木曜日, 1月 28, 2010

ライプニッツと籤引き


https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/00000001.tif.large.jpg表紙


ライプニッツは初期の法学論文で係争案件の籤引きによる解決を否定しているらしい(『ライプニッツの普遍計画』44頁)。
ただし結論を述べるとくじ引きを否定してはいるが確率論的な見方をライプニッツは取った。
ライプニッツは法学を幾何学になぞらえ、籤引きや裁定者の個人的見解等による解決ではなく、法の中に解決があるとした(後年の法学は『弁神論』に近くなる)。

該当論文であるDisputatio De Casibus Perplexis in Jure(「法律に於ける紛糾せる事例」)の扉には、以下の図版が掲載され、フランシス・イエイツは『記憶術』の一種として指摘している。









ラテン語がわからないのでだいたい見当をつけると、以下のような図式だろう。[後記:全然間違っていた]




          場所I
          /\ 
          事前
       住宅ローンの暗黙の了解
       /      \ 
   位置3 /        \位置1
     /〜対して 〜によって\ 
    /            \ 
   事後              媒介
 /持参金          住宅ローンを表明
 /___________________\ 
場所 Ill     〜によって          場所II
       位置2

      1666年11月5日。

あるブログから引用すると正確には以下の内容らしい。


< …ライプニッツの『条件論』は法学の学士号取得のための研究の一部をなす。哲学的色彩がきわめて強いことが特徴で、法律に条件が付けられる場合を検討している。もし条件が不可能か不確実(偶然的)か必然であるなら、結論として法律は無効か条件付きか絶対的である。ここでライプニッツは無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。*1


その実際の典拠がおそらく以下の部分です。引用してみましょう。

114.それらは互いに次の等しい関係を持つ。すなわち、

無効な法律Jus nullum     条件付き法律Jus Cle   純粋な法律Jus purum

不可能な条件Co impossibilis 不確実incerta      必然necessaria

ゼロcyphra           分数fractio        全体integrum 

というのも、不可能な法律は無効な法律であり、必然的条件は法律を純粋にし、不確実な条件は法律を条件付きにするからである。ところで条件付き法律は純粋な法律と無効な法律の中間である。それは後者より大であり、前者より小である。すなわち、無と全体のあいだの分数である。

*1:酒井潔、『ライプニッツ』、人と思想191、清水書院、2008年、24頁。>
http://d.hatena.ne.jp/theseus/comment?date=20090416
(その後この条件論は先の判例論とは別のものだとわかったが、共に大きな法論のなかのひとつと考えられないこともない。)



さて、ようやく本題だがライプニッツはできるだけ籤引きや偶然性(両者は同一ではない)によらない解決策を模索しているが、それは条件によっては籤引きによる解決が適当である場合を必ずしも否定していないことになるのではなかろうか?(上記の図はヘーゲルの法論と似ているが、ヘーゲルのように国家や官僚を絶対視している訳ではない。)

アテネ、ヴェネチアで実践され、アリストテレス、モンテスキュー、スピノザ、ルソーに賞讃された籤引きは、ある特殊な条件のもとではやはり有効なのではないだろうか?


その条件は、柄谷の言うように最初に選挙を行い決選投票を籤引きにするといったものかも知れないし、陪審員のように性別が均等になるようにしたり年齢等で条件づけるという前提になるかも知れない。

追記:
ライプニッツの予定調和はリスボン大地震のあと、ヴォルテールらに楽観論という烙印を押された。
しかし、ライプニッツは法律が絶対視できない条件も仮定している訳だから、そうした楽観論というレッテルを払拭する可能性が、当人の法学論考にはあることになる(この辺りの解釈はゲーデルの定理を人間の可能性を広げるものと捉えるか、閉ざすものと捉えるかの違いと似ている)。該当論文の邦訳が待たれる。

参考:
画像を見やすいように回転させてみた。







追記:

その後、外枠と内枠はアエネーイスの引用だと言うことがわかりました(オウィディウスもあるようですがこちらは未確認)。以下参考までに作業メモです。



外枠
Ut quondam Creta fertur labyrinthus in alta:
Parietibus textum caecis iter, ancipitemque
Mille viis habuisse dolum, qua signa sequendi
Falleret indeprensus, et irremeabilis error.  590

A
Ut quondam Creta fertur labyrinthus in alta: Parietibus textum

B
caecis iter, ancipitemque Mille viis habuisse dolum, qua signa

C
sequendi Falleret indeprensus, et irremeabilis error.  590

「そのさまたとえばその昔、
由々しき島のクレータの、ラビュリントスがその内に、
盲(めくら)の壁が織り上げる、網のような道すじの、
無数のために人びとを、惑わす詐術を打ち払い、
足跡綴ってそのあとを、しるす糸さえかしこでは、
出口もわからず帰る道、さえも知られぬ迷い地に、
無益(むやく)となるというごとく、」アエネイス第五巻 岩波上320頁 

別訳:
アエネーイス杉本正俊訳 2013年12月20日 新評論
《それはさながら険しいクレータ島の迷宮[ラビュリントゥス]のよう。 謎の壁が1000の通路を取り囲み、途中にはどんな邪悪な仕掛けが隠れているかわからぬ。 それはどんな印をつけても帰路のわからない、脱出不能な迷路だという。》142~3頁

内枠
A
ter frustra comprensa (PER)manus effugit imago.  701
「三たび空しく腕はずれ」アエネイス第六巻  岩波上p406
《しかし三度とも、幻影は彼の手から逃れ去った。》杉本訳183頁

B
変身物語?
del mibisa f??? (adZoilum) mci ed cu widone??

追記:
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.
《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を 思い知らせてやれように。》 オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

C
ubi mille rotam (CONTRA)volvere per annos,   748
「千年の、時(の輪)がめぐったその時に」アエネイス第六巻 岩波上p410
《千年の年輪が回り終わると、》184頁

三角内
positionem

A
anterior
hypotheca tacita

B.
Hypotheca expressa intermedia

C.
dos posterior

付記:






「出口もわからず帰る道、      「そのさまたとえばその昔、  
  さえも知られぬ迷い地に、          由々しき島のクレータの、               
   無益(むやく)と                 ラビュリントスがその内に、 
    なるというごとく、」   A                の壁が織り上げる、」
                      (都市、壁の中の迷宮) 
          (自然) 3   条           
  <千年の、時の輪    件     件 <三たび空しく腕はずれ>          
  がめぐったその時に> 条       1
                条 件 2
            C            B
              <変身物語?>
                (蛇)

          「網のような道すじの、無数のために人びとを、
            惑わす詐術を打ち払い、
             足跡綴ってそのあとを、しるす糸さえかしこでは、」



                   
sequendi Falleret indeprensus,     Ut quondam Creta fertur labyrinthus in alta:
et irremeabilis error.           Parietibus textum
「出口もわからず帰る道、      「そのさまたとえばその昔、  
  さえも知られぬ迷い地に、          由々しき島のクレータの、               
   無益(むやく)と                 ラビュリントスがその内に、 
    なるというごとく、」   A                の壁が織り上げる、」
                      (都市、壁の中の迷宮) 
          (自然) 3   条   ter frustra comprensa (PER)manus effugit imago.       
  <千年の、時の輪    件     件 <三たび空しく腕はずれ>          
  がめぐったその時に> 条       1
ubi mille rotam (CONTRA)  
volvere per annos,        条 件 2
            C            B
       del mihi se f?(adZoilum) mci ed cu widones?
              <変身物語?>
                (蛇)
           caecis iter, ancipitemque Mille viis habuisse dolum, qua signa
          「網のような道すじの、無数のために人びとを、
            惑わす詐術を打ち払い、
             足跡綴ってそのあとを、しるす糸さえかしこでは、」



(三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」は見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→絶対精神」に似ている。)


          locus I
          /\ 
         anterior
       hypotheca tacita 
       /      \ 
positionem3 /        \positionem1
     /contra     per \ 
    /            \ 
  posterior          intermedia
 / dos         hypotheca expressa
 /___________________\ 
locus Ill   per          locus II
       positionem2

     d.5 Mens. Nov. A. MDCLXVI

          Place I
          /\ 
         antérieur
       hypothèque tacite 
       /      \ 
  position3 /        \position1
     /contre     par \ 
    /            \ 
   postérieur         intermédiaire
 /dot          hypothèque expresse
 /___________________\ 
Place Ill par           Place II
       position2

5e jour du mois de Novembre de l' année 1666.


          場所I
          /\ 
          事前
       住宅ローンの暗黙の了解
       /      \ 
   位置3 /        \位置1
     /〜対して 〜によって\ 
    /            \ 
   事後              中間
 /持参金          住宅ローンを表明
 /___________________\ 
場所 Ill     〜によって          場所II
       位置2

      1666年11月5日。

『 追記: ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、 https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/ http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf その口絵に引用された変身物語、 https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat. 《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を 思い知らせてやれように。》 オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁 間に挟まれたad Zoilumはホメーロスを批判した批評家の名か?正確にという意味に解釈できる。 変身物語第12巻には三つに分かれた口絵に似た世界観を示している部分があり興味深い。 全体はこれ以上ない暴力描写に溢れているが。 口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、 変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか? その三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」はやはり見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→ 絶対精神」に似ている。 ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、ケインズが受け継ぐことになる 確率論的な部分は重視しなかった 絶対精神は確率論を排除するからだ https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/ http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf 法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。また人間知性新論4:16との関連も指摘される。




55 Comments:

Blogger yoji said...

http://intertran.tranexp.com/Translate/result.shtml
ラテン語

       A市民法(国内)
     暗黙の了解の契約
        (中庭)   
自然             実定法
(大自然)   3   条  (都市、壁のなかの迷路) 
       件     件
      条  コイン  1
       /
    (秤を       (手形を
     持つ手)      持つ手) 
       条  件  2
  究極              媒介
C 紛糾、結婚             B国際法
        循環する道
       (ウロボロスの蛇)  

7:19 午前  
Blogger yoji said...

国際法を自然法の正反対と考えるのは、後の主流解釈と違っている。

7:20 午前  
Blogger yoji said...

