金曜日, 5月 03, 2013

ハンナ・アーレント「何が残った? 母語が残った」

                         (リンク::::::
Hannah Arendt "Zur Person" Full Interview (with English subtitles)
Was bleibt? Es bleibt die Muttersprache.
Hannah Arendt im Interview mit Günter Gaus. 28.10.1964.
「何が残った? 母語が残った」――ギュンター・ガウスとの対話
邦訳『アーレント政治思想集成 1』所収
 
上記動画は後出の引用テキストに対応する抜粋動画。
抜粋元の約1時間の全インタビュー動画は以下。36:40-38:50
http://www.youtube.com/watch?v=dsoImQfVsO4 


原文:http://www.rbb-online.de/zurperson/interview_archiv/arendt_hannah.html
Gaus: ... Nun ist die akademische Provinz, der Sie inzwischen wieder angehören – nach der Enttäuschung aus dem Jahre 1933 – international. Dennoch möchte ich Sie fragen, ob Ihnen das Europa der Vorhitlerzeit, das es nie wieder geben wird, fehlt? Wenn Sie nach Europa kommen: Was ist nach Ihrem Eindruck geblieben, und was ist unrettbar verloren?

Arendt: Das Europa der Vorhitlerzeit? Ich habe keine Sehnsucht, das kann ich nicht sagen. Was ist geblieben? Geblieben ist die Sprache.

Gaus: Und das bedeutet viel für Sie?

Arendt: Sehr viel. Ich habe immer bewußt abgelehnt, die Muttersprache zu verlieren. Ich habe immer eine gewisse Distanz behalten sowohl zum Französischen, das ich damals sehr gut sprach, als auch zum Englischen, das ich ja heute schreibe.

Gaus: Das wollte ich Sie fragen: Sie schreiben heute in Englisch?

Arendt: Ich schreibe in Englisch, aber ich habe die Distanz nie verloren. Es ist ein ungeheurer Unterschied zwischen Muttersprache und einer andern Sprache. Bei mir kann ich das furchtbar einfach sagen: Im Deutschen kenne ich einen ziemlich großen Teil deutscher Gedichte auswendig. Die bewegen sich da immer irgendwie im Hinterkopf – in the back of my mind –; das ist natürlich nie wieder zu erreichen. Im Deutschen erlaube ich mir Dinge, die ich mir im Englischen nicht erlauben würde. Das heißt, manchmal erlaube ich sie mir jetzt auch schon im Englischen, weil ich halt frech geworden bin, aber im allgemeinen habe ich diese Distanz behalten. Die deutsche Sprache jedenfalls ist das Wesentliche, was geblieben ist, und was ich auch bewußt immer gehalten habe.

ガウス …1933年に幻滅された後、現在再び属しておられる学術分野にはいまでは国際的な広がりがあります。それでもお伺いしたいのですが、ヒトラー以前のヨーロッパが二度と存在しないことを寂しくお思いになりますか。ヨーロッパにいらっしゃる際、何が残り何が救いがたく失われたという印象をおもちになりますか。
アーレント ヒトラー以前のヨーロッパですか? 何の郷愁もありません。残ったものですか? 残ったものは、言葉です。
ガウス  それはあなたにとって重要な意味をもちますか。
アーレント 非常に重要です。私はつねに意識して、母語を失うことを拒んできました。当時うまく話せたフランス語に対しても、今日書いている英語に対しても、私はある程度距離を保ってきました。
ガウス お尋ねしようと思っていたのですが、あなたはいまでは英語でお書きになっていらっしゃるのですか。
アーレント そうです。しかし、距離感をなくしたことは一度もありません。母語と他の言語との間にはとてつもない差があります。私に関してそれは実にはっきりと言い切れることなのです。ドイツ語では、私はドイツの詩の大部分を暗唱でき、それらの詩はいつも in the back of my mind 、つまり私の記憶の背景になっています。それは二度と達成できないことなのです。英語ではできないことが、ドイツ語ではできるということです。いまでは私もずうずうしくなったものですから、英語でもやっていますけれども。しかし、一般的にはこの距離感を保ってきました。いずれにせよ、ドイツ語は残された本質的なものであり、私も意識していつも保持してきたのです。

『アーレント政治思想集成1』齋藤純一・山田正行・矢野久美子訳、みすず書房、2002年、18-19 頁。このインタビューはもちろんドイツ語でなされたが、まだアーレントのドイツ語の著作には収められていない。この日本語訳は 1965 年に出版されたガウスの著書によっているので、ここでは 日本語訳をそのまま引用しておく。


以上、「アーレントとツェラン : ふたりを結ぶいくつかの子午線をめぐって」細見和之 
http://hdl.handle.net/10466/9735 を参照。


追記:
以下に所収されているようだ。

(アーレント自身が語る生涯と仕事) Ich will verstehen : Selbstauskünfte zu Leben und Werk. Mit e. vollständigen
Bibliographie. Hrsg. v. Ursula Ludz (Serie Piper Bd.4591) (2005. 341 S. 19 cm)

上記発言箇所はp.60
Arendt, Hannah
価格 ¥1,435(税込)
PIPER(2005/00発売)
海外取次在庫

CD版は在庫なし

この書名は上記インタビュー記事内、
Arendt: Ja, dann bin ich damit fertig. Wissen Sie, wesentlich ist für mich: Ich muß verstehen. Zu diesem Verstehen gehört bei mir auch das Schreiben. Das Schreiben ist Teil in dem Verstehensprozeß.



Arendt: Ja, weil jetzt bestimmte Dinge festgelegt sind. Nehmen wir an, man hätte ein sehr gutes Gedächtnis, so daß man wirklich alles behält, was man denkt: Ich zweifle sehr daran, da ich meine Faulheit kenne, daß ich irgend etwas notiert hätte. Worauf es mir ankommt, ist der Denkprozeß selber. Wenn ich das habe, bin ich persönlich ganz zufrieden. Wenn es mir dann gelingt, es im Schreiben adäquat auszudrücken, bin ich auch wieder zufrieden. – Jetzt fragen Sie nach der Wirkung. Es ist das – wenn ich ironisch werden darf – eine männliche Frage. Männer wollen immer furchtbar gern wirken; aber ich sehe das gewissermaßen von außen. Ich selber wirken? Nein, ich will verstehen. Und wenn andere Menschen verstehen, im selben Sinne, wie ich verstanden habe – dann gibt mir das eine Befriedigung, wie ein Heimatgefühl.
の「私は理解しなければならない」「私は理解したいのです」(邦訳4-5ページ、原文p48)

からきているようだ。


http://www.youtube.com/watch?v=dsoImQfVsO4#t=7m56s 7:56
Ich selber wirken? Nein, ich will verstehen.

Do I see myself as influential? No, I want to understand.

私が影響力を持ちたいかですって? いいえ、私は理解したいのです。
(《Ich will verstehen 》p.48、邦訳『アーレント政治思想集成 1』5頁より)



_______

アリストテレス/アーレント/ハイデガー/マルクス の生概念

(古代ギリシャ)
プラクシス   活動    本来的   上部構造
実 践    action
 (自己実現) 思想・政治
_____________________________
 (ポリス)  仕事
 (政治)  work
ポイエーシス        非本来的  下部構造
制 作     
 (オイコス) 労働
 (経済)  Iabor
             
 ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た。アーレントは古代ギリシャ人の信仰の代替物としてカントの判断力を置く。

アーレントは古代ギリシアの自己理解(古典古代の共和主義政体の理想)を参照しながら、活動的生活を以下のように『活動(action/Handeln)・仕事(work/Herstellen)・労働(labor/Arbeiten)』の三つに分類して、言語的行為である『活動』に高い価値を与えているが、これは“経済至上主義(資本主義及びマルクス主義)の近代批判”につながる現象学的かつ歴史的な考察を含むものになっている。


活動(action/Handeln)……複数の自由で平等な人間の間で成立する自発的な言語的・表現的な活動であり、それぞれの個人がその自発的な活動によって『自己』が何ものであるかを知るという意味で、古代ギリシアのダイモーンの予言や共同体における自己実現と深い相関を持っている。ハンナ・アーレントは古典古代のギリシアにおける共和主義政体の理想が、自由・平等な個人の強制されていない自発的活動(自己確認・自己表現につながる活動)の交流によって実現されると考え、私的利益や国家体制・物質的生産性のみを重視して政治が行われる近代批判の意図も込めて、この非経済的な活動(主に言論活動)に非常に高い価値を与えた。


仕事(work/Herstellen)……仕事とは職人の制作活動に代表される、特定の目的の達成を目指して行われる自発的・能力的な行為のことであり、最終的に誰もがその価値を認識できる生産物を生み出すという『目的的‐手段的な行為』である。『活動』は最終的には言論や政治などの結果として伝承される物語くらいしか生み出さないが、『仕事』はその目的を達成することができれば他者がその価値を利用できる最終生産物を生み出す。その代わりに仕事には精神的な理念性・普遍性のような高尚な価値は宿らない。『仕事』には生産性・経済性があるが、『労働』とは違って企業や他者に強制されて従事するような行為ではなく、自らの能力・意志に従って自発的に行われる行為でもある。


労働(labor/Arbeiten)……労働とは、人間の生存欲求・繁殖欲求やメタボリズム(生理的代謝)に由来する『生きるためにしなければならない行為』や『他者(企業・組織)に強制される行為』のことであり、その非自発性・強制性に眼目が置かれている。人間の生存・生殖と社会の持続のために、延々と終わりなく繰り返される『生産と消費のリズム(循環的行為のリズム)』に労働は従っており、古典古代のギリシア・ローマでは非自発的で従属的な労働は苦役とされ奴隷に労働の必要性が転嫁されることも多かったが、ハンナ・アーレントは強制・反復される他律的労働による人間性(理性的言語的な自己確認)の疎外を批判的に評価した。しかし、『プロレタリア独裁(無産階級の暴力革命)』を説くカール・マルクスの共産主義思想・マルクス主義の理論によって、経済社会(国民全体)に奉仕する労働は最も生産的で価値のある行為へと転換され、共同体(帰属社会)のためにしなければならない労働は、経済的必要を超えて道徳的義務(勤労賛美)となっていった。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/vision/es001/hannah.html


アリストテレス、
アーレント、
マルクス、
ハイデガーの生概念:

ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践    (アリストテレス)
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor  work  | action
             | 思想・政治   (アーレント)
             |
   下部構造      | 上部構造    (マルクス)
             |
  非 本 来 的    |  本来的    (ハイデガー)

古代ギリシャでは、
オイコス   ポリス
経済     政治


ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た




アリストテレス、
マルクス、
ハイデガー、
アーレントの生概念:

ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践    (アリストテレス)
             |
   下部構造      | 上部構造    (マルクス)
             |
  非 本 来 的    |  本来的    (ハイデガー)
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor  work  | action
             | 思想・政治   (アーレント)

古代ギリシャでは、
オイコス   ポリス
経済     政治



89 Comments:

Blogger yoji said...


Business Media 誠:ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編) (4/4)
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0907/08/news035_4.html

 自分の恥を語るのですが、ハンナ・アーレントを知ったのは2008年です。ハンナ・アーレントの考え方は僕とかなり近いものがあって共感は持ったのですが、あの文章の書き方ではハンナ・アーレントが一般的に愛される政治哲学者になるとは思えませんでした。

 彼女が指摘しているものの考え方でビックリしたことは、「歴史を冷戦以前と以後で区切るべきだ」ということです。2007年までの僕は、歴史というものは第二次大戦前と後と考えていたのです。しかし、彼女が指摘している通り、冷戦以前と冷戦以後で根本的に世界構造、それと認識論も違います。


ハンナ・アーレント著『全体主義の起源』(みすず書房)
 2008年に知ったということは今も勉強中で、ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』は今読んでいる最中です。ですからまだ全容は分かっていませんが、少なくとも彼女のものの考え方のロジックを一般化するために、アニメという媒体はとても便利だと、ようやく理解することができるようになりました。つまり、「アニメという表現媒体は時代性に支配されずに、コンセプトを伝える媒体なのかもしれない」と明確になったわけです。

 ハンナ・アーレントは「テロというのはアルカイダが起こすのではなくて、全体主義が起こすものだ」ということを言っているのですが、今の話をお分かりになる方はそんなにいないと思います。これから30年かけて、これを分からせたいということです。

 もうちょっとだけやさしい話をすると、ハンナ・アーレントが言っている言葉で一番好きな言葉は政治というのはどういう行為かということです。彼女は「人と人の間をつなぐのが政治である」と説明しています。日本の政治家は恐らく政治というのは選挙をやることが政治だと思っているのではないでしょうか。

 僕は幸いにして年寄りになりました。年寄りの立場からでしたら、こういうような言葉をロボットアニメのスタイルやかわいい系のアニメに加担して物語ることができるのではないのかなというぐらいの欲望を持っていいのではないかと思うようになりました。

10:44 午前  
Blogger yoji said...

