽選器だっ
たり、使い分けていたようだ。とくに評議会選出を解説した第43章、陪審員制度を解説した第63・64
章が興味深い。その他、道路建設係や会計監査官選出にもくじ引きが使われたようだ(第54章)。

資料的には、脚注にあるスターリング・ドゥ博士による抽選器復原図(p283)が貴重だと思う。「丘のう
えの民主政」(東大出版)にも転載された図だが、訳者が同博士から図を提供してもらったいきさつ
もあとがきに書かれており、こうしたくじ引きを含んだ民主主義のあり方が研究途上であることをう
かがわせて興味深い。

研究者以外の一般の人が読む機会は少ないだろうが、民主主義のあり方に興味のある人には、ぜひ一
度は参照して欲しい本である。




写真3




(写真3は2002年のNAM代表くじ引き選挙時のもの)→2002年NAMくじ引き選出(4分)




写真4


写真4はmixiコミュニティ「NAM再建準備会」管理人選出で使用した<黒ひげ危機一髪・スターウォーズバージョン>。工具を挿し、ライトセーバーが飛んだ人間が勝ち(ジョージ・ルーカス公認のおもちゃだが、オーソドックスなタイプの黒ひげが一番が使いやすい)。



アテネと同じく「球」を使ったヴェネティアのくじ引きに関しては前出の『ヴェネツィア歴史図鑑』(東洋書林)が図版入りで詳しい。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4887216882/sr=1...
追記:ヴェネツィアに関してはその後資料を以下に追加しました。
http://yojiseki.exblog.jp/d2008-01-22



ヴェネツィアのくじ引き


以前も書きましたが(くじ引き関連資料)、『ヴェネツィア歴史図鑑』(東洋書林、pp.32-33)によるとヴェネツィアではドージェ(Doge)と呼ばれる総督を決めるときに銅球と金の球を使ってくじ引き(+選挙)をしていたようです。
アリストテレス、スピノザ、モンテスキュー、ルソーも、ギリシアのアテネで確立し近代資本主義それ自体が「くじ引き的」に不安定化するまでは重宝されたこの方式に注目していました。
現代ではようやく柄谷行人がくじ引きを再発見しましたが()、日本でも始まる裁判員制度の実施に伴い、参加者の自覚を促す効用のあるこの方式は今後再評価されるべきでしょう。


以下前出書より

総督の選出は最初は市民大集会に委ねられていたが、後に限られた人数の選挙人で行うようになった。選挙の仕組みは徐々に整えられ、1268年の法で明確に規定された。不正を防止するために、抽選と投票を交互に繰り返して総督選挙会議のメンバーとなる41人を指名したのである。まず、「バッロッティーノ(抽選係)」と呼ばれる少年が球を無作為に選んで、大評議会の30歳以上の議員に一つずつ手渡した。金色の球を受け取った30人は、抽選により9人にまで減らされ、この9人が40人の議員を推薦した。この時、9人は投票で40人を選んだが、7票以上を獲得しないと選出が承認されなかった。その後、抽選を行って40人を12人に減らし、この12人が新たに25人の選挙人を選んだ。再び抽選でこれを9人に減らし、この9人が投票で45人を選んだが、抽選でもうー度11人に減らした。この11人が総督の選挙人の選挙人となり、総督選挙会議の41人のメンバーを選出したのである。そして、最後に選ばれた41人が最終的に総督候補者を指名した。候補者の数だけ用意された投票箱に、深紅色の球を入れて投票するという方法をとった。この投票で25票以上を獲得した者が総督に選ばれた。

下:選挙の複雑な仕組みを象徴的に図解した版画。


下:1709年の選挙で使用された投票用紙。この時はジョヴァンニ・コルネールが総督に選出されている。


下:選挙の仕組みを解説した印刷物。参考:http://digilander.libero.it/venexian/ita/elezioni.htm 左記サイトgoogle翻訳




「大評議会の間」の見取り図と投票の様子。↓



最終投票で球を数える際に使用した木製の手。↓




「バッロッティーノ(抽選係)」と呼ばれる少年の絵。↓




補記(2011/12/14):

先日のヴェネツィア展にも組合(スクオーラ,Scuola)の民主的運営に使った投票用(抽籤にも使用した?)の壷が出展されていたようだが、以下のサイトなどを見るとヴェネツィアでは国家運営だけではなく同業者組合の運営にまでくじ引き(むろん投票も)が浸透していたことがわかる。
(一緒に展示されたカルパッチョの絵にはタルコフスキーが指摘するように民主主義〜それは複数の視線の交差で表現される〜が内在している。)
Scuola Grande di San Rocco
http://www.scuolagrandesanrocco.it/it/gallery.html?start=135



Ambito Veneto, Urna per l'estrazione della "Bala d'oro"
Sec. XIX
Genere: Tesoro
Collocazione: Scuola Grande



Ambito Veneto, Urna per ballottazione (votazione a "bossoli" e "ballotte")
Sec. XVIII, legno dipinto,33x25 - 14
Genere: Tesoro
Collocazione: Scuola Grande



Ambito Veneto, Urna per votazioni
Sec. XVI, alt. 25,5 larg. 31 - larg. piede 15
Genere: Tesoro
Collocazione: Scuola Grande

なお、投票及び抽籤用の球にはヴェネツィアンビーズが使われていたのではないかと推察するが、確証はない。


追加資料:

以下、『図説古代ギリシア』(東京書籍2004)より





参考:
サウル、サムエル前書より:口語訳聖書(旧約)
http://nam-students.blogspot.jp/2015/12/blog-post_6.html
口語訳聖書 - サムエル記上
http://bible.salterrae.net/kougo/html/1samuel.html
サウル、イスラエル最初の王はくじ引きで決まった。
(というよりも正確には預言で決まっていて、民を納得させるために(サムエルが)くじ引きを使った。)

おみくじのルーツ:元三大師百籤(がんざんだいしひゃくせん)

44 Comments:

Blogger yoji said...

「ドゥカーレ宮殿」では、独特の政治システムが作られていた。
宮殿の中に広さ1300平方mの部屋がある。ここに1000人以上の商人が集まった。ベネチアは王や君主をいただいたことは一度もない。一貫性として商人たちによる共和制をとっていた。壁には歴代の総督たちの肖像が飾られている。総督は、商人たちの間から、選挙で選ばれた。選挙では談合や陰謀を排除するための仕組みが作られた。まず1000人以上の貴族の中から抽選で30人選び、再度抽選し9人とし、その9人が投票して40人を選出し、ということを10段階繰り返して、最後に一人の総督を選び出す。「抽選」という偶然の要素を組み込んで、選挙の意図的な操作を不可能にした。例え総督に選ばれても、守るべき規則は100項目以上もあった。…
[テレビ番組「世界遺産への招待状 スペシャル版 ベネチア」]

http://labellavitaet.blog40.fc2.com/blog-entry-1447.html


http://kixsfo.fc2web.com/europe/IT4.html


テレビ番組「世界遺産への招待状 スペシャル版 ベネチア」

 2010年11月20日放送。

5:44 午前  
Blogger yoji said...

