木曜日, 5月 24, 2012

泉鏡花と『法華経』

 泉鏡花は『法華経』をいくつかの作品内で引用しているが、それは引用された『法華経』(全体図↓)の章(品)番号と引用している泉鏡花作品の全体の章の数とを合わせるという興味深い方法で行われている。

高野聖』は全26章→『法華経』第26品の陀羅尼 が引用される。
薬草取』は全5章→第5品の薬草諭品が引用される。
葛飾砂子』は全16章→第16品の如来寿量品が引用される。

(『葛飾砂子』は正確には全15章だが最後の第16品の引用を独立した第16章と読むことが可能だ。『歌行燈』1910全23章も、直接的及び内容的に竜女の出てくる12品が関係するが、全23章である。23品も追悼、女性(竜女)の転生を語っているので内容的には対応するかもしれない。実際、『歌行燈』における音楽、火、供養、女人成仏の主題は薬王23品を連想させる。偶然とは思えない。)

これはジョイスがユリシーズでホメーロスを下敷きにしたのにどこか似ている。

泉鏡花はあくまでもアレゴリカルに信仰に近づこうとするのだ。

法華経に関していえば、その内容は前後半で分かれる(日蓮はヘーゲル的な三分割=五重三段を採用している)。
参照:http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm

スーパースターが活躍する後半より、前半の比喩が優れている。

自然の観察が見られるからだ。泉鏡花も前半部分を引用している(後半部も引用しているが)。

参考:
http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/48329_33335.html
おばけずきのいわれ少々と処女作
泉鏡花

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参照:http://www.myofukuji.or.jp/okyo/index.html


妙法蓮華経(新字体全文)
巻第一    序品第一
    方便品第二
巻第二    譬諭品第三
    信解品第四
巻第三    薬草諭品第五      →  この品が引用される『薬草取』は全5章
    授記品第六
    化城諭品第七
巻第四    五百弟子受記品第八
    授学無学人記品第九
    法師品第十
    見宝塔品第十一
巻第五    提婆達多品第十二
    勧持品第十三
    安楽行品第十四
    従地涌出品第十五
巻第六    如来寿量品第十六    →  この品が引用される『葛飾砂子』は全16章*
    分別功徳品第十七
    随喜功徳品第十八
    法師功徳品第十九
巻第七    常不軽菩薩品第二十
    如来神力品第二十一
    属累品第二十二
    薬王菩薩本事品第二十三
    妙音菩薩品第二十四
巻第八    観世音菩薩普門品第二十五
    陀羅尼品第二十六     →  この品が引用される『高野聖』は全26章
    妙荘厳王本事品第二十七
    普賢菩薩勧発品第二十八

*『葛飾砂子』は正確には全15章だが最後の第16品の引用を独立した第16章と読むことが可能だ。
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               妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                     二経六段
┃                                           ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓分┃ ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃ ┃ ┃
┃ ┃            ┏━領解━╋━法説周━┓             ┃正┃ ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣宗┫ ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃分┃ ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃ ┃ ┃ 
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛ ┃迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃               ┣門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃               ┃ ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃               ┃ ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛               ┃ ┃
┃ ┃          ┣━╋━述成━╋┛                    ┃ ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                     ┃ ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓ ┃ ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃流┃ ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋通┛ ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫分  ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛   ┃
┃ ┃              ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┫                       分┃ ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓ ┃ ┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣正╋本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛宗┃門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛              分┃
┃ ┏            ┗┓                         ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓            ┃
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓ ┃
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』


サンスクリット原典では第22品が末尾にまわる。    

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                『法華経』(全体図

 五重三段とは、
A一代一経三段・
B法華経一経三段・
C迹門熟益三段・
D本門脱益三段・
E文底下種三段

(第一重) 一代一経三段 ◎釈尊一代五十年の経々を三段に分けて判釈A
(第二重)法華経一経三段 ◎第一重の正宗分を序・正・流通の三段に分けて判釈B
(第三重)迹門熟益三段 ◎法華三部経のうち、無量義経と法華経迹門を三段に分けて判釈C
(第四重)本門脱益三段 ◎法華三部経のうち、法華経本門と観普賢菩薩行法経を三段に分けて判釈D
(第五重)文底下種三段 ◎文底下種の法門より、仏教の一切を括って三段に分けた判釈E
http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm



日蓮 観心本尊抄 
<原文>+(現代語訳)


<法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸 経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻 の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普 賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。>

(法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生 蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にい たるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html


<正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗 分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。>

(正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華 経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経 を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻 は流通分なのです。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html


<又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経 無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚 の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、>

(また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり 方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有 (もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なので す。)


<又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ、>

(又 本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚 の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html


<本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門 と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。>

(本門から考えれば末法の始めをもって正機とするのです。いちおうこのことを考えると、久遠の昔に下種があったというべきで大通智 勝仏・前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって熟とし本門にいたって妙覚に登ったのです。しかしさらによく見れば迹門とは違い本門は序分・正宗分・ 流通分ともに末法の始めから始まるのです。お釈迦様在世の本門と末法の始めは同じものですがお釈迦様の本門は過去の下種を刈り取るためで末法の始めは下種 の為なのです。お釈迦様の仏法は一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六一品と分別功徳品第十七の前半)であり末法の下種は南無妙法蓮華経なの です。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html

結論
<所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、>

(結論は迹化や他方の大菩薩等に釈尊の内証の寿量品を以て授与すべきでなく末法の初は謗法(ほうぼう)の国であり悪機が充満し、故に菩薩の布教を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与しようと考えたのです。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html

参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html 観心本尊抄 講義(12)A〜D
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)E、結論
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html (14)  『法華経』(全体図



              妙 法 蓮 華 経 総 科(日蓮解説リンク付き
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                     二経六段
┃                                           ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓分┃ ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃ ┃ ┃
┃ ┃            ┏━領解━╋━法説周━┓             ┃正┃ ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣宗┫ ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃分┃ ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃ ┃
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛ ┃迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃               ┣門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃               ┃ ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃               ┃ ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛               ┃ ┃
┃          ┣━╋━述成━╋┛                    ┃ ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                     ┃ ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓ ┃ ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃流┃ ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋通┛ ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫分  ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛   ┃
┃ ┃              ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┫                       分┃ ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣正╋本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛宗┃門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛              分┃
┃ ┏            ┗┓                         ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓            ┃
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓ ┃
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』
サンスクリット原典では第22品が末尾にまわる。     『法華経』(全体図
漢訳/訓読:http://www.mitene.or.jp/~hokkekou/hokekyou/hk.html

63 Comments:

Blogger yoji said...

サンスクリット原典では22が末尾

9:39 午後  
Blogger yoji said...

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html

観心本尊抄 講義(12)
観心本尊抄 講義(12)問う正像二千余年の間は四依の菩薩並びに人師等余仏・小乗・権大乗・爾前・迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども本門寿量品の本尊並びに四大菩薩をば三国の王臣倶に未だ之を崇重せざる由之を申す、此の事粗之を聞くと雖も前代未聞の故に耳目を驚動し心意を迷惑す請う重ねて之を説け委細に之を聞かん。答えて曰く法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、過去の結縁を尋れば大通十六の時仏果の下種を下し進んでは華厳経等の前四味を以て助縁と為して大通の種子を覚知せしむ、此れは仏の本意に非ず但毒発等の一分なり、二乗凡夫等は前四味を縁と為し漸漸に法華に来至して種子を顕わし開顕を遂ぐるの機是なり、又在世に於て始めて八品を聞く人天等或は一句一偈等を聞て下種とし或は熟し或は脱し或は普賢・涅槃等に至り或は正像末等に小権等を以て縁と為して法華に入る例せば在世の前四味の者の如し。 又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ一念三千殆んど竹膜を隔つ、又迹門並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意の易信易解・本門は三説の外の難信難解・随自意なり。質問します。「正像二千余年の間は仏道修行を正しく教える菩薩、あるいは人師によって小乗教・権大乗教・爾前・迹門の釈尊などを本尊として寺塔を建立したけれど本門寿量品の釈尊(本尊)ならびに四大菩薩(上行・無辺行・浄行・安立行)を本尊とすることを三国(シナ・インド・日本)の王臣はなぜいまだに、このことを認めようとしないのでしょうか?本門の本尊のことは少しは噂され話題になっているようですが、このことは前代未聞のことなので耳目を驚かせ疑問を感じさせ迷惑だと思われているのでしょうか。このことについて詳しい説明をしてもらえないでしょうか?」答えて言うには「法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にいたるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。」この序分・正宗分・流通分という」考え方は我々の日常のなかでも大切な教えです。何か言いたいことがあって(正宗分)それを理解させるための話(序分)して正宗分の応用としての(流通分)ということです。これがでたらめだとなにが言いたいかわからないということになります。仏法でもこれは同じで一番大事な仏法の教えはなにか、というのが正宗分、それを理解させるための教えが序分なのです。その応用形が流通分ということです。「正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有(もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なのです。過去の因縁をたずねるならば大通十六(大通智勝仏の第十六王子)にやがて仏になる種を植え(下種)さらに進んでは前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって助縁として大通智勝仏の成仏の種を自覚せしめたのです。これは仏の本意ではなく毒発(仏種を毒にたとえたもの)の一分なのです。二乗凡夫等は前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)を縁と為して漸漸に法華に来至して種子を顕わし成仏を開顕するのです。又在世に於て始めて八品(方便品から人記品)を聞く人天ら、或は一句一偈等を聞いて下種とし、或は熟し、或は脱し或は普賢・涅槃らに至り、或は正・像・末等に小権等を以て縁と為して法華に入る、例せば在世の前四味の者の如し、又本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。一念三千殆んど竹膜(迹門の一念三千と本門の一念三千は天地のごとき差がありますが本門寿量品の文底の久遠の本仏からみればその違いは竹の膜のようにはかないものである)を隔ているのです。又迹門並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意(われらに合わせた教え)であり易信易解(信じやすく解しやすい)・本門の教えは三説の外であり仏の自ずからの教えであり難信難解(信じがたく解しがたい)のです。

1:41 午前  
Blogger yoji said...

本日:昨日:
2010年04月21日
観心本尊抄 講義(13)

「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。紀元は2600年(キングレコードより)


観心本尊抄 講義(13)

又本門に於て序正流通有り過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品涅槃経等の一代五十余年の諸経・十方三世諸仏の微塵の経経は皆寿量の序分なり一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名く、其の機を論ずれば徳薄垢重・幼稚・貧窮・孤露にして禽獣に同ずるなり、爾前迹門の円教尚仏因に非ず何に況や大日経等の諸小乗経をや何に況や華厳・真言等の七宗等の論師・人師の宗をや、与えて之を論ずれば前三教を出でず奪つて之を云えば蔵通に同ず、設い法は甚深と称すとも未だ種熟脱を論ぜず還つて灰断に同じ化の始終無しとは是なり、譬えば王女たりと雖も畜種を懐妊すれば其の子尚旃陀羅に劣れるが如し、此等は且く之を閣く迹門十四品の正宗の八品は一往之を見るに二乗を以て正と為し菩薩凡夫を以て傍と為す、再往之を勘うれば凡夫・正像末を以て正と為す正像末の三時の中にも末法の始を以て正が中の正と為す、問うて曰く其の証如何ん、答えて曰く法師品に云く「而も此の経は如来の現在すら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」宝塔品に云く「法をして久住せしむ乃至来れる所の化仏当に此の意を知るべし」等、勧持安楽等之を見る可し迹門是くの如し、本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。
問うて曰く其の証文如何、答えて云く涌出品に云く「爾の時に他方の国土の諸の来れる菩薩摩訶薩の八恒河沙 の数に過ぎたる大衆の中に於て起立し合掌し礼を作して仏に白して言さく、世尊若し我等に仏の滅後に於て娑婆世界に在つて勤加精進して是の経典を護持し読誦し書写し供養せんことを聴し給わば当に此の土に於て広く之を説きたてまつるべし、爾の時に仏・諸の菩薩摩訶薩衆に告げ給わく止ね善男子・汝等が此の経を護持せんことを須いじ」等云云、法師より已下五品の経文前後水火なり、宝塔品の末に云く「大音声を以て普く四衆に告ぐ誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かんものなる」等云云、設い教主一仏為りと雖も之を奨勧し給わば薬王等の大菩薩・梵帝・日月・四天等は之を重んず可き処に多宝仏・十方の諸仏客仏と為て之を諌暁し給う、諸の菩薩等は此の慇懃の付属を聞いて「我不愛身命」の誓言を立つ、此等は偏に仏意に叶わんが為なり、而るに須臾の間に仏語相違して過八恒沙の此の土の弘経を制止し給う進退惟れ谷まり凡智に及ばず、天台智者大師前三後三の六釈を作つて之を会し給えり、所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、又迹化の大衆は釈尊初発心の弟子等に非ざる故なり、天台大師云く「是れ我が弟子なり応に我が法を弘むべし」妙楽云く「子父の法を弘む世界の益有り」、輔正記に云く「法是れ久成の法なるを以ての故に久成の人に付す」等云云。