建設中の家

手形

秤(バランス)

家の建築の事例か?

8:12 午前  
Blogger yoji said...

ad zoilumは to the critic
評論?という意味

per通じて
ad zoilum 評価
contora 対して

という三段階か?

7:30 午後  
Blogger yoji said...

『法の諸例』に関しては『ライプニッツ 普遍数学の夢』に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。

3:11 午前  
Blogger yoji said...

『法の諸例』に関しては『ライプニッツ 普遍数学の夢』に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。

3:11 午前  
Blogger yoji said...

ライプニッツの法学

http://yojiseki.exblog.jp/9855090/

6:41 午前  
Blogger yoji said...

ライプニッツとパスカル

http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post.html

6:43 午前  
Blogger yoji said...

ライプニッツ24の命題

http://nam-students.blogspot.com/2009/12/1690.html

6:44 午前  
Blogger yoji said...

「われわれはその事物によって他の事物を表示するために素数を使用するのである。」

(『普遍的記号法の原理』Elementa Characteristicae universalis ,1679「計算の原理」1679、邦訳ライプニッツ著作集1、64−5頁より)

10:32 午後  
Blogger yoji said...

1+1=2? 
 Commented at 2012-09-28 14:46 x
ライプニッツは同じ部分を二重に足したら胴体がふたつになってしまうと
新知性論で述べている

10:51 午後  
Blogger yoji said...

http://yojiseki.exblog.jp/7185445/


1+1=2? 
 Commented at 2012-09-28 14:46 x
ライプニッツは同じ部分を二重に足したら胴体がふたつになってしまうと
新知性論で述べている

10:53 午後  
Blogger yoji said...

アエネイスも変身物語も本文には一切出てこない。

5:52 午後  
Blogger yoji said...

www.cscs.umich.edu/~spage/teaching.../M18predictnotes.pdf
n - MIT Center for Collective Intelligence (Adobe PDF) -htmlで見る
Interpreted Signal: prediction from a model. (computer scientists/psychologists) ... Diversity Prediction Theorem. Crowd Error = Average Error - Diversity ... Diversity Prediction Theorem: Predictive Diversity is realized diversity, which improves ...
cci.mit.edu/ci2012/.../scott%20page%20MITCollectiveIN.pdf
The Error of Crowds - Less Wrong
The Error of Crowds. 10 Post author: ... For example, Scott Page rearranges the equation to get what he calls the Diversity Prediction Theorem: Collective Error = Average Individual Error - Prediction Diversity. I think I've finally ...
lesswrong.com/lw/hc/the_error_of_crowds/

7:48 午後
yoji さんは書きました...
多様性予測定理 - Facebook
(2)パート2:多様性の恩恵 「多様性予測定理」--群集の集団としての予測は、各メンバー の予測の平均以上に. すぐれている。 (3)パート3: ... (1)多様性予測定理--予測モデルの 集団において、集団的誤差=平均個人誤差-予測多様性. (2)群集が平均を負かす ...
www.facebook.com/note.php?note_id=306764066041511

7:53 午後
yoji さんは書きました...
(4) 「多様な意見」はなぜ正しいのか スコット・E・ペイジ 2007 日経BP社 2009.01.26 水谷 淳訳
http://www.facebook.com/note.php?note_id=306764066041511
by ビジネス書評 on Wednesday, January 25, 2012 at 7:45am ·
 The Difference    衆愚が集合知に変わるとき
序論 本書の概略
 (1)パート1:多様性の分析 ①多様な観点:状況や問題を表現する方法 
  ②多様な解釈:観点を分類・分割する方法=カテゴリーを作る方法
  ③多様なヒューリスティック:問題に対する解を生み出す方法 ④多様な予測モデル:原因と結果を推測する方法
 (2)パート2:多様性の恩恵 「多様性予測定理」--群集の集団としての予測は、各メンバーの予測の平均以上に
              すぐれている。
 (3)パート3:多様な価値  多様な好みを持つ人々の集団は、意見をひとつにした人々の集団よりも問題解決に
              すぐれていることが多い。
 (4)パート4:多様性は恩恵をもたらすか ①多様な観点とツールは、人々の集団により多くのすぐれた解を
   見つけさせ、生産性をあげる。 ②多様な予測モデルは、人々の群集に価値を性格に予測させる。
  ③多様な基本的好みは、選択のプロセスをくじかせる。
 (5)文脈におけるロジック--アイデンティティの多様性が重要なのは、認識的な多様性と相関するかどうかである。
パート1:ツールボックスを分析する
第一章 多様な観点--われわれは、事柄をどのように見るか
  (1)難しさの主観性:ある問題を解くのがどれほど難しいかは、その問題を符号化するのに使う観点に左右される。
 (2)天才存在定理:どんな問題にも、富士山の地形を作り出す観点が多数存在する。(山頂が正解であるという意味)
 (3)同じ観点、コミュニケーション、集団思考
  ①ある問題を同じ観点で見ると、同じローカル・ピーク(あまりよくない解)で、立ち往生することになる。
  ②同じ観点に頼る理由--それが役に立つ・それによって間違いのない迅速なコミュニケーションができる。
第二章 ヒューリステック(Heuristics)----逆のことをすべし。 
  (1)ヒューリスティクの定義=一つの観点の中で、新しい解や解の集合を生み出す規則
  ①72ルール--年率X%で運用した資金が、2倍になるのにかかる年数は、72/X年である。
  ②巡回セールスパーソン問題
  ③トポロジカル・ヒューリスティクス:観点の構造にもとずいて、近くの解を探索する。
  ④グラジエント・ヒューリスティクス:価値を考える数学関数。
  ⑤ポピュレーション・ヒューリスティクス:同時に複数の解を探索。
第三章 解釈----自分のプライベートな平地
 (1)解釈とは、カテゴリーへの写像である。物事・状況・問題・出来事から単価への写像である。
   ・ひとつの解釈の中では、ひとつの単語が、数多くのものごとを表現する。
  ①投影解釈--ひとつの観点の次元をいくつか無視するものである。
  ②塊解釈 --単に属性の投影ではなく、似たようなものごとのカテゴリーをつくるものを言う。
第四章 予測モデル----本を表紙で判断する
 (1)予測モデルとは、ひとつの解釈と、それによって作られるカテゴリー1つ1つに対する予測を合わせたものである。
 (2)理論にもとずくモデル 
   ①すぐれた解釈でも、経験からつくられた正確な予測モデルと組み合わせないと役に立たないかもしれない。
   ②未来予測には、専門家より、単純な直線回帰モデルのほうがよいことが証明されている。
第五章 物差しとツールボックス----脳のためのノギス
 (1)ツールについて考える3つの道   
      ①一組のトランプ  ②梯子  ③木
   ⇒多様な人々の集団的な問題解決や予測を分析するために、この枠組みを作った。
パート2 多様な思考----ツールから組み立てる
第六章 多様性と問題解決----ダーウィンの核心
 (1)問題解決 ①「多様性が能力に勝る定理」
         ・最高のソルバーたちは似たようなふるまいをし、集団になってもさほど変わらない。
         ⇒ランダムだが賢いソルバーの集団は、多様になりよりよい結果を生む。
  ②この定理の必要条件 ①十分なメンバーの数 ②グループサイズが適度 ③難しい問題 ④すべてのメンバーが賢い。
   (例)1999.06.21  ガリー・ガスパロフが、5万人の集団を相手に、62手でかろうじて、チェスに勝利。
 (2)多様なソルバーは、多くのローカル・オプティマムの解をもっている⇒一様なソルバーの集団に勝るのは当然。
   ⇒「巨人の肩にのることができる。」
  (3)問題解決に取り組む組織は、多様な経験、訓練、アイデンティティをもつ人々を探すべき
第七章 情報寄せ集めモデル----心なきシグナル
 (1)スロウツキー:人々の集団が、正確な予測をするための必要条件
  ①人々が、多様な予測モデルをもっている ②人々が互いに独立している 
  ③予測プロセスが分散している(コミュニケーションをとらない)

8:01 午後  
Blogger yoji said...

第八章 多様性と予測----モデルの集団
 (1)多様性予測定理--予測モデルの集団において、集団的誤差=平均個人誤差-予測多様性
 (2)群集が平均を負かす則--集団的予測誤差<平均個人誤差
パート3 多様な価値----利害の衝突か、それとも?
第九章 多様な好み--タパスがある理由
 (1)好みが合理的であるのは、完全に推移的である場合である。(ジャンケンの3すくみにならないこと)
   (例)イチゴよりバナナが好きであり、バナナよりリンゴが好きであれば、イチゴよりリンゴが好き。
第十章 好みの寄せ集め--4つのがっかりさせる結果
 (1)アローの定理:すべての考えうる好みを認めた場合、個人の好みの順序にもとずく、完全で推移的な
         集団的好みの順序として、意見の一致性、無関係な選択肢からの独立性、非独裁制を
         満たすものは存在しない。
 (2)プロットの勝利者不在の結果--次元が一次元より多い場合、一対一の投票で、他のすべての選択肢を
                 を破る選択肢は存在しない。
 (3)マッケルビーのサイクル定理--好みが多次元で、任意の選択肢が与えられれば、一連の投票によって
                 どの選択肢にたどり着く可能性もある。
 (4)ギボー=サタスウェイトの定理--2つより多くの結果に関する多様な好みの順序を寄せ集めるための
                 非独裁的規則はすべて操作可能である。
第十一章 ツールボックスと好みの相互作用----アリスに聞いてみよう
 (1)人々が多様な好みを持っているということは、異なる目標、願望、欲求、要求を持っているという意味である。
   ⇒好みの多様性が、ツールボックスの多様性を生む。
 (2)多様性が衝突する⇒好みがあまり多様だと、各人の向上が、他の人にとって問題を悪化させてしまう。
パート4 プリン----多様性は恩恵をもたらすか?
第十二章 認識的多様性の原因----家族休暇か、大学か、アイデンティティか
 (1)多様性は恩恵をもたらす(認識的多様性のある集団は、より一様な集団より良い結果をだす)
 (2)基本的好みの多様性は問題を生む(公共財の供給が減り、人々は中が悪くなる。)
 (3)多様な認識的ツールボックスと多様な基本的好みをもつ人々の集団は、その出来にバラツキが大きい。
 (4)訓練と経験 ①訓練は解釈に影響を及ぼす ②自分の経験を生かせるような認識的ツールを身に着ける。
 (5)アイデンティティ アイデンティティの違いが、経験の違いをもたらし、認識的ツールの違いをもたらす。
 (6)セレンディピティ(思わぬ発見)=チャンスは、心構えする人を好む。
第十三章 経験的証拠----プリン
 (1)多様性の価値仮説--アイデンティティが多様なグループは、一様なグループよりよい出来を示す。
            (ただし、認識的多様性と関連している場合のみ)
 (2)多様性の正味の恩恵=多様なツールの恩恵の合計-多様性のコスト
パート5 積極的になる
第十四章 実り多いロジック----アイデアを実行に移す
 (1)多様性の増加は、予測(多様性予測定理)と問題解決(多様性が一様性に勝る定理)における集団的な出来を向上させる。
 (2)外部委員会、コンサルタントは、多様性を提供して企業を向上させる。
 (3)予測市場----社内に予測市場をつくれば、自社の群集の知恵を高められる。
 (4)固定観念に注意--広く共有された予測モデル
(感想)
 この著作では、「多様性」というものが定義され、それが集団のパフォーマンスを高めること、またその必要条件など
を論じている。多様性を増加させるためには、観点・解釈・ヒョーリスティク・予測モデルというツールの多様化を
進めればよいという指摘は、傾聴に値する。
 日本で生まれ日本で育った日本人が大多数を占める日本企業にとって、多様性がどれほど、会社のパフォーマンスを
たかめられるか、絶対に挑戦してみる価値のあることだと思う。多様性推進本部は、そのことをしっかりと訴求していく

