火曜日, 3月 11, 2014

災害関連:メモ

             (本頁リンク::::::::::) 

カント『自然地理学』:メモ
 http://nam-students.blogspot.jp/2013/01/blog-post_24.html?m=0


NAMs出版プロジェクト: 1755年のリスボンの大震災に関して(ヴォルテールとルソー)
 http://nam-students.blogspot.jp/2011/04/blog-post_5916.html 


レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』とウィリアム・ジェイムズ ( 5月 04, 2011)
 http://nam-students.blogspot.jp/2011/05/blog-post.html?m=0

チェルノブイリと日本
 http://nam-students.blogspot.jp/2011/06/blog-post.html


青木昌彦「福島原発事故に学ぶ — 危機に強い産業組織築け」2011年8月4日
 http://nam-students.blogspot.jp/2016/03/201184.html

中央構造線:「震源、じわじわと東に」 別の活断層に影響の可能性 朝日新聞2016年4月16日
 http://nam-students.blogspot.com/2016/04/2016416-1135.html



トヨタ | 通れた道マップ
 https://www.toyota.co.jp/jpn/auto/passable_route/map/

東京防災

34 Comments:

Blogger yoji said...

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1394423433/-100

74 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/10(月) 13:11:00.03 ID:UJVZHxxA0
津波をよくご存じない人へ。

4メートルの波と、4メートルの津波の違いはこのようになっております。

●4メートルの波
            ザッパン

                          波
                         波
                      波波         ●
                    波波波         人
波波波波波波波波波波波波波波波波--------------

●4メートルの津波
  ←何十キロもの彼方までおんなじ高さ

          ゴゴゴゴゴゴゴ‥         

波波波波波波波波波波波波波波波波波波
波波波波波波波波波波波波波波波波波  
波波波波波波波波波波波波波波波波          Σ ●
波波波波波波波波波波波波波波波波           人
波波波波波波波波波波波波波波波---------------

12:37 午前
yoji said...
【岩手】「点呼取らなくていいから、とにかく走れ!」生存率99・8%「釜石の奇跡」 「津波てんでんこ」の教えの正しさ
1 : ◆CHURa/Os2M @ちゅら猫ρ ★@転載禁止:2014/03/10(月) 23:11:35.24 ID:???0
★【温故地震 大震災編】生存率99・8%「釜石の奇跡」 「津波てんでんこ」の教えの正しさ 都司嘉宣
2014.3.10 11:00

千年に一度の超巨大津波に襲われた東日本大震災から明日で3年。被災地の調査を続ける中で、
常々思い知らされるのは「津波てんでんこ」の教えの正しさだ。

てんでんことは各自のこと。海岸で大きな揺れを感じたときは、津波が来るから肉親にもかまわず、
各自てんでんばらばらに一刻も早く高台に逃げて、自分の命を守れ-という意味だ。

この教訓に基づき、片田敏孝・群馬大教授(災害社会工学)の指導で津波からの避難訓練を8年間
重ねてきた岩手県釜石市内の小中学校では、全児童・生徒計約3千人が即座に避難。
生存率99・8%という素晴らしい成果を挙げて「釜石の奇跡」と呼ばれた。

同市北部に位置する鵜住居(うのすまい)町の海岸線から約800メートル、海抜約3メートルの
川沿いの低地に並んで建っていた釜石東中学校と鵜住居小学校の事例を見てみよう。

平成23年3月11日。午後2時46分に東日本大震災が発生すると、釜石東中の副校長は教室から
校庭に出始めた生徒たちに、「(避難所へ)走れ!」「点呼など取らなくていいから」と大声で叫んだ。

そして若い教職員に、率先避難者となって生徒たちと避難所へ走るよう指示。避難所は約700メートル
南西の福祉施設で、所在地は訓練で全生徒に周知していた。(以下略)

http://sankei.jp.msn.com/science/news/140310/scn14031009350003-n1.htm

11:26 午後  
Blogger yoji said...

大西巨人:原子力発電に思うこと

372 :原子力発電に思うこと:2012/07/04(水) 04:18:18.47
 これまで私は、原子力発電に反対するものであったが、このたびの天
変を経験することによって、賛成の立場に転じた。即ち現在の私は、た
とえば吉本隆明が従来原子力発電に賛成であったのと同じく――あるい
はより強く――原子力発電に賛意を抱いているのである。


■季刊メタポゾン 第3号 《2011年 夏号》

 今中哲二・小出祐章(京都大学原子炉実験所)
 インタビュー 「負け続けて今がある」

 巻頭エッセイ 青山真治「酒の川に身を委ねて」
 新連載カラー漫画 西原理恵子「サ・イ・バ・ラの季節」
 新連載小説 小路幸也「石田荘物語」

 大西巨人:原子力発電に思うこと/映画よもやま話/秋冬の実(短歌自註)
 佐々木譲:北のつぶやき
 尾崎翠・のぞゑのぶひさ:山村氏の鼻
 北大路公子:絵の中の女
 大西一穂:
 K=ルーク・ジャン:人生に欠かせない四原則
 大西赤人:貌(かお)
 出河雅彦:『薬害』HIV感染を問い直す
 谷口源太郎:スポーツウォッチング

3:57 午後  
Blogger yoji said...


作家の大西巨人さん死去 97歳、小説「神聖喜劇」

2014年3月13日01時18分

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写真・図版大西巨人さん=2000年

 超人的な記憶力と論理的思考力で、非人間的な軍隊組織に抵抗する兵士を描いた長編小説「神聖喜劇」で知られる作家の大西巨人(おおにし・きょじん、本名巨人〈のりと〉)さんが12日午前0時半、死去した。97歳だった。故人の遺志により葬儀は行わない。長男は作家の赤人(あかひと)さん。

4:04 午後  
Blogger yoji said...

http://d.hatena.ne.jp/YokoiMoppo/20130211/1360536575

■[大西巨人]「原子力発電に思うこと」

大西巨人「原子力発電に思うこと」*1 を引用。

 このたびの東日本大震災で、結果として、私の知人たちがおおむね無事であったことは、ひとまず喜ばしい現象であった。それに引きつづき、福島第一原発における重大な事故が発生しており、原子力発電の是非が論じられているけれども、これについては、なお慎重な論議が必要であると思う。

 これまで私は、原子力発電に反対するものであったが、このたびの天変を経験することによって、賛成の立場に転じた。即ち現在の私は、たとえば吉本隆明が従来原子力発電に対して賛成であったのと同じく――あるいはより強く――原子力発電に賛意を抱いているのである。

 福島第一原発の異変は、地震及び津波という天災によって招来せられた。仮にその関係が実は逆であり、今回の天災が原子力発電の結果として惹き起こされものであることが証明せられたとするならば、私の反対の考えはなお一層強まるであろう。

 原子力発電が人類にもたらす災厄は、いっそ不可避的な結実である。その現実的な発生を目の当たりにしない限りは、人類は原子力発電の実相を知り得なかったであろう。人類は、原発事故という不可避的な事態を経ることによって、新たなる次元へと進み得るかもしれぬと私は考える。

 言うまでもなく、それは多くの人々にとって現象的・物理的には極めて悲惨な状況となるであろう。しかしながら、その望ましからぬ未来のありようもまた、人類にとって必然の一局面たらざるを得ないと私は考えるのである。


*1:『季刊メタポゾン』2011年夏号(第3号)

4:09 午後  
Blogger yoji said...


http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1394641435/-100
6 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/13(木) 01:25:22.34 ID:w5RAzAzs0
◆小説
「後ろで大きな爆発音がした。俺は驚きながら振り返った。」
◆ケータイ小説
「ドカーン!びっくりして俺は振り返った。」
◆ラノベ
「背後から強烈な爆発音がしたので、俺はまためんどうなことになったなぁ、とか
そういや昼飯も食っていないなぁとか色々な思いを巡らせつつも振り返ることにしたのである」
◆山田悠介
「後ろで大きな爆発音の音がした。俺はびっくりして驚いた。振り返った。」
◆司馬遼太郎
「(爆発--)であった。余談だが、日本に初めて兵器としての火薬がもたらされたのは元寇の頃である…」
◆荒木飛呂彦
「背後から『爆発』だアァァァッ!これを待っていたっ!振り返ると同時にッ!すかさず叩きこむ!」
◆竜騎士07
「ドカァァン!!!後ろで大きな爆発音がした…!俺は自分の置かれた状況を整理した…。
脳内に満ちた液体が取り除かれ、時間が動き出す…………ッッ!即座に俺は後ろを振り向く…ッ!」
◆ジェイ・マキナニー
「きみが街を歩いていると背後で爆発音がする。でもきみはすぐには振り返らない。
コカインの過剰摂取でイカレてしまったきみの頭には、それが現実の音なのか幻聴なのか判断できないからだ。」
◆村上龍
「後ろで爆発音がした、汚い猫が逃げる、乞食の老婆が嘔吐して吐瀉物が足にかかる、俺はその中のトマトを思い切り踏み潰し、振り返った。」
◆奈須きのこ
「 ――突如、背後から爆発音が鳴り響いた。その刹那、俺はダレよりも疾く振り返る―――ッ!」
◆矢口真里
「子供の頃からボンバーマンが大好きで、爆発音がしたらつい後ろを向いちゃうんです。
多分、芸能界では一番マニアックなボンバーマン好きだと思いますよ。
◆京極夏彦
「凄まじい音とともに地面が揺れる。――爆発、ですか?私が問うと、彼は白湯とさして変わらぬ出涸らしをすすり、
――だから何だと言うのか。と答えた。りん、と、何処かで風鈴の音がした。」
◆池上彰
「じゃあ、そもそも爆発って何なんでしょう皆さん気になりますよね?
そこで図を用意しました ちょっと後ろを見てください」


http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1394641435/-100
45 :35@転載禁止:2014/03/13(木) 01:38:13.06 ID:jlG2Jl930
あ、もう、酔っぱらってて間違った。

>>6
◆村上春樹
ドン!背後で大きな音がした。チャーリー・ワッツが酔っ払ってドラムでも叩いたのだろう。
やれやれ。僕は後ろを振り返った。

◆塩野七生
このとき、背後で爆発音が聞こえた。ヴェネツィアの男たちは即座にそれぞれの持場に
戻った。トルコ海軍の襲撃である。

◆有吉弘行
そんでさ、うしろででっけー音がしたのよ。爆発。ば、く、は、つ。驚いたね、俺も。
こんなところで爆発が起きるなんて思わないじゃない、ねぇマツコさん?


http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1394641435/-100
77 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/13(木) 01:44:46.71 ID:jlG2Jl930
>>53
◆麻生太郎
ドカーンだよ、ドカーン。とっても大きい音が後ろで聞こえてね、そんで、火薬の匂いがしたの。
私もね、火薬の匂いには慣れてるけどねぇ、射撃が趣味だから。しかしありゃさすがに驚いたな。
未曾有の出来事だ。


http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1394641435/-100
99 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/13(木) 01:51:30.36 ID:jlG2Jl930
◆宮沢賢治
そのとき、とても大きな音がうしろで鳴りました。ジョバンニは思わずカムパネルラの
顔を見ました。カムパネルラはもじもじしていました。
「これは」とカムパネルラは言いました。「天井の世界からの贈り物なのでしょう」
ジョバンニは望遠鏡をのぞき込みました。

◆松尾芭蕉
ハーレムや クロンボ驚く ボムの音


http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1394641435/100n-
118 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/13(木) 01:58:28.67 ID:jlG2Jl930
>>111
◆長島茂雄
うしろで大きな音がしましてですね、我々も振り返ったわけです。
これが爆弾であったら大事、ビッグイシューですから。
しかしたとえテロであったとしてもですね、我々もですね、ここで
ネバーギブアップしてはいけません。

4:14 午後  
Blogger yoji said...

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%88%86%E6%9E%90%E5%AD%A6#.E9.80.80.E8.A1.8C
退行

高度に発達した精神が、以前に経過してきた地点に回帰する現象を退行
(Regression)という。
退行の原因にはいろいろあるが、固着(Fixation)と大きな関係があると
されている。固着はリビドーの相当の量がある発達段階に残されて来てい
る事を意味するので、固着が強い人ほど内的や外的圧力に容易に屈し、そ
の時点に退行しやすくなり、それだけ自我が脆弱だと言える。健康な人間
でも睡眠時、食事、排便時、入浴時などリラックスできる時には軽い退行が
起きる。
健康な退行と病的な退行は、その固着点から正常な精神状態に立ち返る事が
出来るかどうかで決まる。また、面接過程において自然と精神は未熟な精神の
発達段階に退行する事がわかっており、これを治療的退行と呼び、精神分析の
治療に欠かせない要素となっている。治療的退行時には患者が平生感じること
のない感情や衝動に駆られる事が多い。また動物にも退行が生じることが知ら
れている。

5:25 午後  
Blogger yoji said...

http://nikkidoku.exblog.jp/17206861/
週刊新潮・平成24年1月5・12日新年特別号に掲載されたを記事を、雑誌から全文書き起こし(編集側の見出しや文章の間に挟んであるコメントは省き、写真も雑誌掲載とは異なります)、その他の新聞掲載もまとめました。

「吉本隆明」2時間インタビュー「反原発」で猿になる!