1月4日放送 15:15 - 15:45 NHK総合
世界遺産への招待状



Special Travel イタリア 決定版!ベネチア

イタリアの世界文化遺産で、水の都とも呼ばれているベネチア。ベネチアの地理やその出来方と歴史を、現地の本屋を営んでいるその他一般人が教えた。

世界に誇るベネチアの歴史ある数々の建物。その中の1つ、ドゥカーレ宮殿の内部と当時に中で行われていた政治のシステムの内容に密着。

ベネチアの伝統工芸品、ベネチアングラスの歴史を職人のその他一般人が語った。


陸のベネチアで、同じく世界文化遺産に登録されているパッラーディオ様式のヴィラ群。その中のヴィラと呼ばれる家の1つを所有している、日本通のその他一般人が家の内部や、現地で行われている農業について語ってくれた。

6:08 午前  
Blogger yoji said...

2011年1月4日放送 15:15 - 15:45 NHK総合



世界遺産への招待状


Special Travel イタリア 決定版!ベネチア

6:09 午前  
Blogger yoji said...

http://www.la-gatta.com/venetian/history.html

ヴェネツィアのくじ引きで使った球はビーズではないだろうか?

11:17 午後  
Blogger yoji said...

大正八年、この品川御殿山の応挙館にて、「絵巻切断事件」がおこる。
国宝「佐竹本 三十六歌仙」(鎌倉期:現存する最古の歌仙図)の絵巻物が佐竹家より売りに出され、あまりの高値に一人で購入出来ないため、絵巻物を切断して一枚一枚切り売りにされることになった。
絵巻物の処遇について相談を受けた鈍翁さんは、これを一人で購入できる者はいないため、切断を決意したという。文化財保護法がない時代とはいえ、益田鈍翁の威光がなければ、世間を納得させることなど出来ない決断だったそうだ。

切断というと刺激的な言葉だが、巻物は1枚1枚描かれた絵を張り合わせて巻物にしていくので、実際は、「剥がされ」て一枚一枚ばらばらにされていた。
切断された絵巻物は、最も高価なものは当然色鮮やかな女流歌仙で、斎宮女御、伊勢、小野小町である。誰もが高価であっても、当然女流歌仙図を欲しがり、購入はくじ引きとなった。

応挙館にて、青竹を切って作られた抽選の筒に、真鍮の棒が入れられ、抽選が行われた。みんな、緊張のあまりなかなか息が揃わなかったそうだ。

http://shingetsu-koro.whitesnow.jp/puzzle.html

9:14 午前  
Blogger yoji said...

NHK出版 秘宝三十六歌仙の流転
に抽籤に使われた抽籤棒の写真がある

9:27 午前  
Blogger yoji said...



音楽建築原発政治中国歴史分類図像学

文学東洋思想プラトンアリストテレスリンク::::::

12:30 午後  
Blogger yoji said...

http://www.anotherpanacea.com/2011/08/democracy-means-asking-the-right-questions/
“[T]he rule of the multitude [plêthos de archon] has… the loveliest name of all, equality [isonomiên]…. It determines offices by lot, and holds power accountable, and conducts all deliberating publicly. Therefore I give my opinion that we make an end of monarchy and exalt the multitude, for all things are possible for the majority.” (Herodotus 1982, 3.80)

Here Otanes identifies democracy with the strict equality accomplished through lots, rather than election by popular balloting. Though this might seem too random when compared to the collective choice of representatives, the appeal of this vision of isonomy is that the lottery supplies an equal opportunity for rulership to each citizen, guaranteeing equality well in excess of the American ideal of equality ‘before the law.’ But note that this equality is only possible when combined with two forms of accountability: that accounting by which an officer must give an accurate tally of expenditures during the administration or be held liable, and the figurative accountability by which the officer owes his fellow citizens his reasons for the decisions made in the public deliberations before, during, and after the decision is taken. Obviously, the use of lots only functioned insofar as citizenship was radically restricted, and Otanes justifications for the ‘rule of the multitude’ fell flat against Darius’ account of the tendency of all regimes to fall into monarchy insofar as both oligarchies and democracies produce agonistic tensions from which one man eventually emerges the victor and is designated the most excellent and the wisest of the contenders. (Herodotus 1982, 3.82)

2:44 午前
yoji さんは書きました...

http://plaza.rakuten.co.jp/sebook/diary/200706050000/
 第3巻は、エジプト遠征の成功に気を良くしたカンビュセスは、

 次にエチオピアに遠征します。

 このエチオピア遠征・・カンビュセス軍は砂漠に苦しめられます。

 結果は、史上最悪の行軍とも言われる「カンビュセスの籤(くじ)」の話となります。

 「・・兵士たちは地上に草の生えている限りは、これを食って生き延びたが、

  いよいよ砂漠地帯に入ると、彼らの内で戦慄すべき行為に出るものが現れた。

  十人一組で籤をひき、籤に当たった者を一人ずつ食ったのである。」

2:48 午前  
Blogger yoji said...


http://plaza.rakuten.co.jp/artaxerxes/6000/

 結局7人の貴族のうち、4人までがダレイオスの意見に賛成したので、辞退したオタネスを除く6人のうちから大王が抽籤で選ばれることになり、結局ダレイオスが選ばれた。ダレイオス1世(在位前522~486年)である。ダレイオスは内政を整えるとともに、北方のスキュティア(ウクライナ)やギリシアに対する遠征も行い(どちらも失敗に終わったが)、国威を発揚した。彼はあちこちの碑文に書きつけた。
「偉大なる神アフラマズダの御意により余は王である」

 実際はこの「民主主義論争」は作り話ではないかという説もある。実際はダレイオス(ペルシア名ダーラヤワウ。ダレイオスというのはギリシャ語訛り)自身が簒奪者であり、オタネス(ウタナ)やメガビュゾス(バガブクサ)といった有力貴族の支持を得て、正当な後継者スメルディス(ペルシア名バルディヤ)を倒して王位に就いたと考えられるからである。バルディヤが偽者であったというのはダーラヤワウの言いがかりに過ぎず、実際、バルディヤの即位後は平穏だったのに対し、ダーラヤワウの即位後には、帝国各地で叛乱が起き、彼はその鎮圧に数年を要しているからである。
 ともあれ、「民主主義の時代」に生きる我々は、ダレイオスの主張をはね返すことが出来るだろうか。もっとも、北朝鮮みたいな、オタネスの主張がもろに当てはまる国は現代にもたくさんあるが。

4:37 午前  
Blogger yoji said...

