(
リンク::::::::::、
ドゥルーズ(本頁)、
ノート)
A.O補遺、
ニーチェと哲学、
体系
目次、
図☆☆☆、→
シネマ1、
シネマ2、
アンチ・オイディプス、
千のプラトー、
☆
0=
はじめに、
序 論:反復と差異
1=
第1章:それ自身における差異
2=
第2章:それ自身へ向かう反復
3=
第3章:思考のイマージュ
4=
第4章:差異の理念的総合
5=
第5章:感覚されうるものの非対称的総合
6=
結 論:差異と反復
チャート図:ジル・ドゥルーズ『差異と反復』
______|________
はじめに:
差異__|__反復 |/同一性
___|__ |
序論: 差異の哲学 / の哲学
| | 反復と差異 ハイデガー/|ヘーゲル
一: | | __|_反復と |美しき魂
それ自身における差異| | 一般性の区別 反復=イデア|
| | | __|__ 普遍性 |
ショーペンハウアー | | | | | 一 | 特 |
| | |行動 法 概念 般ー十ー殊 |
| アリストテレス| / | 性 | 性 |
| 類的差異、|キルケゴール_|_ 単独性 |
| カテゴリーと| _|_ | |
| 種的差異 | | | 留保(阻止) |
| | | 着衣___裸 |
一義性と差異 |(時間)リズム| 拍子(空間) |
スコトゥス、 | | | |
スピノザ、 | |
二:| ヒューム |
ニーチェ | |それ自身へ向かう反復 ベルクソン|
| ライプニッツ |___時間の総合 デカルト |
|ヘーゲル、カント | カント |
|______| 現在__過去__円環 |
| マルクス | | | |
ハイデガー フロイト(習慣__潜在_死の本能)|
プラトン『ソピステス』 見せかけ |______|デカルト
| 理念 ベルクソン| カント
四:差異の理念的総合 =多様体
三:思考のイマージュ プラトン
カント|_________________|障害としての諸公準 256頁
ライプニッツ | /自然的or哲学的
微分
五:感覚されうるものの___
潜在的 非対称的総合 | 表象批判
可能的+実在的 他者 /良識、共通感覚
結論:差異と反復 存在=
現働的 ダーウィン ニーチェ 差異
個体的差異 個体化 強度の 一義性を永遠回帰における
強度的 巻き込み 特徴 反復として実現すること 449頁
種的差異アリストテレス63頁
類的差異
個体的差異ダーウィン371頁
習慣156頁
良識208,336,339頁
マルクス『ブリュメール十八日』150頁,『資本論』283,313頁
__________
目次、
図☆☆☆、→
シネマ1、
シネマ2、
アンチ・オイディプス、
千のプラトー、
☆
0=
はじめに、
序 論:反復と差異
1=
第1章:それ自身における差異
2=
第2章:それ自身へ向かう反復
3=
第3章:思考のイマージュ
4=
第4章:差異の理念的総合
5=
第5章:感覚されうるものの非対称的総合
6=
結 論:差異と反復
☆
時 間
__________反 復__________
|\ |\ |はじめに/|
| \ | \(6)|
ハイデガー|
| \
6結論 | \ | / |
| 差異と反復 |(5)\ | /(0)|
| \
スピノザ| \|/差異と反復
|
ニーチェ \ |___
0序論、
1___|
| <量> | <質> |
|
5 \ |(4)/ | \(1)|
|感覚されうるもの\ | / | \ |
|の非対称的総合 \ | /(3)|(2)\ |
| \|/ | \|空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』|_____差
| /|(
ショーペンハウアー)異
|
ライプニッツ / | \
アリストテレス |間
|差異の理念的総合/ | \それ自身における|
|
4 / |
キルケ\差異
1 |
| / |
ゴール \
スコトゥス|
|
マルクス/ |
ヒューム \
プラトン |
| <関係> | <様相> |
| /
3 |
2 \ |
| /思考のイマージュ|それ自身へ向かう反復 |
| /
プラトン、
デカルト|
ベルクソン タルド\ |
|/
カント、
ヘーゲル |
フロイト ラカン\|
/___________|___________\
あるいは、
時 間
__________反 復__________
|\ |それ自身へ向かう反復/|
| \ |
2 キルケゴール / |
| \
6結論 |
ヒューム / |
| 差異と反復 |
ベルクソン/ |
| \
スピノザ|
フロイト/ |
|
ニーチェ <量> |
ラカン<質>
スコトゥス|
| \ |
タルド /
1 |
|
5 \ | /
アリストテレス|
|感覚されうるもの\ | /それ自身における|
|の非対称的総合 \ | /差異 |
| \|/
プラトン |空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』______差
| /|\ | /異
|
ライプニッツ / | \(6)|(2)/ |間
|差異の理念的総合/ | \ | / |
|
4 / |(5)\ | /(1)|
| / | \|/ |
|
マルクス/ |___
0序論、
1___|
| <関係> | <様相>(0) |
| /
3 |(4)/ 反復と差異 |
| /思考のイマージュ| / | \ |
| /
プラトン、
デカルト| /(3)
はじめに\ |
|/
カント、
ヘーゲル |/
ハイデガー\|
/___________/_____|_____\
または、
☆☆
時 間
__________反 復__________
|\ 〜それ自身へ向かう反復/|
潜在性 可能性 未来 2 //|
|//\ 6結論 表象|キルケゴール ///|
|〜差異と反復 |ベルグソン ////|
|////\スピノザ | (フロイト)////|
|///永劫回帰 | アリストテレス|
|//ニーチェ\ 運動、行動 //スコトゥス|
|//5////\ | ///1////|
〜感覚されうるもの\ | 〜それ自身における|
|の非対称的総合//\ | ////////差異|
|//////////\|/有機的=オルジック/|空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』______差
|///////////|\////|/////異
|/ライプニッツ/// | \(6)|(2)//|間
〜差異の理念的総合/矛盾| \//|/////|
|//4/////同一性|(5)\/|//(1)|
|/////// 想起 | \|/////|
|//微分// 弁証法 |_____0_____|
|///// | /|\(0)/|
|//// 3 |(4)/〜反復と差異/|
|//〜思考のイマージュ| / | \序論|
|//プラトン、デカルト| /(3)〜はじめに/|
|/ カント、ヘーゲル 過去 ハイデガー\|
/__________起源_____|_____\
「差異は現象(フェノメノン)ではなく、現象にこの上なく近い可想的存在(ヌーメノン)である。」
(第五章冒頭部分より)
ドゥルーズ『差異と反復』はカント体系と同じ構図で図解できるが、
ミンコフスキー時空図(
Raum und Zeit (Minkowski) 1908 )のようになっているのがミソだ。図の上部で肯定的な哲学者を扱っている。
序論で全体の構成が明らかになるが、それが全体で反復される。
ハイデガーからカント、ライプニッツ、ニーチェ、を通ってスピノザへ、というのが全体のプログラムだ。潜勢的なるもの=実在論の復興の書と言える。
(
以前書いたものは三角形を基本としたが、カントに倣って四角を基本としてみた。)
第五章ニーチェの永劫回帰を空間的問題だと解釈した。
『差異と反復』が、絶え間ない現在へいたる運動だということがわかる。
なお、第四章ラストに時-空への言及があるが、あくまで生物学モデルで、ミンコフスキーの名はない。
追記:
似たようなことを考えている人がすでにいた。
Deleuze And Guattari's Philosophy of History (Continuum Studies in Continental Philosophy)[ハードカバー]
Jay Lampert (著)
http://books.google.co.jp/books?id=gwLkgjn-A3sC&pg=PA34&dq=minkowski+time+deleuze&hl=ja&sa=X&ei=TuggT7jAEOyQiAe0--j6BA&ved=0CDUQ6AEwAQ#v=onepage&q=minkowski%20time%20deleuze&f=false
一見対極に見える、ベルグソンの知覚概念図(円錐)とミンコフスキー時空が似ていると言うことは
すでにいろいろな人に指摘されている(
http://noos.cocolog-nifty.com/cavesyndrome/2008/07/5023_f540.html)。
____________
参考:
////\ 時間的 ///////
/////\ | ////////
//////\ 未来 /////////
///////\ | //////////
////////\ | ///////////
____ 空間的_\|/_空間的(=物自体)_____
//////////|\///////////
///////// | \//////////
//////// 過去 \/////////
/////// | \////////
////// 時間的 \///////
ミンコフスキー時空図
参照:湯川秀樹『物理講義』
『差異と反復』
http://www.arsvi.com/b1900/6800dg.htm
■Deleuze, Gilles 1968 Différence et répétition, Presses universitaires de France. =19921125 財津 理 『差異と反復』,河出書房,525p. ISBN-10: 4309230296 ISBN-13: 9784309230290 \5800
■内容
「いつの日か、世紀はドゥルーズのものとなるだろう」とフーコーをいわしめたドゥルーズの主著にして代表作。ニーチェ、ベルクソン、スピノザらとともに、差異を同一性から 解き放ち、反復を“理念”の力=累乗の特異性として発見する時、新たな生と思考がはじまる。かぎりない力をひめた怪物的な書物。
■目次
はじめに (ハイデガー、ボルヘス)
http://borges.blog118.fc2.com/blog-entry-1605.html
http://www.ne.jp/asahi/net/jpn/segawa/dgd/essay_1.htm
『差異と反復』はじめに
「本書で論じられる主題は、明らかに、時代の雰囲気の中にある。その雰囲気のしるしとして、つぎの四つの点をあげて良いだろう。まず、 ハイデガーが存在論的≪差異≫の哲学にますます強く定位しようとしていること、つぎに構造主義の活動が或る共存の空間における差異的=微分的(différentiel)な諸特徴の配分に基づいていること、さらに現代小説という芸術がそのもっとも抽象的な省察ばかりでなくその実際的な技法においても差異と反復をめぐって動いていること、最後に無意識の、言語の、そして芸術の力でもあろうような反復本来の力(puissance)があらゆる種類の分野において発見されていること。これらのすべてのしるし(シーニュ)は、或る一般化した反ヘーゲル主義に数え入れることができる。つまり、差異と反復が、同一的なものと否定的なものに、同一性と矛盾に取ってかわったのである。」邦訳文庫上11-12頁
http://kokorotoha.com/tetugaku/?p=59
『差異と反復』はじめに
「……。哲学史は、絵画におけるコラージュの役割にかなり似た役割を演じるべき
だと、わたしたちは思われる。哲学史とは、まさに哲学の再生産である。哲学史に
おける報告は、正真正銘の分身として作用しなければならず、その分身本来の最高
度の変容を包含しなければならないだろう(口髭をはやしたモナ・リザと同じ意味
で、哲学的にひげをはやしたヘーゲル、哲学的に髭をそったマルクスを想像してみ
よう)。」
参考:
Duchamp - L.H.O.O.Q.
http://boijmans.cultuurwijs.nl/onderw/thema/imitatio/imi6b.htm
http://boijmans.cultuurwijs.nl/onderw/thema/graphim/b95007.jpg
序論 反復と差異
反復と一般性――行動の視点からする第一の区別
一般性の二つのレヴェル――類似の等しさ
法則の観点からする第二の区別
反復、自然の法則と道徳法則
キルケゴール、ニーチェ、ペギーによる、反復の哲学プログラム
反復と一般性-概念の視点からする第三の区別
概念の内包と「阻止」の現象
「自然的阻止」の三つの事例と反復――名目的諸概念、自然の諸概念、自由の諸概念
(カント『プロレゴメナ』)
反復は概念の同一性によって説明されず、否定的でしかない条件によっても説明されないということ
「死の本能」の諸機能――差異との関係における、そして一つの定立的な原理を要請する者としての、反復(自由の諸概念の例)
(フロイト)
二つの反復――概念の同一性と否定的条件による反復、差異による、そして《理念(イデア)》における過剰による反復(自然的諸概念と名目的諸概念の例)
(レヴィ・ストロース、図形*、リズム、/ ペギー、ルーセル **)
反復における裸のものと着衣のもの
(タルド)
概念的差異と概念なき差異
(カント、ライプニッツ)
しかし、差異の概念(《理念(イデア)》)は、概念的差異に還元されることはなく、同様に、反復の定立的な本質は、概念なき差異に還元されることはない
_________
観 念
:
普遍性
|
概 一 | 特
・・般___|___殊
念 性 | 性
|
単独性
(柄谷行人『探究2』より)
<たとえば、ドゥルーズは、キルケゴールの反復にかんして、「反復は、単独なものの普遍性であり、
特殊なものの一般性としての一般性と対立する」といっている(『差異と反復』)。つまり、彼は特殊性
(個)ー一般性(類)の対と、単独性ー普遍性の対を対立させている(図参照)。だが、すでに明らかなように、
これはスピノザが概念と観念を区別したのとほとんど同じことである。>
(柄谷行人『探究2』文庫版150頁)
<…わたしたちは、個別的なものに関する一般性であるかぎりでの一般性と、 特異(サンギュリエ)な
ものに関する普遍性としての反復を対立したものとみなす…>
http://blog.livedoor.jp/captainahab/archives/50551139.html
(『差異と反復』邦訳単行本20頁、文庫上22頁)
(『トランスクリティーク』定本版単行本156頁、文庫150頁)
*
(ドゥルーズ自身がイメージしているのは上記のような図であろう。序論訳注より。)
本文抜粋:
ジル・ドゥルーズ『差異と反復』序論 冒頭「反復と一般性――行動の視点からする第一の区別」第二段落(財津理訳) 単行本19頁
<一般性は、類似の質的レヴェルと等価の量的レヴェルの、二つの大きなレヴェルを提示している。
もろもろの循環と、もろもろの等しさとが、その象徴である。
だが、いずれにせよ、一般性は、どの項も他の項と交換可能であり、他の項に置換しうるという視点を表現している。
もろもろの個別的なものの交換ないし置換が、一般性に対応するわたしたちの行動の定義である。
だからこそ、経験論者が、言葉のうえで一般観念に類似している個別観念ならどのような個別観念であろうと、
その一般観念の代理として用いてかまわない、という気持ちを加味することを条件に、一般観念を、それ自身において
個別的なひとつの観念として提示するのも間違いではないのだ。
これとは逆に、わたしたちには、反復は代理されえないものにたいしてのみ必然的で根拠のある行動になるということがよくわかる。
行動としての、かつ視点としての反復は、交換不可能な、置換不可能な或る特異性に関わる。反映、反響、分身、魂は、
類似ないし等価の領域には属していない。そして、一卵性双生児といえども、互いに置換されえないように、自分の魂を交換しあうことは
できないのである。交換が一般性の指標だとすれば、盗みと贈与が反復の指標である。したがって、反復と一般性のあいだには、
経済的な差異があることになる。>
**
<.... わたしたちに とっての唯一の教師は、わたしたちに 対して「私と共にやりなさい」と言う‥… > (『差異と反復』単行本49頁、文庫上74頁より)
第一章 それ自身における差異
差異と暗い背景
差異を表象=再現前するということは必要なのだろうか。表象=再現前化の四つのアスペクト(四重の根)
幸福な契機、差異、大と小
概念的差異、最大かつ最高の差異
アリストテレスによる差異の倫理学、および、差異の概念と概念的差異の混同
種的差異と類的差異
四つのアスペクト、あるいは差異の従属――概念の同一性、判断の類比、諸述語の対立、知覚されたものの類似
差異と有機的な表象=再現前化
一義性と差異
配分の二つのタイプ
一義性と類似の和解不可能性、
一義的なものの三つの契機――スコトゥス、スピノザ、ニーチェ
永遠回帰における反復は存在の一義性の定義である
差異とオルジックな表象=再現前化(無限大と無限小)
理由としての根拠
ヘーゲルによる差異の論理学と存在論――矛盾
ライプニッツによる差異の論理学と存在論――副次的矛盾(連続性と不可職別者)
差異のオルジックなあるいは無限な表象=再現前化は、前述の四つのアスペクトから、どうして免れていないのか
差異、肯定と否定
否定的なものの錯覚
(<ヘーゲル>、ニーチェ)
否定的なものの排除と永遠回帰
(カント、ヘルダーリン)
プラトンによる差異の論理学と存在論
分割の方法と諸形態――要求者たち、テスト―根拠、問い―問題、(非)―存在、および否定的なものの身分
(プラトン『ソピステス』、ハイデガー)
差異の問題において決め手となるもの――見せかけ(シミュラクル)、見せかけ(シミュラクル)の抵抗
(マラルメ、ジョイス)
☆
ショーペンハウアーが『意志と表象としての世界』の序論とみなしている博士論文「根拠律の四つの根について」においては表象は以下の4類に分かたれている。
1. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
2.概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
3. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ドゥルーズの順番、59頁
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
ドゥルーズ『差異と反復』第一章、結論の重要なモチーフ
1234の順
59頁、
391
394
402
509
☆
gegenstand 対象
↓ affiziert 影響を与える
sinne 感覚
↓ virtus phantastica 想像力
virtus 神、徳、勇気←
________
phantasma 可感的表象 | |
| Intellekt 知性|
|________|
↓ intellectus agens 能動知性←
species intelligibilis 可知的形象
↓ intellectus possibilis 可能的知性←
Gedächtnis(ゲデヒトニス) 記憶
___________________________________
Schema zur Abstraktiven Erkenntnis 抽象認知のための図式
das wahre sein das sein im intellekt.
außerhalb der seele .