7:55 午後
yoji さんは書きました...
べきではないでしょうか。。

7:56 午後
yoji さんは書きました...
http://www.amazon.com/dp/0691138540/ref=rdr_ext_tmb

The Difference: How the Power of Diversity Creates Better Groups, Firms, Schools, and Societies (New Edition) [Paperback]
Scott E. Page (Author)

7:57 午後
yoji さんは書きました...
20 - 3 - Diversity Prediction Theorem-Model Thinking-Scott E. Page
http://www.youtube.com/watch?v=KtaaCAJjGr4&feature=youtube_gdata_player

8:33
CE=AE-DIV

8:02 午後  
Blogger yoji said...

「多様な意見」はなぜ正しいのか スコット・E・ペイジ 2007 日経BP社 2009.01.26 水谷 淳訳

多様性予測定理--予測モデルの集団において、

集団的誤差=平均個人誤差-予測多様性
CE=AE-DIV

http://www.youtube.com/watch?v=KtaaCAJjGr4

9:27 午後  
Blogger yoji said...


http://litterae.blog8.fc2.com/blog-entry-1374.html
岩波ギリシア・ラテン原典叢書

前にもたまに紹介はしているのですが,昔昭和25年前後に,岩波で,ギリシア・ラテン語の原典に注釈をつけたシリーズが出ていた事がありました.たまに古書で出るので,僕もたまたま2冊ほど買っています.内容的にはちょっと疑問なものもありますが,語彙もついているので,読むスピードを上げるには結構役立つと思います.ラインナップは,次の通り:

・ラテン語
  田中秀央『カエサル:ガッリア戦記1』
  呉茂一『ネポス:外国名将伝』
  高津春繁『ウェルギリウス:アエネイス1』
  神田盾夫『プリニウス:書簡選』
  田中美知太郎『キケロ:老年について』
  呉茂一・野上素一『ラテン名家選』
・ギリシア語
  高津春繁『ホメロス:イリアス1』
  田中秀央『クセノポーン:アナバシス』
  田中美知太郎『プラトン:ソクラテスの弁明』
  神田盾夫『プルタルコス:比較偉人伝』
  呉茂一『アイソポス:寓話選』
  呉茂一・野上素一『ギリシア名家選』
(旧字体は新字体に直しています)

当時の古典語のトップが,ギリシア・ラテン両方の作品に注釈を書いていたわけですから,すごいことです.イタリア語の野上先生も参加されているのもちょっと意外ですね.
 まあ大体これだけあったら,中級程度の実力を付けるには十分だと思いますが,その後おそらくすぐに絶版となったのは,本当に残念です.多分当時の古典語を教えている大学では,今日と違って,本当のエリートが教育されていたわけですから(場合によっては欧米人がギリシア・ラテン語を教えていたりもしましたから),母語同様英語ドイツ語ができたと思うので,こういったものが必要とされていなかったと思います.そうでない人にとっては,古典語教育の機会自体にふれることもなかったでしょうから,むしろ翻訳のほうがありがたかったでしょうね.多分こんな事情から,適切な読者を,売り上げがあがるほどは見いだせなかったのではないでしょうか.このシリーズにもし対訳もついていたなら,あるいは20年あとぐらいにこのシリーズが登場していれば,岩波で定番化していたかもしれません.時宜を得るといことは,案外大切なのかもしれませんね.

 類似のシリーズは大学書林の語学文庫に若干あります.ただ,注はそれほど丁寧ではなく,むしろ対訳のほうに重きが置かれています.これについては昔のエントリーを見て下さい.

4:16 午後  
Blogger yoji said...


正義の共通概念6jimdoHP用.pdf

http://justitiacumcaritate.jimdo.com/ライプニッツの著作の翻訳/
37 ごらんの通り、正義というのは違った仕方で理解することができる、ということが分かる。正義は愛に対すること もあるが、そのときの正義は「厳格な法[権利](jus strictum)」にほかならない。正義は、それを為さねばならない者 の知恵に対することもありうるが、この時の正義は一般的な善に合っている。それにもかかわらず、ある場合には個別的 な善[個人の善]がそこに見出されないこともある。神と[魂の]不死というのは考慮に入れないことにしよう。しかし、 われわれがそれを顧慮するときには、おのれ自身の善は常に一般的な善にあることを見出すのである。

38 また、正義が個別的な徳の場合、すなわち神から、もしくは神の統治に倣うことから離れた場合、そしてそのよう

に限定されたこの徳が交換的ならびに分配的正義と呼ばれるものだけを含む場合でも、正義が神の上に、もしくは神を模
倣することに、基礎づけられるや否や、それは普遍的正義になり、すべての諸徳を含むことになる。なぜなら、われわれ
が悪徳の人であれば、われわれは自分だけを傷つけているわけではなく、おのれに起因する限りにおいて、神を君主とす
る大いなる国家の完全性を減じてもいるからである。悪はたしかに至高の主の知恵によって事実上正されはするが、一部
はわれわれによる処罰を通して正される。普遍的正義は「正しく立派に、つまり、真実に、信心深く生きよ68」という至

高の掟によって特徴づけられる。また、「各人にその持ち分を帰属させる(suum cuique tribuere)」というのは個別的な

正義に、これが一般的であろうと、いっそう狭義にとって人々を個別的に区別する分配的正義であろうと、合っているこ
とになるし、さらに、「誰にも危害を加えてはならない(neminem laedere)」というのは交換正義のことを、より正しく

は、衡平に対する「厳格な法[権利](jus strictum)」のことを示している。人々はこのように用語を理解しているので ある69。

39 アリストテレスがこの普遍的正義を認識していたことは真実である70。ただし、それを神に繋げることを彼はしな かったのである。そうだとしても、彼がきわめて高尚な観念をもったこと、これは見事だったと私は思う。彼の場合、十 分に形成された統治または国家というのが、地上における神であり、人々が有徳であるように義務づけるためには、この 統治ができることをするのである。ただ、すでに述べたように、この世の利己主義原理71 だけでは、常に有徳であるよう に人を義務づけることはできない。いわんや、私が述べたような仕方で徳が人々の最大の喜びとなるように人々を高める ところの、類い希な秘密72を見つけることはない。アリストテレスはこれを示したのではなく望んでいたように思われる。 しかし、このことが達成される時と所が来るということ、これはありえないことではない、と私は考えている。とくに、 敬愛73が付けくわえられるとすればである。

2:09 午後  
Blogger yoji said...

67 68 「合っている(conforme)」注27を参照。 「合っている(conforme)」注27を参照。訳)が参考になる。‘piété’については、注73を参照。69 ‘Honeste, h. e. probe, pie vivere.’。この『省察』では‘piété’を基本的には「敬愛」と訳している。その元の形‘pius’の副詞形を使った‘pie vivere’とは「敬愛に満ちて生きよ」という訳になろうか。しかし、このpar.38では聖書等に合わせて「信心深く」と訳しておいた。‘pie vivere’については、ブルガタ訳聖書のテモテへの手紙二3:12「キリスト・イエスに結ばれて信心深く生きようとする人は皆、迫害を受けます」の「信心深く」、そして、テトスへの手紙2:12「その恵みは、わたしたちが不信心と現世的な欲望を捨てて、この世で、思慮深く(probe)、正しく(juste)、信心深く(pie)生活するように教え・・・・」(いずれも新共同訳)が参考になる。‘piété’については、注73を参照。 慣用句については、ウルピアーヌス(?-223)の『制度集』(Ulpianus, Institutes)ⅰ,ⅰ,3.(Loem430)。69 70 70 71 71 72 慣用句については、ウルピアーヌス(?-223)の『制度集』(Ulpianus, Institutes)ⅰ,ⅰ,3.(Loem430)。 アリストテレス『ニコマコス倫理学』第5巻第7章、1134b18-1135a5。 注42参照。 アリストテレス『ニコマコス倫理学』第5巻第7章、1134b18-1135a5。 注42参照。 「類い希な秘密(le secret rare)」が何を指しているか、定かではない。ただ、『弁神論』第一部96には「敬虔[敬愛]というきわめて重要な秘密(un secret de piété fort important)」という用例が見られる。この『省察』にも、このすぐ後に「敬愛」概念が登場するので、関連を考えることもできよう。『弁神論』第一部95は神の愛に関する考察であり、未洗礼で無垢な幼児の断罪(注10参照)の話のあと、分別のつく年齢で未洗礼のケースをめぐって、日本人に対するフランシスコ・ザビエルの言葉「自然の光を十分に使っていたら・・・・」が引用されている。マルブランシュへの手紙(1693-94)では、抽象的なものを可視的にして理解可能にすることについて、「秘密」という言葉が使われている(G1,352)。神の具現としてのキリストのことか。

2:17 午後  
Blogger yoji said...

http://kotobank.jp/word/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%84%E6%96%B9%E5%BC%8F



世界大百科事典内のライプニッツ方式の言及
【ホフマン方式】より
…このホフマン方式は,生命・身体の損傷などに対する損害賠償の算定の場合,将来の稼得可能所得を推計するために用いられることが多い。 なお,債権の現在価値を求める方式には,カルプツォウ方式P=S(1-nr)と複利で計算するライプニッツ方式P=S/(1+r)nがあるが,ホフマン方式はカルプツォウ方式に比べ正確であり,ライプニッツ方式に比べ簡便であるという特徴がある。【黒田 昌裕】。…

2:22 午後  
Blogger yoji said...

