日曜日, 1月 25, 2015

蘇東坡



     ( 文学リンク:::::::::

NAMs出版プロジェクト: 蘇東坡

http://nam-students.blogspot.jp/2015/01/blog-post_25.html(本頁)


韓国ドラマに貧しい農民を歌った蘇東坡の詩が出てくる。仏教批判ということになる。


宋の蘇軾(一〇三二―一一〇二)、字は子□、号は東坡居士、蘇東坡の名で人々に親しまれ、坡公・坡仙などと呼んで敬慕される。いわゆる唐宋八大家のうち三人までが蘇氏父子で、父の蘇洵を老蘇と呼び、弟の蘇轍を小蘇と呼ぶに対しては大蘇であり、弟を次公と呼べば兄は長公、そして死後、南宋の孝宗から贈られた諡で蘇文忠公と呼ばれることもある。


「奇皇后」 第三の課題 (25話) | 釜山オンマのひとりごと

http://korearoom.blog.fc2.com/blog-entry-185.html
백의선인 재고당(白衣僊人 在高堂)
白衣の仙人(観音菩薩)は 御堂の中で安泰である

라는 소동파의 시구로 답을 적었습니다.
という“蘇東坡”の詩句を答えに書きました。


※1
呉中田婦歎  呉中田婦の歎
  今年 粳稻 熟苦遲  今年 粳稻 熟すること苦だ遲し
  庶見 霜風 來幾時  霜風を見るに庶からんか 來るは幾時ぞ
  霜風 來時 雨如瀉  霜風 來る時は 雨 瀉が如し
  把頭 出菌 鐮生衣  把頭 菌を出し 鐮は衣を生ず
  眼枯 涙盡 雨不盡  眼枯れ 涙盡きて 雨は盡きず
  忍見 黄穂 臥靑泥  見るに忍びんや 黄穂の 靑泥に臥するを
  芽苫 一月 隴上宿  芽苫 一月 隴上に宿す
  天晴 穫稻 隨車歸  天晴れ 稻を穫り 車に隨って歸る
  汗流 肩赬 載入市  汗流れ 肩赬く 載せて市に入る
  價賤 乞與 如糠粞  價賤く 乞與すること 糠粞の如し
  賣牛 納税 拆屋炊  牛を賣り 税を納れ 屋を拆いて炊ぐ
  慮淺 不及 明年飢  慮は淺くして 明年の飢えに及ばず
  官今 要銭 不要米  官は今 銭を要して 米を要せず
  西北 萬里 招羌兒  西北 萬里 羌兒を招く
  龔黄 滿朝 人更苦  龔黄 朝に滿ちて 人更に苦しむ
  不如 却作 河伯婦  如かず 却って河伯の婦と作らんには

 今年はうるち米の熟するのがひどく遅れている。そろそろ霜がおり、風の吹く季節、それがいつやってくるかと、ひやひやしていた。いよいよ来たなと思った時、今度はどしゃ降りの雨。把の頭にはきのこが生え、鎌の刃には銹がついてしまい、泣けて涙が出尽くし、眼の中はからからに乾いても、雨のほうはいっこう尽きそうにない。黄色く色づいた稲穂が泥の中にたおれ伏してゆくさまは、とても見てはいられるものではない。茅で編んだ苫の仮小屋を建て、もうひと月も田のあぜにとまりこみ、晴れ間を見ては稲を刈りとり、車のあとおしをして帰って来た。汗は流れ肩は赤く腫れあがっている。その肩に収穫を載せて市場に運びこんだのに、値は下がっていて、糠か砕け米かのように、くれてやるに等しかった。牛を売って税金を納め、屋根をはがして炊事する。浅はかな私たちの思慮では、来年の飢のことまで考えてはいられない。おかみではいま、銭を出せとおっしゃって、米はおもとめにならない。なんでも万里のかなたタングート族の侵入が警戒されているとか。朝廷には漢の龔水や黄覇のようなりっぱな臣下がいっぱいおいでなさるというのに、わたしら人民の苦しみはいっこうに救われない。これくらいなら、いっそ黄河の神様のお嫁さんにしてもらったほうがましでござる。


※2
   雨中遊天竺靈観音院  雨中天竺霊観音院に遊ぶ
  蠺欲老  麥半黄   蠺老いんと欲し 麥半ば黄ばみたり
  前山 後山 雨浪浪  前山 後山 雨浪々たり
  農夫 輟耒 女癈篋  農夫は耒を輟め 女は篋を癈す
  白衣 僊人 在高堂  白衣の僊人 高堂に在り

蚕は繭をつくりはじめ、麦は半ば黄ばんでいる。前の山にも後ろの山にも、ザアーという雨おと。男は鋤く手をとめ、女は思わずかごを手放す。〔びしょぬれの農夫たち〕白衣をまとった仙人さまは、りっぱなお堂の中でそしらぬお顔。


上記二つの歌は岩波文庫には未収録。集英社『漢詩大系17蘇東坡』(近藤光男,1964年,89,104頁)に所収。



3 Comments:

Blogger yoji said...

