異端の理論「MMT」に、保守もリベラルも熱くなる理由
財政赤字を積極容認する「現代貨幣理論(MMT)」は、欧米でリベラル勢力がよりどころとした理論だが、日本ではアベノミクスの政策ブレーンなど保守派やリフレ派が入り混じって「異端の理論」に熱いまなざしを送る。双方がそれぞれ、MMTの提唱者の1人、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授を招いて討論会などを企画。16日には第一弾の「国際シンポジウム」が開かれた。
記者会見ではケルトン教授は、10月の消費増税には慎重な考え方を示す一方で「日本がMMTにより整合的な政策をとるならもっと積極的な財政政策をしていたはずだが、それでもいくつかの面で日本はMMTが数十年、主張してきたことが正しいと立証し世界に重要な教訓を与えている」と語った。MMTへの熱狂の背景には何があるのか(ダイヤモンド編集部特任編集委員 西井泰之)
「次は財政出動」と動く
アベノミクスのブレーン
6月末、議員会館や都内のネット放送局を回る藤井聡・前内閣官房参与(京大教授)の姿があった。
行く先々で、インフラ整備など公共投資拡充のための長期計画策定や消費増税延期、赤字国債発行による教育無償化などを訴えている。
昨年末までは安倍首相の政策ブレーンだった。
「第2次安倍政権でGDPは表向きは伸びたが、海外景気の好況で輸出が需要を支えたからだ。消費を中心に国内の需要は停滞したままだ。機動的な財政政策を掲げたアベノミクスの第二の矢は放たれていないことに気が付くのが遅れた」。
「10月に消費増税をやったら日本経済はまたおかしくなる。失速を防ぐためにも、MMTの議論を深めることが大事」。
ケルトン教授を招いてシンポジウムを開いたのは、その一環という。
この6年余りで、財政を通じて市場に供給された資金は、対GDP比で2012年は8%強(約40兆円)だったが、毎年、減少し17年には3%以下(11兆円程度)にまで落ちた。
税収は12年度の42兆円から17年度は59兆円に拡大したが、17兆円の増収のうち10兆円は赤字国債の減額にあてられた。
当初は大型補正予算がまとめられ、内閣には国土強靭化担当相も置かれたが、14年春の税率8%への消費増税で景気拡大の勢いが衰え、それにもかかわらず、補正予算は逆に、年々、小粒になっていった。
「緊縮的な財政運営になったのは、基礎的財政収支(PB)の黒字化目標を掲げた財政健全化計画で毎年度の予算に枠がはめられ、財政出動が封じられていたからだ」と藤井氏は言う。
「PB改善のため増税をして歳出を抑えるから、金融緩和をいくらやっても需要が伸びない。民間は貯蓄超過、投資が足りない時は、政府が財政で需要を作るべきだった」
「PBの桎梏」から自由になる拠りどころが、国債発行による積極財政政策を掲げるMMTというわけだ。
藤井氏と連携し、自民党内でMMTの勉強会などを主宰するのが、西田昌司参議院議員だ。
藤井氏とは保守派の論客、故西部邁氏を中心とした会合で顔をあわせて以来のつきあい。安倍首相には折に触れて「財政の出番」を進言してきたというが、グループの1人、中野剛志氏の著作でMMTのことを知り「腹にストンと落ちた」という。
「日銀が国債を購入して金利がゼロになるまで資金を供給しても、銀行融資による信用創造が行われず、お金は銀行の日銀当座預金にたまったままで、市中に流れない。赤字財政で政府が直接、資金を市中に出すやり方にアベノミクスを進化させる必要がある」。
だが党内の議論は財政健全化重視で、党税制調査会の幹部も財務省と呼吸を合わせてきた財政再建派が主流だ。
「首相も本音はMMTを後ろ盾に財政をふかしたいはず。自分は党内の議論を積極財政に誘導する先兵の役割だ」。
リフレ派の中でも金融緩和を求める急先鋒だった山本幸三・元地方創生相とも「次は財政出動」で一致しているという。
アベノミクスに陰りが目立つ中で、首相側近や政策ブレーンたちの財政への期待が高まる。
「反緊縮」のリベラル勢力と
保守派が共鳴しあう構図
リベラル勢力の中で積極財政への転換を求めて「反緊縮」の「薔薇マークキャンペーン」を立ち上げたのが、松尾匡立命館大学教授を中心にする学者や社会活動家のグループだ。
薔薇マークは、労働者の尊厳を表すシンボルであると同時に「(お金を)ばら撒く」ともかけているという。
