火曜日, 10月 24, 2017

【文藝春秋】もっとも狡猾なロシアの教科書、北方領土問題は…―佐藤優が読む 「 隣国の歴史教科書」ロシア編[2017/10/25]


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 【文藝春秋】もっとも狡猾なロシアの教科書、北方領土問題は…―佐藤優が読む 「 隣国の歴史教科書」ロシア編[2017/10/25]&韓国&中国

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【文藝春秋】もっとも狡猾なロシアの教科書、北方領土問題は…―佐藤優が読む「隣国の歴史教科書」ロシア編[2017/10/25]


参考:
韓国
中国
1ねこ名無し ★2017/10/25(水) 10:27:05.32ID:CAP_USER
日本の隣国である中国、韓国、ロシアはどのような歴史観を持ち、どのような日本観を持っているのか。中国編、韓国編に続き、本稿ではロシアの歴史教科書を分析する。 

ロシアという国家の「狡猾」な部分 

最後に、ロシアの歴史教科書を見て行きましょう。他の2カ国に比べて内容が圧倒的に難しく、大学レベルといっていい。まず面白いのは、日露戦争を帝国主義国家同士の戦争だ、と冷静に認識している部分です。 

〈多様な原料を豊富に持つが、同時に政治及び軍事面では非常に弱い中国と、また中国に依存している韓国は、他のヨーロッパ諸国にとっては比較的手を伸ばしにくく、ロシアとは国境を接していた。しかし、ここでロシアは思いもよらないライバル日本と衝突した〉(『ロシアの歴史』教育出版社) 

開戦を「戦争はロシアにとって深刻な試練だった」として、日本とロシアの軍事力の分析を行います。 

〈軍幹部に関しても日本は大きな強みを有しており、その働きは熟慮されエネルギッシュなものだった。ロシアの統帥は反対に、消極性とイニシアティブの欠如が際立っていた。このような特徴は、満州軍を率いていたA・N・クロパトキンにも見られる〉(同前) 

また、兵士たちも戦争の目的がわかっていなかったため士気が上がらなかったとも記します。これは、防衛戦争という大義があった大祖国戦争(独ソ戦)と対照的です。 

戦闘の記録は、コンドラチェンコ将軍の旅順防衛、マカロフ提督の戦死などかなり細かく描かれますが、中でも印象に残るのがポーツマス条約に関するくだりです。 

〈極東において日本が過度に強大化することは、その同盟諸国、特にアメリカの計画には全く入っていなかった。まさにそのアメリカ政府が、ポーツマス(アメリカ)で行われた和平交渉において仲介者の役割を果たした〉(同前) 

ポーツマスでは、アメリカが日本を抑えようとしたために交渉が上手くいったと解説しているのです。ロシア外交団の勝利とはせずに、外交のリアリズムをきちんと分析した箇所です。その後に次の設問が続きます。 

〈インターネット情報を用いて「露日戦争:国民的恥辱かあるいは堅忍の学び舎か?」というテーマで発表をしなさい〉(同前) 

これは、「インターネット情報を用いて」という前段部分が、重要なポイントです。なぜなら、ロシア語で「露日戦争」と検索すれば、スターリンが1945年9月2日に行った対日勝利演説が必ずヒットするのです。 

「1904年の露日戦争の時のロシア軍の敗北は、国民の意識の中に重苦しい思い出を残した。それは、我が国の上に汚点をとどめた。わが国民は、いつの日にか日本が粉砕され、汚点が払拭される時が来ると信じて、待っていた。われわれの年長者たちは、四十年の間、その日を待ちわびた。そして、その日が到来したのである」 

これを読めば、第二次大戦の日本との戦争が、日露戦争の復讐戦だったことが、すぐ理解できるようになっている。ロシアの教科書執筆者は、この辺りまでしっかりと計算した上で、設問を作っているのです。復讐戦となった第二次大戦における対日戦争の記述からは、ロシアという国家の狡猾な部分が読み取れます。 

〈ヤルタ会談での根本的な合意に従って、ソヴィエト政府は1945年4月5日に日本との中立条約の破棄を通告し、8月8日に日本に宣戦布告した〉(『ロシアの歴史』) 

