土曜日, 4月 11, 2020

中野剛志#7 「国立感染症研究所」の人員・予算が、 専門家の警告にもかかわらず 減らされてきた“驚くべき理由” 2020.4.9 3:30


「国立感染症研究所」の人員・予算が、 専門家の警告にもかかわらず 減らされてきた“驚くべき理由”

MMTによれば、デフレである限り財政支出に制約はなく、適切なインフレ率になるまでは財政赤字を拡大させる必要があるという。しかし、だからと言って、無駄な財政支出をするわけにはいかないのではないか? この問いに対して、中野剛志氏は、防災対策、インフラ老朽化対策、感染症対策、教育投資など、日本の将来のために不可欠な投資はいくらでもあると言う。(構成:ダイヤモンド社 田中泰)

インフレになったら財政破綻する……はずがない!!

――前回までうかがった話からすれば、デフレを脱却して、日本を経済成長軌道に乗せるためには、財政支出を拡大するほかないという結論になりますね? インフレが行きすぎるようであれば、財政赤字の拡大をやめればいい、と。
中野剛志(以下、中野) そうですね。常識的な経済政策を実行すれば、インフレは制御できます。
――ところで、デフレから脱却してインフレになり、景気がよくなれば国債金利が上がって、政府の金利返済がたいへんになるという指摘がありますが、その点についてはいかがですか?
中野 そんな心配はありませんよ。たしかに、景気が上向いて銀行融資の借り手が増えてくれば、その分国債金利は上がるでしょう。
 しかし、いったい、そうなることの何が問題なのですか? それはデフレ脱却のよい兆候であって、むしろ喜ばしいことであり、目指すべきことですよね。金利上昇が嫌だというのは、景気回復してほしくないというに等しいわけです。しかも、景気がよくなれば税収も自然と増えます。もっとも、通貨発行権のある政府が利払いに困ることはないのですがね。新規国債を発行して利払いに当てればいいのです(連載第3回参照)。
 そもそも、バブル期である1990年の10年国債の金利は6%超でしたが、当時、誰が「財政破綻」を心配していたんですか? それどころか、一般政府の財政収支は黒字だったんです。言うまでもなく、バブル景気が税収の増加をもたらしていたからです。バブルだから財政黒字になったわけで、財政黒字は不健全な状態とも言えるわけです。
――なるほど。
中野 それに、政府の利払い負担が国税収入を上回るほどふくらむなどというのは荒唐無稽です。
 日本の国債の利払い費は、2018年度予算では約9兆円が計上されていますが、これは長期金利を1.1%と仮定して算定されたものです。しかし、実際の市場金利は0.03%程度ですから、実際に支払っている利払い費は9兆円よりもずっと小さいでしょう。
 したがって、仮に長期金利が今の30倍に跳ね上がったとしても、利払い費は9兆円にも満たないということになります。その程度の利払い負担が、55兆円くらいはある国税収入を上回る可能性を心配するのを「杞憂」と言うんです。
 それでも、どうしても金利変動を抑制したいのであれば、量的緩和として、現在行っているように、日銀が国債を購入すればいい。そうすれば、国債金利を低く抑えることができます。だから、金利変動に伴う財政リスクなどありえませんよ。
――では、これまで公共事業には無駄が多いとさんざん批判されてきましたが、その点についてはどうですか? 無駄な公共事業に多額の財政支出をするのは、好ましくないのでは?


「国立感染症研究所」の人員・予算が、 専門家の警告にもかかわらず 減らされてきた“驚くべき理由”

