土曜日, 10月 20, 2018

アルヴァ・アアルトAlvar Aalto(1898~1976)&フィンランド関連

クッカメリ20210619
アルヴァ・アアルト(1898~1976)  20181021
https://youtu.be/ITJ2ICaeG4Y

アルヴァ・アアルト――もうひとつの自然 2018




https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%88
アルヴァ・アールト(アルヴァル・アールト、Alvar Aalto)、本名フーゴ・アルヴァ・ヘンリク・アールトHugo Alvar Henrik Aalto1898年2月3日[1] - 1976年5月11日)は、フィンランドが生んだ20世紀を代表する世界的な建築家都市計画家デザイナー。その活動は建築から家具ガラス食器などの日用品のデザイン、絵画までと多岐に渡る。

アルヴァ・アールト
Alvar Aalto
Alvar Aalto1.jpg
生誕フーゴ・アルヴァ・ヘンリク・アールト
1898年2月3日
フィンランド大公国の旗  フィンランド大公国 クオルタネ
死没1976年5月11日(78歳没)
 フィンランド ヘルシンキ
国籍 フィンランド
職業建築家
受賞RIBAゴールドメダル
AIAゴールドメダル
建築物パイミオのサナトリウム
サユナットサロ(セイナッツァロ)の役場
ヴィープリの図書館
マイレア邸
MITベーカーハウス
フィンランディアホール
デザインアールト・ベース
パイミオチェア
スウェーデンのグンナール・アスプルンドと並んで、北欧の近代建築家としてもっとも影響力があった1人であり、モダニズムに対する人間的なアプローチで知られる。
ユーロ導入まで使用されていた50フィンランド・マルッカ紙幣に肖像が描かれていた。


生涯
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1898
年、フィンランド大公国クオルタネで、測量技師の父ヨハン・ヘンリク・アールトと母セルマ・ハクステットの間に生まれた。家系は代々林務官を務めていた。1903年、家族と共にユヴァスキュラに移り少年時代を過ごした。その後アラヤルヴィに移り住む。

ヴィープリの図書館
1916年から1921年まで、ヘルシンキ工科大学においてアルマス・リンドグレンのもとで建築を学び[1]、在学中には両親の家を設計している。その後スウェーデンに渡り、アルヴィート・ビヤルケの事務所で働く。1922年、ユヴァスキュラの近くに建つ教会を設計している。
1923年、ユヴァスキュラに仕事を得たため戻り、建築設計事務所を開設[1]。フィンランド建築家リストのトップに名前がくるようにAlvar Aalto(Aから始まる名前)としたとされる。1924年、建築家アイノ・マルシオと結婚[1]。ハネムーンに出かけたイタリア地中海文化に触れ、生涯にわたる影響を受ける。1927年トゥルクの農業組合本部とヴィープリの図書館の建築設計競技で一等を獲得したことをきっかけに、設計事務所をトゥルクに移した[1]
初期の作品はユヴァスキュラの労働者会館などに代表される新古典主義に基づく作風であったが、同時期に設計されたトゥルン・サノマト新聞社から、モダニズムの作風へと転じた。国際的な建築家として知られる出世作となったのは1928年に行なわれたコンペで一等を獲得したパイミオのサナトリウムであった[1]。この作品は北欧でモダニズム建築が台頭するきっかけになった作品の一つである。また、同時期にCIAM(近代建築国際会議)の終身会員に選ばれ、ヴァルター・グロピウスル・コルビュジエらと知己になり、人間的な近代建築を生み出すことに生涯をかけた。