日ソ中立条約の破棄を通告しているから、一見正々堂々としているように思えます。ところが、この条約が翌年まで有効だったことは全く書かれていないのです。 

確かにソ連は日本に対し宣戦布告も行ないました。しかし、電報を封鎖して日本に連絡がいかないように策略をめぐらし奇襲攻撃をしたことにはまったく触れてない。また、日本では火事場泥棒のごとき突然の参戦だったように扱われますが、周到な準備をしていたことをにおわせています。 

〈8月19日に関東軍司令部は、降伏する準備があると表明した。同盟諸国軍の共同攻撃を受けて、1945年9月2日に日本は完全に降伏した。これは第二次世界大戦の幕を下ろす出来事だった。サハリン南部とクリル列島がソヴィエト連邦の手に渡った〉(同前) 

最後に書かれているクリル列島とは千島列島と北方領土のことです。 

http://bunshun.jp/articles/-/4521 

(続く) 

2ねこ名無し ★2017/10/25(水) 10:27:20.13ID:CAP_USER
>>1の続き) 

ロシアでは、8月19日になって初めて日本が降伏の準備を始めたように書かれているのです。千島列島の最北端にある占守島に、ソ連軍が上陸を始めたのは8月18日のことでした。 

戦争が終わり武装解除中だったにもかかわらず、突如としてソ連軍が、攻撃を仕掛けたためやむなく応戦したと日本人は理解しています。ところが、ロシア人はそうはとらえていません。 

戦争は、9月2日まで継続されていたのだから、日本領を攻撃し占領したのは、通常の戦闘行為だと考えているのです。当然、クリル列島の占領も正当化されます。 

戦後は、日ソ共同宣言の記述と北方領土問題に関する記述が若干あるだけで、日本はほとんど登場しません。 

ロシアの教科書が歴史を細かく記述できるのは、古代から現代まで5年くらいかけて学ぶようにカリキュラムが組まれているからです。日本のように駆け足で近現代史を学ぶ国とは、そこが根本的に違うのです。 

http://bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/d/b/-/img_dbb2f0d0ee244f63e9ece92a4d32ce7f256484.gif 

旧時代の教育をする日本 

翻って、日本の教科書について考えてみましょう。私は現在は同志社大学、過去に早稲田、慶應などで演習を受け持った経験があります。 

そこで世界史の重要な項目「ロシア革命」「真珠湾攻撃」や「ソ連崩壊」などの年号に関して、100問の小テストをしてみました。ところが、全く答えられません。100点満点で、早稲田では平均5.0点、慶應では4.8点でした。 

なぜ、このような事態になるのか。それは日本の教科書には物語がなく、単なる事実や用語の羅列ばかりが延々と続く、受験勉強以外には役に立たないものだからです。受験が終われば知識が定着せずにすべて忘れられてしまう。 

中国、韓国、ロシアそれぞれの教科書は、独自の物語性があって、読んでみると非常に面白い。一方の日本では、巨大な年表でしかないので、読み進めるのが苦痛です。 

これは、日本のエリート養成のシステムが後進国型であることの証明に他なりません。記憶とその再生を、ことのほか重視する。これは、旧時代の教育です。 

教科書から各国の歴史観や思考法のポイントを見てきました。ロシア・中国は世界のどこの国の人間とも話ができるような、徹底したリアリズムと普遍性を持った歴史を教え、韓国は独自色が強く、国際的に通用しない内側を向いた歴史を教えています。 

そして日本は、単なる年表を暗記させる、後進的な歴史教育です。 

日本の歴史教育は、1年間で通史を勉強するような暗記中心の詰込み型から、少しでも早く脱するべきです。そして物語性を重視し、今までより分量の多い教科書を作る必要があります。 

その教科書をロシアのように数年かけて学ぶことこそが、これからの世界で生き抜く知恵と思考を身に付ける、有効な方法になるでしょう。 

(おわり)

【文藝春秋】北朝鮮より過激な韓国「歴史教科書」のテロリスト史観―佐藤優が読む「隣国の歴史教科書」韓国編[10/23]