必然的真理:偶然的真理
    ll
  通約数:不可通約数(無理数)

井上龍介~試論10頁より


決定論を内包する自由

クーチュラ



ここから素数を結合法に使うアイデア、ゲーデル数に繋がるアイデアが生まれたのだろう

1:15 午前  
Blogger yoji said...


ライプニッツは法学を幾何学になぞらえ、籤引きや裁定者の個人的見解等による解決ではなく、
法の中に解決があるとした。

Leibniz Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(「法律に於ける紛糾せる事例」)の扉に
は、以下の図版が掲載されている
https://i.imgur.com/0kLXFxz.jpg

ラテン語がわからないのでだいたい見当をつけると、以下のような図式だろう。

       A市民法(国内)

自然法             実定法(都市) 
      3   条  
     件     件
    条       1

       条 件 2
C 紛糾、結婚       B国際法

         間


(この三角の構成は見れば見るほどヘーゲルに似ている。)

『条件論』という別の論考は以下のような趣旨らしい。
http://d.hatena.ne.jp/theseus/comment?date=20090416

《…ライプニッツの『条件論』は法学の学士号取得のための研究の一部をなす。哲学的色彩が
きわめて強いことが特徴で、法律に条件が付けられる場合を検討している。もし条件が不
可能か不確実(偶然的)か必然であるなら、結論として法律は無効か条件付きか絶対的で
ある。ここでライプニッツは無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。》

こうした思考が生命保険の保険額の定式などに繋がっていく


3:45 午前  
Blogger yoji said...


ライプニッツは法学を幾何学になぞらえ、籤引きや裁定者の個人的見解等による解決ではなく、
法の中に解決があるとした。

Leibniz Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(「法律に於ける紛糾せる事例」)の扉に
は、以下の図版が掲載されている
https://i.imgur.com/0kLXFxz.jpg

ラテン語がわからないのでだいたい見当をつけると、以下のような図式だろう。

       A市民法(国内)

自然法             実定法(都市) 
      3   条  
     件     件
    条       1

       条 件 2
C 紛糾、結婚       B国際法

         間


(この三角の構成は見れば見るほどヘーゲルに似ている。)

『条件論』という別の論考は以下のような趣旨らしい。
http://d.hatena.ne.jp/theseus/comment?date=20090416

《…ライプニッツの『条件論』は法学の学士号取得のための研究の一部をなす。哲学的色彩が
きわめて強いことが特徴で、法律に条件が付けられる場合を検討している。もし条件が不
可能か不確実(偶然的)か必然であるなら、結論として法律は無効か条件付きか絶対的で
ある。ここでライプニッツは無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。》

こうした思考が保険の損害賠償額の定式などに繋がっていく

3:48 午前  
Blogger yoji said...

le 16/04/2009
ノルマ半分。集中していれば1h30でやれるところを、Podcast聴きながら、4h00かかってしまう。こんなことはもうやめよう。

あれ終わっちゃったんだ…。悲しい。気分転換に外出。

Vrinからライプニッツ関連で2冊新刊が出ていたのでその報告。まず研究書。

Tristan Dagron, Leibniz et Toland: L'invention de néo-spinozisme, Vrin, 2009, 430p.
ジョン・トーラントはイギリスの自由思想家で理神論(汎神論)者。ライプニッツは1701-2年に若きトーラントと手紙のやりとりをしている。そこで扱われたテーマは、ロックの『人間知性論』を題材に、自然宗教、反省、魂の不死性、実体の本性など。本書はそれを元にしており、物活論、カバラとの関係など、マニアックな内容を含むものとなっているが、トーラントとライプニッツの論争を介して、スピノザ、ロック、ベールらを含めた当時最大のテーマである自然神学の問題を包括的に扱った、大著である。自分のさしあたりの関心としては、第XI章の「実体と連続体の分割」、および第XII章「無限、全体および世界:ブルーノの影」だろうか。なんでブルーノまでいくかね、と思ったら、著者の本業はジョルダーノ・ブルーノだったようで納得。どのような意味で「新スピノザ主義」なのかは、読んでみないとわからないが、従来のスピノザ主義者の単なる亜流としてのトーラント解釈に一石を投じたもののようである。クラークにもトーラントの影響があるようで、それがのちのライプニッツ-クラーク論争にもつながったりして、という。これまで気にはされつつも、なんとなくスルーされてきたところを、この一冊でしっかりやってくれているみたいなので、気になったらこの書にお世話になるかもしれない。

次は羅仏対訳書。

Leibniz, Des cas perplexes en droit, intro., tr. fr. et notes par Pol Boucher, Vrin, 2009, 352p.
ライプニッツの博論(法学)です。1666年に書いて、1667年に博士号をもらいました。原題は、Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(「法律に於ける紛糾せる事例」)。2度ほど本屋で迷って、結局まだ買ってません。第一印象は、細かい。関連人物表がありがたい。もし読むとしたら、やはり論理学的関心からでしょうか。なんか、訳者もフレーゲを引用していましたし。



■postface(4/17) 19:34

訳者Pol Boucherは、ライプニッツのDe Conditionibus(「条件論」, A VI-1, 99-15)も2002年に翻訳・注解しています(同Vrinから出版)。いずれもとんでもない労作です。注がえらいことになっております。酒井潔先生の『ライプニッツ』に、『条件論』の簡潔な紹介があります。

…ライプニッツの『条件論』は法学の学士号取得のための研究の一部をなす。哲学的色彩がきわめて強いことが特徴で、法律に条件が付けられる場合を検討している。もし条件が不可能か不確実(偶然的)か必然であるなら、結論として法律は無効か条件付きか絶対的である。ここでライプニッツは無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。*1

その実際の典拠がおそらく以下の部分です。引用してみましょう。

114.(256.)それらは互いに次の等しい関係を持つ。すなわち、
無効な法律Jus nullum     条件付き法律Jus Cle   純粋な法律Jus purum
不可能な条件Co impossibilis 不確実incerta      必然necessaria
ゼロcyphra           分数fractio        全体integrum 
というのも、不可能な法律は無効な法律であり、th. 144、必然的条件は法律を純粋にし、th. 332、不確実な条件は法律を条件付きにするからである、th. 11。ところで条件付き法律は純粋な法律と無効な法律の中間である。それは後者より大であり、前者より小である。すなわち、無と全体のあいだの分数である。*2
まさに3値論理。全体integrumは整数の1のことでしょうか。Boucherの本格的研究を皮切りに、蓋然性の論理学の構想をライプニッツの内的発展において明らかにする作業がこれからなされそうなので、期待大です。


*1:酒井潔、『ライプニッツ』、人と思想191、清水書院、2008年、24頁。

*2:G.W. Leibniz, Des Conditions (De Conditionibus), intro., tr. fr. et notes par Pol Boucher, Vrin, Paris, 2002, p. 166, tr. fr. p. 167.; 原典の典拠:G.W. Leibniz, De conditionibus, 1665, in アカデミー版ライプニッツ著作集、A VI-1, 139.

3:52 午前  
Blogger yoji said...


ライプニッツ試論 単行本 – 1999/10
井上 龍介 (著)

10:23 午前  
Blogger yoji said...

アエネーイス
著者名等  ウェルギリウス/〔著〕  ≪再検索≫
著者名等  杉本正俊/訳  ≪再検索≫
著者等紹介 【ウェルギリウス】B.C.70~19年。マントゥア近郊のアンデース生まれ。30歳
の頃、「牧歌」で詩人として世に出る。「農歌」を時の権力者オクターウィアーヌスの前
で朗読してローマを代表する詩人の地位を得る。ヨーロッパのアイデンティティの源流を
形成する最も重要な詩人。
著者等紹介 【杉本】1949年岐阜市生まれ。74年早稲田大学第一文学部卒。同大学大学院で志波
一富教授に現代ドイツ文学を学ぶ。早稲田大学、駒澤大学、日本大学芸術学部等で30余
年、非常勤講師としてドイツ語を教える。主要訳書:トゥールのグレゴリウス「フランク
史一〇巻の歴史」。
出版者   新評論
出版年   2013.12
大きさ等  22cm 469p
注記    Aeneidos.の翻訳
NDC分類 992
要旨    ローマ建国を語るラテン文学最高の叙事詩『アエネーイス』。2000年の時を経て今新
たな命を宿す。従来のウェルギリウス像・ローマ叙事詩観を一新する、散文形式による新
訳の挑戦。ポンペーイー壁画以来の関連名画多数収録。
内容    ローマ建国を語るラテン文学最高の叙事詩「アエネーイス」。2000年の時を経て、今
新たな命を宿す。従来のウェルギリウス像・ローマ叙事詩観を一新する、散文形式による
新訳の挑戦。関連名画多数収録。

10:36 午前  
Blogger yoji said...