ヘロドトスが伝えるペルシアのオタネスの言葉では、イソノミアの特徴に真っ先に抽籤が挙げら
れている。

「… 独裁者というものは父祖伝来の風習を破壊し、女を犯し、裁きを経ずして人命を奪うことだ。
それに対して大衆による統治は先ず第一に、万民同権(イソノミア――イソス「平等」原理にも
とづく政治)という世にも美わしい名目を具えており、第二には独裁者の行なうようなことは一
切行なわぬということがある。職務の管掌は抽籤により、役人は責任をもって職務に当り、あら
ゆる国策は公論によって決せられる。されば私としては、独裁制を断念して大衆の主権を確立す
べしとの意見をここに提出する。万事は多数者にかかっているからだ」
岩波文庫『歴史』上(3:80)339頁

4:38 午前  
Blogger yoji said...


http://tengaku2.blogspot.jp/2011/12/blog-post_18.html?m=1
メガビュゾスが右のような意見を述べると、三番目にダレイオスが自説を披瀝して次のようにいった。
「私はメガビュゾスが大衆についていわれたことはもっともと思うが、寡頭政治についての発言は正しくないと思う。すなわちここに提示された三つの体制――民主制、寡頭制、独裁制がそれぞれその最善の姿にあると仮定した場合、私は最後のものが他の二者よりも遥かに優れていると断言する。最も優れたただ一人の人物による統治よりもすぐれた体制が出現するとは考えられぬからで、そのような人物ならば、その卓抜な識見を発揮して民衆を見事に治めるであろうし、また敵に対する謀略にしても、このような体制下でもっともよくその秘密が保持されるであろう。しかし、寡頭制にあっては、公益のために功績を挙げんと努める幾人もの人間の間に、ともすれば個人的な激しい敵対関係が生じ易い。各人はいずれも自分が首脳者となり、自分の意見を通そうとする結果、互いに激しくいがみ合うこととなり、そこから内紛が生じ、内紛は流血を呼び、流血を経て独裁制に決着する。これによって見ても、独裁制が最善のものであることがよく判る。
一方民主制の場合には、悪のはびこることが避け難い。さて公共のことに悪がはびこる際に、悪人たちの間に生ずるのは敵対関係ではなく、むしろ強固な友愛感で、それもそのはず、国家に悪事を働く者たちは結託してこれを行うからだ。このような事態が起り、結局は何者かが国民の先頭に立って悪人どもの死命を制することになる。その結果はこの男が国民の賛美の的となり、賛美された挙句は独裁者と仰がれることになるのだ。この事例から見ても、独裁制が最高の政体であることが明らかではないか。
これを要するに、一言にしていえば、われわれの自由はそもそもどこから得られたものか、誰が与えてくれたか、ということなのだ。それは民衆からであったか、あるいは寡頭制からであったか、それとも独裁制からであったのか。されば私の抱く見解は、われわれは唯一人の人物によって自由の身にして貰ったのであるゆえに、あくまでこの体制を堅持することと、それは別としてもこの結構な父祖伝来の風習を破棄するようなことがあってはならぬということである。そのようなことをして良いわけがないからだ。」

4:40 午前  
Blogger yoji said...

II ポリス・抽籤・民主政
― 西欧政治思想史における「共和主義」理解をめぐって―
安 武 真 隆
http://www.kansai-u.ac.jp/Keiseiken/books/sousho147/147_02.pdf#search='Herman+Hansen+Mogens+アテネ'


したがって、アリストテレスは、現に認識できる多様な国制のあり方を観察 し、そのなかから相対的に評価できるものを抽出した上で比較検討し、具体的 な文脈におけるその実現可能性を探るという方法を採用する11)。その限りで、 唯一の理想的な統治形態を追求したプラトンとは対照的に、アリストテレスの 姿勢は現実的・複眼的である。彼は、さまざまな国制のあり方を比較検討した 上で、共通の利益を目指しているか否か、そして支配者の数(一人、複数、少 数)に応じて、それらをさしあたり六つに分類している。以下、『政治学』第
3 巻第 7 章の記述に従い、それを図で示しておこう。
公共の利益を目指す
支配者の利益を目指す
単独支配
王政
僭主政
少数支配
貴族政
寡頭政
多数支配
「国制」
民主政
ここで興味深いのは、現代の用法では正しい統治形態とされる「民主政」を、 アリストテレスが「貧困者の利益」のためにある逸脱形態に位置づけているこ とである。彼によれば、「民主政」では貧者も富裕者も平等に扱われるが、そ の極限状態では、「法の支配」が消滅し、民会決議のみがあらゆる決定権を持 つようになる。こうなるとプラトンが懸念したように、民衆扇動者が現れ、



抽籤という制度について、ソクラテスが、船長、大工頭、笛吹きの選抜に籤 を使わないことを根拠に、この制度を揶揄したことは有名である14)。そして、 抽籤制度に対する信頼感のなさ、という点で、我々はソクラテスと同じ地平に ある。しかし、アリストテレスの定式を持ち出せば、今日の我々がアテナイの 政治を「直接民主政」と形容する際に中心的な機関として想定する「民会」の 存在以上に、抽籤制度の使用が「民主政」であるかどうかの指標として重要で あったことが浮上する。実際、アテナイの運営において、民会は限定的な役割 を果たしたに過ぎず、むしろ抽籤によって担当者を決定していた評議会、民衆 裁判所、立法者評議会という民会とは区別される三機関が、第一級の政治的役 割を果たしていた15)。さらに、アテナイにおける制度的実践をつぶさに検討す るならば、ソクラテスの批判を封じるような、抽籤制度の運用が一定の合理性
(45)

を備えていたことが明らかとなるのである。
マナンは、ハンセンの研究に依拠しながら(Hansen 1991)、抽籤がアテナ イで機能した条件を以下の 5 点に要約している。第一に、抽籤母体は事前に立 候補したものに限定されるため、自信のない者は立候補しないことによって抽 籤の対象から排除される。第二に、Dokimasia と呼ばれる形式的な資格審査が 事前に行われ、両親に対する態度、税・軍事上の義務の履行の有無が確認され る。第三に、抽籤によって決定された役職の任期は、概して一年に限定され、 連続しての再任はない場合もあった。第四に、退任後の会計報告、民会と裁判 所による監督が課せられる上、第五に、在任中も、市民であれば誰でも告発・ 停職・懲罰要求ができ、その役人に問題があれば処罰される危険性が伴った(無 罪であれば、復職)のである。
このように、アテナイの実践においては、役職者の選出にあたって、無能・ 無責任な市民が担当しないよう、自ら進んで立候補した者の中から抽籤され、 公職者弾劾制度によって、その在任中・後、他の市民からの告発・停職・懲罰 要求を受ける可能性があり、退任後の会計報告も義務づけられていた。職務の 複雑さ・専門性(あるいは規模)が一定の範囲に収まっていたという条件を看 過するわけにはいかないが、抽籤制度が一定の資格審査や、役職上の説明責任 とセットで使用されることにより、役職者による不正も、さらにソクラテスが 懸念する無能力者による役職の占有という危険性も、ある程度是正されていた ことが推測されるのである16)。


12)ちなみにアリストテレスによれば、このような混合に基づく「中間的な国制」はめった に生じなかったという。なぜならば、当時のギリシア世界の覇権を争ったアテナイとスパ ルタはともに、一方は「民主政」、他方は「寡頭政」という自国の国制を手本にし、それ を他の国に押し付けたからである( 4 ─11)。
13)このことは、アリストテレスにおけるzoon politikon概念が「中庸」概念とどう整合する のか、という解釈上の難点を残すことにもなる。なお参照、関口 2007, 22─23。

14)クセノフォン、I . 2. 9. 15)

特に、民衆裁判所は一定の政治権力、とりわけ民会の決定を覆すことのできる権能を持
(60)
成果である。なお参照、橋場 1993, 1997。
16)同様の制度設計が窺えるのが、民衆裁判所の裁判官や公共事業を監督する監督官の任用 に抽籤制度が用いられていたことである。(Manin 1995).