1ねこ名無し ★2017/10/23(月) 08:31:53.96ID:CAP_USER>>31>>34>>40>>42
日本の隣国である中国、韓国、ロシアはどのような歴史観を持ち、どのような日本観を持っているのか。前回の中国編に続き、本稿では韓国の歴史教科書を分析する。 佐藤優(作家・元外務省主任分析官) 

◆ ◆ ◆ 

「友好の歴史」はほぼ言及なし
 

続いて韓国の教科書です。今回、私が一番驚いたのは、この韓国の教科書に書かれた歴史観でした。この国の歴史観は日本にとって脅威だといっても過言ではありません。世界の教科書の中でも極めて珍しい、「テロリスト史観」によって貫かれているからです。 

「我が国の先達はここまで追い詰められ、テロをせざるを得なかった」、そういった歴史が延々と綴られているのです。 

北朝鮮との親和性は予想以上に強く感じられ、また北朝鮮の歴史教科書よりも過激な内容になっています。 

「テロリスト史観」については後述しますが、歴史の書き換えを行ったり、肝心なことを記さないのが韓国の歴史教育のもう一つの特徴です。たとえば、豊臣秀吉の朝鮮出兵という「敵対の歴史」は数ページに渡って記しても、江戸時代の朝鮮通信使のような「友好の歴史」についてはほぼ言及がない。 

日韓併合に関しては、現在の韓国政府の主張をなぞったもので、目新しい部分はありません。乙巳(いつし)条約(第二次日韓協約)は〈外国との条約締結権を持った皇帝の裁可を受けていない〉ので無効である、というのはその一例です。日韓併合のその日はこう書かれています。 

〈1910年8月、総理大臣・李完用と統監・寺内正毅が韓日併合条約を公布した。これにより大韓帝国は主権を奪われ、日帝の植民地に転落してしまった〉(『高等学校 韓国史』志学社) 

韓国の教科書の本当の特異性が見られるのは、日韓併合前後からです。日本では韓国のテロリストと言えば伊藤博文を暗殺した安重根が思い浮かびます。ところが、その扱いはあっさりしたものです。 

〈張仁煥と田明雲はアメリカのサンフランシスコで日本の侵略を美化していたスティーブンスを狙撃し、安重根は満州のハルピンで伊藤博文を暗殺した(1909)〉(同前) 

そして、安重根以外のテロリストの行動に関する記述が続きます。 

〈朴烈は1923年日本で国王の暗殺を企てた。趙明河は1928年台湾で日本の皇族を刀で襲う義挙を行った〉 

〈1932年に韓人愛国団員の李奉昌が東京で日本の国王が乗ったとみられる馬車に爆弾を投げた。失敗したが、このことに対して上海の新聞では失敗を惜しむ論調で報道した〉 

〈韓人愛国団員だった尹奉吉は記念式の壇上に爆弾を投げ日本軍将軍と高官らを暗殺した。尹奉吉の義挙は世の中を驚かしたものであり、特に中国人に深い印象を与えた〉(同前) 

きりがないのでここまでにしますが、要するに天皇や政府高官を暗殺しようとしたテロリストを延々と紹介(李奉昌と尹奉吉は肖像写真つき)しているのです。安重根の“功績”がそれほど高くないこともわかる。 

その理由は明白です。伊藤博文は初代首相と言っても、国の元首ではありません。重要なのは「玉」。日本の国家元首である天皇や皇族の命を狙った者が、韓国の教科書では最も偉大だとされているのです。 

文明国において、テロによって現状を打破する試みを褒め称えることは、通常考えられません。しかし、韓国は違う。伊藤博文暗殺に「成功」した安重根よりも、天皇暗殺に「失敗」したテロリストについて詳しく書いています。 

さらに言えば、これらの記述からは、天皇暗殺という動機を掲げただけで称賛に値し、手段や結果はどうでもよいという場当たり的な思考も見え隠れしています。 

この教科書で教えられるのは「我が国のテロリズムの歴史はこれだけ長い」ということに他なりません。イスラエルでもアイルランドでもそういった教育はしていません。韓国は“恨”の文化といわれますが、教科書も怒りに突き動かされて作られている。カーッと頭に血が上る怒りの感情が底流を貫いているようです。 

