平野・遺跡・人口の分布

 地図2地図4をご覧いただきたい。

 地図2をみれば分かるように、筑後川流域は、九州最大の平野部である。また、地図3は茨城大学の及川昭文氏が『東アジアの古代文化』の60号に発表した論文「シミュレーションによる遺跡分布の推定」で示された資料である。及川氏は、弥生遺跡の発掘された場所の標高、傾斜度、傾斜方向、地形、地質土壌などを調べ、それと同等の性質をもつ場所が、九州においてどのように分布しているかを示している。それが地図3である。
 さらに、地図4は国立民族学博物館の小山修三氏が欧文雑誌『Senri Ethnological Studies』(『千里民俗学研究』No.2、1978年刊)に載せられた論文「Jomon Subsistence and Population(縄文時代の暮しと人口)」のなかで示されているものである。小山氏は、青森から鹿児島までの各都道府県教育委員会発行の遺跡地図に収められている集落、食糧貯蔵穴、土器大量出土地などの生活跡のデータを、コンピューターに入れ、時代別に分類し、人口の推計を行っている。そのうちの弥生時代の九州の人口(遺跡)の分布図が地図4である。

 以上の地図2地図4をみれば、筑後川流域は、九州最大の平野部で、遺跡・人口のもっとも密集している地域である。朝倉市などはその地域のなかにある。