写真・図版
ニューヨーク州立大・ケルトン教授

 インフレにならない限り財政赤字を気にしなくてよい――。異端の「現代金融理論」(MMT)をめぐる論争が日米で熱い。「巨額債務を抱えるのにインフレも金利上昇も起きない日本が実例だ」。そう語るMMTの提唱者、米ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授に、日本の経験をどう見るのか聞いた。

 ――政府支出の原資を税金で賄う必要はないとの立場ですね。

 「税金は政府が収入を得る手段ではありません。自分でドルを発行できる米国政府は、ドルを得るために課税しなくてもいいのです。税金の役割の一つは、政府が経済に注ぎ込むお金の総量を調整し、インフレを抑えることにあります」

 ――財政赤字を出して何をするのですか。

 「米国も日本も、人材や資源をフル活用できておらず、私たちは実力よりもだいぶ低い生活水準に甘んじています。政府支出を増やせば失業者が経済活動に戻り、生産量も増えます。インフレが怖いからと完全雇用を目指さないなら、失業の経済的・社会的コストはどうなるのでしょう」

 ――日本の経験に注目していますね。

 「日本は有益な実例を提供しています。国内総生産(GDP)比の公的債務は米国の3倍もあるのに、超インフレや金利高騰といった危機は起きていません。自国通貨建ての債務は返済不能にならないと、市場は理解しているのです」

 ――将来にわたり大丈夫と言えますか。

 「超インフレは極めて想像しがたいですね。超インフレが起きたのは戦争やクーデターの場合などで、民主的な政府がお金を大量に刷って完全雇用をめざした場合は起きていません。マネーの過剰ではなく、モノの不足で起きるのです」

 ――日本の物価が上がらない理由をどう見ますか。

 「債務がインフレを引き起こすレベルまで達していないことは確かです。債務は全く過大ではありません」

 ――財政赤字を積んでも経済が上向かない日本はMMTの反例ではないですか。

 「自分のお金がどうなるか、人々が将来に自信を持つことが必要です。ところが貯蓄に走らざるを得ない政策が採られ、将来不安が高まっています。日本はもっと支出が必要です。そうして生まれる需要こそ、成長のエンジンなのです」(聞き手・ニューヨーク=江渕崇)

 ■財政拡大に利用、「警戒が必要」

 日本はGDPの約2倍もの公的債務を抱えながらも低インフレが続く。MMTで「成功例」とされているが、日本国内では消費増税を前に財政拡大を支える論に対して冷ややかな声が目立つ。

 日本の低金利は、日本銀行が大規模な金融緩和策で国債を大量に買っているためだ。その点でMMTの理論に沿っているともいえる。しかし、MMTへの見解を問われた黒田東彦(はるひこ)総裁は3月の会見で、「必ずしも整合的に体系化された理論ではない。財政赤字や債務残高を考慮しないという考え方は、極端な主張。政府が中長期的な財政健全化について市場の信認をしっかり確保することが重要だ」と述べた。

 米国でMMTの支持が広がるのは、低成長から抜け出すために財政出動を求める民主党左派陣営が中心。景気が減速傾向の日本でも増税を控えて財政出動を求める声がある。日銀の追加緩和の手段が限られていることもあり、MMTの議論を利用する動きが広がる可能性はある。3月の金融政策決定会合では、政策委員から「財政・金融政策がさらに連携して総需要を刺激することが重要だ」との意見があった。

 エコノミストはこうした動きに警鐘を鳴らす。野村総合研究所の木内登英氏は「国債を大量発行して『ツケ』を将来に回しても、財政出動や将来不安から、結果的に現在の企業や消費の経済活力をそぎ、潜在成長率を下げることにもつながる」と指摘。財政赤字拡大で財政や通貨の信認を失えば、国債の下落や通貨価値暴落のリスクも高まる。消費増税も控え、「日本は財政拡張を選択しやすい環境。MMTが輸入され、財政拡張策を支える理論として安易に利用されることがないよう、警戒する必要がある」と木内氏は話す。(湯地正裕)

 ◆キーワード

 <MMT(現代金融理論)> 「独自の通貨をもつ国の政府は、通貨を限度なく発行できるため、財政赤字が大きくなっても問題はない」という考え方が中核。政府が財政を拡大し過ぎることは財政破綻(はたん)を招きかねないとされてきたが、インフレ率が一定の水準に達するまでは財政支出をしても構わないと考える。「Modern Monetary Theory」の略。