「日韓の問題は解決しなかった」 

日本の朝鮮統治については、「日帝の植民統治と経済収奪」として、多くのページが割かれています。 

http://bunshun.jp/articles/-/4520 

>>2以降に続く) 

2ねこ名無し ★2017/10/23(月) 08:32:06.46ID:CAP_USER
>>1の続き) 

〈朝鮮総督府は1910年に会社令を制定し、会社を設立する際に朝鮮総督府の許可を受けるようにした。これは韓国人の会社設立を抑制することで民族資本の成長を防ぐための処置であった。 
(中略)1915年には朝鮮鉱業令を制定し、鉱業権に対する許可制を実施した。韓国人の鉱山経営を規制しながら、金、銀、鉄、石炭など経済性のある鉱山はほとんど日本人が独占した。一方、高麗人参、煙草、塩などに対しては専売制を実施し、朝鮮総督府の収入を増やした〉(同前) 

〈三井、三菱などの大企業はもちろん、日本の多くの中小企業も朝鮮に進出した。これらの企業は朝鮮の安い労働力を利用して大きな利益を上げた〉(『世界の教科書シリーズ39検定版 韓国の歴史教科書』明石書店) 

収奪とテロリズム、そしてまた収奪の繰り返しで、日本統治時代の記述は終始します。日本が「民族抹殺政策」を行なおうとしたという記述も複数回登場します。 

〈「民族抹殺政策を実施する」 中日戦争をきっかけに日帝は内鮮一体を打ち出し、皇国臣民化政策を本格的に推し進めた。内鮮一体は「日本と朝鮮は一つ」という意味で、韓国人を日王に忠誠をつくす臣下と民にするというものだった〉(同前) 

韓国にとっての8月15日は、光復節(独立記念日)です。 

〈日本は8月15日に連合国のポツダム宣言を受諾して無条件降伏を宣言した。これにより36年間日帝の植民支配を受けていた韓国はついに光復を迎えた〉 
〈国を取り戻すために韓国人は日帝に立ち向かって絶えず闘争した。その結果、国を取り戻すことができた。しかし、これは韓国人の独自の努力で得られたものではなかった〉(同前) 

独立運動と抵抗運動について非常に詳しく触れる一方、その熱量に比して、独立の日については、意外と冷静に書かれています。また、「独自の努力」だけでは独立できなかったと、ここでは一歩引いた視点から書かれているのは意外な感じに映ります。 

現在韓国政府が問題としている事象が、非常に明確な形で開示されている点もこの国の教科書の特徴です。たとえば、「建国神話」の域に達している竹島問題に関しては、多くのページが割かれ、課題も設けられています。 

〈日本政府は「独島を自国の固有の領土」と主張している。(中略)このような日本の主張を下記のインターネットサイトを参考に、歴史的根拠を示して批判してみよう。また、このような問題の解決のための方案を話し合ってみよう〉(同前) 

この課題には、生徒たちが日本の主張を知っても、それらは、すべて論破できるものだという自信がよく表れています。また、慰安婦問題や徴用工問題など、まさに今ニュースを賑わす問題も取り上げられています。 

〈日帝は徴用制を実施し、戦時に必要な労働力を強制的に動員した。韓国人青壮年は徴用で日本だけでなく中国、東南アジア、サハリンなどへ送られた。(中略)相当数の女性は戦地に送られて日本軍の軍隊慰安婦として利用された〉(同前) 

この記述は、朴正熙政権の部分と合わせて読む必要があります。 

〈朴正煕政府は国民の反対を押し切って韓日協定を批准した。その結果韓国は経済開発に必要な資金の一部を充当でき、韓米日共同安保体制が形づくられた。その反面、日本の植民支配に対する謝罪、略奪文化財の返還、日本軍「慰安婦」や強制徴用者などさまざまな問題を解決することができなくなってしまった〉(同前) 

教科書に、「日韓の問題は解決することができなくなってしまった」とわざわざ記すところに韓国の歴史観の特異性が見て取れます。 

このように韓国の歴史教科書では、自民族内での同質化の比重が非常に高いため、普遍性がありません。ありていにいえば、この教科書を学んでも世界と渡り合う客観的な知性や歴史観を持てるとは思えない。これが、中国やロシアの教科書との最大の違いです。 

