日曜日, 5月 04, 2014

マルクス経済表(付マルクス直筆経済表)

                     ( マルクスリンク::::::::::

NAMs出版プロジェクト: Karl August Wittfogel -ウィットフォーゲル

http://nam-students.blogspot.jp/2017/03/karl-august-wittfogel.html

基本文献として、マルクスのエンゲルス宛の手紙からの引用を載せます。(全集第30巻p289~292)
経済表に関しては、岩波文庫の旧版『資本論(十)』の扉に手書きのファクシミリ版が載っています。手に入らなければ、以下のサイトを参照していただきたいです。(注:その後、データ入手出来たので参考までに岩波文庫所収のマルクス直筆のファクシミリ版及び高木彰訳日本語版経済表を添付しておきます。'04.9/17記)
なお、身辺雑記の書かれた前段は略してあります。

http://www.marxists.org/archive/marx/works/1863/letters/63_07_06.htm
http://www.marxists.org/archive/marx/works/1863/letters/63_07_06.gif

後年の『資本論』の記述と比較すると、部類1が部類2に、部類2が部類1に、それぞれ入れ替わっているこ
とに注意が必要です(こちらは「再生産過程表式」と呼ばれている)。
かいつまんで書くと、
部類1(消費手段)
c(不変資本)+v(可変資本=労働力)+m(剰余価値)=p(生産)
部類2(生産手段)
c(不変資本)+v(可変資本=労働力)+m(剰余価値)=p(生産)
部類3(総生産)
c(不変資本)+v(可変資本=労働力)+m(剰余価値)=p(総生産)
1c+2c=3p
1v+2v=3v
1m+2m=3m
1p+2p=3p
1pは3v+3mへ、
2pは3cへとそれぞれ環流する。
単純再生産では1c=2v+2m
拡大再生産では1c<2v+2m
他の略称に関して書くと、
利潤は(p1=m-z-r)、利子は(z)、地代は(r)
労働手段は(Pm)、労働力は(A)
ここには書ききれないが、斜線部分はG- - - - -W-G'(あるいはG-W- - - - -G'?)と考えるとわかりやすいかも
知れません。
また上記、P(生産)及びP(総生産)はマルクスの表記に倣って、c+v+m=Wいうことで、大文字のW(商品価値)と表記すべきだったかも知れません(3:1,岩波文庫6.43頁参照)。