真の魂の外側 知性になる
natura communis
共通本性
_/_
| 個1|
individuen 個2| universalien ⇨logik 普遍→論理学
個々_|_ | (intellektion des allgemeinen) 一般的な知性の教育
| |
| 個n|__wahrnehmung_⇨/
|___| 知覚 \
individuum ⇨metaphysik 個→形而上学
(intuitive, eidetische Anschauung) 直観的、直感的直観
Schema zur Lehre von Natura Communis und Universalien
共通本性と普遍性教育のための図式
http://de.wikipedia.org/wiki/Johannes_Duns_Scotus
☆
http://www.issj.net/mm/mm06/04/mm0604-6-tb.html
アリストテレスの10のカテゴリー
番号_カテゴリー_意味_____________________具体例
1_実体____主語が何であるか_______________アリストテレスである
2_量_____主語がどれほどの量であるか__________中肉中背である(たぶん…)
3_質_____主語がどのような質であるか__________乾燥肌である(知らないですけど…)
4_関係____主語が他のものとどのような関係にあるか____アレクサンダー大王の教師である
5_場所____主語がどのような場所にあるか_________ギリシアの人である
6_時_____主語がいつあるか_______________B.C.384-322
7_状況____主語がどのような状況にあるか_________リュケイオンの教壇に立っている
(そのときによって異なる)
8_状態(所有)主語が(物との関係で)どのような状態にあるか_指輪をつけている(そうだったらしいです)
9_能動____主語が他のものに対してなにをしているか____学生に講義をしている
10_受動____主語が他のものから何を被っているか______プラトンに教えを受けていた
(アカデメイアで)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mochi_space/ancient_philosophy/aristotle/aristotle.html
___________
| | |↓
| 量 | 質 |能動 9
| 2 /\ 3 |
|___/実体\____|
| \1 /場|状況|
| 関係 \/5所|_7|
| 4 |8 |時 |受動10
|_____|状態|_6|↑
(所有)
カントのカテゴリー
2 |3
__|___
4 |7、8
|
1、5?、6?、9、10
☆
http://omg05.exblog.jp/807793/
http://www.h3.dion.ne.jp/~fmic-tyo/KB/KB51-100/KB_no98.htm
第二章 それ自身へ向かう反復
反復、それは、何かが変えられること
(ヒューム)
時間の第一の総合――生ける現在
(ベルクソン)
ハビトゥス、受動的総合、縮約、観照
習慣の問題
(タルド)
時間の第二の総合――純粋過去
《記憶》、純粋過去、そして諸現在の表象=再現前化
過去の四つのパラドックス
習慣における反復と記憶における反復
物質的反復と精神的反復
デカルト的コギトとカント的コギト、未規定なもの、規定作用、規定されうるもの
ひび割れた《私》、受動的な自我、そして時間の空虚な形式
記憶の不十分な点、時間の第三の総合
時間の、形式、順序、相対、セリー
(キルケゴール)
第三の総合における反復――欠如によるその条件、変身のその作用者、その無条件な特徴
(クロソウスキー、<ニーチェ>、ヘルダーリン)
永遠回帰における反復という観点からする、悲観的なものと喜劇的なもの、歴史、信仰
(マルクス、ヘルダーリン)
反復と無意識――『快感原則の彼岸』
(フロイト)
第一の総合と拘束――《ハビトゥス》
第二の総合――潜在的な諸対象と過去
(ラカン、ベルクソン)
エロスとムネモシュネ
反復、置き換えと偽装――差異
無意識の本姓に関する諸帰結――セリー状の、差異的=微分的な、そして問いかけ的な無意識
第三総合あるいは第三の「河岸」に向かって――ナルシシズム的自我、死の本能、そして時間の空虚な形式
死の本能、対立と物質的反復
死の本能と永遠回帰における反復
(ブランショ、くじ引き、ボルヘス)
類似と差異
システムとは何か
暗き先触れと「異化させるもの」
文学的システム
幻想(ファンタスム)あるいは見せかけ(シミュラクル)、および差異に対する同一的なものの三つの形態
プラトン主義の真の動機は、見せ掛け(シミュラクル)の問題の中にある
見せ掛け(シミュラクル)と永遠回帰における反復
(プラトン『ソピステス』)
☆
http://simple-u.jp/pd200407.html
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1318.html
☆
______________________
/ \
A( )B 記憶の全体、過去
\______________________/
\ /
\ ________________ / 従来の心理学、哲学で無視されがちな、
A' ( ) B' 精神生活の無数の反復及び、
\______________/ 無数の切断面
\ /
記憶全体 \ ________ /
A'' (________)B'' 無数の切断面
\自我の運動 /
_______\ ↑↓ /________P 現実的表象を現す運動平面
/ \↑↓身体のイマージュ /
/ \/ /
/ S 現在の知覚 /
/____________________/
ベルクソン『物質と記憶』における知覚と記憶、円錐モデル
http://www.brocku.ca/MeadProject/Bergson/Bergson_1911b/Bergson_1911_03.html
☆
キルケゴール:メモ
http://nam-students.blogspot.com/2012/01/blog-post_28.html
近代から現代へ至る思想の見取り図
http://yojiseki.exblog.jp/9670723/
[現代思想]
ニーチェ
(神の死)
/|\
/ | \↑
/ | \
[個人の内面]/ | \ [社会の現実]
キルケゴール/____|____\マルクス
(主体的実存) | (共産主義社会)
|
|
| ↑
|
[近代主観主義]
ヘーゲル
(絶対精神)
上記はK・レヴィットの図式(『キルケゴール 人類の知的遺産』p.32の図を90度回転させた)。
近代はへーゲルの絶対精神に発し、現代のニーチェの神の死へ至る。
その際、観念と物体、内面と社会のバランスが大切だとレーヴィットは言う(『ヘーゲルからニーチェへ』)。
キルケゴール(1813-1855)の世界:試作
http://yojiseki.exblog.jp/8875247/
<キルケゴール(1813-1855)の世界>
左手=倫理的、 右手=宗教的
この世的
『現代の批評』 _______ 『建徳的講話』
↑ 『後書き』 |宗教的世界 | ↓
『人生行路の諸段階』 |(キリスト) |
『不安の概念』 二階|______『死に至る病』『野の百合・
『哲学的断片』 |倫理的世界 | 空の鳥』
『反復』 一階|(ソクラテス)|
『おそれとおののき』_|_______|___
『あれか、これか』//|審美的世界 |///
//|(ドン・ |///
//|_ジュアン)_|///
地下////////////
『あれか、これか(第一部:誘惑者の日記)』
キルケゴール内部は、
2階=宗教的(キリスト) 、
1階=倫理的(ソクラテス)、
地下=審美的(ドン・ジュアン) という構造になっている。
参考:
http://homepage.mac.com/berdyaev/kierkegaard/kierkegaard_1/kierkegaard2.html
http://blog.livedoor.jp/yojisekimoto/archives/cat_50027458.html
第三章 思考のイマージュ
哲学における前提の問題
(ヘーゲル、デカルト)
◯第一の公準――普遍的本性タル《思考》の権利
(ニーチェ)
◯第二の公準――常識〔共通感覚〕の理想
◯第三の公準――再認というモデル
思考とドクサ
(ベルクソン、カント)
カントにおける《批判》の両義性
◯第四の公準――表象=再現前化のエレメント
諸能力の差異=微分的理論
諸能力の不調和的使用――暴力とそれぞれの能力の限界
プラトン哲学の両義性
(プラトン『国家』)
思考するということ――思考におけるその発生
(ハイデガー、アルトー)
◯第五の公準――誤謬という「否定的」なもの
(プラトン『テアイテトス』)
愚劣の問題
(ショーペンハウアー、フローベール『ブヴァールとペキュシェ』)
◯第六の公準――指示の特権
(ラッセル)
意味と命題
(アルトー、デカルト、フローベール、ルイス・キャロル)
意味のパラドックス
(ルイス・キャロル)
意味と問題
◯第七の公準――解の様相
新理論における解の錯覚
問題というカテゴリーの存在論的重要性と認識論的重要性
(プロクロス)
「学ぶ」ということは何を意味するのか
◯第八の公準――知という結果
差異と反復の哲学に対する障害としての諸公準の要約
(ニーチェ、プラトン『メノン』)
1 |5☆
|
____|____
2、3|6、7
4 | 8
(公準6、7、8を起点にして最初から回転させれば本書全体と同じ構造である。)
ドゥルーズにおける差異と反復の関係は以下のように考えられる。
反 復
一 差
般 +
性 異
一義性
『差異と反復』序論、概念の「阻止」(bloquer、固定、凍結)は以下のように横軸が
条理化されることを意味するだろう。
観 念
:
普遍性
(法) |(反復)
概 一 | 特
・・般十十十十十十十殊
念 性 | 性
(概念)|(行動)
単独性
カントも参照される権利上の概念の問題は、動的概念、さらには図の縦軸に
当たる観念=イデアを準備する。
序論における概念の「阻止」(bloquer、固定、凍結)が横軸の条理化なら、
第三章 思考のイマージュにおける公準は縦軸の条理化であろう。
観 念
:
普遍性
(法) 十(反復) 思考
十 共通感覚
十 再認
概 一 十 特 表象
・・般ーーー十ーーー殊
念 性 十 性 誤謬
十 指示
十 解
(概念)十(行動) 知
単独性
プラトン『テアイテトス』Theaitetos
http://tachinoki.seesaa.net/article/109857207.html
<以下は第二部の「虚偽可能の問題」内で語られる、思考が感覚との間に起こす思いなしの真偽表(192A-194B)。1-14が虚偽の思いなしが不可能な場合で、15-17がそれが可能な場合。例えば、本文中にソクラテス自身による例示はないが、テアイテトスがこれに沿う形で問題提起を行っている(191A)16の場合だと、遠くの見知らぬ人を見て(感覚)、それがはっきりとは認識できないがために、見知っている(もしくは記憶にある―思考)テオドロスと勘違いする(虚偽の思いなし)、といった風になる。>→引用元サイト
http://www.issj.net/mm/mm06/07/mm0607-4-un.html
http://www.atmarkit.co.jp/farc/rensai/column/world11/world11.html
第四章 差異の理念的総合
問題的な審廷としての理念
(カント)
未規定なもの、規定可能なもの、および規定作用――差異
微分
(ヘーゲル、ライプニッツ)
量化可能性、および規定可能性の原理
(ニュートン)
質化可能性、および相互規定の原理
(マイモン)
ポテンシャリティ、および十分な規定作用の原理(セリー的形式)
(ロンスキ、ラグランジュ、カルノー)
微分法において無限小が無用であること
(カルノー、<ポアンカレ>)
〈差異的=微分的〉と〈問題的〉
問題の理論――弁証法と科学
《理念(イデア)》と多様体
(フッサール、リーマン)
諸構造――それらの基準、諸《理念(イデア)》のタイプ
(パルメニデス、エピクロス、ニュートン、マルクス、プラトン『ヒッピアス』、ペギー)
副次的矛盾の方法――特異なものと正則なもの、特別なものと通常のもの
(シェリング、ヘーゲル)
《理念(イデア)》、そして諸能力に関する差異的=微分的理論
(マイモン、カント)
問題と問い
(ジョイス、『オデュッセイア』、プルースト、プラトン『パルメニデス』)
命令と遊び=賭け
(ライプニッツ、レーモン・ルーセル、ブランショ、ニーチェ)
《理念(イデア)》と反復
(ハイデガー、ブランショ)
反復、特別なものと通常のもの
(ハイデガー、ニーチェ)
否定的なものという錯覚
差異、否定と対立
(アルトー、ギヨーム)
否定的なものの発生
(ヘーゲル、マルクス)
《理念(イデア)》と潜在性
(プルースト、デカルト)
潜在的なものの実体性――<スベテノ仕方デ・・・・・・存在者>
(<デカルト>)
差異化=微分的な無意識、あるいは対象の二つの半身
半身のそれぞれがもつ二つのアスペクト
潜在的なものと可能的なものの区別
(ベルクソン)
差異的=微分的な無意識、あるいは判明で―曖昧なもの
《理念(イデア)》の現実化のプロセスとしての異化=分化
(<時-空>的力動、ベーア)
力動あるいはドラマ
ドラマ化の普遍性
(リラダン、ニーチェ)
(差異/異)化=(微分/分)化という複雑な基礎概念
(ポアンカレによる微分方程式の特異点。邦訳訳者脚注より。これ以降の図解はミンコフスキー時空図を上から見たものと解釈した方がいい。)
第五章 感覚されうるものの非対称的総合
差異と雑多なもの
(カルノー、キュリー)
差異と強度
(ノヴァーリス)
差異の取り消し
良識と共通感覚
(カルノー、ヘーゲル)
差異とパラドックス
強度、質、広がり――取り消しの錯覚
(レオン・セルム、カルノー、クラウジウス)
深さあるいはスパティウム
(カント)
強度の第一の特徴――即自的に不等なもの
数における不等なものの役割
(プラトン『ティマイオス』)
第二の特徴――差異を肯定すること
否定的なものという錯覚
感覚されうるものの存在
第三の特徴――巻き込み
本性上の差異と程度上の差異
エネルギーと永遠回帰
永遠回帰における反復は、質的なものでも延長的なものでもなく、強度的なものである
(ニーチェ、パスカル)
強度と微分
《理念(イデア)》の現実化における個体化の役割
個体化と異化=分化
個体化は強度的である
(ダーウィン)
個体的差異と個体化の差異
「交錯」、「巻き込み」、「繰り広げ」
(ルクレティウス、ライプニッツ)
システムの進化
包み込みの中心
個体化のファクター、《私》と《自我》
心的なシステムにおける他者の本性と機能
(図は『千のプラトー』の記号の体制を表したものだが、永劫回帰の前段階をうまく表現している。)
結論 差異と反復
表象=再現前化批判
有限か無限かという二者択一は無益であること
(ヘーゲル、ライプニッツ)
同一性、類似、対立、そして類比――それら(四つの錯覚)はどのようにして差異を裏切るのか
しかし、同一性、類似、対立、そして類比は、どのようにして反復をも裏切るのか
理由としての根拠――その三つの意味
根拠から無底へ
(ムネモシュネ、アリストテレス、<フローベール>、カント、デカルト)
非人称的な個体化と前個体的な特異性
(シェリング、ショーペンハウエル)
見せかけ(シミュラクル)
《理念(イデア)》と問題に関する理論
《他者》
遊び=賭けの二つのタイプ――それらの特徴
(パスカルの賭け、プラトン的籤、ライプニッツ的チェスゲーム、ニーチェ)
カテゴリー批判
(カント、ホワイトヘッド)
反復、同一的なもの
二つの反復
病理学と芸術、常同症とリフレーン――すべての反復の共存の場所としての芸術
存在論的な、第三の反復へ向かって
時間の形式と三つの反復
第三の反復の選別的な威力――永遠回帰とニーチェ(見せかけ(シミュラクル)たち)
還帰しないもの
《同じ》ものの三つの意味――存在論、錯覚、そして誤謬
存在の類比と表象=再現前化、存在の一義性と反復
http://homepage1.nifty.com/pdo/time4.htm
結論部:
ツァラトゥストラ、ドゥルーズ引用箇所、
第三部 50 日の出前 Vor Sonnen-Aufgang
62 七つの封印 Die sieben Siegel
第四部 75 「ましな人間」について Vom höheren Menschen
以上、単行本421,478頁
____
芸術における「究極の諸反復」の事例
存在論的な、第三の反復へ向かって
結論『差異と反復』単行本435頁より
参考:
ベルク『ヴォツェック』
Wozzeck - 1 Scene - Alban Berg after Georg B?chner - Claudio Abbado
http://youtu.be/dp4Q4SV_YL0
Claudio Abbado - Wozzeck's Interlude:
http://youtu.be/89jEn7dkZx4
アンディ・ウォーホル
(Andy Warhol) 作品の紹介・美術館リンク・ポスター
http://art.pro.tok2.com/W/Warhol/Warhhol.htm
ビュトール『心変わり(変容)』
http://www.amazon.co.jp/dp/4003750616
映画『去年マリエンバードで』(アラン・レネ)
Last Year at Marienbad (1961) re-release trailer with subtitles
http://youtu.be/M5km-4o3EAY
____
<永劫回帰は、第三の時間、すなわち悲劇の後の、そして喜劇の後の、ドラマの時間にのみ存在する。>
(「還帰しないもの」『差異と反復』結論、単行本442頁)
<…一義性を永遠回帰における反復として実現すること…>
(「存在の類比と表象=再現前化、存在の一義性と反復 」同449頁)
■引用
■書評・紹介
■言及
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ x \
/ 対 断 \
/ 立 o r 絶 \
/ x \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
あるいは、
ひとつの
___同一性___
/ x \
/ 対 断 \
/ 立 o r 絶* \(第二次大戦)
/ x \(68年)
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学)** \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/*** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/**** ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械*****
******\ /
矛盾する二つの公理系*******
(共通概念)********
*シネマ1、2
**ベルクソン、ニーチェ
***差異と反復
****襞
*****アンチ・オイディプス
******千のプラトー
*******意味の論理学
********スピノザと表現の問題
アガンベンの
哲学史系統図↓に似てきた。
参考:
哲学史的見取り図としては、アガンベンの『思考の潜勢力(La Potenza del pensiero)』の最後で
紹介されている図が参考になる(邦訳単行本では、雑誌掲載時と違い一部訂正されている)。
超越 内在
カント スピノザ
| |
フッサール ニーチェ
\ / |
ハイデガー |
/ \ |
レヴィナス、デリダ フーコー、ドゥルーズ
「(略)彼(引用者注:ドゥルーズ)の遺書を哲学の使命として引き受けるとともに、近代哲学
〜その大部分は、新たな意味での「生の哲学」である〜を内在の線と超越の線ではっきり区別す
るような系譜図を遡及的に再構成してゆくという仕事も、その一端として必然的に課されるので
ある。それはたとえば、このような概略的な系統図が目安になるだろう。」
(アガンベン「絶対的内在」『現代思想2002.8』)
スピノザとニーチェをつなげているあたり、的確であると言える。
TOP
☆
☆スピノザ
プルードン ヘーゲル
マルクス 空海 カント
坂本龍馬 ハイデガー
☆柄谷 フロイト
ドゥルーズ 老子
アドルノ パーソンズ
カレツキ ゲゼル
ライプニッツ
スポーツ 文学☆
ガンジー
ラカン
353 Comments:
http://yojiseki.exblog.jp/12119936/
スピノザ、ヒューム、フレーゲ
フレーゲは自らの個数言明の理論に確証をもたらすものとして、(半ば批判的にではあるが)スピノザを引用している(邦訳『算術の基礎』49節、109頁。むろんフレーゲはスピノザとは逆に表象から概念が始まっても構わないと考えていて、この時点では実念論的ではない)。
「我々は物を共通の類に還元した後でのみその数の概念の下に考えることができる」(邦訳『スピノザ往復書簡集』書簡50、238頁)
スピノザが硬貨を例に挙げていることが重要なのだがここでは割愛する。
さらに、フレーゲは63節で数の一意的対応の根拠にヒュームを持ち出している(参考:旧投稿)。
ここにヒューム、スピノザは経験論、決定論の区別なく、数学の基礎に位置づけられる。
なお、フレーゲの試みはラッセル、より本質的にはゲーデルに破壊されたとはいえ、ゲーデル数と自然数の対応など、ゲーデルもフレーゲの理論を借り、突き詰めることでフレーゲ理論に反駁したという点が重要である。
今日まで、スピノザ、ヒュームが、カント(フレーゲは前掲書で「カントの改善」を試みたと言っている)によって神秘主義、懐疑主義者とされてしまった弊害は大きい(なおカントも『遺稿』ではスピノザの土俵に立ち返っているが)。
追記:
ネグリ、ハートは『野生のアノマリー』(邦訳297頁)『コモンウェルス』(未邦訳)で上記のスピノザの言説を引用し、政治学的に展開しているようである。
『野 生のアノマリー』はアルチュセールの影響を受け、あまりに政治的だったが(あまりに政治的なので、スピノザが硬貨を例に挙げたことの経済学的な重要さ〜プ ルードンの相互主義に通じる〜が理解できていないようだが)、それでも書誌的な研究はしっかりしていたし、彼らはそれを続けていることになる。
アリストテレスの10のカテゴリー
番号_カテゴリー_意味___具体例
1__実体___主語が何であるか_アリストテレスである
2 量 主語がどれほどの量であるか 中肉中背である(たぶん…)
3 質 主語がどのような質であるか 乾燥肌である(知らないですけど…)
4 関係 主語が他のものとどのような関係にあるか アレクサンダー大王の教師である
5 場所 主語がどのような場所にあるか ギリシアの人である
6 時 主語がいつあるか B.C.384-322
7 状況 主語がどのような状況にあるか リュケイオンの教壇に立っている(そのときによって異なる)
8 状態(所有) 主語が(物との関係で)どのような状態にあるか 指輪をつけている(そうだったらしいです)
9 能動 主語が他のものに対してなにをしているか 学生に講義をしている
10 受動 主語が他のものから何を被っているか (アカデメイアで)プラトンに教えを受けていた
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mochi_space/ancient_philosophy/aristotle/aristotle.html
千のプラトー第六章にはTAO(老子)への言及がある。
:
_____________________
/ \
A( )B 記憶の全体、過去
\_____________________/
\ /
\ _______________ / 従来の心理学、哲学で無視されがちな、
A' ( ) B' 精神生活の無数の反復及び、
\_____________/ 無数の切断面
\ /
記憶全体 \ _______ /
A'' (_______)B'' 無数の切断面
\自我の運動 /
_______\ ↑↓ /________P 現実的表象を現す運動平面
/ \ ↑↓ /身体の形象 /
/ \/ /
/ S 現在の知覚 /
/____________________/
ベルクソン『物質と記憶』における知覚と記憶、円錐モデル
アリストテレスの10のカテゴリー
番号_カテゴリー_意味______________________具体例
1_実体____主語が何であるか________________アリストテレスである
2_量_____主語がどれほどの量であるか___________中肉中背である(たぶん…)
3_質_____主語がどのような質であるか___________乾燥肌である(知らないですけど…)
4_関係____主語が他のものとどのような関係にあるか_____アレクサンダー大王の教師である
5_場所____主語がどのような場所にあるか__________ギリシアの人である
6_時_____主語がいつあるか________________B.C.384-322
7_状況____主語がどのような状況にあるか__________リュケイオンの教壇に立っている(そのときによって異なる)
8_状態(所有)主語が(物との関係で)どのような状態にあるか__指輪をつけている(そうだったらしいです)
9_能動____主語が他のものに対してなにをしているか_____学生に講義をしている
10_受動____主語が他のものから何を被っているか______(アカデメイアで)プラトンに教えを受けていた
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mochi_space/ancient_philosophy/aristotle/aristotle.html
gegenstand 対象
↓ affiziert 影響を与える
sinne 感覚
↓ virtus phantastica 想像力
virtus 神、徳、勇気←
________
phantasma 可感的表象 | |
| Intellekt 知性|
|________|
↓ intellectus agens 能動知性←
species intelligibilis 可知的形象
↓ intellectus possibilis 可能的知性←
Gedächtnis(ゲデヒトニス) 記憶
das wahre sein das sein im intellekt.
außerhalb der seele .
真の魂の外側 知性になる
natura communis
共通本性
_/_
| 個1|
individuen 個2| universalien ⇨logik 普遍→論理学
個々_|_ | (intellektion des allgemeinen) 一般的な知性の教育
| |
| 個n|__wahrnehmung_⇨/
|___| 知覚 \
individuum ⇨metaphysik 個→形而上学
(intuitive, eidetische Anschauung) 直観的、直感的直観
千のプラトー6で紹介された道教の文献は、
医心方
医心方(いしんぼう)とは平安時代の宮中医官である鍼博士丹波康頼撰による日本現存最古の医学書
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/d4f3e392d2346fa8204150070630fce6
The world of the shining prince: court life in ancient Japan - 133 ページ
books.google.co.jp
Ivan Morris - 1994 - 336 ページ - プレビュー
... however, is by Tamba Yasuyori, a Doctor of Acupuncture (Harihakase), who from 982 to 984 produced a work called Ishinho. ... For details, and a Latin translation, see RH van Gulik, Sexual Life in Ancient China, p. 122 ff. ...