マイレア邸。美術蒐集家のための家。内装に日本の伝統建築の影響が見られる[2]
1933年、敷地変更のため中断していたヴィープリの図書館の設計が再開されたため、事務所をウィープリに近いヘルシンキに移した。1935年に竣工したヴィープリの図書館に見られる波形にうねる曲線による木製の天井は、モダニズムの空間に相反するフィンランドの伝統的材料である木材を用いることで、アールト独自のモダニズムのあり方を押し進めるきっかけとなり、曲線と木材の使用はアールトの作風の一つともなった。(ちなみに「アールト」はフィンランド語で「波」を意味する)これをさらに押し進めたのがパリ国際博覧会フィンランド館(1937年)、ニューヨーク国際博覧会フィンランド館(1939年)のうねる壁面や、マイレア邸での木材の使用であり、同時期にデザインされたアールト・ベースである。
1939年、フィンランド国内にソ連軍が侵攻した(冬戦争)。いったんは和睦を見るが、その後第二次世界大戦が勃発する。戦時中は戦後の復興計画を練るなどして過ごした。
第二次世界大戦が終了すると、ニューヨーク国際博覧会で知己を得ていたアメリカ合衆国の建築家からの招きで1946年から1948年まで、マサチューセッツ工科大学客員教授を務め[1]MIT寄宿舎、ベーカーハウスの設計を行った。1946年からはドイツ軍により破壊されたサンタクロースの町、ロヴァニエミの復興に都市計画段階から携わり[1]、多目的ホール、図書館、市庁舎、教会、住宅の設計を手がけた。1949年、文教都市オタニエミ設計コンペティションに当選。都市設計の他オタニエミ工科大学のキャンパス計画と建物を手がける。
1949年、妻アイノ死去[1]。それまでの作品には必ずアイノとアルヴァと署名していた。1952年、建築家エリッサ・マキニエミと再婚[1]。1953年、ウィーンスポーツと文化センター建築設計競技入選。1953年にはフィンランド共産党の施設で文化の家と呼ばれる変わった建築にも関わった。
1963年から1968年までフィンランド・アカデミー会長を務めた。
1976年、ヘルシンキにて没。没後の仕事は妻のエリッサに引き継がれた。



著名な建築物:

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パイミオのサナトリウム

ヘルシンキ工科大学(現アールト大学オタニエミキャンパス)

サユナットサロ(セイナッツァロ)の役場

アアルトのアトリエ

フィンランディアホール

名称竣工年所在地備考
ベルタワー1921-23カウハヤルヴィ フィンランド
ユヴァスキュラの労働者会館1924-25ユヴァスキュラ フィンランド
アラヤルヴィの病院1924-28アラヤルヴィ フィンランド
セイナヨキの自衛団ビル1925セイナヨキ フィンランド
ムーラメの教会1926-29ムーラメ フィンランド
ユヴァスキュラの自衛団ビル1927-29ユヴァスキュラ フィンランド
ヴィープリの図書館1927-35ヴィープリロシアの旗 ロシア
トゥルン・サノマト新聞社1928-30トゥルク フィンランド
パイミオのサナトリウム1928-33パイミオ フィンランド
トゥルク建設700年祭のためのオーケストラ演奏所1929トゥルク フィンランド
ザグレブ中央大学病院1930-31ザグレブクロアチアの旗クロアチア
トッピラパルプ工場1930-31オウル フィンランド
アアルト自邸1935-36ムンキニエミ フィンランド
レストラン・サヴォイ(内装のみ)1937ヘルシンキ フィンランド
パリ国際博覧会フィンランド館1937パリフランスの旗 フランス
マイレア邸1937-38ノールマック フィンランド
ニューヨーク国際博覧会フィンランド館1939ニューヨークアメリカ合衆国の旗アメリカ合衆国
ヴァルクハウス製材工場1947ヴァルカウス フィンランド
ヘルシンキ工科大学(現アールト大学1949-66エスポー フィンランド
サユナットサロ(セイナッツァロ)の役場1950-52サユナットサロ(セイナッツァロ) フィンランド
夏の家(コエ・タロ)1952-53ムーラツッアロ フィンランド
フィンランド国民年金協会1952-56ヘルシンキ フィンランド
文化の家1952-58ヘルシンキ フィンランド
ラウタタロ・オフィス・ビル1953-55ヘルシンキ フィンランド
ユヴァスキュラ教育大学1953-57ユヴァスキュラ フィンランド
ヘルシンキ工科大学オタニエミ 1955-58オタニエミ フィンランド
アールトのアトリエ1956ヘルシンキ フィンランド
ヴオクセンニスカの教会1956-58イマトラ フィンランド
ルイ・カレ邸1956-58バゾッシュフランスの旗 フランス
ブレーメンのアパートメントハウス 1958ブレーメンドイツの旗 ドイツ
セイナヨキの教会1958-60セイナヨキ フィンランド
ノイエ・ファール高層アパート1958-62ブレーメンドイツの旗 ドイツ
ヴォルフスブルクの文化センター1958-63ヴォルフスブルクドイツの旗 ドイツ
ノースユトランド美術館1958-72オールボー デンマーク
ヴォルフスブルクの教区センター1959-62ヴォルフスブルクドイツの旗 ドイツ
セイナヨキのタウンホール1960-65セイナヨキ フィンランド
フィンランディア・ホール1962-71ヘルシンキ フィンランド
ヴェストマンランド・ダラ学生会館1963-65ウプサラ スウェーデン
セイナヨキ市立図書館1963-65セイナヨキ フィンランド
ロヴァニエミの図書館1965-68ロヴァニエミ フィンランド
デトメローデの教区教会1965-68デトメローデ フィンランド
アカデミア書店フィンランド語版1966-69ヘルシンキ フィンランド
オルボの美術館1969-73オルボ デンマーク
マウント・エンジェル修道院図書館1970オレゴン州サレムアメリカ合衆国の旗アメリカ合衆国
ラハティの教会1970-78ラハティ フィンランド
ラッピア・ハウス1970-75ロヴァニエミ フィンランド
アルヴァ・アアルト美術館1971-73ユヴァスキュラ フィンランド
リオラの教区教会1975-78リオライタリアの旗 イタリア
ユヴァスキュラのタウン・シアター1982ユヴァスキュラ フィンランド
エッセンのオペラハウス1959-88エッセンドイツの旗 ドイツ

