これはアニメの表現としては1930年代にテックス・アヴェリーあたりが始めたものだと言う。
The Cartoon Laws of Physics
http://remarque.org/~doug/cartoon-physics.html
http://q.hatena.ne.jp/1191976696
http://ja.wikipedia.org/wiki/テックス・アヴェリー
…2008 financial crash more hard earned private property was destroyed than if all of us here were to be destroying it night and day for weeks. They tell you we are dreamers. The true dreamers are those who think things can go on indefinitely the way they are. We are not dreamers. We are awakening from a dream which is tuning into a nightmare. We are not destroying anything. We are only witnessing how the system is destroying itself. We all know the classic scenes from cartoons. The cart reaches a precipice. But it goes on walking. Ignoring the fact that there is nothing beneath. Only when it looks down and notices it, it falls down. This is what we are doing here. We are telling the guys there on Wall Street – Hey, look down! (cheering).
7 Comments:
Slavoj Žižek (2014) "Piketty is a Utopian!"
http://youtu.be/GgOVVCHp0lM
同ジジェク論考より 3:30~
《…私の主張はこうです。ピケティの提唱する措置が効果的に確立
された世界組織を想像してください。すでに問題は解決されています。
あなたはすでに全面的な政治的再組織化を手にしています。あなたは資
本を効果的に統制できる地球規模の力を手にしているのですから、私た
ちはすでに勝利しているわけです。
ですから私はその意味で、彼は虚偽を行っていると思います。真の問
題は、一見したところ慎ましやかな彼の措置が実現されるための諸条件
をつくりだすことです。ですから、くり返します、私は彼に反対してい
るのではありません。すばらしい案です。彼らに八〇パーセント課税し
ようではありませんか。あなたがこれを実行したら、すぐお気づきにな
るでしょう。この措置はさらに多くの変化をもたらすことを要請するだ
ろうと。これが私の主張です。ーつの措置を取るだけで、その他のこと
は何も変えなくてよいと想像するだけなら、これは文字通りの空想であ
って、へーゲルが抽象的思考という言葉で意味していたものです。もち
ろん今日の資本主義をそのあらゆる力動とともに捉えたのは偉業です。
〔ですが、〕たんに再配分の水準でのみ、あなたがそれを変えるという
のなら、それは空想主義でしょう。あなたにそれはできません。なぜな
ら再配分における変化ーつを取ってみても、この変化は生産様式に、資
本主義経済そのものに作用をおよぼすでしょうから。…》
トムとジェリーで探したが
見つからなかった
私たちは何も破壊してなどいない。私たちは単にシステムが自己破壊するのを目撃しているのだ。
誰でも知ってるマンガの定番のギャグ。ネコが崖にやって来るが、足の下に何もなくなっても
そのまま歩き続けてしまう。そして、ふと下を見て気づいた途端、落っこちてしまう。
私たちがここでやっているのは、ウォール・ストリートの連中に「おい、下を見てみろよ!」言うことだ。
これがあった
tom and jerry cat napping, tom fly in the sky
https://youtu.be/OPayZXAW6rc
スラヴォイ・ジジェクが考えるトランプへの「悲観的なビジョン」とは!? | もブログ!
20170215
http://moblog.absgexp.net/zizek_left_liberal/
スロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェクが、トランプ政権への懸念点を語っています!
以下、イギリステレビ局「Channel 4 News」のインタビュー記事(2017年2月10日)の翻訳です!
***
私はトランプについて懸念していることがあります。それは、左派の人々が彼を過小評価しすぎてしまう危険性についてです。
左派たちがトランプのことを「デマを流すポピュリスト」だと軽んじるうちに、ごく短期間のうちに何か重大なことをやり遂げられてしまう可能性があります。
リベラル左翼的な有名人がよくやっていることですが(典型的なのは「ジョン・オリバー」や「ジョン・スチュアート」のようなコメディアンです)彼らは冗談半分でトランプを嘲笑する態度を取ろうとします。
彼らはこの態度によって何かをとらえ損なっています。このような態度では、真にトランプの人気を失墜させることはできません。
彼らは皮肉めいた態度で、トランプの支持者たちを狂信者のように描写しようとしますが、これはたいへん残念なことです。
もはや多くのリベラル左派たちには、変革のための新しいビジョンを提示する力は残されておらず、相手の愚かしさを暴いて悦びに浸ることくらいしか出来ないのではないか、と考えさせられてしまうからです。
私が本当に恐れていることは、トランプが覇権を握っている期間(ほんの短い数年のうちかもしれませんが)に、彼が何をするかです。
すでに世界は徐々にトランプ色に染まりつつあります。そして、ポピュリズムの影響力は、ほんの短期間でも十分作用します。
ヒトラーのことを思い出してみてください。彼は初めのうちは、人々から笑いものにされるような人物でした。しかし四年間という短い期間に、着々と失業対策をなど講じて仕事を成したのです。
私が懸念しているのはこういうことです。トランプの主張は一貫性がなくて矛盾だらけです。彼は貧困に喘いでいる者や、搾取されている者たちを守ると公言していますが、実際にやろうとしていることはどうでしょうか?