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BB%E5%BF%83%E6%96%B9
医心方wiki
唯物論的な総合
ハイデガー、カントと違い、観念論の擁護を意図していない
http://de.wikisource.org/wiki/Raum_und_Zeit_%28Minkowski%29
Raum und Zeit (Minkowski)
1908
邦訳
空間と時間
『相対論』東海大学出版会1969年
:
______________________
/ \
A( )B 記憶の全体、過去
\______________________/
\ /
\ ________________ / 従来の心理学、哲学で無視されがちな、
A' ( ) B' 精神生活の無数の反復及び、
\______________/ 無数の切断面
\ /
記憶全体 \ _______ /
A'' (_______)B'' 無数の切断面
\自我の運動 /
_______\ ↑↓ /_______P 現実的表象を現す運動平面
/ \↑↓/身体の形象 /
/ \/ /
/ S 現在の知覚 /
/___________________/
ベルクソン『物質と記憶』における知覚と記憶、円錐モデル
http://www.brocku.ca/MeadProject/Bergson/Bergson_1911b/Bergson_1911_03.html
Matter and Memory
Chapter 3: Of the Survival of Images. Memory and Mind
Henri Bergson
:
______________________
/ \
A( )B 記憶の全体、過去
\______________________/
\ /
\ ________________ / 従来の心理学、哲学で無視されがちな、
A' ( ) B' 精神生活の無数の反復及び、
\______________/ 無数の切断面
\ /
記憶全体 \ ________ /
A'' (________)B'' 無数の切断面
\自我の運動 /
_______\ ↑↓ /________P 現実的表象を現す運動平面
/ \↑↓/身体のイマージュ/
/ \/ /
/ S 現在の知覚 /
/____________________/
ベルクソン『物質と記憶』における知覚と記憶、円錐モデル
:
______________________
/ \
A( )B 記憶の全体、過去
\______________________/
\ /
\ ________________ / 従来の心理学、哲学で無視されがちな、
A' ( ) B' 精神生活の無数の反復及び、
\______________/ 無数の切断面
\ /
記憶全体 \ ________ /
A'' (________)B'' 無数の切断面
\自我の運動 /
_______\ ↑↓ /________P 現実的表象を現す運動平面
/ \↑↓身体のイマージュ /
/ \/ /
/ S 現在の知覚 /
/____________________/
ベルクソン『物質と記憶』における知覚と記憶、円錐モデル
http://www.brocku.ca/MeadProject/Bergson/Bergson_1911b/Bergson_1911_03.html
:
_____________________
/ \
A( )B 記憶の全体、過去
\_____________________/
\ /
\ _______________ / 従来の心理学、哲学で無視されがちな、
A' ( ) B' 精神生活の無数の反復及び、
\_____________/ 無数の切断面
\ /
記憶全体 \ _______ /
A'' (_______)B'' 無数の切断面
\自我の運動 /
_______\ ↑↓ /________P 現実的表象を現す運動平面
/ \ ↑↓ /身体の形象 /
/ \/ /
/ S 現在の知覚 /
/____________________/
ベルクソン『物質と記憶』における知覚と記憶、円錐モデル
:
____________→時間の経過
A B C
|\ |\ |
| \ | \ |
__|__\|__\___ |
| A・ B・ |_ 時間の序列
| |\ | |
| | \ | |
__|___|__\|__ |
| | A・・ |
| | |
『千のプラトー』単行本604頁
フッサール『内的時間意識も現象学』参照
:
時間の経過
↓
____|___|___|
| | A
| | /|
| | / |
____|___|/__|
| A・ B
| /| |
| / | |
____|/__|___|
A・・ B・ C
| | |
|_________|
|
時間の序列
『千のプラトー』単行本604頁
フッサール『内的時間意識も現象学』参照
:
____________→時間の経過
A B C
|\ |\ |
| \ | \ | \
__|__\|__\___ |
| A・ B・ |_ 時間の序列
| |\ | |
| | \ | |
__|___|__\|__ |
| | A・・ |
| | | /
『千のプラトー』単行本604頁
フッサール『内的時間意識も現象学』参照
:
____________→時間の経過
A B C
|\ |\ |
| \ | \ | _
__|__\|__\___ |
| A・ B・ |_ 時間の序列
| |\ | |
| | \ | |
__|___|__\|__ |
| | A・・ _|
| | |
『千のプラトー』単行本604頁
フッサール『内的時間意識も現象学』参照
:
____________→時間の経過
A B C
|\ |\ |
| \ | \ |
__|__\|__\___ |
| A・ B・ |_ 時間の序列
| |\ | |
| | \ | |
__|___|__\|__ |
| | A・・ |
| | |
『千のプラトー』単行本604頁
フッサール『内的時間意識の現象学』参照
:
時間の経過
↓
____|___|___|
| | A
| | /|
| | / |
____|___|/__|
| A・ B
| /| |
| / | |
____|/__|___|
A・・ B・ C
| | |
|_________|
|
時間の序列
____________→時間の経過
A B C
|\ |\ |
| \ | \ | \
__|__\|__\___ |
| A・ B・ |_ 時間の序列
| |\ | |
| | \ | |
__|___|__\|__ |
| | A・・ |
| | | /
____________→時間の経過
A B C
|\ |\ |
| \ | \ | _
__|__\|__\___ |
| A・ B・ |_ 時間の序列
| |\ | |
| | \ | |
__|___|__\|__ |
| | A・・ _|
| | |
『千のプラトー』単行本604頁
フッサール『内的時間意識の現象学』参照
根源的現在の感性的与件:
↓ 垂直系列(時点)
E1 E2
O____________→事物統握の系列
\ |\ |
\ | \ |
\|__\|E・1
\ |
\ |
\ |
\|
O・
「どの垂直系列においても…根源的与件E2と過去把持的変様O・およびE・1がひとつの瞬間のうちに合一されているのである」
(フッサール『内的時間意識も現象学』邦訳122頁)
根源的現在の感性的与件:
垂直系列(時点)
↓
____________→事物統握の系列
O\ E1 E2
\ |\ |
\ | \ |
\|__\|E・1
\ |
\ |
\ |
\|
O・
「どの垂直系列においても…根源的与件E2と過去把持的変様O・およびE・1が
ひとつの瞬間のうちに合一されているのである」
(フッサール『内的時間意識も現象学』邦訳122頁)
根源的現在の感性的与件:
垂直系列(時点)
↓
E1 E2
O____________→事物統握の系列
\ |\ |
\ | \ |
\|__\|E・1
\ |
\ |
\ |
\|
O・
「どの垂直系列においても…根源的与件E2と過去把持的変様O・およびE・1が
ひとつの瞬間のうちに合一されているのである」
(フッサール『内的時間意識も現象学』邦訳122頁)
:
___________________→時間の経過
A B C
|\ |\ |
| \ | \ | _
__|__\|__\___ |
| A・ B・ |_ 時間の序列
| |\ | |
| | \ | |
__|___|__\|__ |
| | A・・ _|
| | |
『千のプラトー』単行本604頁
フッサール『内的時間意識の現象学』参照
:
_________________→時間の経過
A B C
|\ |\ |
| \ | \ | _
__|__\|__\___ |
| A・ B・ |_ 時間の序列
| |\ | |
| | \ | |
__|___|__\|__ |
| | A・・ _|
| | |
『千のプラトー』単行本604頁
フッサール『内的時間意識の現象学』参照
:
________________→時間の経過
A B C
|\ |\ |
| \ | \ | _
__|__\|__\___ |
| A・ B・ |_時間の序列
| |\ | |
| | \ | |
__|___|__\|__ |
| | A・・ _|
| | |
『千のプラトー』単行本604頁
フッサール『内的時間意識の現象学』参照
:
_____________ →時間の経過
A B C
|\ |\ |
| \ | \ | _
__|__\|__\___ |
| A・ B・ |_時間の序列
| |\ | |
| | \ | |
__|___|__\|__ |
| | A・・ _|
| | |
『千のプラトー』単行本604頁
フッサール『内的時間意識の現象学』参照
:
_____________
A B C →時間の経過
|\ |\ |
| \ | \ | _
__|__\|__\___ |
| A・ B・ |_時間の序列
| |\ | |
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__|___|__\|__ |
| | A・・ _|
| | |
『千のプラトー』邦訳単行本604頁
フッサール『内的時間意識の現象学』邦訳122頁参照
上の軸を中心にろくろのように回転させればベルクソンの図と相似だ。
ただ身体の位置づけが甘いし、時空図のように過去の把握が二重化されていない。
記憶量が永遠に増える前提だろうが、記憶力には限界がある。
http://www.issj.net/mm/mm06/04/mm0604-6-tb.html
アリストテレスの10のカテゴリー
番号_カテゴリー_意味_____________________具体例
1_実体____主語が何であるか_______________アリストテレスである
2_量_____主語がどれほどの量であるか__________中肉中背である(たぶん…)
3_質_____主語がどのような質であるか__________乾燥肌である(知らないですけど…)
4_関係____主語が他のものとどのような関係にあるか____アレクサンダー大王の教師である
5_場所____主語がどのような場所にあるか_________ギリシアの人である
6_時_____主語がいつあるか_______________B.C.384-322
7_状況____主語がどのような状況にあるか_________リュケイオンの教壇に立っている
(そのときによって異なる)
8_状態(所有)主語が(物との関係で)どのような状態にあるか_指輪をつけている(そうだったらしいです)
9_能動____主語が他のものに対してなにをしているか____学生に講義をしている
10_受動____主語が他のものから何を被っているか______プラトンに教えを受けていた
(アカデメイアで)
___________
| | |↓
| 量 | 質 |能動
| /\ |
|___/実体\____|
| \ /場|状態(所有)
| 関係 \/_所|__|
| | |時 |受動
|_____|状況|__|↑
n個の性は確かに政治的な対抗勢力としては弱いだろうが、
経済的なマーケティングとしては正しいし、もはや常識だ。
つまり68年の挫折は政治革命から社会革命(経済革命)への
転換だということだ。
それが自覚されていないから、系列の思想家であるプルードンも
無視されている。
『差異と反復』読解のアドバイスとしては3、4章を最初は飛ばした方がいいと言うことだ。
:
価値は潜在的かつ実在的、価格は現実的かつ可能的。
ただし前者は現実的=使用価値、可能的=交換価値に転化する。
問題は潜在的かつ可能的なもの=Xの名前を我々が知らないことだ。
実在的
(使用価値)| 価値
現実的__|___潜在的
(交換価値)| X
価格 |
可能的
参考:邦訳『分裂分析的地図作製法』(Felix Guattari. Cartographies Schizoanalytiques)50頁
価値は潜在的かつ実在的、価格は現実的かつ可能的。
ただし前者は現実的=使用価値、可能的=交換価値に転化する。
問題は潜在的かつ可能的なもの=Xの名前を我々が知らないことだ。
邦訳『分裂分析的地図作製法』(Felix Guattari. Cartographies Schizoanalytiques)
50頁の図を改変するなら、以下になる。
実在的
(使用価値)| 価値
現実的__|___潜在的
(交換価値)|
価格 | X
可能的
■[Gilles Deleuze]ジル・ドゥルーズ「思い出すこと」より抜粋
ジル・ドゥルーズ「思い出すこと」(聞き手:ディディエ・エリボン、鈴木秀亘訳、『批評空間』誌第II期第9号、太田出版)、p.11-12
〈マルクス〉
私は共産党に入ったことは一度もありません。(精神分析を受けたことも一度もありません。そういったことはすべて免れました。)60年代以前は、自分をマルクス主義者だと思ったこともありません。共産党員にならなかったのは、党が党員の知識人に何をさせていたかを見て知っていたからです。
当時私がマルクス主義者でなかったわけは、つきつめればマルクスを知らなかったからだということもことわっておかなければなりません。
マルクスを読んだのはニーチェと同じ時期でした。素晴らしいと思いました。彼の生み出したさまざまなコンセプトは、私にとって今でも役立つものです。そこにはひとつの批判、根本的な批判が存在しています。『アンチ・オイディプス』と『千のプラトー』はマルクスに、マルクス主義に完全に貫かれた作品です。現在私は、自分を完全にマルクス主義者だと考えています。例えば、「管理社会」について書いた記事は(月刊ロートル・ジュールナル1号 1990年5月号に掲載、ミニュイ社刊『記号と事件』に収録、邦訳河出書房新社)、マルクスが彼の時代には知りえなかったことを語っているにもかかわらず、完璧にマルクス主義的なテクストです。
マルクスは間違っていたなどという主張を耳にする時、私には人が何を言いたいのか理解できません。マルクスは終ったなどと聞く時はなおさらです。現在急を要する仕事は、世界市場とは何なのか、その変化は何なのかを分析することです。そのためにはマルクスにもう一度立ち返らなければなりません。
〈著作〉
次の著作は『マルクスの偉大さ』というタイトルになるでしょう。それが最後の本です。
〈絵を描くこと〉
私は今もう文章を書きたくありません。マルクスに関する本を終えたら、筆を置くつもりでいます。そうして後は、絵を描くでしょう。
要するにAOにおけるドゥルーズはマルクスとフロイトの平行論(byスピノザ)なのだ
ただしプルードンの系列的思考を知らなかったのが致命的だった
かろうじて柄谷は間に合ったが…
http://library.tail-lagoon.com/books/one/795
L'ANTI-ŒDIPE
著者 :
ドゥルーズ+ガタリ
翻訳者 :
宇野邦一
出版社 :
河出文庫
原書刊行年 :
1972
ISBN / C :
4-309-46280-4 / c0110
私的分類 :
思想 ドゥルーズ
備考 :
目次
(MEMO:『アンチ・オイディプス』の目次には、節の下位に接続線で連結された語群が続いている。これら小題的な語は本文中には示されていないし、各段落に厳密に一対一対応しているとは限らないようだが、ここでは敢て接続線を除き改行して記しておく)
第一章 欲望機械 (15)
第1節 欲望的生産 (15)
分裂者の散歩
自然と産業
プロセス
欲望機械、部分対象と流れ:そして……そして……
第一の総合:接続的総合あるいは生産の生産
器官なき身体の生産
第2節 器官なき身体 (27)
反生産
反発とパラノイア機械
欲望的生産と社会的生産:反生産はどのように生産緒力を自分のものとするのか
占有あるいは吸引と、奇蹟を行う機械
第二の総合:離接的総合あるいは登録の生産
〈これであれ……あれであれ〉
分裂症の系譜
第3節 主体と享受 (40)
独身機械
第三の総合:連接的総合あるいは消費の生産
「だから、これは……である」
物質、卵胞、強度:〈私は感ずる〉
歴史上の様々な名前
第4節 唯物論的精神医学 (50)
無意識と生産のカテゴリー
劇場か工場か
生産のプロセスとしてのプロセス
欠如としての欲望という観念論的発想(幻想)
現実的なものと欲望的生産:受動的総合
集団幻想の現実
欲望的生産と社会的生産の間の体制の差異
社会体と器官なき身体
資本主義とその極限としての分裂症(相反する傾向)
神経症、精神病、倒錯
第5節 欲望機械 (72)
欲望機械は機械であり、これは隠喩ではない
切断の第一の様式:流れと採取
切断の第二の様式:連鎖あるいはコードと離脱
切断の第三の様式。主体と残滓
第6節 全体と諸部分 (82)
多様性の規定
もろもろの部分対象
オイディプス批判、オイディプス的欺瞞
子供はすでに……
孤児としての無意識
精神分析においては何が変なのか
第二章 精神分析と家族主義 すなわち神聖家族 (99)
第1節 オイディプス帝国主義 (99)
その様式
精神分析におけるオイディプス的転回点
欲望的生産と表象
欲望機械の放棄
第2節 フロイトの三つのテクスト (109)
オイディプス化
シュレーバー控訴院長の妄想と破壊
どんな点で精神分析はあいかわらず敬虔なのか
欠如のイデオロギー:去勢
あらゆる幻想は集団のものである
流れとしてのリビドー
流れの反抗
第3節 生産の接続的総合 (132)
この総合の二つの使用、包括的かつ特殊的使用、部分的かつ非特殊的使用
家族とカップル、出自と縁組:三角形化
三角形化の原因
精神分析の第一の誤謬推理:外挿法
超越的使用と内在的使用
第4節 登録の離接的総合 (146)
その二つの使用。排他的制限的使用と包括的無制限的使用
包含的緒離接。系譜学
排他択一的な区別と未分化状態
精神分析の第二の誤謬推理。オイディプス的ダブル・バインド
オイディプスはいつも勝利する
象徴界と創造界との間には、国境があるのか
第5節 消費の連接的総合 (164)
その二つの使用法、分離的かつ一対一対応的使用法と遊牧的かつ多義的使用
器官なき身体ともろもろの強度
旅行、移行:私は……になる
あらゆる錯乱は社会的、歴史的、政治的である
人種
同一化することの意味
どんなふうに精神分析は社会的 - 政治的内容を抹殺するのか
頑迷な家族主義
家族と社会野
欲望的生産と社会的生産の備給
幼年期から
精神分析の第三の誤謬推理:一対一対応の「適用」としてのオイディプス
歴史における精神分析の恥
欲望の下部構造
隔離と遊牧生活
第6節 三つの総合の要約 (204)
オイディプス笑話集
オイディプスと「信仰」
意味とは、使用法である
欲望的生産の内在的指標
欲望は、法、欠如、シニフィアンを知らない
「あなたはハムレットに生まれたのか」
第7節 抑制と抑圧 (217)
法
精神分析の第四の誤謬推理:抑圧されたものの移動、あるいは歪曲
欲望は革命的である
抑圧を委託された代行者
オイディプスを発明するのは、精神分析ではない
第8節 神経症と精神病 (235)
現実
逆の関係
「決定不可能な」オイディプス:反響
現働的因子が意味するもの
精神分析の第五の誤謬推理:〈事後に〉
欲望的生産の現働性
第9節 プロセス (250)
出発すること
画家ターナー
プロセスの中断:神経症、精神病、そして倒錯
脱領土化の運動ともろもろの領土性
第三章 未開人、野蛮人、文明人 (263)
第1節 登記する社会体 (263)
登録
どのような意味で資本主義は普遍的なのか
社会的機械
社会体の問題、流れをコード化すること
交換することではなくて、刻印すること、刻印されること
諸器官の備給と脱備給
残酷:人間に記憶をつくること
第2節 原始大地機械 (273)
大地の充実身体
縁組と出自:両者の非還元性
村の倒錯者と地縁集団
出自のストックと縁組の負債ブロック
機能的不均衡:コードの剰余価値
〈それ〉はまさに調子を狂わすことによって作動する
線分機械
脱コード化した流れへの大きな恐れ
内から立ち現れる死、しかしそれは外からくる
第3節 オイディプス問題 (288)
近親相姦
大地の充実身体の上における包含的離接
強度から外延へ:記号
近親相姦はいかなる意味で不可能なのか
極限
コード化の条件
表象の深層の諸要素:抑圧される表象音、抑圧する表象作用、置き換えられた表象内容
第4節 精神分析と人類学 (313)
オイディプス問題の続き
アフリカにおける治療のプロセス
オイディプスの諸条件と植民地化
オイディプスと民族虐殺
オイディプス化を行う人びとは、自分が何をしているのかを知らない
抑圧は何を対象としているのか
文化主義者たちと普遍主義者たち:両者に共通の公準
どんな意味でオイディプスはまさに普遍的なのか:極限の五つの意味、そのひとつとしてのオイディプス
人類学における使用法または機能主義
欲望機械は何も意味しない
モル的なものと分子的なもの
第5節 大地的表象 (347)
表層におけるその諸要素
負債と交換
交換主義的発想の五つの公準
声、書体、眼:残酷の劇場
ニーチェ
領土的システムの死
第6節 野蛮な専制君主機械 (364)
専制君主の充実身体
新しい縁組と直接的な出自
パラノイア人
アジア的生産
楝瓦
国家の欺瞞
専制君主による脱領土化と無限の負債
流れを超コード化すること
第7節 野蛮な、あるいは帝国の表象 (377)
その諸要素
近親相姦と超コード化
深層の諸要素とオイディプスの移動:近親相姦は可能なものとなる
表層の諸要素、声 - 書体の新しい関係
天上の超越的対象
脱領土化した記号としてのシニフィアン
専制君主的シニフィアンと近親相姦のシニフィエ
恐怖、法
無限の負債の形式:潜在、復讐、怨恨
それはまだオイディプスではない……
(以上上巻)
QUOTE
アンリ・ミショー『精神の大試練』 (孫引き)
「ひとたび注目されてから、この机はずっと精神を引きつけてきた。何か分らないが、この机はおそらくずっと自分自身の関心事さえやり続けてきたのだ……。驚くべきことに、この机は単純ではないが、かといってそれほど複雑でもなかった。つまり始めから複雑だったり、意図的に、あるいは計画的に複雑であったりしたわけではない。むしろ、加工されていくにつれて、この机は単純でなくなってきたのだ……。この机はそれ自身としては、いくつもの付加物のある机であった。ちょうど、分裂症者の描くデッサンが詰め込み過ぎといわれるように。この机が完成するとすれば、それはもう何もつけ加えるてだてがなくなったときである。この机にはだんだんいろんなものが積み重ねられ、それはますます机でないものになっていった……。この机は、机として用いるには、また机から期待される何かには、まったく適さないものとなった。重くてかさばり、ほとんど運ぶのが難しかった。この机をどう扱ったらいいのか、誰も分らなくなっていた(気持ちのうえでも、手をつけるにしても)。平たい板、つまり机の普段使う部分は、かさばる骨組みとはだんだん関係がなくなって減少し、消滅してゆき、机という全体はもはや考えられなかった。それは例外的な家具のようなもの、誰も何の役に立つのか分らない未知の道具のようなものだった。これは人間と無関係の机で、ちっとも快適でなく、ブルジョワ風でも、民芸風でも、田園風でもなく、料理用でも、作業用でもなかった。それは何ごとにも役立たず、用途やコミュニケーションを拒否し、堅く身を守っていた。この机には、何か愕然とし、石化したようなものがある。それは、故障したモーターを思わせたかもしれない。」
Insite Links
『アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症(下)』»
http://library.tail-lagoon.com/books/one/796/%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA/
『アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症(下)』»
目次 (承前)
第三章 未開人、野蛮人、文明人 (11)
第8節 〈原国家〉 (11)
国家はただひとつなのか
カテゴリーとしての国家
始まりと起源
国家の進化:〈具体的になること〉と〈内在的になること〉
第9節 文明資本主義機械 (20)
貨幣 - 資本の充実身体
脱コード化と、脱コード化した流れの連接
シニシズム
出自資本と縁組資本
コードの剰余価値の、流れの剰余価値への変容
貨幣の二つの形態、二つの登記
傾向的低下
資本主義と脱領土化
人間による剰余価値と機械による剰余価値
反生産
資本主義的内在性の異なる様相
もろもろの流れ
第10節 資本主義の表象 (50)
その諸要素
形象または〈流れ - 分裂〉
〈流れ - 分裂〉の二つの方向:資本主義と分裂症
コードと公理系との差異
資本主義国家、これと〈原国家〉との関係
階級
階級の二極性
欲望と利益
資本主義の脱領土化と再領土化:両者の関係と、傾向的低下の法則
公理系の両極:専制君主的シニフィアンと分裂症的形象、パラノイアと分裂症
三大社会的機械の要約:大地機械、専制君主機械、資本主義機械(コード化、超コード化、脱コード化)
第11節 最後はオイディプス (93)
適用
社会的再生産と人間の再生産
イメージの二つの秩序
オイディプスと極限
オイディプスと三つの状態の要約
専制君主の象徴と資本主義のもろもろのイメージ
良心の呵責
アダム・スミスとフロイト
第四章 分裂分析への序章 (113)
第1節 社会野 (113)
父と子供
オイディプスは父の概念である
循環としての無意識
社会的備給の優位:その二つの極としてのパラノイアと分裂症
モル的なものと分子的なもの
第2節 分子的無意識 (130)
欲望と機械
生気論と機械論の彼岸へ
機械の二つの状態
分子的機能主義
もろもろの総合
リビドー、大きな集合とミクロの多様性
欲望の巨人性と矮小性
非人間的な性:ひとつの性でも、二つの性でもなく、n個の性
第3節 精神分析と資本主義 (152)
表象
表象と生産
神話と悲劇に抗して
神話と悲劇に対する精神分析の両義的な態度
どんな意味で、精神分析は表象を破壊し、どんな意味でそれを再建するのか
資本主義の要求
神話的、悲劇的、精神分析的表象
演劇
主観的表象と構造的表象
構造主義、家族主義、そして欠如の崇拝
分裂分析の破壊の仕事、無意識の清掃:敵対的活動
脱領土化と再領土化:両者の関係、そして夢
機械的諸指標
政治化:社会的疎外と精神的疎外
人工的なものとプロセス、古い大地と新しい大地
第4節 分裂分析の肯定的な第一の課題 (197)
欲望的生産とその諸機械
部分対象の規定
受動的総合
器官なき身体の規定
シニフィアンの連鎖とコード
器官なき身体、死と欲望
死を分裂症化すること
精神分析における死の奇妙な崇拝:擬似本能
モル的なものと分子的なものの親和力の問題
分裂分析の機械技術的な課題
第5節 第二の肯定的課題 (230)
社会的生産とその諸機械
二極理論
第一命題:あらゆる備給はモル的社会的である
群居性、その選別と形式
第二命題:社会的諸備給の中で、階級ないしは利害の前意識的備給と、集団ないしは欲望の無意識的リビドー備給とを区別すること
社会野のリビドー備給の本性
二つの集団
性愛の役割、「性の革命」
第三命題:社会野のリビドー備給は、もろもろの家族的備給に先立つものである
フロイトにおける「女中たち」の理論、オイディプスと普遍的家族主義
精神分析の悲惨:4、3、2、1、0
反精神医学でさえも……
分裂症者は、何を病んでいるのか
第四命題:リビドーの社会的備給の両極
芸術と科学
革命的運動との関係における分裂分析
補遺 欲望機械のための総括とプログラム (311)
原注 (348)
あとがき──世紀を超えてこの本が生き延びる理由 宇野邦一 (391)
人名索引 (I)
参考
『狂人の二つの体制 1983-1995』 ジル・ドゥルーズ (宇野邦一監修 河出書房新社 ISBN 4-309-24311-8)
44「『千のプラトー』イタリア語版への序文」(宮林寛 訳)p.170 より
『アンチ・オイディプス』でとりあげた三つの主題は次のとおりである──
(1) 無意識は工場のように機能するのであって、劇場とは違う(生産の問題であって、再現=上演の問題ではない)。
(2) 妄想、あるいはロマンスが語るのは世界の歴史であって、家庭の問題ではない(妄想の内実は人種、部族、大陸、文化圏、社会階級など、いずれも全世界規模のものばかりである)。
(3) そこにはまさしく世界史がある、しかしそれは偶然性の世界史である(歴史があつかうさまざまな流れは、原始のコード、専制の超コード化、そして独立した流れ同士の結合を可能にした資本主義の脱コード化と、そのようにかかわり、循環していくのか)。
Insite Links
『アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症(上)』»
アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症
http://www.ne.jp/asahi/net/jpn/1000p/reports.html
ドゥルーズ&ガタリ『千のプラトー』:Deleuze & Guattari "Mille Plateaux"
DELEUZE, G., & GUATTARI, F., 1980, Capitalisme et Schizophrénie, tome 2: Mille Plateaux. ● ようこそ ● 解題 ――このサイトのメイン。記録・議論・関連文献案内等
△ 総目次
解題
これまでの『千のプラトー』読書会の記録です。配布されたレジュメと,会で交わされたやり取り・その後のメーリングリスト上での議論・関連文献案内などがご覧いただけます。
さらに込み入った議論は,Intermezzoのコーナーにまとめてありますので,そちらもご覧下さい。
千のプラトー
1. 序 ―― リゾーム
pp.13~: 根,側根,重層的決定。。。
pp.22~: anexact,意味の論理学。。。
pp.28~: 書誌情報。。。
2. 1914年 ―― 狼はただ一匹か数匹か?
pp.41~: 製作中・・・
3. BC10,000年 ―― 道徳の地質学(地球はおのれを何と心得るか)
pp.59~: 存立平面,ラカン。。。
pp.71~: 「結構」。。。
pp.83~: 存立平面。。。
pp.90~: 機械圏。。。
4. 1923年11月20日 ―― 言語学の公準
pp.106~: リゾーム・逃走線・アレンジメント,そして秋葉原
pp.112~: 製作中・・・
5. BC587年,AD70年 ―― いくつかの記号の体制について
pp.133~
pp.146~: 製作中・・・
6. 1947年11月28日 ―― いかにして器官なき身体を獲得するか
pp.171~: 製作中・・・
pp.181~: 器官なき身体と木村敏氏の論と
7. 零年 ―― 顔貌性
pp.193~
8. 1874年 ―― ヌーヴェル三編,あるいは「何が起きたのか?」
pp.219~: 製作中・・・
9. 1933年 ―― ミクロ政治学と切片性
pp.248~
pp.258~: 製作中・・・
10. 1730年 ―― 強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること
pp.281~
pp.291~: 製作中・・・
pp.330~: 秘密の思い出・思い出と生成変化,点とブロック
11. 1837年 ―― リトルネロについて
pp.373~: リトルネロ祭り不発
pp.373~
pp.388~: イロニーとユーモア 1
pp.398~: イロニーとユーモア 2
12. 1227年 ―― 遊牧論あるいは戦争機械
pp.407~: 戦争機械は国家装置の外にある
pp.412~: ホッブス・散逸構造・大岡昇平・コーラ・細胞分裂…
pp.418~: 概念を創造する
pp.430~: 数える数
pp.451~: 内射的・装飾・ファシズム・ドルガバ
pp.459~: 此性-情動
pp.464~: 物質-流れ,戦争機械
pp.473~: ノモス,近代国家における暴力
13. BC7000年 ―― 捕獲装置
pp.481~: 原国家
pp.488~: マルクス,ブローデル,アンティゴネ,ポランニー
pp.500~: 捕獲,国家とその形態,コード,ゴダール,生物学
pp.507~: 国家,公理系
pp.514~: 「主体化」のはじまり,管理社会,利潤率の傾向的低下,全体主義,ネオ・リベラリズム
pp.520~
14. 平滑と条里
pp.544~
結論
pp.559~
追記:
ただし「マルクス-フロイトの平行論」はAO第一章(邦訳単行本だと44頁)で
自ら否定しているものだ。だがなぜ自らが否定する方法を選んだのか?タネ明か
しは『千のプラトー』の序にある。
「われわれみんなが求めている<多元論>=<一元論>という魔術的等式に、
敵であるすべての二元論を経由して到達すること。」(邦訳単行本34頁)
スピノザの平行論を使ってライプニッツの多元論に至るというプログラム。
ここではじめてスピノザとライプニッツが総合されるのだ。
>>174
当然「マルクス-フロイトの平行論」はAO第一章(邦訳単行本だと44頁)で
自ら否定しているものだという反論が出てしかるべきだろう。
「マルクス-フロイトの平行論」であると断言するならなぜ自らが否定する
方法を選んだのか?
