日本経済を知らない米学者による「現代貨幣理論MMT」の危険性
© SHOGAKUKAN Inc. 提供 「MMT」の何が問題なのか(イラスト/井川泰年)
日本の「国の借金」は1304兆4000億円となり、対GDP(国内総生産)比で237%にも達する(※国際通貨基金の2019年推計値)。その大半(976兆6035億円)は国債で、2018年12月末時点で国債の43%を日銀が保有するという異常状態だ。そうした中で、日米で話題になっているマクロ経済理論が「Modern Monetary Theory(MMT、現代貨幣理論)」だが、これはどういう理論なのか。経営コンサルタントの大前研一氏がその中身を解説するとともに、警鐘を鳴らす。
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日本を“見本”にして日米で話題になっているのが「現代貨幣理論(MMT)」だ。提唱者はニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授らで、その中身は「自前の通貨を持つ国がいくら自国通貨建ての国債を発行してもデフォルト(債務不履行)には陥らない」「インフレにならない限り、財政赤字を膨らませてもかまわない」というもの。
ケルトン教授は「巨額債務を抱えているのにインフレも金利上昇も起きない日本が実証している」「日本の景気が良くならないのはインフレを恐れすぎて財政支出を中途半端にしてきたからだ」「MMTは日本が直面するデフレの解毒剤になる」などと主張している。
しかし、これは見当違いのとんでもない理論である。ケルトン教授は日本経済を全く理解していない。
簡単に説明しよう。もし日銀の目標通りに物価が上がれば、金利も上がる。今は超低金利なので国債の利払い費は年間約9兆円で済んでいるが、金利の上昇に伴い新規発行や借り換えで利率の高い国債が発行されるようになったら、利払い費は一気に増加していく。
しかも、金利が上がって国債よりも高利回りの金融商品が登場してきたら、海外の投資家はもとより日本の金融機関や生保・損保なども国債を売ってそちらにシフトするだろう。それは国債暴落につながり、国債を大量に貯め込んでいる日銀のインプロージョン(内部爆発)のトリガーを引くので、国債の金利も上げざるを得なくなる。そうなれば財政破綻へ一直線だ。
すでに日本は実践している
ただし、日本の場合はいくら財政支出を増やしてもインフレになりようがない。なぜか? これはケルトン教授と同じく日本の実態を知らなかったノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授やジョセフ・E・スティグリッツ教授も読み違えたことだが、私が何度も指摘してきたように、日本は世界で唯一の「低欲望社会」だからである。
日本人が低欲望になっているのは、少子高齢化による人口減少や将来に対する“漠たる不安”が原因だ。MMTは、政府が支出を増やせば経済活動が活発になって需要が生まれるという理屈だが、そもそも日本は需要の基になる「欲望」がなくなっている。多くの人はお金を貯めるばかりでいっこうに使わないし、いくら金利が下がっても借りようとしない。だから個人金融資産が1830兆円(2018年12月末時点)も積み上がり、その大半は金利がほとんど付かない銀行でじっとしている。
欲望が正しくあるのが金利とマネタリーベースを操作する20世紀の経済原論の大前提なのに、それが日本では崩れているのだ。そういう日本人の「に」の字も知らない学者がマクロ現象だけを見て考えると、根本的に間違えてしまう。「今のところ大丈夫だ」というのと、「それが正しいセオリーだ」というMMTでは大きな違いがある。
「インフレが起きない限り」という前提で理論を一般化するMMTは危険極まりない。喩えてみれば、爆発しないからダイナマイトをいくら部屋に置いておいてもよい、と言っているようなもので、できるだけ早く除去すべきであることに変わりはない。
4月4日の参議院決算委員会では、自民党の西田昌司参議院議員が「日本はすでにMMTに基づいた政策をやっている」と指摘した。これに対し、安倍晋三首相は「債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指しているから、MMTの論理を実行しているということではない」、麻生太郎財務相は「財政規律を緩めると極めて危険なことになり得る。日本をその実験場にするという考え方を持っているわけではない」、日銀の黒田東彦総裁は「財政赤字や債務残高を考慮しないという考え方は極端な主張であり、なかなか受け入れられないのではないか」と否定している。だが、実際には西田議員の言う通り、アベクロバズーカで国債残高と財政赤字を増やし続けている安倍政権は事実上、MMTを実践中なのである。
その上、黒田日銀は「株価安定」のためにETF(上場投資信託)の買い入れを続け、今やETF市場の純資産総額の7割を保有するまでになっている。日本経済新聞(4月17日付)によると、日銀はすでに上場企業の23社で筆頭株主、5割で上位10位以内の大株主になったという。日本企業の多くが“国営企業”になりつつあるのだ。
その先には何が待っているか? 国債暴落だ。準備期間が2年で十分な新紙幣の発行を5年も前に発表したのは安倍政権の選挙対策だが、財務省には国債暴落に備え、新紙幣に切り替えるタイミングで1%の金融資産課税ができるようにしておこうという思惑があるのではないか。国民も、いつ到来しても不思議ではない国債暴落による国家破綻の危機に備えるべきである。
※週刊ポスト2019年6月14日号
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