僕は以前から反核・反原発を掲げる人たちに対して厳しく批判をしてきました。それは今でも変わりません。実際、福島第一原発の事故では被害が出ているし、何人かの人は放射能によって身体的な障害が生じるかもしれない。そのために“原発はもう廃止したほうがいい”という声が高まっているのですが、それはあまりに乱暴な素人の論理です。

今回、改めて根底から問われなくてはいけないのは、人類が積み上げてきた科学の成果を一度の事故で放棄していいのか、ということなんです。

考えてもみてください。自動車だって事故だって亡くなる人が大勢いますが、だからといって車を無くしてしまえという話にはならないでしょう。ある技術があって、そのために損害が出たからといって廃止するのは、人間が進歩することによって文明を築いてきたという近代の考え方を否定するものです。

そして技術の側にも問題がある。専門家は原発事故に対して被害を出さないやり方を徹底して研究し、どう実行するべきなのか、今だからこそ議論を始めなくてはならないのに、その問題に回答することなしに沈黙してしまったり、中には反対論に同調する人たちがいる。専門家である彼らまで“危ない”と言い出して素人の論理に同調するのは「悪」だとさえ思います。

いま、原発を巡る議論は「恐怖感」が中心になっています。恐怖感というのは、人間が持っている共通の弱さで、誰もがそれに流されてしまいがちです。しかし、原子力は悪党が生み出したのでも泥棒が作ったわけでもありません。紛れもなく「文明」が生み出した技術です。今から100年ほど前、人類は放射線を発見し、原子力をエネルギーに変え、電源として使えるようにしてきました。原子力をここまで発展させるのに大変な労力をかけてきたわけです。

一方、その原子力に対して人間は異常なまでの恐怖心を抱いている。それは、核物質から出る放射線というものが、人間の体を素通りして内臓を傷つけてしまうと知っているからでしょう。防護策が完全でないから恐怖心はさらに強まる。もちろん放射能が安全だとは言いません。でもレントゲン写真なんて生まれてから死ぬまで何回も撮る。

普通に暮らしていても放射線は浴びるのです。大体90歳くらいまでは生きられるところまで人類は来ているわけです。そもそも太陽の光や熱は核融合で出来たものであって、日々の暮らしの中でもありふれたもの。この世のエネルギーの源は元をただせばすべて原子やその核の力なのに、それを異常に恐れるのはおかしい。

それでも、恐怖心を100%取り除きたいと言うのなら、原発を完全に放棄する以外に方法はありません。それはどんな人でも分かっている。しかし、止めてしまったらどうなるか。恐怖感は消えるでしょうが、文明を発展させてきた長年の努力は水泡に帰してしまう。人類が培ってきた核開発の技術もすべて意味がなくなってしまう。それは人間が猿から別れて発達し、今日まで行ってきた営みを否定することと同じなんです。

文明の発達と言うのは常に危険との共存だったということも忘れてはなりません。科学技術というのは失敗してもまた挑戦する、そして改善していく、その繰り返しです。危険が現われる度に防御策を講じるというイタチごっこです。その中で、辛うじて上手く使うことができるまで作り上げたものが「原子力」だと言えます。それが人間の文明の姿であり形でもある。

だとすれば、我々が今すべきは、原発を止めてしまうことではなく、完璧に近いほどの放射線に対する防御策を改めて講じることです。新型の原子炉を開発する資金と同じくらいの金をかけて、放射線を防ぐ技術を開発するしかない。それでもまた新たな危険が出てきたら更なる防御策を考え完璧に近づけていく。その繰り返ししかない。他の動物に比べて人間が少し偉そうな顔をできるようになった理由は、こうした努力をあきらめず営々とやってきたからではないでしょうか。

そして、仮に放射能の防御装置ができたとしたら、その瞬間から、こうした不毛な議論は終わりになる。科学技術というのは明瞭で、結果がはっきりしていますから。

正直言って原発をどうするか、ちゃんとした議論ができるにはまだ時間がかかるでしょう。原発を改良するとか防御策を完璧にするというのは技術の問題ですが、人間の恐怖心がそれを阻んでいるからです。反対に、経済的な利益から原発を推進したいという考えにも私は与しない。原発の存否を決めるのは、「恐怖心」や「利益」より、技術論と文明論にかかっていると考えるからです。

もちろん、原子力を語るとき核兵器の問題は避けて通れません。戦争で大切なのは、主として兵器ですから、改良して相手に優るようにしていくのが戦時の技術開発です。そうやって開発してきた原子爆弾は、今や、人類を何度も滅亡させられるだけの規模に達している。しかし、人間が原子力という技術を手に入れたとき、それがどんな現実をもたらすかまでは想像していなかった。どんなに優れた人でも予想できなかったのです。

一番わかりやすい例はアインシュタインだと思います。アインシュタインは相対性理論を提唱した理論物理学の大家ですが、原子力の利用については、原爆を開発することに賛成していますよね。しかし、アインシュタインは後で被害の大きさを知りショックを受ける。そこで「自分は原子力を兵器に用いることに反対した」と態度を翻す。被爆弾からどれだけ大量のエネルギーが生み出されるかという計算はできても、結果を見たら、とてもそんな反対賛成云々なんて軽卒なことじゃなかった。あれだけ、優秀な頭脳で、あれだけの業績を上げてきた科学者でさえ、とことんまで想定できていたかは疑わしい。

今回の原発事故も天災とか人災などと言われていますが、やはり危険を予想できなかった。つまり、人間は新技術を開発する過程で危険極まりないものを作ってしまうという大矛盾を抱えているのです。しかし、それでも科学技術や知識というものはいったん手に入れたら元に押し戻すことはできない。どんなに危なくて退廃的であっても否定することはできないのです。それ以上のものを作ったり考えだすしか道はない。それを反核・反原発の人たちは理解していないのです。

福島原発の事故が起きてから、よく思い出すのは第二次大戦後の日本社会です。当時、僕は敗戦のショックに打ちのめされて迷いに迷っていた。敗戦を契機にほとんどの価値観が180度変わってしまいましたから。知りあいにも「もう日本はお終いだ」と自決する人もいた。

そんな中で、当時の大人たちが敗戦に対する責任をどう考えているのか、文学界の中でもそれを問う雰囲気がありました。特に私は小林秀雄に、

「あなたはこの戦争とその結果についてどう考えているのか」

と聞いてみたかったのです。他の文学者はいい加減な答えをしたとしても、小林秀雄は尊敬していた人でしたから、何を考えているのか知りたかった。今のような状況の中で、答えが欲しかったのです。折しも若手文学者たちが先輩たち1人一人に意見を聞く機会があった。そこで、意見を求められた小林は、

「君ら若い人たちは、考え方を変えるのもいいかもしれないけれど、俺はもう年寄りだからね。“今は違う考えになっている”なんて言う気はさらさらない。だから、戦争中と同じ考え方を今も持っているさ」

と答えたんです。そう言われたら、突っ込みようがない。私はその答えを聞いて、小林秀雄という人は、考え方を易々と変えることはしない、さすがだなぁ、と思いましたね。世の中では時代が変わると政府も変わる、人の考え方も変わる。それがごく当然なのですが、僕はそれにもの凄く違和感があった。だから、福島原発を取り巻く言論を見ていると、当時と重なって見えてしまうんです。

原発を捨て自然エネルギーが取って代わるべきだという議論もありますが、それこそ、文明に逆行する行為です。たとえ事故を起こしても、一度獲得した原発の技術を高めてゆくことが発展のあり方です。

僕はこういう立場ですから、保守的な人からも、進歩的な人からも、両方から同じように攻撃されて、言ってみれば“立つ瀬がない”という状況でした。批判はしょっちゅうです。それも、ちゃんと名を名乗ったり、政党や党派を明らかにしての批判ならまだ反発のしようもあるけど、覆面を被ったままでやっつけにくる。特に今みたいな状況の中では誤解のないように言うのは中々難しいんです。

しかし、それでも考えを変えなかったのは、いつも「元個人」(げんこじん)に立ち返って考えていたからです。

元個人とは私なりの言い方なんですが、個人の生き方の本質、本性という意味。社会的にどうかとか政治的な立場など一切関係ない。生まれや育ちの全部から得た自分の総合的な考え方を、自分にとって本当だとする以外にない。そう思ったとき反原発は間違いだと気がついた。

「世間で通用している考え方がやっぱり正しいんじゃないか」という動揺を防ぐには、元個人に立ち返って考えてみることです。そして、そこに行き着くまでは、僕は力の限り、能力の限り、自分の考えはこうだということを書くし、述べるだろうと思うんです(終)

5:30 午後  
Blogger yoji said...

http://nikkidoku.exblog.jp/17206861/
週刊新潮・平成24年1月5・12日新年特別号に掲載されたを記事を、雑誌から全文書き起こし
(編集側の見出しや文章の間に挟んであるコメントは省き、写真も雑誌掲載とは異なります)、
その他の新聞掲載もまとめました。

「吉本隆明」2時間インタビュー「反原発」で猿になる!

僕は以前から反核・反原発を掲げる人たちに対して厳しく批判をしてきました。それは今でも変わ
りません。実際、福島第一原発の事故では被害が出ているし、何人かの人は放射能によって身体的な
障害が生じるかもしれない。そのために“原発はもう廃止したほうがいい”という声が高まっているの
ですが、それはあまりに乱暴な素人の論理です。

今回、改めて根底から問われなくてはいけないのは、人類が積み上げてきた科学の成果を一度の事故で
放棄していいのか、ということなんです。

考えてもみてください。自動車だって事故だって亡くなる人が大勢いますが、だからといって車を
無くしてしまえという話にはならないでしょう。ある技術があって、そのために損害が出たからと
いって廃止するのは、人間が進歩することによって文明を築いてきたという近代の考え方を否定す
るものです。

そして技術の側にも問題がある。専門家は原発事故に対して被害を出さないやり方を徹底して研究し、
どう実行するべきなのか、今だからこそ議論を始めなくてはならないのに、その問題に回答すること
なしに沈黙してしまったり、中には反対論に同調する人たちがいる。専門家である彼らまで“危ない”
と言い出して素人の論理に同調するのは「悪」だとさえ思います。

いま、原発を巡る議論は「恐怖感」が中心になっています。恐怖感というのは、人間が持っている共通
の弱さで、誰もがそれに流されてしまいがちです。しかし、原子力は悪党が生み出したのでも泥棒が作
ったわけでもありません。紛れもなく「文明」が生み出した技術です。今から100年ほど前、人類は放射
線を発見し、原子力をエネルギーに変え、電源として使えるようにしてきました。原子力をここまで発展
させるのに大変な労力をかけてきたわけです。

一方、その原子力に対して人間は異常なまでの恐怖心を抱いている。それは、核物質から出る放射線とい
うものが、人間の体を素通りして内臓を傷つけてしまうと知っているからでしょう。防護策が完全でない
から恐怖心はさらに強まる。もちろん放射能が安全だとは言いません。でもレントゲン写真なんて生まれ
てから死ぬまで何回も撮る。

普通に暮らしていても放射線は浴びるのです。大体90歳くらいまでは生きられるところまで人類は来てい
るわけです。そもそも太陽の光や熱は核融合で出来たものであって、日々の暮らしの中でもありふれたも
の。この世のエネルギーの源は元をただせばすべて原子やその核の力なのに、それを異常に恐れるのはお
かしい。

それでも、恐怖心を100%取り除きたいと言うのなら、原発を完全に放棄する以外に方法はありません。
それはどんな人でも分かっている。しかし、止めてしまったらどうなるか。恐怖感は消えるでしょうが、
文明を発展させてきた長年の努力は水泡に帰してしまう。人類が培ってきた核開発の技術もすべて意味が
なくなってしまう。それは人間が猿から別れて発達し、今日まで行ってきた営みを否定することと同じ
なんです。

文明の発達と言うのは常に危険との共存だったということも忘れてはなりません。科学技術というのは失
敗してもまた挑戦する、そして改善していく、その繰り返しです。危険が現われる度に防御策を講じると
いうイタチごっこです。その中で、辛うじて上手く使うことができるまで作り上げたものが「原子力」だ
と言えます。それが人間の文明の姿であり形でもある。

だとすれば、我々が今すべきは、原発を止めてしまうことではなく、完璧に近いほどの放射線に対する防 御策を改めて講じることです。新型の原子炉を開発する資金と同じくらいの金をかけて、放射線を防ぐ技
術を開発するしかない。それでもまた新たな危険が出てきたら更なる防御策を考え完璧に近づけていく。
その繰り返ししかない。他の動物に比べて人間が少し偉そうな顔をできるようになった理由は、こうした
努力をあきらめず営々とやってきたからではないでしょうか。

そして、仮に放射能の防御装置ができたとしたら、その瞬間から、こうした不毛な議論は終わりになる。
科学技術というのは明瞭で、結果がはっきりしていますから。

正直言って原発をどうするか、ちゃんとした議論ができるにはまだ時間がかかるでしょう。原発を改良す
るとか防御策を完璧にするというのは技術の問題ですが、人間の恐怖心がそれを阻んでいるからです。
反対に、経済的な利益から原発を推進したいという考えにも私は与しない。原発の存否を決めるのは、
「恐怖心」や「利益」より、技術論と文明論にかかっていると考えるからです。

