山本太郎も信奉する新金融理論MMTの伝道者・ケルトン教授が説く「ジョブ・ギャランティ・プログラム」とは?
7月16日、東京・永田町の衆議院会館で行なわれたケルトン教授の講演会にはマスコミ関係者のみならず、一般人も多数参加していた
「消費税廃止!」「奨学金をチャラに!」といった、山本太郎の「れいわ新選組」が掲げる経済政策のベースには「MMT」という新金融理論がある。7月16日、このMMTを世界に広めている経済学者、ケルトン教授が来日!
都内の講演会で彼女が日本経済の窮状を救う手として紹介したのが「ジョブ・ギャランティ・プログラム」というMMTを基にした雇用保証政策だ。どんな政策? マジで日本経済に効くの? じっくり解説します!
■ケルトン教授の講演会に、突撃!
戦後2番目の低投票率が象徴するように、しらけたムードで終わった夏の参議院選挙。そんななか唯一話題を集めたのが山本太郎率いる「れいわ新選組」(以下、れいわ)と、「NHKから国民を守る党」というふたつの新政党が比例区で議席を獲得したことだろう。
特に、山本太郎のれいわが掲げた公約のなかには「消費税廃止」や「全国一律で最低賃金1500円を政府が保証」「公務員を増やして景気と地方を活性化」「必要な公共事業で国土強靱(きょうじん)化」、さらには「国がひとり、月3万円を給付してデフレ脱却」といった大胆な経済政策がズラリと並んだ。
こうした主張が一部の有権者の支持を集めた一方、「消費税まで廃止とか言いながら、ずいぶんと景気のいいバラマキ政策並べてるけど、財源はどーすんだよっ!」という厳しいツッコミもある。
だが、そんな「批判」に対して山本太郎が主張するのが「日本は独自の通貨を発行していて、国債も自国通貨建てだから、インフレ率(物価上昇率)が2%程度の範囲内であれば、財政赤字が拡大しても国は破綻などしない」という考え方だ。
むしろ「必要なら赤字国債を発行してでも積極的な財政政策を行ない、日本経済と国民の生活を立て直すべき!」というのが、れいわの訴える経済・財政政策の基本である。
実はこれ、最近、話題の新たな経済理論、「MMT(現代貨幣理論)」に、そのまんま乗っかった主張だと言って間違いない。
ただし、与野党が「財政赤字の削減」や「プライマリーバランスの黒字化」の必要性を訴えてきたようなこれまでの国会での議論とは180度異なるMMTの主張に対して、多くの著名な経済学者も異論や批判を展開しており、その評価は賛否両論である。
そんななか参院選の選挙期間中にMMTの提唱者のひとりとして注目されるニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授が来日。7月16日、MMTに関する講演を行なった。
そこで『週刊プレイボーイ』も同日に東京で行なわれたケルトン教授の講演と記者会見に出席してみたのだ。
講演後の会見では日本経済新聞や読売新聞、ロイターといったマジメなメディアを差し置いて、なぜか本誌が3番目に質問を許されて周囲がザワつくという珍事(?)もあったが、一応、教授から「ベリー・グッド・クエスチョン」と言われたのでご容赦を(汗)。
■「完全雇用」を実現する政策
では、ケルトン教授の講演で何がわかったのか? MMTの根幹である「そもそも貨幣(お金)とはなんぞや?」という難しい理屈は置いといて、まずはこの日、ケルトン教授が語った重要なポイントをザックリまとめてみよう。
(1)MMTは「政府が財政赤字を無視して、いくらでもお金を使っていい」とは言っていない。あくまでも「適正なインフレの範囲内で」が条件で、インフレが適正範囲を超えたときには金融政策はもちろんのこと、支出の抑制や増税で抑える。
(2)「政府の赤字は民間部門の黒字の裏返し」だと考えれば、「財政赤字≒悪」ではない。むしろ、デフレ時には積極的な政府支出を活用することが経済政策として効果的だ。
(3)MMTの限界である「適正なインフレの範囲」や「過剰なインフレをコントロールする具体的な方法」については、国や状況によって異なるので特定の答えはない。(←コレが本誌の質問への答え)
(4)MMTは「財政赤字≒悪」という従来の考え方から離れ、より積極的で柔軟な財政政策を可能にする「発想の転換」であって、政治的にはリベラル派、保守派、どちらの立場でも活用できる。
......と、まぁ、おおむねこんな感じだろうか。
その上で、今回、本誌が注目したのが、ケルトン教授が講演のなかで紹介した「MMTを前提とした具体的な財政政策」のひとつ「ジョブ・ギャランティ・プログラム/Job Guarantee Program(雇用・所得保証制度。以下、JGP)」である。
これは「完全雇用状態」を実現するために「働く気があるのに、仕事がない人」を政府が無条件で雇って仕事を与え、法律で定められた最低賃金を一律に保証するという、これまた大胆な政策だ。
「これにより失業率はゼロになって、政府はその人たちを公共事業や介護・保育など、社会が必要とする分野の労働力として活用できる」とケルトン教授は言う。
また、その際に最低賃金での雇用を保証することで、民間の賃金水準も自動的に"最低賃金レベル"まで底上げされ、景気が上向けば、JGPの保証する最低賃金よりも高い賃金を求めて民間へと労働力が移動するので「景気変動に対応して働く『自動調整弁』としてもJGPは非常に有効です」(ケルトン氏)という。
となると、参院選でれいわが訴えた「全国一律! 最低賃金1500円を政府が保証」や「公務員を増やして景気と地方を活性化!」といった政策も、このJGPに近い発想だと考えてもよさそうだ。
■失業率の低い日本にJGPは必要か?
