土曜日, 10月 07, 2017

綾瀬はるか、カズオ・イシグロに会いに行く #前編 | 文春オンライン http://bunshun.jp/articles/-/4425



綾瀬はるか、カズオ・イシグロに会いに行く #前編 | 文春オンライン

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綾瀬はるか、カズオ・イシグロに会いに行く #後編 | 文春オンライン

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イシグロ はるかさんは、ある役柄を演じているうちに、自分でも思いもよらなかった面が見えてくるような経験はありますか?

綾瀬 はい、あります。作品に入る前は、「これは、自分には似た部分がない役だから難しいな」と思っていても、演じていく中で「あっ、こういう面が自分にもあったんだ」と気付かされることが結構多いんです。そういう役柄に限って、作品を見終えた友人から「今までで一番素のはるかに似ていたんじゃないの」なんて言われることもあります。



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綾瀬はるか、カズオ・イシグロに会いに行く #前編

人気女優がロンドンで語り明かした2時間。

source : 文藝春秋 2016年2月号

genre : エンタメテレビ・ラジオ読書芸能映画

 2017年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏と日本の国民的女優・綾瀬はるかは不思議な縁で結ばれていた。綾瀬が2016年に主演した連続ドラマ『わたしを離さないで』(TBS系)の原作者がイシグロ氏。このドラマ撮影に先立って、ロンドンでイシグロ氏と対談していたのだ。

出典:『文藝春秋』2016年2月号

◆◆◆

イシグロ ロンドンでは、もうどこか見て回られましたか。

綾瀬 昨日こちらに着いたばかりなんですが、先ほどまですぐそこの公園、ラッセル・スクウェアを散策していました。可愛いリスがいて、思わず追いかけて写真を撮ってしまいました。

イシグロ リスが珍しいんですね。ロンドンではリスは多過ぎるぐらいですよ。どこの庭にも、実にたくさんいます。

綾瀬 いたずらをしたりするんですか?

イシグロ そうですね、時には電線をかじっちゃうこともある。

 はるかさんと、楽しくリスの話を続けたいところですが、そろそろ本題に入りましょうか(笑)。

対談は通訳を介して2時間近くに及んだ ©文藝春秋

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 2015年12月、女優・綾瀬はるか(30)が忙しい合間を縫って、ロンドンを訪れた。目的はカズオ・イシグロ氏(61)に会うこと。2016年1月15日から始まる連続ドラマ『わたしを離さないで』(TBS系、毎週金曜夜10時)に主演することが決まって以来、原作『Never Let Me Go』を著した同氏との対話を熱望してきたのだ。

 イシグロ氏は1954年、長崎で生まれ、父の仕事の都合で5歳の時に渡英。以後英国に住み続け20代で英国に帰化。82年、英国に住む長崎生まれの女性の回想を描いた処女作『遠い山なみの光』(原題:A Pale View of Hills)で王立文学協会賞を受賞し、鮮烈なデビューを飾る。89年の第3作『日の名残り』(The Remains of the Day)で英国最高の文学賞であるブッカー賞を受賞。同作は名優アンソニー・ホプキンス主演で映画化もされた。2005年に発表された『Never Let Me Go』も世界的ベストセラーとなり、10年に映画化、14年には日本でも蜷川幸雄氏の演出で舞台化された。近年、ノーベル文学賞に最も近いとも言われる世界的作家と、その物語を演ずる主演女優。通訳を介しての二人の対話は次第に熱を帯び、2時間近く続いた――。
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綾瀬 『わたしを離さないで』は、他人に臓器を提供するためのクローンとして、特殊な環境で育てられた若者たちのドラマですが、どのようにして、「臓器提供」という設定を思いつかれたんですか。

イシグロ 実は『わたしを離さないで』は、15年くらいにわたって、計3回挑戦した作品なんです。最初の2回は、途中で断念しました。当初、クローンによる臓器提供というアイデアは思いつかなかった。私が元々持っていたのは、非常に寿命が短い若者たちが、普通なら年をとってから経験するようなことを短期間で経験するというアイデアでした。それをどのような設定で伝えるか。最初の試みでは「核」を題材に使ってみました。