ピエール=ナルシス・ゲラン『トロイアの陥落をディードーに語り聞かせるアエネーアース』
『アエネーイス』(古典ラテン語: Aeneis)は、古代ローマの詩人ウェルギリウス(前70年–前19年)の叙事詩。全12巻。イーリオス(トロイア)滅亡後の英雄アエネーアース(Aenēās、ギリシア語ではアイネイアース Αἰνείας)の遍歴を描く。アエネーイスは「アエネーアースの物語」の意。

ウェルギリウスの最後にして最大の作品であり、ラテン文学の最高傑作とされる。この作品の執筆にウェルギリウスは11年(前29年–前19年)を費やした。最終場面を書き上げる前に没したため未完である。彼は死の前にこの草稿の焼却を望んだが、アウグストゥスが刊行を命じたため世に出ることになった。『アエネーイス』以後に書かれたラテン文学で、この作品を意識していないものはない。

目次
主な登場人物 編集

英雄と人間 編集
アエネーアース(Aenēās)
主人公であり、『イーリアス』に登場するトロイア勢の英雄。トロイア陥落後、息子アスカニウス、父アンキーセースとの放浪の末、新天地イタリアにたどり着く。
アスカニウス(Ascanius)
アエネーアースの息子。冒頭では幼児として描写されるが、作中にて優れた戦士へと成長する。ユールス(Jūlus)とも呼ばれており、後のユリウス氏族との関係が仄めかされている。
ディードー(Dīdō)
カルタゴの女王。流れ者であるアエネーアースとの情熱的な恋に落ちるが、アエネーアースがカルタゴを去ると、別れを嘆き、その身を薪の火に投じて壮絶な自死を遂げる。その際、後のポエニ戦争でローマがカルタゴ軍により苦しめられることを示唆する恨み言を遺す。
ラティーヌス(Latīnus)
イタリアの一地方の王。有能な王として描写される。
ラーウィーニア(Lāvīnia)
ラティーヌスの娘であり、トゥルヌスと婚約していた。しかしラティーヌスが実力を認めたアエネーアースと彼女を結婚させようとしたことが、トゥルヌスがアエネーアースと戦うきっかけとなる。
トゥルヌス(Turnus)
イタリアの一地方の王であり、そこに辿りついたアエネーアースと対決することとなる。『アエネーイス』の最終場面は彼とアエネーアースの一騎討ちであり、まさにその勝負がつかんとするところで現存する作品は終わっている。
神々 編集
ウェヌス(Venus)
愛と美の女神で、アエネーアースの母。彼の身を案じ、時には策略を用いて彼を援助する。
ユーピテル(Jūpiter)
神々の王。ウェヌスにアエネーアースが苦難を乗り越えローマの礎を築く運命にあることを伝える。
ユーノー(Jūnō)
ユーピテルの妻。パリスの審判を恨み、トロイア滅亡後もアエネーアースの旅路を妨害する。
内容 編集


アエネーアースの行程
トロイアの王子でウェヌスの息子であるアエネーアースが、トロイア陥落後、カルタゴの女王ディードーとの悲恋を経てイタリアにたどり着き、現地王の娘との婚約とそれに反対する勢力との戦いを描く。詩の中でしばしばその建設が予言されるアルバ・ロンガはローマの創立者ロームルスとレムスの出身地であり、当時ローマの礎と見なされていた。単に神話的英雄を謡うにとどまらず、当時内乱を終結させたローマの実力者アウグストゥスの治世をアエネーアースに仮託し、褒め称える構造をもつ。ディードーと別れたのち冥界で今後進むべき道について受ける託宣には、主人公アエネーアースにとっては未来、ウェルギリウスにとっては同時代である、アウグストゥスの治めるローマの栄光が予言として歌い上げられる。アウグストゥスの属したユリウス氏族はアエネーアースの子孫を称しており、アエネーアースはアウグストゥスを連想させた。作中に登場するアエネーアースの息子アスカーニウスはまたの名をユールス(Julus)といい、彼が後のユリウス(Julius)氏族へと繋がることが示されている。

構成はホメーロスの『イーリアス』と『オデュッセイア』に範を取っている。すなわち、前半部分(1-6巻)の、アエネーアースがイタリアにたどり着くまでに放浪を続ける箇所が『オデュッセイア』的であり、後半部分(7-12巻)の、イタリアにたどり着いたアエネーアースが、土着の勢力と戦う箇所が『イーリアス』的であるとされる。前半部についてはアエネーアースにオデュッセウスが投影されていることが明らかであるが、後半部については『イーリアス』の様々な英雄の属性が投影されている。例えば婚約が決まっていた娘ラーウィーニアと結婚する異国人の立場はパリスを連想させ、逆に一騎討ちから逃げる敵の大将トゥルヌスを追うさまはメネラーオスを連想させる。また一騎討ちの決着後参戦したパッラスの剣帯を見て、友を殺された怒りからトゥルヌスに報復するさまはアキレウスを連想させる。もちろん、全編に渡って、ホメーロスの影響は大きく、以上の『オデュッセイア』『イーリアス』の区分はあくまで作品全体を巨視的に見た場合に妥当するものである。

『アエネーイス』を題材とした作品 編集

ウィキメディア・コモンズには、アエネーイスに関連するメディアおよびカテゴリがあります。
『アエネーイス』の物語は、後世でも多くの絵画や彫刻の題材となった。

ベルリオーズのオペラ『トロイアの人々』(Les Troyens)はこの作品を題材としている。
画家クロード・ロランは『アエネーイス』を題材とした連作を描いた。
彫刻家ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの若い頃の作品に『トロイアを脱出するアエネアスとアンキセスとアスカニウス』(ボルゲーゼ美術館蔵)がある。
ヘルマン・ブロッホ 『ヴェルギリウスの死』(川村二郎訳、20世紀の文学7、のち世界の文学13、各集英社)、20世紀オーストリア文学の大作。
『エネイーダ』(1798年)、ウクライナ語のパロディー叙事詩。
参考文献 編集

ラテン語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。
Aeneis
泉井久之助訳注 『アエネーイス』 岩波文庫(上・下)、1976年、度々復刊
元版『アエネーイス』、「世界古典文学全集 21 ウェルギリウス」筑摩書房、1965年、復刊2005年ほか
岡道男・高橋宏幸訳注 『アエネーイス』 京都大学学術出版会〈西洋古典叢書〉、2001年
ウェルギリウス 『「アエネーイス」 ローマ建国神話』 小野塚友吉訳、風濤社、2000年
ウェルギリウス『アエネーイス』 杉本正俊訳、新評論、2013年
小川正廣 『ウェルギリウス アエネーイス 神話が語るヨーロッパ 世界の原点』 岩波書店〈書物誕生〉、2009年
逸身喜一郎 『ギリシャ・ローマの文学~韻文の系譜 第二版』 放送大学教育振興会、1996年
松田治 『アエネアスの冒険』 (世界の英雄伝説7)筑摩書房、1987年 

10:38 午前  
Blogger yoji said...

『法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。
確率論への志向が指摘されている。また『人間知性新論』4:16との関連も指摘される。

8:51 午前  
Blogger yoji said...

建設中の家

手形

秤(バランス)

家の建築の事例か?


ad zoilumは to the critic
評論?という意味

per通じて
ad zoilum 評価
contora 対して

という三段階か?


『法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。
確率論への志向が指摘されている。また『人間知性新論』4:16との関連も指摘される。

8:54 午前  
Blogger yoji said...


即自
対自
対他


即自・対自・対他(そくじたいじたいた)とは - コトバンク
kotobank.jp/word/即自・対自・対他-1556692
日本大百科全書(ニッポニカ) - 即自・対自・対他の用語解説 - ドイツの哲学者ヘーゲル が用いた哲学用語。「即自」an sichは物事の直接態、他とのかかわりによって規定される段階にまで達していない未発展の相をさす。したがって、認識する主観に対してまだ発現していない「潜勢態」、また自己自身への反省...
『精神現象学』ヘーゲル - Hitopedia
hitopedia.net/『精神現象学』/
即自的存在と対自的存在. ヘーゲルは、自己の精神を自分の対象としていない状態(即自存在)であると同時に、精神を他との関係の中で規定し,自分自身の対象とも見なす状態(対自存在)にするべきであるとする。人間は精神を自分自身にとっての対象とすることではじめて精神としての自分を知るようになり、この精神としての自分を語る中に学問が成立するとした。
哲学で出てくる「即自」とか「対自」という概念があまりに日常語とかけ離れ ...
ask.fm/yuuki_with2us/answers/137579631179
「即自」「対自」を対となる哲学の術語として使ったのはヘーゲルです。原語ドイツ語の「 an sich」「für sich」はそれぞれ「それ自体で」とか「それ自体(自分自身)のために」というほどの意味の日常的な表現ですので、これらの表現それ自体が難しいのではなく、 ヘーゲルが自分のために考え出したこれらの表現の使い方が複...

8:58 午前  
Blogger yoji said...

Bestiaria Latina: Brevissima - Latin Distich Poetry: Ad Zoilum
distichalatina.blogspot.com/2011/11/ad-zoilum.html
Ad Zoilum. Here is today's distich by John Owen, with an English translation by Thomas Harvey, 2.104. The title of the poem is ironic: Zoilus was an ill-tempered ancient Greek grammarian, a Cynic philosopher notorious for his harsh criticism. He became known as the "Homeromastix," "The Scourge of Homer," because of his stinging criticisms of Homer's poetry. By addressing his poem to a "Zoilus," Owen is addressing someone who praises no one, and therefore is ...
11. ad Zoilum



9:12 午前  
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Bestiaria Latina:Brevissima - ラテンDistich Poetry:Ad Zoilum
distichalatina.blogspot.com/2011/11/ad-zoilum.html
広告Zoilum。 ジョン・オーウェンのトーマス・ハーヴェイによる英訳、2.104があります。 詩のタイトルは皮肉です。ゾイラルスは、古風なギリシア語の文法家であり、彼の厳しい批判で有名なシニキスな哲学者でした。 彼はホメロスの詩に対する彼のひどい批判のために、 "ホメロスティクス"、 "ホメルの虐殺"として知られるようになった。 彼の詩を「ゾイロス」に訴えることによって、オーウェンは誰も賞賛しない人に演説しているので、それは...