タネ明かしは『千のプラトー』の序にある。
「われわれみんなが求めている<多元論>=<一元論>という魔術的等式に、
敵であるすべての二元論を経由して到達すること。」(邦訳単行本34頁)
スピノザの平行論を使ってライプニッツの多元論に至るというプログラム。
ここではじめてスピノザとライプニッツが総合されるのだ。
(D&Gの平行論は閉じた二項対立ではない。あくまで「と」でつながれた仮
のものだ…)
ちなみにマルクスとフロイトの呪縛を解きたいなら、プルードン、ジャネを
知らなければならない。この点ドゥルーズは知識が足りなかった(ガタリは
晩年、ジャネに興味を持ったようだが)。
174 :考える名無しさん:2012/09/19(水) 00:42:02.11 P
要するにAOにおけるドゥルーズはマルクスとフロイトの平行論(byスピノザ)なのだ
ただしプルードンの系列的思考を知らなかったのが致命的だった
かろうじて柄谷は間に合ったが…
プルードンを知らなければ地上に着地点がみつからない。宇宙に行ったきりかえって来れない(宮崎駿のラピュタのようなものだ)。
200 :174,199
プルードンを知らなければ地上に着地点がみつからない。宇宙に行ったきり
帰って来れない(宮崎駿のラピュタのようなものだ)。
「カントはこれら三種(魂、宇宙、神)の問題に一定の解答を与えることは
不可能であることを論理的に証明している。したがってこれらの問題に関
する形而上学は論理的には成立しないといって、形而上学を排除したのである。
これを初期仏教の形而上学批判とくらべると、精粗の違いはあるが、主旨は
はなはだよく似ている。初期仏教では形而上学の立場を前述のように常見と
断見との二種に大別しているが、さらにカントのあげた諸問題とほとんど
同じ問題を論じている場合もある。たとえば『中阿含経』の一部の「箭喩経
(せんゆきょう)」では次の諸問題があげられている。
(A) 自我および世界は時間的に、
(1)無限である。
(2)有限である。
(3)無限かつ有限である。
(B)世界は空間的に、
(1)無限である。
(2)有限である。
(C)魂と肉体とは、
(1)同一である。
(2)別異である。
(D)如来(完全な悟りを得た者)は死後に、
(1)生存する。
(2)生存しない。
これらの問題は、カントのあげた問題とは多少のずれがあるが、それは時代と国土
にもとづく関心のちがいである。しかし、たとえば(A)と(B)とは、カントの
第一および第二の問題とほとんど同じであり、(D)の如来の問題とカントの第三の
神の問題とも類似している。
相違点を挙げれば、初期仏教は(A)の問題に対して四種の解答を用意しているのに対し、
カントは、(1)無限であると(2)有限であるとの二つだけを用意し、その二者択一を
せまるのである。
『箭喩経』では四種の解答を(A)の問題だけにそろえてあるが、他の文献では、あらゆる
問題に対してそろえている場合もあり、そのほうが論理的には完全なわけである。それで
後世には、この四種の解答、つまり一問題に対する(1)肯定、(2)否定、(3)肯定
かつ否定、(4)非肯定かつ非否定、の四つを四句分別と名づけている。
ともかく、カントの提出した問題と、形の上では多少の差はあるが、本質的にはほとんど同じ
問題をかかげて、しかもカントと同様にこれらの問題に対しては何らの解答も与えられない、
と言うのである。したがって形而上学批判に関しては初期仏教はカントの批判哲学と本質的に
一致するのであり、哲学上は一種の批判主義である。」
末木剛博(すえきたけひろ)『東洋の合理思想』講談社現代新書33ー34頁より
以下、末木剛博(すえきたけひろ)『東洋の合理思想』講談社現代新書33ー34頁より
「…カントはこれら三種(魂、宇宙、神)の問題に一定の解答を与えることは
不可能であることを論理的に証明している。したがってこれらの問題に関
する形而上学は論理的には成立しないといって、形而上学を排除したのである。
これを初期仏教の形而上学批判とくらべると、精粗の違いはあるが、主旨は
はなはだよく似ている。初期仏教では形而上学の立場を前述のように常見と
断見との二種に大別しているが、さらにカントのあげた諸問題とほとんど
同じ問題を論じている場合もある。たとえば『中阿含経』の一部の「箭喩経
(せんゆきょう)」では次の諸問題があげられている。
(A) 自我および世界は時間的に、
(1)無限である。
(2)有限である。
(3)無限かつ有限である。
(B)世界は空間的に、
(1)無限である。
(2)有限である。
(C)魂と肉体とは、
(1)同一である。
(2)別異である。
(D)如来(完全な悟りを得た者)は死後に、
(1)生存する。
(2)生存しない。
これらの問題は、カントのあげた問題とは多少のずれがあるが、それは時代と国土
にもとづく関心のちがいである。しかし、たとえば(A)と(B)とは、カントの
第一および第二の問題とほとんど同じであり、(D)の如来の問題とカントの第三の
神の問題とも類似している。
相違点を挙げれば、初期仏教は(A)の問題に対して四種の解答を用意しているのに対し、
カントは、(1)無限であると(2)有限であるとの二つだけを用意し、その二者択一を
せまるのである。
『箭喩経』では四種の解答を(A)の問題だけにそろえてあるが、他の文献では、あらゆる
問題に対してそろえている場合もあり、そのほうが論理的には完全なわけである。それで
後世には、この四種の解答、つまり一問題に対する(1)肯定、(2)否定、(3)肯定
かつ否定、(4)非肯定かつ非否定、の四つを四句分別と名づけている。
ともかく、カントの提出した問題と、形の上では多少の差はあるが、本質的にはほとんど同じ
問題をかかげて、しかもカントと同様にこれらの問題に対しては何らの解答も与えられない、
と言うのである。したがって形而上学批判に関しては初期仏教はカントの批判哲学と本質的に
一致するのであり、哲学上は一種の批判主義である。」
この方がわかりやすい。
全体が円環になる。
ただし、ドゥルーズは様相から思考を始めている。
6
0
5
4 1
3 2
この方がわかりやすい。
全体が円環になる。
ただし、ドゥルーズは様相から思考を始めている。
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4 1
3 2
2、3でコギトを扱っているのは時間論としてだということもわかる。
「〈差異〉は…〈規定作用ソノモノ[私は思考する]〉と〈それが規定するもの[私の存在]〉とのあいだの先験的な〈差異〉として発見される…」
ドゥルーズ(『差異と反復』第二章、邦訳142頁)
「コギトは哲学的になった共通感覚(サンス・コマン)である」
ドゥルーズ(『差異と反復』第三章、p.170、邦訳210頁、訳文は邦訳書と違う)
ただし、デカルトのコギトは時間を消去したものである。
http://yojiseki.exblog.jp/8199914/
おなじ論考でアガンベンは以下のような哲学史的見取り図を提出している。
超越 内在
カント スピノザ
| |
フッサール ニーチェ
\ /
ハイデガー
/ \
レヴィナス、デリダ フーコー、ドゥルーズ
「(略)彼(引用者注:ドゥルーズ)の遺書を哲学の使命として引き受けるとともに、近代哲学〜その大部分は、新たな意味での「生の哲学」である〜を内在の線と超越の線ではっきり区別するような系譜図を遡及的に再構成してゆくという仕事も、その一端として必然的に課されるのである。それはたとえば、このような概略的な系統図が目安になるだろう。」(アガンベン「絶対的内在」『現代思想2002.8』)
スピノザとニーチェをつなげているあたり、的確であると言える。
単行本では右に一本線が足されている。
哲学史的見取り図としては、アガンベンの『思考の潜勢力』 La Potenza del pensiero
のラストに紹介されている図が参考になる。邦訳単行本では、雑誌掲載時と違い、訂正されている。
超越 内在
カント スピノザ
| |
フッサール ニーチェ
\ / |
ハイデガー |
/ \ |
レヴィナス、デリダ フーコー、ドゥルーズ
個人的にはカントからドゥルーズを読むのが客観的に正しい位置づけになると考えている。
ただし、カントはライプニッツから大きな影響を受けている。
ドゥルーズは上記図にあるように、スピノザ,ニーチェのラインだが、
カントをライプニッツ的に読み直した際、ドゥルーズのライプニッツ(ハイデガー
の位置におけばよい)との近さがわかるはずだ。
___________
| | |受動10
| 量 | 質 |↓
| 2 /\ 3 |
|___/実体\____|
| \1 / |5場|
| 関係_\/__|_所|
| 4|8 |状況|時 |↑
|__|状態|_7|_6|能動9
(所有)
___________
10受動| | |
|| | 量 | 質 |
\/ | 2 /\ 3 |
|___/実体\____|
| \1 / |5場|
/\ | 関係_\/__|_所|
|| | 4|8 |状況|時 |
9能動|__|状態|_7|_6|
(所有)
___________
10受動| | |
|| | 量 | 質 |
\/ | 2 /\ 3 |
|___/実体\____|
| 4\1 / |5場|
/\ |_関係 \/__|_所|
|| | 8| |状況|時 |
9能動|状態|__|_7|_6|
(所有)
___________
10受動| | |
|| | 量 | 質 |
\/ | 2 /\ 3 |
|___/実体\____|
| 4 \1 / |5場|
/\ |_関係 \/__|_所|
|| | 8| |状況|時 |
9能動|状態|__|_7|_6|
(所有)
___________
10受動| | |
|| | 量 | 質 |
\/ | 2 /\ 3 |
|___/実体\____|
| 4 \1 / |5場|
/\ |__関係\/__|_所|
|| | 8| |状況|時 |
9能動|状態|__|_7|_6|
(所有)
___________
10受動| | |
|| | 量 | 質 |
\/ | 2 /\ 3 |
|___/実体\____|
| 4 \1 / |5場|
/\ |__関係\/__|_所|
|| | 8| |状況|時 |
9能動|状態|__|_7|_6|
(所有)
___________
10受動| | |
|| | 量 | 質 |
\/ | 2 /\ 3 |
|___/1 \____|
| 4 \実体/ |5場|
/\ |_関係 \/__|_所|
|| | 8| |状況|時 |
9能動|状態|__|_7|_6|
(所有)
___________
| | |
|| | 量 | 質 |
\/ | 2 /\ 3 |
10受動|___/1 \____|
| 4 \実体/ |5場|
/\ |_関係 \/__|_所|
|| | 8| |状況|時 |
9能動|状態|__|_7|_6|
(所有)
ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 9 Tweet - 過去ログ置き場 - 2ch勢い ...
ドゥルーズ ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1105161185/ □ ジル・ ドゥルーズ Gilles Deleuze 3 □
.... わたしたちに とっての唯一の教師は、わたしたちに 対して「私と共にやりなさい」と言う‥… > (『差異と反復』単行本p.49より) ...
ミルプラは新訳じゃないよ
9 : 考える名無しさん [sage] 2010/09/15(水) 10:39:18 P
小林秀雄がドゥルーズに関して褒めていたと前田英樹なども書いているが(『小林秀雄』195頁)、
郡司勝義『小林秀雄の思い出』に孫引きされているだけで、出典として指摘される肝心の『文学界』
1979年11月号の河上徹太郎との対談(「歴史について」)にはない。
郡司が編集者のような立場だったみたいなのでゲラから引用したのだろう。
<小林秀雄は言う。
「ドゥルーズという若い人がいてね、この人の『ベルクソニスム』という本は
なかなかいい。ベルクソンの影響された当のものは、プラトンしかない、
と言っているんだな。つまり『持続』なんだよ、要するに、こう流れる、
これは『歴史』なんだよ」>(郡司勝義『小林秀雄の思ひ出』262頁)
<‥…「私と同じようにやれ」と 言う者からは、何も学ぶことはない。わたしたちに とっての唯一の教師は、わたしたちに 対して「私と共にやりなさい」と言う‥… > (『差異と反復』単行本p.49より) ...
19
考える名無しさん[sage] 投稿日:2010/09/15 21:45:05
間違っていてもとりあえず線を引いてみて、越境してみよう。理屈(=言葉の定義)は
後からついてくる。
そんな感じではないでしょうか?
(精神分析と資本主義という現代の荒波に乗る)サーフィンを観客として見ている人が
そこに美を感じるとするなら、そういった意味で「美のひと」ですが、実際に波に乗る
人にとってみれば快楽の人でもあり、解放のひとでもあるような、、、
『襞』を読んだ洋服屋から「私のことを書いてくれてありがとう」的な手紙をもらって、
それを自慢しているドゥルーズは、鈎括弧つきだが「実践のひと」「対話のひと」でも
あるだろう。
<‥…「私と同じようにやれ」と言う者からは、何も学ぶことはない。わたしたちに
とっての唯一の教師は、わたしたちに対して「私と共にやりなさい」と言う‥… >
(『差異と反復』単行本p.49より)
http://desktop2ch.org/philo/1284105112/
http://archive.2ch-ranking.net/philo/1284105112.html
19
考える名無しさん[sage] 投稿日:2010/09/15 21:45:05
<‥…「私と同じようにやれ」と言う者からは、何も学ぶことはない。わたしたちに
とっての唯一の教師は、わたしたちに対して「私と共にやりなさい」と言う‥… >
(『差異と反復』単行本p.49より)
http://archive.2ch-ranking.net/philo/1284105112.html
19
<‥…「私と同じようにやれ」と言う者からは、何も学ぶことはない。わたしたちに
とっての唯一の教師は、わたしたちに対して「私と共にやりなさい」と言う‥… >
(『差異と反復』単行本p.49より)
<‥…「私と同じようにやれ」と言う者からは、何も学ぶことはない。わたしたちに
とっての唯一の教師は、わたしたちに対して「私と共にやりなさい」と言う‥… >
(『差異と反復』単行本p.49より)
(窓)http://archive.2ch-ranking.net/philo/1284105112.html 19
■[Gilles Deleuze]ジル・ドゥルーズ「思い出すこと」より抜粋 00:08
ジル・ドゥルーズ「思い出すこと」(聞き手:ディディエ・エリボン、鈴木秀亘訳、『批評空間』誌第II期第9号、太田出版)、p.11-12
〈マルクス〉
私は共産党に入ったことは一度もありません。(精神分析を受けたことも一度もありません。そういったことはすべて免れました。)60年代以前は、自分をマルクス主義者だと思ったこともありません。共産党員にならなかったのは、党が党員の知識人に何をさせていたかを見て知っていたからです。
当時私がマルクス主義者でなかったわけは、つきつめればマルクスを知らなかったからだということもことわっておかなければなりません。
マルクスを読んだのはニーチェと同じ時期でした。素晴らしいと思いました。彼の生み出したさまざまなコンセプトは、私にとって今でも役立つものです。そこにはひとつの批判、根本的な批判が存在しています。『アンチ・オイディプス』と『千のプラトー』はマルクスに、マルクス主義に完全に貫かれた作品です。現在私は、自分を完全にマルクス主義者だと考えています。例えば、「管理社会」について書いた記事は(月刊ロートル・ジュールナル1号 1990年5月号に掲載、ミニュイ社刊『記号と事件』に収録、邦訳河出書房新社)、マルクスが彼の時代には知りえなかったことを語っているにもかかわらず、完璧にマルクス主義的なテクストです。
マルクスは間違っていたなどという主張を耳にする時、私には人が何を言いたいのか理解できません。マルクスは終ったなどと聞く時はなおさらです。現在急を要する仕事は、世界市場とは何なのか、その変化は何なのかを分析することです。そのためにはマルクスにもう一度立ち返らなければなりません。
〈著作〉
次の著作は『マルクスの偉大さ』というタイトルになるでしょう。それが最後の本です。
〈絵を描くこと〉
私は今もう文章を書きたくありません。マルクスに関する本を終えたら、筆を置くつもりでいます。そうして後は、絵を描くでしょう。
記号と事件―1972‐1990年の対話 (河出文庫)のp.21
「一冊の本を読むには二通りの読み方がある。一つは本を箱のようなものと考
え、箱だから内部があると思い込む立場、これだとどうしても本のシニフィエ
を追い求めることになる。・・・こうして注釈が行われ、解釈が加えられ、説
明を求めて本についての本を書き、そんなことが際限なくつづけられるわけだ。
もう一つの読み方では、本を小型の非意味機械と考える。そこで問題になる
のは『これは機械だろうか。機械ならどんな風に機能するのだろうか』と問う
ことだけだろう。読み手にとってどう機能するのか。もし機能しないならば、
何も伝わってこないならば、別の本にとりかかればいい。・・・説明すべきこ
とは何もないし、理解することも、解釈することもありはしない。電源に接続
するような読み方だと考えていい。」
《(媒介しかつ媒介されるものとしての)差異が反省概念であることをやめ、
現実的に実在的な概念を取りもどすのは、その差異が、たとえば、
もろもろの類似のセリーにおける連続性の断絶や、類比的な諸構造のあいだの
越えがたい裂け目といった、カタストロフを指し示すかぎりでのことでしかな
いのである。差異は、反省的であることをやめれば、必ずカタストロフ的にな
る。そしてたしかに、差異が反省的であるのをやめるということと、その差異
がカタストロフ的になるということは切り離すことができない。》
(ドゥルーズ著・財津理訳『差異と反復』河出書房新社)
第一章 それ自身における差異
差異と有機的な表象=再現前化 より
単行本では67頁
カント哲学だと規定と反省が対になる
もうひとつ重要な対が分析と総合
総
合
規定+反省
分
析
ドゥルーズ哲学はミンコフスキー時空と相性がいいので
\ 総 /
\合/
規定+反省
/分\
/ 析 \
上下が時間=反復
左右が空間=差異
ただ、ドゥルーズは反省を時間と同義に捉えている
だから反省のない差異は空間的を指す
反省=反復、時間
<‥…「私と同じようにやれ」と言う者からは、何も学ぶことはない。わたしたちに
とっての唯一の教師は、わたしたちに対して「私と共にやりなさい」と言う‥… >
(『差異と反復』単行本p.49より)
序論
二つの反復
(窓)http://archive.2ch-ranking.net/philo/1284105112.html 19
ショーペンハウアーが本書の序論とみなしている博士論文「根拠律の四つの根について」においては表象は以下の4類に分かたれている。
1. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
2. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
3. 概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ドゥルーズ『差異と反復』第一章、結論の重要なモチーフ
2314の順
59頁、
391
394
402
509
類比
対立
同一性
類似
ドゥルーズの順番、59頁
同一性、未規定な概念の形式における、
類比、規定可能なカテゴリー間の
対立、概念内部の諸規定の関係における
類似、対象における
ドゥルーズの順番、59頁、508頁
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
認識、生成
存在、行為
<チョムスキーは、マイナーな、方言的な、あるいはゲットーの言語でさえも、
そこから不変数を取り出し、「外的または混合的」変数を排除するという条件
なしには研究できない、というだろう。しかし、ラボフは一つの言語は、たとえ
メジャーで、スタンダードであっても、確かに混合的でも外的でもない「内属す
る」変化と切り離しては研究できないと答えるだろう。あなたがたが手にする
等質的システムは、必ず内在的、連続的な、調節された変化によってさらに影響
され、あるいは既に影響されている(なぜチョムスキーはこのことがわからない
ふりをしたのだろうか)。
それゆえ二種類の言語があるのではなく、一つの言語について可能な二つの処
理法があるのだ。>
(『千のプラトー』4「言語学の公準」邦訳単行本122ー3頁)
<ラッセルの論理学からチョムスキーの文法にいたるまで、言語の超越化のあらゆる
方法、言語に普遍的特性を付与しようとするあらゆる方法は、これらがすでにあま
りにも抽象的であり、しかもまだ十分抽象的でない水準を承認しているという意味
で、最悪の抽象に陥ってしまうのである。>
(5「いくつかの記号の体制について」同169頁)
http://www.ne.jp/asahi/net/jpn/1000p/reports.html
ドゥルーズ&ガタリ『千のプラトー』:Deleuze & Guattari "Mille Plateaux"
DELEUZE, G., & GUATTARI, F., 1980, Capitalisme et Schizophrénie, tome 2: Mille Plateaux. ●
△ 総目次
解題
千のプラトー
1. 序 ―― リゾーム
pp.13~: 根,側根,重層的決定。。。
pp.22~: anexact,意味の論理学。。。
pp.28~: 書誌情報。。。
2. 1914年 ―― 狼はただ一匹か数匹か?
pp.41~
3. BC10,000年 ―― 道徳の地質学(地球はおのれを何と心得るか)
pp.59~: 存立平面,ラカン。。。
pp.71~: 「結構」。。。
pp.83~: 存立平面。。。
pp.90~: 機械圏。。。
4. 1923年11月20日 ―― 言語学の公準
pp.106~: リゾーム・逃走線・アレンジメント
pp.112~
5. BC587年,AD70年 ―― いくつかの記号の体制について
pp.133~
pp.146~
6. 1947年11月28日 ―― いかにして器官なき身体を獲得するか
pp.171~
pp.181~
7. 零年 ―― 顔貌性
pp.193~
8. 1874年 ―― ヌーヴェル三編,あるいは「何が起きたのか?」
pp.219~
9. 1933年 ―― ミクロ政治学と切片性
pp.248~
pp.258~
10. 1730年 ―― 強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること
pp.281~
pp.291~
pp.330~: 秘密の思い出・思い出と生成変化,点とブロック
11. 1837年 ―― リトルネロについて
pp.373~: リトルネロ
pp.373~
pp.388~: イロニーとユーモア 1
pp.398~: イロニーとユーモア 2
12. 1227年 ―― 遊牧論あるいは戦争機械
pp.407~: 戦争機械は国家装置の外にある
pp.412~: ホッブス・散逸構造・
pp.418~: 概念を創造する
pp.430~: 数える数
pp.451~: 内射的・装飾・ファシズム・ドルガバ
pp.459~: 此性-情動
pp.464~: 物質-流れ,戦争機械
pp.473~: ノモス,近代国家における暴力
13. BC7000年 ―― 捕獲装置
pp.481~: 原国家
pp.488~: マルクス,ブローデル,アンティゴネ,ポランニー
pp.500~: 捕獲,国家とその形態,コード,ゴダール,生物学
pp.507~: 国家,公理系
pp.514~: 「主体化」のはじまり,管理社会,利潤率の傾向的低下,全体主義,ネオ・リベラリズム
pp.520~
14. 平滑と条里
pp.544~
結論
pp.559~
http://www.ne.jp/asahi/net/jpn/1000p/reports.html
ドゥルーズ&ガタリ『千のプラトー』:Deleuze & Guattari "Mille Plateaux"
DELEUZE, G., & GUATTARI, F., 1980, Capitalisme et Schizophrénie, tome 2: Mille Plateaux. ●
△ 総目次
解題
千のプラトー
1. 序 ―― リゾーム
pp.13~: 根,側根,重層的決定。。。
pp.22~: anexact,意味の論理学。。。
pp.28~: 書誌情報。。。
2. 1914年 ―― 狼はただ一匹か数匹か?