もちろん、原子力を語るとき核兵器の問題は避けて通れません。戦争で大切なのは、主として兵器です
から、改良して相手に優るようにしていくのが戦時の技術開発です。そうやって開発してきた原子爆弾は、
今や、人類を何度も滅亡させられるだけの規模に達している。しかし、人間が原子力という技術を手に入
れたとき、それがどんな現実をもたらすかまでは想像していなかった。どんなに優れた人でも予想できな
かったのです。

一番わかりやすい例はアインシュタインだと思います。アインシュタインは相対性理論を提唱した理論
物理学の大家ですが、原子力の利用については、原爆を開発することに賛成していますよね。しかし、
アインシュタインは後で被害の大きさを知りショックを受ける。そこで「自分は原子力を兵器に用いること
に反対した」と態度を翻す。被爆弾からどれだけ大量のエネルギーが生み出されるかという計算はできて
も、結果を見たら、とてもそんな反対賛成云々なんて軽卒なことじゃなかった。あれだけ、優秀な頭脳で、
あれだけの業績を上げてきた科学者でさえ、とことんまで想定できていたかは疑わしい。

今回の原発事故も天災とか人災などと言われていますが、やはり危険を予想できなかった。つまり、人間は
新技術を開発する過程で危険極まりないものを作ってしまうという大矛盾を抱えているのです。しかし、
それでも科学技術や知識というものはいったん手に入れたら元に押し戻すことはできない。どんなに危な
くて退廃的であっても否定することはできないのです。それ以上のものを作ったり考えだすしか道はな
い。それを反核・反原発の人たちは理解していないのです。

福島原発の事故が起きてから、よく思い出すのは第二次大戦後の日本社会です。当時、僕は敗戦のショッ
クに打ちのめされて迷いに迷っていた。敗戦を契機にほとんどの価値観が180度変わってしまいましたか
ら。知りあいにも「もう日本はお終いだ」と自決する人もいた。

そんな中で、当時の大人たちが敗戦に対する責任をどう考えているのか、文学界の中でもそれを問う雰囲気
がありました。特に私は小林秀雄に、

「あなたはこの戦争とその結果についてどう考えているのか」

と聞いてみたかったのです。他の文学者はいい加減な答えをしたとしても、小林秀雄は尊敬していた人で
したから、何を考えているのか知りたかった。今のような状況の中で、答えが欲しかったのです。折しも
若手文学者たちが先輩たち1人一人に意見を聞く機会があった。そこで、意見を求められた小林は、

「君ら若い人たちは、考え方を変えるのもいいかもしれないけれど、俺はもう年寄りだからね。“今は違う
考えになっている”なんて言う気はさらさらない。だから、戦争中と同じ考え方を今も持っているさ」

と答えたんです。そう言われたら、突っ込みようがない。私はその答えを聞いて、小林秀雄という人は、
考え方を易々と変えることはしない、さすがだなぁ、と思いましたね。世の中では時代が変わると政府も
変わる、人の考え方も変わる。それがごく当然なのですが、僕はそれにもの凄く違和感があった。だから、
福島原発を取り巻く言論を見ていると、当時と重なって見えてしまうんです。

原発を捨て自然エネルギーが取って代わるべきだという議論もありますが、それこそ、文明に逆行する行
為です。たとえ事故を起こしても、一度獲得した原発の技術を高めてゆくことが発展のあり方です。

僕はこういう立場ですから、保守的な人からも、進歩的な人からも、両方から同じように攻撃されて、言
ってみれば“立つ瀬がない”という状況でした。批判はしょっちゅうです。それも、ちゃんと名を名乗った
り、政党や党派を明らかにしての批判ならまだ反発のしようもあるけど、覆面を被ったままでやっつけに
くる。特に今みたいな状況の中では誤解のないように言うのは中々難しいんです。

しかし、それでも考えを変えなかったのは、いつも「元個人」(げんこじん)に立ち返って考えていた
からです。

元個人とは私なりの言い方なんですが、個人の生き方の本質、本性という意味。社会的にどうかとか政治
的な立場など一切関係ない。生まれや育ちの全部から得た自分の総合的な考え方を、自分にとって本当だ
とする以外にない。そう思ったとき反原発は間違いだと気がついた。

「世間で通用している考え方がやっぱり正しいんじゃないか」という動揺を防ぐには、元個人に立ち返っ
て考えてみることです。そして、そこに行き着くまでは、僕は力の限り、能力の限り、自分の考えはこう
だということを書くし、述べるだろうと思うんです(終)

5:34 午後  
Blogger yoji said...

519 :考える名無しさん:2014/03/13(木) 09:35:23.98 0
http://nikkidoku.exblog.jp/17206861/
週刊新潮・平成24年1月5・12日新年特別号に掲載されたを記事を、雑誌から全文書き起こし
(編集側の見出しや文章の間に挟んであるコメントは省き、写真も雑誌掲載とは異なります)、
その他の新聞掲載もまとめました。

「吉本隆明」2時間インタビュー「反原発」で猿になる!

僕は以前から反核・反原発を掲げる人たちに対して厳しく批判をしてきました。それは今でも変わ
りません。実際、福島第一原発の事故では被害が出ているし、何人かの人は放射能によって身体的な
障害が生じるかもしれない。そのために“原発はもう廃止したほうがいい”という声が高まっているの
ですが、それはあまりに乱暴な素人の論理です。

今回、改めて根底から問われなくてはいけないのは、人類が積み上げてきた科学の成果を一度の事故で
放棄していいのか、ということなんです。

考えてもみてください。自動車だって事故だって亡くなる人が大勢いますが、だからといって車を
無くしてしまえという話にはならないでしょう。ある技術があって、そのために損害が出たからと
いって廃止するのは、人間が進歩することによって文明を築いてきたという近代の考え方を否定す
るものです。
(以下略)

520 :考える名無しさん:2014/03/13(木) 09:39:30.76 0
小林秀雄の宣長も井上靖の孔子も退行だと思うが、前記二大左翼知識人の退行は
それ以上の問題をはらんでいる。
戦前の理系信仰(科学者は戦地にいかなくて済んだ)ともレベルが違う。
それはマルクス主義が一面的な政治的有効性を追い求めたあまり、
自立分散的な思考を育んでこなかったことを意味する。
言うまでもなく自然エネルギー普及は自立分散的思考なくして成り立たない。

5:40 午後  
Blogger yoji said...

【韓国】2012年建造の160億円の最新救助艦が現場に投入されなかった理由は 報道官「まだ性能を確認してない」[4/19]
1 :動物園φ ★@転載禁止:2014/04/19(土) 08:23:14.07 ID:???
海軍が2012年に水深90mで救助任務を支援できる最先端の水上救助艦を作りました。ところで、
この船を今回の事故に投入できず、話題になっています。 この船は、天安艦事件の後、
救助作業に必要としてなんと1,590億ウォンをかけて作りました。
事故が起これば、装備もなく人材がいないという話が出て、それで国民の税金を沢山使いましたが、
その後、どうしたことか便りがなく、どのようになっているのでしょう。

2012年9月、海軍は初の国産の最先端救助艦3,500トン級「統営艦」の進水式を開きました。
座礁した艦艇を救助したり沈没した艦艇を探索、引き揚げることができます。

金昇柱防衛事業庁の上陸艦事業チーム長(2012年9月当時)
各種海難事故発生時の迅速に投入可能で国家災害対応戦力としても大きな役割を果たすことが…

統営艦は天安艦事件当時、救助作業などの困難を教訓として水中3,000mまで探査することができ、
潜水艦を水深90mで救助することができる装備を備えました。
セウォル号の救助作業のように船体進入が困難で、船体の重さだけで6,800トンであり、引き揚げ作業にも
難航が予想される状況で必ず必要な艦艇です。

しかし、この統営艦は、今回の現場に投入されていません。

金民錫国防部報道官
(統営艦の)一部の装備・音波探知装備・水中ロボット機器が、計画された性能を出すことができるのか、
海軍がまだ確認していない状況です。

艦艇が進水して1年7カ月が過ぎても海軍が装備の点検もしなかったことに対する批判が出ています。
統営艦が1万4,000トン級の独島を曳航でき、海軍のすべての艦艇を救助できるという国防当局の自評が色あせ見えます。

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=shm&sid1=102&oid=437&aid=0000038217

6:18 午後  
Blogger yoji said...

嘘捏造の報道が交錯しグダグダな対応で対処している事件に対し日本が無関心だと?世界に知らしめるニダ

28 :(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載禁止:2014/04/23(水) 17:06:50.65 ID:L6tHwBl9
http://i.imgur.com/H8hBaES.jpg
海神神社の仏像盗難は2012年10月6日~8日の間。
フェリーなみのうえ売却は2012年10月。

ここで今回の事故を地図で見てみる。
http://getnews.jp/img/archives/2014/04/031.jpg
http://i.imgur.com/lm8Rb30.jpg
http://i.imgur.com/e7qepNy.jpg

海に向かってまっすぐ伸びる海神神社の鳥居。
http://tsushima-net.org/blog/images/20100608151751.jpg
海神神社には仁徳天皇の時代、本州西面の海上に異国の軍艦が来襲した時、木坂山に起こった奇雲烈風が軍艦を沈めたとの伝承もある。
海神神社はそこらの田舎の神社とはわけが違う。
http://blog.tsushima-net.org/?eid=641

日本の神々は他国のように甘くない。
稲荷に代表されるように不遜な態度や行動を取れば平気で祟る。
韓国人は由来も知らずに仏像を盗んで行くが、中には平将門に関連する道祖神まで含まれているという。
道祖神は本来悪霊や疫病の肩代わりに使われる代物だ。

対馬の海神神社から盗まれた仏像は海の守り神として祀られていたが、対馬には韓国から不法投棄されたゴミが毎年4000トンも流れ着くという。
http://i.imgur.com/weXQ6e0.jpg
盗まれた仏像の左手の指は折れてなくなっている。

■ニュース速報:23日付の韓国紙、東亜日報は、客室から見つかった遺体の多くが指を骨折した状態だったと報じた。


船の客室から必死に脱出しようとしていたとみられる。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140423/kor14042312160007-n1.htm

1:29 午前  
Blogger yoji said...


http://www.mukogawa-u.ac.jp/~library/kancho/story42.html
 「森の図書館」が誕生したのは2012年4月だが、そのきっかけは庭に置いた電話ボックスであるという。1988年、釜石のシンボルであった製鉄会社の高炉の火が消え、佐々木さんは新規事業の会社に転じる。そこで11年、工場長になるが、夢を実現するために早期退職をして、この高台に土地を買い、家を建てた。庭づくりが楽しくて仕方なかった。庭師の仕事もしながら、はじめは1500平方メートルだった土地を買い増して4000平方メートルまでに広げた。「この景観、環境を生かして人の役に立てないか」と考える日々が続いていた。緑の屋根にガラス張り、柱や格子を白く塗った電話ボックスを置いてみた。譲り受けたもので、もちろん電話線はつながっていない。本格的な作業は春にしようと思ったその3月に津波が襲った。大槌町だけで1200人を超える死者・不明者があった。人口の8.1%にのぼった。

 津波の時刻、多くの家族はそれぞれの場所で被害に遭っている。最期がわからない。話したかったことがあるに違いない。聞きたいことがあったのに違いない。そう、この電話で、亡くなった人たちに思いを届けることはできないだろうか。風が声を運んでくれないだろうか。佐々木さんは決心した。花や木を周りに植えた。そして、黒く古い電話機のそばにこう書いた。

 「風の電話は心で話します 静かに目を閉じ 耳を澄ましてください 風の音が又は浪の音が 或いは小鳥のさえずりが聞こえたなら あなたの想いを伝えてください」

5:51 午後  
Blogger yoji said...

