金曜日, 10月 11, 2019

(耕論)いまなぜ反緊縮 西郷南海子さん、中野剛志さん、グレゴリー・ノーブ ルさん 朝日新聞デジタル2019年10月11日05時00分

 主流派から「異端」と批判されてきた経済理論もにわかに注目されています。私が3年前、日本に紹介したMMT(現代貨幣理論)です。「自国通貨建て国債を発行できる政府は、赤字を気にせず財政を拡大できる。制約となるのはインフレ率のみ」という考え方です。

 日本では子どもの7人に1人が貧困と言われるほど格差が広がり、毎年のように各地で災害が起きています。財政支出の必要性が高まっているいまこそ、反緊縮の思想であるMMTが求められるのではないでしょうか。

 一方で、いまの世界の動きには危うい側面もあります。良心的なリベラル左派だけでなく、ポピュリスト政党も反緊縮を主張し、支持を集めていることです。

 1929年の世界恐慌の際にも、ドイツや日本では緊縮財政で失業者があふれました。その後、労働者、特に地方の農村が困窮にあえぎ、既成政党の政治家には頼れないと、国民は軍人たちに期待、軍部台頭につながりました。

 早く発想の転換をしなければ国民は過激な政治に期待するようになり、悲惨な結果を招くことは歴史が証明しています。(聞き手・稲垣直人)

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 なかのたけし 1971年生まれ。96年に通商産業省(現・経済産業省)入省。元京大院准教授。専門は政治思想。著書に「富国と強兵」など。





(耕論)いまなぜ反緊縮 西郷南海子さん、中野剛志さん、グレゴリー・ノーブルさん

 増税などで財政赤字を減らそうという政府の「緊縮」路線に対し、貧困救済のため政府は財政を拡大すべきだと訴える「反緊縮」運動。欧米で広がるこの動きは、日本でも広がるのか。

 ■元気になる仕掛けとして 西郷南海子さん(京都大大学院生)

 私は大学院に通いながら、小学校と保育園に通う3人の子どもを育てログイン前の続きています。博士課程で奨励金を受けていた期間が過ぎて貯金を切り崩す生活になり、お金の大切さが骨身にしみました。いまの日本で「お金がなくても幸せに生きられる」という人はよほどコミュニケーション能力や境遇に恵まれた人でしょう。

 普段は子育てに必死であまり考えないようにしていますが、時々、生きていく見通しのなさにがくぜんとします。

 親が自分にしてくれたことを、自分は子どもにしてあげられない。すべては自己責任という考え方が社会にはびこっていて、いつも追い詰められているように感じます。

 なぜこんな日本になってしまったのか。私なりに導き出した結論は、政府が財政支出を抑制する「緊縮財政」と、需要の弱さに起因する「デフレ不況」が社会を貧しくしている、というものでした。

 そんなジレンマを抱えていた私が強く引かれたのが、反緊縮政策を訴える「薔薇(ばら)マークキャンペーン」でした。発起人である松尾匡・立命館大教授らの主張に賛同し、事務局長に就任しました。

 今年から始まったこの運動が第一に掲げるのは財政の健全化ではなく、人々の生活健全化です。政府に社会保障や教育、保育、防災などの分野で大胆な財政支出を求めています。バラという名前には、必要なところにもっと政府支出を「ばらまこう」という願いもこめられています。

 これまで日本の左派やリベラルの人たちはこうした積極的な財政支出を政府に求める姿勢が弱かったと思います。国と地方の借金残高が1千兆円を超えるなど「世界最悪水準」だと言われ、そもそも「欲張るのはよくない」とお金の話を敬遠する風潮が根強いことが背景にあるように思います。ただ、その消極性が、結果として日本に過度な自己責任論を広めてしまったのではないでしょうか。

 私は大学生の頃から平和や脱原発などいろいろな社会運動に関わってきましたが、反緊縮運動は性格が異なるように感じます。政権への異議申し立てよりも、自分たちがどんな社会をつくりたいのかを具体的に訴えるという側面が大きいからです。

 薔薇マークキャンペーンは国や地方の選挙で、反緊縮の経済政策を打ち出す候補者を応援しています。今夏の参院選では、私たちの政策に賛同する50人の候補者に薔薇マークを認定し、れいわ新選組などの10人が当選を果たしました。

 これからの日本に求められるのは、痛みを分かち合うよりも、誰もが経済活動に参加でき、個人も社会も元気になれるベクトルではないでしょうか。その仕掛けとして「反緊縮」は強力な武器になると思います。(聞き手・池田伸壹)

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 さいごうみなこ 1987年生まれ。京大大学院博士課程に在籍。共著に「だれのこどももころさせない」「『反緊縮!』宣言」。



 ■庶民の怒り、噴き出す前に 中野剛志さん(評論家)

 伏流として地下を流れていたものが一気に噴き出している。これがいま、世界で広がる反緊縮の実相ではないでしょうか。

 発端は2008年に起きたリーマン・ショックです。あの経済危機は、ヒト、モノ、カネが国境を越えて行き交うグローバリゼーションのゆがみがもたらしたものでした。しかし、主流派経済学者は誰も事前に予測することができなかった。私はあの危機によってグローバル化への逆風が強まり、経済思想の大転換が起きると予想しました。