pp.41~
3. BC10,000年 ―― 道徳の地質学(地球はおのれを何と心得るか)
pp.59~: 存立平面,ラカン。。。
pp.71~: 「結構」。。。
pp.83~: 存立平面。。。
pp.90~: 機械圏。。。
4. 1923年11月20日 ―― 言語学の公準
pp.106~: リゾーム・逃走線・アレンジメント
pp.112~
<チョムスキーは、マイナーな、方言的な、あるいはゲットーの言語でさえも、
そこから不変数を取り出し、「外的または混合的」変数を排除するという条件
なしには研究できない、というだろう。しかし、ラボフは一つの言語は、たとえ
メジャーで、スタンダードであっても、確かに混合的でも外的でもない「内属す
る」変化と切り離しては研究できないと答えるだろう。あなたがたが手にする
等質的システムは、必ず内在的、連続的な、調節された変化によってさらに影響
され、あるいは既に影響されている(なぜチョムスキーはこのことがわからない
ふりをしたのだろうか)。
それゆえ二種類の言語があるのではなく、一つの言語について可能な二つの処
理法があるのだ。>
(『千のプラトー』4「言語学の公準」邦訳単行本122ー3頁)
5. BC587年,AD70年 ―― いくつかの記号の体制について
pp.133~
pp.146~
<ラッセルの論理学からチョムスキーの文法にいたるまで、言語の超越化のあらゆる
方法、言語に普遍的特性を付与しようとするあらゆる方法は、これらがすでにあま
りにも抽象的であり、しかもまだ十分抽象的でない水準を承認しているという意味
で、最悪の抽象に陥ってしまうのである。>
(5「いくつかの記号の体制について」同169頁)
6. 1947年11月28日 ―― いかにして器官なき身体を獲得するか
pp.171~
pp.181~
7. 零年 ―― 顔貌性
pp.193~
8. 1874年 ―― ヌーヴェル三編,あるいは「何が起きたのか?」
pp.219~
9. 1933年 ―― ミクロ政治学と切片性
pp.248~
pp.258~
10. 1730年 ―― 強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること
pp.281~
pp.291~
pp.330~: 秘密の思い出・思い出と生成変化,点とブロック
11. 1837年 ―― リトルネロについて
pp.373~: リトルネロ
pp.373~
pp.388~: イロニーとユーモア 1
pp.398~: イロニーとユーモア 2
12. 1227年 ―― 遊牧論あるいは戦争機械
pp.407~: 戦争機械は国家装置の外にある
pp.412~: ホッブス・散逸構造・
pp.418~: 概念を創造する
pp.430~: 数える数
pp.451~: 内射的・装飾・ファシズム・ドルガバ
pp.459~: 此性-情動
pp.464~: 物質-流れ,戦争機械
pp.473~: ノモス,近代国家における暴力
13. BC7000年 ―― 捕獲装置
pp.481~: 原国家
pp.488~: マルクス,ブローデル,アンティゴネ,ポランニー
pp.500~: 捕獲,国家とその形態,コード,ゴダール,生物学
pp.507~: 国家,公理系
pp.514~: 「主体化」のはじまり,管理社会,利潤率の傾向的低下,全体主義,ネオ・リベラリズム
pp.520~
14. 平滑と条里
pp.544~
結論
pp.559~
■引用
4 言語学の公準
バンヴェニストは、蜜蜂が有機的なコード化機能を持ち、比喩さえ用いるにもかかわらず、言語を持っていることは否定する。蜜蜂は自分の見たことを伝えることはできるが、自分たちに伝えられたことをさらに伝えることはできないから言語をもたないのだ。蜜を見つけた蜜蜂は、それに気づかない仲間にメッセージを送ることができるが、蜜に気づかなかった蜜蜂がやはり蜜に気づかなかった他の蜂にメッセージを送ることはできないのだ。(98)
10 1973年 強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること
博物学は、動物相互の関係を二通りに考えているのである。そのうちの一つは系列であり、もう一つは構造だ。系列に従うなら、aはbに相似し、bはcに相似する、などといいあらわすことができるが、その場合の項はすべて、完全性の面でも、質の面でも、卓越した唯一の項に関連付けられ、この優越項が系列を動機づけるのである。これは、神学者が「比率にもとづく類似」と呼んだものにほかならない。構造にしたがうなら、aのbに対する関係は、cのdに対する関係に等しく、これらの関係性の一つ一つがそれなりに完全性を実現しているのだと言いあらわすことができる。…これは「比例関係にもとづく類似である」…こうした類似の二大形象は、神学者の思想でも、様々な形で平衡を保ちつつ、やはり共存し続けていた。なぜなら、系列の観点に立とうと構造の観点に立とうと、大自然そのものが巨大な「ミメーシス」とみなされているからだ。系列の観点からすると、大自然は全存在の連鎖として捉えられる。…構造の観点からすると、大自然は、もはや模倣すべきものを一切持たない合わせ鏡のようなとして捉えられる。(270-271)
まず動物相互の関係は、科学の対象となるだけではなく、夢や象徴表現の対象にもなれば、芸術や詩、実践や実際的用途の対象にもなるからだ。「系列と構造」という二重の観念は、有る時点で一つの閾をこえて科学の水準に達したとはいえ、科学に由来するものではないし、科学にとどまるものでもない。別の学問領域に移っていくこともあり、たとえば人文科学を活気づけ、夢や神話や組織体の研究に役立つこともあるのだ。…観念の歴史は決して連続的であってはならず、相似にとらわれることのないように注意を払い、血統や系統を立てることのないように配慮すべきだろう(272)
すべての系列とすべての項が、そしてとりわけ中間的位置を占める全ての動物が、この「自然-文化―自然」という転換のサイクルを支えているのだ。それが「類似的表象」としての原型である。 系列に沿った相似を成り立たせ、模倣によって系列全体を横切り、系列を究極の項にまで導き、ついにはこの最終項への同一化をおこなう――こうした想像力の魅惑を、構造主義があれほどまでに厳しく告発したのは、果たして偶然だろうか。(272-273)
相似の系列化には差異の構造化、諸項の同一化には諸関係の対等性を、想像力のメタモルフォーゼには概念内部におけるメタファーを、自然と文化の大いなる連続には、自然と文化のあいだに相似なき照応関係を配分する深い断層を、さらに始原のモデルの模倣には、モデルを持たず、いわばそれ自体が始原であるかのようなミメーシスを、それぞれ置き換えたのだ。(273)
われわれは、人間を突き抜け、引きさらっていくような、そして人間にも動物にも等しく作用を及ぼすような、きわめて特殊な〈動物への生成変化〉が存在すると信じている。…なぜなら、生成変化の存在を否定しないまでも、少なくともその価値を貶めるところに構造主義の本領があるのだ。諸項の照応では、生成変化は成り立たないのだから、それも当然だろう。…しかし、レヴィ=ストロースの場合も、その神話研究の過程では、人間が動物に〈なる〉のと同時に動物も何かに〈なる〉というすばやい行為にたえず遭遇していたはずだ。こうした生成変化のブロックを二つの相互の照応によって説明する試みも可能であるだろう。分類の枠組みとなる神話は、生成変化を受け止める能力をほぼ全面的に欠いているということを認め、生成変化はむしろコント[奇譚]の断片だと考えるべきではないのか?…一方には供犠と系列、もう一方にはトーテム制度と構造、この二つのモデルとは別に、秘密に包まれ、地下深く隠されていたものがあるようだ。それこそがつまり神話や儀礼を離れ、コントに自らの表現を見出す魔術師とその生成変化ではないのか?(274)
人間が動物に〈なる〉ということは現実だが、人間が変化した結果それになる動物は現実ではないのだ。同時に、動物が別のものに〈なる〉ということも現実だが、この〈別のもの〉は現実ではないのだ。…
生成変化の項は別の生成変化に取り込まれてその主体とならない限り存在し得ないのだし、第二の生成変化は第一の生成変化と共存し、ブロックを成すのだ。(275)
生成変化は進化ではないということ、すくなくとも血統や系統にもとづく進化ではないということだけは明確にしておかなければならない。…生成変化は常に系統とは別の序列に属している。生成変化の序列は〈同盟〉なのである。進化にも真の生成変化が含まれるとしたら、それは等級と界を異にし、いかなる系統的なつながりも持たないさまざまな存在を巻き込む広大な共生の領域の話である。例えば、雀蜂と蘭をとらえる生成変化のブロックである。(275)
三種類の動物を区別する事が必要になるだろう。まず最初に個体化され、飼い馴らされた、家族的感傷的な動物。……それから二番目の種類として、性格ないし属性を持つ動物を考えてみることができる。…そして最後に、悪魔的な面が強く、群れと情動をその特質とするのみならず、多様性や生成変化や個体群やコントをつくるい出す動物がいる。(278)
宇宙は系統的に機能するのではない。私たちとしては次の点だけを強調しておこう。つまりすべての動物は群れであり、全ての群れは伝染によって形成され、発達し、変化していくのだということを。こうして、互いに異質な複数の項からなり、伝染によって連動する複数の多様性は、一定のアレンジメントに組み込まれる。そして人間が動物への生成変化を遂げる場は、まさにここにある。(280)
■書評・紹介
■言及
*作成:本岡 大和
UP: 20100103
◇哲学/政治哲学 (political philosophy)/倫理学 ◇身体×世界:関連書籍 ◇BOOK
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『千のプラトー――資本主義と分裂症』
Deleuze, Gilles・Guattari, Félix 1980 Mille Plateaux : Capitalisme et schizophrénie, Éditions de Minuit. =19940920 宇野 邦一・小沢 秋広・田中 俊彦・ 豊崎 光一・宮林 寛・ 守中 高明,河出書房新社,656p.
■Deleuze, Gilles・Guattari, Félix 1980 Mille Plateaux : Capitalisme et schizophrénie, Éditions de Minuit. =19940920 宇野 邦一・小沢 秋広・田中 俊彦・ 豊崎 光一・宮林 寛・ 守中 高明,『千のプラトー――資本主義と分裂症』,河出書房新社,656p. ISBN-10:4309241514 ISBN-13:9784309241517 \7000 [amazon]/[kinokuniya] ※ p
■内容
「千のプラトー」は大地や宇宙をつらぬき、非生命の次元にまでその讃歌をとどろかせている…。資本主義のダイナミズムを読み解き、管理社会に対抗するための実践を示唆する、われわれの時代の歴史的唯物論。
■目次
緒言
1 序――リゾーム
根、側根、リゾーム
本の諸問題
〈一〉と〈多〉
樹木とリゾーム
地理的方向、東洋、西洋、アメリカ
樹木の害
プラトーとは何か
2 一九一四年――狼はただ一匹か数匹か?
神経症と精神病
多様体の理論のために
群れ
無意識と分子的なもの
3 BC10000年――道徳の地質学(地球はおのれを何と心得るか)
地層
二重分節(切片性)
地層の統一性を作り出すもの
環境
一つの地層の多様性。形式と字ssつ、上位層と傍層
内容と表現
諸地層の多様性
モル状と分子状
抽象機械とアレンジメント。それらの状態の比較
メタ地層
4 1923年11月20日――言語学の公準
指令語
間接話法
指令語、行為、日身体的変形
日付
内容と表現。両者の場合の変数
アレンジメントの側面
定数、変数、連続変化
音楽
スタイル
メジャーとマイナー
生成変化
死、逃走、形象、変身
5 BC587年、AD70年――いくつかの記号の体制について
専制的なシニフィアン的体制
情念的な主体的体制
二つの錯乱と精神医学の問題
ユダヤの民の古代史
逃走線と預言者
顔、方向転換、裏切り
〈書物〉
主体性のシステム。意識、情念、<分身>
夫婦喧嘩と事務室のいさかい
冗長性
脱領土化の形象
抽象機械と図表
発生的、変形的、図表的、機械状
6 1947年11月28日――いかにして器官なき身体を獲得するか
器官なき身体、波動、強度、
卵
マゾヒズム、宮廷愛、〈道(タオ)〉
塗装と存立平面
アントナン・アルトー
慎重さのテクニック
三つの<身体>の問題
欲望、平面、選択、編成
7 零年――顔貌性
ホワイト・ウォール〔白い壁〕、ブラック・ホール〔黒い穴〕
顔貌性抽象機械
身体、頭部、顔
顔と風景
宮廷愛小説
脱領土化の定理
顔の社会的機能
顔とキリスト
顔の二つの形象。正面、横顔、背け会い
顔を解体する
8 1874年――ヌーヴェル3編、あるいは「何が起きたのか?」
ヌーヴェルとコント。秘密
三本の線
切断、亀裂、断絶
対、分身、地下潜行者
9 1933年――ミクロ政治学と切片性
未開および文明化の切片性
モル状および分子状の切片性
ファシズムと全体主義
切片をもつ線、粒子をもつ流れ
ガブリエル・タルド
群集と階級
抽象機械。突然変異と超コード化
権力の中心とは何か
三通りの線とそれぞれの危険
恐怖、明晰者、権力、死
10 1730年――強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること
生成変化
魔術の三つの側面。多様体、変則者あるいは局外者、変換
個体化と〈比性〉。夕べの5時・・・・・・
経度、井戸、存立平面
二つのプランあるいはプランについての二つの考え方
女性への生成変化、子供への生成変化、動物への生成変化、分子状生成変化。近傍域
知覚しえぬものへの生成変化
分子状知覚
秘密
マジョリティ、マイノリティ、マイナー性
生成変化のマイナー性と非対称性。二重の生成変化
点と線、記憶と生成変化
生成変化とブロック
点状システムと多線状システムの対立
音楽、絵画、生成変化
リトルネロ
脱領土化の定理、続き
生成変化体模倣
11 1837年――リトルネロについて
暗闇で、我が家で、世界へ向かって
環境とリズム
立て札と領土
スタイルとしての表現。リズムの顔、メロディーの風景
鳥の鳴き声
領土製、アレンジメント、相互的アレンジメント
領土と大地、〈生まれ故郷〉
存立性の問題
機械状アレンジメントと抽象機械
古典主義と環境
ロマン主義、領地、大地、民衆
勤惰芸術と宇宙
形象と実質、諸力と素材
音楽とリトルネロ、大いなるリトルネロとささやかなリトルネロ
12 1227年――遊牧論あるいは戦争機械
国家の二つの極
戦争機械の外部性と還元不可能性
戦士
マイナーとメジャー。マイナー科学
団体と団体精神
思考、国家、遊牧論
第一の側面。戦争機械と遊牧空間
宗教
東洋、西洋、国家
第二の側面。戦争機械、人間の編成、遊牧数
第三の側面。戦争機械と遊牧民の情動
自由活動と労働
アレンジメントの性格。道具と記号、武器と装身具
治金術、移動、遊牧生活
機械状系統流と技術系統
平滑空間、条理空間、多孔空間
戦争機械と戦争。関係の複雑さ
13 BC7000年――補獲装置
旧石器時代の国家
原始的集団、都市、国家、世界的な組織
先取りする、祓いのける
「最後の」一言の意味(限界効用説)
交換とストック
捕獲。土地所有権(地代)、税制(税)、公共事業(利益)
暴力の問題
国家の形態と〈権利〉の三つの世代
資本主義と国家
服従と隷属
14 1440年――平滑と条里
技術的モデル(繊維製品)
音楽モデル
海洋モデル
数学モデル(多様体)
物理学モデル
美学モデル(遊牧民芸術)
15 結論――具体的規則と抽象機械
「外国人であること、しかし、単に自国語ではない言語を話す誰かのようにではなく、自分自身の言語においてどもること。二国語あるいは多国語を用いるものであること。しかも地方語、あるいは方言とは関係なく、唯一の同じ国語において。私生児であり、混血児であるが、人種としては純粋であるというふうに。こうしてスタイルは言語となる。こんなふうにして言語活動は強度的となり、価値や強度の純粋な連続体になるのだ。こうして言語は秘密となるが、別に言語の中に秘密の下位システムを出現させるわけではなく、何も隠すことなどないのだ。」4:3:118-9頁
「解釈は無限に続き、解釈すべきものといっても、それ自体すでに解釈であるもの以外何にも出会わないのである。したがってシニフィエはたえずシニフィアンを与え、それを充填し生産するのである。形態はいつもシニフィアンからやってくる。最終的なシニフィエとは、それゆえ冗長性あるいは「過剰」となったシニフィアンにほかならない。シニフィアンの生産によって解釈や伝達が超えられると主張してもまったく無駄である。シニフィアンの再生産や生産をいつも助けるのは解釈が伝達されるからである。」5:136頁
http://pub.ne.jp/Sightsong/?entry_id=3326150
http://www.arsvi.com/b1900/8000dg.htm
>HOME >BOOK
『千のプラトー――資本主義と分裂症』
Deleuze, Gilles・Guattari, Félix 1980 Mille Plateaux : Capitalisme et schizophrénie, Éditions de Minuit. =19940920 宇野 邦一・小沢 秋広・田中 俊彦・ 豊崎 光一・宮林 寛・ 守中 高明,河出書房新社,656p.
このHP経由で購入すると寄付されます
■Deleuze, Gilles・Guattari, Félix 1980 Mille Plateaux : Capitalisme et schizophrénie, Éditions de Minuit. =19940920 宇野 邦一・小沢 秋広・田中 俊彦・ 豊崎 光一・宮林 寛・ 守中 高明,『千のプラトー――資本主義と分裂症』,河出書房新社,656p. ISBN-10:4309241514 ISBN-13:9784309241517 \7000 [amazon]/[kinokuniya] ※ p
■内容
「千のプラトー」は大地や宇宙をつらぬき、非生命の次元にまでその讃歌をとどろかせている…。資本主義のダイナミズムを読み解き、管理社会に対抗するための実践を示唆する、われわれの時代の歴史的唯物論。
■目次
緒言
1 序――リゾーム
根、側根、リゾーム
本の諸問題
〈一〉と〈多〉
樹木とリゾーム
地理的方向、東洋、西洋、アメリカ
樹木の害
プラトーとは何か
2 一九一四年――狼はただ一匹か数匹か?
神経症と精神病
多様体の理論のために
群れ
無意識と分子的なもの
3 BC10000年――道徳の地質学(地球はおのれを何と心得るか)
地層
二重分節(切片性)
地層の統一性を作り出すもの
環境
一つの地層の多様性。形式と字ssつ、上位層と傍層
内容と表現
諸地層の多様性
モル状と分子状
抽象機械とアレンジメント。それらの状態の比較
メタ地層
4 1923年11月20日――言語学の公準
指令語
間接話法
指令語、行為、日身体的変形
日付
内容と表現。両者の場合の変数
アレンジメントの側面
定数、変数、連続変化
音楽
スタイル
「外国人であること、しかし、単に自国語ではない言語を話す誰かのようにではなく、自分自身の言語においてどもること。二国語あるいは多国語を用いるものであること。しかも地方語、あるいは方言とは関係なく、唯一の同じ国語において。私生児であり、混血児であるが、人種としては純粋であるというふうに。こうしてスタイルは言語となる。こんなふうにして言語活動は強度的となり、価値や強度の純粋な連続体になるのだ。こうして言語は秘密となるが、別に言語の中に秘密の下位システムを出現させるわけではなく、何も隠すことなどないのだ。」4:3:118-9頁
メジャーとマイナー
<チョムスキーは、マイナーな、方言的な、あるいはゲットーの言語でさえも、
そこから不変数を取り出し、「外的または混合的」変数を排除するという条件
なしには研究できない、というだろう。しかし、ラボフは一つの言語は、たとえ
メジャーで、スタンダードであっても、確かに混合的でも外的でもない「内属す
る」変化と切り離しては研究できないと答えるだろう。あなたがたが手にする
等質的システムは、必ず内在的、連続的な、調節された変化によってさらに影響
され、あるいは既に影響されている(なぜチョムスキーはこのことがわからない
ふりをしたのだろうか)。
それゆえ二種類の言語があるのではなく、一つの言語について可能な二つの処
理法があるのだ。>
(『千のプラトー』4「言語学の公準」邦訳単行本122ー3頁)
生成変化
死、逃走、形象、変身
5 BC587年、AD70年――いくつかの記号の体制について
専制的なシニフィアン的体制
「解釈は無限に続き、解釈すべきものといっても、それ自体すでに解釈であるもの以外何にも出会わないのである。したがってシニフィエはたえずシニフィアンを与え、それを充填し生産するのである。形態はいつもシニフィアンからやってくる。最終的なシニフィエとは、それゆえ冗長性あるいは「過剰」となったシニフィアンにほかならない。シニフィアンの生産によって解釈や伝達が超えられると主張してもまったく無駄である。シニフィアンの再生産や生産をいつも助けるのは解釈が伝達されるからである。」5:136頁
http://pub.ne.jp/Sightsong/?entry_id=3326150
情念的な主体的体制
二つの錯乱と精神医学の問題
ユダヤの民の古代史
逃走線と預言者
顔、方向転換、裏切り
〈書物〉
主体性のシステム。意識、情念、<分身>
夫婦喧嘩と事務室のいさかい
冗長性
脱領土化の形象
抽象機械と図表
発生的、変形的、図表的、機械状
6 1947年11月28日――いかにして器官なき身体を獲得するか
器官なき身体、波動、強度、
卵
マゾヒズム、宮廷愛、〈道(タオ)〉
塗装と存立平面
アントナン・アルトー
慎重さのテクニック
三つの<身体>の問題
欲望、平面、選択、編成
7 零年――顔貌性
ホワイト・ウォール〔白い壁〕、ブラック・ホール〔黒い穴〕
顔貌性抽象機械
身体、頭部、顔
顔と風景
宮廷愛小説
脱領土化の定理
顔の社会的機能
顔とキリスト
顔の二つの形象。正面、横顔、背け会い
顔を解体する
8 1874年――ヌーヴェル3編、あるいは「何が起きたのか?」
ヌーヴェルとコント。秘密
三本の線
切断、亀裂、断絶
対、分身、地下潜行者
9 1933年――ミクロ政治学と切片性
未開および文明化の切片性
モル状および分子状の切片性
ファシズムと全体主義
切片をもつ線、粒子をもつ流れ
ガブリエル・タルド
群集と階級
抽象機械。突然変異と超コード化
権力の中心とは何か
三通りの線とそれぞれの危険
恐怖、明晰者、権力、死
10 1730年――強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること
生成変化
魔術の三つの側面。多様体、変則者あるいは局外者、変換
個体化と〈比性〉。夕べの5時・・・・・・
経度、井戸、存立平面
二つのプランあるいはプランについての二つの考え方
女性への生成変化、子供への生成変化、動物への生成変化、分子状生成変化。近傍域
知覚しえぬものへの生成変化
分子状知覚
秘密
マジョリティ、マイノリティ、マイナー性
生成変化のマイナー性と非対称性。二重の生成変化
点と線、記憶と生成変化
生成変化とブロック
点状システムと多線状システムの対立
音楽、絵画、生成変化
リトルネロ
脱領土化の定理、続き
生成変化体模倣
11 1837年――リトルネロについて
暗闇で、我が家で、世界へ向かって
[暗闇に幼な児がひとり。恐くても、小声で歌をうたえば安心だ。子供は歌に導かれて歩き、立ち止まる。道に迷っても、なんとか自分で隠れ家を見つけ、おぼつかない歌をたよりにして、どうにか先に進んでいく。
http://hideonakane.com/text/2004TraceXII.html]
環境とリズム
立て札と領土
スタイルとしての表現。リズムの顔、メロディーの風景
鳥の鳴き声
領土製、アレンジメント、相互的アレンジメント
領土と大地、〈生まれ故郷〉
存立性の問題
機械状アレンジメントと抽象機械
古典主義と環境
ロマン主義、領地、大地、民衆
勤惰芸術と宇宙
形象と実質、諸力と素材
音楽とリトルネロ、大いなるリトルネロとささやかなリトルネロ
12 1227年――遊牧論あるいは戦争機械
国家の二つの極
戦争機械の外部性と還元不可能性
戦士
マイナーとメジャー。マイナー科学
団体と団体精神
思考、国家、遊牧論
第一の側面。戦争機械と遊牧空間
宗教
東洋、西洋、国家
第二の側面。戦争機械、人間の編成、遊牧数
第三の側面。戦争機械と遊牧民の情動
自由活動と労働
アレンジメントの性格。道具と記号、武器と装身具
治金術、移動、遊牧生活
機械状系統流と技術系統
平滑空間、条理空間、多孔空間
戦争機械と戦争。関係の複雑さ
13 BC7000年――補獲装置
旧石器時代の国家
原始的集団、都市、国家、世界的な組織
先取りする、祓いのける
「最後の」一言の意味(限界効用説)
交換とストック
捕獲。土地所有権(地代)、税制(税)、公共事業(利益)
暴力の問題
国家の形態と〈権利〉の三つの世代
資本主義と国家
服従と隷属
14 1440年――平滑と条里
技術的モデル(繊維製品)
音楽モデル
海洋モデル
数学モデル(多様体)
物理学モデル
美学モデル(遊牧民芸術)
15 結論――具体的規則と抽象機械
http://www.arsvi.com/b1900/8000dg.htm
『千のプラトー――資本主義と分裂症』
Deleuze, Gilles・Guattari, Félix 1980 Mille Plateaux : Capitalisme et schizophrénie, Éditions de Minuit. =19940920 宇野 邦一・小沢 秋広・田中 俊彦・ 豊崎 光一・宮林 寛・ 守中 高明,河出書房新社,656p.