公共事業の削減で“後進国化”する

中野 まず、財政支出の中身は公共事業に限りません。年金や医療費の補填、少子化対策や弱者保護政策など、公共事業以外にも財政支出が必要な分野はいくらでもあります。それに、公共事業も必要なものや効果的なものに限定すればいいでしょう。とにかく重要なのは、これまで説明してきたように、デフレを脱却するまで、財政赤字を拡大し続けることなんです。
 ただし、デフレ下においては、「無駄な公共事業による財政拡張」は、「無駄な公共事業の削減による財政縮小」よりもはるかに望ましいことは理解すべきです。なぜなら、何度も繰り返しますが、財政縮小は貨幣供給量の減少を招くからです。これがデフレ下では最もマズい。
 もちろん、効果的な公共事業を行うのがいいに決まっていますが、財政縮小をするくらいなら、たとえ無駄な公共事業であっても、やったほういいんです。というか、やらないとデフレはますます悪化します。
――なるほど。
中野 それに、いまの日本において、公共事業によるインフラ整備はきわめて重要なテーマになっています。
――インフラ整備がですか? 「鹿しか通らない道路」を作りまくって、さんざん叩かれてきたじゃないですか?
中野 たしかに、インフラ整備はさんざん叩かれてきました。そして、この20年間、「コンクリートから人へ」などといったスローガンとともに、日本は公共事業をガンガン削ってきたわけです。ところが、これが大問題を引き起こしています。
 まず老朽化の問題です。20世紀の初頭から、世界中で先進国の電化、モータリゼーションが進み、電力網や道路網といったインフラが整備されました。そして、こうしたインフラはだいたい50年から70年で老朽化して更新期を迎えます。
 アメリカの場合には、1920年代から1930年代にかけて整備されたダムや橋が、1980年代くらいから老朽化し始めました。にもかかわらず、財政赤字の拡大などの理由で、十分な老朽化対策がなされなかったので、その後、橋が落ちるなど非常に危ない状況に陥ったんです。
 日本の場合は、戦争に負けたということもあって、高度成長期にインフラ整備を行いました。ということは、2000年代に入った頃から老朽化が始まっているわけです。つまり、人類が初めて経験する第一回目のインフラの更新期を、欧米は1980年代から、日本は2000年代から経験しているということです。
 なんとなく、日本ではインフラ整備と聞くと、発展途上国がやることで、成熟した日本にとっては時代遅れのものだという印象がありますが、全然違うんです。インフラの更新期を迎えた先進国にとっても、インフラ整備はきわめて重要なことなんです。
 これは、公共投資に限りません。民間だって、工場とか設備などの工業インフラがもうボロボロになっています。そうした民間の工業インフラをリニューアルするための民間投資を促進することも、非常に重要なことです。
 そして、私たちの世代がインフラ投資をしなければ、将来世代にボロボロのインフラを手渡すことになるんです。
――まさに、“後進国化”するわけですね?

「国立感染症研究所」の人員・予算が、 専門家の警告にもかかわらず 減らされてきた“驚くべき理由”

台風被害がどんどん酷くなる、当たり前の理由

中野 老朽化対策だけではありません。防災対策もそうです。誰でも知っているように、日本は災害大国です。日本の国土の面積は全世界のたった0.28%しかありませんが、全世界で起こったマグニチュード6以上の地震の20.5%が日本で起こっていますし、台風による水害なども頻発しています。
 
