国富はいかに増大するのか コールリッジの乗数効果論
中野剛志著「保守とは何だろうか」の中からご紹介します。
中野氏は、「財政」「金融」「社会」「科学」「国家」について、18世紀後半から19世紀にかけて活躍したイギリスのロマン派の詩人・批評家のサミュエル・テーラー・コールリッジの「思索」より導き出しています。彼の政治・経済を論じた保守主義者としての側面を通して、保守がもつ思想の力を明らかにしています。
本日はその中から、「国富はいかに増大するのか」「コールリッジの乗数効果論」をご紹介します。
保守とは何だろうか (NHK出版新書) Kindle版
中野 剛志 (著)
2013
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国富はいかに増大するのか
コールリッジの乗数効果論
コールリッジは、1817年の『俗人説教――英国の窮状と国民の不満』(以下『俗人説教Ⅱ』)において、当時のイギリスが直面していた経済的・社会的危機について論じている。
その中で、コールリッジは、まず、マクロ経済システムの全体像を提示してみせる。それは、国民経済全体の貨幣の流通についての見取り図である。彼はその見取り図を「南欧の造園」という比喩を用いて説明する。
もし、実際に存在する個別の財政システムの欠陥に関する有益な洞察の前準備として、有益で賢明な財政システムの理想を理解したいのであれば、南欧の造園以上に適切な手本は、おそらく見当たらないでしょう。その水槽あるいは貯水池は、一国の資本を表します。水の流れが、庭師の鋤(すき)によって少しずつ水路や方向が変えられていく様子は、資本の流れが課税と交易の相乗効果によって国民全体に行きわたるという愉快なイメージを与えてくれます。
というのも、課税それ自体は、商業の一部なのです。また政府については、さまざまな場所で、民間との協力や監督によって、造船業者、衣類業者、製鉄業者などとの取引を行う一つの巨大な製造工場とみなしたほうが適当かもしれません。資本が流れる量、速度、程度に関して、政府の収支のバランスが維持されている限り、そして、人々から徴収されて生産的な循環に利用される税の比率が適正である限り、一国の富と環境的な繁栄(ただし、ここで私が言っている富とは現実の福祉ではありません。それは表面的な繁栄であるが、必ずしも幸福とは限りません)は、影響を受けることはありません。
defects of any particular system in actual existence, we could not perhaps find an apter illustration than the gardens of southern Europe would supply.
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S a m u e l T a y l o r C o l e r i d g e , L a y S e r m o n s , I . T h e S t a t e s m a n ' s M a n u a l , I I . B l e s s e d A r e Y e T h a t S o w B e s i d e A l l W a t e r s , L o n d o n : E d w a r d M o x o n , 1 8 5 2 , p p . 1 7 2 3 .
coleridge gardens of southern Europe would supply
1/1
circumstances it is the business of the prudential understanding
to realize. Those on the other hand, who commence the examin-
ation of a system by identifying it with its abuses or imperfections,
degrade their understanding into the pander of their passions, and
are sure to prescribe remedies more dangerous than the disease
Alas! there are so many real evils, so many just causes of complaint
in the constitutions and administration of all governments, our
own not excepted, that it becomes the imperious duty of the true
patriot to prevent, as much as in him lies, the feelings and efforts
of his fellow country-men from losing themselves on a wrong
scent