ちなみにケルトン教授は、2020年のアメリカ大統領選に立候補を表明しているバーニー・サンダース上院議員の経済政策アドバイザーを務めており、同氏の政策プランのなかにも、このJGPが盛り込まれているという。
確かに、失業しても政府が確実に雇ってくれるのなら、誰でも最低限の仕事と収入は保証されるし、将来の失業不安から解放されれば、その分、個人消費が伸びて経済にとってもプラスかもしれない。
でも、ちょっと待て! 最新の完全失業率(2019年6月)がわずか2.3%で、失業問題よりも「人手不足」が深刻な問題となっている今の日本で、そもそも「完全雇用」を目的としたJGPなんて必要だろうか?
それに、失業者は政府が無条件に雇用するといっても、政府にそれだけの「仕事」があるとは限らない。また、現実として、そんなに都合よく政府の雇用を増やしたり減らしたりできるモノだろうか?
「ケルトン教授が話されたような、政府による直接雇用の形でJGPを日本に適用するのは、そのままでは難しいかもしれませんね」
そう語るのは、国内のMMT論者のひとりで、今回のケルトン教授の日本招聘(しょうへい)に尽力した京都大学の藤井聡教授だ。
「国や地方の公務員として直接雇用することもできるかもしれませんが、それよりも例えば介護や保育など、社会的なニーズが高い民間の雇用に対して、政府が賃金の一部を補填(ほてん)する形で最低賃金を保証すれば『本当に必要な仕事なのに賃金が安くて人が集まらない』という問題を解決できるようになるでしょう。
また、全国一律で最低賃金を定めて、賃金の安い地方の不足分を政府が補填すれば、広がり続ける深刻な地域間の格差問題を是正することにつながります。
もちろん、こうした政策は『雇用保証』というよりは『賃金保証』ですが、JGPはそもそも完全雇用だけでなく賃金も保証するもの。そしてこうした積極財政で国民全体の賃金が底上げされれば、人々の将来不安を減らして経済が上向く効果もあります。
それに、公共事業や、社会保障分野、文化事業でも構いませんが『社会が必要とする分野』や『この国の将来に資す分野』に対して、政府が賃金保証制度を適用することで、単純な採算性や市場原理に委ねるのではなく、より公共性の高い"本当に必要な分野"を政策的に守るための手段にもなるのではないでしょうか」
とはいえ、これらの政策すべては、その財源の根拠となる「MMTが正しければ」というのが大前提で、その真偽については、正直、シロートじゃ判断できない。
また、政府の直接雇用じゃなく「一部の業種を対象とした賃金保証」を行なうとなれば、当然、その対象となる「業界」と「政治」の関係が問題になるわけで、この国の政治の透明性や信頼性に疑念があれば、せっかくの財政政策が単なる利権と化してしまいかねない。
そう考えると、この日本で財政政策としてのJGPやそれに類する「賃金保証」を実際に行なうのは、決して簡単ではなさそうだ。
ただ、同じように政府が「社会的なセーフティネット」、つまり、同じ最低生活保障としてお金をばらまく政策でも、働いていても働いていなくても、そして貧富の差にも関係なく一律にお金が支給される「ベーシックインカム」の考えと比べると、誰もが必ず仕事を得られて、最低賃金レベルであっても仕事の対価として政府から賃金を得る仕組みのJGPのほうが、より多くの国民の納得を得やすいだろう。
この先、MMTを前提としたれいわの経済政策はどう展開されるのか? そして次の衆院選での野党共闘に向けて彼らに大きな注目が集まるなか、野党各党の動きも気になるところだ。
■アメリカを中心に賛否両論の嵐を巻き起こしている新金融理論「MMT」とは?
「Modern Monetary Theory」(モダン・マネタリー・セオリー、現代貨幣理論)の略称。米ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授らが主唱者の、今世界で注目を浴びている金融理論。その中身をざっくりと言うと「独自の通貨を持つ国の政府は、通貨を限度なく発行させることができるので、財政赤字がいくら膨らんでも債務不履行(デフォルト)に陥ることはない。だから、ある程度のインフレを実現するまで、公共投資や福祉政策の充実などに、政府はどんどんお金を使う(財政拡大)べき」という考え方
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