http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/r46.htm
※花有淸香月有陰:花には清らかなかおりがあり、月はかげりがある。また、花には清らかなかおりがあり、月光は(地上の物に)かげりを齎(もたら)している。 ・有:…がある。…をもっている。蛇足になるが、同じく蘇軾の『東披禅喜詩・白紙讃』の「素紈不畫意高哉,倘著丹青堕二來;無一物中無盡藏,有花有月有樓臺。」での「有」とは使い方が異なる。 ・淸香:清らかなかおり。 ・陰:影。また、月の光による物の影(張學成)。なお、蛇足になるが、蘇軾の『水調歌頭』(明月幾時有)では「人有悲歡離合,月有陰晴圓缺」とあるが、この「陰…」は、晴れの対義の曇りの意で、「晴」は晴れ、「圓」は満月、「缺」は三日月等の月が欠けること。


http://choukoan.blog.fc2.com/blog-entry-533.html
軸の語は一部分だったり対句があったりする場合が多いと前に申し上げましたが
これも『無一物中無尽蔵』という禅語からの一部です。
調べると、様々な解釈があり、無とか空とか仏教的な観念が難しく、わかったようなわからないような・・・
仏教的素養のない私にはいまいち釈然としません。

ただ、この句はそもそも蘇東坡という古代中国の詩人の
素紈不画意高哉 儻着丹青堕二来 無一物中無尽蔵 有花有月有楼臺
(紈素(がんそ)画(えが)かず意高きかな。若し丹青(たんせい)を著(つ)くれば二に堕し来たる。無一物中無尽蔵 花有り月有り楼台有り)
という詩からきているそうなので
『白いキャンバスにはこれから何でも書ける可能性は無尽蔵だよ』
と解釈するのが今の私には一番良い答えのような気がしました。


無尽蔵は華厳経18から

3:14 午前  
Blogger yoji said...

http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/r46.htm
※花有淸香月有陰:花には清らかなかおりがあり、月はかげりがある。また、花には清らかなかおりがあり、月光は(地上の物に)かげりを齎(もたら)している。 ・有:…がある。…をもっている。蛇足になるが、同じく蘇軾の『東披禅喜詩・白紙讃』の「素紈不畫意高哉,倘著丹青堕二來;無一物中無盡藏,有花有月有樓臺。」での「有」とは使い方が異なる。 ・淸香:清らかなかおり。 ・陰:影。また、月の光による物の影(張學成)。なお、蛇足になるが、蘇軾の『水調歌頭』(明月幾時有)では「人有悲歡離合,月有陰晴圓缺」とあるが、この「陰…」は、晴れの対義の曇りの意で、「晴」は晴れ、「圓」は満月、「缺」は三日月等の月が欠けること。


http://choukoan.blog.fc2.com/blog-entry-533.html
軸の語は一部分だったり対句があったりする場合が多いと前に申し上げましたが
これも『無一物中無尽蔵』という禅語からの一部です。
調べると、様々な解釈があり、無とか空とか仏教的な観念が難しく、わかったようなわからないような・・・
仏教的素養のない私にはいまいち釈然としません。

ただ、この句はそもそも蘇東坡という古代中国の詩人の
素紈不画意高哉 儻着丹青堕二来 無一物中無尽蔵 有花有月有楼臺
(紈素(がんそ)画(えが)かず意高きかな。若し丹青(たんせい)を著(つ)くれば二に堕し来たる。無一物中無尽蔵 花有り月有り楼台有り)
という詩からきているそうなので
『白いキャンバスにはこれから何でも書ける可能性は無尽蔵だよ』
と解釈するのが今の私には一番良い答えのような気がしました。


無尽蔵は華厳経18から

3:14 午前  
Blogger yoji said...


https://j-town.net/tokyo/column/gotochicolumn/301102.html

日本人が支援物資に添えた「漢詩」が中国で話題に なぜ書こうと?送り主の思いを聞いた

写真は日本青少年育成協会提供(以下同) 写真は日本青少年育成協会提供(以下同)

1000年以上前に詠まれた漢詩が、いま思わぬ形で注目を集めている。きっかけは、日本から中国へ送った救援物資の段ボール箱に貼られた紙だった。

上がその段ボール箱だ。中国語検定試験などを行っている一般社団法人・日本青少年育成協会(本部・東京都新宿区)が2020年1月31日、中国・北京の事務局経由で、湖北省にある湖北高校へ支援物資を送った。

宛先のほかには、日中の国旗と共に「加油(がんばれ)!中国」というメッセージ。さらに下部には、小さな文字で、

「山川異域 風月同天」

と書かれていた。

この短い文章は、今から1300年近くも前、当時の有力な皇族・長屋王によって詠まれた、漢詩の一節らしい。「山河は違えど、同じ風が吹き、同じ月を見る」といった意味のようだ。

なぜ、この詩を段ボールに記載したのだろうか。Jタウンネット編集部は、日本青少年育成協会に電話で詳しい話を聞いてみた。

7:57 午後  

コメントを投稿

<< Home