しかし、隣にこうした歴史観を持った国があることは、我々も改めてしっかりと認識しておかねばなりません。 

http://bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/6/7/-/img_67e93117ef55659808efa0a26f1008e7234212.gif 

(おわり)

【文藝春秋】中国の「歴史教科書」は単なる反日教育ではない―佐藤優が読む「隣国の歴史教科書」中国編[10/22]

1ねこ名無し ★2017/10/22(日) 07:33:23.62ID:CAP_USER>>36>>65>>77>>78>>80>>95>>104
日本の隣国である中国、韓国、ロシアはどのような歴史観を持ち、どのような日本観を持っているのか。作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が、隣国の歴史教科書をもとに分析する。 

歴史とは、ギリシャ語でいうところの
クロノス」と「カイロス」で出来上がっています。「クロノス」とは時系列という意味で、流れていく時間を指し、一方の「カイロス」とはタイミングです。つまりある出来事が起こって、その前後で世の中が大きく変化した瞬間を指す。この「カイロス」の比較で、その国の歴史観を知ることができるのです。 

そのために、最も有効なテキストが歴史教科書です。歴史教科書には、その国の次世代を担う若者が知っていなければならない知識や思考法が詰め込まれています。 

今回は、中国、韓国、ロシアの歴史教科書を読み解きながら、その3国がどういった思想と歴史観の上に立って日本という国家を見ているのかについて考えてみたいと思います。彼らが中等教育(日本の中学・高校に相当)の現場において、どのような日本観を植え付けているのかを学べば、日本が国際社会で生き抜くために必要な知恵が見つかるはずです。 

分析にあたっては、2012年から2014年にかけて各国で使用された高校レベルの教科書を編集部で独自に邦訳したものと、明石書店が刊行している世界の教科書シリーズからそれぞれの国のものを、合わせて利用しました。 

「行き詰ったら変える」 

まずは中国から見ていくと、中国の歴史教科書は、階級闘争史観と徹底したリアリズムに貫かれていることがよくわかります。 

古代ギリシャの民主主義の歴史やヨーロッパの宗教改革など、古今東西の改革を扱った高校教科書「歴史上重大改革回眸」の序文「編者の一言」の一節にはこう書かれています。 

〈中国の古典『周易』には「行き詰ったら変える。変えたら通る。通ったら続ける」と書いてある。改革とは変えることであり、時代に遅れた旧制度や旧文化と旧思想を取り除き、豊かな活力のある新制度や新文化と新思想を創ることである〉(『歴史 選修1 歴史上重大改革回眸』人民教育出版社) 

簡単に言ってしまえば「行き当たりばったりでいいから、上手くやれよ」ということです。マルクス・レーニン主義的な発展史観ではなく、臨機応変であることこそが歴史から学べることだ、と言っているのです。 

重要なのは、この言葉が歴史教科書自体にも適用される点です。この教科書を学んでいて、行き詰るところがでてきたら、そこは切り捨ててしまえばよい、自分の都合のいいものに入れ替えてしまってもいい、ということです。中国が共産党の一党独裁でありながら事実上、資本主義化しているのも、この言葉で簡単に理解ができます。社会主義に「行き詰ったから変えた」のです。 

ここで私が思い出すのは、イギリスの歴史教科書です。同書の最終章で、「この教科書は大英帝国について私たちの解釈だけでまとめたものだ」と、内容についての不備をわざわざ指摘しています。 

その上で、虐げられたものへの章が少ないこと、女性に関する記述が少ないことなどが、列記されている。この教科書では、歴史が単一の物語ではなく、複数存在することを自然と気付かせる構成になっているのです。 

中国の教科書はイギリスのそれと同じく、学ぶ者に常に考え続けることを要求し、何事も懐疑的に見ることを教えています。そして原理原則に捉われず、最後の帳尻を合わせればいい、という非常にリアリズム的な思考を持つ人間を育成しようとしていることが読み取れます。 