If then we are to master the Ideal of a beneficent and judicious system of Finance as the preliminary to all profitable insight into
the defects of any particular system in actual existence, we could not perhaps find an apter illustration than the gardens of southern
Europe would supply. The tanks or reservoirs would represent the capital of a nation: while the hundred rills hourly varying their
channels and directions, under the gardener's spade, would give a pleasing image of the dispersion of that capital through the whole
population by the joint effect of taxation and trade. For taxation itself is a part of commerce, and the Government may be fairly
considered as a great manufacturing-house, carrying on in different places, by means of its partners and overseers, the trades of the
ship-builder, the clothier, the iron-founder, &c. &c. As long as a balance is preserved between the receipts and the returns of
Government in their amount, quickness, and degree of dispersion; as long as the due proportion obtains in the sums levied to the
mass in productive circulation, so long does the wealth and circumstantial prosperity of the nation, (its wealth, I say, not
its real welfare; its outward prosperity, but not necessarily its happiness) remain unaffected, or rather they will appear to increase
in consequence of the additional stimulus given to the circulation itself by the reproductive action of all large capitals, and through
the check which taxation, in its own nature, gives to the indolence of the wealthy in its continual transfer of property to the industrious
and enterprizing. If different periods be taken, and if the compara-
tive weight of the taxes at each be calculated, as it ought to be, not
by the sum levied on each individual, but by the sum left in his
Coleridge's Writings: On Politics and
Society
Samuel Taylor Coleridge
coleridge gardens of souther
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Springer
ここでコールリッジは、マクロ経済全体を循環する資本が富を生み出すというだけではなく、政府が課税という政策手段を通じて、その資本の流通を操作することができると述べている。コールリッジは、ケインズ同様、国家の介入によって、国民所得を増やすことができると考えているのである。
では、そもそも国家の目的とは何か。国家の目的は、まずもって、自国の安全と、個人及び財産の保護にある。しかし、それは、国家の消極的側面に過ぎないとコールリッジは言う。国家には、積極的な目的もあるのである。それは、「1 各人がより安寧に暮らせる手段を与えること。2 国民に、今の暮らしや子供たちの暮らしが改善するという希望を保証すること。3 理性的・道徳的存在としての人格に不可欠な能力を開発すること」である。