法華経にも序分・正宗分・流通分がありますが、法華経の中の本門にも序分・正宗分・流通分があります。過去の大通智勝仏の説いた法華経から華厳経やら迹門十四品・涅槃経等の釈尊一代五十余年の諸経・十方(東・西・南・北・東東南・南南西・西西北・北北東・上下)三世(過去・現在・未来)の諸仏の微塵(無数)の経典は皆寿量品からみると序品なのです。一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六”一品”と分別功徳品第十七の前半)よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名ずけるのです。その機根をたずねるなら、それらの教えに出会うのは徳薄垢重(徳が薄く命が汚れている)・幼稚(命が発達していない)・貧窮(命が貧しい)・孤露(孤独)にして禽獣(畜生に同じ)なのです。爾前迹門の教は尚仏因にならないのです。したがって大日経等の諸小乗経などはいうまでもありません。ましてや華厳・真言等の七宗等の論師・人師のたてた説などで成仏できるわけがありません。しいてこれを論ずるならば前三教(蔵・通・別)をでることなく、もうすこし詳しく言えば蔵・通をでることはないのです。これらの教えはたとえ法は甚深といっても、未だ種熟脱(仏の種を植えてやがて熟して仏という実がなる)を論ぜず還つて灰断(成仏とは灰なること)と同じであり教えの始終が無いとはこのことなのです。たとえば王女だとしても、不倫で奴隷や下男と関係して畜種を懐妊すれば、その子尚旃陀羅(差別民)に劣れるがようなものです。これらはしばらくおきますが、迹門十四品の正宗分の八品は一往之を見ると二乗(声聞・縁覚)を以て正と為し菩薩・凡夫を以て傍としています。さらにこれを考えるならば凡夫は正・像・末法を以て正と為すのですが正・像・末の三時の中にも末法の始を以て正が中の正と為すのです。質問していうには「その証拠をあげてくれませんか」答えとして「法師品にはこの経は如来の現在ですらなお怨嫉(おんしつ)覆いのです。いわんや如来の滅後においてはなおさら怨嫉が激しいでしょう」
また宝塔品にいわく「この法(法華経)をして世を救うために久しくとどめおくのです。あとから来る仏もこのことを心得なさい」勧持品・安楽品をみなさい。本門から考えれば末法の始めをもって正機とするのです。いちおうこのことを考えると、久遠の昔に下種があったというべきで大通智勝仏・前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって熟とし本門にいたって妙覚に登ったのです。しかしさらによく見れば迹門とは違い本門は序分・正宗分・流通分ともに末法の始めから始まるのです。お釈迦様在世の本門と末法の始めは同じものですがお釈迦様の本門は過去の下種を刈り取るためで末法の始めは下種の為なのです。お釈迦様の仏法は一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六一品と分別功徳品第十七の前半)であり末法の下種は南無妙法蓮華経なのです。問うていうには「その証文をだしてくれませんか」答えていうのは「涌出品に云く、爾の時に他方の国土の諸の来れる菩薩摩訶薩の八恒河沙(はちごうがしゃ) の数に過ぎたる大衆の中に於て起立し合掌し礼を作して仏に白して言さく、世尊若し我等に仏の滅後に於て娑婆世界に在つて勤加精進して是の経典を護持し読誦し書写し供養せんことを聴(ゆるす)し給わば、当に此の土に於て広く之を説きたてまつるべし、爾の時に仏・諸の菩薩摩訶薩衆に告げ給わく、止ね善男子・汝等が此の経を護持せんことを須(もち)いじ」とあります。法師品よりいかの五品の経文はその説は水と火のような違いがあります。宝塔品の末に云く「大音声を以て普(あまね)く四衆に告ぐ、誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かんものなる」とあります。たとえ教主一人(釈迦)の発言であっても薬王菩薩などの大菩薩・梵天・日月・四天王などはこの発言を重く受け止めるべきであり、しかも仏・十方の客仏などがこぞって推奨するのです。諸々の菩薩たちはこの重大な発言を聞いて「我不愛身命(われ身命を愛さず」と約束しました。これらはひとへに仏意にかなうべきなためなのです。しかるにあっというまに仏意が変わって、無数のこの世界の布教を菩薩たちに禁じたのです。ここに進退が窮まったのです。天台智者大師、前三後三(法華経を他化の菩薩には付属しない三個の理由と地湧の菩薩に付属する三個の理由)の六釈を作つて之を解釈したのです。結論は迹化や他方の大菩薩等に釈尊の内証の寿量品を以て授与すべきでなく末法の初は謗法(ほうぼう)の国であり悪機が充満し、故に菩薩の布教を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与しようと考えたのです。又迹門で化道した大衆は釈尊の初発心の弟子等ではなく、天台大師云は「是れ我が弟子なり応に我が法を弘むべし」妙楽云く「子父の法を弘む世界の益有り」、輔正記に云く「法是れ久成の法なるを以ての故に久成の人に付す」とあります。

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nakasugi_h at 13:11│Comments(21)│clip!│20拍手
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1:43 午前  
Blogger yoji said...

正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。

12

2:02 午前  
Blogger yoji said...

正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経

2:03 午前  
Blogger yoji said...

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               妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                       二経六段
┃                                             ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓  ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓ 分┃  ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃  ┃  ┃
┃ ┃            ┏━領解━┫                   ┃  ┃  ┃
┃ ┃            ┃    ┣━法説周━┓             ┃ 正┃  ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣━宗┫  ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃ 分┃  ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃  ┃  ┃ 
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛  ┃ 迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃                ┣━門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃                ┃  ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃                ┃  ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛                ┃  ┃
┃ ┃          ┣━╋━述成━╋┛                     ┃  ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                      ┃  ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓  ┃  ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃ 流┃  ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋━通┛  ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫ 分   ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛     ┃
┃ ┃                                       序   ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━分┓  ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓  ┃  ┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣━正╋━本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛ 宗┃ 門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛               分┃
┃ ┏            ┗┓                          ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓             ┃ 
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓  ┃ 
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃ 流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣━通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃ 分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃                 
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』

6:11 午後  
Blogger yoji said...

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               妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                       二経六段
┃                                             ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓  ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓ 分┃  ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃  ┃  ┃
┃ ┃            ┏━領解━╋━法説周━┓             ┃ 正┃  ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣━宗┫  ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃ 分┃  ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃  ┃  ┃ 
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛  ┃ 迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃                ┣━門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃                ┃  ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃                ┃  ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛                ┃  ┃
┃ ┃          ┣━╋━述成━╋┛                     ┃  ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                      ┃  ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓  ┃  ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃ 流┃  ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋━通┛  ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫ 分   ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛     ┃
┃ ┃                                       序   ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━分┓  ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓  ┃  ┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣━正╋━本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛ 宗┃ 門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛               分┃
┃ ┏            ┗┓                          ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓             ┃ 
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓  ┃ 
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃ 流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣━通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃ 分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃                 
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』

6:15 午後  
Blogger yoji said...

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               妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                       二経六段
┃                                             ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓  ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓ 分┃  ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃  ┃  ┃
┃ ┃            ┏━領解━╋━法説周━┓             ┃ 正┃  ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣━宗┫  ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃ 分┃  ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃  ┃  ┃ 
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛  ┃ 迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃                ┣━門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃                ┃  ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃                ┃  ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛                ┃  ┃
┃ ┃          ┣━╋━述成━╋┛                     ┃  ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                      ┃  ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓  ┃  ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃ 流┃  ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋━通┛  ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫ 分   ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛     ┃
┃ ┃              ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓  ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┫                        分┃  ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓  ┃  ┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣━正╋━本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛ 宗┃ 門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛               分┃
┃ ┏            ┗┓                          ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓             ┃ 
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓  ┃ 
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃ 流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣━通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃ 分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃                 
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』

7:07 午後  
Blogger yoji said...

歌行燈1910は、直接的及び内容的に竜女の出てくる12品が関係するが、全23章である。
23品も追悼、女性の転生を語っているので内容的には対応するかもしれない。

5:32 午前  
Blogger yoji said...

http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/3587_19541.html
歌行燈

音楽、火、供養、女人成仏の主題は、薬王23品と対応し得る。偶然とは思えない。

6:21 午前  
Blogger yoji said...

25品を引用している春昼など、該当しないものもある。

11:06 午後  
Blogger yoji said...

http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/48329_33335.html


おばけずきのいわれ少々と処女作

泉鏡花




 僕は随分な迷信家だ。いずれそれには親ゆずりといったようなことがあるのは云う迄もない。父が熱心な信心家であったこともその一つの原因であろう。僕の幼時には物見遊山に行くということよりも、お寺詣
まい
りに連れられる方が多かった。
 僕は明
あきら
かに世に二つの大
おおい
なる超自然力のあることを信ずる。これを強いて一纏
まと
めに命名すると、一を観音力
かんのんりき
、他を鬼神力とでも呼ぼうか、共に人間はこれに対して到底不可抗力のものである。
 鬼神力が具体的に吾人の前に現顕する時は、三つ目小僧ともなり、大入道ともなり、一本脚傘の化物ともなる。世にいわゆる妖怪変化の類
たぐい
は、すべてこれ鬼神力の具体的現前に外ならぬ。
 鬼神力が三つ目小僧となり、大入道となるように、また観音力の微妙なる影向
ようごう
のあるを見ることを疑わぬ。僕は人の手に作られた石の地蔵に、かしこくも自在の力ましますし、観世音に無量無辺の福徳ましまして、その功力
くりき
測るべからずと信ずるのである。乃至
ないし
一草一木の裡
うち
、あるいは鬼神力宿り、あるいは観音力宿る。必ずしも白蓮
びゃくれん
に観音立ち給い、必ずしも紫陽花
あじさい
に鬼神隠るというではない。我が心の照応する所境によって変幻極りない。僕が御幣を担ぎ、そを信ずるものは実にこの故である。
 僕は一方鬼神力に対しては大なる畏
おそ
れを有

っている。けれどもまた一方観音力の絶大なる加護を信ずる。この故に念々頭々かの観音力を念ずる時んば、例えばいかなる形において鬼神力の現前することがあるとも、それに向ってついに何等の畏れも抱くことがない。されば自分に取っては最も畏るべき鬼神力も、またある時は最も親
したし
むべき友たることが少くない。
 さらば僕はいかに観音力を念じ、いかに観音の加護を信ずるかというに、由来が執拗
しつよう
なる迷信に執
とら
えられた僕であれば、もとよりあるいは玄妙なる哲学的見地に立って、そこに立命の基礎を作り、またあるいは深奥なる宗教的見地に居

って、そこに安心の臍
ほぞ
を定めるという世にいわゆる学者、宗教家達とは自
おのずか
らその信仰状態を異にする気の毒さはいう迄もない。
 僕はかの観音経を読誦
どくじゅ
するに、「彼の観音力を念ずれば」という訓読法を用いないで、「念彼観音力
ねんぴかんのんりき
」という音読法を用いる。蓋
けだ
し僕には観音経の文句――なお一層適切に云えば文句の調子――そのものが難有
ありがた
いのであって、その現
あらわ
してある文句が何事を意味しようとも、そんな事には少しも関係を有

たぬのである。この故に観音経を誦
じゅ
するもあえて箇中の真意を闡明
せんめい
しようというようなことは、いまだかつて考え企てたことがない。否

な僕はかくのごとき妙法に向って、かくのごとく考えかくのごとく企つべきものでないと信じている。僕はただかの自
おのずか
ら敬虔
けいけん
の情を禁じあたわざるがごとき、微妙なる音調を尚
とうと
しとするものである。
 そこで文章の死活がまたしばしば音調の巧拙に支配せらるる事の少からざるを思うに、文章の生命はたしかにその半

1:46 午前  
Blogger yoji said...

旧版:


               妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                       二経六段
┃                                             ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓  ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓ 分┃  ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃  ┃  ┃
┃ ┃            ┏━領解━┫                   ┃  ┃  ┃
┃ ┃            ┃    ┣━法説周━┓             ┃ 正┃  ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣━宗┫  ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃ 分┃  ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃  ┃  ┃ 
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛  ┃ 迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃                ┣━門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃                ┃  ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃                ┃  ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛                ┃  ┃
┃ ┃          ┣━╋━述成━╋┛                     ┃  ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                      ┃  ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓  ┃  ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃ 流┃  ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋━通┛  ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫ 分   ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛     ┃
┃ ┃                                       序   ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━分┓  ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓  ┃  ┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣━正╋━本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛ 宗┃ 門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛               分┃
┃ ┏            ┃                           ┃
┃ ┃            ┗┓                          ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓             ┃ 
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓  ┃ 
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃ 流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣━通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃ 分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃                 
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』

11:04 午後  
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旧版2:


               妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                       二経六段
┃                                             ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓  ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓ 分┃  ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃  ┃  ┃
┃ ┃            ┏━領解━╋━法説周━┓             ┃ 正┃  ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣━宗┫  ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃ 分┃  ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃  ┃  ┃ 
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛  ┃ 迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃                ┣━門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃                ┃  ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃                ┃  ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛                ┃  ┃
┃ ┃          ┣━╋━述成━╋┛                     ┃  ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                      ┃  ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓  ┃  ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃ 流┃  ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋━通┛  ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫ 分   ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛     ┃
┃ ┃              ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓  ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┫                        分┃  ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓  ┃  ┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣━正╋━本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛ 宗┃ 門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛               分┃
┃ ┏            ┗┓                          ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓             ┃ 
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓  ┃ 
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃ 流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣━通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃ 分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃                 
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』

11:46 午後  
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旧版3:

               妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                      二経六段
┃                                            ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓ 分┃ ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃  ┃ ┃
┃ ┃            ┏━領解━╋━法説周━┓             ┃ 正┃ ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣━宗┫ ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃ 分┃ ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃  ┃ ┃ 
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛  ┃迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃                ┣門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃                ┃ ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃                ┃ ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛                ┃ ┃
┃ ┃          ┣━╋━述成━╋┛                     ┃ ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                      ┃ ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓  ┃ ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃ 流┃ ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋━通┛ ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫ 分  ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛    ┃
┃ ┃              ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┫                        分┃ ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓  ┃ ┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣━正╋本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛ 宗┃門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛               分┃
┃ ┏            ┗┓                          ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓             ┃ 
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓  ┃ 
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃ 流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣━通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃ 分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃                 
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』

11:51 午後  
Blogger yoji said...