9:21 午前  
Blogger yoji said...

Kansai University Repository: Ⅱ ポリス・抽籤・民主政 ― 西欧政治思想 ...
タイトル: Ⅱ ポリス・抽籤・民主政 ― 西欧政治思想史における「共和主義」理解 をめぐって―. その他のタイトル: Ⅱ Polis, Lot, and Democracy: an Interpretation of“ Republicanism”. 著者: 安武, 真隆. 発行日: 2008年3月31日. 出版者: 関西大学経済・ 政治 ...
kuir.jm.kansai-u.ac.jp/dspace/handle/10112/594
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第Ⅱ章 安武真隆 ポリス・抽籤・民主政─西欧政治思想史における「共. 和主義」理解 をめぐって─. 本章は、ビジネス・エシックス研究に見られる法学・政治学の語彙からの 類. 推に注目し、その源泉たる政治思想に立ち返り、企業の社会的責任を扱う際に ...
www.kansai-u.ac.jp/Keiseiken/books/sousho147/147_00.pdf
JAIRO | Ⅱ ポリス・抽籤・民主政 ― 西欧政治思想史における「共和主義 ...
Ⅱ ポリス・抽籤・民主政 ― 西欧政治思想史における「共和主義」理解をめぐって―Ⅱ ポリス・抽籤・民主政 ― 西欧政治思想史における「共和主義」理解をめぐって―. Ⅱ Polis, Lot, and Democracy: an Interpretation of“ Republicanism”. "/安武, 真隆/" 安武, ...
jairo.nii.ac.jp/0161/00000340/en
PDF - KAKEN - 科学研究費助成事業データベース (Adobe PDF)
安武真隆「ポリス・抽籤・民主政:西欧. 政治思想史における『共和主義』理解をめぐ. って 」ビジネス・エシックス研究班編『ビジ. ネス・エシックスの新展開』関西大学経済政. 治 研究所,2008 年,37-67 頁。 9.石橋章市朗「観光振興の政策過程―宮崎. 県における ...

9:25 午前  
Blogger yoji said...

あ み だ く じ
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マ カ メ ア カ
ル ラ シ サ ン
ク タ ア ダ ト
ス ニ 

 下のフォームに必要事項を記入するだけで簡単にあみだくじが出来ます。
上のあみだくじがきちんと表示されないときは、フォントの設定を変更してみてください。
(窓)http://www2u.biglobe.ne.jp/~hannya/donzoko/amida94/amida94.cgi
19 11/11(月)03:39 P↓
(窓)http://www2u.biglobe.ne.jp/~hannya/donzoko/amida94/index.html

6:20 午後  
Blogger yoji said...


http://www.geocities.jp/kiyijp/08.html
以下、『NAM原理』より

 官僚制の弊害は、権力の固定化にある。しかし官僚制や中央権力をたんに一般的に
否定するのではなく、その弊害を避けるためにはどうすればよいかを考えるべきである。
くじ引き制の導入こそ、その解である。具体的にいえば、無記名選挙によって選んだ
複数の候補者の中からくじ引きで代表を選ぶというシステムである。これは、権力が
集中する場に偶然性を導入することであり、それによってその固定化を阻止するもの
である。したがって無記名投票による普通選挙、つまり議会制民主主義がブルジョワ
的な独裁であるとすれば、くじ引きこそプロレタリアート独裁だ、というべきである  P64

5:05 午前  
Blogger yoji said...



柄谷行人『哲学の起源』(岩波書店)

カール・ポパーは『開かれた社会とその敵』において、イソノミアという概念を使っている。彼によれば、イソノミアは次の三つの原理にある。(1)出生、血縁、富などの自然的特権を認めない、(2)個人主義的である、(3)市民の自由を保護することが国家の任務であり目的である。

12:40 午前  
Blogger yoji said...

ヘロドトス『歴史 中』(松平千秋訳、岩波文庫)
 オタネスがペルシアの七長老を前にして、ペルシアは民主制を採用
すべきであると意見を述べたという話を信じようとしないギリシア人に
とっては、世にも不可思議なとしか思えぬようなことが起こったので、
それをここにお話ししよう。つまりこの時マルドニオスは、イオニアの
独裁者をことごとく排除して、各都市に民主制を敷かせたのである

6:43
中222頁

9:41 午前  
Blogger yoji said...

暴力の規模が小さければ「テロリスト」と呼ばれ、
暴力の規模がすさまじく、巨大で継続的なものが「アメリカ」である。

古代のキリスト教思想家アウグスティヌスが取り上げている、
アレキサンダー大王と海賊の会話のエピソードを想起してほしい。

あるとき、アレキサンダー大王は、海賊を捕らえた。

大王が海賊に、海を荒らすのは、どういうつもりか」と問うたとき、海賊はすこしも臆すところなく、「陛下が全世界を荒らすのと同じです。ただ、わたしは小さい舟でするので盗賊とよばれ、陛下は大艦隊でなさるので、皇帝とよばれるだけです」と答えたのである。(アウグスティヌス『神の国』第1巻、272頁、岩波文庫)


http://jiyuu-gennsou.at.webry.info/200805/article_6.html

10:19 午前  
Blogger yoji said...

ピケティ推奨のランシエールは近代的自意識にとらわれくじ引きに否定的


民主主義への憎悪
著者名等  ジャック・ランシエール/〔著〕  ≪再検索≫
著者名等  松葉祥一/訳  ≪再検索≫
著者等紹介 【ランシエール】1940年アルジェ生まれ。パリ第8大学名誉教授。哲学、美学。
著者等紹介 【松葉】1955年生まれ。現在、神戸市看護大学教授。哲学、倫理学。
出版者   インスクリプト
出版年   2008.7
大きさ等  20cm 241p
注記    La haine de la de´mocratie./の翻訳
NDC分類 311.7
件名    民主主義  ≪再検索≫
要旨    不平等の拡大を条件の平等にすり替え、社会問題を脱政治化する新たな支配のイデオロギ
ーを撃ち、資本=国家に抗する政治を露出させるランシエール政治哲学のアクチュアルな
展開。
目次    勝利した民主主義から犯罪的な民主主義へ;政治あるいは失われた牧人;民主制、共和制
、代表制;憎悪の理由;講演 デモクラシー、不合意、コミュニケーション;訳者解説 
デモクラシーとは何か
内容    不平等の拡大を条件の平等にすり替え、社会問題を脱政治化する新たな支配のイデオロギ
ーを撃ち、資本=国家に抗する政治を露出させる。ランシエール政治哲学のアクチュアル
な展開。

5:51 午前  
Blogger yoji said...