 特に、平成の時代は、阪神淡路大震災、新潟県中越地震、北海道胆振東部地震、東日本大震災、津波、台風、高潮、ゲリラ豪雨など、大規模な自然災害が頻発しました。にもかかわらず、財政健全化が優先された結果、防災インフラを整備するための公共投資が削減・抑制され続けてきたわけです。
――最近はかつてなかったような「メガ台風」が日本列島を直撃するケースが増えていますね? 昨年も台風15号や19号などで、河川の堤防が決壊するなどして、多くの人命が失われました。
中野 そうです。いまだに、「想定外の台風」などという表現がされることがありますが、そんなことはありません。気候変動によって「メガ台風」が日本を襲う可能性があることは、プロフェッショナルな防災研究者がずっと警告してきたことです。
 それに、気象庁は「非常に激しい雨」(時間降水量50mm以上)は30年前よりも約1.3倍、「猛烈な雨」(時間降水量80mm以上)は約1.7倍に増加していると公表してますし、国土交通省は、過去10年間に約98%以上の市町村で、水害・土砂災害が発生しており、10回以上発生した市町村は約6割に上ると警告を発しています。政府の関係機関は、近年、豪雨災害のリスクが高まっていることを認識していたのです。
 にもかかわらず、この表にあるように、主要河川の堤防整備はいまだに不十分な状況にあります(表1)。
 しかも、政府は、この20年間、治水関連予算を増やしてきたのかといえば、実際にやってきたことは、その逆でした。図1のように、一貫して治水関連予算を減らしてきたんです。
 その結果、治水対策が強化されていれば守られたはずの人命が失われたんです。国民の生命・生活が、財政健全化の犠牲となったのです。
――MMTが主張するように、デフレ下の日本においては財政健全化をめざすべきではなく、むしろ財政支出を増やすべきというのが正しいとすれば、これはとんでもないことですね。
中野 そうです。そして、同じことが、来るべき巨大地震についても繰り返されようとしています。
 2018年6月、土木学会は、今後30年以内の発生確率が70〜80%とされる南海トラフ地震が日本経済に与える被害総額は、20年間で最悪1410兆円になるという推計結果を公表しました。
 そして、発生が予測されている南海トラフ地震、首都圏直下地震などを「国難」と呼んで、この「国難」に対処するために、防災のための大規模な公共インフラ投資を提言しているのです。
――それに対する防災投資は十分にされていると言えるのでしょうか?
中野 とても、そうは言えない状況ですね。
――そうなんですか……。
中野 それにしてもですね、いま日本政府は相当おかしくなっていると思わざるをえません。なぜなら、そもそも財政赤字を拡大しても財政破綻なんか起きるはずがないんですが、仮にですよ、仮に財政が危険な状態にあったとしても、国家の存亡や国民の生命財産にかかわる問題に関しては、優先的に取り組むのが政府というものです。
 例えば、戦争中に敵から攻められて、自分の国を守るために軍艦をつくる必要があるけれど、「財政危機が心配だから戦時国債を発行しません」という国がありますか? 財政健全化のためには占領されたほうがマシだという判断は普通はないですよ。
 大災害のときも同じです。東日本大震災のような大規模な災害が起きたときには、とにかく早く復興に着手する必要があるんです。そうしないと、時間がたてばたつほど、取り返しがつかなくなる。深刻な後遺症が残ってしまうんです。これは、これまで日本が経験してきた大災害の非常に重い教訓なんです。
 ところが、東日本大震災が起きたとき、日本政府は「財源」の議論から始めたんですよ? 日本は外国から借金する必要なんかないにもかかわらず、震災から3ヵ月後に「財源」の議論を始めて、半年近くたってようやく補正予算をつけました。それも、たったの2兆円。その間、政府は被災地を放置したんです。
 そして、防災の専門家や関係省庁が、これだけ巨大震災や気候変動による「メガ台風」被害の恐ろしさを訴えても、財政再建を優先して防災対策を強化しようとしない。本来ならば、外国から借金をしてでも、国民の生命・財産を守るために、防災対策をやるべきなんです。外国から借金する必要もない日本が、それをやらないというのは、相当おかしい。どこか根本が狂ってるとしか言いようがないですよ。
――たしかに、国民の生命・財産よりも財政健全化のほうが大切というのは、納得しづらい話ですね

専門家が警鐘を鳴らしていた国立感染症研究所の人員と予算の削減

中野 同じことは、コロナウイルス対策についても言えます。
 NPO法人POSSE代表の今野晴貴氏によると、国立感染症研究所の研究者は、2013年の312人から現在は294人に減らされています。アメリカと比較すると、人員は42分の1、予算は1077分の1しかないのだそうです。さらに、保健所は、1992年には全国に852カ所あったのに、2019年には472カ所と、実に45%も減っています。
 感染研の研究評価委員会は2013年度に「予算上の問題で、感染症の集団発生時にタイムリーなアクションが取れなければ大問題となりうる」とし、2016年度にも「財政的・人的支援が伴わなければ全体が疲弊する」と警鐘を鳴らしたそうです。しかし、こうした声は無視され、2015年度には定員削減目標が課せられたのです。研究費も2009年度の3分の2にまで減らされました(https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/202003/CK2020030702000161.html)。
――そんなに少ないんですか……。
中野 また、大妻女子大学の小谷敏教授によると、過去17年間で、国家公務員や地方公務員の数は大きく減らされてきました。公務員の非正規化も進められてきました。日本政府は、人口1000人当たりの公務員の数が主要先進国の中でも少ない「小さな政府」だったにも関わらず、削減され続けてきたのです。