Hannah Arendt: From an Interview
OCTOBER 26, 1978
Hannah Arendt
rhe new york review of books

http://www.youtube.com/watch?v=AB4qHQIy1GM
Hannah Arendt - Interview (Französisch/Deutsch) 2/3

Hannah Arendt made the comments that follow in 1974 during an interview with the French writer Roger Errera.

11:27 午前  
Blogger yoji said...

http://www.nybooks.com/articles/archives/1978/oct/26/hannah-arendt-from-an-interview/?pagination=false

11:27 午前  
Blogger yoji said...


『ハンナ・アーレント伝』
池田光穂. ヤング=ブルーエル『ハンナ・アーレント伝』 晶文社 1999年(Hannah Arendt : for love of the world / Elisabeth Young-Bruehl. New Haven : Yale University Press, 1982).

11:39 午前  
Blogger yoji said...

Edifier un monde: Interventions 1971-1975

12:58 午後  
Blogger yoji said...

" Édifier un monde"
interventions, 1971-1975
Hannah Arendt ; textes édités par Dominique Séglard ; traduits par Mira Köller et Dominique Séglard
Published 2007 by Éditions du Seuil in Paris .
Written in French.
Table of Contents
Assistons-nous à la seconde phase de la révolution démocratique? (1971)
Légitimité du mensonges en politique? (1975)
Pensée et action : discussion télévisée avec des amis et des collègues à Toronto (du 3 au 6 novembre 1972)
Discussion télévisée avec Roger Errera (octobre 1973)

http://openlibrary.org/books/OL22260323M/%C3%89difier_un_monde

1:05 午後  
Blogger yoji said...

http://www.amazon.com/gp/offer-listing/202080302X/ref=dp_olp_used?ie=UTF8&condition=used

1:08 午後  
Blogger yoji said...

Ich will verstehen. Selbstauskünfte zu Leben und Werk. Hg. Ursula Ludz. Piper, München 1996, Neuaufl. 2005, ISBN 3-492-24591-9(darin das Gaus-Interview, ein Interview mit Thilo Koch 1964, und eines mit Roger Errera, Okt. 1973)[165]

2:14 午後  
Blogger yoji said...

Ich will verstehen: Selbstauskünfte zu Leben und Werk


Hannah Arendt
0 レビュー
Piper Verlag GmbH, 2005 - 341 ページ

http://www.amazon.co.jp/gp/product/3492245919

2:17 午後  
Blogger yoji said...


選択


アーレント自身が語る生涯と仕事 Ich will verstehen : Selbstauskünfte zu Leben und Werk. Mit e. vollständigen Bibliographie. Hrsg. v. Ursula Ludz (Serie Piper Bd.4591) (2005. 341 S. 19 cm)

Arendt, Hannah
価格 ¥1,435(税込)
PIPER(2005/00発売)
ポイント 26pt
海外取次在庫


CDは在庫なし

2:31 午後  
Blogger yoji said...

Hannah Arendt - "Ich will verstehen"
121 MIN., ARTE/BR


Die Philosophin Hannah Arendt wäre in diesem Jahr 100 Jahre alt geworden. Der Themenabend porträtiert die eigenwillige Denkerin und geht der Frage nach, warum sie zu einer der markantesten Persönlichkeiten des 20. Jahrhunderts wurde.
In diesem Jahr wäre Hannah Arendt 100 Jahre alt geworden. Diesen runden Geburtstag nimmt ARTE zum Anlass, der eigenwilligen Philosophin und unbequemen politischen Theoretikerin einen Themenabend zu widmen. Sicherlich war es ihr kritisch geschärfter Blick auf die politischen und gesellschaftlichen Ereignisse des 20. Jahrhunderts, der dazu beigetragen hat, dass man sie heute zu den bedeutendsten Denkerinnen ihrer Zeit zählen kann. Der Themenabend geht außerdem der Frage nach, was Hannah Arendt als eine der markantesten Persönlichkeiten des letzten Jahrhunderts und vor allem als Person auszeichnet.


Der Themenabend im Überblick

22.25 Uhr: Hannah Arendt - Denken und Leidenschaft
Die eigens anlässlich des 100. Geburtstags von Hannah Arendt gedrehte Dokumentation begibt sich auf eine Spurensuche.

23.30 Uhr: Hannah Arendt im Gespräch mit Günter Gaus
Hannah Arendt als erste Frau im Jahr 1964 in der Gesprächsreihe "Zur Person - Porträts in Fragen und Antworten" bei Günter Gaus zu Gast.

00.05 Uhr: Hannah Arendt in New York
Die Philosophin Hannah Arendt im Gespräch mit dem französischen Journalisten Roger Errera
Erstellt: 10-10-06
Letzte Änderung: 10-10-06
http://www.arte.tv/de/programm/1312102.html

2:33 午後  
Blogger yoji said...

Hannah Arendt und die deutsche Literatur : Ich selber wirken? Nein, ich will verstehen (Akademische Schriftenreihe Bd.V137742) (2. Aufl. 2010. 60 S. 210 mm)

Lauber, Johanna

価格 ¥2,268(税込)
http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9783640469017

2:35 午後  
Blogger yoji said...

http://www.youtube.com/watch?v=3XSaoBgqDMI

Hannah Arendt - Ein Portrait 1/7
thinkingchannel·72 本の動画

アップロード日: 2010/12/12
Biografie entlang des legendären Gesprächs mit Günter Gaus aus dem Jahr 1964 unter Verwendung von ihren Gedichten und Briefen ("Denken und Leidenschaft", 2006, 62 Min.)
Hier gibt es das Gespräch Arendt / Gaus in voller Länge!!
http://www.youtube.com/watch?v=Ts4IQ2...
"Das Böse ist immer nur extrem, aber niemals radikal, es hat keine Tiefe, auch keine Dämonie. Es kann die ganze Welt verwüsten, gerade weil es wie ein Pilz an der Oberfläche weiterwuchert. Tief aber und radikal ist immer nur das Gute." Hannah Arendt in einem Brief an Gershom Sholem.
カテゴリ


3:50 午後  
Blogger yoji said...

Zur Person. Von Adenauer bis Wehner. Portraits in Frage und Antwort. Guenter Gaus

2:03 午前  
Blogger yoji said...

Gaus: ... in Chicago arbeiten. Sie wohnen in New York. Ihr Mann, den Sie 1940 geheiratet haben, ist ebenfalls als Philosophieprofessor in Amerika tätig. Nun ist die akademische Provinz, der Sie inzwischen wieder angehören – nach der Enttäuschung aus dem Jahre 1933 – international. Dennoch möchte ich Sie fragen, ob Ihnen das Europa der Vorhitlerzeit, das es nie wieder geben wird, fehlt? Wenn Sie nach Europa kommen: Was ist nach Ihrem Eindruck geblieben, und was ist unrettbar verloren?

Arendt: Das Europa der Vorhitlerzeit? Ich habe keine Sehnsucht, das kann ich nicht sagen. Was ist geblieben? Geblieben ist die Sprache.

Gaus: Und das bedeutet viel für Sie?

Arendt: Sehr viel. Ich habe immer bewußt abgelehnt, die Muttersprache zu verlieren. Ich habe immer eine gewisse Distanz behalten sowohl zum Französischen, das ich damals sehr gut sprach, als auch zum Englischen, das ich ja heute schreibe.

Gaus: Das wollte ich Sie fragen: Sie schreiben heute in Englisch?

Arendt: Ich schreibe in Englisch, aber ich habe die Distanz nie verloren. Es ist ein ungeheurer Unterschied zwischen Muttersprache und einer andern Sprache. Bei mir kann ich das furchtbar einfach sagen: Im Deutschen kenne ich einen ziemlich großen Teil deutscher Gedichte auswendig. Die bewegen sich da immer irgendwie im Hinterkopf – in the back of my mind –; das ist natürlich nie wieder zu erreichen. Im Deutschen erlaube ich mir Dinge, die ich mir im Englischen nicht erlauben würde. Das heißt, manchmal erlaube ich sie mir jetzt auch schon im Englischen, weil ich halt frech geworden bin, aber im allgemeinen habe ich diese Distanz behalten. Die deutsche Sprache jedenfalls ist das Wesentliche, was geblieben ist, und was ich auch bewußt immer gehalten habe.

9:17 午後  
Blogger yoji said...

書名は

Arendt: Ja, dann bin ich damit fertig. Wissen Sie, wesentlich ist für mich: Ich muß verstehen. Zu diesem Verstehen gehört bei mir auch das Schreiben. Das Schreiben ist Teil in dem Verstehensprozeß.


の私は理解しなければならない

からきているようだ

9:30 午後  
Blogger yoji said...

邦訳4ページ
原文p48

9:31 午後  
Blogger yoji said...

http://www.youtube.com/watch?v=dsoImQfVsO4#t=8m

8:00
Ich selber wirken? Nein, ich will verstehen.

Do I see myself as influential?
No, I want to understand.

私が影響力を持ちたいかですって? いいえ、私は理解したいのです。

10:14 午後  
Blogger yoji said...

http://www.youtube.com/watch?v=dsoImQfVsO4#t=7m56s

7:56

Ich selber wirken? Nein, ich will verstehen.

Do I see myself as influential?
No, I want to understand.

私が影響力を持ちたいかですって? いいえ、私は理解したいのです。

10:17 午後  
Blogger yoji said...


http://www.youtube.com/watch?v=dsoImQfVsO4#t=7m56s 7:56

Ich selber wirken? Nein, ich will verstehen.

Do I see myself as influential? No, I want to understand.

私が影響力を持ちたいかですって? いいえ、私は理解したいのです。

10:22 午後  
Blogger yoji said...




http://polylogos.org/philosophers/arendt/heide.html
ハイデガー狐
(ハンナ・アレント、中山 元訳)


 ハイデガーは誇らしげに語る--「人々はハイデガーが狐だという」。
よろしい。それではハイデガー狐の本当の話をお聞かせしよう。


 昔むかしあるところに、一匹の狐がいました。この狐は悪智恵を働かせる
ことがまったくできないために、いつも罠にかかってしまうのです。それは
なんと、この狐は罠と罠でないものの区別ができないからです。



「とてもたくさんの狐がぼくの罠を訪問してくれるので、ぼくは世界で最高
の狐になった」。そしてこれは必ずしも間違っているわけではありません。
一生をかけて罠の中に座っている狐ほど、罠についてよく知っている狐はい
ないからです。


注:ハイデガーに、そしてハイデガーの思想の構造に対する愛憎のこもった
この文章は、アレントの1953年の『思考メモ』に収録されています。
Arendt:Essays in Understanding 1930-1954, PP.361-2から。

10:28 午後  
Blogger yoji said...


http://polylogos.org/philosophers/arendt/heide.html
ハイデガー狐
(ハンナ・アレント、中山 元訳)

 昔むかしあるところに、一匹の狐がいました。この狐は悪智恵を働かせる
ことがまったくできないために、いつも罠にかかってしまうのです。それは
なんと、この狐は罠と罠でないものの区別ができないからです。



「とてもたくさんの狐がぼくの罠を訪問してくれるので、ぼくは世界で最高
の狐になった」。そしてこれは必ずしも間違っているわけではありません。
一生をかけて罠の中に座っている狐ほど、罠についてよく知っている狐はい
ないからです。


注:ハイデガーに、そしてハイデガーの思想の構造に対する愛憎のこもった
この文章は、アレントの1953年の『思考メモ』に収録されています。
Arendt:Essays in Understanding 1930-1954, PP.361-2から。
邦訳『アーレント政治思想集成 2』

10:30 午後  
Blogger yoji said...

