火曜日, 11月 06, 2018

初期仏教


初期仏教――ブッダの思想をたどる (岩波新書) 新書 – 2018/8/22




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2018年8月28日
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著者は初期仏教を解明するために、文献学的に証拠としての信頼性を重視して「律」に焦点を当てている。これは学問的研究の姿勢として妥当であるし、必要不可欠な条件である。ただ、その研究から導かれる結論が、初期仏教の彼方に霞んで見える釈尊の意図を明らかに出来たかどうかを期待して読んだ。
残念ながら、結論は尻切れトンボであった。多分、著者は釈尊の説いた実践をしていないのだと思う。現代の仏教徒が取り組んでいる形骸化した瞑想修行ではなく、初期仏教から漏れ出て輝く釈尊の教法に基づいた正見獲得修行をしなければ釈尊に肉薄することは不可能である。
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正見を獲得すれば、釈尊の教法の輝きは次のように見えて来るはずである。
初転法輪の説法以来、釈尊が目指したのは、凡夫に「遠塵離垢(けがれから遠ざかり、煩悩から離れること)の法眼」を生じさせて第一段階の聖者・預流(シュダオン)に進化させることである。
凡夫を第一段階の聖者・預流に進化させる「法眼」とは何か?
通常の仏教書では「貪・瞋・痴」の「三毒」を断じて「悟り」を得ると表現するが、これでは大雑把すぎるのである。
厳密には、「五下分結」の最初の「三結」=「身見・疑惑・戒禁取」が「欲界の無明」であり、これを断じて「欲界の智慧」(これが法眼である)を初めて獲得するからこそ、凡夫は第一段階の聖者・預流になるのである。その「欲界の智慧」があるからこそ、「欲界の欲貪」と「欲界の瞋恚」を弱体化させることも可能になり、第二段階の聖者・一来(シダゴン)に進化する。さらに、その勢いで「欲界の欲貪」「欲界の瞋恚」を消滅させれば、第三段階の聖者・不還(アナゴン)に進化する。不還の聖者は二元性の概念が支配する「欲界」から完全に自由となるので、非二元性が支配する「純粋な色界」(これは阿羅漢および第一段階のブッダの境涯である)を垣間見ることが出来る。しかし、凡夫は二元性の概念で覆われた「塵垢の色界」しか想像することができない。
参考までに言うと、「純粋な無色界」は第二段階のブッダの境涯であり、凡夫は二元性・物質性の概念で覆われた「塵垢の無色界」しか想像できない。つまり、凡夫は色界・無色界を語り得ない。
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ここで述べた「法眼」の獲得原理を、私が復元した<釈尊の教法の真義>で説明する。
凡夫を聖者にするのは、『心の量子トンネル現象』である。「ブッダの心」が「凡夫の心」に染み込む『心の量子トンネル現象』は、「欲界の痴」=「身見+疑惑+戒取」=「三結(三煩悩)」に気づいた瞬間に始まる。「身見」は『私』、『私のもの』、『私の本質(自我)』という自尊心(自己中心の思い込み)のこと、「疑惑」は「懐疑心・偽善心に基づく失敗への怖れや不安(焦燥感)」のこと、「戒取(戒禁取)」は「古い固定観念(仏教修行に関する迷信や過った先入観)」を絶対視することである。一旦、『心の量子トンネル現象』が開始すれば、その影響が継続し、「三結」を断じて第一段階の聖者・預流(シュダオン)となり「欲界の智慧」を獲得する。その「欲界の智慧」を用いて「欲界の貪ぼり(欲貪)」と「欲界の怒り(瞋恚)」が減少すれば第二段階の聖者・一来(シダゴン)となる。さらに、「欲界の貪・瞋・痴」=「身見+疑惑+戒取+欲貪+瞋恚」=「五下分結」が消滅すれば第三段階の聖者・不還(アナゴン)になる。「不還」になれば、欲界との縁が切れるので、人間界(欲界)への輪廻転生はない。欲界との縁が切れた「不還」は、間もなく、第四段階の聖者「阿羅漢」(=第一段階のブッダ)になる。
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上記したことの図解を以下に示す。第3密度は凡夫の領域(欲界)、第4密度は阿羅漢(第一段階のブッダ)の領域(純粋な色界)である。第3密度から第4密度に向かう右上から左下に向かう斜めの線が「凡夫の心」の存在割合を示す。一方、第4密度から第3密度に向かう左上から右下に向かう斜めの線が「ブッダの心」の存在割合を示す。預流の聖者に進み始めた瞬間に、「ブッダの心」が量子トンネル効果によって現れる、不還の聖者に進み始めると「凡夫の心」と「ブッダの心」の存在割合が逆転する。さらに、第5密度は第二段階のブッダの領域(純粋な無色界)である。

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  第5   第4   不還    預流    第3
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「心の量子トンネル効果」を理解すれば、本書でも解明できないままの「十無記」(p.193)の正しい読み解き方が出来る。「如来の死後」に関する「四句分別」を読み解いてみる。
「如来は死後存在する」=「肉体を有しても純粋な色界の如来は欲界で死後、純粋な無色界に存在する」
「如来は死後存在しない」=「如来は欲界で死後、もはや欲界には存在しない」
「如来は死後存在し、また存在しない」=「如来は死後、無色界で存在し、また欲界では存在しない」
「如来は死後存在しないし、また存在しないのでもない」=「如来は死後、欲界では存在しないし、また欲界以外に存在しないのでもない」
以上のことは当時の阿羅漢であれば理解していた筈である。ただし、これは釈尊の掌に置いたシンサパーの葉ではなく、森の木々の葉に相当する智慧なのである。
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2018年8月29日