コールリッジは、国家に国民の福祉に対する責任を負わせているのである。この国家論は、当時の古典派経済学の夜警国家論や今日の新自由主義の「小さな政府」論から遠く隔たっている。それは、マクロ経済を運営するケインズ主義的国家像であり、さらには福祉国家にすら近い。
また、コールリッジは、マクロ経済における資本の循環には、国富を増大させる効果があると言う。
すべての大資本の再生産的な活動によって、資本の循環に追加的な刺激が与えられることによって、また、租税を通じて、怠惰な富裕層から勤勉で起業精神に富んだ人々へと資本が絶えず引き渡されることによって、国富は結果的に増大するでしょう。異なる時期について、それぞれの時期における税金の比重を課税額ではなく個人の手元に残った金額で計算すると、税金が国庫から出て戻ってくる間に、その税金によって支えられ、促されるすべての生産的労働の量だけ、国富が増加するという計算結果が得られるでしょう。
ここでコールリッジは、「乗数効果」について語っているのである。
「乗数効果」とは、投資が増加した場合、所得が同額だけ増加するにとどまらず、当初の投資の増分の何倍かの所得の増加をもたらす効果のことである。乗数効果は1931年にR・F・カーンが初めて提唱し、ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』の第10章において展開したものであり、財政政策の有効性を正当化する理論的な根拠のひとつとされてきた。それが、カーンやケインズによって理論化される100年以上も前に、ロマン派の詩人によって語られていたのである。
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コールリッジは国の経済の全体像を「南欧の造園」という比喩を通して示しています。
今の日本において、マスゴミは国民に森を見せないで木しか見せない報道ばかりをしている。
これでは、日本人は思考停止させられてしまいます。わたしたちはマスゴミの嘘を見抜くことが必要だと思います。
サミュエル・テイラー・コールリッジ
生涯
生い立ち
イングランド南西部デヴォンシャー州オタリー・セント・メアリーに、教区牧師の父の13人兄弟の末子として生まれた。6歳の時から父が校長を務めるグラマースクールに通い、神童と呼ばれる。9歳の時に父が死去し、ロンドンのクライスツ・ホスピタルに入学、チャールズ・ラムと知り合い生涯の友となる。また在校時に新プラトン派などの哲学書に親んだ。
1791年に奨学金を受けてケンブリッジ大学ジーザス・カレッジに入学、ジョゼフ・プリーストリーなどの著作からユニテリアニズムに近づいた。借金と失恋のために、ロンドンに出て竜騎兵連隊に志願して入隊するが、ラテン語の落書きが元で除隊して4ヶ月後には大学に戻った。
サスケハナ計画、『抒情民謡集』
1793年に『モーニング・クロニクル』誌に初めて詩が掲載される。この頃はフランス革命に共鳴し、ロバート・サウジーらとともにアメリカ大陸のサスケハナに理想の平等社会「パンティソクラシー」を建設しようと計画し、既にアメリカに移住していたジョゼフ・プリーストリーの土地斡旋により1795年に出航する予定だったが、資金不足で断念し、また考え方の違いからサウジーとも物別れとなる。この資金集めの時に寄留したブリストルの家の娘姉妹と、コールリッジ、サウジーらメンバー3人が結婚した。また政治・宗教における急進的な思想を抱き、素行問題から大学を退学となった。
結婚後、妻のセアラなどに語りかけるスタイルの「会話詩」を作り出すが、やがて収入不足に陥り、政治・宗教の週刊誌『見張り人(The Watchman)』を発行するが読者が付かず10号で廃刊、家庭教師やドイツ文学の翻訳などで生計を立てる。1797年にネザー・ストーウェイの住居をワーズワース兄妹が訪れ、意気投合して合作詩集を作ることになり、「老水夫行」を巻頭に1798年『抒情民謡集(Lyrical Ballads)』を刊行、イギリスロマン主義の詩人として名声を得る。
1798年にウェッジウッド兄弟から研究助成金の申し出を受け、ワーズワースとともにドイツ留学に発ち、翌年からゲッティンゲンの大学に席を置き、7月に帰国。1800年に「クリスタベル姫 第2部」を書き上げたが、ワーズワースから『抒情民謡集』第2版への掲載を拒否され、詩作への意欲が減退、また持病のリウマチ熱の痛み止めのための阿片への依存が増し始める。
マルタ島からハイゲイト時代
やがて阿片の中毒症状が出始め、転地療養のため1804年から1年半、マルタ島の総督書記の職を得て、一時は健康を取り戻すが再度悪化し、イタリアを渡り歩いた末に1806年にロンドンに戻る。残して来た妻との関係も悪化し、所持金も使い果たし、1808年には王立協会から詩の理論についての連続講演を依頼されるが、体調のために半年で打切りとなる。知人に頼った生活の後、1811年からシェークスピアについて17回の講演、1812年に演劇論の講演、翌年にかけて12回の「文学芸術論」講演を行い、続いて自身の演劇論を具体化した「悔恨(Remorse, a Tragedy in Five Acts)」をDruly Lane劇場で上演し、連続28日の当たりをとった。
