Le Vietnam brûle et moi je hurle Mao Mao
Johnson rigole et moi je vole Mao Mao
Le napalm coule et moi je roule Mao Mao
マオ・マオが耳から離れない……
posted at 13:23:08
http://www.freeassociations.org/
290 | 考える名無しさん[sage] 投稿日:0000/00/00 00:00:00 |
291 | 考える名無しさん[sage] 投稿日:0000/00/00 00:00:00 |
292 | 考える名無しさん[sage] 投稿日:0000/00/00 00:00:00 素晴らしい情報だぁ。AOが何かわからないけど。 |
293 | 考える名無しさん[] 投稿日:0000/00/00 00:00:00 ふつーに、アンチ・オイディプスAnti Oedipeでしょ。。 |
290[sage] 投稿日:0000/00/00 00:00:00 >291 ありがとう 手元にあったので調べたら出典は Jean-Luc Godard, documents か、、、 http://books.google.co.jp/books?ei=yhSsTdKDFo2wvgOoyICWCg&ct=result&id=...#search_anchor 肝心のところが閲覧できないが、共通の友人がいたのだろうか。 ゴダールの脱政治化の時期と重なるので重要な符号かも知れない。 nous dirons avec Gilles Deleuze : repetition (premiere partie) ,difference (deuxime partie) , machine desiro-sociale(troisime partie). Nous éclatons de rire rien qu’à voir « l’homme et le monde placés l’un à côté de l’autre, que sépare la sublime prétention du petit mot : « et » ! F. Nietzsche, le gai savoir, V, 346 <「人間と世界」が、「と」(und)という微々たる一語の尊大な不遜に隔たれながら併称されるのを聴くやいなや、われわれは笑い出してしまう!> (ニーチェ「悦ばしき知識」第五書346『われわれの疑問符』 ) Moi Je , projet de film (1973) Jean-Luc Godard, documents p.199,215,219Jean-Luc Godard : Documents (1 DVD): Nicole Brenez, Michael Witt, David Faroult, Augustin Gimel: Livres http://www.amazon.fr/gp/product/2844262996/参考: Two Bicycles: The Work of Jean-Luc Godard and Anne-Marie Miéville - Jerry White - Google ブックス ~~~~~~ 下記の歌にmoi jeというフレーズが出てくる。 Le Vietnam brûle et moi je hurle Mao Mao posted at 13:23:08 @concentusmn その自明の前提みたいになっている「浄霊機」って何ですか?(笑) ゴーストバスターズ的な……>「ああ、浄霊機のことね?」と言って話を合わせていたら posted at 13:19:44 今日はマオちゃんのお誕生日とのこと。ゴダール『中国女』より、この曲を。 |
15 Comments:
http://wine.wul.waseda.ac.jp/search~S12*jpn?/XPl%7B226%7Deiade+-+Karl+Marx%2C&l=&m=&searchscope=12&Da=&Db=&SORT=D/XPl%7B226%7Deiade+-+Karl+Marx%2C&l=&m=&searchscope=12&Da=&Db=&SORT=D&SUBKEY=Pl%C3%A9iade+-+Karl+Marx%2C/1%2C2%2C2%2CB/frameset&FF=XPl%7B226%7Deiade+-+Karl+Marx%2C&l=&m=&searchscope=12&Da=&Db=&SORT=D&1%2C1%2C
マルクス2,88~90
ちなみに同じく映画作家のゴダールはブダペストのホンヴェド(1950年代のハンガリーサッカー、マジックマジャールとも呼ばれる)を「共産主義が本当に存在したなら、共産主義をもっともよく体現した」と述べている(「ユリイカ」2002.5)。