建築以外の作品編集


アールトの家具
アールトのガラス器には、1937年のパリ博覧会に出品して世界的に有名になった アールト・ベース(en:Aalto Vase)がある。 
アールトがデザインした家具は、アルテック社(en:Artek)が製作・販売している。この会社はアールトの事務所の所員ニルス・グスタフ・ハールの紹介で知り合ったマイレア邸の施主、ハッリとマイレのグリクセン夫妻とハールと妻アイノと1935年に共同設立された。
アールトと、妻アイノがデザインしたガラス食器はイッタラ社(en:iittala)が製作している。
1938年にカウットゥアの労働者用住宅地計画を立案。1940年には、マサチューセッツ工科大学の学生用演習として実験的都市計画試案を発表。湖水が入り組む小高い森林地帯を選び、様々な形の住宅を配置している。実際にフィンランド政府は基金を募って実験都市を建設しようと準備している。
1943年オウル都市計画を立案。その後1962年に行われた新しい設計競技には参加しなかった。
その他都市計画の業務として、1930年代からのスニラ森林都市をはじめ、1939年-1940年のピル・コラ地区計画、ヘルシンキオリンピック村、1942年のコキメキ谷地域計画、1945年のロヴァニエニ復興計画、1942年-1949年のサユナットサロ(セイナッツァロ)島の建設計画、1964年のパシラ地区市街地開発提案などを立案している。
その他の主要な計画施設として工業計画などがあり、工場の建物の設計から工業地帯全体の配置計画などまでに及ぶ。1947年にはヴォクシ河流域の開発計画を手がけ、いくつかのセルロース工場や木材製材工場などを手がけている。

参考図書編集

  • 『アルヴァ・アアルト』 武藤章、鹿島出版会 (SD選書34) 、1969年
  • 『アルヴァ・アアルト』 武藤章訳、A.D.A.EDITA Tokyo 、1975年
  • 「アルヴァ・アアルト ALVAR AALTO」エーアンドユー (a+u臨時増刊)、1983年
  • 「アルヴァ・アアルトの住宅-その永遠なるもの」エーアンドユー (a+u臨時増刊)、1998年
  • 『アルヴァー・アールト―1898-1976』セゾン美術館、デルファイ研究所、1998年
  • 「建築文化 特集 フィンランド現代建築とヘルシンキの都市計画」 1998年3月号
  • Kenneth FramptonStudies in Tectonic Culture: The Poetics of Construction in Nineteenth and Twentieth Century Architecture (The MIT Press, Cambridge, Mass., 1997)
    • ケネス・フランプトン『テクトニック・カルチャー、19-20世紀建築の構法の詩学』
       松畑強+山本想太郎訳 、TOTO出版、2002年。