阿片中毒が進行する中、友人のジェイムズ・ギルマン医師の家で介護されながら、1816年に社会・文化評論『政治家の聖典』、1817年に詩集『シビルの詩編』及び『文学的自伝』を出版、また講演活動も継続する。1823年にギルマン一家とともにハイゲイトに引っ越し「ハイゲイトの聖者」と呼ばれ、友人や妻娘の他に多くの名士達もここに訪れた。1828年に全集(全3巻)を刊行。1834年に没し、ハイゲイト墓地に埋葬された。
文学作品と評価
コールリッジは幻想的な作風で知られ、無意識からわき起こって来るイメージを言葉に直したような、神秘的で怪奇な三大幻想詩『クーブラ・カーン(Kubla Khan:Or, a Vision of Dream - A Fragment)』、『老水夫行(The Rime of the Ancient Mariner)』、『クリスタベル姫(Christabel)』等で知られる。
『老水夫行』は、老水夫の精神史を語ったもので、民謡調の押韻だが、単調さを感じさせない技巧が凝らされ、遠い彼方の世界を迫真的な想像力で描いている。
1797年に書かれた『クーブラ・カーン』の前書きでは、滞在していたエクスムーア高原近くの農家で、サミュエル・パーチャスの旅行記を読みかけたまま眠り込んだ、麻薬の吸引によって生じた陶酔状態のなかで見た幻覚を目覚めてから急いで文章にしたものであるが、途中で用事で席を立った後続きを書こうとして、内容をもはや思い出せなかったとある。しかし精密に分析すると幻覚的イメージの単なるメモではなく、首尾一貫した構成と構想を備えており、最終行に至って詩は完成しているので、敢えて虚言を弄しているか、自身も詩作の過程について、錯覚を抱いたのかも知れない。ここで描かれるクビライ・ハンが造営した都、上都のことである「ザナドゥ」Xanaduは、その後幻想的な楽園の代名詞として広く使われるようになった。またこの詩が発表された1816年の20年後にパリで公刊されたラシード・ウッディーンの『世界総合史』には、クビライは夢に見た設計に従って造営を行なったとの記述があり、これをホルヘ・ルイス・ボルヘスは、クビライとコールリッジに同じ夢を見させたのは、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの言う「永遠的客体」の現れかもしれないと示唆した[1]。
『クリスタベル姫』は、1798年に第一部、1800年に第二部が執筆されたが、1816年に出版された。この詩は各行で音節数ではなく、強勢の音節4つを含むという新しい韻律を用い、この原稿を見たスコットやバイロンもこれを取り入れた詩を発表していた。1816年にバイロン、シェリーらがスイスのディオダディ荘に集まり、ある夜怪談話をしていた時に、バイロンが『クリスタベル姫』を朗読し始めるとシェリーが急に幻影を見て錯乱状態になり、その後に各人が怪談を書こうという相談になってポリドリが『吸血鬼』、メアリ・ゴドウィン(後のシェリー夫人)が『フランケンシュタイン』を書いたとポリドリが記している[2]。
ドイツ留学中に幼い次男が死去し、長期に不在であったコールリッジと妻との関係は悪化した。帰国後の1798年にワーズワースの招きでノース・ヨークシャー州のハッチンソン家に逗留し、その家の次女セアラ(妻セアラと同名。後にワーズワースの妻となるメアリーの妹)に親しくなり、その心情を謳った恋愛詩は、綴りを変えた「アスラ詩編」として「恋」(1799年)、「恋の形見」(1802年)などが残されている。
批評家としては『文学的自伝』にてロマン主義の理念を理論化し、「想像力」を定義づけた。
思想的業績
ドイツ留学時に観念論を学び、イギリスでの功利主義と対立した思想を展開した。カントの思想について『文学的自叙伝』にて独自に展開し、ラルフ・ワルド・エマーソンの超越主義に影響を与え、またこれについてのヴァーモント大学のジェイムズ・マーシュの研究は、ジョン・デューイのプラグマティズムを生むことになり、またエドガー・アラン・ポーの創作理論に影響を与えたと指摘されている[3]。
出版物として聖書の象徴論による文化論『政治家宝鑑(The Statement Manual)』(1816年)、ロマン主義経済学と国家論を述べる『省察の助け(Aids to Reflection)』(1825年)、広教会派運動を述べる『教会と国家の構成原理(On the Constitution of the Church and State)』(1829年)がある。[4]
1817年にレスト・フェンナー社から百科全書編纂の依頼があり、ロマン派時代の思想と自身の哲学を根幹とする編纂方針を立て『エンサイクロペディア・メトロポリターナ(Encyclopaedia Metropolitana)』と名付け、従来のアルファベット順で無い大項目ごとの構成として<方法>の項は自ら執筆した。8年間の準備期間を置く予定だったが、出版社は原稿が集まった部分から出版を始めてしまい、5分冊が刊行された時点で倒産してしまった。また原稿が『ロンドン・エンサイクロペディア』に転用されて訴訟にもなった。その後チャールズ・グリフィン社が引き継いで、死後の1949年に全40巻の改訂版が出版された。
邦訳文献
注
参考文献
関連項目
ーー
★
3想像力としてのネ ーション
想像力の主題化