ゴダール、アワーミュージックにマジックマジャールへの言及がある。
「パゾリーニは、ゴダールの本のイタリア語版(Jean-Luc Godard,Il cinema e il cinema,1971)に寄せた序文で、ゴダールは自分の記号論を批判したけれども、ゴダールこそは、メタ言語でもあるような言語としての映画を撮っている作家であり、そのメタ言語としての映画によって、映画についての「生きた記号論」を実践している、意識せざる言語学の探究者なのである、と言っている。あれは非常に正確な評価でしょう。」(浅田彰『映画の世紀末』339頁)
(フランス映画批評の党派性の弊害を知らない人にはピンとこないだろうが)ドゥルーズによって、黒澤と溝口が、ゴダールとエイゼンシュテイン、タルコフスキーが始めて共存することができた。ベルクソンの時間論というよりもニーチェ的価値判断がそこにある。
象徴化だと言うがその作品自体は象徴性を欠いているから象徴化は内部崩壊する。
分類学と言えるのはモデルを探求しているからだし、常に新たなモデルに開かれているからだ。
例えば、ゴダールにおける「と」への着目、パゾリーニの自由間接話法の評価だけでもそれは達成されている。
問題は1968年より第二次大戦がドゥルーズにとって決定的であるということだ。
これは対抗運動の敗北(というよりその忘却)を意味し、共有すべき認識だ。
ゴダールも結局は戦後派なのだ。
平倉は蓮實的党派性の悪影響でドゥルーズを批判するが、これは平倉のような技術主義では解決しない問題だ。
単純な父殺し、、、平倉はフロイトを読んだ方がいい。
より一般化するならドゥルーズは始めて映画論に本質的な意味での歴史(やはり映画史ではない)を導入したのだ。
言葉の氾濫に関しては消費社会の問題でありマルクスを読むべきだ。
ゴダールは、1973年AOから何らかのインスピレーションを受けた映画を作るつもりだったらしい。
企画書には以下の文言がある。
MOI , JE SUIS
UNE MACHINE
nous dirons avec Gilles Deleuze : repetition (premiere partie) ,difference (deuxime partie) ,
machine desiro-sociale(troisime partie).
「私、私は機械である」
「私たちはジル・ドゥルーズとともに言うだろう──反復(第一部)、差異(第二部)、欲望-社会機械(第三部)」
追記:
《ニーチェは、マルクスやエンゲルスとまったく同じことを指摘している。「人間と世界が、
〈と〉という小さな語の崇高な意図によって分かたれながら隣り合っているのを見るだけで、
私たちは爆笑する(42)。」人間と自然が外延をともにしているという共通外延性は、まっ
たく別のことなのだ。これは循環的運動であり、これによって無意識は、たえず主体にとど
まりながら自分自身を生産し、再生産するのである。
…
(42) Nietzsche, Le Gai Savoir , V, 346〔ニーチェ『悦ばしき知識』信太正三訳、ちくま
学芸文庫、1993、376-378ページ〕EtMarx, Economie et philosophie , Pléiade II,
pp. 88-90.〔『経済学・哲学草稿』100ページ〕》
ドゥルーズガタリAO2:6より
上記のAOで引用されたニーチェの言葉をゴダールが1973年の企画書でやはり引用している。
Moi Je , projet de film (1973)
Jean-Luc Godard, documents p.199,215,219
http://www.amazon.fr/gp/product/2844262996/
ちなみにゴダールが『さらば愛の言葉よ』で引用しているのはドゥルーズではなくデリダの動物論…
《…ゴダールは弁証法に頼るような男ではありません。ゴダールで重要なのは、「2」でも
「3」でもないし、それ以外の数でもなくて、接続詞の「と」なのです。「と(ET)」の
用法はゴダールの核心にかかわる重要問題です。なぜ重要かというと、私たちの思考全体が、
おおむね動詞の《être》、つまり「ある(EST)」をもとにして成り立っているからです。…
「と」は特別な接続詞でも、特殊な関係でもなくなり、すべての関係を巻き込むようになる。
そして「と」の数が増えれば、それにあわせて関係の数も増えていく。「と」はあらゆる
関係を転覆させるだけでなく、「ある」という動詞なども残らず転覆させてしまうのです。
「……と……と……と」とたたみかける接続詞「と」の使用は創造的にどもることにつながり、
国語を外国語のようにあやつることにもつながる。そしてこれが、「ある」という動詞にも
とづく規範的で支配的な国語の使用と対立するのです。
もちろん、「と」は多様性であり、多数性であり、自己同一性の破壊でもあるわけです。》