明治維新を徹底研究 

この「重大改革」を扱った教科書の中には、日本の明治維新も取り上げられています。教科書には章ごとに設問が作られ、学習のまとめを行うことが一般的ですが、ここに教科書制作者の意図が最もよく現れていると言っていいでしょう。 

〈当時の日本の国内外の環境と結びつきを、資料を使って調べ、明治維新がなぜ成功したのかをディスカッションしなさい〉(同前) 

明治維新を徹底的に研究し、短期間で日本が帝国主義国になった理由を分析しようとしています。 

http://bunshun.jp/articles/-/4519 

>>2以降に続く) 

2ねこ名無し ★2017/10/22(日) 07:33:42.67ID:CAP_USER
>>1の続き) 

他にも「五箇条の御誓文」を読んで考えましょう、とか、イギリスの権利章典と大日本帝国憲法とを比較しなさい、といったかなり高度な設問が用意されています。 

この教科書の記述を見る限り、戦前の日本帝国主義を単なる侵略思想として切り捨てていないことがわかります。日本を反面教師として、中国の近代化を進めていこうという意図が強く感じられるのです。 

日本は帝国主義発展の中で「虐殺」を起こしたが、逆に言えば、「虐殺」のような行為を除けば、日本から学ぶべきことは多い、というスタンスがはっきり表れています。 

中国の教科書は、「帝国主義とは元々そのようなものである」という、リアルな構造分析が非常にしっかりとできています。では、日本の帝国主義が誤った方向に進んだ「カイロス」(タイミング)はいつだと書かれているのでしょうか。 

〈1872年に日本は中国台湾島と日本の間にある琉球諸島に進出し、琉球国王に自国を日本領であることを認めるよう促した。琉球は従来中国の属国であり、清政府から爵位を得ていた。2年後、日本は海難に遭った船員が台湾で殺されたことを理由に、出兵した。 
台湾人民は勇ましく抵抗し、多くの死傷者が出た。日本は代わりに清政府に賠償を迫った。弱腰の清政府は譲歩し、日本に50万両の白銀を支払った。1879年、日本は正式に琉球を自分のものにし、沖縄県とした〉(同前) 

沖縄を日本の版図に組み込んだ「琉球処分」は「中国侵略」の第一歩であり、日本の「帝国主義」の過ちの始まりでもあると規定した上で、こう続けます。 

〈1894年に日本は甲午戦争(日清戦争)を起こし、清国政府に勝利して下関条約を締結した。条約によって台湾と澎湖諸島は割譲され、日本に2億両以上の賠償金を支払った。これから日本の中国侵略が始まった〉(同前) 

日清戦争の敗戦によって、台湾を割譲し、ここから本格的に「侵略」が始まったとしています。 

しかし、その後の、日本の中国進出の記述に関しては、我々が「反日」教育と捉えられるような記述は少なく、むしろ、あっさりとした文章が目につきます。 

〈1931年、日本侵略軍は九・一八事件を起こし、中国東北軍駐屯地を砲撃し、瀋陽を占領した。半年もたたずに東北部の全土を占領した〉 

〈1932年1月、日本侵略軍は中国上海を襲撃し、一・二八事変を起こした〉 

〈1932年3月、日本帝国主義は廃された清朝皇帝溥儀に手を貸し、傀儡として利用し、中国東北部で偽満州国を造り上げた〉 

〈日本の全面的対中侵略戦争の脅威に対し、国共両党が内戦を中止し、抗日民族統一戦線を結成し、全国民が奮い立って抗戦をはじめた〉(『歴史(1) 必修』) 

以上は、満州事変、上海事変、満州国建国、国共合作についての記述です。この辺りの視点は、一昔前の日本の「進歩主義史観」と大差はありません。その中で、私が注目したのは、「田中上奏文(田中メモランダム)」の扱いです。 

「田中上奏文」は、田中義一首相が、昭和天皇に「中国侵略と世界征服のために満蒙を支配下に置く」と上奏したとされるものです。「上奏文」は反日のプロパガンダとして作成された偽書として知られ、昭和初期から日本政府は強く抗議していました。 