///////以下引用/////////////////////////////////////
「マルクスのエンゲルス宛ヘの手紙」(1863.07.06)より
(中略)
 同封の「経済表」は僕がケネの表の代わりに立てるものだが、もし君がこの暑さのなかでもできるなら、い
くらか念入りに見てくれたまえ。そして、なにか疑念があったら知らせてくれたまえ。これは総生産過程を包
括している。
 君も知るように、アダム・スミスは「自然価格」または「必要価格」を賃金と利潤(利子)と地代とから構
成している- したがって全体を収入に解消させている。この不合理はリカードにも伝えられている。といっ
ても、リカードは地代をたんに偶然的なものとしてカタログから除いてはいるのだが。ほとんどすべての経済
学者がこれをスミスから受け継いでいる。そして、これに反対する経済学者らはまた別の不条理に陥ってい
る。
 スミス自身も、社会にとっての総生産物をたんなる収入(年々消費されうるもの)に解消させることの不合
理は感じていて、他方で各個の生産部門については価格を(原料や機械など)と収入(労働、利潤、地代)と
に分解している。そうすると、社会は毎年新しく資本なしで始めなければならないことになるだろう。
 ところで、僕の表について言えば、これは僕の本の最後のうちの一章のなかに総括として載せるものだが、
そこでは理解のために次のことが必要だ。
 (1)数字はどうでもかまわない。何百万かを意味するものとしてもよい。
 (2)ここで生活手段というのは、消費財源の中に年々はいって行く(または、この表からは除外されてい
る蓄積がなければ消費財源のなかにはいりうるであろう)すべてのもののことだ。
 部類1(生活手段)では全生産物(七〇〇)が生活手段から成っており、したがって当然のこととして不変
資本(原料や機械やなど)のなかにははいっていかない。
 同様に部類2では全生産物が、不変資本を形成する諸商品から、すなわち原料や機械としてふたたび再生産
過程にはいっていく諸商品から、成っている。
(3)上昇線は点線になっており、下降線は直線になっている。
(4)不変資本は、原料や機械から成っている資本部分だ。
可変資本は、労働と交換される資本部分だ。
(5)たとえば農業などでは同じ生産物(たとえば小麦)の一部分は生産手段を形成するが、他の一部分(た
とえば小麦)はふたたびその現物形態のままで(たとえば種子として)原料として再生産にはいっていく。だ
が、これは少しも事柄を変えるものではない。というのは、このような生産部門は、一方の属性から見れは部
類2のなかに現われ、他方の属性から見れは部類1のなかに現われるからだ。
(6)そこで、全体の要点は次のようになる。
 部類1。生活手段。労働材料と機械(すなわち機械のうち損耗分として年間生産物のなかにはいって行く部
分。機械などの未消費部分は真のなかには全然現われていない)は例えば四〇〇ポンドに等しい。
労働と交換された可変資本=一〇〇は三〇〇として再生産される。というのは、労賃を生産物で補填し、二〇
○は剰余価値(不払剰余労働)を表わすからだ。生産物は七〇〇であって、そのうち四〇〇は不変資本の価値
を表わしているが、この不変資本は全部が生産物のなかに移っており、したがって補填されなければならな
い。
 可変資本と剰余価値との割合がこのようになっている場合には、労働者は労働日の三分の一では自分のため
に労働し、三分の二では彼の天成の目上(natural speriors)のために労働する、ということが仮定されている。
 つまり、一〇〇(可変資本)は、点線で示されているよぅに、労賃として貨幣で払い出される。労働者はこ
の一〇○をもって(下降線で示されているように)この部類の生産物すなわち生活手段を一〇〇だけを買う。
こうしてこの貨幣は資本家階級1に還流する。
 剰余価値二〇〇は一般的な形態では利潤だが、これは、産業利潤(商業利潤を含む)と、さらに、産業資本
家が貨幣で支払う利子と、彼がやはり貨幣で支払う地代とに分かれる。この産業利潤や利子や地代として支払
われた貨幣はそれをもって部類1の生産物が買われることによって、還流する(下降線で示されている)。こ
うして、部類1の内部で産業資本家によって投ぜられたすべての貨幣は、生産物七〇〇のうちの三〇〇が労働
者や企業家や金持ちや地主によって消費されるあいだに、彼のもとに還流する。部類1に残っているのは、生
産物の過剰分(生活手段での)四〇〇と不変資本の不足分四〇〇とだ。
 部類2。機械と原料。
この部類の全生産物は、生産物のうち不変資本を補填する部分だけではなく、労賃の等価と剰余価値とを表わ
す部分も、原料と機械とから成っているので、この部類の収入は、それ自身の生産物においてではなく、ただ
部類1の生産物でのみ実現されることができる。しかし、ここでなされているように蓄積を除外すれは、部類
1が部類2から買うことができるのは、ただ部類1がその不変資本の補填のために必要とするだけの量であ
り、他方、部類2はその生産物のうちただ労賃と剰余価値と(収入)を表わす部分だけを部類1の生産物に投
ずることができる。こうして、部類2の労働者たちはその貨幣=一三三1/3を部類1の生産物に投ずる。同じこ
とは部類2の剰余価値でも行なわれる。これは、部類1におけると同様に、産業利潤と利子と地代とに分かれ
る。こうして、貨幣での四〇〇が部類2から部類1の産業資本家のもとに流れて行き、そのかわりに部類1は
その生産物の残り=四〇〇を部類2に引き渡す。
 この貨幣四〇〇をもって、部類1はその不変資本=四〇〇の補填のために必要な物を部類2から買い、この
ようにして部類2には、労賃と消費(産業資本家自身や金持ちや地主の)に支出された貨幣がふたたび流れこ
んでいく。そこで、部類2にはその総生産物のうち五三三1/3が残っており、それをもって部類2はそれ自身の
損耗した不変資本を補填する。
 一部分は部類1の内部で行なわれ一部分は部類1と2とのあいだで行なわれる運動は、同時に、どのように
して両部類のそれぞれの産業資本家たちのもとに、彼らがふたたび新たに労賃や利子や地代を支払うための貨
幣が還流するか、ということを示している。
 部類3は総再生産を表わしている。
 部類2の総生産物はここでは全社会の不変資本として現われ、部類1の総生産物は、生産物のうちの、可
変資本(労賃の財源)および互いに剰余価値を分け合う諸階級の収入を補填する部分として、現われる。
 ケネの表をその下に置いておいた。これはこの次の手紙で簡単に説明しよう。
 失敬
                                   君の    K・M
 ついでに。エトガル・バウアーは職を得た - プロイセンの新聞局で。