「人々の生活のために積極的な財政支出」を掲げる候補者に「薔薇マーク」を認定する活動を展開。参院選でも、立憲民主や国民民主、共産党などの49人を認定した(16日現在)。
「政府が社会保障や教育などに積極的に支出をすることで、雇用を拡大し経済を底上げする政策をすすめる候補者を可視化し、支援の輪を広げたい」と松尾教授は言う。
MMTはもともと欧米のリベラル勢力が拠りどころにしたものだ。
その代表は、英国労働党を率いるジェレミー・コービン党首。「人民の量的緩和」を掲げ、イングランド銀行が政府に資金を供給、労働者向けの住宅や福祉、教育などの分野に積極的に財政資金を使って雇用を創出することを提唱し、2015年の党首選で圧勝した。
EUでは、金融政策が欧州中央銀行に一本化され、財政赤字に枠がはめられているため、各国が自国の状況に応じてマクロ政策で景気を調整できず、国によっては失業やインフレを抑えられないでいる。
国民の不満を背景に、フランスやスペインでもMMTを掲げた左翼政党などが支持を広げている。
米国では、「社会民主主義者」サンダース上院議員に共鳴し、昨年の中間選挙、史上最年少で当選したオカシオコルテス下院議員が「グリーンニューディール」を提唱。
サンダース氏も、働く意欲のある人全員を政府が雇って最低限の賃金を支給する「雇用保障プログラム」などを掲げ、来年の大統領選に出馬を表明している。
ケルトン教授はサンダース氏の上級経済顧問でもある。
こうした「反緊縮」の盛り上がりの底流には、90年代から世界を覆ってきた市場重視・「小さな政府」の新自由主義に対する反動がある。
グローバル化やIT化で失業や格差が拡大する中で、財政による雇用創出や所得再分配の役割が重要性を増した。
だが、「新自由主義は、財政危機を口実に緊縮を進めたから、社会サービスが削減され、国民はひどい目にあった。本来ならリベラル勢力が対抗すべきだったが、中道路線で一緒になって緊縮を進めた。それに対する怒りや現状を変えたい思いがMMT支持につながっている」と松尾教授は話す。
松尾教授らも17日に、都内でケルトン教授を囲んで討論会を開く予定。
政治的には全く異なる立場の保守とリベラルが、積極財政を主張しMMTで共鳴する構図だ。
財政赤字を「平時」で活用
景気過熱すれば増税で調整
MMTは、財政による需要喚起を掲げたケインズ政策や、「デフレ脱却」で財政の役割を指摘したシムズ理論とはどこが違うのか。
ケインズは、大恐慌の経験から、「不確実性」が強まると投資が十分に行われず需要が不足するので、政府が支出を拡大して有効需要を喚起し、民間の投資意欲を高めることを主張。マクロ政策で完全雇用を実現するのが、政府の役割とした。
それまでの伝統的な経済学の考え方は、需要と供給を一致させるように価格が伸縮的に変化するので、完全雇用は市場を通じて達成される。政府は失業問題を考慮する必要はないというものだった。
ただケインズ政策は、不況期の財政出動の後は、民間の投資が誘発されて成長が促進され、税収も回復するので、中長期的には財政は均衡するという考え方。この点では、「シムズ理論」も同じだ。
これに対してMMTの場合は、不況期だけでなく、財政赤字を「平時」でも活用し財政主導で経済を回そうという考え方がにじみでる。この日の質疑でもケルトン教授は、「政府の債務残高は過去に政府が財政支出を税金で取り戻さなかったものの履歴でしかなく、それは民間で貯蓄されている」と、政府債務や財政赤字が膨らむこと自体には問題はないとした。
MMTが強調するのは、(1)通貨発行権を持つ政府はデフォルトのリスクや財政制約はない、(2)財政赤字は民間の資産増であり民間への資金供給になる、(3)貨幣は税の徴収のために政府が流通させたもので、貨幣価値は政府の信用力で支えられている、(4)租税や公債は財源調達手段ではなく、金利や購買力を調整する手段――といった点だ。
これらの主張の多くは、ケインズ理論などが前提とする財政の考え方と大きくは違わないが、財政赤字や政府の役割をより積極的に肯定しているのが特徴だ。財政の均衡は中長期的にも考慮する必要ないという考え。ただケルトン教授は講演で、MMTが財政赤字を無制限に続けることを肯定しているわけでなく、財政赤字はインフレ率によって調整する考えを強調した。
インフレや景気は税や国債の増減で調整できるし、雇用も政府の「雇用保障プログラム」を通じて調整されるとする。