 新型コロナウイルスの対応については、厚生労働省が色々批判されていますが、そもそも、日本の行政がこんな脆弱な体制になってしまったのは、財政健全化のためと称して、歳出抑制やら行政改革やらが進められてきたからなのです。
 例えば、熱心な財政健全化論者である土居丈朗先生は、昨年12月、日本の医療費を抑制するために、病床数を減らすべしと説いていました(https://mobile.twitter.com/takero_doi/status/1205637996759810048)。

 もし、過去20年間、日本の財政がMMTに基づいて運営されていたら、感染症対策のための体制も、もっと充実させることができていたでしょう。少なくとも、今回の出来事を踏まえて、社会の脆弱性を克服するために、保健医療への財政支出を増やしていく必要があるのは間違いないでしょう。
――そうでしょうね。

「国立感染症研究所」の人員・予算が、 専門家の警告にもかかわらず 減らされてきた“驚くべき理由”

「教育投資」の削減で失われる「日本の未来」

中野 それ以外にも、増やすべき財政支出はいくらでもあります。例えば、教育投資です。1990年代から高齢化に対応するために社会保障分野の歳出が増えるかわりに、それ以外の歳出が減らされていますが、教育も例外ではありません。これも考えられない話で、教育とはまさに将来に対する投資ですから、ここを削減すると日本の未来が損なわれることになります。実際、その兆候は現れています。
 図2は、2018年に総合学術誌である「ネイチャー」が出したもので、日本の学術レベルが落ちていることを示すものです。2005年からの10年間で、中国や韓国が論文数や論文シェアを伸ばしているなか、日本の論文数はほぼ横ばい、論文シェアは大きく落としていることがわかります。
 図3は、日本の分野別の論文数を示すもので、ほぼすべての分野で、日本は論文数を減らしていることがわかります。
 これらは2005年以降のデータですが、国公立大学の独立行政法人化が始まったのは2004年のことです。運営費交付金を毎年1%ずつ減らすなど財政健全化に努めたほか、大学をさんざんいじくり回した結果が、これなんです。
 国富・国力の源泉である学術すらもボロボロになっているわけです。近年、日本人がノーベル賞を取ったと喜んでいますが、すべて過去の成果ですから、これからはもう日本の学術はダメになってしまうのではないでしょうか。
――まずいですね……。
中野 あと、国防のことも真剣に考える必要があります。
――国防費を増強せよということですか? 日本人にとってはアレルギーの強いテーマですね……。
中野 ええ。しかし、「世界の現実」とはまっすぐ向き合わなければなりません。目を背けていたら、それこそ恐ろしい結末を招くことになります。
――たしかに、アメリカと中国やイランの緊張が高まるなど“きな臭い”状況ですね……。
中野 ええ。現在、私たちが生きている世界は、かつてアメリカが覇権国家として世界秩序を維持できた時代とはまったく違う世界になってしまいました。いま私たちは、冷静終結後に形成された世界秩序が崩壊するプロセスに立ち会っているんです。
  そして、アメリカを継いでグローバル覇権を握る国家は現れないでしょう。イギリス、アメリカと約200年間続いたグローバルな覇権国家が存在する世界が終わりを告げようとしているんです。つまり、「グローバル化」は終わったのです。
――「グローバル化」は終わった? グローバル化は、不可逆的な流れではないのですか?
中野 日本ではよく聞く話ですが、それはまったく間違った認識です。そもそも、グローバル化は人間の行動が引き起こす社会現象であり、自然現象ではありません。グローバル化するか否かを決めるのは、国際政治の力学で決まることです。
  そして、グローバルな覇権国家が消え去ろうとしている現代において、グローバル化が終焉を迎えるのは当然の帰結です。その認識もなく、「グローバル化は不可逆の流れだから、それに対応しなければならない」などと、今でも考えているとしたら、たいへん失礼ですが、甚だしい「時代遅れ」というほかありません。その「鈍さ」は、危険ですらあると思います。
――そ、そうなんですか……。
中野 これは、非常に重要なポイントなので、次回以降、丁寧に説明しましょう。
(次回に続く)
中野剛志(なかの・たけし)
1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。