さらに注目すべきことは 、一八世紀後半のヨ ーロッパに 、アンダ ーソンがいうような 「想像された共同体 」が形成されただけではなく 、まさに 「想像力 」そのものが特殊な意義をおびて出現したということです 。ネ ーションが成立するのと 、哲学史において想像力が 、感性と悟性 (知性 )を媒介するような地位におかれるのとは同じ時期です 。それまでの哲学史において 、感性はいつも知性の下位におかれていましたが 、想像力も 、知覚の擬似的な再現能力 、あるいは恣意的な空想能力として低く見られていました 。ところが 、この時期はじめて 、カントが想像力を 、感性と知性を媒介するもの 、あるいは知性を先取りする創造的能力として見いだしたのです 。
たとえば 、ロマン派詩人 ・批評家コ ールリッジは 、カントにもとづいて 、空想 ( f a n c y )と想像力 ( i m a g i n a t i o n )を区別しました 。想像力はたんなる空想ではない 。その意味で 、ネ ーションは 「想像された共同体 」であるという場合 、それは 「空想 」ではなく 「想像 」だということに留意すべきです 。いいかえると 、それはたんなる啓蒙によっては消すことができないような根拠をもっているのです 。
スミスの 「共感 」
ネ ーションの感情が形成されるのと 、想像力の地位が高まるのとは 、歴史的に平行した事態です 。この種の問題が哲学において最も早く主題化されたのは 、資本主義的市場経済が最も早く発達したイギリス 、殊にスコットランドにおいてでした 。一八世紀の前半に哲学者が注目したのは 、ある種の感情です 。それは哲学者ハチソンがいいはじめた道徳感情 ( m o r a l s e n t i m e n t )です 。ハチソンの弟子アダム ・スミスは道徳感情について論じ 、共感 =同情 ( s y m p a t h y )についてつぎのようにいっています 。
人間というものは 、これをどんなに利己的なものと考えてみても 、なおその性質の中には 、他人の運命に気を配って 、他人の幸福を見ることが気持ちがいい 、ということ以外になんら得るところがないばあいでも 、それらの人達の幸福が自分自身にとってなくてならないもののように感じさせる何らかの原理が存在することはあきらかである 。憐憫または同憂は 、まさにこの種の原理に属し 、それは他人の不幸を直接見たり 、あるいは他人の不幸について生々しい話を聞かされたりすると 、それらの人々の不幸に対してただちに感ずる情緒である 。他人が悲しんでいるのを見るとすぐに悲しくなるのは 、なんら例証する必要のない自明の理である 。想像のはたらきによって 、われわれは自分自身を他人の立場に置き換え 、自らすべての同じ拷問に耐え忍んでいるかの如くに考え 、いわば他人の身体に移入して 、ある程度までその人間と同じ人格になって 、その上でその人間の感じに関する何らかの知識をえ 、程度こそ幾分弱いが 、その人間の感じた感覚と全く異っているとも思えないある種の感覚をすら感ずるようになる 。 ( 『道徳情操論 』 、米林富男訳 )
スミスのいう共感 (同情 )とは 、相手の身になって考えるという想像力です 。ハチソンのいう道徳感情と 、スミスのいうそれとの間には 、微妙だが決定的な差異があります 。ハチソンのいう道徳感情は 、利己心に対立するものです 。ところが 、スミスのいう共感は 、利己心とも両立するものなのです 。そもそも 、相手の身になって考えるならば 、相手の利己心を認めなければならないわけです 。
道徳感情とレッセ ・フェール
いうまでもなく 、スミスは 、各人が利己的に利益を追求することが結果的に全体の福利 ( w e l f a r e )を増大させるということ 、ゆえに 、レッセ ・フェ ール (自由放任 )でやるべきだということを主張した経済学者です 。しかし 、スミスは本来倫理学者であった 。というより 、最後まで倫理学者であり 、彼の経済学 ( p o l i t i c a l e c o n o m y )は倫理学的体系の最後にあらわれるのです 。ところが 、右のような道徳感情論と 、弱肉強食を肯定するレッセ ・フェ ールの市場主義とは両立しないように見えます 。この問題はしばしばつぎのように考えられています 。スミスは一方でレッセ ・フェ ールを説きながら 、他方でそれが不可避的にもたらす弊害に気づいていた 、そこに彼の倫理学があった 、と 。かくして 、スミスは厚生経済学の先駆者であるといわれるのです 。
しかし 、スミスが利己心を肯定し 、かつ同情を説いたことは 、別に矛盾することではありません 。スミスがいう共感は 、憐憫や慈悲とは違います 。キリスト教仏教でもイスラ ーム教でもおなじことですがでは 、利己心の否定が説かれ 、憐憫が説かれる 。だが 、スミスの場合 、利己心と共感 (同情 )とは背反しないのです 。そもそも 、スミスがいう共感は 、利己心が肯定されるような状況 、つまり資本主義的市場経済においてはじめて出現するのです 。共感は 、共同体にあった互酬性を取りかえそうとするものです 。しかし 、共感は 、商品交換の原理が支配する時にのみ出現する 「道徳感情 」あるいは 「想像力 」であって 、共同体には存在しないものです 。