サンスクリット原典では22が末尾


音楽建築原発政治中国歴史分類図像学

文学東洋思想プラトンアリストテレスリンク:::::

8:30 午後  
Blogger yoji said...

泉鏡花は『法華経』をいくつかの作品内で引用しているが、それは引用された
法華経の章番号と引用している泉鏡花の全体の章の数とを合わせるという興味
深い方法で行われている。


『高野聖』は全26章→『法華経』第26品の陀羅尼 が引用される。
『薬草取』は全5章→第5品の薬草諭品が引用される。
『葛飾砂子』は全16章→第16品の如来寿量品が引用される。
(『葛飾砂子』は正確には全15章だが最後の第16品の引用を独立した第16
章と読むことが可能だ。全23章の『歌行燈』の音楽、火、供養、女人成仏の主題も薬王23品と対応し得る。偶然とは思えない。)


これはジョイスがユリシーズでホメーロスを下敷きにしたのにどこか似ている。

泉鏡花はあくまでもアレゴリカルに信仰に近づこうとするのだ。

法華経に関していえば、その内容は前後半で分かれる(日蓮はヘーゲル的な三分割を採用している)。
参照: http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm

6:20 午前  
Blogger yoji said...

泉鏡花は『法華経』をいくつかの作品内で引用しているが、それは引用された
法華経の章番号と引用している泉鏡花の全体の章の数とを合わせるという興味
深い方法で行われている。


『高野聖』は全26章→『法華経』第26品の陀羅尼 が引用される。
『薬草取』は全5章→第5品の薬草諭品が引用される。
『葛飾砂子』は全16章→第16品の如来寿量品が引用される。
(『葛飾砂子』は正確には全15章だが最後の第16品の引用を独立した第16
章と読むことが可能だ。全23章の『歌行燈』の音楽、火、供養、女人成仏の主題
も薬王23品と対応し得る。偶然とは思えない。)


これはジョイスが『ユリシーズ』でホメーロスを下敷きにしたのにどこか似ている。

泉鏡花はあくまでもアレゴリカルに信仰に近づこうとするのだ。

法華経に関していえば、その内容は前後半で分かれる。
(日蓮はヘーゲル的な三分割を採用している。)
参照: http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm

6:22 午前  
Blogger yoji said...

泉鏡花は『法華経』をいくつかの作品内で引用しているが、それは引用された
法華経の章番号と引用している泉鏡花の全体の章の数とを合わせるという興味
深い方法で行われている。

『高野聖』は全26章→『法華経』第26品の陀羅尼 が引用される。
『薬草取』は全5章→第5品の薬草諭品が引用される。
『葛飾砂子』は全16章→第16品の如来寿量品が引用される。
(『葛飾砂子』は正確には全15章だが最後の第16品の引用を独立した第16
章と読むことが可能だ。全23章の『歌行燈』の、音楽、火、供養、女人成仏の主題
も薬王23品と対応し得る。偶然とは思えない。)

これはジョイスが『ユリシーズ』でホメーロスを下敷きにしたのにどこか似ている。

泉鏡花はあくまでもアレゴリカルに信仰に近づこうとするのだ。

法華経に関していえば、その内容は前後半で分かれる。
(日蓮はヘーゲル的な三分割を採用している。)
参照: http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm

6:22 午前  
Blogger yoji said...

泉鏡花は『法華経』をいくつかの作品内で引用しているが、それは引用された
法華経の章番号と引用している泉鏡花の全体の章の数とを合わせるという興味
深い方法で行われている。

『高野聖』は全26章→『法華経』第26品の陀羅尼 が引用される。
『薬草取』は全5章→第5品の薬草諭品が引用される。
『葛飾砂子』は全16章→第16品の如来寿量品が引用される。
(『葛飾砂子』は正確には全15章だが最後の第16品の引用を独立した第16
章と読むことが可能だ。全23章の『歌行燈』の、音楽、火、供養、女人成仏の主題
も薬王23品と対応し得る。偶然とは思えない。)

これはジョイスが『ユリシーズ』でホメーロスを下敷きにしたのにどこか似ている。

泉鏡花はあくまでもアレゴリカルに信仰に近づこうとするのだ。

『法華経』に関していえば、その内容は前後半で分かれる。
(日蓮はヘーゲル的な三分割を採用している。)
参照: http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm

スーパースターが活躍する後半より、前半の比喩が優れている。

6:24 午前  
Blogger yoji said...

泉鏡花は『法華経』をいくつかの作品内で引用しているが、それは引用された
『法華経』の章(品)番号と引用している泉鏡花作品の全体の章の数とを合わせるという興味
深い方法で行われている。

『高野聖』は全26章→『法華経』第26品の陀羅尼 が引用される。
『薬草取』は全5章→第5品の薬草諭品が引用される。
『葛飾砂子』は全16章→第16品の如来寿量品が引用される。
(『葛飾砂子』は正確には全15章だが最後の第16品の引用を独立した第16
章と読むことが可能だ。全23章の『歌行燈』の、音楽、火、供養、女人成仏の主題
も薬王23品と対応し得る。偶然とは思えない。)

これはジョイスが『ユリシーズ』でホメーロスを下敷きにしたのにどこか似ている。

泉鏡花はあくまでもアレゴリカルに信仰に近づこうとするのだ。

『法華経』に関していえば、その内容は前後半で分かれる。
(日蓮はヘーゲル的な三分割を採用している。)
参照: http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm

スーパースターが活躍する後半より、前半の比喩が優れている。

6:27 午前  
Blogger yoji said...

泉鏡花は『法華経』をいくつかの作品内で引用しているが、それは引用された
『法華経』の章(品)番号と引用している泉鏡花作品の全体の章の数とを合わ
せるという興味深い方法で行われている。

『高野聖』は全26章→『法華経』第26品の陀羅尼 が引用される。
『薬草取』は全5章→第5品の薬草諭品が引用される。
『葛飾砂子』は全16章→第16品の如来寿量品が引用される。
(『葛飾砂子』は正確には全15章だが最後の第16品の引用を独立した第16
章と読むことが可能だ。全23章の『歌行燈』の、音楽、火、供養、女人成仏の主題
も薬王23品と対応し得る。偶然とは思えない。)

これはジョイスが『ユリシーズ』でホメーロスを下敷きにしたのにどこか似ている。

泉鏡花はあくまでもアレゴリカルに信仰に近づこうとするのだ。

『法華経』に関していえば、その内容は前後半で分かれる。
(日蓮はヘーゲル的な三分割を採用している。)
参照: http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm

スーパースターが活躍する後半より、前半の比喩が優れている。

6:28 午前  
Blogger yoji said...

リンク:

音楽建築原発政治中国歴史分類図像学

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6:29 午前  
Blogger yoji said...

歌行燈1910全23章は、直接的及び内容的に竜女の出てくる12品が関係するが、全23章である。
23品も追悼、女性の転生を語っているので内容的には対応するかもしれない。

6:35 午前  
Blogger yoji said...


http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm

五 重 三 段

 
 日蓮大聖人は『観心本尊抄』において、釈尊一代五十年の教法を従浅至深して五重に括り、それぞれを「序分」「正宗分」「流通分」の三段に分ける教判を立てられ、最終的に在世と末法との種脱の法体の異なりを判じ、末法の衆生が尊崇すべき本尊を示されました。
 「序分」とは、正意とする教法を説くための準備段階のところをいい、「正宗分」とは、まさに仏の本意とする中心の教法が説かれているところをいい、「流通分」とは、衆生を利益することを目的として、正説(正宗分)である教法を広く流布するために説かれたところをいいます。
 五重三段とは、一代一経三段・法華経一経三段・迹門熟益三段・本門脱益三段・文底下種三段をいい、概説すると次のようになります。
 
(第一重) 一代一経三段 ◎釈尊一代五十年の経々を三段に分けて判釈
 この段では釈尊出世の本懐が法華経であることを明かします。
 序 分 華巌・阿含・方等・般若部の法華以前の諸経
 正宗分 法華三部経(無量義経・法華経・観普賢菩薩行法経)
 流通分 涅槃経等


(第二重)法華経一経三段 ◎第一重の正宗分を序・正・流通の三段に分けて判釈
 この段では法華経の正意が二乗作仏・久遠実成にあることを明かします。
 序 分 無量義経と法華経の序品第一
 正宗分 方便品第二より分別功徳品第十七の十九行の偈に至るまでの十五品半
 流通分 分別功徳品第十七の後半、現在の四信より普賢菩薩勧発品第二十八までに至る十一品半と観普賢菩薩行法経の一経
 
 以上の一代一経三段と法華経一経三段は、法華経を一代説教の中心とした、概括的な構格を示していることから「一往・総の三段」といいます。
 そして次からの迹門熟益三段・本門脱益三段・文底下種三段は、末法の衆生の尊崇すべき本尊が明かされていくことから「再往・別の三段」といいます。
 

(第三重)迹門熟益三段 ◎法華三部経のうち、無量義経と法華経迹門を三段に分けて判釈
 この段では迹門熟益の本尊として、仏は始成正覚の応即法身を示し、法は二乗作仏・百界千如が明かされます。
 序 分 無量義経と法華経の序品第一
 正宗分 方便品第二より授学無学人記品第九までの八品
 流通分 法師品第十より安楽行品第十四までの五品
 

(第四重)本門脱益三段 ◎法華三部経のうち、法華経本門と観普賢菩薩行法経を三段に分けて判釈
 この段では本門脱益の本尊として、仏は久遠実成の仏身を示し、法は本因妙・本果妙・本国土妙の三妙合論のうえにおける一念三千を明かされます。
 序 分 従地涌出品第十五の前半品
 正宗分 従地涌出品第十五の略開近顕遠の文よりの後半品、寿量品第十六の広開近顕遠の一品、分別功徳品第十七の前半品十九行偈までの一品二半
 流通分 分別功徳品第十七の後半品現在の四信より、普賢菩薩勧発品第二十八までの十一品半と、観普賢菩薩行法経の一経
 
 以上の四重の判釈により、釈尊一代仏教の中心は法華経の本門の一品二半にあることが明かされました。さらに大聖人は、末法流通の本尊を示すために寿量文底の意に約して、第五重の三段を立てられています。
 

(第五重)文底下種三段 ◎文底下種の法門より、仏教の一切を括って三段に分けた判釈
 この段では末法の一切衆生が観心成仏すべき本尊として、仏は名字凡身の下種の仏を示し、法は文底下種の妙法蓮華経であることを明かします。
 序 分 文底体外の辺における釈尊一代五十年の諸経、並びに十方三世諸仏の微塵の経々
 正宗分 従地涌出品第十五の動執生疑より、分別功徳品第十七の十九行の偈に至るまでの一品二半(広開近顕遠の一品二半、我が内証の寿量品、すなわち文底能詮の寿量品の二千余字)
 流通分 文底体内の辺における釈尊一代五十年の諸経、並びに十方三世諸仏の微塵の経々(流通の正体は、文底所詮の下種本因妙の妙法蓮華経)
 ここで示された文底内証の寿量品たる「一品二半」は、第四重の本門脱益三段の正宗分たる「一品二半」(脱益)とは名は同じであっても、その配立と意義内容は異なります。
 すなわち、脱益の一品二半は、『涌出品』の略開近顕遠からの一品二半であるのに対し、内証の寿量品たる一品二半は、『涌出品』の動執生疑からの広開近顕遠の一品二半なのです。また、脱益の一品二半が久遠本果を説き、仏の因位の修行と果徳と所住の国土とに約して、事の一念三千を説示したのに対し、内証の寿量品の一品二半は能く久遠元初の本因名字の妙法蓮華経を説き詮(あらわ)すのです。

10:18 午前  
Blogger yoji said...

