サイモン・レン=ルイス「景気後退後の緊縮が永続的な影響を残す理由」
[Simon Wren-Lewis, “Why recessions followed by austerity can have a persistent impact,” Mainly Macro, July 12, 2017]
経済学を学ぶ学生は,早いうちからこう教わる.「短期的には総需要がものをいうけど,長期的な産出を決めるのは供給側だぞ.」 もうちょっとましな言い方をすると,「短期的には供給が需要に合わせて調整される一方で長期的には需要が供給に合わせて調整される」ということだ.この考え方のカギを握っているのは,「(好景気であれ景気後退であれ)短期的な需要の動きから長期的な供給は独立している」という点だ.かつては,この単純な考え方がきわめて有用だった.このポストに載せているイギリスのデータを見てほしい:石油危機もあったしマネタリズムや欧州為替相場メカニズム離脱後の景気後退〔ポンド危機にはじまる景気後退〕もあったにも関わらず,イギリスの一人あたり産出量は第二次世界大戦後に 2.25% のトレンドに復帰しているように見えた――
――のも昔の話だ:現在のイギリスはこのトレンドを 15% 下回っている.EU離脱いらい,このギャップは四半期ごとにますます開きつつある.大半の先進国で,グローバル金融危機 (GFC) は潜在的な成長のトレンドを変えてしまったように見受けられる.これを説明するのに技術進歩の減速を持ち出す記事や論文は大量に見つかる.その技術進歩の減速は GFC 以前からはじまっていたし,GFC が引き起こした景気後退から独立している.
――のも昔の話だ:現在のイギリスはこのトレンドを 15% 下回っている.EU離脱いらい,このギャップは四半期ごとにますます開きつつある.大半の先進国で,グローバル金融危機 (GFC) は潜在的な成長のトレンドを変えてしまったように見受けられる.これを説明するのに技術進歩の減速を持ち出す記事や論文は大量に見つかる.その技術進歩の減速は GFC 以前からはじまっていたし,GFC が引き起こした景気後退から独立している.
前のポストでは,これとちがう筋書きを語っている近年の実証的証拠をとりあげた:GFC 後の景気後退は,産出に永続的な影響を及ぼしているらしい.この筋書きには2通りの語り方ができる.ひとつは,「どういうわけか今回は低下した需要に合わせて供給が調節された」というもの,もうひとつは「いまだにイギリスは供給を需要が下回る状況にある」というものだ.
需要に合わせて供給が調節されるかもしれない理論上の理由なら,苦労せず見つかる.(経済学者のあいだでは「履歴現象」というケーザイガク語でしばしば記述されている.) 供給(一人あたり産出でみた供給)を左右するのは就労率とその経済の生産資本の量と技術進歩だ.といっても,最後の技術進歩というのは実のところ総労働力と資本が組み合わさって産出をもたらす方法をぜんぶひっくるめて呼んでいるにすぎない.需要不足が長くつづくと,労働者の意欲がそがれる〔たとえば仕事が見つからなくて求職活動をやめたりする〕.それに,需要不足が続くと投資も押しとどめられる:儲けになりそうな新規プロジェクトがあっても,需要がなければ資金を出してもらえない.
だが,景気後退からもっと長期の供給〔の問題〕につながるいちばん明白な道筋は,技術進歩によるものだ.これは,「内生的成長理論」の名でくくられる膨大な文献に関連している.この景気後退から技術進歩経由で供給問題につなげるには,単純な AK モデルを使う手もあるし(Antonio Fatas がここでやっているように),もっと精緻な技術進歩モデルを使う手もある(「停滞の罠」という論文で Gianluca Benigno と Luca Fornaro がやっているように).基本となる考え方はこういうものだ――「景気後退のさなかには,イノベーションはあまり利益があがらなくなる.そこで企業はイノベーションをあまりやらなくなり,これが生産性の伸びの鈍化につながり,したがって供給の伸びが鈍化する.」 Narayana Kocherlakota がこの考えを推進している:一例として,これを参照.
この2つめのタイプの説明は魅力的だ.ひとつには,需要を供給にあわせようと意図しているメカニズムが――金融政策が――〔金利の〕ゼロ下限 (ZLB) ゆえにながらく「動作停止」になっているからだ.(Benigno & Fornaro モデルでも ZLB は重要な役割を果たしている.) だが,ひとによってはこのタイプの説明は除外されると見る向きもある.少なくともイギリスとアメリカでは失業率が金融危機以前の水準に近づいているからだ.
「失業率は低くなっているのだからもはや需要不足の問題はない」という見解には,かなり異なる3つの難点がある.第一に,なにより明白なこととして,もろもろの理由から自然失業率は GFC 以前よりも大幅に低くなっているかもしれない.第二に,労働者たちは雇用される水準にまでみずから賃金を下げているかもしれない.とくに,低賃金ゆえに企業をもっと労働集約的な手法を使うように後押しされているかもしれない.もしそうなっていたとすると,需要不足問題が解消したということにならないどころか,問題はいっそう深く見えにくくなってしまっていることになる.(これを概念的にとらえるのに困っているひとは,単純なニューケインジアン・モデルを考えてくれればいい.あのモデルだと,完全に需給が均衡している労働市場を仮定しているけれど,それでも需要不足は存在している.
第三の難点は,イノベーション不在で生じる生産性成長の鈍化に共通した性質に関わる.ここで鍵となる問いは――前述のどの論文も直接はこの点に触れていないけれど――「先端研究について語っているのか,それともイノベーションの実装について語っているのか」という問いだ(イノベーションの実装とは,たとえば先端企業がやっていることを模倣するといったことだ).生産性の鈍化はこの模倣の不在を反映しているのかもしれないと示唆する実証研究もいくらかある.この点はとても重要だ.というのも,そうだとしたらイノベーションの鈍化をとめてふたたび伸ばせるという含意が導かれるからだ.前に,「私がいうイノベーション・ギャップとこのギャップが投資や総需要にどう関連しているか,そこに中央銀行はもっと注意を向けるべきだ」と論じたことがある(イノベーション・ギャップとは,〔現有技術の〕最良の実装と企業が実際に採用している実装の落差のこと).
以上の話から,「大きな景気後退と緩慢な景気回復がどのように永続的な影響を及ぼしうるかについて,なんにも知見がない」というわけではないとわかる.問題というなら,このポストの冒頭で話した単純な考え方に,多くの人の思考法がとらわれてしまっている点の方がよほど問題だ.ここでとりあげた〔景気後退から供給問題にいたる〕いろんなメカニズムのどれか1つでも重大なものだとしたら,緊縮の愚行がもたらす影響はほんの数年どころか少なくとも10年にわたって持続しうることになる.
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