プルードンもくじ引きに否定的だったから一概に言えないが

5:52 午前  
Blogger yoji said...

20150414
得票同数…熊本市議選、決着は“くじ引き” 日本テレビ系
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20150414-00000047-nnn-pol
《公職選挙法に基づくくじ引き…数字が書かれた10本の棒が容器に入れられ、少ない数字を引いた方が当選になる。その結果、少ない数字を引いた民主党現職の田辺正信さんが当選となった。》

3:28 午前  
Blogger yoji said...

熊本市議選、得票同数で最後の1議席を「くじ引き」 TBS系 http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20150414-00000050-jnn-pol
《10本の棒の先にそれぞれ1から10の番号がついています。2人の候補者が1本ずつ引いて、若い番号の候補者が当選となります。…公職選挙法第95条第2項の規定により…》

3:40 午前  
Blogger yoji said...


http://nam-students.blogspot.jp/2011/12/blog-post_06.html
くじ引きの利点
誰でも代表を引き受けられる能力を持つべきだという統整的理念の普及。
決選投票という心理的軋轢を避けられる。
決定の恣意性の自覚(首相公選制ようなポピュリズムの回避)。
参加者がひとつの時間と場所を共有できる。

3:46 午前  
Blogger yoji said...

【国際】カナダ議員、コイン投げ制し再選 同数得票で プリンスエドワードアイランド州©2ch.net
1 :brown_cat ★ 転載ダメ©2ch.net:2015/05/21(木) 17:20:52.30 ID:???*
カナダ議員、コイン投げ制し再選 同数得票で
2015年05月21日 16:47 発信地:モントリオール/カナダ

【5月21日 AFP】カナダのプリンスエドワードアイランド(Prince Edward Island)州で実施された選挙で、2人の候補者の得票数が
同数であることが分かり、コインを投げて当選者が決められた。地元メディアが20日、報じた。

 今月4日に同州で行われた選挙では、集計の結果、プリンスエドワードアイランド自由党(Prince Edward Island Liberal Party)の
現職議員が、カナダ保守党(Conservative Party of Canada)の候補者に2票差で勝利していた。だが裁判所が19日に再集計を
行ったところ、1票が誤って数えられていたことが判明、両者の得票数が実際には1173票と同数であったことが分かった。

 州の選挙法では、得票数が同数の場合はコイン投げで当選者を決めることになっている。コインの表か裏かは、候補者の名字の
アルファベット順で割り当てられる。

 地元日刊紙シャーロットタウン・ガーディアン(Charlottetown Guardian)によれば、コインの裏を割り当てられた現職のアラン・
マクアイザック(Alan McIsaac)氏は、コイン投げの結果、対立候補のメアリー・エレン・マクイニス(Mary Ellen McInnis)氏に
勝利したことが告げられた後、震えながら法廷から現れたという。

「私が今回得た教訓は、1票、1票に重みがあるということだ。みんなにそのことを分かってもらいたい」と、マクアイザック氏は同紙に
コメントしている。(c)AFP

http://www.afpbb.com/articles/-/3049407

1:40 午前  
Blogger yoji said...

文語訳舊約聖書 - サムエル前書
http://bible.salterrae.net/meiji/html/1samuel.html
10:17サムエル民をミヅパにてヱホバのまへに集め 10:18イスラエルの子孫にいひけるはイスラエルの神ヱホバ斯くいひたまふ我イスラエルをみちびきてエジプトより出し汝らをエジプト人の手および凡て汝らを虐遇る國人の手より救ひいだせり 10:19然るに汝らおのれを患難と難苦のうちより救ひいだしたる汝らの神を棄て且否われらに王をたてよといへり是故にいま汝等の支派と群にしたがひてヱホバのまへに出よ 10:20サムエル、イスラエルの諸の支派を呼よせし時ベニヤミンの支派籤にあたりぬ 10:21またベニヤミンの支派を其族のかずにしたがひて呼よせしときマテリの族籤にあたりキシの子サウル籤にあたれり人々かれを尋ねしかども見出ざれば 10:22またヱホバに其人は此に來るや否やを問しにヱホバ答たまはく視よ彼は行李のあひだにかくると 10:23人々はせゆきて彼を其處よりつれきたれり彼民の中にたつに肩より以上民の何の人よりも高かりき 10:24サムエル民にいひけるは汝らヱホバの擇みたまひし人を見るか民のうちに是人の如き者とし民みなよばはりいひけるは願くは王いのちながかれ 10:25時にサムエル王國の典章を民にしめして之を書にしるし之をヱホバのまへに蔵めたりしかしてサムエル民をことごとく其家にかへらしむ10:26サウルもまたギベアの家にかへるに神に心を感ぜられたる勇士等これとともにゆけり 10:27然れども邪なる人々は彼人いかで我らを救はんやといひて之を蔑視り之に禮物をおくらざりしかどサウルは唖のごとくせり


口語訳聖書 - サムエル記上
http://bible.salterrae.net/kougo/html/1samuel.html

10:17さて、サムエルは民をミヅパで主の前に集め、 10:18イスラエルの人々に言った、「イスラエルの神、主はこう仰せられる、『わたしはイスラエルをエジプトから導き出し、あなたがたをエジプトびとの手、およびすべてあなたがたをしえたげる王国の手から救い出した』。 10:19しかしあなたがたは、きょう、あなたがたをその悩みと苦しみの中から救われるあなたがたの神を捨て、その上、『いいえ、われわれの上に王を立てよ』と言う。それゆえ今、あなたがたは、部族にしたがい、また氏族にしたがって、主の前に出なさい」。
10:20こうしてサムエルがイスラエルのすべての部族を呼び寄せた時、ベニヤミンの部族が、くじに当った。 10:21またベニヤミンの部族をその氏族にしたがって呼び寄せた時、マテリの氏族が、くじに当り、マテリの氏族を人ごとに呼び寄せた時、キシの子サウルが、くじに当った。しかし人々が彼を捜した時、見つからなかった。 10:22そこでまた主に「その人はここにきているのですか」と問うと、主は言われた、「彼は荷物の間に隠れている」。 10:23人々は走って行って、彼をそこから連れてきた。彼は民の中に立ったが、肩から上は、民のどの人よりも高かった。 10:24サムエルはすべての民に言った、「主が選ばれた人をごらんなさい。民のうちに彼のような人はないではありませんか」。民はみな「王万歳」と叫んだ。
10:25その時サムエルは王国のならわしを民に語り、それを書にしるして、主の前におさめた。こうしてサムエルはすべての民をそれぞれ家に帰らせた。 10:26サウルもまたギベアにある彼の家に帰った。そして神にその心を動かされた勇士たちも彼と共に行った。 10:27しかし、よこしまな人々は「この男がどうしてわれわれを救うことができよう」と言って、彼を軽んじ、贈り物をしなかった。しかしサウルは黙っていた。

サウル、イスラエル最初の王はくじ引きで決まった


4:23 午後  
Blogger yoji said...