マルクス経済表(小)
マルクス経済表(日本語版)



追記:その後、別ブログ↓に補足説明を書かせていただきました。
(経済表の第一草稿が全体の1/10しか価値増殖過程に廻されないことを明記していることを指摘したものです。)
http://blog.livedoor.jp/yojisekimoto/archives/51701157.html



_______

追記:

  • Wirtschaft und Gesellschaft Chinas, Versuch der wissenschaftlichen Analyse einer großen asiatischen Agrargesellschaft, Hirschfeld, Leipzig, 1931, XXIV, 767 P. (=Schriften des Instituts für Sozialforschung der Universität Frankfurt am Main, No. 3)



新訂・解体過程にある中国の経済と社会 下

 叢書名    ユーラシア叢書  ≪再検索≫

 著者名等   K.A.ウィットフォーゲル/著  ≪再検索≫

 著者名等   平野義太郎/監訳  ≪再検索≫

 出版者    原書房

 出版年    1977.9

 大きさ等   22cm 390,15p

 NDC分類  332.22

 件名     中国-経済-歴史  ≪再検索≫

 書誌番号   3-0190002732



上の続巻がオリエンタルデスポティズム




ウィットフォーゲル:中国の経済表(『中国の経済と社会』下(359頁)より)


            官人(M)

          //|||||\\

         // ||||| \\

        //  |||||  \\

       //   |||||   \\

    農民(Ba)__|||||___工業生産者(Ind)

       \\\\ |||||   ///

        \\\\|||||  ///

         \\\\|||| ///

          \\\\|||///

          商業ブルジョアジー(H)



Aは農業的価値的価値量、iは工業的交換価値量、Gは貨幣的交換価値量

(iは紛らわしいので小文字に変えた)


官人(政府)よりも商業資本を入れるのが新しい。大企業も製販分離するから正しい。

農工の価値の分割も正しい。

税金の線が多いことがわかる。


本来はもっと細かい。




ウィットフォーゲル:中国の経済表


            官人(M)

           出発点:~

           終結点:43A+2i

          //|||||\\

         ②/ ||||| \14

        /⑥  ③④|16|  ⑩\

       //   ||15|17   \\

   農民(Ba)___|||||_⑧_工業生産者(Ind)

出発点:100A    |||||    出発点:10i

終結点:30A+5i  |||||    終結点:3A+1i

       \\\\ |||||   ///

        \⑤\11|||||  ⑨12/

         ①\⑦\|||| //13

          \\\\|||///

          商業ブルジョアジー(H)

           出発点:30G

           終結点:30G+24A+2i


出発点:-

終結点:43A+2i


Ba

出発点:100A

終結点:30A+5i


Ind

出発点:10i

終結点:3A+1i


出発点:30G

終結点:30G+24A+2i

           


封建論争及び『日本資本主義分析』で有名な山田盛太郎が以下で上のウィットフォーゲルの中国の経済表に言及している。


山田盛太郎著作集 (岩波書店): 1985|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001725646-00

山田盛太郎著作集 別巻

小林賢斉 [ほか]編

 

詳細情報

タイトル 山田盛太郎著作集

著者 小林賢斉 [ほか]編

著者標目 山田, 盛太郎, 1897-1980

出版地(国名コード) JP

出版地 東京

出版社 岩波書店

出版年 1985

大きさ、容量等 305p ; 23cm

価格 6200円 (税込)