綾瀬 それも、とても興味深いお話です。

イシグロ でもあまりうまくいかなかった。3回目の挑戦でようやく、クローンというSF的なアイデアが浮かんできたんです。そこで、臓器提供のために作られた美しく若いクローンが、普通の人なら70~80年かけて経験する人生を、わずか30年という短さで経験するお話にしようと決めたんです。

物語が故郷に戻っていった

綾瀬 何を伝えるために、そのような設定を思いついたんですか。

イシグロ 「人生とは短い」ということを書きたかった。あらゆる人がいずれ死を迎えます。誰もが避けられない「死」に直面した時に、一体何が重要なのか、というテーマを浮き彫りにしたいと思ったんです。

綾瀬 原作は90年代のイギリスが舞台で、登場人物もイギリス人ですよね。今回のドラマは日本に舞台を移していますが、そうした変化は、原作者としてどんな風に感じられるものですか。

イシグロ 実は、今回日本でドラマ化されることを非常にうれしく思っているんです。原作の根底にあるものは、なぜか非常に日本的だと以前から感じてきました。私は他に日本を舞台にした物語も書いているんですが、それら以上にこの作品は、イギリスが舞台なのに、どこか日本的なんです。ですから、ある意味で物語が故郷に戻っていったという感覚があります。



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綾瀬 すでに脚本もお読みになって、「物語の中でこれまで光の当たっていなかった部分、奇妙で興味をそそるような角やくぼみ、時々はこれまで気づいていたけれども開けたことのなかったドアを開けて新しい部屋をまるまる見つけるような、原作の新しい部分を発見して、光を当ててくれる」というコメントを寄せて下さいましたね。

イシグロ 脚本を、すでに第5話分まで読みましたよ。10年に『Never Let Me Go』がマーク・ロマネク監督の手で映画化された際は、私も製作総指揮として携わりました。あの時は、非常に長い小説をわずか1時間45分に収めなくてはいけなかった。そこが一番難しいところでした。でも今回は連続テレビドラマになる。全部で10話もありますから、逆に話を広げていかなければいけません。脚本を書かれた森下(佳子)さんは、テレビドラマという形式において素晴らしく有能な方ですね。原作では提起されたけれども完全には答えがでなかった問題を、深く掘り下げて脚本にしてくれています。

ロンドンにて ©文藝春秋

綾瀬 私は先日衣装合わせを終えたばかりで、撮影が本格化するのはこれからなのですが、本当に楽しみです。

イシグロ 映画版では主人公のキャシーを演じたキャリー・マリガンをはじめ、キーラ・ナイトレイ、アンドリュー・ガーフィールドが、登場人物の新たな側面を発見していってくれたように思います。書いた私自身も気付かなかったような側面が見られた。ニナガワさんが舞台化なさった際も、独自の解釈が加えられて非常にエキサイティングでした。

 今回はるかさんも、映画とも舞台とも違った新たな面を発見してくれることを期待しています。

綾瀬 どの作品でもそうですが、やはり演じる人によって、「役」というのは絶対に違ってきますから、私自身、どんなキャシーに、ドラマでは「恭子」という名前ですが、どんな恭子にしていくか、楽しみにしているところです。

男性も女性もそれほど違いはない

イシグロ はるかさんは、ある役柄を演じているうちに、自分でも思いもよらなかった面が見えてくるような経験はありますか?