(「カイエ・デュ・シネマ」第二七一号、一九七六年十一月。邦訳『記号と事件』所収)
せんか。ゴダールは弁証法に頼るような男ではありません。ゴダールで重要なのは、「二」でも「三」でもないし、それ以外の数でもなくて、接続詞の「と」なのです。「と(ET)」の用法はゴダールの核心にかかわる重要問題です。なぜ重要かというと、私たちの思考全体が、おおむね動詞の《être》、つまり「ある(EST)」をもとにして成り立っているからです。哲学は、(「空は青色である」といった)属性判断と(「神がある」といった)存在判断をめぐる議論によって、そしてこれが還元可能かどうかという議論のせいで、まったく身動きがとれなくなっている。ところが、この種の議論ではいつも「ある」という動詞が使われるのです。三段論法を見ればわかるとおり、接続詞ですら、動詞の「ある」と釣り合うように使われている。接続詞を解放し、関係一般について考察した人は、イギリスとアメリカの思想家以外にはほとんどいません。ともあれ、関係判断を一個独立した類型に仕立てあげれば、この類型がいたるところに入り込むということがわかってくる。この類型はいたるところに浸透して、あらゆるものを変質させるのです。「と」は特別な接続詞でも、特殊な関係でもなくなり、すべての関係を巻き込むようになる。そして「と」の数が増えれば、それにあわせて関係の数も増えていく。「と」はあらゆる関係を転覆させるだけでなく、「ある」という動詞なども残らず転覆させてしまうのです。「……と……と……と」とたたみかける接続詞「と」の使用は創造的にどもることにつながり、国語を外国語のようにあやつることにもつながる。そしてこれが、「ある」という動詞にもとづく規範的で支配的な国語の使用と対立するのです。
もちろん、「と」は多様性であり、多数性であり、自己同一性の破壊でもあるわけです。たとえば工場の入口は、そこに入るときと、そこか
「カイエ・デュ・シネマ」第二七一号、一九七六年十一月
《…ゴダールは弁証法に頼るような男ではありません。ゴダールで重要なのは、「2」でも
「3」でもないし、それ以外の数でもなくて、接続詞の「と」なのです。「と(ET)」の
用法はゴダールの核心にかかわる重要問題です。なぜ重要かというと、私たちの思考全体が、
おおむね動詞の《être》、つまり「ある(EST)」をもとにして成り立っているからです。
哲学は、(「空は青色である」といった)属性判断と(「神がある」といった)存在判断を
めぐる議論によって、そしてこれが還元可能かどうかという議論のせいで、まったく身動き
がとれなくなっている。…「と」は特別な接続詞でも、特殊な関係でもなくなり、すべての
関係を巻き込むようになる。そして「と」の数が増えれば、それにあわせて関係の数も増えて
いく。「と」はあらゆる関係を転覆させるだけでなく、「ある」という動詞なども残らず転覆
させてしまうのです。「……と……と……と」とたたみかける接続詞「と」の使用は創造的にど
もることにつながり、国語を外国語のようにあやつることにもつながる。そしてこれが、「ある」と
いう動詞にもとづく規範的で支配的な国語の使用と対立するのです。
もちろん、「と」は多様性であり、多数性であり、自己同一性の破壊でもあるわけです。》
(「カイエ・デュ・シネマ」第二七一号、一九七六年十一月。邦訳『記号と事件』所収)
ワン・プラス・ワン - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/ワン・プラス・ワン
ワン・プラス・ワン』(One Plus One、「1たす1」の意)は、1968年(昭和43年)に製作・ 公開されたジャン=リュック・ゴダール監督によるイギリスのドキュメンタリー映画である。 アメリカ合衆国等ではSympathy for the Devil(『悪魔を憐れむ歌』、「悪魔への同情」の .....
概要-スタッフ-キャスト-ストーリー
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Dileep Padgaonkar - 2008 - プレビュー
It seems to me impossible to see Voyage in Italy without experiencing direct evidence that this film has created a breach, and that the whole of cinema must pass through it under pain of death . . . Here, undoubtedly, is the ... Godard wrote, 'Look, all you need to make a movie is a man, a woman, and a car.' Four years later ...