9:13 午前  
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Petrarca, Francesco Arezzo 1304 - Padova 1374, epistolae metricae, epistolae metricae epist. metr. epistolae metricae (E. Bianchi, 1951; C. Muscetta, D. Ponchiroli, 1958), section 2, 11. ad Zoilum
http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A2011.01.1051%3Asection%3D2%3Asubsection%3D11

11. ad Zoilum

Si tua per longam, saltem semel, invide, vitam
Limina virgineis essent calcata choreis,
Cirrheas si quando dapes fontisque sonori
Pocula gustasses; poterant mea carmina limam
5Aequo animo tolerare tuam. Nunc, censor inepte,
Quid tibi cum Musis? quid mecum? Claudicet omnis
Versus enim quamquam; te iudice, tutus abibo:
Aethera transcendam; nunquam tibi, caece, videbor.
Quid tibi cum Musis? quid mecum? Sydera nostros
10Spectarunt ortus toto distantia coelo.
Dat Saturnus opes amplas tibi, pectus avarum,
At tardum ingenium gelidumque, et molle cerebrum.
Quid tibi cum Musis? quid mecum? Census honestus
Contentus animus modicis et nulla cupido
15Est mihi, Musarum studium, mens semper in actu;
Has melior largitur opes Cyllenius ardens.
Quid tibi cum Musis? quid mecum? Publica fama est
Edictis te Virgilium comitesque pudendis
Exclusisse domo; metuunt ea nomina servi;
20Quosque, ais, urbe Plato pepulit, nos pellimus aula.
Quid tibi cum Musis? quid mecum? Pellere porro
Non opus: abfuerant semper limenque superbum
Horruerant. Frustra precibus, mihi crede, vocares
Tendentes alio, melioraque claustra sequentes.
25Quid tibi cum Musis? quid mecum? Parce poetis,
Exulibus iam parce tuis, sacrisque profanum
Pyeriis averte caput linguamque coerce,
Ignotis ne caeca viis calcaribus acta
Corruat invidiae. Sic fercula, pinguia ventri,
30Dulce merum mollisque thorus contingat inerti:
Sic tibi turgentes auro Rhamnusia fiscos
Aggeret, argenti montes superaddat, et aeris:
India sic thalamos crustis circumdet eburnis,
Et premat Oceanus spoliis te nobilis algae,
35Imbellesque manus illustret iaspide crebra;
Nulla tuos hederae constringant brachia truncos;
Non segetem myrtus, non delphica laurus obumbret.
At ficus oleasque tibi vinetaque tellus
Sufficiat, largoque fluat vindemia Baccho;
40Vinitor ipse nihil fessus, nil poscat arator.
Sic cumulent omnes tua gaudia; nullus egenti
Sit locus, atque fores inopi claudantur amico.
Solus hians felixque tibi, nullisque gravatus
Hospitibus, numeres gazas obsessus ab illis,
45Semper crescentis sitiens speculator acervi.
Pone modum verbis, crassae te redde quieti;
Vel nostros damnare ferox iam desine versus,
Vel dictum ratione proba. Si displicet autor,
Illa placebit enim. Sed quid rationis ad hostem
50De ratione loquor? Quin desine, censor inepte,
Et duo sub memori proverbia pectore versa:
Artem quisque suam doceat. Sus nulla Minervam.

epistolae metricae (E. Bianchi, 1951; C. Muscetta, D. Ponchiroli, 1958).

9:19 午前  
Blogger yoji said...

ペトラルカの
ゾイレムへという作品か?

フランチェスコアレッツォ1304 - ローマ1374年、手紙メトリック、メトリック手紙手紙。 BK。文字計(E.ビアンキ1951年; Muscetta C. D. Ponchiroli、1958)、セクション2、条項11に
http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A2011.01.1051%3Asection%3D2%3Asubsection%3D11

11ゾイルスへ

それは長い歴史を持っている場合は、少なくとも一度の人生を羨ましく
しきい値は処女ダンスに踏みにじられることになります。
もし春からの音、ドープCirrheas
メガネを味わっています。私の歌は、ファイル可能性があり
5Aequoは、彼らが顔を負担します。さて、愚かな検閲
あなたはミューズを何をしているのか?私とは何ですか?すべてのclaudicet
ラインかかわらため。私は安全であると離れて行くことを判断します。
空気を通します。あなたは盲目的に見ることはないでしょう。
あなたはミューズを何をしているのか?私とは何ですか?私たちの星
空からの距離とともに上昇10Spectarunt。
土星はあなたに十分な電力、貪欲胸を与えます。
しかし、それは寒いが、柔らかく、脳によって、彼の天才に遅れています。
あなたはミューズを何をしているのか?私とは何ですか?正直な評価
そして、彼は小さな身体の心に満足すべき願望がなかったです
私は研究を熟考15Est、心は行動に常にあります。
マーキュリーは、より良いが配信富の燃焼を持っています。
あなたはミューズを何をしているのか?私とは何ですか?状態レポート
バージル、同社はmembersandように命令していました
孵化した家。彼らは恐れるもののしもべの名前。
20Quosqueは、市は、プラトンが会場を追放するために私達を運転したと言います。
あなたはミューズを何をしているのか?私とは何ですか?前進
常に、地球にそして誇りに思っている人間のしきい値:あなたは必要ありません。
ドゥーム。無駄では、の祈りは、それから、私を信じて、あなたは上と呼ばれます
他に目指し、そして続くものの障壁とのより良いもの。
あなたはミューズを何をしている25For?私とは何ですか?詩人スペア、
ときに今、あなた自身のための亡命者、忌まわしいものの神聖な数字があります
舌、境界の頭をオフにしPyerii。
ブラインドの行為のスプリアスは、未知の方法でありません、
病気になります。したがって、料理、そして豊かな琥珀は、胃のためです、
30Dulce変化が弱く柔らかい床を生じます。
だから、Rhamnusianと袋を沸騰します
Aggeretと山の中の銀、加えて、空気。
それはインド、象牙のブライダルの作品を網羅します
インドの商品への圧力が旗をランク付けします、
35Imbellesque手、多くのジャスパーを示します。
いいえあなたの腕のツタのつるを制限しません。
それはデルフォイの月桂樹を隠さない、マートル木にフィールドを設定しないでください。
しかし、ブドウ畑のイチジクoleasque土地
それは十分でみよう、と彼はワインのブドウの収穫を蒸留湿らせます。
40Vinitor彼は疲れている、ハンドルを要求しません。
このように、すべてのあなたの喜びを蓄積します。必要はありません
場所、および困窮して、彼らは友人のドアを閉めましょう。
だけ落ち込んのいずれかに幸運を押します
ご宿泊のお客様は、それらによって取りつかれ自己を含め、
45Semperはのどが渇いスカウト財を育成します。
制限条件を設定し、あなたが終了する給与総額。
それとも私たちの今威勢の方に非難をやめ、
それはいい女でした。彼は、作者に不服がある場合には、
彼女はそれを気に入るだろう。しかし、敵に理由の何、
話すこと50De?愚かな検閲をやめるだろう、
逆に胸やことわざのメモリで2:
各個人の芸術が彼の持って教えること。いいえ豚ませんミネルバ。

手紙メートル(E.ビアンキ、1951; Muscetta C. D. Ponchiroli、1958)。

9:20 午前  
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Per aspera ad astra. | 山下太郎のラテン語入門
www.kitashirakawa.jp>...>ラテン語の格言
ペル・アスペラ・アド・アストラ」と発音します。 per(ペル)は対格を支配する前置詞で、「を通って」「貫いて」「を通じて」を意味します。 aspera は、「困難な」を意味する第1・第2 変化形容詞 asper,-era,-erumの中性・複数・対格です。ここでは中性名詞としての意味を持ち、「困難」を意味します。perとあわせて「困難を通じて」と訳します。 ad は対格を支配する前置詞で、「<対格>の方へ」の意味を持ちます。 astra は「天、星座」を意味する第2変化名詞 astrum,-i n. の複数・対格です。ad とあわせて「天へ」 ...

10:09 午前  
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『アエネーイス』(古典ラテン語: Aeneis)は、古代ローマの詩人ウェルギリウス(前70年–前19年)の叙事詩。全12巻。イーリオス(トロイア)滅亡後の英雄アエネーアース(Aenēās、ギリシア語ではアイネイアース Αἰνείας)の遍歴を描く。アエネーイスは「アエネーアースの物語」の意。

ウェルギリウスの最後にして最大の作品であり、ラテン文学の最高傑作とされる。この作品の執筆にウェルギリウスは11年(前29年–前19年)を費やした。最終場面を書き上げる前に没したため未完である。彼は死の前にこの草稿の焼却を望んだが、アウグストゥスが刊行を命じたため世に出ることになった。『アエネーイス』以後に書かれたラテン文学で、この作品を意識していないものはない。

4:37 午後  
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AeN
とあるのが アエネイスの略

4:53 午後  
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追記:
ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.

《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

間に挟まれたad Zoilumはホメーロスを批判した批評家の名か?正確にという意味に解釈できる。

変身物語第12巻には三つに分かれた口絵に似た世界観を示している部分があり興味深い。
全体はこれ以上ない暴力描写に溢れているが。


口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

その三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」はやはり見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→
絶対精神」に似ている。
ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、ケインズが受け継ぐことになる
確率論的な部分は重視しなかった
絶対精神は確率論を排除するからだ

6:41 午後  
Blogger yoji said...


ラテン語がわからないのでだいたい見当をつけると、以下のような図式だろう。[全然間違いだった]

       A市民法(国内)

自然法             実定法(都市) 
      3   条  
     件     件
    条       1

       条 件 2
C 紛糾、結婚       B国際法

         間


6:45 午後  
Blogger yoji said...


ラテン語がわからないのでだいたい見当をつけると、以下のような図式だろう。[後記:全然間違っていた]










          場所I

          /\ 

          事前

       住宅ローンの暗黙の了解

       /      \ 

   位置3 /        \位置1

     /〜対して 〜によって\ 

    /            \ 

   事後              中間

 /持参金          住宅ローンを表明

 /___________________\ 

場所 Ill     〜によって          場所II

       位置2



      1666年11月5日。

6:53 午後  
Blogger yoji said...