労働と仕事と活動の悪しき一致

10:31 午後  
Blogger yoji said...


http://thought.air-nifty.com/thought/2011/05/1-0c4e.html
ハンナ・アーレント『人間の条件』を読む(1)――「労働」「仕事」「活動」
・(不定期的にアーレントの再読をupしようと思います。読み方はいろいろあると思いますが、「こう読んだ方が面白い」という独断も混じってますのでご寛恕のほどを。)

・『人間の条件』のテーマを一言で言うと、「政治」とは生きるために働く「労働」とは違う、「政治(ポリス)」と「経済(オイコス)」とは違うということです。『人間の条件』ではこのテーマをめぐって「労働(レイバー)」「仕事(ワーク)」「活動(アクション)」という三つの行為の抗争として西洋政治思想史が描かれています。言葉を使って他者に働きかける「活動」が、生命を維持するための「労働」とも、モノをつくりだす「仕事」とも異なること、そしてそのルーツとして古代ギリシアのポリスが語られていることは誰にでも理解できると思います。

7:28 午後  
Blogger yoji said...

実践 - Wikipedia

実践概念の歴史的...-実践概念の誕生-中世における実践...-カントの実践哲学
さらに、アリストテレスは、自然環境を対象とするポイエーシス(実用的な制作)との対比 から、プラクシスを、人間社会を対象とする公共性を有した精神的な倫理的・政治的実践 として捉えてもいる。 古代ギリシア哲学では、テオリアが重視され、実践はテオ...

7:29 午後  
Blogger yoji said...

WP_NextGenerationResearch_87_MOMOKI_blank.pdf
アーレントとハイデガー
https://www.gcoe-intimacy.jp/images/library/File/working_paper/New%20WP/WP_NextGenerationResearch_87_MOMOKI_blank.pdf

現れであってみれば、そこでの現れは「共通のもの koinon」たる公共領域から「自分自身 のもの idion」たる私的領域への潜伏としての運動として現れる。これに対して、アーレン トはちょうどそれとは反対の運動に現れの本質的側面を見出している(Jacques Taminiaux, La fille de thrace et le penseur professionel: Arendt et Hidegger, Payot, 1992 [The Thracian Maid and the Professional Thinker, State University of New York Press, 1997], pp. 30-4)。
ここで特に注目したいのは、ハイデガーとアーレントが共有する――というより後者が 前者から引き継いだ――形而上学批判が積極的にはどのような構想として展開されたかと いう点での両者の相違に関してである。同様の問題設定の下で二人の議論を詳細に検討し た参照されるべき研究としては、デーナ・ヴィラの『アーレントとハイデガー』(Dana R. Villa, Arendt and Heidegger, Princeton University Press, 1996. 青木隆喜訳、法政大学出版局、2008 年) を挙げなければならない。



ヴィラもタミニオーの考察を引き継ぎつつ、アーレントの行為 (活動)論が実のところハイデガーに多くを負っていることを詳細に描き出すところから 始める。この点を反復することはしないが、ヴィラは仕事/行為というアーレントの区分 がハイデガーの日常性/超越の区分に大きく重なることを説得的に論じている。特に世界 を道具連関の総体と捉えるハイデガーの説明が、アーレントのいう工作人の生産主義的態 度の説明へと、すなわち、ハイデガーの語彙を用いながら「〈のために das Um-zu〉が〈の ゆえに das Worumwillen〉の実質になってしまう」という仕方で意味そのものが効用の観点 から把握されるような世界理解について論じるアーレントの説明へと受け継がれている点 が、ヴィラにより明らかにされている(pp. 228-230)。



そして、そのような道具としての世 界からの超越の可能性が、先駆的決意性や卓越した行為という形で明らかにされるに際し ても、決してそれらが日常世界の全面的な否定や排除によって実現されるものではなく、 反対にそのような世界のなかで/上で成し遂げられるものとして、二人が論じていたこと が明確化される。ハイデガーでは、この区分が開示性/非開示性ではなくてあくまで本来 的開示性/非本来的開示性として提示されていることに、またアーレントについては、仕 事が作り出す世界と行為が照らし出す世界の同一性に、それぞれ注意を促す(pp. 224-6, pp. 230-2)6。
目的‐手段図式によって了解されるポイエーシスの領域存在論を不当に一般化する西洋 形而上学の伝統を批判して、現象としての存在へと目を向けようとする点で、アーレント はハイデガーを継承している。だがヴィラによれば、日常的世界理解からの超越の在処に ついて両者の見解は鋭く対立する。一言でいえば、タミニオーも指摘しているように、ハ イデガーが本来的開示性の場を自己へと回帰することで求めようとするのに対し、アーレ ントは師が救いがたく頽落した場とみなした公共領域としての世界でこそ、それは達成さ れうると論じるのである。“本来性/非本来性”と“内面性/公共性”の対応は反転させら れた上で、ハイデガーが大衆的世界解釈として非本来性へと結びつけた公共性は、近代の
6 このことによってヴィラは、ハーバーマスや R.ウォーリン、さらには L.シュトラウスによる批判が決定 的なところで見当違いであることを明らかにしている。ウォーリンは、決意性の内容が未基底であるとい う論点を拡張して、ハイデガーのそれは「無からの決断」というニヒリズムへと陥っていると論難する

公共領域を支配した「社会的なもの」へと限定化されて置き換えられることになる。つま り、アーレントはハイデガーの区別を空間化あるいは外面化したのだといえる(pp. 233-4)。 ハイデガーは、その反プラトン主義的な徹底した形而上学批判にもかかわらず、ポイエ ーシスとテオーリアの概念に拠る世界了解に対して対置したのは、思索 Denken/詩作 Dichten であった。これに対して、アーレントはまさにプラトンの評価を逆転させて、エピ ステーメーに対するところのドクサを活動的生活の中核に据える。ハイデガーの後期著作 は、アーレントの視点からすれば相互的なプラクシスの可能性を不当に切り詰めるもので ある。1930 年代にハイデガーが示した開示の詩的モデルは、アーレントの体系から見てみ るならば、なおポイエーシスとしての仕事・作品の域を超え出るものではない。世界を「開 く」あるいは「創設する」ものとしての芸術作品は、政治的にはポリスとしての国家であ り、さらには、真理の歴史的生起は作品の中の作品である国家という場所――〈現〉Da― ―においてこそ果たされるとさえ論じられることになる。ドクサを卓越した者たちの活動
と言論に結びつけてそこにプラクシスとしての政治を見出すアーレントの観点からすれば、 ハイデガーは政治を作品としての国家の創設と保持に制限していると評されるだろう(pp. 366-372)。







ている「反復しうる実存可能性」に由 来」し、それゆえ「反復 Wiederholung として理解される本来的行為を可能にする権威は、 共同の〈歴史的運命 Geschick〉についての一つの解釈である」(op. cit., pp. 360)。
けれども、本来的開示へと導く死への先駆的決意に向けた呼びかけや、反復されるべき 歴史的現存在としてのみ、他者は意味をもつのだろうか。アーレントの議論からすれば、 ハイデガーが言うところの死の本来的な理解を可能にする条件として、他者はまた別の仕 方でも本質的な意義をもつだろう。それは、本来的現存在と非本来的現存在との関係性で はなく、あるいは反復されるべき本来的な他者として現存在を本来性へと導き入れる存在 者ではなく、本来的現存在どうしの関係性である。『人間の条件』においては、本来的な死 の理解というべきものは、「永遠」と区別された「不死」の追求であった。すなわち、人間 にとっての死は、その本来的な形では自然の永続する循環的時間には還元されえないもの であるが、同時に少なくとも個体の生を超えるような語り継がれうる場があらねばならな い。それを待って、つまり不死への可能性――確実な「保証」ではなく――が明らかにさ れてはじめて、「永遠の現在」への根拠づけに陥ることなしに死を本来的に理解することが 可能になる8。ハイデガーにあっても、英雄としての歴史的現存在の反復可能性は、そのよ うなことを実質的に前提せざるをえないのであり、『存在と時間』において想定されている 他者との本来的な関係性は、実存主義的で個人主義的なそれのみに限定されてしまってい ることになる。
卓越した行為を見られ聴かれること、そして、それらがそこにおいて記憶され想起され ることで不死の名声/名誉へと変換される場としてのポ

8:01 午前
yoji said...
序 アーレントはなぜ近代の親密圏よりも古代の公共圏を高く評価したのか?
――ハイデガー、不死、集合的記憶――
上野 大樹(京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程)
近代社会とアイデンティティ、そして実存への問い
個人のアイデンティティが核心的な問題として問われるようになったことは、近代社会 の決定的な特徴のひとつである。アレクシス・ド・トクヴィルに頻繁な参照を求める今日 のフランスの政治・社会理論によれば、近代社会とはアリストクラシー(身分制秩序)の 崩壊の後に出現したデモクラシー(諸条件の平等)の社会である。前近代の階層社会では

8:07 午前
yoji said...
2 ジャック・タミニョー「行動の現象学者たちと複数性」、松丸和弘訳(『現代思想』、5 月臨時増刊、特集「ハイデ ガーの思想」、1999 年、青土社、所収)、p.176 頁
3 この概念史的背景はガダマーの見解に従った。Vgl.H.G.Gadamer, Hermeneutik als praktische Philosophie, in:Vernunft im Zeitalter der Wissenschaft, Frankfurt.a.M.,1976,S.80ff.

7:32 午後  
Blogger yoji said...


近代の哲学的ディスクルス〈1〉 (SELECTION21) [単行本]
The Philosophical Discourse of Modernity 
ユルゲン ハーバマス (著), 三島 憲一 (翻訳), 木前 利秋 (翻訳), 轡田 収 (翻訳), 大貫 敦子 (翻訳)



精神の生活 (下)―第2部 意志 ハンナ・アーレント、 佐藤 和夫 (1994/5/20)

10:40 午後  
Blogger yoji said...

ポ イ エ ー シ ス    プラクシス
制作             実践

 労働     仕事      活動
Iabor   work    action

5:05 午前  
Blogger yoji said...

ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
制作           | 実践
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor   work |  action
             |
             | 思想・政治

5:09 午前  
Blogger yoji said...

ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor   work |  action
             |
             | 思想・政治
  非 本 来 的    |  本来的

5:11 午前  
Blogger yoji said...

アリストテレス
アーレント
ハイデガー

5:12 午前  
Blogger yoji said...

アリストテレス
アーレント
ハイデガー


ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor  work  | action
             |
             | 思想・政治
  非 本 来 的    |  本来的

5:30 午前  
Blogger yoji said...

アリストテレス
アーレント
ハイデガー


ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor  work  | action
             | 思想・政治
             |
  非 本 来 的    |  本来的

5:31 午前  
Blogger yoji said...

オイコス   ポリス
経済     政治

5:33 午前  
Blogger yoji said...

ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た

6:12 午前  
Blogger yoji said...

アリストテレス、
アーレント、
ハイデガーの生概念


ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor  work  | action
             | 思想・政治
             |
  非 本 来 的    |  本来的

古代ギリシャでは、
オイコス   ポリス
経済     政治


ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た


6:14 午前  
Blogger yoji said...


“mit Heidegger gegen Heidegger denken”(ハーバーマスが1953年にハイデガー批判を行った新聞記事。『哲学的・政治的プロフィール』上巻に「1935年の講義の出版によせて」というタイトルで所収。)

6:31 午前  
Blogger yoji said...