World Filmography: 1967 - 140 ページ
ゴダールはロッセリーニのイタリア旅行を見て
映画は女性と車があればいいと言ったのでは?
阿部和重『シンセミア』
ヴァージニア・ウルフ『燈台へ』
大江健三郎『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』
河野多惠子『みいら採り猟奇譚』
後藤明生『挟み撃ち』
ルイ=フィルディナン・セリーヌ『北』
クロード・シモン『フランドルへの道』
ジャック・デリダ『有限責任会社』
ジル・ドゥルーズ『差異と反復』
中上健次『熊野集』
中上健次『千年の愉楽』
中原昌也『ニートピア2010』
ロラン・バルト『彼自身によるロラン・バルト』
ロラン・バルト『ミシュレ』
ミシェル・フーコー『言葉と物』
藤枝静男『田紳有楽・空気頭』
藤枝静男『悲しいだけ・欣求浄土』
古井由吉『白暗淵』
松浦寿樹・古井由吉『色と空のあわいで』
松浦理恵子『犬身』
村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』
ジャン=ピエール・リシャール『マラルメの想像的宇宙』
山田宏一『友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌』
山田宏一『トリュフォー、ある映画的人生』
蓮實の偏愛する24冊だけど、結局この人は古井除いて「荒っぽい」小説が好きなだけのように思える
こりゃ三島やクンデラなんてお気に召さないだろうよ
――蓮實先生も学生時代に熱中した映画について研究しています
中学1年生で親に隠れて映画を見て、こんなに面白いものはないと思いました。
一番前の席で1日7本立て続けに映画を見て、顔面まひになったこともあります(笑)。
これほど映画を見ているのは日本の同世代で私が一番だという自尊心がありました。何でも見なければと思ってあらゆる映画を見ましたね。
役に立つかは全く考えませんでした。私が東大に入って一番良かったことは、学校秀才がいかにくだらないかを学べたことです。
何でも良くできる人が、本当に伸びたのを見たことがない。
そういう人は正誤の判断力には優れていても、何かを創造する力が欠けている気がします。
彼らは好奇心だけで何かに集中しない。私は秀才とは全く別の形で好きなことばかりしてきました。
――創造性を大学で伸ばすことは可能だと思いますか
できると思います。研究より、教育の方が大切なのです。他人との競争の中で自分は秀でていると感じられる教育が必要。
そのためには学生を何かに没頭させ、知らぬ間に自分の限界を超えて、
他の人よりも前を走っているような状況に導くことが重要なのだと思います。
――東大生へのメッセージをお願いします
若者全般へのメッセージですが、世間で言われていることの大半は嘘だと思った方が良い。
それが嘘だと自分は示し得るという自信を持ってほしい。
たとえ今は評価されなくとも、世界には自分を分かってくれる人が絶対にいると信じて、世界に働き掛けていくことが重要だと思います。
http://www.todaishimbun.org/otameshi_interview20170317/
なつかCM~日曜洋画劇場のCM群3
ゴダール
bbny
レナウンcm
リンク切れ
もう一本の断片
根津甚八がナレーションをしていたはず
https://youtu.be/u78BZstb7_E
1988/12
リュミエール 80頁
であり、芸術としてのレンプラントは文化とは関係が
ない。ヨーロッパとはそうした文化概念にすぎない。
さいわいなことに金持ちがいて、貧乏人が貧乏であり続けるために金を浪費してくれる。そして金持ちが
倦怠からものを考える術を持たないなら、われわれが(笑、拍手)
ヨーロッパ映画をとってみても、た
とえばジャン。ヴィゴの場合、彼の撮った映画をどこ
で見せるかという問題にたえずつき当っていたはずで、
一九三四年、パリのコリゼ劇場での上映がうまくいか
なかったことは、むしろ喜ばしいこととさえいえるで
しょう。
.....
-さきほどのお話をうかがっていると、あなたは
1988/05/21カンヌ映画祭記者会見
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