 しかし、現実は違いました。各国の政治家、官僚、学者、メディア、財界首脳といったエリートたちは、一時的な財政出動には賛成したものの、ほとぼりが冷めるや否や緊縮財政を再開しました。

 グローバル化や緊縮財政が止まらないのは、それで利益を得る大企業があるからです。例えば、デフレで賃金が抑制できれば国際競争力は強まる。これはグローバル企業にとって望ましいことです。

 リーマン・ショック後もエリートたちは、「財政赤字を放置してはいけない」と緊縮財政を訴えてきました。しかし、10年以上が経ったのに庶民の暮らしは楽にならず、エリートへの懐疑心が庶民のなかで膨らんできています。

 そんな庶民の実情を知った欧米のリベラル左派は、貧困救済に向けた財政拡大に賛同しています。米民主党のオカシオコルテス下院議員、英労働党のコービン党首らがその典型です。ただし彼らは、既成政党にいても主流派のエリートではありません。

 主流派から「異端」と批判されてきた経済理論もにわかに注目されています。私が3年前、日本に紹介したMMT(現代貨幣理論)です。「自国通貨建て国債を発行できる政府は、赤字を気にせず財政を拡大できる。制約となるのはインフレ率のみ」という考え方です。

 日本では子どもの7人に1人が貧困と言われるほど格差が広がり、毎年のように各地で災害が起きています。財政支出の必要性が高まっているいまこそ、反緊縮の思想であるMMTが求められるのではないでしょうか。

 一方で、いまの世界の動きには危うい側面もあります。良心的なリベラル左派だけでなく、ポピュリスト政党も反緊縮を主張し、支持を集めていることです。

 1929年の世界恐慌の際にも、ドイツや日本では緊縮財政で失業者があふれました。その後、労働者、特に地方の農村が困窮にあえぎ、既成政党の政治家には頼れないと、国民は軍人たちに期待、軍部台頭につながりました。

 早く発想の転換をしなければ国民は過激な政治に期待するようになり、悲惨な結果を招くことは歴史が証明しています。(聞き手・稲垣直人)

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 なかのたけし 1971年生まれ。96年に通商産業省(現・経済産業省)入省。元京大院准教授。専門は政治思想。著書に「富国と強兵」など。



 ■「あいまいさ」、政権の戦略 グレゴリー・ノーブルさん(東京大教授)

 私は、長期的には日本の財政の健全化が必要と考えています。高齢化で社会保障費が増え続けるなか、政府の借金が増え続けるのは問題であり、いつか危機的な事態に陥るでしょう。

 ただ、その危機がいつやって来るのか、はっきり分からない状況が長く続いています。だから、日本でもにわかに「反緊縮」が注目され始めたのです。私もいまのような消費増税や緊縮財政が唯一の手段なのか迷いがあります。

 財政規律を重んじる財務省は「日本のGDPに占める公的債務の比率は230%を超え、もはや危険水域にある」と強調しています。多くの経済学者も約10年前から「このままでは日本は財政破綻(はたん)したギリシャの二の舞いになる」と警告してきました。なのに、日本の財政はいまも破綻しておらず、金利も一向に上がる気配がないのです。

 欧米の政治は「緊縮」対「反緊縮」が大きな対立軸になっていますが、日本でははっきりと見られません。

 貧富の格差が欧米ほどは開いていないことや、民族・言語・宗教の違いや外国人の住民の比率をみても、欧米に比べればまだ均質的で、社会の亀裂が生じにくいためと思われます。

 日本の政治状況も一因です。とくに野党は、与党と対峙(たいじ)するには共闘が不可欠なのに、立憲民主党などは共産党と全面協力できない。しかも、野党側には消費増税を決めた菅直人野田佳彦両元首相もおり、反緊縮という旗印でまとまることが難しい。

 ただ、反緊縮の動きが日本で広がる可能性が全くないとは言い切れません。

 かつての政府は、都市と地方の格差を是正するため、大都市の税収を地方に再配分してきました。しかし、財政難で以前のような再配分ができなくなっており、都市と地方の格差は拡大しています。いまは約2%にとどまる外国人住民の比率も、労働者の受け入れ拡大で増えれば、社会の亀裂が生じる可能性も否定できません。

 小泉内閣までの自民党政権は行政改革や規制改革を進める緊縮志向でしたが、安倍内閣は、緊縮と反緊縮をあいまいにする戦略のように私には見えます。アベノミクスの2本目の矢は「財政支出の拡大」と言われていますが、公式な表現は「機動的な財政政策」です。「機動的」とはほとんど意味のない言葉で、実際に公共投資の予算額はほとんど伸びていません。

 これは、緊縮財政をめざす財務省の実質的な勝利なのか。財政拡大をしているように見せる官邸のイメージ戦略の勝利なのかは分かりません。ただ、財政拡大のイメージと現実には開きがあることを、有権者も注意して見る必要があると思います。(聞き手・稲垣直人)

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 Gregory Noble 1957年生まれ。2002年より現職。専門は東アジアの政治経済分析。共著に「政党政治の混迷と政権交代」など。