ラテン語がわからないのでだいたい見当をつけると、以下のような図式だろう。[後記:全然間違っていた]
          場所I
          /\ 
          事前
       住宅ローンの暗黙の了解
       /      \ 
   位置3 /        \位置1
     /〜対して 〜によって\ 
    /            \ 
   事後              中間
 /持参金          住宅ローンを表明
 /___________________\ 
場所 Ill     〜によって          場所II
       位置2

      1666年11月5日。

6:54 午後  
Blogger yoji said...


追記:
ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.

《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

間に挟まれたad Zoilumはホメーロスを批判した批評家の名か?正確にという意味に解釈できる。

変身物語第12巻には三つに分かれた口絵に似た世界観を示している部分があり興味深い。
全体はこれ以上ない暴力描写に溢れているが。


口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

その三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」はやはり見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→
絶対精神」に似ている。
ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、ケインズが受け継ぐことになる
確率論的な部分は重視しなかった
絶対精神は確率論を排除するからだ


変身物語は紛糾の比喩だろう

7:17 午後  
Blogger yoji said...

転身物語全巻目次
http://www.gutenberg21.co.jp/tenshinMokuji.htm
巻12
アキレスの死

7:28 午後  
Blogger yoji said...

オウィディウスでラテン語を読む
著者名等  風間喜代三/著  ≪再検索≫
著者等紹介 1928年東京生まれ。東京大学文学部卒。東京大学教授、法政大学教授を歴任。東京大
学名誉教授。専攻:言語学・インド=ヨーロッパ比較言語学。著書「ラテン語・その形と
心」など。
出版者   三省堂
出版年   2013.10
大きさ等  21cm 243p
NDC分類 892
件名    ラテン語‐読本  ≪再検索≫
要旨    案内人は、『変身物語』の人気詩人オウィディウス。恋の手管のあれこれを教導するエロ
ティックな詩、世界文明の中心ローマを放逐されて至った地の果てから、妻や友に万感の
思いをこめてしたためた書簡詩の数々。ラテン語を楽しく味読するために、工夫をこらし
た最新の撰文集。
目次    悲しみの歌(ローマとの別れ;老年;自伝;韻律見本―「悲しみの歌」);「黒海からの
便り」(妻へ;友人たちに);「恋の歌」(アモルの凱旋;昼下がりの恋;恋を終えて;
再び恋を;指輪;富の横暴;ティブルスの死)
内容    ラテン語力が飛躍する。楽しく読みこなすための工夫をこらしたラテン撰文集。案内人は
、古代ローマの人気詩人オウィディウス。恋の手管を教導するエロティックな詩、流刑地
から妻や友に送った書簡詩を読む。
ISBN等 4-385-36253-X
ISBN等 978-4-385-36253-3
書誌番号  3-0500093008

所蔵情報 ( 資料情報 | 予約情報 )

9:03 午前  
Blogger yoji said...

http://books.google.co.jp/books?id=GTvBO9PliKgC&pg=PA231&dq=disputatio+++de+casibus+leibniz+1666&lr=&as_brr=3
&ei=ik1iS6WlM5yKNdL8zeYN&cd=9#v=onepage&q=disputatio%20%20%20de%20casibus%20leibniz%201666&f=false

5:52 午前 削除

9:09 午前  
Blogger yoji said...

中の三角形は訂正しているだけかも

9:11 午前  
Blogger yoji said...

転身物語(上下)
転身物語(上下)
http://www.gutenberg21.co.jp/tenshin1_2.htm
12
アキレスの死

かれがこのわしの眼のまえにあらわれて来ようものなら ( 1 1 4 ) 、わしの三叉の鉾の威力をぞんぶんに思い知らせてやるのだが … … 。


「転身物語(上下)」
オウィディウス/前田敬作・田中秀央訳
●愛蔵版(エキスパンドブック)/(上)4534KB/(下)4133KB
●普及版
(上)ドットブック 302KB/テキストファイル 274KB
(下)ドットブック 286KB/テキストファイル 256KB
各巻:愛蔵版 1200円/普及版 900円
ギリシア・ローマ神話について少しでも詳しく、面白く書かれた物語を求めるとすれば、この「転身物語」以上の作品はない。作品のテーマは「不思議な転身を物語る」ということになっている。しかし、そうした物語は一部にすぎず、全体はギリシア・ローマの神話・伝説の一大収集であり、宝庫であって、まさにその百科全書。この作品ほど後世に多く読まれ、数多く翻訳されたラテン文学作品はなく、ヨーロッパ人の神話的教養のほとんどは、この作品(ないしこれを再話した作品)に負っている。
 この作品に影響を受けた文学者には、チョーサー、ダンテ、ボッカッチオ、ゲーテ、モリエール、シェイクスピア、バイロン、ホーソンなどがあり、画家や彫刻家ではミケランジェロ、ティツイアーノ、ラファエロ、ルーベンス、レンブラントに始まり、現代のピカソやダリにまでおよぶ。
 目次一覧を見れば全容は明らかであるが、混沌(カオス)が秩序ある世界に変る「世界の創造」神話にはじまり、パエトンが太陽神の車を走らせて焼けおちる話、ナルキッススとエコ、プロセルピナの略奪、オルペウスとエウリュディケ、テセウスやヘルクレスの冒険、トロイア戦争の挿話から最後はカエサルが星に変わった話まで、どこかで聞いたことのある登場人物がめじろ押しで、これ一冊あれば、ギリシア・ローマ神話辞典としても役立つ。そして、どの辞典よりも面白い。
 愛蔵版には、まざまな時代のエッチング、リトグラフ、絵画の名作40点以上を解説つきで収録しています。
オウィディウス(前43~後17頃) ローマの代表的詩人。中部イタリアの町の、騎士階級の裕福な家庭に生れた。当初は法律を学んだが満足できず、詩作への道を選んだ。豊かな財産とめざましい機知、驚くべき記憶、巧みな社交によって、彼はたちまち社交界の花形となった。だが、詩集を公にしたのはようやく30になってから。彼は女性心理の分析に秀で、のちにこれは『愛の手ほどき』として集大成された。だが、この作品は皇帝アウグストゥスによって風紀紊乱の烙印を押されて、黒海沿岸の町に追放された。代表作「転身物語」はそのころすでに書かれていた。彼は以後も詩を書き続け、結局ローマに帰ることなく、流刑の地に没した。


http://www.gutenberg21.co.jp/tenshinMokuji.htm
「転身物語」全巻目次
 
◆巻一
序詞/世界の創造/四つの時代・巨人族/狼に変身したリュカオン/人類滅亡の大洪水/あたらしい人間の祖デウカリオンとピュラ/大蛇ピュトン/月桂樹になったダフネ/牝牛になったイオ・百眼のアルグス・葦になった妖精シュリンクス/太陽神の息子パエトン

◆巻二
太陽神の車を御するパエトン/ヘリアデスの転身/白鳥になったキュクヌス/ユピテルに犯されたカリスト/星になったアルカス/烏はなぜ色が黒くなったか/馬になったオキュロエ/「おしゃべり石」のバットゥス老人/メルクリウスとヘルセ/「嫉妬」にとりつかれたアグラウロス/牡牛に化けたユピテルとエウロパ

◆巻三
カドムスの亡命とテバエ建設/アクタエオン・水浴をのぞかれたディアナ/ユピテルとセメレ/両性の快楽を知ったティレシアス/美少年ナルキッススとエコ/神々を信じないペンテウス/イルカになったテュレニアの水夫たち・狂乱のバッカエ

◆巻四
ミニュアスの娘たち/ピュラムスとティスベ・桑の実/ウェヌスとマルスとの密通/レウコトエとクリュティエ/サルマキスとヘルマプロティトゥス/狂気に陥ったアタマスとイノ・ティシポネ/老カドムスとハルモニア/英雄ペルセウスと巨人アトラス/アンドロメダ・海の怪物/メドゥサ

◆巻五
ピネウスの乱/プロエトゥス/ポリュデクテス/ムサたちをとらえようとしたピュレネウス/ムサたちとピエリデスとの歌合戦/プルトの恋・ケレスとプロセルピナ/泉になったアレトゥサ・トリプトレムスとリュンクス

◆巻六
ミネルウァとアラクネとの技くらべ/ニオベとその子供たち/蛙になったリュキアの農夫たち/生皮をはがれたマルシュアス/ペロプスの左肩/プロクネとピロメラ/北風神ボレアス

◆巻七
イアソンとメデア/アエソンの若返り/ペリアス/メデアの逃亡/アテナエの英雄テセウス/アエアクスと蟻の民たち/ケパルスとプロクリス

◆巻八
ニススと祖国を裏切ったスキュラ/迷路・アリアドネの冠/空中を飛行するダエダルスとイカルス/シャコになったペルデイクス/カリュドンの野猪/メレアグロスの死/ほろほろ鳥になったメレアグロスの姉妹たち/アケロウスとテセウス・島になったペリメレ/ピレモンとバウキス/飢餓にとりつかれたエリュシクトン

◆巻九
アケロウスとヘルクレス/ネッススに誘拐されたデイアニラ/ヘルクレスの最期・十二功業/アルクメナのお産とガランティスの機転/ドリュオペとロティス/イオラウスの若返り・テバエの乱/ビュブリスの不倫の恋/男に変身したイピス

◆巻十
伶人オルペウスとエウリュディケ/キュパリッススの悲しみ/美少年ガニュメデス/花になったヒュアキントゥス/春を売るプロポエティデス・ケラスタエ/象牙の人形に恋したピュグマリオン/没薬になったミュラ/アドニスの誕生/アタランタ・アドニスの転身

◆巻十一
オルペウスの死/ミダス王のかがやかしい厄難/アポロとパンとの歌合戦・ミダス王の耳/ラオメドン・トロイアの築城/プロテウスの予言・ペレウスとテティス/ケユクスのもとに身をよせたペレウス・ダエダリオンの転身/石になった狼/ケユクスの難破/夢/アルキュオネとケユクスの転身/潜水鳥になったアエサクス

◆巻十二
アウリスのイピゲニア/キュクヌスの転身/力エネウスはどうして男になったか/ラピタエ人とケンタウルス族との戦い/ネレウスの十二人の息子たち/アキレスの死

◆巻十三
アキレスの武具をめぐる争い/王妃ヘクバの最期/メムノンの遺灰からうまれた鳥たち アニウスの客となったアエネアス/スキュラ/アキスとガラテアの恋物語/グラウクス

◆巻十四
スキュラと魔女キルケ/猿になったケルコペス/クマエのシビュラ/アエネアスに救出されたアカエメニデス/風神アエオルスの贈物・ウリクセスとキルケ/ピクスとカネンス 鳥になったディオメデスの仲間たち/アエネアスの船・アルデア/アエネアスの神化/ポモナとウェルトゥムヌス・アナクサレテの転身/ロムルスとヘルシリア

◆巻十五
ミュルケルス・クロトン/ピュタゴラスの教え/エゲリアの転身・ヒッポリュトゥスの蘇生/タゲス・ロムルスの槍・キプス/ローマの疫病を救ったアエスクラピウス/カエサルの昇天・跋詞

◆解説
 
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1:28 午前  
Blogger yoji said...