不況期には、財政支出を増やして政府が働く意欲のある人を最低賃金で雇って支えるが、好況になれば失業が減り、賃金の高い民間に雇用が移動するので、財政支出は減るというわけだ。
政府主導で資金供給
中央銀行は「財政従属」
MMTの場合、中央銀行や金融政策の関係についても、ケインズ政策などとは異なる考え方だ。
多くの国では、政府と中央銀行はバランスシート上は一体でみることはできても、実際の運営はそれぞれ独立し、政府は財政均衡を、中央銀行は金利操作などで物価安定を図るという制度的な枠組みになっている。
現在、日銀などが行っている国債購入もデフレ脱却が目的という建前だ。
これに対してMMTは、「政府が中央銀行が金利をどうするかということに介入することはない」(ケルトン教授)としているものの、政府と中央銀行は文字通り一体と考え、中央銀行は財政赤字のファイナンスを受動的に行う財政に従属する存在だ。
銀行による信用創造には、どちらかというと否定的で、政府が財政支出を通じて信用を創造し、市中に貨幣を供給するのが安定的だと考える。「需要を増やしたり所得を増やしたりする効果も、財政のほうが金融政策よりも、直接的にできる」(ケルトン教授)とする。
もともとMMTの源流は、1940年代のアバ・ラーナーの「機能的財政論」といわれ、政府は不況時には政府貨幣を印刷し、景気過熱時には徴税によって紙幣の退蔵や余剰を解消することで、経済を望ましい状態に維持する役割があり、財政政策がそれを担うというものだ。
日本のMMT支持派は、こうした考えをそのまま受け入れ実践することを主張するよりは、ケインズ政策の流れをくむ形で積極財政を主張している人が大半だ。
実際、MMTを持ち出すまでもなくできる政策も多い。
インフレを止められるのか
「現実逃避の奇策」の批判
それでも財政均衡主義に立つ“主流派”の経済学者や、MMTの矢面に立つ財務省からは当然のように批判や反発が起きている。
「財政拡張を続けてインフレが止まらなくなったらどうするつもりなのか。財政再建や増税をやりたくないから、ある時はヘリコプターマネー、次にはシムズ理論といった具合に“奇策”に飛びつく現実逃避だ」(主流派財政学者の1人)と冷ややかな視線を送る。
複雑なのはデフレ脱却の責任を一身に負わされて、金融緩和のアクセルをふかし続けてきた日銀だろう。
「財政従属」への抵抗はあるにしても「打つ手」も少なくなり、財政に注目がいくことには歓迎する空気もある。
異次元緩和の修正に動きだしている中、ここにきて世界経済に変調の兆しがあり、景気後退ともなれば、異常な政策から長く抜け出せなくなる可能性があるからだ。
MMTを実践すれば、インフレを止められず国債が紙切れ同然になって、財政が立ちいかなくなる可能性は否定しきれない。
MMT支持派は、インフレ加速の兆候が出れば利上げや増税で制御できるとしているが、日本の現状を考えれば心もとないことは確かだ。
安倍政権では首相の意に沿う日銀総裁やリフレ派の審議委員が任命され、日銀が事実上の財政ファイナンスに踏み出し、消費増税も2度先送りされてきた。
いざという時に、果敢に利上げや増税ができるのかは疑わしい。
財政主導の経済で生産性が落ち、中長期には日本経済の成長力が落ちる恐れはある。
民間の貯蓄超過は続く可能性
マクロ政策への不信の裏返し
とはいえ「異端の理論」と片付けていいのかどうか。
民間の貯蓄超過はこれからも長く続く可能性が高い。企業は投資をするにしても、人口減少で市場の伸びが見込めない国内での投資が増える余地は少ない。
株主の発言力が強まる中で、企業経営者は省力化投資には熱心でも、賃上げには慎重だ。賃金が上がらないと消費は控えるし、老後の不安もあるから貯蓄をする。
高齢者も巨額の資産を持っている人はごく一部、大半の人は貯蓄をなるべく残しておこうと考えている。
かといって、輸出を増やすといっても他国の需要を奪うことになるから、おのずと限度がある。
となると、政府が上手にお金を使って経済を支えるしかない。
「異端の理論」に熱いまなざしが向けられるのは、こうした現実に答えを出せていない「主流派」の理論や政策への不信と不満の裏返しでもある。
この日、ケルトン教授がMMTについて最も強調したのも、「MMTは、金本位制や固定相場制の時の古い時代の考え方にとらわれないで、経済の正しい均衡や政策の在り方が見える『新しいメガネ』」ということだった。
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