綾瀬 はい、あります。作品に入る前は、「これは、自分には似た部分がない役だから難しいな」と思っていても、演じていく中で「あっ、こういう面が自分にもあったんだ」と気付かされることが結構多いんです。そういう役柄に限って、作品を見終えた友人から「今までで一番素のはるかに似ていたんじゃないの」なんて言われることもあります。

イシグロ そんな風に言われると、不安な気持ちになりませんか。というのも、実は小説家として私も同じような経験をすることがあります。ある登場人物を書いている時、最初は自分とは全く違う人物だと思っていたのに、実は自分によく似たところがあると気付いて自分自身驚くことがある。そして、それを読んだ人から「これはイシグロさんそっくりだね」と言われることがあるんです。

綾瀬 イシグロさんは、そういう時に嫌な気持ちや、不安な気持ちになりますか。

イシグロ 小説家も役者も、ある意味でプライバシーを切り売りしているようなところがありますよね。時々メディアの人から、作家自身の個人の生活と作品をごっちゃにして、「今作は、どれだけあなたの自伝的な要素があるのですか」などと聞かれると、困ってしまいます。

綾瀬 それはとてもよく分かります。私、イシグロさんにぜひ聞いてみたかったんですが、この作品では、私が演じる主人公のキャシーと、女友達であり、色んなものをキャシーから奪っていく敵役でもあるルース(ドラマ版では水川あさみが演じる美和)の、女同士の「神経戦」が非常に細かく描き込まれていますよね。好きな男の子への感情の変化、嫉妬心や、ちょっとした諍いの種も本当に緻密に描かれていて、「あぁ、こんな子ってクラスにいたなぁ」とか「わかる、わかる、この感じ」と思いながら読みました。男性のイシグロさんが、若い女の子のああした独特の、とても難しい心理状態を、どうしてここまで分かるんだろうと不思議に思ってしまいました。

イシグロ 誤解を招くかもしれませんが、私は男性も女性も根底ではそんなに違わないんじゃないかと思っています。私はいつも、その人物が男性でも女性でも、あまり気にせずに人間の根本的な感情を書こうとしています。人生に対する恐れや衝動、あるいは希望というものは、男性も女性もそれほど違いはないと思います。



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綾瀬 小説をお書きになる時は、登場人物一人ひとりの気持ちになって書かれるんですか。

イシグロ それが唯一の書き方じゃないでしょうか。主な登場人物については、自分を投影して書いていきます。逆に言えば、いくら書いてもその人物の内面に共鳴できない場合には、そのキャラクターに対して私がそれほど興味がないということかもしれません。

綾瀬 やっぱりその人物になりたくてもなれない時がある?

イシグロ ええ、そういう時もあります。ただ主な登場人物については、どこかしら自分の一部が彼や彼女に含まれていると感じます。その人物が若かろうが年寄りであろうが、男であろうが女であろうが、国籍が何であろうが、その中に必ず自分の一部がある。そうやって人物を作っていくのです。

 ところで、今回はるかさんとお会いするにあたっては、TBSの方にお願いして、『JIN―仁―』(「わたしを離さないで」と同じく脚本・森下佳子氏で綾瀬が出演した連続ドラマ)を取り寄せて拝見しました。はるかさんの演技、非常に素晴らしかったです。(大沢たかおが演じた主人公の)医師に対する「愛」を、言葉を使わずに顔の表現やボディーランゲージでとてもうまく伝えていた。江戸時代という設定で、現代のボディーランゲージが使えないという制約がある中で、言葉にならない感情を、とてもうまく伝えていらした。

綾瀬 Thank you very much!

昔の日本映画が好きだと語ったイシグロ氏 ©文藝春秋

イシグロ 私は昔の日本映画が大好きなのですが、先日、原節子さんがお亡くなりになって、非常に残念なんです。私がイギリスで育った時代は、原節子さんが出ていたような映画が非常に重要でした。私は戦後の、この時代の日本映画がとても好きなんです。はるかさんの世代の女優さんは、原節子さんや高峰秀子さんのような女優から影響を受けていると思いますか。

綾瀬 うーん……難しい質問です。同世代の他の女優さんがどう思っているかは分かりません。でも、私は原節子さん、高峰秀子さん、お二人ともすごく好きなんです。それぞれまったく個性が違う女優さんだと思いますが、共通しているのは、凜としていて、品がある。あの、映画女優としての独特のたたずまいにはやはり憧れます。