アリストテレス『アテナイ人の国制』(岩波文庫)を読むとポータブルな抽選器もあったらしい。
どちらが先かは分からない。
戦場で貧乏籤をひかされるケースもあったろうし、遊動性が平等性と切り離せないのは確かだろう。
遊動性は幸か不幸か資産格差を不可能にする。
アリストテレスは法による支配を重視し、イソノミアという言葉を使わない。
ヘロドトスからは乖離がある。
イオニアが植民都市であることが重要で移動を宿命づけられているのだ。戦争で負ける場合もあるし、
商業に従事するケースもある。

9:53 午前  
Blogger yoji said...

柄谷哲学の起源はくじ引きに言及しない
資料がないのだ

9:54 午前  
Blogger yoji said...

サウルは背が高かったから王に選ばれたという解釈もある


サウル(Saul)は、旧約聖書『サムエル記』に登場する、紀元前10世紀頃のイスラエル王国の最初の王。

目次
生涯 編集


サルヴァトル・ローザ『エン・ドルの口寄せの家でサウルに現れるサムエルの霊』1668年 ルーブル美術館
サムエルが士師としてイスラエルを指導していたころ、民の中から王を求める声が強くなった。サムエルは王政のデメリットを説明するが、民が聞き入れなかったので神の指示によって王になるべき男を捜す。

サウルはベニヤミン族の出身で、父はキシュ、背が高く美しい若者であった。ロバを探しに出てサムエルに会い、サムエルは彼が神が選んだ人であることを悟って油を注ぐ[1]。サウルの選びに関してはこれ以外にも「背が誰よりも高かったため選ばれた」[2]ことや、「アンモン人の来襲時、霊が下って先頭にたって出陣したことから選ばれた」[3]など異なる由来を持つ複数の伝承が並行して記述されている。

サウルは息子ヨナタンや家臣たちと共にイスラエルを率いて、ペリシテ人や周辺民族と勇敢に戦った。しかしアマレク人との戦いで「アマレク人とその属するものを一切滅ぼせ」という神の命令に従わなかったため、神の心は彼から離れた[4]。神の声を伝えていたサムエルもこれ以降サウルに会うことはなかった。

サムエルはサウルをあきらめ、神の言葉によってひそかにエッサイの子ダビデに油を注いだ。ダビデはペリシテの勇者ゴリアテを討って有名になり、竪琴の名手としてサウルに仕えたが、サウルはダビデの人気をねたんで命を狙った。ダビデは逃れ、何度もサウルを殺害するチャンスを得たが、「神の選んだ人に手をかけられない」といってサウルに手を触れなかった。

ダビデの立琴によってサウルから悪霊が出て行った、第一サムエル16章の聖書記事は初期の音楽療法とみなされている。

サウルはペリシテ軍との戦いの中で、ギルボア山で息子たちと共に追い詰められ、剣の上に身を投げて死んだ[5]。また「重傷だったサウルに頼まれて家臣がとどめをさした」との異なる伝承もある[6]。

サウルとヨナタンの遺骨は、次の王となったダビデによって、ベニヤミンの地ツェラの父の墓に葬られた。

サウル王の四男のイシュ・ボシェテがただ一人生き残り、将軍アブネルに支持されて、マハナイムでサウル王朝第2代目の王になった。イシュ・ボシェテが暗殺されるとサウル王朝は滅亡して、ダビデ王朝が始まった。[7]

家族 編集

サウルの家族については『サムエル記』上14:49-51、サムエル記下21:7-14参照。

妻:アヒマアツの娘アヒノアム、アヤの娘リッパ
息子:ヨナタン、イシュビ、マルキシュア、アルモニ、メフィボシェト
娘:ミラブ、ミカル
従兄弟:アブネル(サウルの軍司令官)
脚注 編集

^ 『サムエル記』上9-10
^ 『サムエル記』上10:17-27
^ 『サムエル記』上11:1-14
^ 『サムエル記』上15:1-34
^ 『サムエル記』上31:1-6
^ 『サムエル記』下1:1-11
^ 「新聖書辞典」114ページ
関連項目 編集

サムエル
ダビデ

9:57 午前  
Blogger yoji said...

遊動性は幸か不幸か資産格差を不可能にする。
アリストテレス『アテナイ人の国制』(岩波文庫)を読むとポータブルな抽選器もあったらしい。
どちらが先かは分からない。

基本はアフリカからの移動で平等性を(部族内)システムとして獲得した民族が生き延びた


ユダヤの最初の王サウルもくじ引きで決まった
その後の遊動性を準備するものと言える

10:15 午前  
Blogger yoji said...

カントは思考内で移動したということか

10:15 午前  
Blogger yoji said...

遊動性は幸か不幸か資産格差を不可能にする。
アリストテレス『アテナイ人の国制』(岩波文庫)を読むとポータブルな抽選器もあったらしい。
どちらが先かは分からない。

基本はアフリカからの移動で平等性を(部族内)システムとして獲得した民族が生き延びた

植民都市でイソノミアは初めて可能だった


ユダヤの最初の王サウルもくじ引きで決まった
その後の遊動性を準備するものと言える

カントは思考内で移動したということか

10:16 午前  
Blogger yoji said...

定住以前の狩猟採集社会には、共同寄託はあるが互酬的交換はなかったと考えるべきである。

遊動論

10:38 午前  
Blogger yoji said...