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五重三段

 
 日蓮大聖人は『観心本尊抄』において、釈尊一代五十年の教法を従浅至深して五重に括り、それぞれを「序分」「正宗分」「流通分」の三段に分ける教判を立てられ、最終的に在世と末法との種脱の法体の異なりを判じ、末法の衆生が尊崇すべき本尊を示されました。
 「序分」とは、正意とする教法を説くための準備段階のところをいい、「正宗分」とは、まさに仏の本意とする中心の教法が説かれているところをいい、「流通分」とは、衆生を利益することを目的として、正説(正宗分)である教法を広く流布するために説かれたところをいいます。
 五重三段とは、一代一経三段・法華経一経三段・迹門熟益三段・本門脱益三段・文底下種三段
http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm

10:24 午前  
Blogger yoji said...


http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html



「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。紀元は2600年(キングレコードより)


観心本尊抄 講義(14)


又弥勒菩薩疑請して云く経に云く「我等は復た仏の随宜の所説・仏所出の言未だ曾て虚妄ならず・仏の所知は皆悉く通達し給えりと信ずと雖も然も諸の新発意の菩薩・仏の滅後に於て若し是の語を聞かば或は信受せずして法を破する罪業の因縁を起さん、唯然り世尊・願くは為に解説して我等が疑を除き給え及び未来世の諸の善男子此の事を聞き已つて亦疑を生ぜじ」等云云、文の意は寿量の法門は滅後の為に之を請ずるなり、寿量品に云く「或は本心を失える或は失わざる者あり乃至心を失わざる者は此の良薬の色香倶に好きを見て即便之を服するに 病尽く除癒ぬ」等云云、久遠下種・大通結縁乃至前四味迹門等の一切の菩薩・二乗・人天等の本門に於て得道する是なり、経に云く「余の心を失える者は其の父の来れるを見て亦歓喜し問訊して病を治せんことを求むと雖も然も其の薬を与うるに而も肯えて服せず、所以は何ん毒気深く入つて本心を失えるが故に此の好き色香ある薬に於て美からずと謂えり乃至我今当に方便を設け此の薬を服せしむべし、乃至是の好き良薬を今留めて此に在く汝取つて服す可し差じと憂うること勿れ、是の教を作し已つて復た他国に至つて使を遣わして還つて告ぐ」等云云、分別功徳品に云く「悪世末法の時」等云云。

また弥勒菩薩が疑ってお尋ねするには、経には「我らはまた仏の時にかなった説法、仏の口から出た仏語はいまだかって虚妄であったためしがありません。仏は自ら知っていることを皆ことごとく教えてくれたと信じていますが、新しく仏道を志す諸々の菩薩は仏の滅後において、仏のこの言葉(末法の南無妙法蓮華経の付属は地湧の菩薩に託する)を聞くならばあるいは信心をなくして自分には布教の権利が無いと知り、法を破る罪業の因縁を起こす人間がでてこないともかぎりません。どうか世尊このわれらの心配にたいし納得いくようにご説明してください。そうすれば未来の菩薩も疑いを生じないでしょう。」とあります。この経典の意味は寿量品の法門は釈尊滅後のために説いたものなのです。寿量品には「あるいは本心を失ったものがおり、あるいは本心を失わないものがおります。本心を失わざるものはこの寿量品の良薬を感じ直ちにこれを信じて服したのです。そして諸々の病をただちに治したのです」とあります。久遠下種・大通智勝仏の結縁ないし前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)あるいは迹門等の一切の菩薩・二乗(声聞・縁覚)・人天などが法華経本門において成仏するというのはこのことなのです。経には「本心を失ったものは父が来ると歓喜し病を治してください哀願するのですが、父がこの良薬を服することを勧めても、これだけは飲みたくないと言いはるのです。毒気深入(毒気が深く入った)がゆえに本心を失い良薬が毒に思えるのです。困った父は方便を用いて、この良薬を飲ませることにしたのです。その方便とは薬をおいて他国に旅立つことなのです。他国から父は使いをだしてこの良薬を飲むように子供に伝えるのです。父がいなくなってしまった子供は思い切ってついに良薬を飲み病を癒したのです。分別功徳品に「悪世末法の時」とはこのことなのです。この良薬とは末法の始めに建立された南無妙法蓮華経のことなのです。仏法は南無妙法蓮華経ですよと聞かされ「わかりました。信じます南無妙法蓮華経」とただちに信ずる人は”本心を失わない人”で、南無妙法蓮華経の下種がただちに利いて成仏するのです。南無妙法蓮華経ですよ、と聞かされても「疑わしいな信じられない」と思った人は本心を失った人なのです。また邪教に熱中し南無妙法蓮華経に一切耳をかさない人は本心がまったくなくなった人ということができます。末法という時に日蓮大聖人様はお生まれになり、われらに南無妙法蓮華経を与えられ、これさえ飲めば人生はなんの不安もなく黄金の人生を送れるのですといわれて「わかりました、直ちに信じます。南無妙法蓮華経」という人は少ないのです。末法は悪国であり、悪人充満なのです。末法の御本仏日蓮大聖人を悪口罵詈・刀杖瓦石・弓矢・首の座・二度の島流しにするような悪国なのです。南無妙法蓮華経を簡単に服すことはないのです。日蓮大聖人は仏界にお帰りになり法だけが残った今、初めてわれらが南無妙法蓮華経を服すのです。







       

4:37 午後  
Blogger yoji said...



              A妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                     二経六段
┃                                           ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓分┃ ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃ ┃ ┃
┃ ┃            ┏━領解━╋━法説周━┓             ┃正┃ ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣宗┫ ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃分┃ ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃ ┃C┃ 
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛ ┃迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃               ┣門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃               ┃ ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃               ┃ ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛               ┃ ┃
┃B┃          ┣━╋━述成━╋┛                    ┃ ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                     ┃ ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓ ┃ ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃流┃ ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋通┛ ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫分  ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛   ┃
┃ ┃              ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┫                       分┃ ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓ ┃D┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣正╋本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛宗┃門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛              分┃
┃ ┏            ┗┓                        E┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓            ┃ 
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓ ┃ 
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃                 
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』
サンスクリット原典では第22品が末尾にまわる。


 五重三段とは、A一代一経三段・B法華経一経三段・C迹門熟益三段・D本門脱益三段・E文底下種三段

(第一重) 一代一経三段 ◎釈尊一代五十年の経々を三段に分けて判釈A
(第二重)法華経一経三段 ◎第一重の正宗分を序・正・流通の三段に分けて判釈B
(第三重)迹門熟益三段 ◎法華三部経のうち、無量義経と法華経迹門を三段に分けて判釈C
(第四重)本門脱益三段 ◎法華三部経のうち、法華経本門と観普賢菩薩行法経を三段に分けて判釈D
(第五重)文底下種三段 ◎文底下種の法門より、仏教の一切を括って三段に分けた判釈E

4:39 午後  
Blogger yoji said...


http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm

五 重 三 段

 
 日蓮大聖人は『観心本尊抄』において、釈尊一代五十年の教法を従浅至深して五重に括り、それぞれを「序分」「正宗分」「流通分」の三段に分ける教判を立てられ、最終的に在世と末法との種脱の法体の異なりを判じ、末法の衆生が尊崇すべき本尊を示されました。
 「序分」とは、正意とする教法を説くための準備段階のところをいい、「正宗分」とは、まさに仏の本意とする中心の教法が説かれているところをいい、「流通分」とは、衆生を利益することを目的として、正説(正宗分)である教法を広く流布するために説かれたところをいいます。
 五重三段とは、一代一経三段・法華経一経三段・迹門熟益三段・本門脱益三段・文底下種三段をいい、概説すると次のようになります。
 
(第一重) 一代一経三段 ◎釈尊一代五十年の経々を三段に分けて判釈
 この段では釈尊出世の本懐が法華経であることを明かします。
 序 分 華巌・阿含・方等・般若部の法華以前の諸経
 正宗分 法華三部経(無量義経・法華経・観普賢菩薩行法経)
 流通分 涅槃経等


(第二重)法華経一経三段 ◎第一重の正宗分を序・正・流通の三段に分けて判釈
 この段では法華経の正意が二乗作仏・久遠実成にあることを明かします。
 序 分 無量義経と法華経の序品第一
 正宗分 方便品第二より分別功徳品第十七の十九行の偈に至るまでの十五品半
 流通分 分別功徳品第十七の後半、現在の四信より普賢菩薩勧発品第二十八までに至る十一品半と観普賢菩薩行法経の一経
 
 以上の一代一経三段と法華経一経三段は、法華経を一代説教の中心とした、概括的な構格を示していることから「一往・総の三段」といいます。
 そして次からの迹門熟益三段・本門脱益三段・文底下種三段は、末法の衆生の尊崇すべき本尊が明かされていくことから「再往・別の三段」といいます。
 

(第三重)迹門熟益三段 ◎法華三部経のうち、無量義経と法華経迹門を三段に分けて判釈
 この段では迹門熟益の本尊として、仏は始成正覚の応即法身を示し、法は二乗作仏・百界千如が明かされます。
 序 分 無量義経と法華経の序品第一
 正宗分 方便品第二より授学無学人記品第九までの八品
 流通分 法師品第十より安楽行品第十四までの五品
 

(第四重)本門脱益三段 ◎法華三部経のうち、法華経本門と観普賢菩薩行法経を三段に分けて判釈
 この段では本門脱益の本尊として、仏は久遠実成の仏身を示し、法は本因妙・本果妙・本国土妙の三妙合論のうえにおける一念三千を明かされます。
 序 分 従地涌出品第十五の前半品
 正宗分 従地涌出品第十五の略開近顕遠の文よりの後半品、寿量品第十六の広開近顕遠の一品、分別功徳品第十七の前半品十九行偈までの一品二半
 流通分 分別功徳品第十七の後半品現在の四信より、普賢菩薩勧発品第二十八までの十一品半と、観普賢菩薩行法経の一経
 
 以上の四重の判釈により、釈尊一代仏教の中心は法華経の本門の一品二半にあることが明かされました。さらに大聖人は、末法流通の本尊を示すために寿量文底の意に約して、第五重の三段を立てられています。
 

(第五重)文底下種三段 ◎文底下種の法門より、仏教の一切を括って三段に分けた判釈
 この段では末法の一切衆生が観心成仏すべき本尊として、仏は名字凡身の下種の仏を示し、法は文底下種の妙法蓮華経であることを明かします。
 序 分 文底体外の辺における釈尊一代五十年の諸経、並びに十方三世諸仏の微塵の経々
 正宗分 従地涌出品第十五の動執生疑より、分別功徳品第十七の十九行の偈に至るまでの一品二半(広開近顕遠の一品二半、我が内証の寿量品、すなわち文底能詮の寿量品の二千余字)
 流通分 文底体内の辺における釈尊一代五十年の諸経、並びに十方三世諸仏の微塵の経々(流通の正体は、文底所詮の下種本因妙の妙法蓮華経)

 ここで示された文底内証の寿量品たる「一品二半」は、第四重の本門脱益三段の正宗分たる「一品二半」(脱益)とは名は同じであっても、その配立と意義内容は異なります。
 すなわち、脱益の一品二半は、『涌出品』の略開近顕遠からの一品二半であるのに対し、内証の寿量品たる一品二半は、『涌出品』の動執生疑からの広開近顕遠の一品二半なのです。また、脱益の一品二半が久遠本果を説き、仏の因位の修行と果徳と所住の国土とに約して、事の一念三千を説示したのに対し、内証の寿量品の一品二半は能く久遠元初の本因名字の妙法蓮華経を説き詮(あらわ)すのです。

 この所詮の法体である南無妙法蓮華経こそが、『神力品』で上行菩薩に付嘱された末法流通の正体なのです。すなわち、末法流通の観心の本尊の実体とは、外用上行菩薩・内証久遠元初自受用報身如来の再誕日蓮大聖人によって顕された人法一箇・独一本門戒壇の大御本尊となるのです。


参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
観心本尊抄 講義(12)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html 13



(『葛飾砂子』は正確には全15章だが最後の第16品の引用を独立した第16章と読むことが可能だ。『歌行燈』1910全23章も、直接的及び内容的に竜女の出てくる12品が関係するが、全23章である。23品も追悼、女性(竜女)の転生を語っているので内容的には対応するかもしれない。実際、『歌行燈』における音楽、火、供養、女人成仏の主題は薬王23品を連想させる。偶然とは思えない。)

これはジョイスがユリシーズでホメーロスを下敷きにしたのにどこか似ている。

泉鏡花はあくまでもアレゴリカルに信仰に近づこうとするのだ。

法華経に関していえば、その内容は前後半で分かれる(日蓮はヘーゲル的な三分割=五重三段を採用している)。
参照:http://homepage3.nifty.com/y-maki/hihan/gojyusanndan.htm

スーパースターが活躍する後半より、前半の比喩が優れている。

自然の観察が見られるからだ。泉鏡花も前半部分を引用している(後半部も引用しているが)。

参考:
http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/48329_33335.html
おばけずきのいわれ少々と処女作
泉鏡花

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参照:http://www.myofukuji.or.jp/okyo/index.html

4:41 午後  
Blogger yoji said...