【タイ】結城のはしご車 タイ守る 財団の寄贈きっかけ 交流の輪 [転載禁止]©2ch.net
1 :虎跳 ★:2015/04/10(金) 01:58:53.79 ID:???
結城のはしご車 タイ守る 財団の寄贈きっかけ 交流の輪

 タイ最北に位置する人口2万人のメーサイ市で、日本から寄贈されたはしご車に熱い視線が注がれている。
贈り主はアジアを中心に医療支援に取り組んでいる茨城国際親善厚生財団(結城市)。
メーサイ市内の病院に10年間、医療支援を続けており、森林火災の消火に威力を発揮しているという。
懸け橋ならぬ“はしご車の縁”をきっかけに、タイと茨城の交流の輪がさらに広がっていきそうだ。 (原田拓哉、バンコク支局・伊東誠)
 「念願だった。本当にうれしい」とメーサイ市のサライヨン・シサムット市長(63)。
このはしご車は一月初旬のタイの子どもの日のイベントで一般公開され、
「こんな体験初めて」と子どもたちがはしごの荷台に乗って大喜びだったという。
 メーサイ市の年間の火災は二十件ほど。しかし、森林火災も時々あり、延焼を抑えるのに苦労した。
市内で最も高い建物は七階建てで、普通の消防車での救助活動には限界があった。
これまではしご車が配備されていたのは六十キロ離れた別の町だった。
 メーサイ市とその周辺はミャンマーやラオスの国境に接し、麻薬密造地帯。タイ王室ゆかりの財団が麻薬を撲滅し、
住民の経済的自立を支えようとしている。
 この活動を知ったのが、結城市の城西病院に本部を置き、アジアを中心に医療支援に取り組んでいる厚生財団。
国境を越えて訪れるミャンマーの貧しい患者の医療費を肩代わりし、
財政的にも苦しい国立メーサイ病院に中古のベッドや医療機器を寄贈してきた。
 タイの財団が、消防活動に苦労が絶えないメーサイ市の現状を厚生財団に話したところ消防車の寄付を快諾したという。
厚生財団は、宇都宮市から中古の車両の提供を受けた。
 はしご車の使い方は結城市が訓練の場を提供。一カ月訓練を受けたポンチャイ・プラディカイさん(46)は
「日本の消防活動は効率的ですばらしい。多くを学んだ」。同僚十人に教え、二月初旬から出動が可能に。
出動はこれまで一回。煙霧を抑えようと、高い場所から放水した。
 茨城国際親善厚生財団とメーサイ病院の縁を取り持ち、はしご車寄付にも尽力した
タイ王室のディスナダ・ディッサクン殿下(76)は何度も茨城を訪れ、すっかり茨城のファン。
「農業技術の交流を図ったり、茨城空港を通して多くの観光客を行き来させたりしたい」と結び付きの深まりに期待を寄せている。

東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/20150409/CK2015040902000170.html
画像
http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/20150409/images/PK2015040902100063_size0.jpg

10:39 午前  
Blogger yoji said...

【海洋考古学】海賊キャプテン・キッドの財宝発見か 銀の延べ棒を発見 マダガスカル沖 [転載禁止]©2ch.net
1 :もろ禿 ◆SHINE.1vOk もろ禿HINE! ★@転載は禁止:2015/05/08(金) 12:19:06.56 ID:???
海賊キャプテン・キッドの財宝発見か、マダガスカル沖 (AFP=時事) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150508-00000001-jij_afp-sctch


http://amd.c.yimg.jp/im_siggJfCSycjuxA8KS9mWxTFJNw---x600-y399-q90/amd/20150508-00000001-jij_afp-000-7-view.jpg
マダガスカルのサント・マリー島で、同島の沖合で海賊キャプテン・キッドのものとみられる沈没船から発見された50キロの銀の延べ棒(2015年5月7日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News


【AFP=時事】米探検家らのチームが7日、マダガスカル沖の沈没船の中から、17世紀のスコットランド(Scotland)出身の海賊ウィリアム・キッド(William Kidd)、通称キャプテン・キッド
(Captain Kidd)のものとされる銀の延べ棒を発見したと発表した。

 海洋考古学者のバリー・クリフォード(Barry Clifford)氏は記者会見で、サント・マリー(Sainte Marie)島に近い海域でキャプテン・キッドが乗っていた「アドベンチャー・ギャリー(Adventure
Galley)号」とみられる沈没船を発見し、その中から50キロの銀の延べ棒が見つかったと発表した。

 キャプテン・キッドは1645年ごろスコットランドに生まれ、当初は英当局から海賊退治役として雇われていたが、後に自ら冷血な海賊になった。1698年に高価な貨物を積んだ船を襲って
略奪行為に及んだことから拘束されて囚人となり、英議会からの尋問を受けた後、テムズ川(River Thames)に近いワッピング(Wapping)で1701年に処刑された。

 しかしその強奪品の多くの行方については謎のままとなっており、何世代にもわたって財宝発見を目指す人々の好奇心をかき立て、興奮をもたらしてきた。

 クリフォード氏が海底から銀の塊を拾い上げる様子は、ドキュメンタリー取材班が撮影していた。同氏はその延べ棒をサントマリー島で7日、ヘリー・ラジャオナリマンピアニナ(Hery
Rajaonarimampianina)マダガスカル大統領に手渡した。

 クリフォード氏は、「13隻の船を発見した。そのうちの2隻について、これまで10週間にわたって調査を続けてきた」「1隻は『ファイヤー・ドラゴン(Fire Dragon)号』で、もう1隻がキャプテン・キッドの
船『アドベンチャー・ギャリー号』だ」と述べた。

 財宝探しに同行した英番組制作会社のオクトーバー・フィルムズ(October Films)はより慎重な立場をとり、発見された銀の延べ棒は、キャプテン・キッドにゆかりのある他の延べ棒に
似ており、年代も合致しているが、「予備調査の結果を確認するためには、さらなる分析が必要になるだろう」という見方を示している。

 一方、国連教育科学文化機関(ユネスコ、UNESCO)は直ちに、財宝探しのために貴重な遺跡を損傷した恐れもあるとして、クリフォード氏の財宝探しの手法を批判した。
【翻訳編集】 AFPBB News


2:05 午前  
Blogger yoji said...

13 :(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2015/06/14(日) 00:39:10.61 ID:17x1IjFK
21日 ||| 3
22日 ||| 3
23日 ||| 3
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25日 ||| 3
26日 ||||| 5
27日 ||||| 5
28日 ||||||| 7
29日 ||||||||||||| 13
30日 ||||||||||||||| 15
31日 ||||||||||||||| 15
01日 |||||||||||||||||| 18
02日 ||||||||||||||||||||||||| 25
03日 |||||||||||||||||||||||||||||| 30
04日 ||||||||||||||||||||||||||||||||||| 35
05日 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 41
06日 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 50
07日 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 64
08日 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 87 「第1次の流行終息」=韓国保健当局
09日 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 95
10日 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 108
11日 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 122
12日 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 126
13日 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 138

2:03 午後  
Blogger yoji said...

水陸両用車が必要

http://www.tbs.co.jp/yumetobi-plus/archives/20150607.html

水上を走る電気自動車で命を守れ!
“水に浮く電気自動車”で、災害時に命を守れ!
超小型でも4人乗り!~7人の精鋭が挑む新車開発
FOMM代表取締役/鶴巻日出夫さん
今年2月、メイド・イン・ジャパンの“これまでにない車”に世界が注目した。
それは、洪水など災害時にも、水面を移動し避難できるという小型電気自動車。
世界最小クラスなのに、大人4人が乗車でき、4人乗っていても水に浮く!
最高時速85km、フル充電すれば約150km続けて走行可能で、しかもバッテリーは、
非常時の家庭用電源としても活用できるという、“命を守る技術”が結集した車だ。
開発を手がけるのは、自動車設計一筋30年のエンジニア、鶴巻日出夫。

『世の中にないものが出たらおもしろい!』
“夢の新車”実現のため、大手自動車メーカーから独立し、2年前に起業した鶴巻。
しかし、独立初日に、出資者がいなくなった。部品メーカーに払うお金がない・・。
それでも鶴巻は、“電気自動車の可能性”への追求をやめなかった。
その胸には、津波が来たときに逃げてほしい、という大切な人への強い想いがあった―。


3:40 午前  
Blogger yoji said...

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送料無料でお届けします(北海道・沖縄・離島除く)
トリアージ - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/トリアージ

黄(yellow tag) - カテゴリーII(待機的治療群): 赤ほどではないが、早期に処置をすべ きもの。 一般に、今すぐ生命に関わる重篤な状態ではないが、処置が必要であり、場合 によって赤に変化する可能性があるもの。 緑(green ...
概要-概念-歴史-日本における歴史
集団災害時における一般医の役割~トリアージのケーススタディ
www.nagaoka-med.or.jp/M-G_Medicine/4.html
現場では消防当局によってトリアージポストが設置され、救出された、或いは自力で脱出 してきた負傷者が集まってきています。現場救護所が設置され ... 任されることになりまし た。次々にやってくる負傷者を、緑、黄、赤、黒のカテゴリーにトリアージしてください。
トリアージでの処置 - M3.com
www.m3.com>m3.com トップ>臨床ニュース
まず、トリアージの区分について学んでいきましょう。改めてタグを見てください。タグの一 番下に、黒、赤、黄、緑とありますね。色を判定したら、区分に応じた色が最下位になる ように、ちぎって使っていくことになります。
トリアージ(とりあーじ)とは - コトバンク
kotobank.jp/word/トリアージ-14243
災害や大事故の現場で災害派遣医療チーム(DMAT)などの医師や救急隊員らが、 治療や救急搬送の優先順位を4段階で判断。赤(緊急治療)、黄(準緊急治療)、緑( 軽傷)、黒(救命困難)のタグを負傷者らの手首につける。DMORTはトリアージなどの 災害 ...
辞書別に見る:家庭医学館-日本大百科全書(ニッポニカ)-知恵蔵2015



コメントを見る
トンネル事故 声震わす脱出者2016年3月17日(木) 13時25分掲載

"山陽道トンネルで多重事故 2人死亡、約90人けが"(テレビ朝日系(ANN))
黒煙「何も見えず」…迫るトラック、直後に衝撃
 「ボーン」という爆発音が響き、激しい黒煙が噴き出した。(読売新聞)
[記事全文]
詳しく知る
5~6回、「ドン」「ボン」とタイヤが破裂したような爆発音
「黒い煙、タイヤ焦げる臭い」=「ドン」爆発音も―広島トンネル事故
時事通信(2016年3月17日)
5台炎上、2人死亡、90人がけが
<山陽道>トンネルで事故、5台炎上…2人死亡、90人けが
毎日新聞(2016年3月17日)
事故の影響で一部区間が通行止め
広島県の高速道路の事故・渋滞情報
Yahoo!道路交通情報
※リンク先が削除されている場合があります。
≪レッツノート直販サイト≫ | パソコンの買い替えでポイントプレゼント自分仕様のカスタマイズレッツノート
ec-club.panasonic.jp
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2016年3月17日
山陽道で多重事故 火災も発生
2016年3月17日
一覧

3:08 午前  
Blogger yoji said...


http://itpro.nikkeib...l/news/16/033000936/
 全日本空輸(ANA)は2016年3月30日、3月22日に発生した国内線システムの不具合について、原因や再発防止策などを公表した。国内線システムの4台のデータベー
ス(DB)サーバーをつなぐ米シスコシステムズ製イーサネットスイッチの故障が原因だった。

4時間40分かけて4台が次々停止

 ANAによれば、3月22日午前3時44分にDBサーバーの1台が停止した。その後2台が停止し、約4時間40分後の午前8時22分に最後の1台も停止。
DBサーバーが停止した理由は「正常に機能が働いた」(ANA広報)ため。4台のDBサーバーはデータを同期しており、同期処理が異常終了した場合に自動停止する機能を備えていた。
同期処理が失敗した原因は、4台をつなぐスイッチの不具合。具体的には、スイッチが故障状態であるにもかからず、故障を知らせる
「故障シグナル」を発信しなかった。国内線システムは故障シグナルを検知するとスイッチを予備機に切り替えるが、今回はその機能そのものを作動できなかった。
 スイッチは完全に停止したわけではなく、「不安定ながらも動作していたようだ」(同)。そのため、DBサーバー間の同期は順次失敗し、停止していったと見られる。
 ANA広報によると、スイッチは米シスコシステムズ製「Catalyst 4948E」という。「2010年6月の発売開始以降、世界で4万3000台、
うち日本で8700台を販売しているが、今回の不具合は初めての事象と聞いている」(ANA広報)。なぜ「故障シグナル」が発信できなかったかは分かっていない。

1台での縮退運転を決断
 4台の完全停止から37分後、ANAは1台のDBサーバーを再起動。だが「2台起動すると2台とも停止する」(同)といった不安定な状況が続いた。
DBサーバーは1台構成でもシステムで全機能を使えるという。ANAは午前9時27分に1台での運用を決めた。ただし既に空港などでの混乱は始まっており、
詳細な原因も定かではなかったため、「お客様対応を最優先するために搭乗手続きの機能だけを稼働させた」(同)。予約や販売などの機能は稼働させず、縮退運転とした格好だ。

 午前11時30分、全ての空港で搭乗手続きの機能を使えるようになった。自動チェックイン機や係員が使う端末が少ない空港での機能回復は早かったが、
羽田空港など大規模空港では端末の再起動を順次進めたため時間がかかったという。
 予約やWebサービスを復旧させつつ、ANAは障害原因を探った。DBサーバー、アプリケーションサーバーを順次調べ、異常がないと判断。スイッチの不具合を疑った。
「本番環境と同等の作りにしてあるテスト環境にスイッチを持ち込んでテストしたところ、不具合が再現した」(ANA広報)。
 ANAはすぐにシスコに不具合を連絡して代替機を取り寄せた。代替機に交換したのが翌23日午前1時14分。午前3時5分にはDBサーバーを4台構成に戻し、午前4時14分には全サービスを復旧した

トップの報酬減額
 ANAは再発防止策も公表。まず同様の不具合でもシステムが正常稼働するようにトラブル発生2日後の3月24日にシステム改修を終えた。
スイッチが「故障シグナル」を出さなくても、DBサーバーからスイッチの故障を検知できるようにした。
(中略)

国内線システムはアプリケーションとシステム基盤を含め、日本ユニシスが構築を担当。
同社広報は「システム障害でご迷惑をお掛けした皆様へお詫びするとともに、システム開発会社として責任を認識している。
お客様(ANA)と改善策を検討していきたい」と話す。シスコシステムズ日本法人の広報は「今回の不具合はこれまで世界で報告が上がっていなかったもの。全力で原因究明と再発防止に取り組む」とした。

「止まらないシステム」構築の難しさ浮き彫りに

 ANAでは2013年2月に国内線旅客システムをメインフレームからオープンシステムに再構築して以来、初めての大きなトラブルとなる。
実は旧システム時代の2007年5月に発生した大規模なシステム障害時もシスコのスイッチ不具合が原因だった(関連記事:【会見詳報】ANA障害の原因判明、「世界4例のスイッチ故障がきっかけ、対応も遅れた」)。

 社会インフラを支える大規模システムになればなるほど、構成要素が増え、アプリケーションは複雑になる。関わる人も大量だ。
信頼性を高める努力を続ける一方で、システムは必ず止まるという前提で事業継続性をどうデザインするかが新たな課題になりそうだ。

1:03 午前  
Blogger yoji said...