イシグロ 先ほどスタッフの方からお聞きしましたが、是枝裕和監督の映画『海街diary』(15年6月公開)でのはるかさんの演技は評論家から「平成の原節子」とも称されたそうですね。実際、是枝監督が「原節子さんを思わせる昭和の香りがしたから」と起用の理由を語っていたとか。

綾瀬 いやいやいや(照れ笑い)。

イシグロ 私は小津安二郎監督だけでなく、是枝監督のファンでもあるのですが、その話を聞いて納得がいきました。『海街diary』は、まだDVD化されていなくて、残念ながら未見ですが、近いうちに見られるのを楽しみにしています(対談後に発売された)。

綾瀬 お恥ずかしい、畏れ多い話です。原さんのファンの方からすれば「おいおい」って感じだと思います(笑)。でも実際、是枝さんも小津さんをリスペクトされているし、私が演じた四姉妹の長女は、昭和の良き母親のような雰囲気がある役柄でした。そのイメージから、そうおっしゃる方がいたんだと思います。

イシグロ 日本の古き良き伝統を体現した原節子さんと、それを受け継ぐはるかさん。とてもいい比較論じゃないかと思いますよ。

綾瀬 ありがとうございます。原さんのお名前を汚さないように、頑張らないと。

(#後編に続く)


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綾瀬はるか、カズオ・イシグロに会いに行く #後編

人気女優がロンドンで語り明かした2時間。

source : 文藝春秋 2016年2月号

genre : エンタメテレビ・ラジオ読書芸能映画

#前編から続く

彼らは天使ではない

綾瀬 イシグロさん、私、キャシーを演じるにあたって、どうしても聞いておきたいことがあるんです。先日ドラマについてのインタビューを受けた際に、ある記者さんから「キャシーは、いろんなことを受け入れる、まるで天使のような存在だと思うのですが、いかがですか」と質問されました。ひとそれぞれ、受け取り方が違うんだなぁと思ったんですが、私の解釈では全然違うんです。キャシーのキャラクターについて、どう思われますか?

イシグロ はるかさんに、ご自分なりのキャシーを作っていってほしいので、あまり私の意見を言って影響を与えたくありません。ただ、せっかくロンドンまで来てくださったので(笑)、少しだけお話ししましょう。

 私がこの物語を書いている時、キャシーを天使のように思ったことはありません。キャシーは臓器提供の為に作られたクローンで、閉ざされた、非常に特殊な環境で育ったわけですよね。外の世界の価値観を知らない。だから、過酷な運命も自然に受け入れる。現実の世界を見てみてください。今も様々な国で、本当に過酷な環境で生きている人が大勢います。彼らは天使なのではなく、必然としてその環境に適応し、精一杯生きている。自分が生きている意味を何とか築こうと奮闘している。例えば家族や兄弟の絆を築くことで、厳しい環境下でも幸せを作ろうとする。キャシーも、臓器提供という過酷な運命に置かれた中で何ができるかを、同じように捉えているのではないでしょうか。

綾瀬 私も「天使」という捉え方に何となく違和感を感じていたので、よく分かりました。

イシグロ 映画や小説の登場人物は、得てして非常にヒロイックだったり反抗的だったりします。多分物語の世界では、キャシーのような人物は非常に変わった存在に映ります。だからその記者さんは「天使」と言ったのかもしれませんね。でも例えば、「酷い管理職の下、過酷な職場で働いている」とか、「いじめに遭っている」とか、多かれ少なかれ、誰もがそういうものに耐えながら、何とか生きているのが本当の世界です。そう考えると、キャシーの世界は、設定こそSF的ですが、実は現実に近いんじゃないかと思いますよ。

