金曜日, 10月 11, 2019

日本列島の創世記が見える街!群馬県下仁田町

日本列島の創世記が見える街!群馬県下仁田町

日本列島の創世記が見える街!群馬県下仁田町

群馬県下仁田町と聞くと、下仁田ネギとコンニャクのイメージで旅行先と思わない人も多いのではないでしょうか。しかし、御岳や大崩山などの山々と鏑川や、西牧川の澄んだ水が流れるのどかな里山の風景が広がる街です。

地質的には、地殻変動によって移動してきた地層で出来た不思議な「根なし山(クリッぺ)」や、九州から関東へ西南日本を分断する「中央構造線」の断層など、日本列島創成期を見ることが出来る貴重な旅先です。

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個性的な形をした御岳、大崩山(おおぐいやま)!これらの山は「根なし山(クリッぺ)」

御岳や、大崩山などそれぞれに違う形をした山々が広がっています。これらは、火山でも、地面が隆起した山でもなく、地殻変動によって移動してきた地質が浸食されて出来た山々。基盤となる地質とは全く違った地質が乗っている状態のため「根なし山(クリッぺ)」と呼ばれる現象。とても珍しい現象なため、日本地質100選にも選ばれています。

アフリカ大陸とヨーロッパ大陸が衝突によりできたアルプス山脈や、ユーラシアプレートとインド・オーストラリアプレートの衝突によりできたヒマラヤ山脈も基盤とは異なり、地層が移動したタイプのクリッぺ現象です。下仁田町の山々がどのように形成されたかは今だ、判明されていません。

街は、浅間山や大崩山、御岳などの山々に囲まれ、西牧川(さいもくがわ)や青倉川(あおくらがわ)など4つの川が流れる盆地。地下には西南日本を分ける「中央構造線」の1部とされる「大北野―岩山断層」が走っています。九州から関東まで続く日本列島創世記の断層を西牧川の河原で見ることが出来ます。

西牧川と南牧川(なんもくがわ)の合流点に露出する下仁田の基盤の岩「青岩(三波川結晶片岩)」と根なし山の大崩山。「あの山は何処からか移動してきた山?」と思うと不思議な風景です。

「青岩公園」「はねこし狭」「跡倉礫岩」と多様な地質が露出!

西牧川と南牧川が合流し鏑川(かぶらがわ)となる地点に三波川結晶片岩の石畳が広がる「青岩公園」があります。「跡倉フェンスター」や、「跡倉クリッぺのすべり面」で見られる下仁田の基盤の岩石が川の流れに洗われて美しい青色をしています。2つの川が合流する公園では、秩父中・古生層や、跡倉クリッぺなどを構成する岩石を見ることが出来ます。

「青岩公園」から南牧川を少し上ると、白い岩石が露出する「跡倉礫岩」があります。また、鏑川下流には、マグマが固まった岩石の層が見える「はねこし狭」があり、複雑に入り組んだ下仁田の地層を見ることが出来ます。

「青岩公園」は下仁田駅から西上州やまびこ街道/国道254号を小幡・栗山方面へ約600メートル(徒歩10分弱)。自家用車の場合、公園に駐車場があります。

鏑川に深く浸食された「はねこし狭」の地質はマグマが固まった花崗斑岩(はんがん)や石英斑岩が主体の神農原(かのはら)礫岩。下仁田町は断層によって様々な地層が地表に現れています。

「はねこし狭」は西上州やまびこ街道を富岡市から下仁田町への約1.5キロ手前にあり、4~5台置ける駐車場もあります。

「跡倉礫岩」は、クリッぺの跡倉層の中で最下部の岩石。石材のみかげいしの花崗岩や、閃緑岩(せんりょくがん)が主体の礫岩は青白色をしています。

「跡倉礫岩」へは、「青岩公園」から南牧川沿いの西上州やまびこ街道を約1キロ(徒歩20分弱)。「跡倉フェンスター(地窓)」や「跡倉クリッぺのすべり面」に近いので3ヶ所を続けて見ることをお勧めします。

青倉川の浸食で断層が露出!下仁田町の地下が見える「跡倉フェンスター(地窓)」

下仁田の基盤である地層の「秩父中・古生代層」は、古生代・石炭紀、二畳紀から中世代ジュラ紀(3億6000万年前~1億5000万年前)に堆積したもの。その地層を構成する岩石の「三波川結晶片岩」は中生代ジュラ紀に海底に堆積した地層が地殻変動により、地下に押し込められ強い圧力により形成され地表に隆起した変成岩です。