【熊本地震】 安倍内閣 最初の地震の後、熊本県の支援要請を拒否 自衛隊も2000人しか出さず★2 [無断転載禁止]©2ch.net

1 :ミートローフは犬肉料理 ★:2016/04/17(日) 19:24:23.04 ID:CAP_USER*
事は一刻を争う」「被災者救助、支援に万全を期す」

 安倍首相は今日4月16日、昼前に開いた非常災害対策本部会議で関係各省を前にこう宣言。菅義偉官房長官も会見で、自衛隊を現在の2千人から2万人に増やすことを決定したと胸を張った。
 
 これを受けて、ネットではいつものごとく、ネトサポ、ネトウヨによる「さすが安倍首相の対応は迅速」「菅直人首相や民主党政権とは全く違う」などと、称賛の“やらせ”書き込みが拡散している。

 まったく、冗談も休み休み言ってほしい。今回の熊本大地震に対する安倍政権の対応はとてもじゃないが「迅速」と呼べるようなシロモノではない。首相は今頃になって「事は一刻を争う」などと偉そうに言っているが、当初は地元の要請をはねつけ、その結果、被害をさらに拡大させた形跡があるのだ。

 そもそも、14日、1回目の地震が起きた時点で、熊本県では行政機能がマヒしている地域がいくつも出てきており、同県の蒲島郁夫知事は政府に対して、主導的に災害対策に取り組んでもらえるよう「激甚災害の早期指定」を求めていた。ところが、政府はこれを取り合わなかった。

 ちなみに、東日本大震災であれだけ対応の遅れが指摘された菅政権は地震発生の翌日、激甚災害の指定を閣議決定しているが、安倍政権は今日16日昼の時点でもまだ、指定していない。

 自衛隊の増派についても同様だ。知事側は最初から大量派遣を求めていたにもかかわらず、政府は当初、2000人しか出さなかった。そして今日未明、マグニチュード7.3の大地震が起き、被害の大きさを知ってから、ようやく増派を決定したのである。

「被災者の救出が遅れているのは、1回目の地震で行政機能が麻痺していたところに、2回目の地震が起きて、安否確認や救出が満足に行えていないから。政府が熊本県の求めに応じて、1回目の地震の直後からもっと積極的に動いていたら、もう少しこの混乱を防げたのではないかと思います」(熊本県庁担当記者)

 その後も、安倍政権は不誠実きわまりない対応を続けている。そのひとつが、 安倍首相自身の現地視察見送りだ。安倍首相は、昨日の政府会合で「現場を自らの目で確かめ、被災者の生の声に接し、今後の対策に生かす」と意気込んでいた。ところが、マグニチュード7.3に達する大地震が起きるや、視察を見送ってしまったのである。

 官邸は、現地視察を取りやめた理由を「被害の全容把握や被災者支援に万全を期す必要がある」といっているが、そんな理由は成り立たない。というのも、今日午前、与野党幹部が会って週明けのTPP国会審議を行うと確認しているからだ。政界からも「震災対応に万全を期すならTPP審議だってできないはず。それをやれるくらいなんだから、現地視察はできたはずだ」と疑問視する声が出ている。

「視察取りやめは、マグニチュード7.3の大地震が起きて、安倍首相がさらに大きな地震が起きるかもしれない、と怖じ気づいたからでしょう。安倍さんは東日本大震災、福島第1原発事故のとき、菅直人首相(当時)の対応を手厳しく批判しました。しかし、菅さんのほうがまだ、自分で危険な場所に行っただけマシ。安倍さんは被害対策を地方に丸投げし、首相公邸に籠もりっきりですからね」(全国紙政治部記者)

 安倍首相だけではない。やはり今日現地入りする予定だった石井啓一国交相は九州新幹線の脱線現場などを見て回るはずだったのに取りやめた。

 結局、政府が派遣したのは、災害担当の松本文明内閣府副大臣だけ。しかもこの副大臣、蒲島県知事と面会するなり、「今日中に青空避難所というのは解消してくれ」と切り出し、知事から「避難所が足りなくてみなさんがあそこに出たわけではない。余震が怖くて部屋の中にいられないから出たんだ。現場の気持ちが分かっていない」と怒鳴り返されるという失態を演じてしまった。


http://lite-ra.com/2016/04/post-2166.html

2 :名無しさん@1周年:2016/04/17(日) 19:24:52.87 ID:jMWBbq8a0
それでも民主党よりましだわ

3 :名無しさん@1周年:2016/04/17(日) 19:25:44.80 ID:5g4MCG0T0
>>2
(ヾノ・∀・`)ナイナイ 当事者である東北で、
今でも民主党→民進党の党勢が強いのが何よりの証し。

3:37 午前  
Blogger yoji said...

3つの震災から見る大災害と刑務所
江川紹子 | ジャーナリスト
2016年4月20日 1時49分配信

熊本の震災で、熊本刑務所が施設の一部を開放して、被災者を受け入れたり、水や食糧の提供をした。開放されたのは、職員用の武道館で、受刑者を収容する収容棟とは別の建物。252平方メートルのこの施設に、多い時には250人ほどの近隣住民が身を寄せた。このように矯正施設の一部を災害時に一般市民に避難場所を提供するのは初めてだ。食事は、これまでに中華丼、鶏飯、栗ご飯、サンマ味噌煮缶、カレーなどを提供。このほか井戸水があるため、水をもらいにくる住民の中もいるという。
東日本大震災の経験から


熊本刑務所(法務省HPより)
各刑務所では受刑者と職員の水や食糧を7日分ストックすることになっており、熊本刑務所(17日現在の収容者491人)では約2万食を備蓄していた。備蓄量が多いのは、受刑者は災害救助法の対象ではなく、災害時にも救助を受けられないため、刑務所側が自力で対応するしかないからだ。今回はさらに、福岡と広島の矯正管区から3万5000食を佐賀少年刑務所に運び、必要分を補充する体制をとった。両管区からは職員も派遣し、被災住民の対応に当たっている。
近隣の被災住民への支援を始めたのは、東日本大震災の際の経験が大きい。この時、法務省は被災した刑務所の支援を行うと共に、ボランティアを募って宮城県石巻市の避難所に矯正職員を派遣。物資の提供や炊き出しなどの支援を行った。日頃は受刑者対応に専念している刑務官らが、一般市民の被災者と接し、感謝されたことは得がたい体験だったらしい。一方、刑務所では災害時に受刑者に3食を提供し続けていることに、批判もあった。受刑者の心情の安定や秩序の維持のためには、食事の提供は大切。心情の安定は刑務所周辺の住民の利益にもつながるが、それが理解されず、「一般市民が食うや食わずの時に、犯罪を犯した者に3食食べさせるのはけしからん」と腹を立てた人もいた。
また、かつてはさほど人家が多くない所に建てられていた刑務所も、住宅地が広がって周囲を民家に囲まれている所も少なくない。刑務所の運営も、地域を意識せざるをえない環境にある。
刑務所と自治体が災害協定を締結

法務省幹部によると、東日本大震災後、住宅地に隣接する矯正施設で、災害時に被災した住民を受け入れる災害協定の締結を、地元自治体と協議するようになった。すでに10カ所以上の施設が協定を締結済み。熊本市と熊本刑務所も、協定を結ぶための準備を進めていた。自治会を通じて、それを住民もそれを知っていたのだろう、少なからぬ人々が刑務所を頼ってきた、という。これまで何かと迷惑施設とみられがちだった矯正施設と地域との、新しい関係がここから始まると言えるかもしれない。
熊本刑務所では、刑務作業を行う工場には蛍光灯の落下や棚が倒れたりするなどの地震の影響があったために作業は休止しているが、居住棟など施設としては大きな被害はない。刑務所の施設は堅牢に作られているせいか、これまでの各地の災害でも、甚大な被害は少ない。刑務所の近くに住んでいる方は、いざという時の逃げ場所の1つとして覚えておくといいのではないか。
1日3回鳴る非常ベルがゼロになった


府中刑務所
日本では、災害時に刑務所で暴動や脱走などが起きたという話はまず聞かない。それどころか、まったく逆の現象も起きている。以下は、東日本大震災の時に府中刑務所の処遇部長だった手塚文哉さん(後に同所長、現在は大阪矯正管区長)から聞いた話である。
府中刑務所は、3000人近い受刑者を収容する、日本最大の刑務所で、犯罪傾向が進んだ再犯者を収容する施設。暴れたり、騒いだり、職員に反抗したり、様々な問題を起こす「処遇困難者」は少なくなく、一日平均3回は非常ベルが鳴る。暴れているために取り押さえられて保護室に入れられる受刑者も、毎日2人ほど。日本でも有数のハードな刑務所と言える。
その府中刑務所で、2011年3月11日に大地震が起きてから月末までの間、非常ベルが1回もならなかった、という。
「一番困ったのは計画停電。彼らを真っ暗な中で過ごさせるのは危険ではないかと心配で、私も含めて職員が巡回したが、誰も騒がない。本当にびっくりするほど静かだった」(手塚さん)
受刑者から義援金の申し出が……

発災時には、多くの受刑者は工場で作業中だったが、すぐに居室に戻し、テレビを見ることを許可した。普段は、番組を録画したビデオだけだが、この時には災害報道を続けているNHKの生番組を就寝時間まで見せた。その後も、しばらく災害報道は自由に見られるようにした。
「みんな、食い入るようにテレビを見ていた。日本でこんな大変なことが起きているのに、自分たちが騒いだりしちゃいけないという意識があったんでしょう」
作業が再開されるようになって、受刑者の方から「ストーブはつけなくて大丈夫です」との申し出があった。被災地でガソリンや灯油が足りず、被災者が寒さに震えているのを見て、作業場で暖房をつけるのが申し訳ないということだった。そうして節約できた灯油は、計画停電で必要になった非常用発電機の燃料として使ったという。
やはり受刑者からの申し出で、義援金の募金も行った。全国で同じような動きがあったらしい。法務省によれば、その年の6月11日までに、8235人の被収容者から合計6,169万5895円もの義援金が集まった。一人平均約7500円になる計算だ。
塀が倒壊しても誰も脱走せず

大災害と刑務所といえば、これまで最大の被害が出たのは、1923年(大正12年)の関東大震災である。元東京矯正管区長の小野義秀氏の著書『日本行刑史散策』によれば、殺人などの重大犯罪を犯した無期囚を含む長期受刑者を1295名収容していた小菅刑務所は、建物の大半は壊滅的打撃を受け、受刑者3名が死亡。塀も倒壊した。ところが、受刑者は1人も逃走することなく、職員の指示に従い、救護活動などにも参加した。ここでは、クリスチャン典獄として知られる有馬四郎助所長が、受刑者を「犯罪者」としてではなく、「人間」として処遇する方針が浸透しており、受刑者自治制も試行されていた。職員と非収容者の信頼関係が構築されていたことが、震災という非常時に生きた。
もちろん、そういう美しい話ばかりではない。豊多摩刑務所では受刑者の騒ぎが起きて、職員が抜刀して威嚇し、終いには警備の兵士が受刑者一人を射殺した。巣鴨刑務所でも、騒乱状態となって拳銃の威嚇射撃がなされている。

他に手段がなければ受刑者を「解放」


焼け野原となった横浜
特に被害が甚大だったのは横浜刑務所で、受刑者58名、職員3名が死亡したほか、重傷者も多く出た。地震で建物が壊滅状態になったうえ、近くで出火した火災が、刑務所の倒壊した建物に燃え移り、一面が火の海に。受刑者を収容する場所はなく、備蓄していた食糧、水、寝具など全てが失われた。「解放」を叫ぶ受刑者を抑える術もないまま、椎名通蔵所長は24時間以内に戻ることを条件に、全員を解放した。
当日の収容人員は1131名。死者、重傷者を除いた1033名のうち、565人が制限時間の間に戻ってきた。遅れて帰ってくる者もいて、最終的に帰還しなかった140人ほどが、法規に基づいて「逃走」として処理された。つまり、85%ほどは逃げずに戻ってきたことになる。消火・救助活動や食糧・復旧資材の運搬、さらには多くの犠牲者を出した横浜地裁の遺体発掘などに励んだ受刑者もいて、近隣住民からは感謝される一方、数百名の受刑者が脱走し、看守から奪った刃物を持って市内で略奪や殺傷を行っているとの噂も流れ、市民は恐怖に陥った、という。
「解放」は、「天変事変」が生じて他に手段がない時に、監獄法で定めた措置。最後の最後の手段であり、戦時中の空襲のほかは、関東大震災の横浜刑務所、1934年(昭和9年)の函館大火の時に90名が解放された例があるだけ、という。今の法律(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律)でも、「地震、火災その他の災害」に際して、施設内において避難の方法がなく、他の施設に護送もできない時に、緊急措置として所長の権限で「解放することができる」と定めている。
小野氏はこれを「日本独特」であり、かつ「伝統的な制度」と評している。いざという時には「人命を尊重する」との理念は尊く、それが法制度として維持されていることは、大いに誇りとしたい。ただ、それが発動される事態にならないよう、万全の対策をしておくべきことは言うまでもない。

11:06 午後  
Blogger yoji said...


