日曜日, 5月 05, 2019

転載:みんながミンスキーを読みなおした夜

転載:みんながミンスキーを読みなおした夜

みんながミンスキーを読みなおした夜

 2008年危機よりはるか以前に、ハイマン・ミンスキー——ほとんど貸す耳を持たない経済専門家に対し——今回の金融危機のようなものが起こりかねないというだけでなく、いつか起こると警告していた。
 当時は、ほとんど黙殺された。ミンスキーはセントルイスのワシントン大学で教えていたが、経済学者としては一貫して周縁的な存在だったし、1996年に他界したときも周縁のままだった。そして正直いって、ミンスキーが主流派から無視されたのは、その異端学説のせいだけではない。彼の著書は、どう見ても読みやすいものではない。すばらしい洞察の固まりが、仰々しい文章と無意味な数式の中に散在している。そしてまた、彼はあまりに警鐘を鳴らしすぎた。ポール・サミュエルソンの古いジョークを言い換えるなら、ミンスキーは過去三回の大規模金融危機のうち、およそ九回を予言していた。
 ミンスキーのすごい着想は、レバレッジに注目したことだ——つまり、資産や所得に対して負債がどれだけ積み上がっているかというものだ。彼の議論では、経済安定期にはレバレッジが上昇する。みんな、貸し倒れのリスクについて不注意になるからだ。でもレバレッジ上昇はいずれ経済不安定につながる。それどころか、これは金融危機や経済危機の温床となってしまうのだ。
pp.66-67

 もう少し分かりにくい点として、多くの人や企業のレバレッジが高くなれば、経済全体としても事態が悪化したときに脆弱になる。というのも、負債水準が高くなれば、借り手側による「負債圧縮」、つまり負債を減らそうとする試みそのものが、その負債問題をもっと悪化させるような環境を作ってしまう。(中略)
 アーヴィング・フィッシャーは、これを簡潔なスローガンでまとめた。やや不正確ながら、本質的な真実を突いたものだ:借り手が支払えば支払うほど、借金は増える。大恐慌の背後にあるのはこれだ、とフィッシャーは論じた。——アメリカ経済は、空前の負債を抱えたまま不景気に突入し、それが自己強化的な負のスパイラルをもたらしたのだ、と。たぶんまちがいなくフィッシャーの言う通りだったろう。そしてすでに述べた通り、この論文は昨日書かれてもおかしくない。つまり、いまぼくたちがはまっている不況の主要な説明は、ここまで極端ではなくても、似たようなお話になるのだ。
pp.69-70

 この総需要低下の結果は、第2章で見たとおり、経済停滞と高失業だ。でもなぜこれが、5、6年前ではなく今起こっているんだろう? ここに登場するのがハイマン・ミンスキーだ。
 ミンスキーは指摘したように、レバレッジ上昇——収入や資産に比べて負債のほうが増えること——は、酷い気分になるまでは気分がよいものだ。拡大する経済で物価も上昇していれば、特に住宅のような資産の価格が上昇していれば、借り手のほうが勝ちだ。ほとんど頭金なしで家を買って、数年後には、単に住宅価格が上がったことで、家の資産価値の相当部分はエクイティとして自分のものになっている。投機家は借金して株式を買い、株価が上がれば、借りた額が多いほど利潤も大きくなる。(中略)
 そしてここがポイント:負債水準がそこそこ低ければ、悪い経済事象は少ないし稀だ。だから負債の少ない経済は、負債が安全に見える経済となりがちで、負債がもたらす悪いことの記憶が歴史の霞の中でぼやけてしまうような世界となる。時間がたつにつれて、負債は安全なものだという認識から、融資基準の緩和が生じる。事業者も世帯も、借金のクセがついてしまい、経済全体のレバレッジ水準は上がる。
 これらがすべて、もちろんながら将来の大災厄の舞台を整える。ある時点で「ミンスキーの瞬間」がやってくる。
pp.71-72


さっさと不況を終わらせろ
さっさと不況を終わらせろ
(2012/07/20)
ポール・クルーグマン

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経済全体の借金が増えたことで経済が脆弱になってしまったという指摘は、まあ改めて言われるまでもなく感覚的に理解できると思うのですが、それがノーベル記念スウェーデン国立銀行賞を受賞した経済学者から「ミンスキーの瞬間」として説明されると学術的な経済現象に思えてしまうから不思議なものです。で、これに対してクルーグマンが示す処方箋が、政府による借り入れです