Philosophisch-politische Profile
『哲学的・政治的プロフィール――現代ヨーロッパの哲学者たち』(未來社, 1984年)



哲学的・政治的プロフィール〈上〉―現代ヨーロッパの哲学者たち (1984年) (フィロソフィア双書〈10〉) [古書] [-]
J.ハーバーマス (著), 小牧 治 (翻訳), 村上 隆夫 (翻訳)

6:33 午前  
Blogger yoji said...

アレントハチドリ

アレントハチドリはある狐に恋をしていました
でもその狐には妻がいました
取り巻きの狐はアレントハチドリを嫌っていました
アレントハチドリは別の山へ引っ越す決意をしました
狐はアレントハチドリからの手紙を焼いてしまいましたし
ハチドリの活躍も無視しました

ハチドリの縄張りが狐の形をしていたことが
ハチドリの死後わかりました
狐からのラブレターも見つかりました

ハチドリは小さな穴に住む狐を哀れに思っていましたが
それでもハチドリは狐を愛していたのです

1:57 午前  
Blogger yoji said...


http://1000ya.isis.ne.jp/0341.html
 ヴィタ・アクティーヴァ。ハンナ・アレントが本書で提供するコンセプトである。「活動的生活」と訳す。
 アレントは人間のもっている活動力を一つと見なかった。少なくとも3つ、広げれば4つの活動があると見た。労働(labor)、仕事(work)、活動(action)、それに思考(thought)である。こんな分類をしてアレントがどうしたかったというと、真の政治参加を呼びかけた。この政治参加は選挙に行くとかオンブズマンになるということではない。サルトルが重視したアンガージュマンでもない。かつて古代ギリシアに展開されていた"公共の生活"というものを新たに再生したいというのである。
 これが難しい。何が難しいかというと、古代ギリシアにおける公共概念がわかりにくい。

7:59 午前  
Blogger yoji said...

活動的生活[編集]
アレントは、人間の生活を「観照的生活」(vita contemplativa)と「活動的生活」(vita activa)の二つに分ける。
観照的生活とは、プラトンの主張するような永遠の真理を探究する哲学者の生活である。
活動的生活とは、あらゆる人間の活動力を合わせたものである。
活動的生活は主として、活動(action/Handeln)、仕事(work/Herstellen)、労働(labor/Arbeiten)の三つに分ける事ができる。
「活動」は、人間が関係の網の目の中で行う行為であり、平等かつお互いに差異のある人間たちの間にのみ存在しうる。個々人は自発的に「活動」を開始し、その行為の結果として自身が何者(who)であるかを暴露する。それはちょうどギリシアにおけるダイモーン(守護霊)のように、自身には決して明らかにはならないが他者には明白ななんらかの徴である。
「仕事」は、職人的な制作活動に象徴される目的-手段的行為をさす。ある特定の目的の達成をめざして行われる行為はアレントにとって「仕事」であった。「活動」はその結果として語り継がれる物語以外の何物をも残さないが、「仕事」はその達成された目的の証としての最終生産物を残す。最終生産物の産出に示される「仕事」の確実性は古来より高く評価されており、それ故にギリシア人は本来「活動」そのものであった政治を「仕事」によって行われるよう置き換えることを試みた、とアレントは指摘している。
「労働」は人間のメタボリズム(?)を反映した行為であり、生存と繁殖という生物的目的のため、産出と消費というリズムにしたがって行われる循環的行為である。「活動」や「仕事」と異なり、人間は生存に伴う自然的な必要を満たすために「労働」を強いられる。それゆえ古来より労働は苦役であり続けたが、アレントによればマルクスによって人間が行うもっとも生産的な行為として位置づけられた。
革命論[編集]
アーレントは、革命については戦争と分母を同じくするものであり、すなわち暴力が母体になっているとする。

8:03 午前  
Blogger yoji said...

【社説】“凡庸な悪”について考える…悪は凡庸であるが故に身近にある。悪に陥らないためにハンナ・アーレントは言う。考えよ、と。
1 :諸星カーくんφ ★:2013/11/17(日) 08:23:56.77 ID:???0
ソース(中日新聞) http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2013111702000089.html

 見出しの「凡庸な悪」とはドイツ生まれのユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントの言葉です。彼女は人類が今も陥りそうな悪として
そう述べていたのです。

 東京の古書店街、神保町の映画館「岩波ホール」へ行って驚きました。平日の午後、切符は一時間前に売り切れていました。
映画はドイツの女性監督マルガレーテ・フォン・トロッタさんの「ハンナ・アーレント」。

 次の日、早くに並んで入れました。客席は老若男女、幅広い層で埋まっていました。

■アーレントの傍聴記

 映画は戦後米国の大学教授となっていたアーレントによる、一九六一年にイスラエルで開かれたアイヒマン裁判の傍聴が中心です。
そこで見いだした“凡庸な悪”あるいは“悪の陳腐さ”について、諄々(じゅんじゅん)と説いてゆくのです。

 アイヒマンは、ナチスによるユダヤ人虐殺責任者の一人。ガス室のある、絶滅収容所へ送る列車移送を指揮。犠牲者、推計六百万人。
逃亡先のアルゼンチンからイスラエル諜報(ちょうほう)機関が拉致し、世界注視の中、裁判にかけられ、絞首刑。

 映画には、当時の映像が出てきます。

 法廷のアイヒマンは、濃色の背広にネクタイを締め、前頭部ははげ上がり、めがねをかけ、ごく普通の役人か会社員風。

 こう言います。

 「将校は忠誠を誓います。誓いを破る者はクズと見なされます」。

 これに対して検事は問います。

 「では総統の死後は、その宣誓から解放されましたか」。

(>>2以降に続く)

2 :諸星カーくんφ ★:2013/11/17(日) 08:24:16.28 ID:???0
(>>1の続き)

 アイヒマンは答えます。

 「自動的に解放されます」。

 そしてこの移送指揮者は言い切るのです。

 「私は手を下していません」

 世界はアイヒマンを怪物と見ようとしていました。

 アーレントは違いました。映画ではこう言います。

 「そう単純じゃない。彼はどこにでもいる人よ。怖いほどの凡人なの」

 そこで凡庸な悪という言葉が記されます。しかし大論争を巻き起こします。彼女はアイヒマンの擁護者だ、という非難を激しく浴びせ
られるのです。

■開高健も見て、書いた

 アイヒマン裁判は、日本の作家開高健も見ていました。傍聴記はアーレントよりも早く「声の狩人/裁きは終りぬ」という題で発表して
います。有能な小役人の、凡庸だが深い罪を慎重に観察しています。こう書いています。

 <エルサレムに来た米国人観光客に裁判の感想を聞かれると、私は二つの答えを用意していた。疲れていない時には、日本に帰って
ゆっくり考えて書くつもり。疲れている時には、ここでアイヒマンが裁かれているのに原爆投下責任者であるトルーマン(米国大統領)が
責任を問われないでいるのはなぜだろうか>

 冗談めかして書くのは、その悪の本質が容易には理解されないだろうという思いからでしょうか。

(さらに続きます)

3 :諸星カーくんφ ★:2013/11/17(日) 08:24:37.40 ID:???0
(>>2の続き)

 そこには、凡庸な悪を唱えて罵声を浴びたアーレントと重なるものがあります。悪は凡庸であるほど悪ではなく、もしかしたら勤勉な
仕事に見えるかもしれない。つまり全体主義です。

 開高は、アイヒマンは釈放すべきだった、と結論づけました。焼きごてで彼の額に鉤(かぎ)十字を烙印(らくいん)して追放すべき
だった、と。

 分かりにくい凡庸な悪を、彼自身をもって悟らしめ、語らしめ、それを私たちは決して忘れまいという主張でしょう。

 残念ながら、凡庸な悪は、今いくつも見つかります。

 たとえば、米国の無人機は非戦闘員も殺して、遠隔操作者は血の臭いすら知らない。若者をテロに誘う者は、自分らの正義の名の
下に若者に人道を忘れさせようとしている。排外と差別です。

 戦争ではないが、世界に格差社会をつくっている強欲資本主義は人間の軽視において同列でもあります。原子力、核兵器の潜在的
かつ永続的な怖さに目をつむり、また核を拡散させる者たちは…。

■「考えよ」という教え

 もちろん、それらをナチスの非道とその残酷さにおいて同一視しようとは思いません。

 しかし、悪が凡庸、また陳腐であるがゆえに身近にあるのかもしれないことは、十分恐れねばならないことです。その悪に陥らない
ために、アーレントは、ひたすらにこう言うのです。考えよ、と。偉大な恩師で愛者でもあった哲学者ハイデッガーの教えたように。

 映画「ハンナ・アーレント」に人々は長い列をつくります。

 それは、私たちが、気づかないうちに、私たち自身に、また社会に持ってしまったのかもしれない凡庸な悪について、どうにかして
気づこうとしている証しなのではないでしょうか。

(終わり)

5:09 午後  
Blogger yoji said...

http://www.amazon.co.jp/dp/4622020092

Amazon.co.jp: イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告: ハンナ・アーレント, 大久保 和郎: 本
内容紹介
アウシュヴィッツのナチ将校、アイヒマン裁判への透徹した観察。〈悪〉の陳腐さを衝いた問題作。
■ 映画「ハンナ・アーレント」(マルガレーテ・フォン・トロッタ監督)
2013年10月26日岩波ホールほか、全国順次ロードショー。
世界的スキャンダルを巻き起こした、ナチス戦犯アイヒマンの裁判レポート。
60年代初頭、悪とは何か、愛とは何かを問い続けた哲学者アーレント、感動の真実。
*************

「この本は全体として思考の独立性のすばらしい証言です。
……彼女が哲学的にも思想的にも徹底した、アウグスティヌスの愛の概念についての研究で正学位を得たとき、
それもまだごく若く、たしか23歳だったと思いますが、
教授資格を得るようにと人々は勧めました。それを彼女は拒絶した。
彼女の本能は大学を拒んだ。彼女は自由でありたかったのだ。
1933年に彼女は著述を一切放棄した。……彼女はユダヤ人の目的のための実践活動に入り、シオニスト協会に加入した。
……戦争中彼女は評論を書きはじめました。大抵政治的なものです。戦後になって一作また一作と著書があらわれた。
……彼女がそれによって生きる根本のものは、真理への意志、真の意味における人間的存在、
幼年時代にまで見られる限りない誠実、そしてまた、逮捕(1933)と証券なしの国外移住のときに味わった極度の孤独の経験です。」ヤスパース、1965

ハンナ・アーレントは1906年生れのユダヤ人。ヤスパースのほかに、ブルトマン、ハイデッガー、
フッサールについて学んだ。亡きシモーヌ・ヴェイユとならび、今日もっとも大きな知的影響力をもつ女性である。


【目次抄】
読者に
第1章 法廷
第2章 被告
第3章 ユダヤ人問題専門家
第4章 第一の解決――追放
第5章 第二の解決――強制収容
第6章 最終的解決――殺戮
第7章 ヴァンゼー会議、ポンテオ・ピラト
第8章 法を守る市民の義務
第9章 ライヒ――ドイツ、オーストリアおよび保護領――からの移送
第10章 西ヨーロッパ――フランス、ベルギー、オランダ、デンマーク、イタリア――からの移送
第11章 バルカン――ユーゴスラヴィア、ブルガリア、ギリシャ、ルーマニア――からの移送
第12章 中欧――ハンガリア、スロヴァキア――からの移送
第13章 東方の殺戮センサー
第14章 証拠と証人
第15章 判決、上告、処刑
エピローグ
あとがき
出版社からのコメント

商品の説明をすべて表示する
登録情報
単行本: 272ページ
出版社: みすず書房; 〔新装版〕版 (1969/2/20)
言語 日本語
ISBN-10: 4622020092
ISBN-13: 978-4622020097
発売日: 1969/2/20
商品パッケージの寸法: 21.2 x 14.8 x 2.2 cm

5:38 午後  
Blogger yoji said...