このHP経由で購入すると寄付されます
■Deleuze, Gilles・Guattari, Félix 1980 Mille Plateaux : Capitalisme et schizophrénie, Éditions de Minuit. =19940920 宇野 邦一・小沢 秋広・田中 俊彦・ 豊崎 光一・宮林 寛・ 守中 高明,『千のプラトー――資本主義と分裂症』,河出書房新社,656p. ISBN-10:4309241514 ISBN-13:9784309241517 \7000 [amazon]/[kinokuniya] ※ p
■内容
「千のプラトー」は大地や宇宙をつらぬき、非生命の次元にまでその讃歌をとどろかせている…。資本主義のダイナミズムを読み解き、管理社会に対抗するための実践を示唆する、われわれの時代の歴史的唯物論。
■目次
緒言
1 序――リゾーム
根、側根、リゾーム
本の諸問題
〈一〉と〈多〉
樹木とリゾーム
地理的方向、東洋、西洋、アメリカ
樹木の害
プラトーとは何か
2 一九一四年――狼はただ一匹か数匹か?
神経症と精神病
多様体の理論のために
群れ
無意識と分子的なもの
3 BC10000年――道徳の地質学(地球はおのれを何と心得るか)
地層
二重分節(切片性)
地層の統一性を作り出すもの
環境
一つの地層の多様性。形式と字ssつ、上位層と傍層
内容と表現
諸地層の多様性
モル状と分子状
抽象機械とアレンジメント。それらの状態の比較
メタ地層
4 1923年11月20日――言語学の公準
指令語
間接話法
指令語、行為、日身体的変形
日付
内容と表現。両者の場合の変数
アレンジメントの側面
定数、変数、連続変化
音楽
スタイル
「外国人であること、しかし、単に自国語ではない言語を話す誰かのようにではなく、自分自身の言語においてどもること。二国語あるいは多国語を用いるものであること。しかも地方語、あるいは方言とは関係なく、唯一の同じ国語において。私生児であり、混血児であるが、人種としては純粋であるというふうに。こうしてスタイルは言語となる。こんなふうにして言語活動は強度的となり、価値や強度の純粋な連続体になるのだ。こうして言語は秘密となるが、別に言語の中に秘密の下位システムを出現させるわけではなく、何も隠すことなどないのだ。」4:3:118-9頁
メジャーとマイナー
<チョムスキーは、マイナーな、方言的な、あるいはゲットーの言語でさえも、
そこから不変数を取り出し、「外的または混合的」変数を排除するという条件
なしには研究できない、というだろう。しかし、ラボフは一つの言語は、たとえ
メジャーで、スタンダードであっても、確かに混合的でも外的でもない「内属す
る」変化と切り離しては研究できないと答えるだろう。あなたがたが手にする
等質的システムは、必ず内在的、連続的な、調節された変化によってさらに影響
され、あるいは既に影響されている(なぜチョムスキーはこのことがわからない
ふりをしたのだろうか)。
それゆえ二種類の言語があるのではなく、一つの言語について可能な二つの処
理法があるのだ。>
(『千のプラトー』4「言語学の公準」邦訳単行本122ー3頁)
生成変化
死、逃走、形象、変身
5 BC587年、AD70年――いくつかの記号の体制について
専制的なシニフィアン的体制
「解釈は無限に続き、解釈すべきものといっても、それ自体すでに解釈であるもの以外何にも出会わないのである。したがってシニフィエはたえずシニフィアンを与え、それを充填し生産するのである。形態はいつもシニフィアンからやってくる。最終的なシニフィエとは、それゆえ冗長性あるいは「過剰」となったシニフィアンにほかならない。シニフィアンの生産によって解釈や伝達が超えられると主張してもまったく無駄である。シニフィアンの再生産や生産をいつも助けるのは解釈が伝達されるからである。」5:136頁
http://pub.ne.jp/Sightsong/?entry_id=3326150
情念的な主体的体制
二つの錯乱と精神医学の問題
ユダヤの民の古代史
逃走線と預言者
顔、方向転換、裏切り
〈書物〉
主体性のシステム。意識、情念、<分身>
夫婦喧嘩と事務室のいさかい
冗長性
脱領土化の形象
抽象機械と図表
発生的、変形的、図表的、機械状
<ラッセルの論理学からチョムスキーの文法にいたるまで、言語の超越化のあらゆる
方法、言語に普遍的特性を付与しようとするあらゆる方法は、これらがすでにあま
りにも抽象的であり、しかもまだ十分抽象的でない水準を承認しているという意味
で、最悪の抽象に陥ってしまうのである。>
(5「いくつかの記号の体制について」同169頁)
6 1947年11月28日――いかにして器官なき身体を獲得するか
器官なき身体、波動、強度、
卵
マゾヒズム、宮廷愛、〈道(タオ)〉
塗装と存立平面
アントナン・アルトー
慎重さのテクニック
三つの<身体>の問題
欲望、平面、選択、編成
7 零年――顔貌性
ホワイト・ウォール〔白い壁〕、ブラック・ホール〔黒い穴〕
顔貌性抽象機械
身体、頭部、顔
顔と風景
宮廷愛小説
脱領土化の定理
顔の社会的機能
顔とキリスト
顔の二つの形象。正面、横顔、背け会い
顔を解体する
8 1874年――ヌーヴェル3編、あるいは「何が起きたのか?」
ヌーヴェルとコント。秘密
三本の線
切断、亀裂、断絶
対、分身、地下潜行者
9 1933年――ミクロ政治学と切片性
未開および文明化の切片性
モル状および分子状の切片性
ファシズムと全体主義
切片をもつ線、粒子をもつ流れ
ガブリエル・タルド
群集と階級
抽象機械。突然変異と超コード化
権力の中心とは何か
三通りの線とそれぞれの危険
恐怖、明晰者、権力、死
10 1730年――強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること
生成変化
魔術の三つの側面。多様体、変則者あるいは局外者、変換
個体化と〈比性〉。夕べの5時・・・・・・
経度、井戸、存立平面
二つのプランあるいはプランについての二つの考え方
女性への生成変化、子供への生成変化、動物への生成変化、分子状生成変化。近傍域
知覚しえぬものへの生成変化
分子状知覚
秘密
マジョリティ、マイノリティ、マイナー性
生成変化のマイナー性と非対称性。二重の生成変化
点と線、記憶と生成変化
生成変化とブロック
点状システムと多線状システムの対立
音楽、絵画、生成変化
リトルネロ
脱領土化の定理、続き
生成変化体模倣
11 1837年――リトルネロについて
暗闇で、我が家で、世界へ向かって
[暗闇に幼な児がひとり。恐くても、小声で歌をうたえば安心だ。子供は歌に導かれて歩き、立ち止まる。道に迷っても、なんとか自分で隠れ家を見つけ、おぼつかない歌をたよりにして、どうにか先に進んでいく。
http://hideonakane.com/text/2004TraceXII.html]
環境とリズム
立て札と領土
スタイルとしての表現。リズムの顔、メロディーの風景
鳥の鳴き声
領土製、アレンジメント、相互的アレンジメント
領土と大地、〈生まれ故郷〉
存立性の問題
機械状アレンジメントと抽象機械
古典主義と環境
ロマン主義、領地、大地、民衆
勤惰芸術と宇宙
形象と実質、諸力と素材
音楽とリトルネロ、大いなるリトルネロとささやかなリトルネロ
12 1227年――遊牧論あるいは戦争機械
国家の二つの極
戦争機械の外部性と還元不可能性
戦士
マイナーとメジャー。マイナー科学
団体と団体精神
思考、国家、遊牧論
第一の側面。戦争機械と遊牧空間
宗教
東洋、西洋、国家
第二の側面。戦争機械、人間の編成、遊牧数
第三の側面。戦争機械と遊牧民の情動
自由活動と労働
アレンジメントの性格。道具と記号、武器と装身具
治金術、移動、遊牧生活
機械状系統流と技術系統
平滑空間、条理空間、多孔空間
戦争機械と戦争。関係の複雑さ
13 BC7000年――補獲装置
旧石器時代の国家
原始的集団、都市、国家、世界的な組織
先取りする、祓いのける
「最後の」一言の意味(限界効用説)
交換とストック
捕獲。土地所有権(地代)、税制(税)、公共事業(利益)
暴力の問題
国家の形態と〈権利〉の三つの世代
資本主義と国家
服従と隷属
14 1440年――平滑と条里
技術的モデル(繊維製品)
音楽モデル
海洋モデル
数学モデル(多様体)
物理学モデル
美学モデル(遊牧民芸術)
15 結論――具体的規則と抽象機械
千のプラトー
01リゾーム
02狼はただ一匹か数匹か?
03道徳の地質学
04言語学の公準
05いくつかの記号の体制について
06いかにして器官なき身体を獲得するか
07顔貌性
08ヌーヴェル三編,あるいは「何が起きたのか?」
09ミクロ政治学と切片性
10強度になること、動物になること、知覚しえぬものに
11リトルネロについて
12遊牧論あるいは戦争機械
13捕獲装置
14平滑と条里
15結論
A
03道徳の地質学
04言語学の公準
05いくつかの記号の体制について
06いかにして器官なき身体を獲得するか
07顔貌性
B
09ミクロ政治学と切片性
12遊牧論あるいは戦争機械
13捕獲装置
14平滑と条里
15結論
C
01リゾーム
02狼はただ一匹か数匹か?
08ヌーヴェル三編,あるいは「何が起きたのか?」
D
10強度になること、動物になること、知覚しえぬものに
11リトルネロについて
BA
CD
B以外は交換図の外側を模索する
『アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症』
23
14
第一章 欲望機械 (15)
第二章 精神分析と家族主義 すなわち神聖家族 (99)
第三章 未開人、野蛮人、文明人 (263)
第四章 分裂分析への序章 (113)
yoji5:17 午前
ショーペンハウアーが本書の序論とみなしている博士論文「根拠律の四つの根について」においては表象は以下の4類に分かたれている。
1. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
2. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
3. 概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ドゥルーズ『差異と反復』第一章、結論の重要なモチーフ
2314の順
59頁、
391
394
402
509
返信
yoji5:19 午前
類比
対立
同一性
類似
返信
yoji5:27 午前
ドゥルーズの順番、59頁
同一性、未規定な概念の形式における、
類比、規定可能なカテゴリー間の
対立、概念内部の諸規定の関係における
類似、対象における
返信
yoji5:30 午前
ドゥルーズの順番、59頁、508頁
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
返信
yoji5:31 午前
認識、生成
存在、行為
(当時の人文科学)-(アインシュタインの相対性理論)=ベルクソン
(ドゥルーズ×ガタリ)-(唯物論)=ベルクソン
時 間
__________反 復__________
|\ |\ |はじめに/|
| \ | \(6)|ハイデガー|
| \ 6結論 | \ | / |
| 差異と反復 |(5)\ | /(0)|
| \ スピノザ| \|/差異と反復
|ニーチェ <量> |___0序論、1___|
| \ | <質>(1) |
| 5 \ |(4)/ | \ |
|感覚されうるもの\ | / | \ |
|の非対称的総合 \ | /(3)|(2)\ |
| \|/ | \|空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』|_____差
| /|\ スコトゥス 異
| ライプニッツ / | \ 1 |間
|差異の理念的総合/ | \それ自身における|
| 4 / |キルケ\差異 |
| / |ゴール \アリストテレス
| マルクス/ |ヒューム \プラトン |
| <関係> | <様相> |
| / 3 |ベルクソン \ |
| /思考のイマージュ| フロイト\ |
| /プラトン、デカルト|タルド ラカン 2\ |
|/ カント、ヘーゲル |それ自身へ向かう反復\|
/___________|___________\
時 間
__________反 復__________
|\ |\ |はじめに/|
| \ | \(6)|ハイデガー|
| \ 6結論 | \ | / |
| 差異と反復 |(5)\ | /(0)|
| \ スピノザ| \|/差異と反復
|ニーチェ \ |___0序論、1___|
| <量> | <質>(1) |
| 5 \ |(4)/ | \ |
|感覚されうるもの\ | / | \ |
|の非対称的総合 \ | /(3)|(2)\ |
| \|/ | \|空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』|_____差
| /|\ スコトゥス 異
| ライプニッツ / | \ 1 |間
|差異の理念的総合/ | \それ自身における|
| 4 / |キルケ\差異 |
| / |ゴール \アリストテレス
| マルクス/ |ヒューム \プラトン |
| <関係> | <様相> |
| / 3 | 4 \ |
| /思考のイマージュ|それ自身へ向かう反復 |
| /プラトン、デカルト|ベルクソン タルド\ |
|/ カント、ヘーゲル | フロイト ラカン\|
/___________|___________\
時 間
__________反 復__________
|\ |\ |はじめに/|
| \ | \(6)|ハイデガー|
| \ 6結論 | \ | / |
| 差異と反復 |(5)\ | /(0)|
| \ スピノザ| \|/差異と反復
|ニーチェ \ |___0序論、1___|
| <量> | <質>(1) |
| 5 \ |(4)/ | \ |
|感覚されうるもの\ | / | \ |
|の非対称的総合 \ | /(3)|(2)\ |
| \|/ | \|空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』|_____差
| /|\ スコトゥス 異
| ライプニッツ / | \ |間
|差異の理念的総合/ | \それ自身における|
| 3 / |キルケ\差異 1 |
| / |ゴール \アリストテレス
| マルクス/ |ヒューム \プラトン |
| <関係> | <様相> |
| / 3 | 2 \ |
| /思考のイマージュ|それ自身へ向かう反復 |
| /プラトン、デカルト|ベルクソン タルド\ |
|/ カント、ヘーゲル | フロイト ラカン\|
/___________|___________\
時 間
__________反 復__________
|\ |\ |はじめに/|
| \ | \(6)|ハイデガー|
| \ 6結論 | \ | / |
| 差異と反復 |(5)\ | /(0)|
| \ スピノザ| \|/差異と反復
|ニーチェ \ |___0序論、1___|
| <量> | <質>(1) |
| 5 \ |(4)/ | \ |
|感覚されうるもの\ | / | \ |
|の非対称的総合 \ | /(3)|(2)\ |
| \|/ | \|空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』|_____差
| /|\ 異
| ライプニッツ / | \ スコトゥス |間
|差異の理念的総合/ | \それ自身における|
| 3 / |キルケ\差異 1 |
| / |ゴール \アリストテレス
| マルクス/ |ヒューム \プラトン |
| <関係> | <様相> |
| / 3 | 2 \ |
| /思考のイマージュ|それ自身へ向かう反復 |
| /プラトン、デカルト|ベルクソン タルド\ |
|/ カント、ヘーゲル | フロイト ラカン\|
/___________|___________\
時 間
__________反 復__________
|\ |\ |はじめに/|
| \ | \(6)|ハイデガー|
| \ 6結論 | \ | / |
| 差異と反復 |(5)\ | /(0)|
| \ スピノザ| \|/差異と反復
|ニーチェ \ |___0序論、1___|
| <量> | <質> |
| 5 \ |(4)/ | \(1)|
|感覚されうるもの\ | / | \ |
|の非対称的総合 \ | /(3)|(2)\ |
| \|/ | \|空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』|_____差
| /|\ 異
| ライプニッツ / | \ スコトゥス |間
|差異の理念的総合/ | \それ自身における|
| 3 / |キルケ\差異 1 |
| / |ゴール \アリストテレス
| マルクス/ |ヒューム \プラトン |
| <関係> | <様相> |
| / 3 | 2 \ |
| /思考のイマージュ|それ自身へ向かう反復 |
| /プラトン、デカルト|ベルクソン タルド\ |
|/ カント、ヘーゲル | フロイト ラカン\|
/___________|___________\
系列主義者のドゥルーズAと
構造主義者のドゥルーズBがいる
だからどちらの説明を求めるかで答えも変わる
AはそもそもAとBの並存を認めない
未来への可能性があるのはBだが
Aの主要モチーフであるベルクソン軽視は結果的にBの可能性を狭める
ショーペンハウアーが『意志と表象としての世界』の序論とみなしている博士論文
「根拠律の四つの根について」においては表象は以下の4類に分かたれている。
1. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
2.概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
3. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ちなみにドゥルーズは『差異と反復』(単行本59頁、391頁、509頁他参照)
でこの4つのアスペクトを採用している。
ショーペンハウアーの名前は最後に出てくるだけだからなかなか着目されないが、
ドゥルーズは哲学史的には軽視されがちなこの分類をその主著の根幹に据えているのだ。
ドゥルーズの説明だと以下。
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
これらは『差異と反復』の全体構造にかかわっている。つまり『差異と反復』は『意志と表象
としての世界』を引き継いでいるのだ。
ショーペンハウアーが『意志と表象としての世界』の序論とみなしている博士論文
「根拠律の四つの根について」においては表象は以下の4類に分かたれている。
1. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
2.概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
3. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ちなみにドゥルーズは『差異と反復』(単行本59、391、394、402、
509頁他参照)
でこの4つのアスペクトを採用している。
ショーペンハウアーの名前は最後に出てくるだけだからなかなか着目されないが、
ドゥルーズは哲学史的には軽視されがちなこの表象の分類をその主著の根幹に据えているのだ。
ドゥルーズの説明だと以下。
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
これらは『差異と反復』の全体構造にかかわっている。つまり『差異と反復』は『意志と表象
としての世界』を引き継いでいるのだ。
ショーペンハウアーが『意志と表象としての世界』の序論とみなしている博士論文
「根拠律の四つの根について」においては表象は以下の4類に分かたれている。
1. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
2.概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
3. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ちなみにドゥルーズは『差異と反復』(単行本59、391、394、402、
509頁他参照)でこの4つのアスペクトを採用している。
ショーペンハウアーの名前は最後に出てくるだけだからなかなか着目されないが、
ドゥルーズは哲学史的には軽視されがちなショーペンハウアーの表象の分類をその主著の
根幹に据えているのだ。
ドゥルーズの説明だと以下。
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
これらは『差異と反復』の全体構造にかかわっている。つまり『差異と反復』は『意志と表象
としての世界』を引き継いでいるのだ。
ショーペンハウアーが『意志と表象としての世界』の序論とみなしている博士論文
「根拠律の四つの根について」(邦訳全集第一巻)においては表象は以下の4類に分かたれている。
1. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
2.概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
3. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ちなみにドゥルーズは『差異と反復』(単行本59、391、394、402、
509頁他参照)でこの4つのアスペクトを採用している。
ショーペンハウアーの名前は最後に出てくるだけだからなかなか着目されないが、
ドゥルーズは哲学史的には軽視されがちなショーペンハウアーの表象の分類をその主著の
根幹に据えているのだ。
ドゥルーズの説明だと以下。
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
これらは『差異と反復』の全体構造にかかわっている。つまり『差異と反復』は『意志と表象
としての世界』を引き継いでいるのだ。
ショーペンハウアーが『意志と表象としての世界』の序論とみなしている博士論文
「根拠律の四つの根について」(邦訳全集第一巻)においては表象は以下の4類に分かたれている。
1. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
2.概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
3. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ちなみにドゥルーズは『差異と反復』(単行本59、391、394、402、
509頁他参照)でこの4つのアスペクトを採用している。
ショーペンハウアーの名前は最後に出てくるだけだからなかなか着目されないが、
ドゥルーズは哲学史的には軽視されがちなショーペンハウアーによる表象の分類をその主著の
根幹に据えているのだ。
ドゥルーズの説明だと以下。
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
これらは『差異と反復』の全体構造にかかわっている。つまり『差異と反復』は『意志と表象
としての世界』を引き継いでいるのだ。
ショーペンハウアーが『意志と表象としての世界』の序論とみなしている博士論文
「根拠律の四つの根について」(邦訳全集第一巻)において表象は以下の4類に分かたれている。
1. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
2.概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
3. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ちなみにドゥルーズは『差異と反復』(単行本59、391、394、402、
509頁他参照)でこの4つのアスペクトを採用している。
ショーペンハウアーの名前は最後に出てくるだけだからなかなか着目されないが、
ドゥルーズは哲学史的には軽視されがちなショーペンハウアーによる表象の分類をその主著の
根幹に据えているのだ。
ドゥルーズの説明だと以下。
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
これらは『差異と反復』の全体構造にかかわっている。つまり『差異と反復』は『意志と表象
としての世界』を引き継いでいるのだ。
ショーペンハウアーが『意志と表象としての世界』の序論とみなしている博士論文
「根拠律の四つの根について」(邦訳全集第一巻)において表象は以下の4類に分かたれている。
1. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
2.概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
3. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ちなみにドゥルーズは『差異と反復』(単行本59、391、394、402、509頁他参照)
でこの4つのアスペクトを採用している。
ショーペンハウアーの名前は最後に出てくるだけだからなかなか着目されないが、
ドゥルーズは哲学史的には軽視されがちなショーペンハウアーによる表象の分類をその主著の
根幹に据えているのだ。
ドゥルーズの説明だと以下。
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
これらは『差異と反復』の全体構造にかかわっている。つまり『差異と反復』は『意志と表象
としての世界』を引き継いでいるのだ。
ショーペンハウアーが『意志と表象としての世界』の序論とみなしている博士論文
「根拠律の四つの根について」(邦訳全集第一巻)において表象は以下の4類に分かたれている。
1. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
2.概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
3. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ちなみにドゥルーズは『差異と反復』(単行本59、391、394、402、509頁他参照)
でこの4つのアスペクトを採用している。
ショーペンハウアーの名前は最後に出てくるだけだからなかなか着目されないが、
ドゥルーズは哲学史的には軽視されがちなショーペンハウアーによる表象の分類をその主著の
根幹に据えているのだ。
ドゥルーズの説明だと以下。
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
これらは『差異と反復』の全体構造にかかわっている。つまり『差異と反復』は『意志と表象
としての世界』を引き継いでいるのだ。
ショーペンハウアーが『意志と表象としての世界』の序論とみなしている博士論文
「根拠律の四つの根について」(邦訳全集第一巻)において表象は以下の4類に分かたれている。
1. 原因と結果の法則、あるいは「生成 (fiendi) の根拠」20節
2.概念論理的判断、ないしは「認識 (cognoscendi) の根拠」29節
3. 先天的な時間空間、ないしは「存在 (essendi) の根拠(充足理由律)」36節
4. 行為の動機づけの法則、ないしは「行為 (agendi) の根拠」43節
ちなみにドゥルーズは『差異と反復』(単行本59、391、394、402、509頁他参照)
でこの4つの分類を採用している。
ショーペンハウアーの名前は最後に出てくるだけだからなかなか着目されないが、
ドゥルーズは哲学史的には軽視されがちなショーペンハウアーによる表象の分類をその主著の
根幹に据えているのだ。
ドゥルーズの説明だと以下。
同一性、未規定な概念の形式における、生成
類比、規定可能なカテゴリー間の 認識
対立、概念内部の諸規定の関係における 存在
類似、対象における 行為
これらは『差異と反復』の全体構造にかかわっている。つまり『差異と反復』は『意志と表象
としての世界』を引き継いでいるのだ。
ウィトゲンシュタインやフロイトを調べるとショーペンハウアーは
今日の日本人読者が考えるよりかなり重要だということがわかる
四つの根拠に関しては、ドゥルーズがどこまで本気なのかわからない
(カント批判なら何でもよかったのでは?)
ただ意志が反復、表象が差異に対応しているのだろうということと
ショーペンハウアーのスピノザ的な部分に共感しているのでは?