JP番号 85029780

巻次 別巻

部分タイトル 報告と講演(手控え・配布資料) 再生産表式と地代範疇-資本主義経済構造と農業形態.近世日本農業改革史論.近代社会形成の問題と地代範疇-ケネーの経済表(一七五八)とウィットフォーゲルの中国経済「表」(一九三一) 農政学者としての新渡戸博士-我国、産業資本確立期までの一〇年間(明治二三-三二年)における新渡戸博士の論著について.再生産構造と危機の理論.再生産構造と循環形態-土地制度史学会京都大会にあたって.戦後循環の性格規定.農業解体における土地所有形態の再検討-農業生産構造・再構成の方向.戦後再生産構造の基本構成.戦後日本の再生産構造の特質.戦後重化学工業段階の基礎的研究-特に鉄鋼業における技術革新並びに労働力編制との関連において. 講義(手控え・配布資料) 再生産演習参考資料 1 限定版 文献の一部(未定稿) Ricardo講読用参考表式(1) 終講の辞.資本主義構造論「再生産論」<断片> 経済政策総論<断片> 再生産論. 補録(講演・報告の記録) 再生産表式と地代範疇-資本主義の構造と農業形態.北満の大農経営について.満洲・中国農業の基礎問題について

出版年月日等 1985.1

件名(キーワード) マルクス学派 (経済学)

[上位語] => 経済学

[関連語] => 剰余価値

NDLC DA24

NDC(8版) 331.6

対象利用者 一般


続々・近況報告(2013,06,17 加筆): “ Festina lente ! ”

http://usagi-s.cocolog-nifty.com/webmemos/2013/06/post-e070.html
『解体期にある 支那の経済と社会』 上・下二巻
 ウィットフォーゲル著(平野義太郎監訳) 昭和9年1月3日初版、中央公論社発行
 この書物は戦後に刊行されたこともあるが、今回購入対象としたものは戦前のもの。 当書の下巻巻末には山田先生がよく話しておられたウィットフォーゲルの支那の経済表があり、どうしても何時かは手に入れたかった。 しかし、なかなか綺麗なものがなく、かつ高価でもあったため、いままで手が出なかったが、何時もお世話になっている書店から安く提供していただけた。 何故かこの二冊の書物には戦前の中国上海の古書店のシールが貼られていた。 私が今回購入できたのは共に昭和14年9月25日発行の第4版本。

『日本資本主義分析』
 山田盛太郎著 昭和9年3月5日付けの第二刷、岩波書店発行
 資料を作るために再び購入。出来れば初版が欲しかったが、この第二刷は同じ扱いだと聞いており、かつ安かったのでまた購入した。


立命館経済学(第十四巻・第五号)
最後に、小林賢斉氏は、再生産論の見地から問題を理論的に展開される。すなわち、戦後日本の農地改革の眼目は、「これを比愉的に云えば、ケネーの『経済表』とマルクスの『再生産表式』の関係が併存する関係」から「謂わばケネーの『経済表』の関係をマルクスの『再生産表式』の関係に帰一せしめること」にあったとされるが、この課題は、戦後日本資本主義の構造再編・創出の過程で、いかに果されて来たであろうか、と設問する。そして、マルクス「再生産表式」、レーニン「表式」、ケネーの「経済表範式」、ならびにウィットフォーゲルの「支那の経済表」の検討によって、分析の基準を設定する。その後、右の基準に照らして戦後日本資本主義の深化と農業危機の深化の実態を分析し、っぎのように述べる。 「本格的な戦後階梯の展開にあたって農業生産構造の変革も押し進められるのではなく、むしろ零細土地所有11零細農耕に釘付けしたままで、国際的水準の重化学工業が、旧来の軽工業段階の在来的水準から超絶的に強行聾立せしめられる。かかる『高度成長』の過程は、一方、農業の面では、内的メカニズムによる農民層の分解を含みながらも、農民をしてプロ以下的なものへと崩落せしめ、食糧飼料輸入を必然化し、他方資本プロバーの側においても特殊構造的な『大不況期』に逢着する。而して、この……深刻化は、跨大貧農大衆のいわぼ『正常な補足』たる農外所得を制限することによって、彼等が農業所得で農家消費(及び蓄積)を償えるような生産構造の確立(1-零細土地所有の制限の揚棄に通ずる)への客観的条件を成熟せしめるであろう」と。 


国立国会図書館デジタルコレクション - 解体過程にある支那の経済と社会. 上巻

国立国会図書館デジタルコレクション - 解体過程にある支那の経済と社会 : アジア的な一大農業社会に対する科学的分析の企図 特にその生産諸力・生産=流通過程. 下巻

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1882822


3 Comments:

Blogger yoji said...