米軍再編の政治学―駐留米軍と海外基地のゆくえ: ケント・E. カルダー, Kent E. Calder, 武井 楊一: 本
http://www.amazon.co.jp/dp/4532353084/

3 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 米軍再編を考えるためのタイムリーな書物 2010/3/23
By Fernald
形式:単行本|Amazon.co.jpで購入済み
著名な日本専門家であるカルダー教授の著作。米軍再編については当然全世界的な関心事項であり、マスコミなどで大々的に取り上げられているのだが、アカデミックな研究の対象とはされてこなかった。そんな中、カルダー教授は米軍再編を政治学的に分析することは可能であり、また、政治学的に分析することが21世紀における米軍の前方展開態勢を考える上でも必要だとしている。米軍再編をめぐる政治は補償型、強権型、バザール型、情緒型の4つのパラダイムに分けることが可能であるとし、複眼的に米軍再編をめぐる政治情勢を分析するとともに、現地のミクロの政治情勢を丹念に吟味していくことが重要だとしている。

本書では全世界で行われている、また行われて来た米軍再編について扱われているが、教授が日本専門家だということもあり、当然ながら在日米軍再編についての記述が最も充実している。政権交代が米軍再編に与える影響についても詳述されており、本書は今読むに最も相応しい書物だということができる。
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10 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 沖縄の本質も見える本 2008/12/21
By ai0610 VINE メンバー
形式:単行本|Amazon.co.jpで購入済み
戦争に負けた我国も多くの米軍基地があるが

沖縄等の問題にも十分にページを割いてそのカラクリを語っている

著者は本書の中でハッキリと民主政権下では米軍の基地は存続しにくいと書いてある

そういった部分も着目して本書を読めば大変勉強になる一冊だと思う
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5つ星のうち 3.0 沖縄に対する論考が興味深い 2011/5/6
By ahum
形式:単行本
個人的には、沖縄普天間問題に絡む論考が興味深かった。

今後のアメリカは、「世界の警察」たりえるのか?

その意味においても、各国に設置されてる基地が重みを増していく。

6:06 午後  
Blogger yoji said...

64 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/30(日) 02:01:23.43 ID:PeLEnrJS0
ロシア人がクリミアごとロシア領に戻るのを故郷に帰るのですつうのはどうなんだろうね
タタール人をシベリアに追い出して住み着いたロシア人でしょこの人
自称クリミア市民たるロシア系市民とタタール人は仲がいいんだ対立もしてないみたく言ってるけど…
タタール人は反ロシアデモもやってるんだよ。ちょっとあつかましくはないかな

プーチンさんはソビエト連邦を崩壊させ東欧各国が独立するチャンスを作った人だし
クリミアでタタール人の復権があるなら…

って思って支持黙認した人もクリミア在住のロシア人のことまで支持しているわけではないよ
こいつらはウクライナの被害者みたく言ってるけど対クリミアでは加害者でしょ

広告代理店の演出プランなら発言者をタタール人に入れ替えて手紙書き直すべき

65 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/30(日) 02:01:55.16 ID:L6qQy/Jj0
>>62
ウクライナ問題で一番学んだことは、民族主義を掲げて一見耳当たりの良いことを言ってる奴は簡単に信用するなってことかな

66 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/30(日) 02:03:01.34 ID:NgbQSEF40
まあ要するにこの話は、ロシアもウクライナもクリミア人も、クリミア半島を自国領土とする確固たる基盤を持ってない
ってことなのな

67 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/30(日) 02:03:23.01 ID:L6qQy/Jj0
>>64
クリミアも元ソ連だからじゃね
それにクリミア憲法に「ウクライナから独立するときはロシアに編入する」と書かれてるからな

68 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/30(日) 02:03:48.22 ID:UlRngs000
プーチン 最後の聖戦 ロシア最強リーダーが企むアメリカ崩壊シナリオとは?
集英社インターナショナル (2012/4/5)

・ウソの理由で戦争を始める(→アメリカ)
・基軸通貨体制を守るために、他国を攻める(→アメリカ)
・石油利権を確保するために戦争をする(→アメリカ)
・他国で次々と革命を起こす(→アメリカ)
・どちらが先に戦争を開始したかを、情報戦でくつがえす(→アメリカ)
・国際法を無視しても、大国(アメリカ)は罰せられない

69 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/30(日) 02:04:57.35 ID:02R2hKZ/0
>>60
しかし、この数十年間で一番凶暴なのはアメリカだからな

70 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/30(日) 02:06:11.03 ID:yfVMkOmZ0
>>68
うーん、現状を見てるとアメリカが世界のリーダーの座(笑)を守ろうと必死になってるだけに見えるけどな
ロシアつかプーチンは自国の利益を優先にさせてるだけで戦争する気なさそうなのに、アメリカがちょっかい出したせいで泥沼になってるだけだし

71 :名無しさん@13周年@転載禁止:2014/03/30(日) 02:10:14.99 ID:PeLEnrJS0
>>67
元ソ連だけどもともとはロシア系の居住地ではないでしょ
ソ連に組み込んで原住民のタタールをシベリアに追い出して帰還を禁じ、ロシア人を植民したんだよ
クリミアがウクライナ領になったのはソ連のえらいさんがウクライナ出身で
クリミアを気に入ってなんか思いつきというか独断で決めたんだよね
だからウクライナ所属なのもおかしいんだけど
しかし植民したロシア系がでかいつらして被害者づらで手紙書ける問題でわない
こいつはおかしい

http://ai.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1396108767/-100

12:34 午後  
Blogger yoji said...

wiki
クリミア戦争(クリミアせんそう、英: Crimean War、仏: Guerre de Crimée、露: Крымская война、土:Kırım Savaşı)は、1853年から1856年の間、クリミア半島などを舞台として行われた戦争である。

フランス、オスマン帝国およびイギリスを中心とした同盟軍及びサルデーニャとロシアが戦い、その戦闘地域はドナウ川周辺、クリミア半島、さらにはカムチャツカ半島にまで及んだ、近代史上稀にみる大規模な戦争であった。日本では汎スラヴ主義を掲げるロシアのイデオロギーや南下政策がもたらした対立の一環であるとの見方が定着している。
この戦争により後進性が露呈したロシアでは抜本的な内政改革を余儀なくされ、外交で手腕を発揮できなかったオーストリアも急速に国際的地位を失う一方、国を挙げてイタリア統一戦争への下地を整えたサルデーニャや、戦中に工業化を推進させたプロイセンがヨーロッパ社会に影響力を持つようになった。また北欧の政治にも影響を与え、英仏艦隊によるバルト海侵攻に至った。この戦争によってイギリスとフランスの国際的な発言力が強まりその影響は中国や日本にまで波及した。

12:35 午後  
Blogger yoji said...

戦争に関わった人物[編集]

アルフレッド・ノーベル - 発明家。ロシア軍の機雷設置請負業で財を成した
アッバース・ヒルミー - エジプト総督。ムハンマド・アリーの孫でオスマン帝国側に立って参戦
アントワーヌ=アンリ・ジョミニ - スイス人軍学者。開戦当時のロシアの軍事顧問
ジェームズ・スターリング - 英国海軍軍人。極東のロシア艦隊を攻撃するため来日し、江戸幕府にヴィクトリア女王の親書を渡す
フェルディナン・レセップス - オスマン帝国側について参戦したために混乱したエジプトからスエズ運河の建設権を取得
ハインリッヒ・シュリーマン - 戦争のための補給物資を扱い、財を成す。その金を元にトロイ発掘を行う
パトリス・ド・マクマオン - フランス外人部隊指揮官として参戦。後のフランス第三共和政の下で大統領を務める
フローレンス・ナイチンゲール - 看護師として従軍。英国野戦病院で看護活動、「クリミアの天使」とも呼ばれた
レフ・トルストイ - 将校として従軍。セバストポリ要塞の戦いに参加。従軍した体験を元に小説「セヴァストポリ物語(英語版)」を執筆して国家的栄誉を得る
エフィム・プチャーチン - ロシア海軍軍人。幕末に条約締結のため来日
吉田松陰 - 幕末の思想家。長崎からの密航を計画したが、開戦によりロシア艦が予定より早く引き上げたため失敗し、その後、別件で自首して投獄された
マイケル・ファラデー - イギリス人化学者。英国政府から化学兵器の開発を依頼されるが、拒否
アドルフ・エリク・ノルデンショルド - 学者、探検家。フィンランド大公国から追放されたが、1879年、地理学に名を残す北東航路の制覇を達成した
パーヴェル・ナヒーモフ - ロシア海軍司令官
クリミア戦争を題材とした作品[編集]

映画[編集]
進め龍騎兵(1936年、マイケル・カーティス監督)
遥かなる戦場(1968年、トニー・リチャードソン監督)

12:37 午後  
Blogger yoji said...

wiki

クリミアの歴史
(クリミア半島の歴史から転送)


クリミア半島は、紀元前5世紀頃のギリシア人の入植から有史時代に入り、古代には「タウリカ」または「ケルソネソス・タウリカ」(Χερσόνησος Ταυρική 「タウリカ半島」の意)と呼ばれていた。これ以来、スキタイ人(スキタイ=キンメリア人、タウロイ人)、ギリシア人、ローマ人、ゴート人、フン人、ブルガール人、ハザール人、キプチャク人などさまざまな民族によってクリミアは征服と支配を受けてきた。
中世には、一部がキエフ・ルーシに、別の一部がビザンチン帝国に支配されたこともあったが、モンゴルの征服を受けてモンゴル帝国の分枝であるジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)の支配下に入った。また、この時代には沿岸の一部がヴェネツィアとジェノヴァの統治下におかれた。これらの諸勢力は15世紀にクリミア・ハン国とオスマン帝国の支配下となり、18世紀まで続いた。
クリミアの近代は、1783年のロシア帝国によるクリミア・ハン国併合に始まる。1921年にはソビエト連邦の下にクリミア自治ソビエト社会主義共和国が設置されたが、1945年に廃止され、かわって置かれたクリミア州は1954年にロシア・ソビエト連邦社会主義共和国からウクライナ・ソビエト社会主義共和国に移管された。1991年にウクライナが独立するとふたたび自治共和国の地位を得たが、2014年クリミア危機でロシア連邦がクリミア編入を宣言し、領有権をめぐる対立が続いている。

12:39 午後  
Blogger yoji said...

Tom はヘブライ語の「正直者」(תּוֹם) に由来する名でもあり、男女共に使われる。

Jerome はギリシャ語起源の名前です。
バリエーションは:
Gerome, Geronimo,GERRIE, GERRY,JERRY
http://www.thinkbabynames.com/meaning/1/Jeremiah


それをいったらジャクソンはヤコブの息子(son)だな。。。

11 :七つの海の名無しさん:2014/04/08(火) 22:15:03.39 ID:y2waTtuZ
ヒトラー自体、ロスチャイルドが女中の妾に生ませたと、認識されてますが?何か?

7:22 午前  
Blogger yoji said...