              A妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                     二経六段
┃                                           ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓分┃ ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃ ┃ ┃
┃ ┃            ┏━領解━╋━法説周━┓             ┃正┃ ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣宗┫ ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃分┃ ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃ ┃C┃ 
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛ ┃迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃               ┣門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃               ┃ ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃               ┃ ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛               ┃ ┃
┃B┃          ┣━╋━述成━╋┛                    ┃ ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                     ┃ ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓ ┃ ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃流┃ ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋通┛ ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫分  ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛   ┃
┃ ┃              ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┫                       分┃ ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓E┃D┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣正╋本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛宗┃門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛              分┃
┃ ┏            ┗┓                         ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓            ┃ 
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓ ┃ 
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃                 
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』
サンスクリット原典では第22品が末尾にまわる。


 五重三段とは、A一代一経三段・B法華経一経三段・C迹門熟益三段・D本門脱益三段・E文底下種三段

(第一重) 一代一経三段 ◎釈尊一代五十年の経々を三段に分けて判釈A
(第二重)法華経一経三段 ◎第一重の正宗分を序・正・流通の三段に分けて判釈B
(第三重)迹門熟益三段 ◎法華三部経のうち、無量義経と法華経迹門を三段に分けて判釈C
(第四重)本門脱益三段 ◎法華三部経のうち、法華経本門と観普賢菩薩行法経を三段に分けて判釈D
(第五重)文底下種三段 ◎文底下種の法門より、仏教の一切を括って三段に分けた判釈E

4:44 午後  
Blogger yoji said...



正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、過去の結縁を尋れば大通十六の時仏果の下種を下し進んでは華厳経等の前四味を以て助縁と為して大通の種子を覚知せしむ、此れは仏の本意に非ず但毒発等の一分なり、二乗凡夫等は前四味を縁と為し漸漸に法華に来至して種子を顕わし開顕を遂ぐるの機是なり、又在世に於て始めて八品を聞く人天等或は一句一偈等を聞て下種とし或は熟し或は脱し或は普賢・涅槃等に至り或は正像末等に小権等を以て縁と為して法華に入る例せば在世の前四味の者の如し。

正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有(もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なのです。過去の因縁をたずねるならば大通十六(大通智勝仏の第十六王子)にやがて仏になる種を植え(下種)さらに進んでは前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって助縁として大通智勝仏の成仏の種を自覚せしめたのです。これは仏の本意ではなく毒発(仏種を毒にたとえたもの)の一分なのです。二乗凡夫等は前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)を縁と為して漸漸に法華に来至して種子を顕わし成仏を開顕するのです。又在世に於て始めて八品(方便品から人記品)を聞く人天ら、或は一句一偈等を聞いて下種とし、或は熟し、或は脱し或は普賢・涅槃らに至り、或は正・像・末等に小権等を以て縁と為して法華に入る、例せば在世の前四味の者の如し、又本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。

正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。



参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
観心本尊抄 講義(12)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html 13

4:55 午後  
Blogger yoji said...



正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、


正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有(もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なのです。




参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
観心本尊抄 講義(12)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html (14)

4:59 午後  
Blogger yoji said...

又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ

又本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html

一念三千殆んど竹膜を隔つ、又迹門並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意の易信易解・本門は三説の外の難信難解・随自意なり。

5:06 午後  
Blogger yoji said...

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html
観心本尊抄(日蓮) 講義(13)


又本門に於て序正流通有り過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品涅槃経等の一代五十余年の諸経・十方三世諸仏の微塵の経経は皆寿量の序分なり一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名く、

法華経にも序分・正宗分・流通分がありますが、法華経の中の本門にも序分・正宗分・流通分があります。過去の大通智勝仏の説いた法華経から華厳経やら迹門十四品・涅槃経等の釈尊一代五十余年の諸経・十方(東・西・南・北・東東南・南南西・西西北・北北東・上下)三世(過去・現在・未来)の諸仏の微塵(無数)の経典は皆寿量品からみると序品なのです。一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六”一品”と分別功徳品第十七の前半)よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名ずけるのです。

5:10 午後  
Blogger yoji said...

宝塔品の末に云く「大音声を以て普く四衆に告ぐ誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かんものなる」等云云、設い教主一仏為りと雖も之を奨勧し給わば薬王等の大菩薩・梵帝・日月・四天等は之を重んず可き処に多宝仏・十方の諸仏客仏と為て之を諌暁し給う

宝塔品の末に云く「大音声を以て普(あまね)く四衆に告ぐ、誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かんものなる」とあります。たとえ教主一人(釈迦)の発言であっても薬王菩薩などの大菩薩・梵天・日月・四天王などはこの発言を重く受け止めるべきであり、しかも仏・十方の客仏などがこぞって推奨するのです。


宝塔品の末に云く「大音声を以て普く四衆に告ぐ誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かんものなる」等云云、設い教主一仏為りと雖も之を奨勧し給わば薬王等の大菩薩・梵帝・日月・四天等は之を重んず可き処に多宝仏・十方の諸仏客仏と為て之を諌暁し給う

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)

5:13 午後  
Blogger yoji said...

結論は迹化や他方の大菩薩等に釈尊の内証の寿量品を以て授与すべきでなく末法の初は謗法(ほうぼう)の国であり悪機が充満し、故に菩薩の布教を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与しようと考えたのです。

所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)

5:17 午後  
Blogger yoji said...

法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にいたるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。」この序分・正宗分・流通分という」考え方は我々の日常のなかでも大切な教えです。何か言いたいことがあって(正宗分)それを理解させるための話(序分)して正宗分の応用としての(流通分)ということです。これがでたらめだとなにが言いたいかわからないということになります。仏法でもこれは同じで一番大事な仏法の教えはなにか、というのが正宗分、それを理解させるための教えが序分なのです。その応用形が流通分ということです。

答えて曰く法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
(12)

5:21 午後  
Blogger yoji said...

法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にいたるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。

法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
(12)

5:22 午後  
Blogger yoji said...


正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有(もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なのです。

正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、

参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
観心本尊抄 講義(12)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html (14)


又本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。

又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ、

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html (12)
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http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html
観心本尊抄(日蓮) 講義(13)

法華経にも序分・正宗分・流通分がありますが、法華経の中の本門にも序分・正宗分・流通分があります。過去の大通智勝仏の説いた法華経から華厳経やら迹門十四品・涅槃経等の釈尊一代五十余年の諸経・十方(東・西・南・北・東東南・南南西・西西北・北北東・上下)三世(過去・現在・未来)の諸仏の微塵(無数)の経典は皆寿量品からみると序品なのです。一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六”一品”と分別功徳品第十七の前半)よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名ずけるのです。



又本門に於て序正流通有り過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品涅槃経等の一代五十余年の諸経・十方三世諸仏の微塵の経経は皆寿量の序分なり一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名く、


結論は迹化や他方の大菩薩等に釈尊の内証の寿量品を以て授与すべきでなく末法の初は謗法(ほうぼう)の国であり悪機が充満し、故に菩薩の布教を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与しようと考えたのです。

所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)

5:29 午後  
Blogger yoji said...

<法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にいたるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。>

法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
(12)


<正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有(もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なのです。>

正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、

参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
観心本尊抄 講義(12)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html (14)


<又本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。>

又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ、

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html (12)
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http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html
観心本尊抄(日蓮) 講義(13)

<法華経にも序分・正宗分・流通分がありますが、法華経の中の本門にも序分・正宗分・流通分があります。過去の大通智勝仏の説いた法華経から華厳経やら迹門十四品・涅槃経等の釈尊一代五十余年の諸経・十方(東・西・南・北・東東南・南南西・西西北・北北東・上下)三世(過去・現在・未来)の諸仏の微塵(無数)の経典は皆寿量品からみると序品なのです。一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六”一品”と分別功徳品第十七の前半)よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名ずけるのです。>



又本門に於て序正流通有り過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品涅槃経等の一代五十余年の諸経・十方三世諸仏の微塵の経経は皆寿量の序分なり一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名く、


<結論は迹化や他方の大菩薩等に釈尊の内証の寿量品を以て授与すべきでなく末法の初は謗法(ほうぼう)の国であり悪機が充満し、故に菩薩の布教を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与しようと考えたのです。>

所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)

5:32 午後  
Blogger yoji said...

<勧持品・安楽品をみなさい。本門から考えれば末法の始めをもって正機とするのです。いちおうこのことを考えると、久遠の昔に下種があったというべきで大通智勝仏・前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって熟とし本門にいたって妙覚に登ったのです。しかしさらによく見れば迹門とは違い本門は序分・正宗分・流通分ともに末法の始めから始まるのです。お釈迦様在世の本門と末法の始めは同じものですがお釈迦様の本門は過去の下種を刈り取るためで末法の始めは下種の為なのです。お釈迦様の仏法は一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六一品と分別功徳品第十七の前半)であり末法の下種は南無妙法蓮華経なのです。>

勧持安楽等之を見る可し迹門是くの如し、本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)

5:40 午後  
Blogger yoji said...

<法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にいたるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。>

法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
(12)


<正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有(もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なのです。>

正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、

参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
観心本尊抄 講義(12)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html (14)


<又本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。>

又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ、

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html (12)
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http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html
観心本尊抄(日蓮) 講義(13)

<法華経にも序分・正宗分・流通分がありますが、法華経の中の本門にも序分・正宗分・流通分があります。過去の大通智勝仏の説いた法華経から華厳経やら迹門十四品・涅槃経等の釈尊一代五十余年の諸経・十方(東・西・南・北・東東南・南南西・西西北・北北東・上下)三世(過去・現在・未来)の諸仏の微塵(無数)の経典は皆寿量品からみると序品なのです。一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六”一品”と分別功徳品第十七の前半)よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名ずけるのです。>



又本門に於て序正流通有り過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品涅槃経等の一代五十余年の諸経・十方三世諸仏の微塵の経経は皆寿量の序分なり一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名く、






<勧持品・安楽品をみなさい。本門から考えれば末法の始めをもって正機とするのです。いちおうこのことを考えると、久遠の昔に下種があったというべきで大通智勝仏・前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって熟とし本門にいたって妙覚に登ったのです。しかしさらによく見れば迹門とは違い本門は序分・正宗分・流通分ともに末法の始めから始まるのです。お釈迦様在世の本門と末法の始めは同じものですがお釈迦様の本門は過去の下種を刈り取るためで末法の始めは下種の為なのです。お釈迦様の仏法は一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六一品と分別功徳品第十七の前半)であり末法の下種は南無妙法蓮華経なのです。>

勧持安楽等之を見る可し迹門是くの如し、本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)

<結論は迹化や他方の大菩薩等に釈尊の内証の寿量品を以て授与すべきでなく末法の初は謗法(ほうぼう)の国であり悪機が充満し、故に菩薩の布教を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与しようと考えたのです。>

所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、

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5:42 午後  
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日蓮 観心本尊抄 


<法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にいたるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。>

法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。

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<正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有(もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なのです。>

正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、

参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
観心本尊抄 講義(12)
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http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html 


<又本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。>

又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ、

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観心本尊抄(日蓮) 講義(13)

<法華経にも序分・正宗分・流通分がありますが、法華経の中の本門にも序分・正宗分・流通分があります。過去の大通智勝仏の説いた法華経から華厳経やら迹門十四品・涅槃経等の釈尊一代五十余年の諸経・十方(東・西・南・北・東東南・南南西・西西北・北北東・上下)三世(過去・現在・未来)の諸仏の微塵(無数)の経典は皆寿量品からみると序品なのです。一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六”一品”と分別功徳品第十七の前半)よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名ずけるのです。>



又本門に於て序正流通有り過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品涅槃経等の一代五十余年の諸経・十方三世諸仏の微塵の経経は皆寿量の序分なり一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名く、






<勧持品・安楽品をみなさい。本門から考えれば末法の始めをもって正機とするのです。いちおうこのことを考えると、久遠の昔に下種があったというべきで大通智勝仏・前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって熟とし本門にいたって妙覚に登ったのです。しかしさらによく見れば迹門とは違い本門は序分・正宗分・流通分ともに末法の始めから始まるのです。お釈迦様在世の本門と末法の始めは同じものですがお釈迦様の本門は過去の下種を刈り取るためで末法の始めは下種の為なのです。お釈迦様の仏法は一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六一品と分別功徳品第十七の前半)であり末法の下種は南無妙法蓮華経なのです。>

勧持安楽等之を見る可し迹門是くの如し、本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。

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<結論は迹化や他方の大菩薩等に釈尊の内証の寿量品を以て授与すべきでなく末法の初は謗法(ほうぼう)の国であり悪機が充満し、故に菩薩の布教を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与しようと考えたのです。>

所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、

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5:44 午後  
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日蓮 観心本尊抄 


<法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にいたるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。>A

法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。


<正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有(もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なのです。>B,C