参考:マルクス直筆経済表(全集第30巻p289~292参照)
http://plaza.rakuten.co.jp/img/user/35/78/3663578/12.jpg
邦訳 http://plaza.rakuten.co.jp/img/user/35/78/3663578/13.gif
以下、マルクス経済表を改変(部門1と2を逆にしたが『資本論』再生産表式とは同じ):

                      p1  追加的不変資本Mc
                    _産業利潤_追加的可変資本Mv
 _____             |      個人的消費Mk
|第1部門 |           P|_利子z__単利__|
|機械と原料|          利潤|      複利  |
|_____|           /|_地代r__差額地代|
                 /        絶対地代|
 不変資本C 可変資本V 剰余価値M 生産物W       |
       _____\____  /          |
        上へ/  \下へ  /下へ         |下へ
 ____    /  労賃\  /    _産業利潤→  |
|第2部門|  /      \/    |      | |
|生活手段| /       /\ 利潤_|_利子→__| |
|____ /   労賃→_/__\ / |      | |  
     /    /  /   \\  |_地代→__| |
    /    /  /    /\\      下へ| |
 不変資本  可変資本/ 剰余価値  生産物______/_/  
          /        /   
 ____    /        /下へ 
|第3部門|  /        /              
|総生産物| /        /          
|____|/        /          
 ____/ _______/__                      
 不変資本  可変資本  剰余価値  生産物

8:54 午前  
Blogger yoji said...

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www.amazon.co.jp/資本主義構造論―山田盛太郎東大...
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レーニン全集3からの引用

ウィットフォーゲルには言及なし

4:20 午前  
Blogger yoji said...

ケインズ『一般理論』形成史  浅野栄一  日本評論社  1987.135~4頁より

《…1933年末にはケインズが有効需要論を新しい理論体系の中心に据える
ことを明示的に表明するに至ったことを確認しておこう。
この章(1933年草稿#2)では,ケインズはさらに,有効需要問題を処理
する際の彼の新しい分析視角のひとつを明確化している。それはこうである。
 この年アメリカの経済学者H.L.マクラッケンは,経済学説史に関する著
書『価値論と景気循環』を出版したが,たぶんみずからの理論の想源を調べて
いたケインズはただちにこれを読み,そのなかのマルクス理論の解説部分から
ヒントを得て,草稿でつぎのように書いていた。「協同体経済と企業家経済の
間の区別はカール・マルクスによってなされた意味深長な観察と若干の関係を
もっている。」31)それによると,マルクスは,現実世界の生産の性格が,
経済学者たちがしばしば想定しているようなC一M-C′(商品一貨幣一他の
商品という交換)のケース――これは私的消費者の観点からのものである一一
ではなく,M-C一M′(貨幣一商品一より多くの貨幣という交換)のケース
――これが事業の態度である――であることを指摘したが,この指摘はケイン
ズの想定する企業家経済を分析する際の重要な視点を提供している,というの
である。
 この商品と貨幣との交換過程に関する範式は,もともとマクラッケンが,剰
余価値の源泉を流通過程ではなく生産過程に求めていったマルクスの説明を,
『資本論』第1巻第2篇第4章「貨幣の資本への転化」の叙述に即しながら解
説したものであり,マクラッケン自身はマルクスに忠実にこの範式を使用して
いたのであるが,ケインズは,この範式に独自の解釈を施し,それにマクラッ
ケンの著書では触れられていなかった『資本論』第2巻の三つの資本循環に関
する分析の内容を盛り込んで,つぎのように主張する。それによれば,前者の
範式は古典派理論の想定する経済像を表現したものであり,そこでは,「企業
家の生産過程開始への意欲は,彼の取り分となると期待されるものの生産物表
示での価値量に依存する,すなわち,彼に帰属するより多くの生産物への期待
のみが彼にとっての雇用増大への誘因となる」と考えられている。しかし,「
企業家経済の下では,これは企業打算の性格についての間違った分析である。
企業家の関心は,彼の取り分となる生産物の量ではなく,貨幣の量にある。彼
は,産出量を増加させることによってその貨幣利潤を増加させることができる
と期待するならば,たとえこの利潤が以前よりも少ない生産物量を示すとして
も,その産出量を増加させるであろう。」32)

31)ケインズ全集・J.M.K Vol.XXIX(*ケインズ全集19は未邦訳),.,p. 81
32)ケインズ全集・J.M.K Vol.XXIX,.,p. 82》

12:08 午前  

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