熊本巻「今は頑張るべき時」地元情報網で物資配送
[2016年4月21日23時36分]

TL

会見で涙を流す熊本FW巻(撮影・菊川光一)
会見で涙を流す熊本FW巻(撮影・菊川光一)

 J2熊本FW巻誠一郎(35)が、地元ネットワークを駆使し、孤立した避難所へ次々と物資を送っている。

 21日はクラブでミーティングが行われ、5月15日のアウェー千葉戦からリーグ参戦を再開することが決められた。

 巻はその後も、取材対応などを行ったが、終了後はすぐに熊本市東区の倉庫へ。福岡県内の中継所で集約されてから「ホットライン」でまとめて運ばれてきた全国からの支援物資を、10トントラックなどの運送車両に積み込む作業に追われた。

 この日のフェイスブックには「地震から1週間がたちます。阿蘇を始め、嘉島、御船、甲佐、熊本市内の端の方などには、手持ちの食料が尽きつつある場所もあります」とつづった。前日までは、トラックに同乗し、被災者に直接物資を手渡ししてきた。しかしその道すがら、各地が危機的な状況にあるのを目の当たりにし、方針を変えた。

 地元出身ならではのネットワークで、協力者とともに200人体制の情報網をつくりあげた。ネット上では、多くの情報がシェアされているが、これらの「2次情報」では間に合わないケースもある。巻らは手分けして、直接足を運んだり、電話取材をしたり、SNSを駆使したりと、精力的に「1次情報」の確保につとめた。

 この中には、公的に認められてはいない避難所に関するものも入っている。これら生の情報に基づいて、必要な物資をできるだけ早く、必要とする避難所に送る。10台ほどの運送車両に積み込み、発送後も必要に応じて行き先を変えてもらうなど、臨機応変な動きで次々と物資を届けた。

 「今日通り掛かった避難所では、5人家族におにぎり2つしか配られないというところもありました。一方で、物資が山積みになっていて、誰の手にも渡っていない様子を見かけることもあります。多くの方が私財を倒れた家屋の下に残してきて、どうしようもない状況なのに…」。

 やり切れない思いが、巻を突き動かす。今後はリーグ再参戦に備え、練習も再開する。しかし、同時に被災者支援活動は継続しなければならないとも感じている。

 「プロですから、試合までには必ず選手としてベストコンディションにもっていきます。並行してやるのは大変だろう、無理をするな、と言われることもありますが、今は頑張るべき時。今やらないと、必ず後悔することになると思うんです」。

 倉庫での作業が終わったのは、午後9時過ぎ。巻は「両親や祖父母の近くにいてあげたいので」と言い、2時間以上かけて宇城市内の実家に帰って行った。

http://www.nikkansports.com/soccer/news/1635458.html

4:57 午前  
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160425-00000149-nksports-socc
浦和槙野「行くなら今」4人オフ返上被災地サッカー

日刊スポーツ 4月25日(月)20時35分配信

浦和槙野「行くなら今」4人オフ返上被災地サッカー

熊本を訪れ子供達とミニゲームを楽しむ浦和DF槙野とGK西川(撮影・菊川光一)

 浦和のFW李忠成(30)GK西川周作(29)DF槙野智章(28)GK大谷幸輝(27)が25日、熊本市を訪れた。大分出身の西川の発案で、被災地で支援活動を続けているJ2熊本FW巻を頼って現地入り。まずは熊本市内の施設で、熊本の選手たちと合同で、被災者とのサッカー交流会を行った。

【写真】熊本巻「今は頑張るべき時」地元情報網で物資配送

 クラブが配慮し、事前の報道や告知を一切しなかったため、現地では驚きの声が上がった。ツイッターでは「李、西川、槙野がいた!」「めっちゃかっこいい!」「弟が一緒にサッカーしてる。うらやましすぎ!」などのリアクションも沸き上がった。

 幼稚園から高校まで、男女合わせて200人ほどを集めて行ったサッカーでは、槙野がオーバーヘッド弾を披露するなど大ハッスル。会場は大いに盛り上がった。槙野は「サッカーがみんなを笑顔にする力を再確認させていただいて、かえって僕らの方が元気、自信をいただいた気がします」と話した。

 その後、巻の紹介で熊本市内の避難所になっている中学校を訪問。紙おむつやマスクなどの物資や、サイン入りのTシャツやリストバンドなどの記念品を届けた。立ち会った巻は「被災者のみなさんも笑顔になってくださった。来てくれて本当にありがたいです」と感謝した。

 ◇   ◇

 浦和は今季開幕から国内でのリーグ戦と、アジア各地を転戦するアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)の掛け持ちで、週2試合ペースの連戦が続いていた。先週も20日に往復1万6000キロの大遠征で、アウェーでシドニーFC戦を戦った後、24日にJ1首位の川崎Fと大事な上位対決を戦っていた。

 シドニーFCとはきっちり引き分け、ACL1次リーグ突破を決めた。川崎Fには今季初の黒星をつけ、代わりにリーグ首位に立った。ハードで大事な連戦がようやく終わり、選手たちはひと息つきたいタイミング。しかも連戦が終わったとはいえ、次の名古屋戦は29日の金曜日に迫っている。

 しかし槙野は川崎F戦終了後、取材エリアの片隅でひそかに「行くなら今ですから」と思いを吐露していた。普段から「1日が24時間では足りない男」と呼ばれるように、行動力は並外れている。被災地への思いに駆られるように、貴重なオフを返上しての熊本入りを決断した。

 FW李は川崎F戦でも、チーム2位の走行距離11・339キロ、同2位のスプリント走23回を記録。攻守の素早い「切り替え」から、敵陣でボールを強奪して波状攻撃をかける「ミシャ・プレス」を体現する存在として、猛然とピッチを駆け回っていた。

 「今日は大一番で、コンディションがどうこうという試合ではないと思っていた」。強い思いが、鬼気迫るプレーをさせていた。しかし試合が終わるとすぐに、頭の中は素早く「切り替え」られた。「被災地のみなさんのために、自分たちに何ができるだろうか」。西川も、槙野も、大谷も同様だった。

 ◇   ◇

 避難所訪問を終え、帰京便に乗る福岡空港に戻ったころには、各選手ともリーグ戦に向けて気持ちを「切り替え」ていた。槙野は「次はJリーグの試合を見ていただいて、被災者の方に喜んでいただかないと。何としてもいい内容で勝つ」と言う。

 攻守の素早い切り替えで敵陣に相手を押し込み、華麗なコンビネーションでゴールを決めて勝つ-。名古屋戦に向けて、それぞれが強く意気込んだ。

4:59 午前  
Blogger yoji said...

【生活】生命保険は、あまりにも「手数料」が高すぎる 1万円入金すると3000円が引かれるATM機©2ch.net

1 :KingFisherは魚じゃないよ ★ 転載ダメ©2ch.net:2016/09/05(月) 07:29:45.23 ID:CAP_USER9
生命保険は、あまりにも「手数料」が高すぎる 1万円入金すると3000円も引かれてしまう!

1万円入金すると3000円が引かれるATM機

「1万円を入金すると3000円の手数料が引かれるATM機があったら利用したいか?」最近、こんなことをよく考えます。主に入院に備える「医療保険」のことです。

保険会社で商品設計などに関わっている複数の保険数理人に確認したところ、「医療保険」の保険料から、入院給付金などとして加入者に還元されるおカネの割合は、70%くらいと見込まれるそうです。

そこで「医療保険専用ATM機に1万円入金したら、3000円の手数料が引かれるようなもの?」と想像してみたわけです。

公益財団法人・生命保険文化センターのホームページでは、「生命保険は、大勢の人が公平に保険料を負担しあい、いざというときに給付を受ける、大勢の人による『助け合い』『相互扶助』の仕組みで成り立っています。」と説明されています(「生命保険ってなあに」のページより)。

これが一般的な説明だと思います。ただし、不十分な説明です。助け合いの仕組みの運営にかかるおカネについて触れられていないからです。保険会社が使うおカネが多くなるほど、加入者に還元されるおカネは少なくなりますから、その多寡は保険の利用価値を大きく左右するはずです。

私の試算では、保険料に占める保険会社の運営費の割合が50%を超えると推計される商品もあります。にもかかわらず、まったく言及されていないのです。

とても不可解なことです。しかし、もっと不可解なのは、一般の消費者から「保険会社が使うおカネの割合などが明らかにされないまま、勧誘が行われるのはおかしい」「おカネの流れが不透明なので、契約は控えたい」といった声がほとんど聞かれないことです。

逆に「保険のことはよくわからないけど入っている」という人とお会いすることは、よくあることです。「親や知人が『入っておいたほうが良い』と言うから」と加入を希望する人も珍しくありません。

常識で考えると「よくわからないまま契約するのはヘンだ」「親や知人が保険の素人である場合、その人たちの真似はしないほうがいいはずだ」となりそうです。ところが、このように考える人はとても少ないようなのです。

 保険は「ストーリーの力」で売られている

なぜでしょうか。保険について「落ち着いて考える」ことが難しいからだと思います。

キーワードは「ストーリーの力」です。私が思いついた言葉ではありません。長年、保険の商品設計に関わっている人と意見交換をする中、その人が発した言葉です。「ほとんどの保険はストーリーの力で売られていると思います」という見解を聞いたとき、急に視界が明るくなった気がしたのです。

たとえば、医療保険への加入は「入院すると、治療費のほかに食事代、交通費、日用品の購入などの諸々の費用がかかる。差額ベッド代がかかることもある。生活習慣病などで入院が長期化した場合、収入減や貯蓄を取り崩す不安も無視できない」といった理由ですすめられます。

「入院すると……」という想定がポイントです。歓迎したくない状況を設定しておカネの問題などを考え始めた時点で、保険会社が提供するストーリーに乗っているのだと思います。もろもろの不安と向き合うことになり、落ち着かなくなってしまうからです。

>>2以降に続く


2 :KingFisherは魚じゃないよ ★ 転載ダメ©2ch.net:2016/09/05(月) 07:30:13.41 ID:CAP_USER9
>>1の続き

ストーリーはわかりやすいものです。

① 死亡・大病・入院・介護などの不幸な事態が起こる

② 金銭面での不安が増大・現実化する

③ 保険での備えが大切

この流れは、医療保険以外の保険でも変わりません。「あなたや、あなたの家族に何かあった場合、おカネが足りなくなると困るので、保険に入っておきましょう」という論法です。

テーマは「損失」で、保険は損失を補てんする「救済策」として認知されていますから、話の流れに馴染みます。しかし、馴染みが良いだけではないでしょうか。

ほんの少しゆっくり考えると、①~③の流れはかなり荒っぽいものであることがわかります。「保険に入ることが最善の策なのか」「保険に入らない、という選択は考えられないのか」という問いかけがなされていないからです。

言うまでもなく、保険で用意できるのはおカネです。おカネ(死亡保険金・入院給付金など)を用意するためには、おカネ(保険料)を払う必要があります。そして、不幸が起こった人やその家族に届けられるおカネは、保険料から保険会社の諸経費が引かれた残りのおカネなのです。

したがって、加入者側からおカネの「全体の流れ」を見ると、保険会社が計算間違いでもしないかぎり、原則的には「諸経費の分は収支がマイナスになる仕組み」を利用することになるわけです。そうであれば、徹底的に利用するより、限定的に利用するほうが望ましいはずです。

 保険は会社にとってもある種の賭けなのか?