正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、

参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
観心本尊抄 講義(12)
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http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html 


<又本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。>D

又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ、

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http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html
観心本尊抄(日蓮) 講義(13)

<法華経にも序分・正宗分・流通分がありますが、法華経の中の本門にも序分・正宗分・流通分があります。過去の大通智勝仏の説いた法華経から華厳経やら迹門十四品・涅槃経等の釈尊一代五十余年の諸経・十方(東・西・南・北・東東南・南南西・西西北・北北東・上下)三世(過去・現在・未来)の諸仏の微塵(無数)の経典は皆寿量品からみると序品なのです。一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六”一品”と分別功徳品第十七の前半)よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名ずけるのです。>

又本門に於て序正流通有り過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品涅槃経等の一代五十余年の諸経・十方三世諸仏の微塵の経経は皆寿量の序分なり一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名く、


<勧持品・安楽品をみなさい。本門から考えれば末法の始めをもって正機とするのです。いちおうこのことを考えると、久遠の昔に下種があったというべきで大通智勝仏・前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって熟とし本門にいたって妙覚に登ったのです。しかしさらによく見れば迹門とは違い本門は序分・正宗分・流通分ともに末法の始めから始まるのです。お釈迦様在世の本門と末法の始めは同じものですがお釈迦様の本門は過去の下種を刈り取るためで末法の始めは下種の為なのです。お釈迦様の仏法は一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六一品と分別功徳品第十七の前半)であり末法の下種は南無妙法蓮華経なのです。>E

勧持安楽等之を見る可し迹門是くの如し、本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)

<結論は迹化や他方の大菩薩等に釈尊の内証の寿量品を以て授与すべきでなく末法の初は謗法(ほうぼう)の国であり悪機が充満し、故に菩薩の布教を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与しようと考えたのです。>

所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)



5:50 午後  
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日蓮 観心本尊抄 
<現代語訳>+原文


<法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にいたるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。>A


<正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有(もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なのです。>B,C

<又本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。>D
__
<本門から考えれば末法の始めをもって正機とするのです。いちおうこのことを考えると、久遠の昔に下種があったというべきで大通智勝仏・前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって熟とし本門にいたって妙覚に登ったのです。しかしさらによく見れば迹門とは違い本門は序分・正宗分・流通分ともに末法の始めから始まるのです。お釈迦様在世の本門と末法の始めは同じものですがお釈迦様の本門は過去の下種を刈り取るためで末法の始めは下種の為なのです。お釈迦様の仏法は一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六一品と分別功徳品第十七の前半)であり末法の下種は南無妙法蓮華経なのです。>E


http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
観心本尊抄 講義(12)
__
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html 

5:55 午後  
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日蓮 観心本尊抄 
<現代語訳>


<法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にいたるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。>A


<正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻は流通分なのです。また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有(もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なのです。>B,C

<又本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。>D
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<本門から考えれば末法の始めをもって正機とするのです。いちおうこのことを考えると、久遠の昔に下種があったというべきで大通智勝仏・前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって熟とし本門にいたって妙覚に登ったのです。しかしさらによく見れば迹門とは違い本門は序分・正宗分・流通分ともに末法の始めから始まるのです。お釈迦様在世の本門と末法の始めは同じものですがお釈迦様の本門は過去の下種を刈り取るためで末法の始めは下種の為なのです。お釈迦様の仏法は一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六一品と分別功徳品第十七の前半)であり末法の下種は南無妙法蓮華経なのです。>E


http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html
観心本尊抄 講義(12)
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http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html 

5:56 午後  
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              A妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                     二経六段
┃                                           ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓分┃ ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃ ┃ ┃
┃ ┃            ┏━領解━╋━法説周━┓             ┃正┃ ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣宗┫ ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃分┃ ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃ ┃C┃ 
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛ ┃迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃               ┣門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃               ┃ ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃               ┃ ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛               ┃ ┃
┃B┃          ┣━╋━述成━╋┛                    ┃ ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                     ┃ ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓ ┃ ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃流┃ ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋通┛ ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫分  ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛   ┃
┃ ┃              ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┫                       分┃ ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓E┃D┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣正╋本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛宗┃門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛              分┃
┃ ┏            ┗┓                         ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓            ┃ 
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓ ┃ 
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃                 
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』
サンスクリット原典では第22品が末尾にまわる。


 五重三段とは、A一代一経三段・B法華経一経三段・C迹門熟益三段・D本門脱益三段・E文底下種三段

(第一重) 一代一経三段 ◎釈尊一代五十年の経々を三段に分けて判釈A
(第二重)法華経一経三段 ◎第一重の正宗分を序・正・流通の三段に分けて判釈B
(第三重)迹門熟益三段 ◎法華三部経のうち、無量義経と法華経迹門を三段に分けて判釈C
(第四重)本門脱益三段 ◎法華三部経のうち、法華経本門と観普賢菩薩行法経を三段に分けて判釈D
(第五重)文底下種三段 ◎文底下種の法門より、仏教の一切を括って三段に分けた判釈E

6:18 午後  
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              A妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                     二経六段
┃                                           ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓分┃ ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃ ┃ ┃
┃ ┃            ┏━領解━╋━法説周━┓             ┃正┃ ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣宗┫ ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃分┃ ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃ ┃C┃ 
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛ ┃迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃               ┣門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃               ┃ ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃               ┃ ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛               ┃ ┃
┃B┃          ┣━╋━述成━╋┛                    ┃ ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                     ┃ ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓ ┃ ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃流┃ ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋通┛ ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫分  ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛   ┃
┃ ┃              ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┫                       分┃ ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓E┃D┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣正╋本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛宗┃門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛              分┃
┃ ┏            ┗┓                         ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓            ┃ 
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓ ┃ 
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃                 
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』
サンスクリット原典では第22品が末尾にまわる。


 五重三段とは、
A一代一経三段・
B法華経一経三段・
C迹門熟益三段・
D本門脱益三段・
E文底下種三段

(第一重) 一代一経三段 ◎釈尊一代五十年の経々を三段に分けて判釈A
(第二重)法華経一経三段 ◎第一重の正宗分を序・正・流通の三段に分けて判釈B
(第三重)迹門熟益三段 ◎法華三部経のうち、無量義経と法華経迹門を三段に分けて判釈C
(第四重)本門脱益三段 ◎法華三部経のうち、法華経本門と観普賢菩薩行法経を三段に分けて判釈D
(第五重)文底下種三段 ◎文底下種の法門より、仏教の一切を括って三段に分けた判釈E



日蓮 観心本尊抄 
<原文>+(現代語訳)


<法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸 経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻 の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普 賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。>

(法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生 蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にい たるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。)


<正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗 分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。>
(正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華 経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経 を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻 は流通分なのです。)


<又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経 無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚 の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、>
(また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり 方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有 (もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なので す。)


<又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ、>
(又 本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚 の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。)


<迹門是くの如し、本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す所謂一往之を見る時は久種を以 て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門 と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。>
(本門から考えれば末法の始めをもって正機とするのです。いちおうこのことを考えると、久遠の昔に下種があったというべきで大通智 勝仏・前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって熟とし本門にいたって妙覚に登ったのです。しかしさらによく見れば迹門とは違い本門は序分・正宗分・ 流通分ともに末法の始めから始まるのです。お釈迦様在世の本門と末法の始めは同じものですがお釈迦様の本門は過去の下種を刈り取るためで末法の始めは下種 の為なのです。お釈迦様の仏法は一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六一品と分別功徳品第十七の前半)であり末法の下種は南無妙法蓮華経なの です。)



参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html 観心本尊抄 講義(12)A〜D
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)E
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html (14)

6:36 午後  
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 五重三段とは、
A一代一経三段・
B法華経一経三段・
C迹門熟益三段・
D本門脱益三段・
E文底下種三段

(第一重) 一代一経三段 ◎釈尊一代五十年の経々を三段に分けて判釈A
(第二重)法華経一経三段 ◎第一重の正宗分を序・正・流通の三段に分けて判釈B
(第三重)迹門熟益三段 ◎法華三部経のうち、無量義経と法華経迹門を三段に分けて判釈C
(第四重)本門脱益三段 ◎法華三部経のうち、法華経本門と観普賢菩薩行法経を三段に分けて判釈D
(第五重)文底下種三段 ◎文底下種の法門より、仏教の一切を括って三段に分けた判釈E



日蓮 観心本尊抄 
<原文>+(現代語訳)


<法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸 経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻 の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普 賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。>

(法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生 蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にい たるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html


<正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗 分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。>
(正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華 経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経 を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻 は流通分なのです。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html


<又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経 無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚 の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、>
(また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり 方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有 (もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なので す。)


<又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ、>
(又 本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚 の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html


<迹門是くの如し、本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す所謂一往之を見る時は久種を以 て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門 と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。>
(本門から考えれば末法の始めをもって正機とするのです。いちおうこのことを考えると、久遠の昔に下種があったというべきで大通智 勝仏・前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって熟とし本門にいたって妙覚に登ったのです。しかしさらによく見れば迹門とは違い本門は序分・正宗分・ 流通分ともに末法の始めから始まるのです。お釈迦様在世の本門と末法の始めは同じものですがお釈迦様の本門は過去の下種を刈り取るためで末法の始めは下種 の為なのです。お釈迦様の仏法は一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六一品と分別功徳品第十七の前半)であり末法の下種は南無妙法蓮華経なの です。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html

結論
<所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、>
(結論は迹化や他方の大菩薩等に釈尊の内証の寿量品を以て授与すべきでなく末法の初は謗法(ほうぼう)の国であり悪機が充満し、故に菩薩の布教を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与しようと考えたのです。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html

参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html 観心本尊抄 講義(12)A〜D
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)E、結論
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html (14)

6:38 午後  
Blogger yoji said...



 五重三段とは、
A一代一経三段・
B法華経一経三段・
C迹門熟益三段・
D本門脱益三段・
E文底下種三段

(第一重) 一代一経三段 ◎釈尊一代五十年の経々を三段に分けて判釈A
(第二重)法華経一経三段 ◎第一重の正宗分を序・正・流通の三段に分けて判釈B
(第三重)迹門熟益三段 ◎法華三部経のうち、無量義経と法華経迹門を三段に分けて判釈C
(第四重)本門脱益三段 ◎法華三部経のうち、法華経本門と観普賢菩薩行法経を三段に分けて判釈D
(第五重)文底下種三段 ◎文底下種の法門より、仏教の一切を括って三段に分けた判釈E



日蓮 観心本尊抄 
<原文>+(現代語訳)


<法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸 経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻 の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗分なり、分別功徳品の現在の四信より普 賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。>

(法華経一部二十八品・すすんでは前四味(乳味・酪味・生 蘇味・熟蘇味・)(法華経は醍醐味)の教え最後のほうでは涅槃経までの教えを整理してみるとただ一経にまとめられます。寂滅道場(初涅槃)から般若経にい たるまでは釈尊一代の教えの序分であり、無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗分であり涅槃経は流通分なのです。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html


<正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗 分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。>

(正宗分のなかの十巻の中にまた序分・正宗分・流通分があります。無量義経と法華 経序品は序分なのです。方便品より、分別功徳品の十九行の偈にいたるまで十五品半は正宗分なのです。分別功徳品の現在の四信(仏在世あるいは滅後に法華経 を修行する者が初心の功徳を計るさいに四つの段階にわかれる。信解・略・一念解言趣・広為他説・深深観成の四つ)より普賢経にいたるまでの十一本半と一巻 は流通分なのです。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html


<又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経 無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚 の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、>

(また法華経の十巻(経典は昔は巻物であり法華経は十巻二十八品)においても序・正宗・流通分があるのです。無量義経と序品は序分であり 方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流通分なのです。その教主を論ずるならば始成正覚の仏、本無今有 (もとなくしていまあり:久遠の本地を明かさず今の成仏を論ずる)百界千如を説いて已今当(過去・現在・未来)に超える随自意で難信難解の正法なので す。)


<又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ、>

(又 本門十四品の一経に序正・流通有り、涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す、その余は流通分とする、その教主を論ずれば始成正覚 の釈尊にではなく説くところのの法門も亦天地の如き違いがあります。十界が久遠と説かれ、その上に国土世間既に顕われています。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html


<迹門是くの如し、本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す所謂一往之を見る時は久種を以 て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門 と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。>

(本門から考えれば末法の始めをもって正機とするのです。いちおうこのことを考えると、久遠の昔に下種があったというべきで大通智 勝仏・前四味(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味)をもって熟とし本門にいたって妙覚に登ったのです。しかしさらによく見れば迹門とは違い本門は序分・正宗分・ 流通分ともに末法の始めから始まるのです。お釈迦様在世の本門と末法の始めは同じものですがお釈迦様の本門は過去の下種を刈り取るためで末法の始めは下種 の為なのです。お釈迦様の仏法は一品二半(従地湧出品十五の後半と如来寿量品第十六一品と分別功徳品第十七の前半)であり末法の下種は南無妙法蓮華経なの です。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html