より金融を自由化し、より巨大資本の側に立つ施策を行おうとしているのではないでしょうか?そしてこれらの施策に意義が唱えられることもなく、着々と彼の仕事は完成してしまうということです。
私がトランプに対して抱いている「悲観的なビジョン」とは、こういうことです。
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ウラゲツ (@uragetsu)
2018/07/14 10:05
「思考とは絶望する勇気。用意された選択肢のどちらか一方の側に立つのではなく、どちらも
悪い!と言うこと。この先何をすべきか分からず途方に暮れること。我々はそこから始めよう」
|ジジェク『絶望する勇気:グローバル資本主義・原理主義・ポピュリズム』青土社、21日発売
https://honto.jp/netstore/pd-book_29131845.html
https://twitter.com/uragetsu/status/1017938196410142720?s=21
スラヴォイ・ジジェク - 民主主義と資本主義の結婚は終わった [1/2]
http://www.youtube.com/watch?v=zFk0ZXGO3aY
《…私たちは何も破壊してなどいない。私たちは単にシステムが自己破壊するのを目撃して
いるのだ。
誰でも知ってるマンガの定番のギャグ。ネコが崖にやって来るが、足の下に何もなくなっても
そのまま歩き続けてしまう。そして、ふと下を見て気づいた途端、落っこちてしまう。
私たちがここでやっているのは、ウォール・ストリートの連中に「おい、下を見てみろよ!」と
言うことだ。… 》
Slavoj Zizek, Tom and Jerry, and Mubarak
https://youtu.be/o16_iy1rv1U
tom and jerry cat napping, tom fly in the sky
https://youtu.be/OPayZXAW6rc
https://i.imgur.com/x2opLDR.gif
RoadRunner Psychological Gravity
https://youtu.be/OKZ3-IOlhIw
https://i.imgur.com/DaIAZKe.gif
nibuya@cbfn
閑話etc.。わけあってジジェク嫌いなのでさして読まないが、例えば「9・11」を巡ってあの光景を
「現実界の露呈=スペクタクル」のように語っている文章があるそうで、しかしあれは「想像界の基底の炸裂」
ではあっても「現実界の露呈」ではないと思われ、このあたりの雑さがジジェク嫌いの要因なのだ。
「ハリウッド映画にイカレている私たちは、崩壊する二つのタワーの風景ショットを見ても、巨大なカタストロフ映画を作り続けてきたハリウッド映画でのもっとも息を呑むさまざまなシーンしか思い浮かべることができない。
…こうして、世界貿易センター攻撃は私たちの幻想的な球域を木っ端微塵にした〈現実界〉の侵入であるといった理解を導き出す標準的な読解はひっくり返されねばならない。
それとは全く反対に、次のような読解が必要とされている。
九月十一日以前の私たちは、第三世界における恐怖を自分たちの社会的現実には無縁の何か、(テレビ)スクリーンに映し出される(自分たちにとっては)亡霊のような幻として存在している何かと思える、そうした現実に生きていた。
だが九月十一日以降は、そうしたスクリーン上で幻のように見えていた亡霊が現実に入り込んできたのだ。
現実が私たちのイメージに入り込んできたのではない――イメージが私たちの現実に入り込み、私たちの現実(すなわち、私たちが現実として経験することを決定してくれる象徴的座標軸)を粉微塵に粉砕したのだ。
…九月十一日をテレビ・スクリーンから論ずることで私たちが自問せねばならない疑問、それは、〈これと同じものを、すでに幾度も繰り返し観たことがあるはずだ――だがそれはどこだったろう?〉という疑問なのだ。」
『「テロル」と戦争 〈現実界〉の砂漠へようこそ」青土社、2003
この文章は「現実界の露呈」を否定してるように読めるが?
読んでない文章を語るのは「雑」だろ
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