火曜日, 7月 10, 2018

鍋島論考


カレツキの貨幣経済論 :ケインズとの対比において
鍋島直樹

鍋島直樹『ケインズとカレツキ』に再録されている。第七章159頁に対応。多少の変更はある。



鍋島論考

一橋論叢 第104巻 第6号


 Ⅳ 投資制約要因としての「信用の利用可能性」


 さて, カレツキは「危険逓増の原理」によって投資量の決定を説明したのだ

が, これに対してケインズはどのような態度を示したのか, そして両者の貨幣

および経済メカニズムの理解にはどのような相違が存在するのか, とりあ

えず1つの手がかりとしてカレツキの主張に対するケインズの見解をみてゆく

ことにしよう.

 ケインズは1937年3月30日のカレツキあての手紙において, Kalecki[1937

a]に対するコメントというかたちで,「予想収益に関する危険は,資本の限界

効率についての私の定式化においてすでに考慮されています」(Keynes [1983]

p. 793) と語っている. そして,投資の限界効率の概念によっては投資量を決

定することができないというカレツキの批判に対しては,「現在の価格上昇が

将来価格についての期待に不相応な(disproportionate)影響を及ぼすであろ

うというだけでなく,将来価格が〔現在と〕同じ割合で上昇するであろうと予

想される, とあなたは想定しているように思われます. まさに, これは長期期

待に対する即時的状態の影響の法外な過度の強調ではないでしょ うか」(同上,

p. 793, 〔 〕内は引用者のもの) と答えている. さらに同年4月12日の手紙

では,「あなたの議論は, アキレスと亀の説明のように私には思われます. あ

なたは私に, たとえアキレスが亀に追いつくとしても, それは多くの期間

が経過した後にのみであろうと語っているのです」(同上, p.798)としてカレ

ツキの見解に反論を加えているもちろん, ここで「アキレス」とは投資量を,

「亀」とは一般物価水準のことを指している. ともかく も, ケインズはカレッ

キの自らに対する批判は当たらないとし, 自らはすでに資本の限界効率概念の

なかで,投資量の増大に伴なう危険逓増を考慮していると述べたのである

 以上のケインズの主張についてであるが,実際のところ,彼が『一般理論』

において「危険逓増」の問題を考慮していたとみなすのは難かしい.周知のよ

うに, ケインズは『一般理論』第11章において,投資量の決定について, (1)

資本の限界効率と利子率の均等, (2)投資財の需要価格と供給価格の均等, と

いう 2通りの解決を提示した(1)では資本の限界効率の低下を生産物供給量

の増加による企業間競争の発生と生産設備価格の上昇によって説明し,資本の

限界効率が利子率に等しくなる点まで投資が進められるとされている一方,

(2)では「借手のリスク」と「貸手のリスク」に言及し, この2種類のリスク

の逓増が投資財の需要価格·供給価格に影響を及ぽすことにより投資を制約す

るとされている. そしてケインズ自身はこれら2通りの解決を事実上同じもの

であるとみなして,主に(1)の方法に基づきながら『一般理論』の叙述を展開

した.だがミンスキーは(1)を「標準的モデル」,(2)を「資本化モデル」と名づけて,2つは内容の異なるものであると考える.彼は,「選択をしたときには何等差異がないように見える選択が,具合の悪い結果をもたらす揚合がある

のと同様,〔標準的モデル〕の選択も振り返ってみれぱ不幸な結果をもたらし

てしまった」(Minsky[1975]邦訳153頁,〔〕内は引用者のもの)とし,

「ケインズがこのようなモデルを選んだために,彼にとっては資金貸付の一属

性にすぎない利子率が,モデルの中枢として不当に強調されることになってし    

まった」(同上,157頁)と論じている15).ミンスキーの説明からも明らかなよ

うに,もしケインズがカレツキあての手紙において語ったように,資本の限界

効率概念において投資増カロに伴なう危険逓増を考慮していたのであれぱ,ミン

スキーのいう「資本化モデル」を選択するべきであった.ところが実際にはそ

うしなかったのである.すなわち,ケインズは投資の大きさにかかわらず企業

に対する貸付利子率は一定であり,またそれは金融の源泉から独立であるとみ

なした.このようにケインズはカレッキとは異なり,モディリアーニ=ミラー

の世界にとどまることになるのである、少なくとも『一般理論』においては,

ケインズは投資の金融的側面を捨象することになってしまったと言ってよいだ

ろう.たとえぱカーンも「ケインズは,投資の決定要因として危険のない利子

率の一他の諸要因に比しての一重要性を誇張した点で,当然に批判されて

よい」(Kahn[1984]邦訳228頁)と指摘している.

 これに対して,カレツキは投資・生産過程において信用の利用可能性の演じ    

る役割の重要性を強調する.投資の増加に伴う危険逓増が作用するとされてい    

るカレッキの世界では,投資の増加にしたがって資金調達費用が上昇すること    

により,同時に,投資に対する予想収益も低下してゆくことになる.ここでは    

借手のリスクと貸手のリスクが投資決定に対して大きな影響力をもつ.この視    

点がミンスキーのtwo-price-level model 16〕において中心的な役割を果たして

いることはよく知られているところである.ミンスキー自身,借手のリスク

およぴ貸手のリスクという用語は,ケインズの『一般理論』にもみられるが,

通常は,カレツキに帰せられている」(Minsky[1986]邦訳234頁)と述べて

いるように,ミンスキーの投資決定理論はカレッキ理論の発展線上にあるもの

と言っても間違いではないだろう.彼は自らのモデルの想源を主としてケイン

ズの「資本化モデル」に求めているけれども,それはカレッキの「危険逓増の

原理」とも密接な関係をもつのである1ア).