11 Comments:
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文学評伝. りぶらりあ選書 文学評伝. サミュエル・テイラー・コールリッジ/桂田利吉
2013
文学的自叙伝: 文学者としての我が人生と意見の伝記的素描 (叢書・ウニベルシタス) 単行本 – 2013/5/23
サミュエル・テイラー・コウルリッジ (著),
5つ星のうち 5.0 1 件のカスタマーレビュー
完訳
文学的自叙伝 文学者としての我が人生と意見の伝記的素描
叢書名
叢書・ウニベルシタス ≪再検索≫
著者名等
サミュエル・テイラー・コウルリッジ/著 ≪再検索≫
著者名等
東京コウルリッジ研究会/訳 ≪再検索≫
出版者
法政大学出版局
出版年
2013.5
大きさ等
20cm 711,45p
注記
Biographia literaria,or,Biographical sketches of my literary life and opinions.2 vols.の翻訳
NDC分類
930.2
件名
英文学‐歴史 ≪再検索≫
要旨
ワーズワスとともにイギリス・ロマン派を代表する詩人の主著であり、英文学史上における文芸批評の最高峰とも見なされる作品、初の完訳。哲学・美学の古典に通じ、同時代のドイツ観念論の衝撃も受けとめて書かれた1817年刊行の本書は、詩人の長年の思索と創作に培われた批評理論であり、近代の洞察であり、その精神史的遍歴の告白でもある。訳者による詳細な注・解説および年譜付。
目次
第1巻(本書執筆の動機;筆者の最初の詩集に対する反響;学校時代における鑑識眼の涵養;同時代の作家たちが若者の精神に及ぼす影響 ほか);第2巻(『叙情民謡集』出版のきっかけ、および当初の目的;第二版序文;続いて起こった論争、その原因と激烈さ;詩作品および詩の哲学的定義と注釈 ほか)
内容
イギリス・ロマン派を代表する詩人の主著であり、英文学史上における文芸批評の最高峰とも見なされる作品、初の完訳。詩人の長年の思索と創作に培われた批評理論であり、その精神史的遍歴の告白でもある自叙伝。
方法の原理―知識の統合を求めて (叢書・ウニベルシタス) 単行本 – 2004/10/1
サミュエル・テイラー コウルリッジ (著), Samuel Taylor Coleridge (原著), 小黒 和子 (翻訳)
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『政治家必携の書 聖書』研究―コウルリッジにおける社会・文化・宗教 単行本 – 1998/9/21
東京コウルリッジ研究会 (編集)
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タイトル
『政治家必携の書-聖書』研究 コウルリッジにおける社会・文化・宗教
著者名等
東京コウルリッジ研究会/編 ≪再検索≫
出版者
こびあん書房
出版年
1998.09
大きさ等
22cm 290p
NDC分類
930.28
件名
コールリッジ サミュエル・テーラー
件名
Coleridge Samuel Tay
要旨
イギリス・ロマン派詩人コウルリッジは、産業革命期の功利主義的思潮への警鐘として、ものごとの本質を見極めるための原点を聖書に見出すべきことを主張した。本書は社会の指導者たるべき政治家および有識者を対象とした彼の論説二編を紹介し、円熟期の彼の思想の特質とその現代的意義を考察する。『政治家必携の書 聖書』は本邦初訳。
目次
第1部 『政治家必携の書 聖書』とその背景(コウルリッジの生きた社会と文化の状況;書名と読者;執筆の目的とその背景にある思想;本書で批判されている思想;評論としての本書の性格;コウルリッジの聖書観;コウルリッジの哲学とそのキー・ワード;『政治家必携の書 聖書』とロゴソフィア);第2部 『政治家必携の書 聖書』;第3部 『英国の窮状と国民の不満について』要旨
内容
文献あり 年譜あり 索引あり
ISBN等
4-87558-238-2
書誌番号
3-0198048003
Coleridge, "Kubla Khan" - English Poetry in Japanese
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Coleridge, "Kubla Khan"
English Poetry in Japanese
15/03/15 09:18
サミュエル・テイラー・コールリッジ
「フビライ・ハーン」
フビライ・ハーンは、上都に
壮麗な快楽の館を建てるよう命じた。
聖なる川アルフが
計り知れぬほど巨大な洞窟を流れ、
日のあたらぬ海に流れこむ、そんな地に。
かくして5平方マイルの豊かな土地の
まわりに壁と塔が建てられた。
庭園を曲がりくねって流れるいくつもの小川が輝き、
木々の花々が香りを放った。
いにしえからの森と丘が
日のあたる緑の大地をとりかこんでいた。
だが、ああ、なんと深く、幻想的な大地の裂け目が
緑の杉の丘に斜めに走っていたことか!
あるがままの自然の姿!
欠けていく月の下、死んだ恋人を思って泣く女たちが
集まるような、まさに聖なる魔法の場所!