しかし中国では、これをあたかも史実であったように扱っており、教科書でも「田中上奏文」に依った記述を見ることができます。 

南京事件の記述 

南京事件は次のように記述されています。 

〈日本侵略者は至る所で、放火、殺戮、強姦、略奪と悪事の限りを尽くした。1937年12月、日本軍は南京を陥落させた後、南京の平和居民に対し、非人間的な、悲惨凄愴な虐殺を行った。6週間で30万人を超える身に寸鉄を帯びない平民と、武器を下ろした軍人たちを虐殺した〉 
(『歴史 選修3 20世紀の戦争と平和』人民教育出版社) 

虐殺の被害者数30万人は、中国が勝手に主張している数字ですが、その数は「日本の侵略」の象徴になっています。それを頭に入れたうえで、次の記述を読んでみてください。 

〈1945年8月6日と9日、アメリカは日本の広島と長崎に、それぞれ一発の原子爆弾を投下し、30万人近くの死者を出した〉(同前) 

広島、長崎の原爆の死者は、それぞれ約20万人、約7万人だったと日本の教科書には記載されています。ところが、中国では、犠牲者数を合算し、30万人近くと表記しているのです。 

これは恐らく数字の偶然の一致ではないでしょう。 

(続く) 

3ねこ名無し ★2017/10/22(日) 07:33:53.40ID:CAP_USER
(続き) 

つまり、南京事件と原爆の犠牲者が同じ人数であったと示すことによって、「日本軍は原爆2発分の殺戮をしたんだ」と教えやすくなり、30万人が原爆で殺されたことで日本は報いを受けたと捉えることもできるのです。 

終戦に関する記述は、このように書かれます。 

〈8月8日、ソ連は日本に対して宣戦布告し、中国東北部にいる関東軍に破滅的な攻撃を加えた。中国抗日軍民も戦略的反攻を発動した。窮地に陥った日本は、投降を声明した。1945年9月2日、日本は正式に投降書に署名した〉(同前) 

日本の教科書と違い、ここには、8月15日という日付は書かれていません。9月2日の降伏文書への署名をもって戦争が終結したことのみを述べています。 

そして戦後の日本に対する言及は極端に少なく、日中国交正常化に関して事実が淡々と記されているのみです。 

全体を通して見てみると、中国の歴史教科書は基本的に、反日教育でナショナリズムを煽るのではなく、世界史の中で中国がどのように振る舞ってきたのかを描こうとしています。 

領土を奪われたのも一時的に弱かった時代のことであって、本質的に我々は昔から一貫して大国であった、と考えていることは節々から伝わってきます。彼らは決して、経済が発展したから大国の仲間入りを果たしたのではないと考えていることもわかる。次の記述は、現代中国の立ち位置をよく表しているものです。 

〈国際的な反ファシズム統一戦線ができてから、同盟国は経済面でお互いに支援し、軍事面でお互いに協力することは、勝利にとって決定的な効果があることがわかった。国際的な統一戦線は共通の敵を叩く強い武器である〉(同前) 

続いて以下の設問も用意されています。 

〈「世界の反ファシズム戦争は人類史上一番偉大な正義の戦争であり、人類に一番大切な教訓を残した」――江沢民。あなたは第二次世界大戦は人類にどんな大切な経験と教訓を残したと思いますか?〉(同前) 

かつては「日本軍国主義」という言葉を使っていたのですが、近年では、あえて「ファシズム」と表現しています。ナチスのホロコーストと日本が中国で犯した「罪」を同列のものとして扱っていることも注目点でしょう。 

〈ブラント首相はワルシャワ・ゲットーの記念碑の前に跪いて、ドイツが犯した罪を謝罪した。それに対して、日本は1975年に三木武夫首相が参拝してから、数多くの首相が任期内にA級戦犯が祀られている慰霊施設を参拝している。日本とドイツの戦争の罪に対する認識の違いについてあなたはどう考えますか?〉(同前) 

即ち中国は、単なる反日ではなく、反ファシズム陣営としてアメリカやイギリスなどと共に大きな戦争を戦い、そして勝ったことを強調したいのです。現在まで続く世界秩序を作ったプレイヤーであるという自負がひしひしと伝わってきます。 

http://bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/3/3/-/img_33db45d40042788a6f9cb05d314008e7271465.gif 

(おわり)

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