結論
<所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、>

(結論は迹化や他方の大菩薩等に釈尊の内証の寿量品を以て授与すべきでなく末法の初は謗法(ほうぼう)の国であり悪機が充満し、故に菩薩の布教を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与しようと考えたのです。)
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html

参考:
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372579.html 観心本尊抄 講義(12)A〜D
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55372839.html (13)E、結論
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55373080.html (14)

6:39 午後  
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              A妙 法 蓮 華 経 総 科
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
一経三段                                     二経六段
┃                                           ┃
┣序━巻第一━序品第1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃分┏    方便品第2━━┳━━━━━━━━━━━━略して三を開いて一を顕す━┓分┃ ┃
┃ ┃           ┗━━正説━┓                   ┃ ┃ ┃
┃ ┃            ┏━領解━╋━法説周━┓             ┃正┃ ┃
┃ ┃          ┏━╋━述成━┫     ┃             ┣宗┫ ┃
┃ ┃巻第二 譬諭品第3━┫ ┗━授記━┛     ┃             ┃分┃ ┃
┃ ┃          ┗━━━正説━┓     ┃             ┃ ┃C┃
┃ ┃    信解品第4━━━━━領解━╋━譬喩周━╋広く三を開いて一を顕す━━┛ ┃迹┃
┃ ┃巻第三 薬草諭品第5━━━━述成━┫     ┃               ┣門┫
┃ ┃    授記品第6━━━━━授記━┛     ┃               ┃ ┃
┃ ┃    化城諭品第7━━━━正説━━┓    ┃               ┃ ┃
┃ ┃巻第四 五百品第8━┓ ┏━領解━┓┣因縁周━┛               ┃ ┃
┃B┃          ┣━╋━述成━╋┛                    ┃ ┃
┃正┃    人記品第9━┛ ┗━授記━┛                     ┃ ┃
┣宗┫    法師品第10━┳━━━━━━━━━━━━弘通の功の深きを明かして━┓ ┃ ┃
┃分┃    宝塔品第11━┛               未来の流通を勧む  ┃流┃ ┃
┃ ┃巻第五 提婆品第12━━━━━━━━━━━━━━往事を挙げて流通を証す━━╋通┛ ┃
┃ ┃    勧持品第13━━━━━━━━━━━━━━他方と此の土の流通を勧む━┫分  ┃
┃ ┃    安楽行品第14━━━━━━━━━━━━━初心者のために安楽行を説く┛   ┃
┃ ┃              ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━序┓ ┃
┃ ┃    従地涌出品第15━━┫                       分┃ ┃
┃ ┃              ┗━━━━━━━━━略して近を開いて遠を顕す━┓E┃D┃
┃ ┃巻第六 如来寿量品第16━━近を開いて遠を顕す┓             ┣正╋本┛
┃ ┗            ┏━法身の記を授く━━╋広く近を開いて遠を顕す━━┛宗┃門
┃      分別品第17━━╋━領解を申す━━━━┛              分┃
┃ ┏            ┗┓                         ┃
┃ ┃    随喜品第18━━━┻初品の因の功徳━━━━━┓            ┃
┃ ┃    功徳品第19━━━━初品の果の功徳━━━━━╋━滅後の功徳を説いて┓ ┃
┃ ┃巻第七 不軽品第20━━━━信毀の罪福━━━━━━━┛     流通せしむ┃流┃
┃流┃    如来神力品第21━━別付嘱━━┳━━嘱累流通┓          ┣通┛
┗通┫    嘱累品第22━━━━総付嘱━━┛      ┃          ┃分
 分┃    薬王品第23━━━━苦行━━━┓      ┃          ┃
  ┃    妙音品第24━┳━━三昧━━━┫      ┣━流通を付嘱す━━━┛
  ┃巻第八 普門品第25━┛       ┣━━化他流通┫
  ┃    陀羅尼品第26━━━総持━━━┫      ┃
  ┃    厳王品第27━━━━誓願━━━┛      ┃
  ┗    勧発品第28━━━━神通━━━━━━自行流通┛

参照:岩波文庫『法華経下』
サンスクリット原典では第22品が末尾にまわる。

6:42 午後  
Blogger yoji said...

52 COMMENTS:

yoji said...
特殊記号

9480 ┈ ┉ ┊ ┋ ┌ ┍ ┎ ┏ ┐ ┑     ┈ฺ ┉ฺ ┊ฺ ┋ฺ ┌ฺ ┍ฺ ┎ฺ ┏ฺ ┐ฺ ┑ฺ
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9500 ├ ┝ ┞ ┟ ┠ ┡ ┢ ┣ ┤ ┥     ├ฺ ┝ฺ ┞ฺ ┟ฺ ┠ฺ ┡ฺ ┢ฺ ┣ฺ ┤ฺ ┥ฺ
9510 ┦ ┧ ┨ ┩ ┪ ┫ ┬ ┭ ┮ ┯     ┦ฺ ┧ฺ ┨ฺ ┩ฺ ┪ฺ ┫ฺ ┬ฺ ┭ฺ ┮ฺ ┯ฺ
9520 ┰ ┱ ┲ ┳ ┴ ┵ ┶ ┷ ┸ ┹     ┰ฺ ┱ฺ ┲ฺ ┳ฺ ┴ฺ ┵ฺ ┶ฺ ┷ฺ ┸ฺ ┹ฺ
9530 ┺ ┻ ┼ ┽ ┾ ┿ ╀ ╁ ╂ ╃     ┺ฺ ┻ฺ ┼ฺ ┽ฺ ┾ฺ ┿ฺ ╀ฺ ╁ฺ ╂ฺ ╃ฺ
9540 ╄ ╅ ╆ ╇ ╈ ╉ ╊ ╋ ╌ ╍     ╄ฺ ╅ฺ ╆ฺ ╇ฺ ╈ฺ ╉ฺ ╊ฺ ╋ฺ ╌ฺ ╍ฺ
9550 ╎ ╏ ═ ║ ╒ ╓ ╔ ╕ ╖ ╗     ╎ฺ ╏ฺ ═ฺ ║ฺ ╒ฺ ╓ฺ ╔ฺ ╕ฺ ╖ฺ ╗ฺ
9560 ╘ ╙ ╚ ╛ ╜ ╝ ╞ ╟ ╠ ╡     ╘ฺ ╙ฺ ╚ฺ ╛ฺ ╜ฺ ╝ฺ ╞ฺ ╟ฺ ╠ฺ ╡ฺ
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9620 ▔ ▕ ▖ ▗ ▘ ▙ ▚ ▛ ▜ ▝     ▔ฺ ▕ฺ ▖ฺ ▗ฺ ▘ฺ ▙ฺ ▚ฺ ▛ฺ ▜ฺ ▝ฺ
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9680 ◐ ◑ ◒ ◓ ◔ ◕ ◖ ◗ ◘ ◙     ◐ฺ ◑ฺ ◒ฺ ◓ฺ ◔ฺ ◕ฺ ◖ฺ ◗ฺ ◘ฺ ◙ฺ
9690 ◚ ◛ ◜ ◝ ◞ ◟ ◠ ◡ ◢ ◣     ◚ฺ ◛ฺ ◜ฺ ◝ฺ ◞ฺ ◟ฺ ◠ฺ ◡ฺ ◢ฺ ◣ฺ

http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Sunnyvale/6003/ura/moji.html

7:54 午後  
Blogger yoji said...

リンク:

音楽建築原発政治中国歴史分類図像学

文学東洋思想プラトンアリストテレスリンク::::::

7:56 午後  
Blogger yoji said...

分別功徳品
http://www.mitene.or.jp/~hokkekou/hokekyou/hk.html
http://www.mitene.or.jp/~hokkekou/hokekyou/kh17.htm

仏名聞十方。広饒益衆生。
一切具善根。以助無上心。

http://www.mitene.or.jp/~hokkekou/hokekyou/wm17.htm
仏の名十方に聞えて 広く衆生を饒益したもう 一切善根を具して 以って無上の心を助く

爾の時に仏、弥勒菩薩摩訶薩に告げたまわく、


要約
http://www.james.3zoku.com/pundarika/pundarika17.html

3:09 午前  
Blogger yoji said...


http://www.geocities.jp/shoshu_newmon/nichiren_kyogi2.htm

 日蓮大聖人は『観心本尊抄』において、釈尊一代五十年の教法を従浅至深(じゅうせんしじん)して五種に括り、それぞれを「序分」「正宗分」「流通分」の三段に分ける教判を立てられ、最終的に在世と末法との種脱の法体の異なりを判じ、末法の衆生が尊崇すべき本尊を示されました。

 「序分」とは、正意とする教法を説くための準備段階のところをいい、「正宗分」とは、まさに仏の本意とする中心の教法が説かれているところをいい、「流通分」とは、衆生を利益することを目的として、正説(正宗分)である教法を広く流布するために説かれたところをいいます。

 五重三段とは、一代一経三段・法華経一経三段・迹門熟益三段・本門脱益三段・文底下種三段をいい、概説すると次のようになります。


(第一重) 一代一経三段 ○釈尊一代五十年の経々を三段に分けて判釈
 この段では釈尊出世の本懐が法華経であることを明かします。

序分   華厳・阿含・方等・般若部の法華以前の諸経
正宗分 法華三部経(無量義経・法華経・観普賢菩薩行法経)
流通分 涅槃経等 


(第二重) 法華経一経三段 ○第一重の正宗分を序・正・流通の三段に分けて判釈
 この段では法華経の正意が二乗作仏・久遠実成にあることを明かします。


序分   無量義経と法華経の序品第一
正宗分 方便品第二より分別功徳品第十七の十九行の偈に至るまでの十五品半
流通分 分別功徳品第十七の後半、現在の四信より普賢菩薩勧発品第二十八までに至る十一品半と観普賢菩薩行法経の一経 

 以上の一代一経三段と法華経一経三段は、法華経を一代説教の中心とした、概括的な構格を示していることから「一往・総の三段」といいます。
 そして次からの迹門熟益三段・本門脱益三段・文底下種三段は、末法の衆生の尊崇すべき本尊が明かされていくことから「再往・別の三段」といいます。


(第三重) 迹門熟益三段 ○法華経三部経のうち、無量義経と法華経迹門を三段に分けて判釈
 この段では迹門熟益の本尊として、仏は始成正覚の応即法身を示し、法は二乗作仏・百界千如が明かされます。


序分   無量義経と法華経の序品第一
正宗分 方便品第二より授学無学人記品第九までの八品
流通分 法師品第十より安楽行品第十四までの五品 


(第四重) 本門脱益三段 ○法華三部経のうち、法華経本門と観普賢菩薩行法経を三段に分けて判釈
 この段では本門脱益の本尊として、仏は久遠実成の仏身を示し、法は本因妙・本果妙・本国土妙の三妙合論のうえにおける一念三千を明かされます。


序分   従地涌出品第十五の前半品
正宗分 従地涌出品第十五の略開近顕遠(りゃっかいごんけんのん)の文よりの後半品、寿量品第十六の広開近顕遠の一品、分別功徳品第十七の前半品十九行の偈までの一品二半
流通分 分別功徳品第十七の後半品現在の四信より、普賢菩薩勧発品第二十八までの十一品半と、観普賢菩薩行法経の一経 
 
 以上の四重の判釈により、釈尊一代仏教の中心は法華経の本門の一品二半にあることが明かされました。さらに大聖人は、末法流通の本尊を示すために寿量文底の意に約して、第五重の三段を立てられています。


(第五重) 文底下種三段 ○文底下種の法門より、仏教の一切の括って三段に分けた判釈
 この段では末法の一切衆生が観心成仏すべき本尊として、仏は名字凡身の下種の仏を示し、法は文底下種の妙法蓮華経であることを明かします。


序分   文底体外の辺における釈尊一代五十年の諸経、並びに十方三世諸仏の微塵の経々
正宗分 従地涌出品第十五の動執生疑より、分別功徳品第十七の十九行の偈に至るまでの一品二半(広開近顕遠の一品二半、我が内証の寿量品、すなわち文底能詮(のうせん)の寿量品の二千余字)
流通分 文底体内の辺における釈尊一代五十年の諸経、並びに十方三世諸仏の微塵の経々(流通の正体は、文底所詮の下種本因妙の妙法蓮華経)

 ここで示された文底内証の寿量品たる「一品二半」は、第四重の本門脱益三段の正宗分たる「一品二半」(脱益)とは名は同じであっても、その配立と意義内容は異なります。

 すなわち、脱益の一品二半は、『涌出品』の略開近顕遠(りゃっかいごんけんのん)からの一品二半であるのに対し、内証の寿量品たる一品二半は、『涌出品』の動執生疑(どうしゅうしょうぎ)からの広開近顕遠の一品二半なのです。

また、脱益の一品二半が久遠本果を説き、仏の因位の修行と果徳と所在の国土とに約して、事の一念三千を説示したのに対し、内証の寿量品の一品二半は能く久遠元初の本因名字の妙法蓮華経を説き詮(あらわ)すのです。