と個人的には思う
ハウルの動く城は欲望する諸機械であり
ポニョにおける海は器官なき身体である
>ドゥル-ズは「無規定なものと規定との差異として、思考の中に差異を導き入れ、
>差異を構成するのは、時間の空虚な形式であって、思考はこの差異から発して思考するのである。」
これは何の本の何ページですか。
------------
パイドン5-365
差異と反復
矛盾する二つの公理系
/ \
器官なき身体 欲望する諸機械
| |
矛盾する二つの公理系 矛盾する二つの公理系
/ \ / \
/ 身体_________欲望 \
器官なし__________________諸機械
同一性
____同一性____
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ | \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / \ /
矛盾or対立する二つの公理系 矛盾or対立する二つの公理系
| |
| 差異と反復 |
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
矛盾する二つの公理系
/ | \
器官なき身体 | 欲望する諸機械
| 差異と反復 |
| |
矛盾する二つの公理系 矛盾する二つの公理系
/ \ / \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ | /
\ 対 /
\ 立 /
\ | /
\___同一性___/
___同一性___
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ x \
/ | \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/ 二つの公理系
| 差異と反復 |
| (の哲学) |
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
___同一性___
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ x \
/ | \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / の哲学から \ /
\/ \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/ 二つの公理系
| 差異と反復 |
| の哲学へ |
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
____同一性____
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ | \
器官なし 身体__同一性の__欲望 諸機械
\ / 哲学から \ /
\/ \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/ 二つの公理系
| 差異と反復の |
| 哲学へ |
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
____同一性____
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ | \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / の哲学 \ /
\/ \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/ 二つの公理系
| 差異と反復の哲学へ |
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
____同一性____
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ | \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / の哲学 \ /
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/ 二つの公理系
| 差異と反復の哲学へ |
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
____同一性____
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ | \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / \ /
矛盾or対立する二つの公理系 矛盾or対立する二つの公理系
| |
| 差異と反復 |
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
___同一性___
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ x \
/ | \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/ 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
もう一つの
__同一性__
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ x \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/ 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
もう一つの
__同一性__
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ x \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/ 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系(共通概念)
もう一つの
__同一性__
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ x \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/ 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
もう一つの
__同一性__
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ x \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/ 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
____同一性____
/ | \
/ 対 \
/ 立 \
/ | \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / の哲学 \ /
\/ \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/ 二つの公理系
| 差異と反復の哲学へ |
器官なき身体 | 欲望する諸機械
\ | /
矛盾する二つの公理系
ひとつの
____同一性____
/ | \
/ 対 \
/ 立* \
/ | \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / の哲学 \ /
\/ \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
| 差異と反復の哲学へ |
器官なき身体 | 欲望する諸機械***
**** \ | /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)*****
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****スピノザと表現の問題
ひとつの
____同一性____
/ | \
/ 対 \
/ 立* \
/ | \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / の哲学 \ /
\/ \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
| 差異と反復の哲学へ |
器官なき身体 | 欲望する諸機械***
**** \ | /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****意味の論理学
******スピノザと表現の問題
ひとつの
____同一性____
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ | \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / の哲学 \ /(プラグマティズム)
\/ \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
| 差異と反復の哲学へ |
器官なき身体 | 欲望する諸機械***
**** \ | /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****意味の論理学
******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史図に似てきた。
もう一つの
__同一性__
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ x \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 | 欲望する諸機械***
**** \ | /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****意味の論理学
******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史図に似てきた。
もう一つの
__同一性__
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ x \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 | 欲望する諸機械***
**** \ | /
\ | /
矛盾する二つの
公理系*****
(共通概念)******
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****意味の論理学
******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史図に似てきた。
もう一つの同一性
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ x \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
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矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 | 欲望する諸機械***
**** \ | /
\ | /
矛盾する二つの
公理系*****
(共通概念)******
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****意味の論理学
******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史図に似てきた。
もう一つの同一性
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ x \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 | 欲望する諸機械***
**** \ | /
\ | /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****意味の論理学
******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史図に似てきた。
もう一つの同一性
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ x \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
**** \ /
\ /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****意味の論理学
******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史図に似てきた。
もう一つの同一性
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ x \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
**** \ /
\ /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****意味の論理学
******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史図に似てきた。
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
**** \ /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
**** \ /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立、断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
**** \ /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復(の哲学) /\
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器官なき身体__矛盾する___欲望する諸機械***
**** 二つの公理系*****
(共通概念)******
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
**** \ /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復(の哲学) /\
|| ||
器官なき身体__矛盾する___欲望する諸機械***
**** 二つの公理系*****
(共通概念)******
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
**** \ /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
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矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復(の哲学) /\
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器官なき身体__矛盾する___欲望する諸機械***
**** 二つの公理系*****
(共通概念)******
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
**** \ /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復(の哲学) /\
|| ||
器官なき身体__矛盾する___欲望する諸機械***
**** 二つの公理系*****
(共通概念)******
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
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矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
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器官なき身体 多様性 欲望する諸機械****
*****\ /
矛盾する二つの公理系******
(共通概念)*******
*シネマ1,2
**差異と反復
***襞
****アンチオイディプス
*****千のプラトー
******意味の論理学
*******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史図に似てきた。
TOP
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/*** ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械****
*****\ /
矛盾する二つの公理系******
(共通概念)*******
*シネマ1,2
**差異と反復
***襞
****アンチオイディプス
*****千のプラトー
******意味の論理学
*******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史図に似てきた。
TOP
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
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器官なき身体 多様性 欲望する諸機械****
*****\ /
矛盾する二つの公理系******
(共通概念)*******
*シネマ1,2
**差異と反復
***襞
****アンチオイディプス
*****千のプラトー
******意味の論理学
*******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史図に似てきた。
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
**** \ /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****意味の論理学
******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史系統図に似てきた。
TOP
☆
☆スピノザ
プルードン ヘーゲル
[3]2/1(金)23:42 0↓
鈴木泉教授
「差異と反復」講義目録。
(窓)http://www.l.u-tokyo.ac.jp/philosophy/pdf/deleuze_dr.pdf
はじめに
序 論:反復と差異
第1章:それ自身における差異
第2章:それ自身へ向かう反復
第3章:思考のイマージュ
第4章:差異の理念的総合
第5章:感覚されうるものの非対称的総合
結 論:差異と反復
Gilles Deleuze, Différence et répétition, Paris, PUF, 1968.
Avant-propos p.1
Introduction : répétition et différence p.2
Chapitre premier : La différence en elle-même p.7
Chapitre II. : La répétition pour elle-même p.16
Chapitre III. : L'image de la pensée p.27
Chapitre IV. : Synthèse idéelle de la différence p.36
Chapitre V. : Synthèse asymétrique du sensible p.52
Conclusion. : Différence et répétition p.67
>>3
>鈴木泉教授
>「差異と反復」講義目録。
>http://www.l.u-tokyo.ac.jp/philosophy/pdf/deleuze_dr.pdf
Gilles Deleuze, Différence et répétition, Paris, PUF, 1968.
Avant-propos p.1
Introduction : répétition et différence p.2
Chapitre premier : La différence en elle-même p.7
Chapitre II. : La répétition pour elle-même p.16
Chapitre III. : L'image de la pensée p.27
Chapitre IV. : Synthèse idéelle de la différence p.36
Chapitre V. : Synthèse asymétrique du sensible p.52
Conclusion. : Différence et répétition p.67
はじめに
序 論:反復と差異
第1章:それ自身における差異
第2章:それ自身へ向かう反復
第3章:思考のイマージュ
第4章:差異の理念的総合
第5章:感覚されうるものの非対称的総合
結 論:差異と反復
>>3
>鈴木泉教授
>「差異と反復」講義目録。
>http://www.l.u-tokyo.ac.jp/philosophy/pdf/deleuze_dr.pdf
Gilles Deleuze, Différence et répétition, Paris, PUF, 1968.
Avant-propos p.1
Introduction : répétition et différence p.2
Chapitre premier : La différence en elle-même p.7
Chapitre II. : La répétition pour elle-même p.16
Chapitre III. : L'image de la pensée p.27
Chapitre IV. : Synthèse idéelle de la différence p.36
Chapitre V. : Synthèse asymétrique du sensible p.52
Conclusion. : Différence et répétition p.67
(Index p.81)
はじめに
序 論:反復と差異
第1章:それ自身における差異
第2章:それ自身へ向かう反復
第3章:思考のイマージュ
第4章:差異の理念的総合
第5章:感覚されうるものの非対称的総合
結 論:差異と反復
>>3
>鈴木泉教授
>「差異と反復」講義目録。
>http://www.l.u-tokyo.ac.jp/philosophy/pdf/deleuze_dr.pdf
Gilles Deleuze, Différence et répétition
Avant-propos p.1
Introduction : répétition et différence p.2
Chapitre premier : La différence en elle-même p.7
Chapitre II. : La répétition pour elle-même p.16
Chapitre III. : L'image de la pensée p.27
Chapitre IV. : Synthèse idéelle de la différence p.36
Chapitre V. : Synthèse asymétrique du sensible p.52
Conclusion. : Différence et répétition p.67
(Index p.81)
はじめに
序 論:反復と差異
第1章:それ自身における差異
第2章:それ自身へ向かう反復
第3章:思考のイマージュ
第4章:差異の理念的総合
第5章:感覚されうるものの非対称的総合
結 論:差異と反復
はじめに
序論 反復と差異
反復と一般性――行動の視点からする第一の区別
一般性の二つのレヴェル――類似の等しさ
法則の観点からする第二の区別
反復、自然の法則と道徳法則
キルケゴール、ニーチェ、ペギーによる、反復の哲学プログラム
反復と一般性-概念の視点からする第三の区別
概念の内包と「阻止」の現象
「自然的阻止」の三つの事例と反復――名目的諸概念、自然の諸概念、自由の諸概念
反復は概念の同一性によって説明されず、否定的でしかない条件によっても説明されないということ
「死の本能」の諸機能――差異との関係における、そして一つの定立的な原理を要請する者としての、反復(自由の諸概念の例)
二つの反復――概念の同一性と否定的条件による反復、差異による、そして《理念(イデア)》における過剰による反復(自然的諸概念と名目的諸概念の例)
反復における裸のものと着衣のもの
概念的差異と概念なき差異
しかし、差異の概念(《理念(イデア)》)は、概念的差異に還元されることはなく、同様に、反復の定立的な本質は、概念なき差異に還元されることはない
第一章 それ自身における差異
差異と暗い背景
差異を表象=再現前するということは必要なのだろうか。表象=再現前化の四つのアスペクト(四重の根)
幸福な景気、差異、大と小
概念的差異、最大かつ最高の差異
アリストテレスによる差異の倫理学、および、差異の概念と概念的差異の混同
種的差異と類的差異
四つのアスペクト、あるいは差異の従属――概念の同一性、判断の類比、諸述語の対立、知覚されたものの類似
差異と有機的な表象=再現前化
一義性と差異
配分の二つのタイプ
一義性と類似の和解不可能性、
一義的なものの三つの契機――スコトゥス、スピノザ、ニーチェ
永遠回帰における反復は存在の一義性の定義である
差異とオルジックな表象=再現前化(無限大と無限小)
理由としての根拠
ヘーゲルによる差異の論理学と存在論――矛盾
ライプニッツによる差異の論理学と存在論――副次的矛盾(連続性と不可職別者)
差異のオルジックなあるいは無限な表象=再現前化は、前述の四つのアスペクトから、どうして免れていないのか
差異、肯定と否定
否定的なものの錯覚
否定的なものの排除と永遠回帰
プラトンによる差異の論理学と存在論
分割の方法と諸形態――要求者たち、テスト―根拠、問い―問題、(非)―存在、および否定的なものの身分
差異の問題において決め手となるもの――見せかけ(シミュラクル)、見せかけ(シミュラクル)の抵抗
第二章 それ自身へ向かう反復
反復、それは、何かが変えられること
時間の第一の総合ーー生ける現在
ハビトゥス、受動的総合、縮約、観照
習慣の問題
時間の第二の総合――純粋過去
《記憶》、純粋過去、そして諸現在の表象=再現前化
過去の四つのパラドックス
習慣における反復と記憶における反復
物質的反復と精神的反復
デカルト的コギトとカント的コギト、未規定なもの、規定作用、規定されうるもの
ひび割れた《私》、受動的な自我、そして時間の空虚な形式
記憶の不十分な点、時間の第三の総合
時間の、形式、順序、相対、セリー
第三の総合における反復――欠如によるその条件、変身のその作用者、その無条件な特徴
永遠回帰における反復という観点からする、悲観的なものと喜劇的なもの、歴史、信仰
反復と無意識――『快感原則の彼岸』
第一の総合と拘束――《ハビトゥス》
第二の総合――潜在的な諸対象と過去
エロスとムネモシュネ
反復、置き換えと偽装――差異
無意識の本姓に関する諸帰結――セリー状の、差異的=微分的な、そして問いかけ的な無意識
第三総合あるいは第三の「河岸」に向かって――ナルシシズム的自我、死の本能、そして時間の空虚な形式
死の本能、対立と物質的反復
死の本能と永遠回帰における反復
類似と差異
システムとは何か
暗き先触れと「異化させるもの」
文学的システム
幻想(ファンタスム)あるいは見せかけ(シミュラクル)、および差異に対する同一的なものの三つの形態
プラトン主義の真の動機は、見せ掛け(シミュラクル)の問題の中にある
見せ掛け(シミュラクル)と永遠回帰における反復
第三章 思考のイマージュ
哲学における前提の問題
第一の公準――普遍的本性タル《思考》の権利
第二の公準――常識〔共通感覚〕の理想
第三の公準――再任というモデル
思考とドクサ
カントにおける《批判》の両義性
第四の公準――表象=再現前化のエレメント
諸能力の差異=微分的理論
諸能力の不調和的使用――暴力とそれぞれの能力の限界
プラトン哲学の両義性
思考するということ――思考におけるその発生
第五の公準――誤謬という「否定的」なもの
愚劣の問題
第六の公準――指示の特権
意味と命題
意味のパラドックス
意味と問題
第七の公準――解の様相
新理論における解の錯覚
問題というカテゴリーの存在論的重要性と認識論的重要性
「学ぶ」ということは何を意味するのか
第八の公準――知という結果
差異と反復の哲学に対する障害としての諸公準の要約
第四章 差異の理念的総合
問題的な審廷としての理念
未規定なもの、規定可能なもの、および規定作用――差異
微分
量化可能性、および規定可能性の原理
質化可能性、および相互規定の原理
ポテンシャリティ、および十分な規定作用の原理(セリー的形式)
微分法において無限小が無用であること
〈差異的=微分的〉と〈問題的〉
問題の理論――弁証法と科学
《理念(イデア)》と多様体
諸構造――それらの基準、諸《理念(イデア)》のタイプ
副次的矛盾の方法――特異なものと正則なもの、特別なものと通常のもの
《理念(イデア)》、そして諸能力に関する差異的=微分的理論
問題と問い
命令と遊び=賭け
《理念(イデア)》と反復
反復、特別なものと通常のもの
否定的なものという錯覚
差異、否定と対立
否定的なものの発生
《理念(イデア)》と潜在性
潜在的なものの実体性――<スベテノ仕方デ・・・・・・存在者>
差異化=微分的な無意識、あるいは対象の二つの半身
半身のそれぞれがもつ二つのアスペクト
潜在的なものと可能的なものの区別
差異的=微分的な無意識、あるいは判明で―曖昧なもの
《理念(イデア)》の現実化のプロセスとしての異化=分化
力動あるいはドラマ
ドラマ化の普遍性
(差異/異)化=(微分/分)化という複雑な基礎概念
第五章 感覚されうるものの非対称的総合
差異と雑多なもの
差異と強度
差異の取り消し
良識と共通感覚
差異とパラドクス
強度、質、広がり――取り消しの錯覚
深さあるいはスパティウム
強度の第一の特徴――即自的に不等なもの
数における不等なものの役割
第二の特徴ーー差異を肯定すること
否定的なものという錯覚
感覚されうるものの存在
第三の特徴――巻き込み
本性上の差異と程度上の差異
エネルギーと永遠回帰
永遠回帰における反復は、質的なものでも延長的なものでもなく、強度的なものである
強度と微分
《理念(イデア)》の現実化における個体化の役割
個体化と異化=分化
固体化は強度的である
個体的差異と個体化の差異
「交錯」、「巻き込み」、「繰り広げ」
システムの進化
包み込みの中心
個体化のファクター、《私》と《自我》
心的なシステムにおける他者の本性と機能
結論 差異と反復
表象=再現前化批判
有限か無限化という二者択一は無益であること
同一性、類似、対立、そして類比――それら(四つの錯覚)はどのようにして差異を裏切るのか
しかし、同一性、類似、対立、そして類比は、どのようにして反復をも裏切るのか
理由としての根拠――その三つの意味
根拠から無底へ
非人称的な個体化と前個体的な特異性
見せかけ(シミュラクル)
《理念(イデア)》と問題に関する理論
《他者》
遊び=賭けの二つのタイプ――それらの特徴
カテゴリー批判
反復、同一的なもの
二つの反復
病理学と芸術、常同症とリフレーン――すべての反復の共存の場所としての芸術
存在論的な、第三の反復へ向かって
時間の形式と三つの反復
第三の反復の選別的な威力――永遠回帰とニーチェ(見せかけ(シミュラクル)たち)
帰還しないもの
《同じ》ものの三つの意味――存在論、錯覚、そして誤謬
存在の類比と表象=再現前化、存在の一義性と反復
3つのJe図にも似ている
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/*** ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械****
*****\ /
矛盾する二つの公理系******
(共通概念)*******
*シネマ1,2
**差異と反復
***襞
****アンチオイディプス
*****千のプラトー
******意味の論理学
*******スピノザと表現の問題
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \(第二次大戦)
/ 立or絶* \(68年)
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/*** ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械****
*****\ /
矛盾する二つの公理系******
(共通概念)*******
*シネマ1,2
**差異と反復
***襞
****アンチオイディプス
*****千のプラトー
******意味の論理学
*******スピノザと表現の問題
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/*** ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械****
*****\ /
矛盾する二つの公理系******
(共通概念)*******
*シネマ1、2
**差異と反復
***襞
****アンチオイディプス
*****千のプラトー
******意味の論理学
*******スピノザと表現の問題
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
**** \ /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****意味の論理学
******スピノザと表現の問題
あるいは、
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/*** ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械****
*****\ /
矛盾する二つの公理系******
(共通概念)*******
*シネマ1,2
**差異と反復
***襞
****アンチオイディプス
*****千のプラトー
******意味の論理学
*******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史系統図に似てきた。
TOP
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶 \(第二次大戦)
/ | \(68年)
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶 \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶 \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
あるいは、
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/*** ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械****
*****\ /
矛盾する二つの公理系******
(共通概念)*******
*シネマ1、2
**差異と反復
***襞
****アンチ・オイディプス
*****千のプラトー
******意味の論理学
*******スピノザと表現の問題
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶 \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
*シネマ1、2
**差異と反復
***襞
****アンチオイディプス
*****千のプラトー
******意味の論理学
*******スピノザと表現の問題
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶 \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
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矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
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器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
あるいは、
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/*** ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械****
*****\ /
矛盾する二つの公理系******
(共通概念)*******
*シネマ1、2
**差異と反復
***襞
****アンチ・オイディプス
*****千のプラトー
******意味の論理学
*******スピノザと表現の問題
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 \(第二次大戦)
/ 立* \(68年)
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する || 矛盾or対立する
二つの公理系 \/** 二つの公理系
/\ 差異と反復 /\
|| (の哲学) ||
器官なき身体 欲望する諸機械***
**** \ /
矛盾する二つの公理系*****
(共通概念)******
*シネマ1,2
**差異と反復
***アンチオイディプス
****千のプラトー
*****意味の論理学
******スピノザと表現の問題
あるいは、
__ひとつの同一性__
/ | \
/ (対立or断絶)* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
器官なし 身体__異なる同一性_欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/*** ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械****
*****\ /
矛盾する二つの公理系******
(共通概念)*******
*シネマ1,2
**差異と反復
***襞
****アンチオイディプス
*****千のプラトー
******意味の論理学
*******スピノザと表現の問題
アガンベンの哲学史系統図に似てきた。
TOP
☆
☆スピノザ
プルードン ヘーゲル
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶 \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
あるいは、
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学)** \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/*** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/**** ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械*****
******\ /
矛盾する二つの公理系*******
(共通概念)********
*シネマ1、2
**ベルクソン、ニーチェ
***差異と反復
****襞
*****アンチ・オイディプス
******千のプラトー
*******意味の論理学
********スピノザと表現の問題
哲学史的見取り図としては、アガンベンの『思考の潜勢力』 La Potenza del pensiero
のラストに紹介されている図が参考になる。邦訳単行本では、雑誌掲載時と違い、訂正されている。
超越 内在
カント スピノザ
| |
フッサール ニーチェ
\ / |
ハイデガー |
/ \ |
レヴィナス、デリダ フーコー、ドゥルーズ
「(略)彼(引用者注:ドゥルーズ)の遺書を哲学の使命として引き受けるとともに、近代哲学〜その大部分は、新たな意味での「生の哲学」である〜を内在の線と超越の線ではっきり区別するような系譜図を遡及的に再構成してゆくという仕事も、その一端として必然的に課されるのである。それはたとえば、このような概略的な系統図が目安になるだろう。」(アガンベン「絶対的内在」『現代思想2002.8』)
スピノザとニーチェをつなげているあたり、的確であると言える。
哲学史的見取り図としては、アガンベンの『思考の潜勢力』 La Potenza del pensiero
のラストに紹介されている図が参考になる。邦訳単行本では、雑誌掲載時と違い、訂正されている。
超越 内在
カント スピノザ
| |
フッサール ニーチェ
\ / |
ハイデガー |
/ \ |
レヴィナス、デリダ フーコー、ドゥルーズ
「(略)彼(引用者注:ドゥルーズ)の遺書を哲学の使命として引き受けるとともに、近代哲学
〜その大部分は、新たな意味での「生の哲学」である〜を内在の線と超越の線ではっきり区別す
るような系譜図を遡及的に再構成してゆくという仕事も、その一端として必然的に課されるので
ある。それはたとえば、このような概略的な系統図が目安になるだろう。」
(アガンベン「絶対的内在」『現代思想2002.8』)
スピノザとニーチェをつなげているあたり、的確であると言える。
ドゥルーズにおける思考の概念
前者は「内在」という言葉で、後者は、「哲学とは概念を創造することだ」という有名な フレーズによって、ドゥルーズの哲学的 .... いずれにせよ、それ自身における差異は、 その差異を思考されうるものに仕立てあげてしまうような、異なるものと異なるものとの ...