綾瀬 確かにそうですね。

イシグロ 例えば普通の人生では、友情や愛に比べて、時にはキャリアやお金を優先してしまうことがありますよね。人間は、そういうことをしてしまうものです。この物語では、登場人物の人生を非常に短くすることによって、じゃあ人生がこれほど短かったら、本当に何が重要ですか、と問いかけたかったのです。

 また別の見方をすれば、この物語には臓器を提供する人とされる人、持てる者と持たざる者という対立構造が見て取れる。見る人によっては、奴隷のメタファーであるとか、政治的な見方をすることもできると思います。どうやら森下さんの脚本の中には、そうした側面も入ってきているようですから、そこは新しく拡大される面白い部分ではないかと思います。

©ホリプロ

「Never」に込められた思い

綾瀬 イシグロさんの他の小説と違って、性的な描写もかなりたくさんありますよね。読んでいてドキッとさせられた部分も少なからずありました。

イシグロ 性的な部分を特に強く意識したわけではありません。ただ、この物語は若い男女の三角関係を中心にしています。若者の愛を語るうえで、性的な関係は重要な一部ではないかと思います。キャシーが物語の中で自分を発見していく過程においてトミー(ドラマでは三浦春馬が演じる友彦)に対する愛というのは非常に重要です。その一部として、性は切っても切り離せないものです。

綾瀬 原題の『Never Let Me Go』にはどんな意味が込められているのでしょう。

イシグロ 「Never」とは、絶対的な否定です。つまり『Never Let Me Go』とは不可能な要求なんです。「絶対に離さないで」といっても、人間は遅かれ早かれ死によって離れざるをえないし、他の事情によって離れることもある。本当に絶対に離れないということはあり得ない。あえてその「Never」を使うことによって、いかに愛が強いか、永遠に一緒にいたいという気持ちの強さと、それがかなわない悲しさを表現したんです。


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 その後、話題は『わたしを離さないで』を離れ、二人のある「共通点」に移っていった。

 イシグロ氏は長崎生まれで、最初の長編小説『遠い山なみの光』では、原爆が落とされて間もない戦後の長崎を舞台に、そこで生きる女性たちが登場する。

 一方、綾瀬は広島出身で、祖母の姉が被ばくして亡くなっている。そうした経験から、この10年程「NEWS23」(TBS)を中心に、被ばく者にインタビューする仕事を続けてきた。戦後70年だった2015年の夏も、爆心地付近で被ばくしながら生き残った人々の話を聞きにいったという。これまで広島と長崎で40名近い被ばく者に話を聞き、伝える仕事を続けてきた。
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イシグロ氏は長崎生まれ ©ホリプロ

イシグロ さきほどスタッフの方から、はるかさんがおばあ様のお姉さんを原爆で亡くされたことを聞きました。実は私の母も、長崎の原爆で生き残ったんです。母の場合、それほど爆心地の近くではなかったので、被ばくという面では深刻な被害はなかったのですが、爆風でタイルが落ちてきて怪我をした。ただその怪我のために、爆心地付近に駆けつけてお手伝いができなかったのが、結果的には幸いしました。直後から爆心地に入って救助のお手伝いをされた方々は、間接的に被ばくされましたからね。

綾瀬 そうだったんですね。ちょうど今年(15年)の夏は、広島で、爆心地から500メートル圏内にいながら生き残った方々にお話をうかがいました。

イシグロ 原爆の被害者に限らず、第二次世界大戦を経験した世代の方々が、世界中で年々亡くなっていっている。メッセージを次世代に伝えていくことは非常に重要です。私は10年程前にポーランドのアウシュビッツを訪れたことがあります。ホロコーストの犠牲者もかなりご高齢になってきていました。犠牲者が亡くなると同時に経験が消え去ってしまっては意味がない。私たちはそれを伝えていかなければいけません。はるかさんのなさっているお仕事は、非常に価値のあることです。個人の体験者の声を伝えるというのは、歴史の本で「こういうことがあった」と間接的に伝える以上に重要な意味を持っています。