変身物語関連

NAMs出版プロジェクト: ANewDiscourse of a Stale Subject, Called The Metamorphosis of Ajax By Sir John Harington

1:32 午前  
Blogger yoji said...

変身物語関連


追記:
ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.

《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

間に挟まれたad Zoilumはホメーロスを批判した批評家の名か?正確にという意味に解釈できる。

変身物語第12巻には三つに分かれた口絵に似た世界観を示している部分があり興味深い。☆
全体はこれ以上ない暴力描写に溢れているが。


口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

その三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」はやはり見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→
絶対精神」に似ている。
ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、ケインズが受け継ぐことになる
確率論的な部分は重視しなかった
絶対精神は確率論を排除するからだ


二キュクヌスの転身さて 、宇宙のまん中 、大地と海と空とのあいだ 、ちょうどこの三つの世界の境界のところに 、ひとつの場所がある 。そこからは 、どんなに遠い国であろうと 、およそこの世にあるものはなんでも見え 、どんな話し声でも耳にきこえる 。ここに 、かのファマ ( 1 6 )が住んでいる 。


第二部 客観的精神 ◆分類 A 法 a 所有 b 契約 c 不法に対する法

エンチュクロペディ 第三版

3:2:A法:a所有
四九一  物件は媒語である。すなわち自由でありながら同一であることを知っていると同時に、相互に自立的でもあるような諸諸の人格を極として、それらを連結させる媒語である。

3:2:A法:b契約
四九五  恣意から起こった一致、しかも偶然な物件についての一致は、同時に偶然な意志によって措定されているということを含んでいる。偶然な意志は同じようにまた法に適合しないし、そのため不法をもたらす。しかしこのことによって法自体が廃棄されることにはならない。ただ法に対する不法の関係が発生するだけのことである。

* この節は第二版では次のようになっている。「しかしながら、初めは人格から人格へと行なわれる契約上の区別は、契約ではあるけれども、初めはただ恣意から起こった或る一致として在るにすぎないような実体的なものの区別から、それに含まれていた純粋実体的なものが偶然的な意志の例の側面に対立するという区別、絶対に普遍的なもの、法そのものが不法に対立するという区別へと、偶然的なものによって、移行する。」

世界の大思想版より

 『法の哲学』


               /世界史
              /__\
             /\国家/国際法
            国内法\/__\
           /<倫理=共同世界>       
         教育と解体   福祉行政と職業団体    
         /\家族/\   /\市民/\
        /婚姻\/資産\ /欲求\/司法\
       /\               /\
      /__\   <客観的精神>   /__\
     不法に対する           /\善と良心 
    /__\/__\         /__\/__\
   /\ <法>  /\       /\  <道徳> /\
  /__\    /__\     /__\     /__\
 /\所有/\  /\契約/\   /企図と責任   /\意図と福祉 
/__\/__\/__\/__\ /__\/__\ /__\/__\
             

1:59 午前  
Blogger yoji said...

別訳:




アエネーイス杉本正俊訳
2013年12月20日 新評論

《それはさながら険しいクレータ島の迷宮[ラビュリントゥス]のよう。
謎の壁が1000の通路を取り囲み、途中にはどんな邪悪な仕掛けが隠れているかわからぬ。
それはどんな印をつけても帰路のわからない、脱出不能な迷路だという。》


外枠
Ut quondam Creta fertur labyrinthus in alta:
Parietibus textum caecis iter, ancipitemque
Mille viis habuisse dolum, qua signa sequendi
Falleret indeprensus, et irremeabilis error.  590


Ut quondam Creta fertur labyrinthus in alta: Parietibus textum


caecis iter, ancipitemque Mille viis habuisse dolum, qua signa


sequendi Falleret indeprensus, et irremeabilis error.  590

「そのさまたとえばその昔、
由々しき島のクレータの、ラビュリントスがその内に、
盲(めくら)の壁が織り上げる、網のような道すじの、
無数のために人びとを、惑わす詐術を打ち払い、
足跡綴ってそのあとを、しるす糸さえかしこでは、
出口もわからず帰る道、さえも知られぬ迷い地に、
無益(むやく)となるというごとく、」アエネイス第五巻 岩波上320頁 


A
《しかし三度とも、幻影は彼の手から逃れ去った。》
(ter frustra comprensa (PER)manus effugit imago.  701
「三たび空しく腕はずれ」アエネイス第六巻  岩波上p406)



《千年の年輪が回り終わると、》
(ubi mille rotam (CONTRA)volvere per annos,   748
「千年の、時(の輪)がめぐったその時に」アエネイス第六巻 岩波上p410)

6:44 午後  
Blogger yoji said...

別訳:
アエネーイス杉本正俊訳
2013年12月20日 新評論

《それはさながら険しいクレータ島の迷宮[ラビュリントゥス]のよう。
謎の壁が1000の通路を取り囲み、途中にはどんな邪悪な仕掛けが隠れているかわからぬ。
それはどんな印をつけても帰路のわからない、脱出不能な迷路だという。》142~3頁


外枠
Ut quondam Creta fertur labyrinthus in alta:
Parietibus textum caecis iter, ancipitemque
Mille viis habuisse dolum, qua signa sequendi
Falleret indeprensus, et irremeabilis error.  590


Ut quondam Creta fertur labyrinthus in alta: Parietibus textum


caecis iter, ancipitemque Mille viis habuisse dolum, qua signa


sequendi Falleret indeprensus, et irremeabilis error.  590

「そのさまたとえばその昔、
由々しき島のクレータの、ラビュリントスがその内に、
盲(めくら)の壁が織り上げる、網のような道すじの、
無数のために人びとを、惑わす詐術を打ち払い、
足跡綴ってそのあとを、しるす糸さえかしこでは、
出口もわからず帰る道、さえも知られぬ迷い地に、
無益(むやく)となるというごとく、」アエネイス第五巻 岩波上320頁 


A
《しかし三度とも、幻影は彼の手から逃れ去った。》183頁
(ter frustra comprensa (PER)manus effugit imago.  701
「三たび空しく腕はずれ」アエネイス第六巻  岩波上p406)



《千年の年輪が回り終わると、》184頁
(ubi mille rotam (CONTRA)volvere per annos,   748
「千年の、時(の輪)がめぐったその時に」アエネイス第六巻 岩波上p410)

6:46 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.

《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

間に挟まれたad Zoilumは正確にという意味か?

口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

その三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」はやはり見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→
絶対精神」に似ている。
ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、ケインズが受け継ぐことになる
確率論的な部分は重視しなかった
絶対精神は確率論を排除するからだ

8:00 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツ『条件論』は無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。

ラッセルの形式論理学ならば演繹的推論を用い、は0(否)か1(是)かである。けれども我々の日常生活は、
そのように確実ではない判断に満ちている。
ケインズ『確率論』(1921)の帰納的推論は、日常の推論に相当する0<a/h<1の合理的信念を扱う。
ケインズは(ニュートンを支持していたが)ライプニッツを意識していたと思う。

8:08 午後  
Blogger yoji said...

可能世界論 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/可能世界論
可能世界論(かのうせかいろん)とは、論理学・哲学において、可能性、 ... ライプニッツは可能世界の概念を神の心に結びつけて用い、現実に創造された世界 ... ルイスとロバート・スタルネイカーによる、近傍可能世界を用いた反事実条件文の分析は有名である。
ゴットフリート・ライプニッツ - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/ゴットフリート・ライプニッツ
ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz、1646 .... 従ってライプニッツの理論を正当に理解・評価できる人はあまりいなかった。 ..... 追加の条件が適用される場合があります。詳細は利用 ...
ライプニッツの感覚論と調和の思想 - 京都大学学術情報リポジトリ (Adobe PDF) -htmlで見る
repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/.../1/1_Ikeda.pdf
らが説得的に論じたように、ライプニッツが可感的概念と区別される感覚的表象の条件 と. して何らかの判明性を要求しているなら ...
ライプニッツにおける奇蹟と自由 - 中世哲学会 (Adobe PDF) -htmlで見る
jsmp.jpn.org/jsmp_wp/wp-content/.../120-133_machida.pdf
ライプニッツは『定義集』において, r奇蹟とは, 人間の認識を超えている, より. 厳密には, 被造物の認識 ..... ライプニッツの自由論が「叡智, 自発性, 偶然性」の 3条件を要求するものである. ことはよく論じられること ...

8:09 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツ(1665年『条件論2(Disputatio juridica posterior de conditionibus)』、1669年『法の諸例(Specimina juris)』として刊行)
は、無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。

ラッセルの形式論理学ならば演繹的推論を用い、は0(否)か1(是)かである。
けれども我々の日常生活は、そのように確実ではない判断に満ちている。

ライプニッツを受け継いだケインズ『確率論』(1921)の帰納的推論は、日常の推論に相当する0<a/h<1の合理的信念を扱う。

ケインズは(ニュートンを支持していたが)ライプニッツを意識していたと思う。

8:20 午後  

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