火曜日, 1月 15, 2019

武田泰淳 快楽より


武田泰淳 快楽より


「大正新修大蔵経 」 「国訳一切経 」 。この二つは 、今なお刊行が継続している大全集なので 、 「卍蔵経 」のような 、しみじみと古めかしい感じがしなかった 。
 特製本の 「大正 」は 、藍いろのしっかりした帙で包まれていた 。とびきり大判に 、小さな活字がギッシリと詰めこまれ 、帙をひらくと 、新しい和紙と新しい印刷インキの匂いがただよった 。
 土地の値あがりがいちじるしく 、檀家の商人の財産が急速にふえつつある現在なので 、金まわりのいい東京の寺院は 、どこでも 「大正 」を予約していた 。学問好きの僧侶は 、ごくまれであるから 、あらましは寺に重みをつけるため 、あるいは出版関係者 (それはいずれも僧門の学者だった )との義理で 、買わされていた 。毎月 、かなりの金額を支払わされる住職の中には 、宗務所にとられる宗費が 、倍増したような気持になり 、ふくれつらをする者もあった 。