 この所詮の法体である南無妙法蓮華経こそが、『神力品』で上行菩薩に付嘱された末法流通の正体なのです。すなわち、末法流通の観心の本尊の実体とは、外用(げゆう)上行菩薩・内証久遠元初自受用報身如来の再誕日蓮大聖人によって顕された人法一箇・独一本門戒壇の大御本尊となるのです。

3:18 午前  
Blogger yoji said...


http://www.myoukakuji.com/html/telling/benkyonoto/index91.htm

http://www.geocities.jp/shoshu_newmon/nichiren_kyogi2.htm

 日蓮大聖人は『観心本尊抄』において、釈尊一代五十年の教法を従浅至深(じゅうせんしじん)して五種に括り、それぞれを「序分」「正宗分」「流通分」の三段に分ける教判を立てられ、最終的に在世と末法との種脱の法体の異なりを判じ、末法の衆生が尊崇すべき本尊を示されました。

 「序分」とは、正意とする教法を説くための準備段階のところをいい、「正宗分」とは、まさに仏の本意とする中心の教法が説かれているところをいい、「流通分」とは、衆生を利益することを目的として、正説(正宗分)である教法を広く流布するために説かれたところをいいます。

 五重三段とは、一代一経三段・法華経一経三段・迹門熟益三段・本門脱益三段・文底下種三段をいい、概説すると次のようになります。


(第一重) 一代一経三段 ○釈尊一代五十年の経々を三段に分けて判釈
 この段では釈尊出世の本懐が法華経であることを明かします。

序分   華厳・阿含・方等・般若部の法華以前の諸経
正宗分 法華三部経(無量義経・法華経・観普賢菩薩行法経)
流通分 涅槃経等 


(第二重) 法華経一経三段 ○第一重の正宗分を序・正・流通の三段に分けて判釈
 この段では法華経の正意が二乗作仏・久遠実成にあることを明かします。


序分   無量義経と法華経の序品第一
正宗分 方便品第二より分別功徳品第十七の十九行の偈に至るまでの十五品半
流通分 分別功徳品第十七の後半、現在の四信より普賢菩薩勧発品第二十八までに至る十一品半と観普賢菩薩行法経の一経 

 以上の一代一経三段と法華経一経三段は、法華経を一代説教の中心とした、概括的な構格を示していることから「一往・総の三段」といいます。
 そして次からの迹門熟益三段・本門脱益三段・文底下種三段は、末法の衆生の尊崇すべき本尊が明かされていくことから「再往・別の三段」といいます。


(第三重) 迹門熟益三段 ○法華経三部経のうち、無量義経と法華経迹門を三段に分けて判釈
 この段では迹門熟益の本尊として、仏は始成正覚の応即法身を示し、法は二乗作仏・百界千如が明かされます。


序分   無量義経と法華経の序品第一
正宗分 方便品第二より授学無学人記品第九までの八品
流通分 法師品第十より安楽行品第十四までの五品 


(第四重) 本門脱益三段 ○法華三部経のうち、法華経本門と観普賢菩薩行法経を三段に分けて判釈
 この段では本門脱益の本尊として、仏は久遠実成の仏身を示し、法は本因妙・本果妙・本国土妙の三妙合論のうえにおける一念三千を明かされます。


序分   従地涌出品第十五の前半品
正宗分 従地涌出品第十五の略開近顕遠(りゃっかいごんけんのん)の文よりの後半品、寿量品第十六の広開近顕遠の一品、分別功徳品第十七の前半品十九行の偈までの一品二半
流通分 分別功徳品第十七の後半品現在の四信より、普賢菩薩勧発品第二十八までの十一品半と、観普賢菩薩行法経の一経 
 
 以上の四重の判釈により、釈尊一代仏教の中心は法華経の本門の一品二半にあることが明かされました。さらに大聖人は、末法流通の本尊を示すために寿量文底の意に約して、第五重の三段を立てられています。


(第五重) 文底下種三段 ○文底下種の法門より、仏教の一切の括って三段に分けた判釈
 この段では末法の一切衆生が観心成仏すべき本尊として、仏は名字凡身の下種の仏を示し、法は文底下種の妙法蓮華経であることを明かします。


序分   文底体外の辺における釈尊一代五十年の諸経、並びに十方三世諸仏の微塵の経々
正宗分 従地涌出品第十五の動執生疑より、分別功徳品第十七の十九行の偈に至るまでの一品二半(広開近顕遠の一品二半、我が内証の寿量品、すなわち文底能詮(のうせん)の寿量品の二千余字)
流通分 文底体内の辺における釈尊一代五十年の諸経、並びに十方三世諸仏の微塵の経々(流通の正体は、文底所詮の下種本因妙の妙法蓮華経)

 ここで示された文底内証の寿量品たる「一品二半」は、第四重の本門脱益三段の正宗分たる「一品二半」(脱益)とは名は同じであっても、その配立と意義内容は異なります。

 すなわち、脱益の一品二半は、『涌出品』の略開近顕遠(りゃっかいごんけんのん)からの一品二半であるのに対し、内証の寿量品たる一品二半は、『涌出品』の動執生疑(どうしゅうしょうぎ)からの広開近顕遠の一品二半なのです。

また、脱益の一品二半が久遠本果を説き、仏の因位の修行と果徳と所在の国土とに約して、事の一念三千を説示したのに対し、内証の寿量品の一品二半は能く久遠元初の本因名字の妙法蓮華経を説き詮(あらわ)すのです。

 この所詮の法体である南無妙法蓮華経こそが、『神力品』で上行菩薩に付嘱された末法流通の正体なのです。すなわち、末法流通の観心の本尊の実体とは、外用(げゆう)上行菩薩・内証久遠元初自受用報身如来の再誕日蓮大聖人によって顕された人法一箇・独一本門戒壇の大御本尊となるのです。

3:19 午前  
Blogger yoji said...

従地涌出品
http://www.mitene.or.jp/~hokkekou/hokekyou/wm15.htm

爾の時に弥勒菩薩摩訶薩、及び無数の諸の菩薩等、心に疑惑を生じ、未曾有なりと怪んで、是の念を作さく
云何ぞ世尊、少時の間に於いて、是の如き無量無辺阿僧祇の諸の大菩薩を教化して、阿耨多羅三藐三菩提に住せしめたまえる。

3:22 午前  
Blogger yoji said...


http://www.mitene.or.jp/~hokkekou/hokekyou/kh15.htm
爾時弥勒菩薩摩訶薩。及無数諸菩薩等。心
生疑惑怪未曾有。而作是念。云何世尊於
少時間。教化如是無量無辺阿僧祇諸大菩
薩。令住阿耨多羅三藐三菩提。即白仏言。

3:23 午前  
Blogger yoji said...

従地涌出品~常不軽菩薩品    高橋俊隆
http://www.myoukakuji.com/html/telling/benkyonoto/index91.htm
◇ 従地涌出品第一五

本品の前半は本門の序分で、後半の弥勒が釈尊と地涌菩薩との、師弟関係を問う「動執生疑」から本門の正宗分となり、「略開近顕遠」といいます。

3:24 午前  
Blogger yoji said...

眉かくし
は全六章

法華経第6品
諸の比丘に告ぐ。 迦葉は未来世に於て無数劫を過ぎて三百万億の諸仏を供養し、 無上慧を修習して終に作仏することを得ん。 その土は清浄にして瑠璃を地となし平正にして丘坑なく、 菩薩衆は調柔にして諸仏の大乗経典を奉持し、 諸の声聞衆は法王の子とならん。  

比丘たちの願い
 摩訶迦葉が世尊から授けられた記(予言)を聞いて、偉大な弟子である目犍連・須菩提・迦旃延らの比丘たちは一心に合掌し、世尊を仰ぎ見つめて申しました。  

  *  偉大な勇者にしてシャーキャの民の法王たる世尊に申しあげます。わたくしどもに哀れみを垂れて、み声を下されますように。

6:59 午後  
Blogger yoji said...

授記品第六

妙法蓮華経。授記品。第六

爾時世尊。説是偈已。告諸大衆。唱如是言。我
此弟子。摩訶迦葉。於未来世。当得奉覲。三百
万億。諸仏世尊。供養恭敬。尊重讃歎。広宣諸
仏。無量大法。於最後身。得成為仏。名曰光明
如来。応供。正遍知。明行足。善逝。世間解。無上
士。調御丈夫。天人師。仏。世尊。国名光徳。劫名
大荘厳。仏寿十二小劫。正法住世。二十小劫。
像法亦住。二十小劫。国界厳飾。無諸穢悪。瓦
礫荊棘。便利不浄。其土平正。無有高下。坑坎
堆阜。瑠璃為地。宝樹行列。黄金為縄。以界道
側。散諸宝華。周遍清浄。其国菩薩。無量千億。
諸声聞衆。亦復無数。無有魔事。雖有魔。及魔
民。皆護仏法。爾時世尊。欲重宣此義。而説偈


 告諸比丘 我以仏眼 見是迦葉 於未来世
 過無数劫 当得作仏 而於来世 供養奉覲
 三百万億 諸仏世尊 為仏智慧 浄修梵行
 供養最上 二足尊已 修習一切 無上之慧
 於最後身 得成為仏 其土清浄 瑠璃為地
 多諸宝樹 行列道側 金縄界道 見者歓喜
 常出好香 散衆名華 種種奇妙 以為荘厳
 其地平正 無有丘坑 諸菩薩衆 不可称計
 其心調柔 逮大神通 奉持諸仏 大乗経典
 諸声聞衆 無漏後身 法王之子 亦不可計
 乃以天眼 不能数知 其仏当寿 十二小劫
 正法住世 二十小劫 像法亦住 二十小劫
 光明世尊 其事如是

爾時大目?連。須菩提。摩訶迦旃延等。皆悉
悚慄。一心合掌。瞻仰世尊。目不暫捨。即共同
声。而説偈言

 大雄猛世尊 諸釈之法王 哀愍我等故 而賜仏音声
 若知我深心 見為授記者 如以甘露灑 除熱得清涼
 如従飢国来 忽遇大王膳 心猶懐疑懼 未敢即便食
 若復得王教 然後乃敢食 我等亦如是 毎惟小乗過
 不知当云何 得仏無上慧 雖聞仏音声 言我等作仏
 心尚懐憂懼 如未敢便食 若蒙仏授記 爾乃快安楽
 大雄猛世尊 常欲安世間 願賜我等記 如飢須教食

爾時世尊。知諸大弟子。心之所念。告諸比丘。
是須菩提。於当来世。奉覲三百万億。那由佗
仏。供養恭敬。尊重讃歎。常修梵行。具菩薩道。
於最後身。得成為仏。号曰名相如来。応供。正
遍知。明行足。善逝。世間解。無上士。調御丈夫。
天人師。仏。世尊。劫名有宝。国名宝生。其土平
正。頗梨為地。宝樹荘厳。無諸丘坑。沙礫荊棘。
便利之穢。宝華覆地。周遍清浄。其土人民。皆
処宝台。珍妙楼閣。声聞弟子。無量無辺。算数
譬諭。所不能知。諸菩薩衆。無数千万億。那由
佗。仏寿十二小劫。正法住世。二十小劫。像法
亦住。二十小劫。其仏常処虚空。為衆説法。度
脱無量菩薩。及声聞衆。爾時世尊。欲重宣此
義。而説偈言

 諸比丘衆 今告汝等 皆当一心 聴我所説
 我大弟子 須菩提者 当得作仏 号曰名相

7:01 午後  
Blogger yoji said...

法華経にはキリスト教に対抗して成立した説がある

7:02 午後  
Blogger yoji said...

...
全品現代語訳 法華経 (角川ソフィア文庫)
メモの編集
高野聖#23
『今夜はお客様がいらっしゃるよ。』と一声叫んだ。
か。』
さらに極めて低い声で、『お客様がいらっしゃるよ。』と言って寝返る音がした。もう
一度寝返る音がした。
うで、ぐらぐらと家が揺らめいた。
『お客様がいらっしゃるじゃない
としばらく経ってから二度目に聞こえたのは、 はっきりと清しい声だった。
戸の外に寄り集まっているものの気配はどよめきを生み出すよ
わしは思わず陀羅尼を唱えた。
若不順我呪 悩乱説法者
斗秤欺謡人 調達破僧罪
頭破作七分 如阿梨樹枝
犯此法師者 当獲如是映
如殺父母罪 亦如厭油映
もし私の唱える呪文に従わず
て七つに分かれ、
説法者を悩ましその心を乱したら、
頭は破れ

泉鏡花は『法華経」を意識しています。「高野聖』全26章では#23に『法華経』第26
品から陀羅尼が引用されています。「眉かくしの霊」 全6章も『法華経』第6品の比丘
たちの願いと共鳴します。
泉鏡花はアレゴリカルに信仰に近づき、『法華経』を道標にしているのです。横から失礼しました。

https://twitter.com/hanahirakite/status/1505501825382100995?s=21

12:49 午後  

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