「そんなことを言って、明日からでも長期間、入院することになったらどうするのだ??何はともあれ保険に入っておいたほうが安心だろう」と考える向きには、視点を保険会社側に移してみることをおすすめします。

実際、私は、保険会社のリスク管理に関わっている人に「今日、保険に入った人が、明日亡くなることもあるかもしれない、加入後まもなく寝たきりになる人だっているかもしれない。そんなことを想像すると、保険は会社にとってもある種の賭けですね」と尋ねたことがあります。

返ってきたのは「『大数(たいすう)の法則』という便利なものがあります」という一言でした。仮にサイコロを数回振って、1の目ばかり出た場合「これは特別なサイコロなのではないか」と感じられるかもしれないが、回数を増やしていくと1が出るのは6回に1回程度になる。保険も同じで、加入者がたくさん集まるとインパクトが大きな事例も確率に収束される、ということなのです。

この回答にはストーリーの影がまったくありません。あるのは確率論に裏打ちされたおカネの収支見込でしょう。

そもそも保険料は、あらかじめ入院給付金などを支払う確率を高めに見込んで設定してあります。さらに本稿の最初のほうで触れたように、保険会社の運営費に要する諸経費も見込みで含まれています。

結果、医療保険の場合、加入者に給付金として還元されるおカネの割合が70%程度と見られるのです。私は何度でも「1万円入金すると3000円が引かれるATM機」のことを想像してみたいと思います。入院などでおカネの不安があるときに役に立つ、といったストーリーから離れてみると「ずいぶん大胆な課金システム」に見えてくるからです。おカネの心配をしたくない人が、自己資金の3割が減る仕組みを安心のために利用することが不思議に感じられます。

「そういう問題ではない。突然、長期間入院することになった人にとっては、確率100%の事実だ」と言う人もいます。そのとおりだと思います。さまざまな事実や体験を否定するつもりはありません。ただ、切実な体験談などに接すると心が揺れます。だからこそ、一歩引いたところから「どのような仕組みなのか」とおカネの流れを知っておく必要を感じます。少なくとも私は、心が揺れている状態で、おカネの問題について正しく判断する自信がないからです。

巷間、不幸のストーリーが絡む情報は、保険会社や代理店などがたくさん発信しています。しかし、私は主に確率や保険会社の運営に使われる諸経費の面からの情報を発信しています。「落ち着いて保険のことを考える人が増えると、商品やサービスが向上する」と信じるからです。

http://toyokeizai.net/articles/-/133885

5:36 午後  
Blogger yoji said...

【原発事故】小泉元首相「トモダチ作戦で米兵7人が白血病などで死亡、400人が被ばくで苦しんでいる」 米兵支援基金を立ち上げ [無断転載禁止]©2ch.net

1 : 海江田三郎 ★2016/09/08(木) 22:06:21.43 ID:CAP_USER
http://www.nikkansports.com/general/news/nikkan/1706599.html

 小泉純一郎元首相(74)は7日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で会見し、
自身が携わる「トモダチ作戦被害者支援基金」の現状について説明した。

 小泉氏は今年7月、東日本大震災で「トモダチ作戦」に従事した際、東京電力福島第1原発沖で被ばくしたとして、
東電などに集団訴訟を起こした元米軍兵士らを支援する基金を立ちあげた。「なにがしかの治療に役立つような基金にしたい」として、
来年3月までに1億円を集める計画を立て、これまで約4000万円近く集まったことを明らかにした。

 作戦に参加した元兵士に、被ばくの被害の可能性があると伝え聞いたことで今年5月、渡米し、
元兵士らから健康状態などについて話を聞いた。「本来頑健な彼らが、海兵隊員としての活動が十分できなくなった。
お気の毒、かわいそうですねと言って、おしまいにするわけにはいかないと思った」「民間では限られたことしかできないが、
(基金に)賛同してくれる人を増やしたい」と話した。

 小泉氏はこれまでに7人が命を落とし、400人が健康被害に苦しんでいると指摘。「放射能による被害とは断定できない」と診断されている現状も明かし、
「頑健な人が病気になっている。自分の常識では、放射能の被害と分かる。私は変人といわれるが、常識を信じる常識人だ」と持論を述べた。

 通訳に、「変人」を「strange man(ストレンジマン)」と訳されると、
「以前、英国の方に言われたが、『ストレンジ』でも『エキセントリック』でもない。『extraordinary(エキストラオーデイナリー)』ですよ」と。
そう訳してほしいと注文。「変わった」の意味のほかに「非凡な」「並外れた」などの意味を持つ単語を挙げ、会場は拍手に包まれた。


関連
【原発事故】福島で被爆の元米兵、「アルミ箔を噛むような感じ」だった [無断転載禁止]©2ch.net
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1472134665/

9:46 午前  
Blogger yoji said...

【博多駅前陥没】「巨大な穴を1週間で修復」…英米メディア驚嘆 マンチェスターでは10か月かかった©2ch.net
http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1479264951/100n-
605 :名無しさん@1周年:2016/11/16(水) 12:28:36.24 ID:M251r8e60
流動化処理土

流動性

流し込めるため敷均し転圧作業を不用とし、均一に充填することができます。
ポンプ圧送による打設が可能で、狭小な空間への埋戻しが容易です。

硬化性

将来にわたり、不等沈下の心配がなくなります。
地下構造物を包み込み、止水効果を得ることができます。
地中埋設管の受台として使えます。
適度な硬化により、再掘削が可能です。

リサイクル

建設発生土の有功利用を促進し、環境保全に貢献します。

606 :名無しさん@1周年:2016/11/16(水) 12:28:38.98 ID:Ff5a+A4R0
まあ、技術とヤル気の問題だろう、日本人の

7:37 午後  
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糸魚川大火1週間 防災特注、奇跡の木造住宅 周辺焼失「復旧に協力」 (産経新聞) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161230-00000034-san-soci
糸魚川大火1週間 防災特注、奇跡の木造住宅 周辺焼失「復旧に協力」
産経新聞 2016/12/30(金) 7:55配信

糸魚川大火1週間 防災特注、奇跡の木造住宅 周辺焼失「復旧に協力」
周囲の店舗や住宅が焼失する中、ほぼ無事だった金沢隆夫さん宅 =28日、新潟県糸魚川市(市川雄二撮影)(写真:産経新聞)

 新潟県糸魚川市中心部の大火発生から1週間を迎えた29日、市は生活再建に向けた支援金などの配布を開始。市役所近くに置かれたボランティアセンターを前線基地に、地元の工場に勤める会社員らによるボランティア活動も本格化した。一方、同所では、焼け野原の中にほぼ無傷で残った2階建ての一軒家が「奇跡の木造住宅」として注目を集めている。家主が「丈夫な家をつくってほしい」と地元工務店に頼んで建てた特別仕様だったことが効果を発揮したという。

 ◆設計に工夫

 この住宅の家主は、会社員の金沢隆夫さん(35)。瀟洒(しょうしゃ)な外観の洋風住宅の被害は、窓ガラスのひびと、エアコンの室外機やインターホンが高熱で変形するといった程度にとどまった。金沢さんは既に自宅に戻り、家族らとともに暮らしている。

 燃えなかった理由は、普通の住宅とは異なり、火に強いステンレスのトタン板を外壁に使い、一部は耐火レンガだったことが大きいとみられる。屋根の洋瓦も一部はステンレス製だった。さらに、暴風に備えて窓はワイヤ入りの二重ガラス。屋根の軒先は火の粉が入りづらいように設計されていた。

 ◆1.5倍の費用

 県内で平成19年に発生した中越沖地震を目の当たりにしたことから、住宅を造る際、金沢さんは頑強にするよう工務店に注文。それ以外は全て「お任せ」で、翌20年に完成した。2LDKで延べ250平方メートル。費用は一般の住宅と比べ1・5倍ほどかかったという。今回の大火では、延焼は避けられないと覚悟して避難したといい、「火にも強いことを初めて知った」と自身も驚いている。

 金沢さん宅を手掛けた工務店「ミタキハウス」は「今後も災害に強い家づくりの提案をしたい」としている。

 ただ、金沢さんの心境は複雑だ。向かいにある妻、薫さん(39)の実家は全焼。近所にある地域の財産だった老舗の建物も焼失した。金沢さんは「家が残ったのはいいことだが、家をなくされた方も大勢いて喜べない」と話す。現在、金沢さん宅に身を寄せる薫さんの母、恵美子さん(66)は「焼け野原に1軒」という状況のため、自らも被災者ながら、「町の復旧に少しでも役に立ちたい」という気持ちが強いという。

 被災者に対する市の見舞金は1世帯当たり10万円で、被災家屋の居住者や賃貸家屋などの所有者に支給する。支援金も1世帯当たり10万円。市内の住宅に新たに入居した被災者が対象で、日用品購入に充ててもらう。年内に配布を終える予定。

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最終更新:2016/12/30(金) 19:54産経新聞

7:29 午前  
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被災の子、きっと強く優しくなれる サンドウィッチマン
朝日新聞デジタル 3/11(土) 15:32配信

被災の子、きっと強く優しくなれる サンドウィッチマン
サンドウィッチマンの伊達みきおさん(左)と富澤たけしさん=東京都港区、いずれも林紗記撮影
 東日本大震災が発生した時、テレビ番組のロケで被災地にいたお笑いコンビ、サンドウィッチマンの伊達みきおさん(42)と富澤たけしさん(42)。震災で親を亡くした子どもたちや、震災後に生まれた自分の子どもへの思いについて語ってもらいました。

震災直後「悩んでコント」 あのときの、ラジオ


 伊達 震災の時は、宮城県気仙沼市の魚市場にいました。海が目の前にあり、揺れがおさまると番組スタッフの指示で高台に避難し、そこで沖から迫ってきた津波が街をのみ込む様子を見ました。同じ場所に避難した地元の人たちは、自分の家が津波にのまれる様子を悲鳴も上げずにぼうぜんと見ていました。

 富澤 自分たちもそうでしたが、現実として受け入れられなかった。「映画でも見ているんじゃないか」、「何これ」と。妻は翌月に出産を控えていた。地震の揺れがおさまった直後に電話がつながり、お互いの無事を確認できましたが、その後は電話が全くつながらなくなってしまった。妻は、気仙沼が火の海になっている様子をテレビで見て、「死んでいるのではないか」と思ったそうです。

 伊達 僕は震災の翌年に子どもが生まれました。すると、震災で子どもを亡くした親のつらさをより感じるようになりました。

 仙台市に住んでいた同級生は、子どもと、妊娠中だった奥さんが津波に流され、家族の中で自分だけ生き残った。そいつは胸まで海につかって長い棒を使って自分の子どもを捜し出し、口の中が泥だらけなのを洗ってあげて。奥さんは2週間後に2キロくらい離れたところで発見された。その後、同級生は仮設住宅で1人でがんばっていたんですけど、やっぱり耐えられなかったんでしょうね。奥さんを火葬した日の1年後に、「子どもに会いに行ってくる」という遺書を残して自殺しました。

 そいつの気持ちがわかるんです。俺でも、たぶんそうするかもしれない。同級生のことは別にニュースになっていることでもないんですけど、被災地では、そういうことがいっぱいあるんだろうと思います。

 富澤 被災地の人と、何げなくしゃべっていると、話の途中で、津波で子どもを亡くしたり、行方不明だったりする人だってわかる時があります。そんな時、いまだになんと声をかけたらいいのか、わからないんです。

 伊達 震災直後に「東北魂義援金」を設立しました。当初は、被災者全体の支援のために募っていましたが、2人がともに親になった後、お金を一番必要としているのは誰だろうと話し合い、震災で親を亡くした子どもたちのために使おうと決めました。こう決めたのは、自分たち自身が親になったことがとても大きいと思います。被災地でしゃべっていて、「お父さんもお母さんもいなくなっちゃったから」という子どもがいました。大人になるまでには絶対にお金は必要ですから、その協力ができればと思います。

 被災地の子どもたちが強い大人になってくれるといいなと、思っています。僕が通っていた石巻市の小学校は1階の天井まで水がきた。震災後に行ったら、「1階の廊下に遺体が何体も流されてきて、小学生たちは避難所の体育館に行く際に遺体を見た」と先生から聞きました。「子どもたちは見なくていいものを見ているんだ」と。ああいう災害を経験した子どもたちは、乗り越えていけば、すごく強くて、すごく優しくなると思うんですよね。

 震災では、子どもの力はすごいなあとも感じました。

 富澤 停電でろうそくをつけたら……。

 伊達 うちのおいっ子の話ね。当時3歳くらいだったんですが、震災直後に仙台市の実家で、停電しているので大人がろうそくをつけた。すると、おいっ子が誕生日ケーキのろうそくと間違えて消すんですよ。「なんで消すのよ」って大人がまたつけると、また「フーッ!」と消して、「ハッピーバースデー!」と(笑)。

 余震でみんながピリピリしている中、そういうことがあってちょっとなごむみたいな。あれはすごく癒やされたって親が言っていました。

 富澤 長男は今5歳ですが、東日本大震災を伝えていこうと思っています。この前、テレビをちょっと見せようとしたんですが、まだそんなにわかっていない感じ。でも、次に津波が起きた時、子どもと一緒にいるかわからない。津波が起きたら1人で逃げろと。パパも逃げるから。後で会おう。大丈夫だから、と伝えていこうと思っています。

 伊達 津波の時は家族バラバラに逃げろという「津波てんでんこ」だね。うちは娘ですが、フリーアナウンサーの妻が、岩手県大槌町で3月11日の追悼式の司会を去年からしていて、娘も連れて行っています。すると、娘が「津波でたくさんの人が流されちゃったんだよね」と泣くんですって。普段も福島などに旅行に連れて行き、震災時の様子を説明しています。「この海が、今はここにあるけれども、どーんとふくらんできて、おうちが流されて、いっぱい死んじゃったんだよ」と。5歳ながらにちょっとは震災の怖さや知ることの大切さを感じてくれているのかなと思います。(聞き手・長富由希子)