www3.ocn.ne.jp/~camp/deleuze.html
まず『差異と反復』の全体像を把握するためにドゥルーズ自身の言葉をみる。
差異は、表象=再現前化の諸要請に服従させられているかぎり、それ自身において思考されていないし、それ自身におい
て思考される可能性もない。<差異は「つねに」それらの諸要請に服従させられていたのか、そうだとすればどのような理
由で>という疑問は、当然注意深く検討してみるべきものである。しかし、純然たる齟齬するものたちが、わたしたちの表
象=再現前化的な思考には近づくことのできない或る神的な知性の天上の彼岸を、あるいは非類似の《大洋》の、わたした
ちには測深できない手前にある冥府を形成しているということも明らかである。いずれにせよ、それ自身における差異は、
その差異を思考されうるものに仕立てあげてしまうような、異なるものと異なるものとのあらゆる関係を拒絶するように思
われる。まさしく思考されうるものへと、それ自身における差異が生成するのは、飼い馴らされる場合、すなわち、表象=
再現前化の四重の首伽〔諸要請〕──概念における同一性、述語における対立、判断における類比、知覚における類似──に
服従される場合でしかないと思われる。(2)
大澤信亮「ドゥルーズにおける思考の概念」
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学)** \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/*** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/**** ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械*****
******\ /
矛盾する二つの公理系*******
(共通概念)********
*シネマ1、2
**ベルクソン、ニーチェ
***差異と反復
****襞
*****アンチ・オイディプス
******千のプラトー
*******意味の論理学
********スピノザと表現の問題
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶* \(第二次大戦)
/ | \(68年)
/ 異なる \出来事
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学)** \ /(プラグマティズム)
\/ || \/
矛盾or対立する \/*** 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/**** ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械*****
******\ /
矛盾する二つの公理系*******
(共通概念)********
*シネマ1、2
**ベルクソン、ニーチェ
***差異と反復
****襞
*****アンチ・オイディプス
******千のプラトー
*******意味の論理学
********スピノザと表現の問題
本当はこれだけでいい
http://3.bp.blogspot.com/-USYylEMx12o/TyNS1ue7j0I/AAAAAAAAFig/6O7dT3SOsAk/s1600/a0024841_1351018.jpg
柄谷行人『探究2』より
多様性=出来事
多様性→出来事
本当はこれだけでいい
<観 念>
:
普遍性
へ I
概 一 I 特
…般ーー十ーー殊
念 性 I 性
V I
単独性
http://3.bp.blogspot.com/-USYylEMx12o/TyNS1ue7j0I/AAAAAAAAFig/6O7dT3SOsAk/s1600/a0024841_1351018.jpg
柄谷行人『探究2』より
>>19
(カントを論じてはいますが)
カント的な様相=時間論は実はドゥルーズとは無縁で
潜勢的なものは常に現在でありつづけます
それを同一性と呼ばないのは誤解を生むからです
上の柄谷の図でいえば潜勢的なものが観念で
同一性は概念に対応します
これだとベルクソン思想とはズレてしまいますが
源流たるスピノザとベルクソンは実はそれほど離れていないのではと考えます。
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
______同一性______
/ / \ \
/ / \ \
器官なし 身体 同一性 欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの同一性 異なる同一性
/ \ / \
/ 対\ /断 \
/ 立 or絶 \
/ / \ \
/ / \ \
器官なし 身体 同一性 欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
__ __
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの同一性 異なる同一性
/ \ / \
/ \ / \
/ 同一性 \
/ / \ \
/ / \ \
器官なし 身体 同一性 欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械
|| ||
矛盾する二つの公理系 矛盾する二つの公理系
(共通概念) (共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
__ __
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械
|| ||
矛盾する二つの公理系 矛盾する二つの公理系
(共通概念) (共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
|| (出来事) ||
矛盾する二つの公理系 矛盾する二つの公理系
(共通概念) (共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
|| (出来事) ||
矛盾する公理系 矛盾する公理系
(共通概念) (共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの同一性 異なる同一性
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
|| (出来事) ||
矛盾する公理系 矛盾する公理系
(共通概念) (共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
|| (出来事) ||
矛盾する公理系 リゾーム 矛盾する公理系
(共通概念) (共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
|| リゾーム ||
矛盾する公理系 (出来事) 矛盾する公理系
(共通概念) (共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
|| (出来事) ||
矛盾する公理系 矛盾する公理系
(共通概念) リゾーム (共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性 欲望する諸機械
|| (出来事) ||
公理系 公理系
(共通概念) リゾーム (共通概念)
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの要素 差異と反復 二つの要素
/\ || /\
|| \/ ||
|| 多様性 ||
|| (出来事) ||
|| ||
器官なき身体 リゾーム 欲望する機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの概念 差異と反復 二つの概念
/\ || /\
|| \/ ||
|| 多様性(出来事) ||
|| ||
器官なき身体 リゾーム 欲望する機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
同
_______一_______
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / の \ \
器官なし 身体 哲 欲望 諸機械
\ / 学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの概念 差異と反復 二つの概念
/\ || /\
|| \/ ||
|| 多様性(出来事) ||
|| ||
器官なき身体 リゾーム 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ | \
/ 対 断 \
/ 立or絶 \
/ | \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / との\ \
器官なし 身体 対哲 欲望 諸機械
\ / 立学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの概念 差異と反復 二つの概念
/\ || /\
|| \/ ||
|| 多様性(出来事) ||
|| ||
器官なき身体 リゾーム 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / との\ \
器官なし 身体 対哲 欲望 諸機械
\ / 立学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの概念 差異と反復 二つの概念
/\ || /\
|| \/ ||
|| 多様性(出来事) ||
器官なき身体 リゾーム 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ / との\ \
器官なし 身体 対哲 欲望 諸機械
\ / 立学 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの概念 差異と反復 二つの概念
/\ || /\
|| \/ ||
|| 多様性(出来事) ||
器官なき身体 リゾーム 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ /のと \ \
器官なし 身体 哲対 欲望 諸機械
\ / 学立 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの概念 差異と反復 二つの概念
/\ || /\
|| \/ ||
|| 多様性(出来事) ||
器官なき身体 リゾーム 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
ひとつの
___同一性___
/ x \
/ 対 断 \
/ 立or絶 \
/ x \
/ 異なる \
器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械
\ / (の哲学) \ /
\/ || \/
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの公理系 差異と反復 二つの公理系
/\ || /\
|| \/ ||
器官なき身体 多様性(出来事) 欲望する諸機械
\ /
矛盾する二つの公理系
(共通概念)
ドゥルーズ哲学全体の見取り図:
/\ ツリー /\
/ \ / \
/ \同/ \
/ 一 \
/ /性\ \
/ /のと \ \
器官なし 身体 哲対 欲望 諸機械
\ / 学立 \ /
\ / || \ /
矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する
二つの概念 差異と反復 二つの概念
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器官なき 多様性(出来事) 欲望する
身体 リゾーム 諸機械
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矛盾する二つの公理系
(共通概念)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/5059/laugh1.html
8:『ユリイカ(2001年6月号)』p108、p114、p218。
大岡昇平全集別巻に大岡昇平の証言あり
「考える人」次号は2013年4月4日発売!
[特集]小林秀雄との対話
小林秀雄と河上徹太郎との幻の対談「歴史について」のCDつき
たしかドゥルーズの名前がでてくるのこの対談じゃなかったっけ
[85]4/2(火)23:22 0↓
9:考える名無しさん:2010/09/15(水) 10:39:18
小林秀雄がドゥルーズに関して褒めていたと前田英樹なども書いているが(『小林秀雄』195頁)、
郡司勝義『小林秀雄の思い出』に孫引きされているだけで、出典として指摘される肝心の『文学界』
1979年11月号の河上徹太郎との対談(「歴史について」)にはない。
郡司が編集者のような立場だったみたいなのでゲラから引用したのだろう。
<小林秀雄は言う。
「ドゥルーズという若い人がいてね、この人の『ベルクソニスム』という本は
なかなかいい。ベルクソンの影響された当のものは、プラトンしかない、
と言っているんだな。つまり『持続』なんだよ、要するに、こう流れる、
これは『歴史』なんだよ」>(郡司勝義『小林秀雄の思ひ出』262頁)
大澤信亮は小林秀雄の蔵書で赤線の引かれたベルグソンの哲学を確認している。
Les yeux clos: ドゥルーズによるベルクソンのイマージュ論概説をめぐって (前田英樹)
http://yokato41.blogspot.jp/2010/12/blog-post_14.html
ドゥルーズは『シネマ』の第一巻のなかで、おおよそ次のように語っている。『前田秀樹「悟性と感性の「性質の差異」について』(「批評空間」1996Ⅱ―9)より、一部編集
【伝統的な哲学】
哲学にとって、光は精神の側にあるもので、意識と呼ばれるものは、さまざまな事物をそれらが本来住んでいる暗闇から引き出してくる光の束である。意識という内面の光が。外側の暗闇に潜んでいる事物を照らし出す。
ドゥルーズによれば、現象学でさえこうした考えに哲学的伝統には忠実だったのであり、ただ現象学はかつて内面性の光とされていたものを、まるで電灯の光線のようにすべて外側に向けて開いていったに過ぎない。
【ベルクソンの哲学】
これに対して、ベルクソンは、事物というのはどんな光によって照らされているわけでもない、すでにそれ自体が光なのである、と。では意識とは何かというと、この光を屈折させ、停止させ、遮断するもの、言わば光にとっての障害物にほかならない。事物のイマージュは、意識の光によって照らし出されて浮かび上がるのではなく、意識をとおした光の屈折や遮断によって、つまり光の部分的な否定によって視えるものとなる。
前田氏は、このようなドゥルーズのベルグソンの叙述にたいして次のようにコメントしている。
こんなふうに語ることに何の意味があるかと言いますと、これはまず哲学が認識論において抱えてきたさまざまなアポリアから、私たちを一気に離脱させ、それらと無関係にさせつ効果を持つと言える。このアポリアとは、最も基本的には、主体によって認識させる事物のイマージュもしくは表象と、対象である事物それじたいとのあいだには、どのような関係があるか、という問いにかかわるものです。
<…それで、ジル・ドゥルーズの『べルグソン』の訳本(宇波彰訳、一九七四年)が出たときに——あれは『本
居宣長』が終ったころだと思いますけれど——彼の心残りは『感想』だろう、次は『感想』をやるだろうと思っ
て、ちょうど間違えて二冊買っちゃったから、彼に一冊贈ったんですよ。アインシュタインとの論争では、ベル
グソンがだめだということばかり言われるけれども、その経過においてベルグソンはとてもいいことを言ってる
んだということが、書かれているんです。
大江 ドゥルーズが書いているわけですか。
大岡 ええ、「註」の中に書いてあるんです。そのほか、ベルグソンについて、差違から入った、新しい見方
もある。その時はとっても喜んでたそうですよ。だいたい礼を言わない男でね。ぼくは彼が礼を言ったの聞いた
ことがないですよ。(笑)>
(大岡昇平「追悼小林秀雄 伝えられたもの 対談大江健三郎」大岡昇平全集別巻1996.8、669頁より。初出『文学界』1983.5)
<…それで、ジル・ドゥルーズの『べルグソン』の訳本
(宇波彰訳、一九七四年)が出たときに——あれは『本
居宣長』が終ったころだと思いますけれど——彼の心残
りは『感想』だろう、次は『感想』をやるだろうと思っ
て、ちょうど間違えて二冊買っちゃったから、彼に一冊
贈ったんですよ。アインシュタインとの論争では、ベル
グソンがだめだということばかり言われるけれども、そ
の経過においてベルグソンはとてもいいことを言ってる
んだということが、書かれているんです。
大江 ドゥルーズが書いているわけですか。
大岡 ええ、「註」の中に書いてあるんです。そのほ
か、ベルグソンについて、差違から入った、新しい見方
もある。その時はとっても喜んでたそうですよ。だいた
い礼を言わない男でね。ぼくは彼が礼を言ったの聞いた
ことがないですよ。(笑)>
(大岡昇平「追悼小林秀雄 伝えられたもの 対談大江健三郎」
大岡昇平全集別巻1996.8、669頁より。初出『文学界』1983.5)
http://math.artet.net/?eid=1401781
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ドゥルーズによるベルクソン『記憶と生』の全体像・2
『記憶と生』は、ベルクソンの主要な著作から選ばれた文章によって構成されています。また、各テクストの終わりにはドゥルーズによる原注と前田英樹さんによる訳注があり、テクストの一部に対して参照テクストが示されている場合があります。
そこで、『記憶と生』の各テクストが、ベルクソンのどの著作から選ばれたのか、また、そのテクストの一部がどのテクストによって補強されているのか、その関係を図で表してみることにしました。なお、テクストどうしのつながりは、原注のほか訳注の中でも示されていましたが、あえて原注のみにしぼりました。
全体の形を(その必然性はまったくないけれど)ひとつながりの輪にしたかったので、4章あることから、正方形にしました。で、各辺にテクストの番号をのせ、それがベルクソンのどの著作からきているのかを色の点で示し、あるテクストの一部が他のどのテクストと関連しているかを矢印で示した図が、これです。↓
まず思うことは、意外と『時間と自由』が少ないということ。でも、オープニング近くとエンディング近くに配されているということは、やはり要(かなめ)ではあるのかもしれません。で、オープニングから少し入った頃と、エンディングに向かい始めた頃に『思想と動くもの』が配置されているのが印象的です。また、『道徳と宗教の二源泉』は後半で登場し、おもにエンディングで重要な位置をしめているようです。そして、�は『物質と記憶』と『精神のエネルギー』、�は『創造的進化』を中心に構成されていることがわかります。さらに、ピックアップされた量に差はあるとしても、やはりベルクソンの主要な著作を網羅しているのだな・・・ということも感じられます。
スクロールしていくと見えなくなるのでもう一度・・・
矢印については、異なる色どうしのつながりに目がいきます。また、章を超えてつながっているところも気になります。となると、たとえば8と62に目がいきますが、これらはゼノンのパラドックスを通してダイレクトにつながっているとも感じられるし、8から62にいたるまでの距離感のようなものも感じます。ちなみに、62の訳注に、「テクスト66、70、71、72参照」と書いてあるのですが、私は最初それがちょっと意外でした(読み込まないままに)。原注・訳注とも、どのテクストを参照するかはやはり読み方なんだろうと思うことであります。なるほどやはり、すべてのテクストはつながっていて、すべてが同時に読まれることを求めている、わけなのかもしれない。
さらに、(上図には示していませんが)自分が面白いと思ったテクストやもう一度読みたい思ったテクストの番号とも照らし合わせてみました。それがベルクソンのどれかの著書に集中しているのなら、該当する1冊を読んでみるのもいいかもしれないと思っていたのですが、見事に分散しました。ということは、やっぱり『記憶と生』でよかったのかもしれない(あるいは全部を読むか)。強いていえば『創造的進化』がよいのかも。
さて。
『記憶と生』をひととおりのぞくことはのぞいてみました。しかし、読んだと言っていいのかどうかわからないくらい、全体的にまだぼんやりとしています。なので、もう少し間をあけてから、また読み直すなり、読み込むなりしてみようと思っています。解題も含め。
それにしてもいちばん面白かったのは、同じタイミングで森田療法の本を手にしたことだったなぁ(*)。
2010.08.26 Thursday
ベルクソン著・ドゥルーズ編『記憶と生』 | permalink
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ドゥルーズによるベルクソン『記憶と生』の全体像・2
『記憶と生』は、ベルクソンの主要な著作から選ばれた文章によって構成されています。また、各テクストの終わりにはドゥルーズによる原注と前田英樹さんによる訳注があり、テクストの一部に対して参照テクストが示されている場合があります。
そこで、『記憶と生』の各テクストが、ベルクソンのどの著作から選ばれたのか、また、そのテクストの一部がどのテクストによって補強されているのか、その関係を図で表してみることにしました。なお、テクストどうしのつながりは、原注のほか訳注の中でも示されていましたが、あえて原注のみにしぼりました。
全体の形を(その必然性はまったくないけれど)ひとつながりの輪にしたかったので、4章あることから、正方形にしました。で、各辺にテクストの番号をのせ、それがベルクソンのどの著作からきているのかを色の点で示し、あるテクストの一部が他のどのテクストと関連しているかを矢印で示した図が、これです。↓
まず思うことは、意外と『時間と自由』が少ないということ。でも、オープニング近くとエンディング近くに配されているということは、やはり要(かなめ)ではあるのかもしれません。で、オープニングから少し入った頃と、エンディングに向かい始めた頃に『思想と動くもの』が配置されているのが印象的です。また、『道徳と宗教の二源泉』は後半で登場し、おもにエンディングで重要な位置をしめているようです。そして、�は『物質と記憶』と『精神のエネルギー』、�は『創造的進化』を中心に構成されていることがわかります。さらに、ピックアップされた量に差はあるとしても、やはりベルクソンの主要な著作を網羅しているのだな・・・ということも感じられます。
スクロールしていくと見えなくなるのでもう一度・・・
矢印については、異なる色どうしのつながりに目がいきます。また、章を超えてつながっているところも気になります。となると、たとえば8と62に目がいきますが、これらはゼノンのパラドックスを通してダイレクトにつながっているとも感じられるし、8から62にいたるまでの距離感のようなものも感じます。ちなみに、62の訳注に、「テクスト66、70、71、72参照」と書いてあるのですが、私は最初それがちょっと意外でした(読み込まないままに)。原注・訳注とも、どのテクストを参照するかはやはり読み方なんだろうと思うことであります。なるほどやはり、すべてのテクストはつながっていて、すべてが同時に読まれることを求めている、わけなのかもしれない。
さらに、(上図には示していませんが)自分が面白いと思ったテクストやもう一度読みたい思ったテクストの番号とも照らし合わせてみました。それがベルクソンのどれかの著書に集中しているのなら、該当する1冊を読んでみるのもいいかもしれないと思っていたのですが、見事に分散しました。ということは、やっぱり『記憶と生』でよかったのかもしれない(あるいは全部を読むか)。強いていえば『創造的進化』がよいのかも。
さて。
『記憶と生』をひととおりのぞくことはのぞいてみました。しかし、読んだと言っていいのかどうかわからないくらい、全体的にまだぼんやりとしています。なので、もう少し間をあけてから、また読み直すなり、読み込むなりしてみようと思っています。解題も含め。
それにしてもいちばん面白かったのは、同じタイミングで森田療法の本を手にしたことだったなぁ(*)。
2010.08.26 Thursday
ベルクソン著・ドゥルーズ編『記憶と生』 | permalink
ドゥルーズ『ベルクソンの哲学』 - オベリスク備忘録
http://d.hatena.ne.jp/obelisk2/20120616/1339821105
ドゥルーズ『ベルクソンの哲学』
日記 | 13:31 |
雨。
ジル・ドゥルーズ『ベルクソンの哲学』再読了。以前に読んだときと比べれば、わかるわかる。ドゥルーズがこれほど面白いとは。とても興奮して読んだ。問題含みで刺激的なのは、第四章の「持続は一か多か」だ。ここではベルクソンと(特殊)相対性理論の対決が問題となっているが、潜在的な時間の多様性といい、時間の空間化の否定といい、ここで論じられているのは、明らかに相対性理論より量子力学に親和的ではないか。これはとてもむずかしい問題だが、追求に値すると強く思う。
本書での理系的なトピックは、皮相なものではない。創造的進化のシェーマは、おおよそ納得のいくものではないか。それから、第五章でベルクソンにおける神秘主義の(密かな?)重要視が語られるが、ドゥルーズにしては意外なこととも思われるかも知れないけれど、やはりベルクソンもドゥルーズも、物のよくわかった人なのだなと納得させられる。
『ヘンリー・ミラー再読』:ドゥルーズの『ベルクソンの哲学』(1966年) - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/hida_2005/archives/51830005.html
2012年10月06日
ドゥルーズの『ベルクソンの哲学』(1966年)
この本の最終章に次のような件がある。〈潜在的なものは、実在化されるべきではなく、現実化されねばならない。そして現実化の規則は、もはや類似と限定ではなく、差異または分化と創造である。〉(第五章 差異化の運動とエラン=ヴィタル)
以下のように、可能性と実在性の対と較べることによって、潜在的なものが現実化される上記のプロセスが明晰に把握される。〈実在化のプロセスは、類似と限定という二つの本質的な規則にしたがっている。なぜなら、実在的なものは、それが実在化する可能的なものに似ていると考えられるからである。(実在的なものが可能的なものより余計にもっているのは、存在、または実在性だけである。このことは、概念の見地からすると、可能的なものと実在的なものとには差異がないと言い換えることができる。)また、可能的なものがすべて実在化されるのではないから、実在化には一つの限定が含まれる。この限定によって、いくつかの可能的なものが排除または妨害されると考えられ、他のいくつかの可能的なものが、実在的なものへと《移行》するのである。〉一方、〈潜在的なものが現実化されるためには、消去または限定によって進行することは不可能であり、積極的な行為のなかに、それ固有の現実化の線を創造しなくてはならない〉、というのは〈実在的なものは、それが実在化する可能なものに似ているが、これに対して現実的なものはそれが具体化する潜在性に類似してはいない。現実化のプロセスで最初にあるのは差異である。それは出発点である潜在的なものと、到達点である現実的なものとの差異であり、また、現実化がなされる基準となるもろもろの補助線の間の差異でもある。要するに、潜在性の特質は、差異化しつつ現実化するという仕方で、また、現実化するするためには、差異化の線を作らざるをえないという仕方で存在することである。〉
ドゥルーズ『ベルクソンの哲学』を勝手に訳すスレ | ログ速
http://www.logsoku.com/r/philo/1033186514/
21
【余談】
昨日書いたこととも一部重なるが、ドゥルーズはベルクソンに
対する一般的イメージをひっくり返そうといろんな手を使っている。
第1章の表題は「方法としての直観」だが、「方法」という言葉
をフランス哲学の文脈で代表するのはやはりデカルトだ。ある意味
でベルクソンと対極に位置するようなデカルト的キーワードをもっ
くるという手法を、ドゥルーズは意識的にとってるわけだ。
(これが深読みでないことは、巻末の「目次」を見るとはっきりする。
カッコの中に「方法の5つの規則」とあり、第1章ではそのとおり、
5つないし6つの規則が述べられるが、これはデカルトの『精神指導の
規則(Regulae ad directionem ingenii)』を意識したパロディー)。
この後も、マルクスやニーチェやカントなどを想定した話が出てくるが、
どれもドゥルーズの「戦略」であるわけで、その点はあらかじめ考慮し
ながら読むほうがいいと思う。
なお、ついでに言っとくと、本書の第2章、第3章、第5章がそれぞれ、
持続(主に『意識の直接的所与についての試論』)、記憶(主に『物
質と記憶』)、エラン・ヴィタール(主に『創造的進化』)を論じる
という形で、第1文目の予告が果たされることになっている。
「直観」はこの三者に「方法論的に」先立つものであるという話がこの
後しばらく続く。その意味でも、宇波の「彼の哲学の方法のなかで」と
いう訳は致命的といえる。(いろいろすばやく訳してる点は評価しな
きゃいけないと思うが、誤訳は誤訳だ)
差異は記憶を
反復は物質を排他的に示す
ベルクソンの哲学103頁参照
NAMs出版プロジェクト: 小林秀雄について:メモ
http://nam-students.blogspot.jp/2013/04/blog-post_12.html
複数世界 | 発生論
_____|_____
自由間接 |
話法 | 系列
ドゥルーズの方法
スピノザとライプニッツの関係が鍵
複数世界 | 発生論
ライプニッツ| スピノザ、ベルグソン
______|_____
自由間接話法| 系列
ヒューム | ニーチェ
ドゥルーズの方法
スピノザとライプニッツの関係が鍵
[164]6/1(土)21:50 P↓
ドゥルーズはツリー状の思考に対してリゾームの思考を提示した
インターネットのカオス状態を予言したとも言える
質問、解答といったヒエラルキーはまだツリー状の思考に毒されている
<‥…「私と同じようにやれ」と 言う者からは、何も学ぶことはない。わたしたちに
とっての唯一の教師は、わたしたちに 対して「私と共にやりなさい」と言う‥… >
(『差異と反復』単行本p.49より) .
ドゥルーズもぐら
あるところにドゥルーズもぐらがいました
ガタリ犬とハイデガー狐の住処をつなぐ穴を開けて
真面目な分析哲学ザルの怒りを買ったりしていました
もぐらは死んでしまいましたがその残した穴は
あらゆる動物の遊び場になり
移動が楽になりみんなに感謝されています
6:13 午後
yoji さんは書きました...
http://polylogos.org/philosophers/arendt/heide.html
ハイデガー狐
(ハンナ・アレント、中山 元訳)
昔むかしあるところに、一匹の狐がいました。この狐は悪智恵を働かせる
ことがまったくできないために、いつも罠にかかってしまうのです。それは
なんと、この狐は罠と罠でないものの区別ができないからです。
…
「とてもたくさんの狐がぼくの罠を訪問してくれるので、ぼくは世界で最高
の狐になった」。そしてこれは必ずしも間違っているわけではありません。
一生をかけて罠の中に座っている狐ほど、罠についてよく知っている狐はい
ないからです。
ドゥルーズ潜在性の現実性と
ハイデガー現存在の存在はベクトルは逆だが似ている
ドゥルーズは線を志向し
ハイデガーは点に帰着する
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