アーレントは古代ギリシアの自己理解(古典古代の共和主義政体の理想)を参照しながら、活動的生活を以下のように『活動(action/Handeln)・仕事(work/Herstellen)・労働(labor/Arbeiten)』の三つに分類して、言語的行為である『活動』に高い価値を与えているが、これは“経済至上主義(資本主義及びマルクス主義)の近代批判”につながる現象学的かつ歴史的な考察を含むものになっている。
活動(action/Handeln)……複数の自由で平等な人間の間で成立する自発的な言語的・表現的な活動であり、それぞれの個人がその自発的な活動によって『自己』が何ものであるかを知るという意味で、古代ギリシアのダイモーンの予言や共同体における自己実現と深い相関を持っている。ハンナ・アーレントは古典古代のギリシアにおける共和主義政体の理想が、自由・平等な個人の強制されていない自発的活動(自己確認・自己表現につながる活動)の交流によって実現されると考え、私的利益や国家体制・物質的生産性のみを重視して政治が行われる近代批判の意図も込めて、この非経済的な活動(主に言論活動)に非常に高い価値を与えた。
仕事(work/Herstellen)……仕事とは職人の制作活動に代表される、特定の目的の達成を目指して行われる自発的・能力的な行為のことであり、最終的に誰もがその価値を認識できる生産物を生み出すという『目的的‐手段的な行為』である。『活動』は最終的には言論や政治などの結果として伝承される物語くらいしか生み出さないが、『仕事』はその目的を達成することができれば他者がその価値を利用できる最終生産物を生み出す。その代わりに仕事には精神的な理念性・普遍性のような高尚な価値は宿らない。『仕事』には生産性・経済性があるが、『労働』とは違って企業や他者に強制されて従事するような行為ではなく、自らの能力・意志に従って自発的に行われる行為でもある。
労働(labor/Arbeiten)……労働とは、人間の生存欲求・繁殖欲求やメタボリズム(生理的代謝)に由来する『生きるためにしなければならない行為』や『他者(企業・組織)に強制される行為』のことであり、その非自発性・強制性に眼目が置かれている。人間の生存・生殖と社会の持続のために、延々と終わりなく繰り返される『生産と消費のリズム(循環的行為のリズム)』に労働は従っており、古典古代のギリシア・ローマでは非自発的で従属的な労働は苦役とされ奴隷に労働の必要性が転嫁されることも多かったが、ハンナ・アーレントは強制・反復される他律的労働による人間性(理性的言語的な自己確認)の疎外を批判的に評価した。しかし、『プロレタリア独裁(無産階級の暴力革命)』を説くカール・マルクスの共産主義思想・マルクス主義の理論によって、経済社会(国民全体)に奉仕する労働は最も生産的で価値のある行為へと転換され、共同体(帰属社会)のためにしなければならない労働は、経済的必要を超えて道徳的義務(勤労賛美)となっていった。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/vision/es001/hannah.html

6:19 午前  
Blogger yoji said...

ハンナ・アーレントは晩年に再び哲学的思索を再開するが、精神の活動力を“思考・意志・判断力”の三つに分類して政治適用の考察を加える予定だった『精神の生活』を書き上げる前にこの世を去った。『精神の生活(1978年)』は結局アーレントの死後に出版されることになったが、ナチスドイツの悲惨なファシズム(ユダヤ人弾圧)を経験したアーレントの政治哲学は、20世紀の実存主義と政治思想との融合の成果でもあり、『人間は如何に生きるべきか?どのような活動をすべきか?』という普遍的な問いの答えを“アクチュアルな政治空間”で出そうとしたものでもあった。

6:20 午前  
Blogger yoji said...

 結果的にという限定が付くが、晩年のアーレントは三部構想の「精神の生活」の執筆において、「第一部 思考」(参照)、「第二部 意志」(参照)まで書き終えて亡くなり、その最終でもあり全生涯の総括ともなりうるはずの「第三部 判断」を残さなかった。おそらくこの第三部の「判断」から、彼女の後期思想、あるいは全思想の眺望が伺えるはずでもあったとすれば、未踏のアーレントを想像することこそ、アーレントを読むという知的営為となる。それがこの小冊子の一章に充てられている。
 アーレントの最後の思想については、同書の二部までに加え、仲正が完訳した「カント政治哲学講義録」(参照)、つまりニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチ(New School for Social Research)での講義録から読み解かれるものとされる。つまり、カント哲学の文脈で読み解かれるものだ。
 ここでの主要なテーマは、従来の、人間が公的な存在たるべく活動を促すアーレントの議論とは異なり、政治における「観想」になる。人は時代と状況にあってどのように思索・観想するのか。思索・観想というあり方の政治的・倫理的な意味が問われるようになる。
 仲正はアーレントのカント講義において、美についての判断力の議論の援用から政治的判断力を構想していたと見ている。私たちがある対象を美として「判断」するということは、私という個人の内面において単独な判断が成立しているのではなく、共通感覚としての他者の判定の眼差しが組み込まれているということだ。アーレントは、観想的人間存在の政治性を、他者という共通感覚を基盤としつつ、個人の「拡大された心性(enlarged mentality)」によって、他者との調和を獲得する過程に意味づけていく。

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/05/post-781a.html

6:22 午前  
Blogger yoji said...

http://ja.wikipedia.org/wiki/ハンナ・アーレント

^ 「理論的に言えば、まずロックが、ついでアダム・スミスが、労働と労苦は貧困の属性ではなく、貧困ゆえに財産なき者に押しつけられたこの労働は、その反対に富の源泉であると述べた時、革命の舞台はできあがった。つまり、ヨーロッパに革命的活力を培養したのは、独立宣言のずっと以前からあってヨーロッパによく知られていたアメリカ的生活条件の存在であって、アメリカ革命ではなかった。」
^ 「革命(revolution)」という言葉は、もともとは天体の周期的で合法的な回転運動を意味していた。したがって、すべての革命の主役たちにとりついた観念、すなわち、自分たちは旧秩序にはっきりと終止符を打ち新しい世界の誕生をもたらす過程の代理人であるという観念ほど、「革命」という言葉のもともとの意味からかけ離れた観念はない。革命が初めて政治的用語として用いられたのは、1660年に英国で残部議会が打倒され、君主制が復古したときであり、それは、既に以前確立されたある地点に回転しながら立ち戻る運動を暗示するのに用いられた。非常に逆説的なことであるが、この用語が政治的、歴史的な言葉としてはっきり定まった事件、すなわち名誉革命は少しも革命とは考えられず、君主の権力が以前の正義と栄光を回復したものと考えられたのである。このように、「革命」という言葉はもともとは復古を意味し、したがって我々には革命の全く正反対と思われる事柄を意味する。イングランドにおける最初の近代革命の短命な勝利は正式には「一つの復古」として、すなわち、1651年の国璽の銘刻文にあるように「神の加護により復活した自由」として理解されていた。」

6:28 午前  
Blogger yoji said...

アリストテレス・アーレント・ハイデガーの生概念・マルクス
(古代ギリシャ)
プラクシス   活動      本来的     上部構造
実 践     action
        思想・政治
_____________________________
 (ポリス)  仕事
 (政治)   work
ポイエーシス         非 本 来 的  下部構造
制 作     
 (オイコス) 労働
 (経済)   Iabor
             
ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た。




アリストテレス、
アーレント、
ハイデガーの生概念


ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor  work  | action
             | 思想・政治
             |
  非 本 来 的    |  本来的

古代ギリシャでは、
オイコス   ポリス
経済     政治


ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た

6:51 午前  
Blogger yoji said...

アリストテレス・アーレント・ハイデガー・マルクス の生概念
(古代ギリシャ)
プラクシス   活動    本来的   上部構造
実 践     action
 (自己実現) 思想・政治
_____________________________
 (ポリス)  仕事
 (政治)   work
ポイエーシス        非本来的  下部構造
制 作     
 (オイコス) 労働
 (経済)   Iabor
             
 ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た。アーレントは古代ギリシャ人の信仰の代替物としてカントの判断力を置く。

アーレントは古代ギリシアの自己理解(古典古代の共和主義政体の理想)を参照しながら、活動的生活を以下のように『活動(action/Handeln)・仕事(work/Herstellen)・労働(labor/Arbeiten)』の三つに分類して、言語的行為である『活動』に高い価値を与えているが、これは“経済至上主義(資本主義及びマルクス主義)の近代批判”につながる現象学的かつ歴史的な考察を含むものになっている。


活動(action/Handeln)……複数の自由で平等な人間の間で成立する自発的な言語的・表現的な活動であり、それぞれの個人がその自発的な活動によって『自己』が何ものであるかを知るという意味で、古代ギリシアのダイモーンの予言や共同体における自己実現と深い相関を持っている。ハンナ・アーレントは古典古代のギリシアにおける共和主義政体の理想が、自由・平等な個人の強制されていない自発的活動(自己確認・自己表現につながる活動)の交流によって実現されると考え、私的利益や国家体制・物質的生産性のみを重視して政治が行われる近代批判の意図も込めて、この非経済的な活動(主に言論活動)に非常に高い価値を与えた。


仕事(work/Herstellen)……仕事とは職人の制作活動に代表される、特定の目的の達成を目指して行われる自発的・能力的な行為のことであり、最終的に誰もがその価値を認識できる生産物を生み出すという『目的的‐手段的な行為』である。『活動』は最終的には言論や政治などの結果として伝承される物語くらいしか生み出さないが、『仕事』はその目的を達成することができれば他者がその価値を利用できる最終生産物を生み出す。その代わりに仕事には精神的な理念性・普遍性のような高尚な価値は宿らない。『仕事』には生産性・経済性があるが、『労働』とは違って企業や他者に強制されて従事するような行為ではなく、自らの能力・意志に従って自発的に行われる行為でもある。


労働(labor/Arbeiten)……労働とは、人間の生存欲求・繁殖欲求やメタボリズム(生理的代謝)に由来する『生きるためにしなければならない行為』や『他者(企業・組織)に強制される行為』のことであり、その非自発性・強制性に眼目が置かれている。人間の生存・生殖と社会の持続のために、延々と終わりなく繰り返される『生産と消費のリズム(循環的行為のリズム)』に労働は従っており、古典古代のギリシア・ローマでは非自発的で従属的な労働は苦役とされ奴隷に労働の必要性が転嫁されることも多かったが、ハンナ・アーレントは強制・反復される他律的労働による人間性(理性的言語的な自己確認)の疎外を批判的に評価した。しかし、『プロレタリア独裁(無産階級の暴力革命)』を説くカール・マルクスの共産主義思想・マルクス主義の理論によって、経済社会(国民全体)に奉仕する労働は最も生産的で価値のある行為へと転換され、共同体(帰属社会)のためにしなければならない労働は、経済的必要を超えて道徳的義務(勤労賛美)となっていった。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/vision/es001/hannah.html


アリストテレス、
アーレント、
ハイデガーの生概念


ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor  work  | action
             | 思想・政治
             |
  非 本 来 的    |  本来的

古代ギリシャでは、
オイコス   ポリス
経済     政治


ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た。

7:19 午前  
Blogger yoji said...

‪田嶋陽子氏、逃げ恥にかみつく「まだこんなことしてんの?」(デイリースポーツ) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161221-00000036-dal-ent ‬
‪「主婦の家事労働代は30年前に25万円って厚生労働省から出てるのに。その間政府は何もしてなくて、…安倍(首相)さんが逃げてんのよ」‬

7:52 午後  
Blogger yoji said...

2017
胸露出写真はフェミニズムに反さず、女優E・ワトソンが批判一蹴
ロイター 3/6(月) 12:51配信

胸露出写真はフェミニズムに反さず、女優E・ワトソンが批判一蹴
 3月5日、人気映画「ハリー・ポッター」シリーズでハーマイオニー役を演じ、フェミニズム活動家としても知られる英女優エマ・ワトソンは、胸の一部を露出した写真を撮影したことがフェミニストの理想に反するとの批判に反論した。写真は2日撮影(2017年 ロイター/Mario Anzuoni)
[5日 ロイター] - 人気映画「ハリー・ポッター」シリーズでハーマイオニー役を演じ、フェミニズム活動家としても知られる英女優エマ・ワトソンは、胸の一部を露出した写真を撮影したことがフェミニストの理想に反するとの批判に反論した。

【ビデオ】胸露出問題について答えるE・ワトソン(英語)

ファッションフォトグラファーのティム・ウォーカーが撮影したこの写真はバニティ・フェア誌に掲載されたもので、透けて見えるボレロを羽織り、下着などは何も着ないで撮影されている。

ワトソンはロイターとのインタビューで「フェミニズムとは何かを巡り、多くの誤解があることが分かる。フェミニズムとは女性に選択肢を認めることであって、ほかの女性を打ちのめすためのこん棒ではない。それは、自由、解放、平等に関することであり、私の胸とどう関係があるのか分からない」と語った。

さらに「(写真は)信じがたいほど芸術的で、その面白さと美しさに興奮している」と述べた。

【関連記事】
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【写真】第89回アカデミー賞のベストショット
エマ・ワトソン 、 ファッションフォトグラファー 、 ハリー・ポッター を調べる
最終更新:3/6(月) 13:35ロイター

9:33 午後  
Blogger yoji said...