この裂け目から絶え間なく泡をたてて吹き出す泉……
それはまるで大地が苦しげに口を開け、あえぎながら
熱く湿った息を吐いているかのようだった。
ぐぶ、とつかえた、と思えば巨大な塊がいくつも
はじけ、飛び出してくる。大地に激突する雹(ひょう)、
殻竿に打たれて跳ね飛ぶ殻つき麦のような勢いで。
躍り出る岩とともに
聖なる永遠の川も噴きあがる。
川は迷路のように曲がりくねり、
森を、谷を、5マイル流れ、
計り知れぬほど巨大な洞窟にたどりつく。
そして、ごぼごぼ音をたてつつ地下へと沈み、命のない海に向かう。
けたたましい水音のなか、遠くからフビライの耳に届いたのは
先祖たちの声……「戦争だ! 戦争がやってくるぞ!」
快楽の館の影が
波の真ん中に漂う。
聖なる泉の音と洞窟に流れこむ水の音が
重なって響く。
これは奇跡のような場所、
快楽の館に日があたり、洞窟が凍っていく。
ダルシマーを弾く少女の
幻を見たことがある。
アビシニアの子で、
ダルシマーを弾き、
アボラの山を歌っていた。
あの子の奏でる音と歌、
もう一度思い出せたら、
ぼくは最高のよろこびに溺れて麻痺してしまいそう。
永遠に鳴りひびく歌を聴きながら、
快楽の館を空に建ててしまいそう。
あの日のあたる館を! 凍った洞窟を!
そう、あの子の歌を聴けば、誰にでも快楽の館が見えるはず、
そしてぼくを見て叫ぶ--「危ない! こいつに近寄るな!
目から火花が散っている! 髪が空に舞っている!
三重の花冠をつくってあげて、
目を閉じて祈ろう。
彼は甘い蜜のような露で育ってきて、
そして、楽園の乳を飲んでしまったんだ」。
* * *
Samuel Taylor Coleridge
"Kubla Khan"
In Xanadu did Kubla Khan
A stately pleasure-dome decree:
Where Alph, the sacred river, ran
Through caverns measureless to man
Down to a sunless sea. 5
So twice five miles of fertile ground
With walls and towers were girdled round:
And here were gardens bright with sinuous rills,
Where blossomed many an incense-bearing tree;
And here were forests ancient as the hills, 10
Enfolding sunny spots of greenery.
But oh! that deep romantic chasm which slanted
Down the green hill athwart a cedarn cover!
A savage place! as holy and enchanted
As e'er beneath a waning moon was haunted 15
By woman wailing for her demon-lover!
And from this chasm, with ceaseless turmoil seething,
As if this earth in fast thick pants were breathing,
A mighty fountain momently was forced:
Amid whose swift half-intermitted burst 20
Huge fragments vaulted like rebounding hail,
Or chaffy grain beneath the thresher's flail:
And 'mid these dancing rocks at once and ever
It flung up momently the sacred river.
Five miles meandering with a mazy motion 25
Through wood and dale the sacred river ran,
Then reached the caverns measureless to man,
And sank in tumult to a lifeless ocean:
And 'mid this tumult Kubla heard from far
Ancestral voices prophesying war! 30
The shadow of the dome of pleasure
Floated midway on the waves;
Where was heard the mingled measure
From the fountain and the caves.
It was a miracle of rare device, 35
A sunny pleasure-dome with caves of ice!
A damsel with a dulcimer
In a vision once I saw:
It was an Abyssinian maid,
And on her dulcimer she played, 40
Singing of Mount Abora.
Could I revive within me.
Her symphony and song,
To such a deep delight 'twould win me,
That with music loud and long, 45
I would build that dome in air,
That sunny dome! those caves of ice!
And all who heard should see them there,
And all should cry, Beware! Beware!
His flashing eyes, his floating hair! 50
Weave a circle round him thrice,
And close your eyes with holy dread,
For he on honey-dew hath fed,
And drunk the milk of Paradise.
* * *
アヘンか何かを飲んで眠ったときに見た
夢をもとに書いた詩。全体の構成など、
いろいろ適当であるように思う。
* * *
英語テクストは次のページより。
http://www.gutenberg.org/ebooks/11101
* * *
サミュエル・テイラー・コールリッジ「クブラ・カーン」 'Kubla Khan' Samuel Taylor Coleridge
http://longuemare.gozaru.jp/hon/carroll/SBc/kubla.html
サミュエル・テイラー・コールリッジ
されど! 深い間隙など夢
常緑の丘を走るなどあり得ぬはず!
卑しき哉! その耽美なるさま
憑かれし下弦の月のもと
魔と添いし乙女が嘆くごとし!
間隙には絶え間ない騒めき、
そはまさに大地の喘ぎ、
猛き泉がほとばしる。
間歇のさなか
跳ねる礫はあたかも雹か
もしくは脱穀鎌の下の籾殻か。
絶え間なく踊る礫の一つ
聖なる河にふと抛たるる。
あてどなく五哩をさまよい
聖なる河は密林峡谷を抜け、
人智の知れぬ洞穴に至り、
喧々と音立て死海に沈む。
而して喧噪のさなかクブラは聞けり
戦争を予言する遠い祖先の声を!