評価(評価: 90%)評価:90%-111件のレビュー
新着. kiyoka t. 【異色作家短編集6】22の短編集。わりと女性目線の一般的な主婦メインのお話が多かった。日常にひそむちょっとした悪意。読み終わった後ぞわぞわする感じ。 この中では、田舎からニューヨークに出てきて戸惑う主人公の心理を描いた、永遠に渡れない交差点の「塩の柱」。歯痛と鎮痛剤の夢うつつの中でだんだんと元の世界に戻れなくなっていく「歯」がよかった。表題作の「くじ」はなんかこわいなあ。ジャクスン らしい狂気、群集心理の残酷さがひたひたと迫ってくる。なんだか内田百間の「件」を思い出した。
後味最悪。『くじ』 | ひなた日和
ameblo.jp/otoko-bana/entry-10908468007.html
小説です。 作者はシャーリイ・ジャクスン。 米国の、1916年生まれの女流作家です。 映画化作品は2枚目の写真『たたり』。 原題は『山荘綺談』(The Haunting of Hill House)で、オリジナル映画版のタイトルは『たたり』。後にリメイクされたのが『ホーンティング』。 いわく因縁のある山荘に調査にやって来たゴーストハンター達を襲う、地味に怖い怪奇現象の物語です。 ( ̄- ̄)v- 屋敷に幽霊がいるのか、調査チームに混じってた女性が勝手に破滅したのか分からんという、実に後味の悪い名作でした。
くじ - AAA!Cafe
f59.aaacafe.ne.jp/~walkinon/kuji.html
ここではシャーリー・ジャクスンの『くじ』の翻訳を掲載しています。 邦訳は『異色作家短編集12 シャーリー・ジャクスン くじ』として深町真理子訳で早川書房より出ています。 原文は http://www.acsu.buffalo.edu/~rrojas/The%20Lottery.htm で読めます。 誤訳などにお気づきの方は、ぜひご一報ください。
怖い話します | 『くじ』を読む
scoby.blog.fc2.com/blog-entry-890.html
今回は怖い話ではないのみならず、ネタバレですので、 この短編を未読の方にはスルーをお勧めします。 最近、英語の復習のために、海外の有名な短編作品で著作権が切れているものを、 ネットで見つけて脳内翻訳するということを、暇を見てやっています。 もともと翻訳で読んでストーリーを知っているので、辞書に頼らずだいたい読めます。 とりあえずは、スタンリイ・エリン『特別料理』 ロアルド・ダール『南から来た男』 そしてシャーリー・ジャクスン『くじ』の3編を読みましたが、 いろいろと新しい発見が ...

3:04 午後  
Blogger yoji said...


New Associationist Movement(NAM)の原理  第二版
2001/07/01
http://nam21.sakura.ne.jp/nams/index.html
われわれはアテネの民主主義から学ぶべきことが一つある。アテネの民主主義は、僭主制を打倒するところから生まれたと同時に、僭主制を二度ともたらさないような周到な工夫によって成立している。アテネの民主主義を特徴づけるのは議会での全員参加などではなく、行政権力の制限である。それは官吏をくじ引きで選ぶこと、さらに、同様にくじ引きで選ばれた陪審員による弾劾裁判所によって徹底的にそれを監視したことである。実際、こうした改革を成し遂げたペリクレス自身が裁判にかけられて失脚している。要するに、アテネの民主主義において、権力の固定化を阻止するためにとられたシステムの核心は、選挙ではなくくじ引きにある。くじ引きは、権力が集中する場に偶然性を導入することであり、そのことによってその固定化を阻止するものだ。それこそが真に三権分立を保証するものである。かくして、もし匿名投票による普通選挙、つまり議会制民主主義がブルジョワ的な独裁の形式であるとするならば、くじ引き制こそプロレタリアート独裁の形式だというべきなのである。アソシエーションは中心をもつが、その中心はくじ引きによって偶然化されている。かくして、中心は在ると同時に無いといってよい。

7:59 午後  
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New Associationist Movement(NAM)の原理  第二版
柄谷行人
2001/07/01
http://nam21.sakura.ne.jp/nams/index.html
われわれはアテネの民主主義から学ぶべきことが一つある。アテネの民主主義は、僭主制を
打倒するところから生まれたと同時に、僭主制を二度ともたらさないような周到な工夫によって
成立している。アテネの民主主義を特徴づけるのは議会での全員参加などではなく、行政権力
の制限である。それは官吏をくじ引きで選ぶこと、さらに、同様にくじ引きで選ばれた陪審員に
よる弾劾裁判所によって徹底的にそれを監視したことである。実際、こうした改革を成し遂げた
ペリクレス自身が裁判にかけられて失脚している。要するに、アテネの民主主義において、
権力の固定化を阻止するためにとられたシステムの核心は、選挙ではなくくじ引きにある。
くじ引きは、権力が集中する場に偶然性を導入することであり、そのことによってその固定化を
阻止するものだ。それこそが真に三権分立を保証するものである。かくして、もし匿名投票に
よる普通選挙、つまり議会制民主主義がブルジョワ的な独裁の形式であるとするならば、
くじ引き制こそプロレタリアート独裁の形式だというべきなのである。アソシエーションは中心
をもつが、その中心はくじ引きによって偶然化されている。かくして、中心は在ると同時に無い
といってよい。

8:03 午後  
Blogger yoji said...

アリストテレス、スピノザ、モンテスキュー、ルソー、が抽選を推奨している
正確には選挙プラス抽選だが
これは決選投票後の心理的軋轢を避けられるし
有能な人材を複数用意するための統整的理念として機能する

4:02 午前  
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1:42 午前  
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1:43 午前  
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アリストテレス、スピノザ、モンテスキュー、ルソー、が抽選を推奨している
正確には選挙プラス抽選だが
これは決選投票後の心理的軋轢を避けられるし
有能な人材を複数用意するための統整的理念として機能する

アリストテレス『アテナイ人の国制』(岩波文庫より)↓抽籤器
https://i.gyazo.com/ea481a506365279b94a2e87ab61770fa.jpg

___
<スピノザ『国家論』畠中尚志訳、岩波文庫p139>
 第八章第二七節

 諸事のとり決めならびに官吏の選任にあたってすべての貴族が同じ力を持つためには、
そしてすべての事務の決裁が迅速であるためには、ヴェニス国の人たちの守った手続きが
最も推薦に値する。彼らは官吏を任命するにあたり会議体から若干名を抽籤で選び、この
人々が順次に選ぶぺき官吏を指名し、続いておのおのの貴族は指名された官吏の選任に
対し賛成あるいは反対の意見を投票用小石によって表明する。…
___

<モンテスキュー『法の精神』井上尭裕訳、中央公論社、世界の名著p379>
 第二篇第二章
 
 籤による投票は民主制の性質をもち、選択による投票は貴族制の性質をもつ。
 抽籤はだれをも苦しめない選び方である。それは、各市民に、祖国に奉仕したいと
いうもっともな希望を残す。

___
<ルソー『社会契約論』井上幸治訳、中公文庫p145-147>
 第四編第三章 選挙について

 執政体と施政者の選出は、さきに述べたように複合的な行為であるが(第三編十七章参照)、
それを行なうには、二つの方法がある。すなわち選挙と抽籤(ちゅうせん)である。
両者ともに、今日まで、多くの共和国で採用されてきており、現在でもなお、
ヴェネツィアの統領の選挙では、この二つがきわめて複雑にまじり合った方法が行なわれている。          
「抽籤による選任が民主政の本質である」とモンテスキューは言っている 。賛成である。

___

柄谷行人
http://nam21.sakura.ne.jp/nams/index.html
アテネの民主主義において、
権力の固定化を阻止するためにとられたシステムの核心は、選挙ではなくくじ引きにある。
くじ引きは、権力が集中する場に偶然性を導入することであり、そのことによってその固定化を
阻止するものだ。それこそが真に三権分立を保証するものである。

1:47 午前  
Blogger yoji said...