アリストテレス/アーレント/ハイデガーの生概念/マルクス

(古代ギリシャ)
プラクシス  /活動   /  本来的    /上部構造
実 践     action
        思想・政治
_____________________________
 (ポリス)  仕事
 (政治)   work
ポイエーシス /     / 非 本 来 的 /下部構造
制 作     
 (オイコス) 労働
 (経済)   Iabor
             
ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た。




アリストテレス、
アーレント、
マルクス、
ハイデガーの生概念:

ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践    (アリストテレス)
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor  work  | action
             | 思想・政治   (アーレント)
             |
   下部構造      | 上部構造    (マルクス)
             |
  非 本 来 的    |  本来的    (ハイデガー)

古代ギリシャでは、
オイコス   ポリス
経済     政治


ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た

1:33 午前  
Blogger yoji said...

http://www.youtube.com/watch?v=dsoImQfVsO4#t=7m56s 7:56
Ich selber wirken? Nein, ich will verstehen.

Do I see myself as influential? No, I want to understand.

私が影響力を持ちたいかですって? いいえ、私は理解したいのです。
(《Ich will verstehen 》p.48、邦訳『アーレント政治思想集成 1』5頁より)

1:34 午前  
Blogger yoji said...


Hannah Arendt "Zur Person" Full Interview (with English subtitles)1964.
「何が残った? 母語が残った」――ギュンター・ガウスとの対話
https://www.youtube.com/watch?v=dsoImQfVsO4?t=37m12s
《Was ist geblieben? Geblieben ist die Sprache.》
《残ったものですか? 残ったものは、言葉です。》
(『アーレント政治思想集成1』18頁)

Hannah Arendt "Zur Person" Full Interview (with English subtitles)
https://youtu.be/dsoImQfVsO4
http://www.youtube.com/watch?v=dsoImQfVsO4#t=7m56s 7:56

《Ich selber wirken? Nein, ich will verstehen. 》
《Do I see myself as influential? No, I want to understand.》
《私が影響力を持ちたいかですって? いいえ、私は理解したいのです。》
(《Ich will verstehen 》p.48、邦訳『アーレント政治思想集成 1』5頁より)


アリストテレス、
アーレント、
マルクス、
ハイデガーの生概念:

ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践    (アリストテレス)
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor  work  | action
             | 思想・政治   (アーレント)
             |
   下部構造      | 上部構造    (マルクス)
             |
  非 本 来 的    |  本来的    (ハイデガー)

古代ギリシャでは、
オイコス   ポリス
経済     政治


ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た

アーレントはトクヴィルの後継者だがカントの解釈者でもある

1:47 午前  
Blogger yoji said...


Hannah Arendt "Zur Person" Full Interview (with English subtitles)1964.
「何が残った? 母語が残った」――ギュンター・ガウスとの対話
https://www.youtube.com/watch?v=dsoImQfVsO4?t=37m12s
《Was ist geblieben? Geblieben ist die Sprache.》
《残ったものですか? 残ったものは、言葉です。》
(『アーレント政治思想集成1』18頁)

Hannah Arendt "Zur Person" Full Interview (with English subtitles)
https://youtu.be/dsoImQfVsO4
http://www.youtube.com/watch?v=dsoImQfVsO4#t=7m56s 
《Ich selber wirken? Nein, ich will verstehen. 》
《Do I see myself as influential? No, I want to understand.》
《私が影響力を持ちたいかですって? いいえ、私は理解したいのです。》
(《Ich will verstehen 》p.48、邦訳『アーレント政治思想集成 1』5頁より)

アリストテレス、
アーレント、
マルクス、
ハイデガーの生概念:

ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践    (アリストテレス)
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor  work  | action
             | 思想・政治   (アーレント)
             |
   下部構造      | 上部構造    (マルクス)
             |
  非 本 来 的    |  本来的    (ハイデガー)

古代ギリシャでは、
オイコス   ポリス
経済     政治

ハイデガーは詩作というポイエーシスにプラクシスの徹底を見た
アーレントはトクヴィルの後継者だがカントの解釈者でもある

参考:
Business Media 誠:ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編) (4/4)
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0907/08/news035_4.html

1:54 午前  
Blogger yoji said...

参考:
Business Media ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編) (4/4)
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0907/08/news035_4.html
 もうちょっとだけやさしい話をすると、ハンナ・アーレントが言っている言葉で一番好きな言葉
は政治というのはどういう行為かということです。彼女は「人と人の間をつなぐのが政治である」
と説明しています。日本の政治家は恐らく政治というのは選挙をやることが政治だと思って
いるのではないでしょうか。

1:59 午前  
Blogger yoji said...


アリストテレス、
マルクス、
ハイデガー、
アーレントの生概念:

ポ イ エ ー シ ス  | プラクシス
    制  作     |  実 践    (アリストテレス)
             |
   下部構造      | 上部構造    (マルクス)
             |
  非 本 来 的    |  本来的    (ハイデガー)
             |
 労働     仕事   |  活動
Iabor  work  | action
             | 思想・政治   (アーレント)

古代ギリシャでは、
オイコス   ポリス
経済     政治

7:18 午後  
Blogger yoji said...

アーレントとマルクス
著者名等  吉田傑俊/編  ≪再検索≫
著者名等  佐藤和夫/編  ≪再検索≫
著者名等  尾関周二/編  ≪再検索≫
著者等紹介 【吉田】法政大学社会学部教授。
著者等紹介 【佐藤】千葉大学教育学部教授。
出版者   大月書店
出版年   2003.9
大きさ等  20cm 234p
NDC分類 311.234
要旨    時代を考え抜いた2人の思想家は、どのように現実と対決したか?その追体験をつうじて
、現代が提起する問題を解く新しい原理を探る。
目次    第1部 アーレント思想の射程(ハンナ・アーレントの革命論―自由と“胃袋”の問題;
アーレントにおける市民社会と大衆社会―その思想の「活動」性と「観想」性の分岐の視
点から;世界疎外と精神の生きる場―活動とは何か);第2部 アーレントとマルクス(
“社会的”解放か、“政治的”解放か?―カール・マルクスvsハンナ・アーレント;エ
コロジーとコミュニケーション―アーレント‐マルクス関係の一考察;アーレントの発想
は現代の変革に資するか?);第3部 アーレント思想の影響(コミュニケーション的行
為と「人間の条件」―ハーバーマスとアーレント;アーレントとサルトル―テロリズム論
を媒介に)
内容    政治哲学者ハンナ・アーレントの思想形成は、マルクスと正面から向き合った批判的研究
を通じてなされた。本書は、社会変革をめざす立場から、アーレントが提起している諸問
題を本格的に検討する。
内容    内容: アーレント思想の射程 ハンナ・アーレントの革命論   古茂田宏著
内容    アーレントにおける市民社会と大衆社会   吉田傑俊著
内容    世界疎外と精神の生きる場   佐藤和夫著
内容    アーレントとマルクス 〈社会的〉解放か、〈政治的〉解放か?   石井伸男著
内容    エコロジーとコミュニケーション   尾関周二著
内容    アーレントの発想は現代の変革に資するか?   竹内章郎著
内容    アーレント思想の影響 コミュニケーション的行為と「人間の条件」   豊泉周治著
内容    アーレントとサルトル   清眞人著

4:49 午前  
Blogger yoji said...

https://search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=applpd&x=wrt&p=%E5%85%A8%E4%BD%93%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E8%
B5%B7%E6%BA%90+%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%88+%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4
第1回 異分子排除のメカニズム
【放送時間】
2017年9月4日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2017年9月6日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2017年9月6日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【講師】
仲正昌樹(金沢大学教授)
【朗読】
田中美里(俳優)
【語り】
徳田 章(元NHKアナウンサー)
フランス革命を期にヨーロッパに続々と誕生した「国民国家」。文化的伝統を共有する共同体を基盤にした国民国家は、「共通の敵」を見出し排除することで自らの同質性・求心性を高めていった。敵に選ばれたのは「ユダヤ人」。かつては国家財政を支えていたユダヤ人たちは、その地位の低下とともに同化をはじめるが、国民国家への不平不満が高まると一身に憎悪を集めてしまう。「反ユダヤ主義」と呼ばれるこの思潮は、民衆の支持を獲得する政治的な道具として利用され更に先鋭化していく。第一回は、全体主義の母胎の一つとなった「反ユダヤ主義」の歴史を読み解くことで、国民国家の異分子排除のメカニズムがどのように働いてきたかを探っていく。

10:15 午後  
Blogger yoji said...

https://icu.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item
_id=3677&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1&page_id=13&block_id=17
千葉眞論考


この問題についての彼女の解釈の特徴は,少なくとも二点において,す
なわち反ユダヤ主義現象におけるユダヤ人の側の問題性を鋭く指摘した
点と近代ヨーロッパ史の脈絡において反ユダヤ主義は国民国家の命運と
軌を一にするものであったという理解に窺われる。第一点については,
従来のスケープゴート説や永遠の反ユダヤ主義説はユダヤ人の側の責任
や人間行動の問題にはほとんど触れるところがないという点で不十分で
あるというアーレントの立場と深く係わっている。この関連で彼女はユ
ダヤ人の側の政治的無知,一般民衆に対する偏見と権威への愛着,金銭
への執着と異質なものないし不慣れなものに対する適応力の欠如,閉鎖
的な生活態度などを指摘する"第二点については特に, それまで国民国
家の形成の過程で公的な機能を果してきたユダヤ人経済力の重要性が,
今世紀初頭以降相対的に低下していったことが挙げられている。18世紀
70
以降19世紀後半にかけての国民国家の発展の文脈においてはユダヤ人全
般の政治的法的重要性がヨーロッパ諸国において認識されてきたのであ
る。それは何よりもまず,ユダヤ人富裕者層が資金の調達を通じて各国
の政治権力および上層社会との緊密な友好関係を維持することができた
からである。この時代にはユダヤ人は一般的に富と暗黙裡の権力の象徴
の如く見られていたのである。ところが, 19世紀末になると、ヨーロッ
パ諸国の政府の資金調達の仕方が税制の拡充や帝国主義的膨張政策など
によって変化し多様化した。その結果,政府中枢に対するユダヤ人の公
的機能と影響力とが低下するのは避けられない情勢であった"こうして
それまで反ユダヤ主義の感情を押えてきた歯止めのようなものは取り去
られ,社会全体にユダヤ人に対する人種偏見と敵視の感情があまねく浸
透することになる。アーレントは国民国家の枠組における反ユダヤ主義
の典型的事例として19世紀末にフランスで起こったドレフュス事件を取
りヒげ、それを手懸りに反ユダヤ主義のもつ政治的含章を幾つかの角度


全体主義の起源冒頭の要約

10:27 午後  
Blogger yoji said...