歓楽の宮殿の影が
波間に漂う。
聞こえたのは和音の調べ
泉よりの声また洞穴の声。
稀なる匠の奇跡、
燦然たる歓楽の宮にある氷の洞穴!
ベンサムとコウルリッジ【オンデマンド版】:みすず書房
https://www.msz.co.jp/book/detail/06216.html#more-a1
ベンサムとコウルリッジ【オンデマンド版】
MILL ON BENTHAM AND COLERIDGE
「イギリスには二人の偉大な人物がいて、彼らの国は次の二つをこの両人に負うている。すなわち、この国の思索する人たちの間に広められるに至った重要な思想の大部分のみならず、思索と研究との一般的方法にもたらされるに至った一大変革をも、この二人に負うている……この二人とは、ベンサムとコウルリッジ――すなわち、当代イギリスにおける胚芽的な精神の双璧――である。」(J. S. ミル)
本書は、哲学的急進派のベンサムと保守派のコウルリッジ、この偉大なる対立者の思想・方法を精細に検証し、両者を和解・統合させんとした壮大な試みである。功利主義の特長と限界、国家と個人の自由、文化と社会、キリスト教の存在意味、想像力の価値、持続と革新など、ミルはこの傑出した二人の巨人の精神世界に深く潜入し、その核心をきめ細かく追求してゆく。これら二論文は、リーヴィスが強調するごとく、たんにヴィクトリア朝イギリスの中心的思想の理解に欠くべからざるものであるだけでなく、ヴィクトリア朝文学の十分な理解にとっても、きわめて重要な意義をもつ古典なのである。さらに、革新と伝統を止揚させんとするミルの真摯な知的態度は今日的な意義をも十分にもっている。「ベンサムとコウルリッジを扱ったこれらのエッセーは、19世紀の知性史における最も注目すべき文書の一つである。最近、リーヴィス博士の刺激に富んだ序文を付して、これら二篇のエッセーが復刻されたことはまことに有益かつタイムリーな試みである。」(レイモンド・ウィリアムズ)
[1990年初版発行]
ケインズ#9:329
2 自由放任の義終焉
329
らすべてのことを導きだそうとする教義ほど、相反するものは他にないのではないかと思われる。しかし次の一点に
おいて、新しい思想は旧い思想を補強した。経済学者たちは、富や商業、機械は自由な競争の賜物でありー自由な
競争が"ンドンを築きあげたのだと教えていた。しかし、ダーウィン主義者は、それより一歩進んで自由な競争が人
間を造ったと説いた。人間の眼は、もはや、奇跡的にも万事が最善の結果をもたらすように仕組まれた神慮の証では
なかった。それは、自由競争と自由放任の条件のもとにおいて作用する偶然のもたらした最高の成果であるというこ
とになった。適者生存の原則は、リカードウ経済学をきわめて広範囲に一般化したものとも考えられよう。このよう」
により包括的に総合してみると、社会主義的干渉は、単に当を得ていないばかりでなく、不遜でさえあった。それは、
われわれ自身が、[ギリシア神話の〕アフロデーテ[愛と美の女神〕のように、どろどろした太古の海から立ち あが
ってきた大変な過程の前進を遅らせることになりがちだからである。
したがって、私は、一九世紀のありふれた政治哲学にみられる奇妙な統一性を、それが多様で相対立する諸学派を一
調和させ、すべてのよいところを単一の目的のために統合するのに成功したところまで辿ってみよう。ヒュームとベ
イリ、バークとルソー、ゴドウィン とマルサス、コベットとハスキッソン、ベンサムとコールリッジ、ダーウィンと
オックスフォード主教、彼らはいずれも、実際には同じことー個人主義と自由放任||を説いていたこ と がわか
る。この個人主義と自由放任が英国国教会であり、それを説いていた人々は、その使徒であった。一方、経済学者の
一団は、そこで、少しでも不信心の気持ちをいだくことがあれば、財政上の破綻を招くことを証明することになって
いた。
2.
(1] William Cobbet, 1763-1835. イギリスのジャーナリスト、下院議員。
[] William Huskisson, 1770-1830. ←*っスの政治家、 下院議員、 財務長官。
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