482 a[sage] 2018/12/31(月) 18:50:10.66 ID:0
アリストテレス、スピノザ、モンテスキュー、ルソー、が抽選を推奨している
正確には選挙プラス抽選だが
これは決選投票後の心理的軋轢を避けられるし
有能な人材を複数用意するための統整的理念として機能する

アリストテレス『アテナイ人の国制』(岩波文庫より)↓抽籤器
https://i.gyazo.com/ea481a506365279b94a2e87ab61770fa.jpg
___
<スピノザ『国家論』畠中尚志訳、岩波文庫p139>
 第八章第二七節
 諸事のとり決めならびに官吏の選任にあたってすべての貴族が同じ力を持つためには、
そしてすべての事務の決裁が迅速であるためには、ヴェニス国の人たちの守った手続きが
最も推薦に値する。彼らは官吏を任命するにあたり会議体から若干名を抽籤で選び、この
人々が順次に選ぶぺき官吏を指名し、続いておのおのの貴族は指名された官吏の選任に
対し賛成あるいは反対の意見を投票用小石によって表明する。…
___

<モンテスキュー『法の精神』井上尭裕訳、中央公論社、世界の名著p379>
 第二篇第二章 …
 籤による投票は民主制の性質をもち、選択による投票は貴族制の性質をもつ。
 抽籤はだれをも苦しめない選び方である。それは、各市民に、祖国に奉仕したいと
いうもっともな希望を残す。
___
<ルソー『社会契約論』井上幸治訳、中公文庫p145-147>
 第四編第三章 選挙について …
 執政体と施政者の選出は、さきに述べたように複合的な行為であるが(第三編十七章参照)、
それを行なうには、二つの方法がある。すなわち選挙と抽籤(ちゅうせん)である。
両者ともに、今日まで、多くの共和国で採用されてきており、現在でもなお、
ヴェネツィアの統領の選挙では、この二つがきわめて複雑にまじり合った方法が行なわれている。          
「抽籤による選任が民主政の本質である」とモンテスキューは言っている 。賛成である。…

1:51 午前  
Blogger yoji said...

ポセイドンとは - コトバンク
kotobank.jp/word/ポセイドン-133217
兄弟とともに父クロノスに吞み込まれ、吐き出されたのち、ゼウスおよびハデスと世界の支配をくじで分割し、海の支配権を得た。
ハデスとは - コトバンク
kotobank.jp/word/ハデス-115325
... 兄弟のゼウス,ポセイドンとともにティタンたちとの戦いに勝ったあと,くじを引いて世界を分け合い,冥界の支配権を引当てた。
ギリシャ神話をざっくりとまとめてみる - VSクロノス、ティターノマキアー勃発
ncode.syosetu.com/n0820dm/4/
この戦いのあと、ゼウス、ポセイドン、ハーデスの三柱はくじを引き、ゼウスは天空、 ポセイドンは海、ハーデスは冥界の支配権を ...



ギリシャ神話の天海冥のくじは誰が用意したんですか?
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知恵コレ
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ttt********さん2013/3/815:25:04
ギリシャ神話の天海冥のくじは誰が用意したんですか?
ゼウスとポセイドンとハデスがくじで
自分の領地を決めたというのは知っているんですけど

そんな重要なクジを作ったのが誰なのか
そしてどういう形式のくじなのか知らないなーとおもったので質問しました
おしえてください><

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ベストアンサーに選ばれた回答
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har********さん 2013/3/816:39:58
面白い(興味ある)質問ですね。テオゴニアには書いていないのですが、
オリュンポス神時代の神や人間の予言や行動はデルフォイの信託により決まりますからそれに従ったと思います。(当時はアポロンは生まれていないので、デルフォイの管理者のテミスの予言でしょうね。信託は必ず成就しますし)

肉体的な争い(スポーツ・・レスリングとか円盤投げ)ではないと思います。

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8:44 午後  
Blogger yoji said...

https://mythology.stackexchange.com/questions/98/how-did-zeus-poseidon-and-hades-decide-who-would-rule-what
17

There is some disagreement on this issue.

According to Theogony, lines 881-885 (emphasis mine):

But when the blessed gods completed their toil and made settlement of honors for the Titans by brute force, they urged wide-seeing Olympian Zeus in accord with the advice of Gaia to be king and lord, and he apportioned provinces to them well.
However, in the Iliad, it says this (emphasis mine again):

[185] “Out upon it, verily strong though he be he hath spoken overweeningly, if in sooth by force and in mine own despite he will restrain me that am of like honour with himself. For three brethren are we, begotten of Cronos, and born of Rhea,—Zeus, and myself, and the third is Hades, that is lord of the dead below. And in three-fold wise are all things divided, and unto each hath been apportioned his own domain. [190] I verily, when the lots were shaken, won for my portion the grey sea to be my habitation for ever, and Hades won the murky darkness, while Zeus won the broad heaven amid the air and the clouds; but the earth and high Olympus remain yet common to us all.
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answered Apr 28 '15 at 22:23

durron597
3,55911753
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15

According to Pseudo-Apollodorus, the three brothers drew lots to decide their dominions:

But when Zeus was full-grown, he took Metis, daughter of Ocean, to help him, and she gave Cronus a drug to swallow, which forced him to disgorge first the stone and then the children whom he had swallowed, and with their aid Zeus waged the war against Cronus and the Titans. They fought for ten years, and Earth prophesied victory to Zeus if he should have as allies those who had been hurled down to Tartarus. So he slew their jailoress Campe, and loosed their bonds. And the Cyclopes then gave Zeus thunder and lightning and a thunderbolt, and on Pluto they bestowed a helmet and on Poseidon a trident. Armed with these weapons the gods overcame the Titans, shut them up in Tartarus, and appointed the Hundred-handers their guards; but they themselves cast lots for the sovereignty, and to Zeus was allotted the dominion of the sky, to Poseidon the dominion of the sea, and to Pluto the dominion in Hades.

Source: Apollodorus, Library, 1.2.1
Interestingly, the three brothers shared dominion over the earth. This is why Poseidon is also the god of earthquakes.

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9:55 午後  
Blogger yoji said...

第十五歌船陣からの反撃 (七四六行 )

184~199
全世界は三つに分割され 、兄弟がおのおのそれぞれの権能を割り当てられた 。籤を引いてわたしは灰色の海にいついつまでも住むことになり 、アイデスは暗々たる闇の世界を 、ゼウスは高天と雲の漂う広大な天空を得た 。190?

ホメロス
イリアス
岩波文庫下

ポセイダオン

10:26 午後  
Blogger yoji said...

つまり私は、みなで籤《くじ》を引いてから、灰色の海を常住の住居として割りあてられ、アイデスは、おぼろにかすむ幽冥界を、ゼウスは、高いアイテルと雲との中にある久方《ひさかた》の空を引きあてたが、大地と、それからオリュンポスの高嶺とはまだみんなの共有物なのだ。こうした次第ゆえ、私はすこしもゼウスの心に従って暮らすつもりはまったくない(平気なものだ)どれほど彼《あれ》は力が強いというにしろ三つに一つの分

ibook
イリアス

11:06 午後  

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