     ◇

 〈サンドウィッチマン〉 伊達(だて)みきおさんと、富澤(とみざわ)たけしさんが1998年に結成。ともに74年生まれで、仙台市出身。仙台商業高のラグビー部で出会った。若手漫才の日本一を競う「M―1グランプリ」で2007年に優勝。「東北魂義援金」でこれまでに約4億円を集め、被災自治体に寄付。チャリティーライブなども続けている。


     ◇

■東北魂義援金の振込先

 三菱東京UFJ銀行 目黒支店 普通預金 口座番号0133179 口座名義は「東北魂義援金(トウホクダマシイギエンキン)」。振込手数料は自己負担。振り込まれた義援金は、宮城、福島、岩手の震災孤児・遺児支援のために各県庁に届けられる

朝日新聞社
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最終更新:3/11(土) 17:38朝日新聞デジタル

1:12 午前  
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170311-00000048-asahi-soci

1:13 午前  
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(朝鮮日報日本語版) セウォル号、引き揚げまでなぜ3年もかかった?
朝鮮日報日本語版 3/23(木) 22:08配信

(朝鮮日報日本語版) セウォル号、引き揚げまでなぜ3年もかかった?
(写真:朝鮮日報日本語版)
 2014年4月に韓国南西部の珍島沖で沈没した旅客船セウォル号の引き揚げ作業が始まり、作業開始から1日もたたずに船体が海面上に姿を現した。このため「こんなに短時間で引き揚げられるのに、なぜ引き揚げ開始まで3年もかかったのか」と疑問の声が上がっている。海洋水産部(省に相当)は「技術的に難しい作業であるため、途中で引き揚げ方式を変更するなど試行錯誤を繰り返した」と説明している。

 まず、事故直後は政府が犠牲者の遺体収容作業に集中した。事故直後に船体を引き揚げるべきという意見もあったが、遺族らが「遺体が流失する可能性がある」として反対したため、海中での遺体の捜索作業が続いた。2014年11月、9人が行方不明のまま捜索作業の終了を宣言したが、それまで7か月にわたり潜水士たちが海中で悪戦苦闘しながら捜索を続けた。捜索終了後にようやく引き揚げ作業の本格的な議論が始まったが、賛成・反対意見がぶつかり合い、政府が船体引き揚げの方針を正式に発表したのは事故から1年後の15年4月だった。引き揚げを決定するだけで1年もかかったのだ。

 引き揚げ決定後、引き揚げ作業の担当企業に選ばれた上海サルベージは15年8月から作業を開始。このとき韓国政府が約束した期間は1年だった。海洋水産部と上海サルベージは当初「フローティングドック(浮きドック)」方式での引き揚げを検討していた。船体をワイヤーで巻き、超大型の海上クレーンで引き揚げた後、フローティングドックに載せて移動させるという方式だ。簡単で遺体流出の可能性も低いという理由で当初はこの方式で進められた。

 しかし、実際に作業に着手したところさまざまな困難が発生したという。船内に残っている油を除去する作業だけで1か月を要した。また、船体が沈んでいる海底の地盤が硬く、海底を掘って船尾を持ち上げる設備を設置するだけで5か月かかるなど、技術的にも困難なことが多かったと海洋水産部の関係者は説明する。基礎作業だけで1年近くを要した末に、昨年7月にようやく船首を持ち上げることができた。しかし、船尾を持ち上げる作業が困難を極める中、冬に強風が吹けばクレーンでの引き揚げ作業は危険だとの意見が挙がった。結局、1年3か月の悪戦苦闘の末に昨年11月にフローティングドック方式を諦め、今回の引き揚げ方式であるバージ船方式に変更した。超大型バージ船2隻を使い、船体につながれた引き揚げ用ワイヤーを巻き上げるという方法だ。

 海洋水産部の幹部関係者は「わざと引き揚げを遅らせたとか大統領選挙に合わせて引き揚げたなどの推測は全てデマだ」として「可能限り早く引き揚げようと努力した末に、天気が味方して現在の引き揚げ作業が行われている」と話した。しかし海洋水産部の内部でも「当初からバージ船方式を採用していれば1年は短縮できたはずだ」との指摘が出ている。

【関連記事】
セウォル号、引き揚げまでなぜ3年もかかった?
【コラム】「積弊清算」の韓国政治こそ清算すべきだ

10:55 午前  
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133 :名無しさん@1周年:2017/03/28(火) 14:13:05.38 ID:osKJPhkT0
>>65-66
「ドキュメント 雪崩遭難」ヤマケイ文庫2016年、原書は2003年
ビーコンの重要性を強調している。
中央登山学校の雪崩講習会を受けても、ビーコンを持たない大馬鹿がいると。
(「大馬鹿」と言う言葉は使っていないが)

「弱層テスト」が切り札に近い様に書かれているが、那須は全くやっていないだろう。

11人が集まったためできた雪崩についても書いてある。50人も集まったら・・・

素人が気象条件を見ても、雪崩が起きる条件がそろっていると思う。

11:16 午後  
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【話題】「スサノオ」を祀ったほとんどの神社が被災を免れたのに、「アマテラス」を祀る神社の大半は被災…津波と神社との関係が論文に [無断転載禁止]©2ch.net

1 : ニライカナイφ ★2017/05/29(月) 01:48:36.78 ID:CAP_USER9>>38
〈スサノオを祀った神社は被災を免れている……〉

近頃ネットを駆け巡るオカルト話。

かと思えば、元を辿れば東京工業大学 社会理工学研究科のグループが土木学会に発表した論文。

「私達が学生時代、6年前の論文です。
東日本大震災の支援活動を行っている際、被災を免れた鳥居(写真)が目に付いて研究しました」

とは神戸高専の高田知紀准教授だ。

論文では、宮城県沿岸部に鎮座する神社の内、スサノオを祀る神社、熊野系神社、八幡系神社のほとんどが津波を免れた一方で、アマテラスを祀る神社の大半が被災したことが確認されたというもの。

皇室の祖先は御利益がない?

「そうじゃないんです。
スサノオは斐伊川(ひいかわ)に住むヤマタノオロチを退治したと古事記にありますが、川の氾濫を例えた話といわれます。
スサノオは水害など自然災害、震災を治める神だからこそ、そうした災いに遭わない場所に祀られたと考えられるのです」(同)

理工系大学とは思えぬが、「我々の教授は“地を這う哲学者”ですから」(同)

『生命と風景の哲学』などの著書もあり、東大文学部哲学科出身ながら、東工大の教授(3月に定年で退官)を務めた桑子敏雄氏である。

画像:鳥居の手前で津波が止まった(神戸高専高田知紀研究室HPより)
http://image.news.livedoor.com/newsimage/4/8/48960_1523_33894fd7_1386562d.jpg

「今ごろ話題に上がるのは、巨大な防波堤などハード面が整備されてきて、心構えなどのソフト的欲求が出てきたからかも」(桑子氏)

神社と震災の研究はその後、和歌山、四国へと発展。

「南海トラフ地震などの津波災害リスクを、平安時代の延喜式に記載された神社に着目して分析しました。
沿岸部の神社は高知では555社、徳島では308社が津波を回避しうる」(同)

古社に逃げれば安全?

「いえ、地域の神社をよく見て欲しい。
それが避難に繋がるヒントになればいいし、古来からの神社空間の維持に繋がります」(同)

安全神話ならぬ、本物の神話に目を向けてみるか。

http://news.livedoor.com/article/detail/13119178/

11:22 午前  
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Good News Collection: 鶴見警察署長、大川常吉さんのこと
http://blogs.dion.ne.jp/mrgoodnews/archives/1750156.html

 鶴見警察署にはこのとき警察に保護を求めてきた朝鮮人が三百名ほどいたという。この
ことを知った民衆は「朝鮮人を出せ」と叫びながら警察署を取り囲んだ。その数は千人ほど
という。そのうちに「朝鮮人に味方する警察などたたきつぶせ」と次第に暴徒化の気配を
漂わせ始めた。
 もはやこれまでと覚悟を決めた大川署長は群衆の前に立ち、「よし、君らがそれまでこの
大川を信頼せず、いうことを聞かないなら、もはや是非もない、朝鮮人を殺す前に先ずこの
大川を殺せ」と叫んだ。身命をかけたこの大川署長の態度に猛り狂っていた群衆も威圧されて
ようやくなりを潜めた。
 群衆を前にして彼はこうも言ったという。「朝鮮人が毒を投入したという井戸水をもってこい。
私が先に諸君の前で飲むから、もしも異常があれば朝鮮人を諸君に引き渡す。異常がなければ
私に預けよ」

 戦後助けられた朝鮮人たちが大川さんの墓の前に感謝の碑を建てたというので、その墓の
ある潮田三丁目の東漸寺を訪ねてみた。
 
 故大川常吉氏の碑
 関東大震災当時、流言飛語により激昂した一部暴民が鶴見にすむ朝鮮人を虐殺しようとする危
機に際し、当時鶴見警察署長故大川常吉氏は、死を賭してその非を強く戒め、三〇〇余名の生命
を救護したことは誠に美徳である故、私たちはここに故人の冥福を祈り、その徳を永久に讃
揚する。

8:51 午後  
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【米国】FCCが「iPhone」に組み込まれているFMラジオ受信を可能にするよう要請 Appleはチップもアンテナもないと声明 [無断転載禁止]©2ch.net

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1trick ★2017/09/29(金) 11:20:46.64ID:CAP_USER9>>49>>73
「iPhone」でFMラジオ受信を可能にせよ--FCCがアップルに要請 - CNET Japan
https://japan.cnet.com/article/35108004/
Marguerite Reardon (CNET News) 翻訳校正: 矢倉美登里 吉武稔夫 (ガリレオ)2017年09月29日 10時55分

 米連邦通信委員会(FCC)の委員長を務めるAjit Pai氏は、Appleの最高経営責任者(CEO)に伝えたいメッセージがある。それは、「スイッチを切り替え」、「iPhone」に組み込まれているFMラジオを使えるようにせよ、というものだ。

 この1カ月間に3つの大型ハリケーンによって大勢の人が通信手段を奪われたことを受け、Pai氏は米国時間9月28日、「ハリケーン『ハービー』『イルマ』『マリア』による惨状を考慮して、方針を見直す」ようAppleに促す声明を発表した。すべてのスマートフォンにすでに搭載されているFMラジオを利用すれば、被災中に「命を救う情報」にアクセスできるとPai氏は記している。


 Appleは声明で、「『iPhone 7』と『iPhone 8』は、FMラジオ対応チップを搭載しておらず、FM信号に対応するアンテナもないので、これらの製品でFM放送を受信することはできない」と述べた。

 Appleは、「特に危機の際には、ユーザーの安全を大いに案じている」と述べた。同社によると、iPhoneのロック画面から救急サービスに電話を掛けたり、医療IDカード情報にアクセスしたりできるなど、いくつかの安全策が製品に盛り込まれているという。気象注意報や、誘拐事件情報を伝える「アンバーアラート」など、行政機関からの緊急通知も受けられる。

 こういった安全機能は、移動体通信ネットワークが機能している必要があるが、ハリケーンによる被害が最も大きかった地域では、この機能を利用できない人が多かった。FCCによると、ハリケーン「マリア」がプエルトリコを直撃してから1週間が過ぎても、90%以上の携帯基地局がまだ機能していないという。



260trick ★2017/09/29(金) 13:52:45.94ID:CAP_USER9
関連過去スレ

【米ハリケーン】「ハービー」が携帯通信網に大打撃 非常用電源義務化も業界反発で実施されず 議論再燃か
http://asahi.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1504158567/

11:49 午後  
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【韓国】慶州地震の際に人気を博した、ハングル版「東京防災」が再び話題[11/16]

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1ダーさん@がんばらない ★2017/11/16(木) 12:56:38.55ID:CAP_USER>>27>>42
浦項地震で再び共有される、日本の「ハングル版」地震マニュアル

慶州地震の際に人気を博した、ハングル版「東京防災」が再び話題

http://img.hani.co.kr/imgdb/resize/2017/1116/00500652_20171116.JPG
日本の東京都が公開した「東京防災」の表紙

15日、慶尚北道浦項で5.4規模の地震が発生し、16日にも余震が続くとネチズンたちは、日本の東京都が作成した防災パンフレットの韓国語版を再共有し、これに備えている。この本は昨年9月、慶州で地震が発生したときも、ネチズンたちから大きな人気を博した。

ネチズンたちが共有している防災冊子は、地震防災の先進国である日本の東京都が、東京都庁の「都民のための情報」に掲載した、防災パンフレットだ。東京都はこの冊子をPDFで置いて、「各家庭において、首都直下地震等の様々な災害に対する備えが万全となるよう、防災ブック「東京防災」を作成しましたので、下記のとおりお知らせいたします 」、「東京の地域特性や都市構造、都民のライフスタイルなどを考慮し、災害に対する事前の備えや発災時の対処法など、今すぐ活用できる」と告知した。

東京都庁には日本語版はもちろんのこと、英語版、中国語盤、ハングル版が一緒に公開されている。 冊子も同じだ。一部では、「日本と韓国の耐震設計の程度が違うのに、東京防災だけに無条件で頼るのは適切ではない」との指摘も出ているが、ネチズンたちは基本的に参考になるという意見を出している。

以下ソース

ソース:ハンギョレ 2017-11-16 09:52(韓国語)
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/819285.html

9:07 午後  

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