広島出身の綾瀬はるか ©ホリプロ

綾瀬 私もそう思います。

イシグロ 私が20〜30代の頃はまだ冷戦時代で、西洋社会では核戦争に対する恐れが強くありました。でも冷戦終結後、核に対する恐怖が徐々に忘れられつつあるように感じます。今、世界は非常に不安定で危険な状況にある。その中で核爆弾は未だ存在しています。


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 2015年5月、『わたしを離さないで』以来10年ぶりに出版されたイシグロ氏の最新作『忘れられた巨人』(原題:The Buried Giant)は、竜や妖精が出てくる一見ファンタジーのような雰囲気の作品だが、サクソン人とブリトン人の争いが根底に流れ、竜によって記憶を失っていた人々が記憶を取り戻した時に、果たして平和に暮らすことができるのかが重要なテーマになっている。折しも対談直前、英議会では、過激派組織「イスラム国」に対する空爆範囲をシリア領内にも拡大する政府案が可決されたが、「不安定で危険な」世界情勢下だからこそ、より広く読まれるべき重要な作品だと評する声も多い。話題は、イシグロ氏の最新作へも広がっていった。
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イシグロ 『忘れられた巨人』は、「社会における記憶」を扱った作品です。人間はいかにして憎しみを作り上げるのかについて書きました。この社会では時として、過去をあえて掘り起こして、今では存在しないはずの憎しみを過去の記憶から新たに作ったり、世代から世代へと伝えていくことがあります。歴史をコントロールすることによって、憎しみが再創出されることがあるのか、という問題を描きました。

綾瀬 いつも、イシグロさんの頭には、最初に「こういうことを書きたい」というテーマが浮かんで、そこから様々な物語を作っていかれるんですか?

イシグロ ええ、常にとてもシンプルなところから物語作りを始めます。2、3行で言い表せる、物語のコアとなるようなところからスタートします。自分が深く強く感じるものができるまで待ち、その強い感情的なメッセージを根幹に据えて、そこから物語を膨らませていくのです。

綾瀬 自分の感情が強く反応するまで、じーっと待つんですね。

イシグロ ええ、いつもかなり長い時間待ちます。私は小さなノートを持っていて、そこにまずは1、2年かけてアイデアを書き溜めていく。そして強い感情が湧きあがってくるのをとにかく待ち、「それ」がきた時に物語ができていく。

©ホリプロ

ファム・ファタールをはるかさんに

綾瀬 辛抱強さも大切なんですね。小説を書いている時以外では、何をされている時が一番楽しいですか。

イシグロ 映画が特に好きです。自宅にミニシアターを作ってあり、プロジェクターで昔の映画を見るのが一番の楽しみでしょうか。日本映画だけでなく、30年代のハリウッド映画や50年代のフランス映画も見ます。あとは、カフェで会話を楽しみながらケーキとお茶、というのも大きな楽しみです。もうひとつは音楽です。若いころはボブ・ディランやレナード・コーエンに憧れて、ソングライターになろうと思っていました。今は曲は書いていませんが、作詞は続けていて、ジャズシンガーのステイシー・ケントの詞を書いています。

綾瀬 最後にもうひとつ、Difficult questionかもしれませんが、よろしいですか。イシグロさんは映画やドラマの脚本を書かれることもありますよね。今日、こうして2時間近くお話をさせていただいた感触から、私が今後、どういった役柄を演じたら面白いと思われますか?

イシグロ 興味深い質問ですね。『わたしを離さないで』のキャシーは、まさにパーフェクト、ぴったりだと思います。また、私は今、ロボットやサイボーグに興味があって、関連の本を読んだり映画を見たりしています。そうしたSFっぽい映画ではるかさんを見るのも面白そうですね。それと、全く正反対のタイプに見える役をやるのも時には面白い効果が出ます。だから、はるかさんが悪女的なファム・ファタール(運命の女)を演じると、面白いのではないでしょうか。

綾瀬 Thank you so much!

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