(136)



鍋島は以下ミンスキーを参照している。


Minsky, H. P. 

 [1975], John Maynard Keynes, New York: Columbia University

Press (堀内昭義訳『ケインズ理論とは何か』岩波書店,1988年)

[1982], Can "It" Happen Again?_Essays on Instability and Finance

Armork, New York : M. E. Sherpe (岩佐代市訳『投资と金融-資本主義経済

の不安定性』日本経済評論社, 1988年)

[1986], Stabilızing an Unstable Economy, New Haven, Connecticut: Yale

Universiy Press (吉野·浅田·内田訳『金融不安定性の経済学-歴史·理論

政策』, 多賀出版, 1989年).

[1989], Financial Structures: Indebtness and Credit', in Barrère, A

(ed.), Money, Credit and Prıces in Keynesian Perspective, London: Macmillan

宮崎義一·伊東光晴[1961],『コンメンタール·ケインズ一般理論』日本評論社.



Kahn, R. F. [1984], The Makrng of Keylees' General Theory, Cambridge : Cam-bridge University Press

邦訳カーン『ケインズ一般理論の形成』岩波

                      ( 経済学リンク::::::::::) 

カレツキ:「投資と資本家消費が利潤と国民所得を決定する」という命題
http://nam-students.blogspot.jp/2012/01/blog-post_17.html
ミハウ・カレツキ (Michal Kalecki):マクロ経済学の知られざる英雄
http://nam-students.blogspot.jp/2015/10/michal-kalecki.html

ヒックスが『価値と資本』#17(邦訳文庫下67,73頁参照)で用例を借りたという以下のカレツキの論文は未邦訳のようだ。 


なお、鍋島直樹『ケインズとカレツキ』第7章155~6,198頁でこの借り手のリスクについて触れた「危険逓増の原理」1937が図解付きで解説されている(同159頁)。
中小企業ほど投資のリスクが大きいから規模の格差は決して解消されないのだ。
(ヒックスは計画期間と利率の関係を考察しただけだったが) 


:156頁


:180,278頁(カレツキ別論文より)

「新しい投資準備の形成は、未拘束預金からの転換I1と銀行信用の拡大I2によって賄われる…。粗蓄積Aから未拘束預金に還流する部分をA1,同じく粗蓄積からの銀行への返済に用いられる部分をA2と表すならば、投資財に対して支出される額はA=A1+A2と表される。これより、投資準備の増加分I-Aは次のように表現することができる。

 I-A=(I1-A1)+(I2-A2)
I1-A1が未拘束預金の減少分を、I2-A2が銀行による信用膨張による部分をそれぞれ表している…。このようにして、産出水準の上昇には銀行組織による信用膨張が不可避的に随伴する…。」(180~1頁)

  投資リスクにおいてカレツキとケインズは意見がくい違ったという。このあたりも鍋島論文に詳しい。

《1937年の4月12日付の(注:ケインズからカレツキへの)手紙
では,投資誘因に関するカレツキの議論について,「あなたの議論は,アキレ
スと亀の寓話の改作版であるように私には思われます。あなたは私に,……た
とえアキレスが亀に追いつくとしても,それは多くの期間が経過したのちにお
いてだけであろうと語っているのです」(ibid☆,p.798)と述べて,カレツキの
見解に反論を加えている。いうまでもなく,ここで「アキレス」とは投資額
を,「亀」とは一般物価水準のことを指している。カレツキの説明において投
資の増加が物価の上昇を引き起こすという過程が繰り返されるのは,寓話のな
かでアキレスが永遠に亀に追いつくことができないのと同じようなものだとい
うわけである。ともあれケインズは、カレツキが自らに向けた批判は当たらな
いものであるとし,投資の増加にともなう危険の逓増は、すでに『一般理論』
における資本の限界効率の定式化において考慮されていると主張した(ibid,
p.793)。
 しかしながら,実際のところ,ケインズが『一般理論』において危険逓増の
問題を考慮していたという主張をそのまま受け取ることは難しい。…》
 (鍋島論考158頁)


ケインズのカレツキへの手紙は以下に所収されているという。 
The Collected Writings of John Maynard Keynes; Volume XII: Economic Articles And Correspondence; Investment and Editorial (Volume 12)
関連論考:
Formal modelling vs. insight in Kalecki's theory of the ... D Besomi  
http://www.unil.ch/files/live//sites/cwp/files/users/neyguesi/public/Besomi.pdf 

52 Kalecki to Keynes, 4 April 1937, in Kalecki 1990, p. 525 (the point is also made in Kalecki 1939, p. 140: “It is true that […] the system always moves towards the point B, but it may, of course, take several τ periods to come close to it. Thus the time of adjustment is considerable (τ is more than half a year)”. Keynes did not think much of this approach: “your argument seems to me a version of Achilles and the tortoise, and you are telling me […] that even thought Achilles does catch the tortoise up, it will only be after many periods have passed by. […] I feel that you are making too much of a discontinuity between your periods” (letter to Kalecki, 22 April 1937, in Kalecki 1990, pp. 525– 26).

1990 Collected Works of Michal Kalecki. Volume 1. Capitalism: Business Cycles and Full Employment, ed. by Jerzy Osiatynski, Oxford: Oxford University Press.



以下の論考でも同カレツキ論文が言及されている。
栗田康之 :カレツキの資本主義経済論 - 宇野理論を現代にどう活かすか (Adobe PDF) 
www.unotheory.org/files/No8/newsletter_2-8-2.pdf カレツキの経済理論は、そのような学説史的関係も含めて、独占度、有効需要理論、景 ...... し手のリスク」および「借りてのリスク」)を緩和することによっても、投資を拡大させ ..... Kalecki,M.[1937]“The Principle of Increasing Risk”,Economica,vol.4,no.16.