近年の刊行編集

ヨーラン・シルツ(Göran Schildt)編集

ヨーラン・シルツはアールトに関し、著作を編集し伝記を出している。
  • 『アルヴァー・アールト エッセイとスケッチ』、ヨーラン・シルツ編、吉崎恵子訳、鹿島出版会、2009年、ISBN 4306045218
  • 『白い机 若い時―アルヴァ・アアルトの青年時代と芸術思想』 ヨーラン シルツ、鹿島出版会、1989年、ISBN 4306042634 1巻
  • 『白い机 モダン・タイムス―アルヴァ・アアルトと機能主義の出会い』 ヨーラン シルツ、鹿島出版会、1992年、ISBN 4306042995 2巻
  • 『白い机 円熟期―アルヴァ・アアルトの栄光と憂うつ』 ヨーラン シルツ、鹿島出版会、1998年、ISBN 4306043711 3巻

関連人物編集

脚注編集

  1. a b c d e f g h i j ブルーガイド編集部 『ブルーガイドわがまま歩き40 フィンランド』 実業之日本社2015年、37頁。ISBN 978-4-408-06013-2
  2. ^ アルヴァ・アールト ヴィラ・マイレアと「床の間」金顯燮、SADI NEWS 29, THE SCANDINAVIAN ARCHITECTURE AND DESIGN INSTITUTE OF JAPAN 2008

外部リンク編集


アーカイヴ編集

カタログ編集

建築物編集


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フィンランド関連:


2019/6/8@カウニステ






カウニステ20190608
https://www.instagram.com/kaunistejp/





7 Comments:

Blogger yoji said...

https://love-and-theft-2014.blogspot.com/2019/09/mihokakuta.html

7:56 午前  
Blogger yoji said...

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5:25 午後  
Blogger yoji said...

アアルト
tiikituukahana since:2018-10-01 until:2018-10-30


https://twitter.com/tiikituukahana/status/1053816929922691072?s=21

9:41 午後  
Blogger yoji said...

フィンランドのカフェ、世界初進出は京都 | Lmaga.jp
https://www.lmaga.jp/news/2019/12/84025/

フィンランドのカフェ、世界初進出は京都


フィンランドの名建築家アルヴァ・アアルトが手掛けた「CAFE AALTO(カフェ アアルト)」が12月21日、2号店を京都にオープン。現地のデザインやメニューを再現したカフェとなっている。

1986年にヘルシンキのアカデミア書店の一角にオープンし、映画『かもめ食堂』(2006年)に登場したことでも有名な同店。フィンランドのデザイナー、ハッリ・コスキネンが監修した「MAJA HOTEL KYOTO(マヤ ホテル キョウト)」と縁あって、世界初進出が実現した。

アアルトがカフェのためにデザインした、黒いレザーと真鍮フレームのイス、大理石のテーブル、ペンダントライトなどを、京都店のためにすべてリプロダクト。また一部のイスは、コスキネンがデザインしたものも配置されているなど、本店とは違いがあるが、ほぼ現地と同様のスタイルとなっているそうだ。

フィンランドの定番メニューのシナモンロールはコーヒーとセットで1000円
フィンランドの定番メニューのシナモンロールはコーヒーとセットで1000円
オーナーでもあるマルコ・サラチーノさんは、「期間限定で日本に出店した際に一番人気だった、シナモンロールは現地の味を再現できるように。スイーツは、甘さ控え目なものが日本では好まれるので調整しました。また、宿泊施設に併設されているので朝食のセット(800円〜)は京都限定です」と説明する。

オーナーのサラチーノさんが京都店のために手掛けた「コーヒー」(600円〜)のほか、「シナモンロール」(750円)、具がゴロゴロ入った「サーモンスープ」(1500円)などフィンランドらしいメニューが満喫できる。店内には、ヘルシンキのアアルトの1960年代〜現在までの写真が店内にディスプレーされ、今後は不定期で変更。営業は7時〜22時。場所は、地下鉄烏丸御池駅から徒歩約6分、柳馬場通六角上る。

3:35 午後  
Blogger yoji said...

https://twitter.com/hirunekobooks/status/1330429183068016640?s=21

kukkameri展に、絵本作家の松田奈那子さんが来てくださいました🇫🇮

実はkukkameriのお二人とのご縁が出来たのは、松田さんが四ツ谷で開催した個展がキッカケでした。

ご来店ありがとうございます◎
谷中・ひるねこBOOKS (@hirunekobooks) November 22, 2020

6:19 午前  
Blogger yoji said...

#Repost

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6:23 午前  
Anonymous Dais Isnafirlah said...

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Dais Isnafirlah
Dais Isnafirlah

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