移動してきた地層は、中生代白亜紀(約8000万年前)に堆積した地層の「跡倉層」です。跡倉層は、下部層の岩石(跡倉礫岩)や砂岩と、砂岩泥岩互層の上部に分かれている地層。「跡倉フェンスター(地窓)」では、青倉川に浸食され基盤の地層が地表に現れており、ここではその地層を眺めることが出来ます。

「跡倉フェンスター(地窓)」へは、「青岩公園」から西上州やまびこ街道を「下仁田町自然史館」方面へ2キロ弱(徒歩約20分)。自然史館に駐車場があります。

「根なし山」のように、移動してきた上部の地層が、河川などの浸食によって、基盤となる下部の地層が露出する部分を地質学の用語で「フェンスター(地窓)」と呼びます。「跡倉フェンスター」を見ると青色の「三波川結晶片岩」の上に「跡倉層」が乗っています。

青倉川の右岸にある接地面は基盤の三波川結晶片岩が地殻変動により破砕され川の浸食により、くぼんでいます。

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大地移動の痕跡「跡倉クリッぺのすべり面」想像を絶する大地のパワー

跡倉フェンスターの上流に基盤となる「青岩(三波川結晶片岩)」の上に、「跡倉クリッぺ(根なし山)」の跡倉層が地殻変動により移動してきた痕跡が地表に出ています。御岳の麓の青倉川に浸食された「跡倉クリッぺのすべり面」では、移動してきた「跡倉層下部層」が基盤の青岩(三波川結晶片岩)の上を移動した様を見ることが出来ます。

断層の左側は川床に沈みますが、右側は大崩山、東側にある栗山と続き、さらにそこから栗山川と続きます。基盤の青岩は激しく浸食され、細かく砕かれています。大地の変動を目のあたりにすることが出来る場所です。

「跡倉クリッぺのすべり面」は、「跡倉フェンスター(地窓)」のすぐ上流にあります。

大きく違う地層が移動した後が見えます。基盤の青岩は移動の摩擦で粉々に砕けています。跡倉クリッぺで最も断層が大きく露出しています。

近くで見ると基盤である青岩の破壊状態がよくわかります。どれほどの重さと厚さの地層が何処から移動してきたのでしょうか。日本列島創世記の謎は益々深まります。

逆転地層の「宮室の逆転層」と中央構造線が露出する「川井の大断層」

南牧川の万年橋付近の河原には跡倉層上部の砂岩泥岩互層が表れています。厚さ数cmから数十cmの地層がいくつも重なる様は幾何学的です。強い圧力で地層が斜めなった隣には、完全に上下が逆転した地層が露出しています。

善福寺下、西牧川の河原に、中央構造線の1部とされる「大北野―岩山断層」が現れています。西南日本を分断する中央構造線は九州から四国、紀伊半島、長野県の諏訪湖付近を経由して下仁田町を通り、埼玉県の寄居町、小川町へ続くと考えられています。

「宮室の逆転層」へは「青岩公園」から、南牧川沿いの西上州やまびこ街道を小幡・栗山方面へ約3キロ(徒歩約40分)。駐車場もあります。また、「川井の断層」は「青岩公園」から西牧川400メートル上流です。

1枚の地層の下部は粗い砂で、上部にいくにしたがって細かくなり、最上部は泥岩となります。地層をよく見ると上下が逆転しています。

「川井の大断層」では「中央構造線」の1部とされる「大北―岩山断層」を見ることが出来ます。青岩の三波川結晶片岩と下仁田町を形成するもう一つの地層である泥岩の「下仁田層」の間が激しく破砕されています。

下仁田町は日本列島創世記の痕跡を残す街!

のどかな盆地の風景が広がる下仁田の街は日本列島創世記の地殻大変動の足跡が残っています。三波川結晶片岩や秩父中・古生層の上に移動してきた跡倉層が浸食により形成された御岳や大崩山などの「跡倉クリッぺ」の山々や、「跡倉のフェンスター(地窓)」、「跡倉クリッぺのすべり面」など、地質的に貴重です。

「青岩公園」や、「跡倉礫岩」、「はねごし渓谷」で見られる多様な岩石は、川の流れに洗われ美しく、地質や地層に興味がない人でも楽しめます。下仁田町は日本列島創生の謎を秘めた街です。