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_id=3677&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1&page_id=13&block_id=17
千葉眞論考


この問題についての彼女の解釈の特徴は,少なくとも二点において,す
なわち反ユダヤ主義現象におけるユダヤ人の側の問題性を鋭く指摘した
点と近代ヨーロッパ史の脈絡において反ユダヤ主義は国民国家の命運と
軌を一にするものであったという理解に窺われる。第一点については,
従来のスケープゴート説や永遠の反ユダヤ主義説はユダヤ人の側の責任
や人間行動の問題にはほとんど触れるところがないという点で不十分で
あるというアーレントの立場と深く係わっている。この関連で彼女はユ
ダヤ人の側の政治的無知,一般民衆に対する偏見と権威への愛着,金銭
への執着と異質なものないし不慣れなものに対する適応力の欠如,閉鎖
的な生活態度などを指摘する"第二点については特に, それまで国民国
家の形成の過程で公的な機能を果してきたユダヤ人経済力の重要性が,
今世紀初頭以降相対的に低下していったことが挙げられている。18世紀
70
以降19世紀後半にかけての国民国家の発展の文脈においてはユダヤ人全
般の政治的法的重要性がヨーロッパ諸国において認識されてきたのであ
る。それは何よりもまず,ユダヤ人富裕者層が資金の調達を通じて各国
の政治権力および上層社会との緊密な友好関係を維持することができた
からである。この時代にはユダヤ人は一般的に富と暗黙裡の権力の象徴
の如く見られていたのである。ところが, 19世紀末になると、ヨーロッ
パ諸国の政府の資金調達の仕方が税制の拡充や帝国主義的膨張政策など
によって変化し多様化した。その結果,政府中枢に対するユダヤ人の公
的機能と影響力とが低下するのは避けられない情勢であった(15)。こうして
それまで反ユダヤ主義の感情を押えてきた歯止めのようなものは取り去
られ,社会全体にユダヤ人に対する人種偏見と敵視の感情があまねく浸
透することになる。アーレントは国民国家の枠組における反ユダヤ主義
の典型的事例として19世紀末にフランスで起こったドレフュス事件を取
りヒげ、それを手懸りに反ユダヤ主義のもつ政治的含章を幾つかの角度


全体主義の起源冒頭の要約

10:29 午後  
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https://icu.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item
_id=3677&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1&page_id=13&block_id=17
千葉眞論考
69~70頁より

この問題についての彼女の解釈の特徴は,少なくとも二点において,す
なわち反ユダヤ主義現象におけるユダヤ人の側の問題性を鋭く指摘した
点と近代ヨーロッパ史の脈絡において反ユダヤ主義は国民国家の命運と
軌を一にするものであったという理解に窺われる。第一点については,
従来のスケープゴート説や永遠の反ユダヤ主義説はユダヤ人の側の責任
や人間行動の問題にはほとんど触れるところがないという点で不十分で
あるというアーレントの立場と深く係わっている。この関連で彼女はユ
ダヤ人の側の政治的無知,一般民衆に対する偏見と権威への愛着,金銭
への執着と異質なものないし不慣れなものに対する適応力の欠如,閉鎖
的な生活態度などを指摘する(14)。第二点については特に, それまで国民国
家の形成の過程で公的な機能を果してきたユダヤ人経済力の重要性が,
今世紀初頭以降相対的に低下していったことが挙げられている。18世紀
以降19世紀後半にかけての国民国家の発展の文脈においてはユダヤ人全
般の政治的法的重要性がヨーロッパ諸国において認識されてきたのであ
る。それは何よりもまず,ユダヤ人富裕者層が資金の調達を通じて各国
の政治権力および上層社会との緊密な友好関係を維持することができた
からである。この時代にはユダヤ人は一般的に富と暗黙裡の権力の象徴
の如く見られていたのである。ところが, 19世紀末になると、ヨーロッ
パ諸国の政府の資金調達の仕方が税制の拡充や帝国主義的膨張政策など
によって変化し多様化した。その結果,政府中枢に対するユダヤ人の公
的機能と影響力とが低下するのは避けられない情勢であった(15)。こうして
それまで反ユダヤ主義の感情を押えてきた歯止めのようなものは取り去
られ,社会全体にユダヤ人に対する人種偏見と敵視の感情があまねく浸
透することになる。アーレントは国民国家の枠組における反ユダヤ主義
の典型的事例として19世紀末にフランスで起こったドレフュス事件を取
りヒげ、それを手懸りに反ユダヤ主義のもつ政治的含章を幾つかの角度


全体主義の起源冒頭の要約

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10:30 午後  
Blogger yoji said...

Safari
15:21
33%
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文書名-24-2号-6千葉.pdf
体主義論 歴史学研究』第6巻、第397号、1973年6月), 67-74頁,および山口
定『ファシズム』(有斐閣, 1979年), 261-274頁, を参照。
(9) OT, p.vii. Hannah Arendt, "Understanding and Politics," Partisan Review
Vol.20. No.4. (July-August 1953), p.379. Cf., N. K. O'Sullivan, "Politics, Totali-
tarianism and Freedom," Political Studies, Vol.21. No.2 (June 1973), pp.190-
191. Shiraz Dossa, "Human Status and Politics: Hannah Arendt on the
Holocaust," Canadian Journal of Political Science, Vol.13. No.2 (June 1980),
p.312. Ronald Beiner, "Hannah Arendt on Judging" in Hannah Arendt,
Lectures on Kant's Political Philosophy, ed. Ronald Beiner (Brighton: The
Harvester Press Ltd., 1982), p.95.
(10) OT, p.viii. Cf., Hannah Arendt, "Understanding and Politics," p.377.
(11) その意味では, アーレントの議論の中核に発生史的な因果論的説明ではなく謂
わば歴史現象の「遡行的」理論究明が窺えるとの土屋希和子氏の指摘は,
である。(土屋希和子,前掲論文, 72-75頁。)
重要
(12) Cf., OT, pp.6-8, 35-36, 158-161, 238-243
1) Ibid, pp.xiv, 3. Cf., Leon Botstein, "Hannah Arendt : The Jewish Question,"
The New Republic, Vol.32. No.37 (October 21, 1978), pp.32-37.
i4) OT, pp.6-7, 28. Cf., George Kateb, Hannah Arendt: Politics, Conscience, Evil
(Totowa, New Jersey : Rowman & Allanheld, 1983), pp.58-59.
15) OT, pp.4-5, 9-18, 51-52, 354.
(16) Ibid., pp.89-120.
(1) Ibid., p.138.
(18) Ibid., pp.79-80, 123-157.
(19) Ibid., pp.139-147.
20) 「bid., pp.15, 123-139, 222-223, 336-340
(2) Ibid., p.135. Cf., ibid., pp.137-138
(22 Ibid., p.125.
(23) Ibid., pp.106-117, 147-157.
(24) Ibid., pp.185-186, 195, 205-206, 222-223, 236, 265-269, 302. Cf., Margaret
Canovan, op.cit., p.30.邦訳
58瓦George Kateb, op.cit., pp.56-58
(25) OT, pp.185-266. Cf., Margaret Canovan, op.cit., pp.32-34,邦訳, 61-64頁
26) George Kateb, op.cit., pp.56-57.
(27)全体主義が従来の如何なる政治的伝統とも質的に異なる新しい統治形態である
との議論は,単にアーレントに限られたものではなく, C.J.フリード】,ッヒ,
F·ノイマン, R. C.タッカー, H.ブフハイムらの全体主義理論にも共通する主
張である。し·シャピーロはこの点を論究したアーレントの「全体主義の起原』
を高く評価し、それは「全体主義体制の出現をわれわれの世代の社会的歴史的

10:31 午後  
Blogger yoji said...

OT 全体主義の起源英訳
(14) OT, pp.6-7, 28. Cf., George Kateb, Hannah Arendt: Politics, Conscience, Evil
(Totowa, New Jersey : Rowman & Allanheld, 1983), pp.58-59.
(15) OT, pp.4-5, 9-18, 51-52, 354.

10:33 午後  
Blogger yoji said...

全体主義の起原 1 反ユダヤ主義
版情報   新版
著者名等  ハンナ・アーレント/〔著〕  ≪再検索≫
著者等紹介 【ハンナ・アーレント】1906-1975。ドイツのハノーファー近郊リンデンでユダ
ヤ系の家庭に生まれる。マールブルク大学でハイデガーとブルトマンに、ハイデルベルク
大学でヤスパースに、フライブルク大学でフッサールに学ぶ。1928年、ヤスパースの
もとで「アウグスティヌスの愛の概念」によって学位取得。ナチ政権成立後(1933)
パリに亡命し、亡命ユダヤ人救出活動に従事する。1941年、アメリカに亡命。195
1年、市民権取得、その後、バークレー、シカゴ、プリンストン、コロンビア各大学の教
授・客員教授などを歴任、1967年、ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサー
チの哲学教授に任命される。著書『アウグスティヌスの愛の概念』(1929、みすず書
房 2002)など。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです

出版者   みすず書房
出版年   2017.8
大きさ等  20cm 295,27p
注記    原タイトル:Elemente und Ursprunge totaler Her
rschaft
注記    原タイトル:THE ORIGINS OF TOTALITARIANISMの抄訳
NDC分類 311.8
件名    全体主義  ≪再検索≫
件名    反ユダヤ人主義  ≪再検索≫
要旨    国家や法という伝統、さらに人間の本質まで破壊した全体主義への道筋とシステムを描い
た不朽の大著。最新の研究を反映し読みやすくなった新版刊行。全3巻。
目次    第1章 反ユダヤ主義と常識;第2章 ユダヤ人と国民国家(解放の曖昧さとユダヤ人の
御用銀行家;プロイセンの反ユダヤ主義からドイツにおける最初の反ユダヤ主義政党まで
;左翼の反ユダヤ主義;黄金の安定期);第3章 ユダヤ人と社会(例外ユダヤ人;ベン
ジャミン・ディズレイリの政治的生涯;フォブール・サン=ジェルマン);第4章 ドレ
フュス事件(ユダヤ人と第三共和国;軍・聖職者対共和国;民衆とモッブ;大いなる和解

内容    国家や法という伝統、さらには人間の本質まで破壊した全体主義への道筋とシステムを描
いた20世紀の記念碑的大著を邦訳。最新の研究成果を反映した新版。1950年「初版
まえがき」を付す。
ISBN等 4-622-08625-5

10:43 午後  
Blogger yoji said...

全体主義の起原 2 帝国主義
版情報   新版
著者名等  ハンナ・アーレント/〔著〕  ≪再検索≫
著者等紹介 【ハンナ・アーレント】1906-1975。ドイツのハノーファー近郊リンデンでユダ
ヤ系の家庭に生まれる。マールブルク大学でハイデガーとブルトマンに、ハイデルベルク
大学でヤスパースに、フライブルク大学でフッサールに学ぶ。1928年、ヤスパースの
もとで「アウグスティヌスの愛の概念」によって学位取得。ナチ政権成立後(1933)
パリに亡命し、亡命ユダヤ人救出活動に従事する。1941年、アメリカに亡命。195
1年、市民権取得、その後、バークレー、シカゴ、プリンストン、コロンビア各大学の教
授・客員教授などを歴任、1967年、ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサー
チの哲学教授に任命される。著書『アウグスティヌスの愛の概念』(1929、みすず書
房2002)など。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
出版者   みすず書房
出版年   2017.8
大きさ等  20cm 376,26p
注記    原タイトル:Elemente und Ursprunge totaler Her
rschaft
注記    原タイトル:THE ORIGINS OF TOTALITARIANISMの抄訳
NDC分類 311.8
件名    全体主義  ≪再検索≫
件名    帝国主義  ≪再検索≫
要旨    “本書が語るのは国民国家崩壊の物語である”。民族主義の台頭、資本家とモッブの同盟
、難民と無国籍者の出現、人権の終焉…全体主義に連なる帝国主義とは。
目次    第5章 ブルジョワジーの政治的解放(膨脹と国民国家;ブルジョワジーの政治的世界観
;資本とモッブの同盟);第6章 帝国主義時代以前における人種思想の発展(貴族の「
人種」対市民の「ネイション」;国民解放の代替物としての種族的一体感;ゴビノー;「
イギリス人の権利」と人権との抗争);第7章 人権と官僚制(暗黒大陸の幻影世界;黄
金と血;帝国主義的伝説と帝国主義的性格);第8章 大陸帝国主義と汎民族運動(種族
的ナショナリズム;官僚制―専制の遺産;政党と運動);第9章 国民国家の没落と人権
の終焉(少数民族と無国籍の人々;人種のアポリア)
内容    国民国家の崩壊、民族主義の台頭、資本家とモッブの同盟、難民の出現…。第一次大戦に
連なり、全体主義の素地をつくった帝国主義とは?最新の研究成果を反映した新版。
ISBN等 4-622-08626-3
ISBN等 978-4-622-08626-0

10:43 午後  
Blogger yoji said...

全体主義の起原 3 全体主義
版情報   新版
著者名等  ハンナ・アーレント/〔著〕  ≪再検索≫
著者等紹介 【ハンナ・アーレント】1906-1975。ドイツのハノーファー近郊リンデンでユダ
ヤ系の家庭に生まれる。マールブルク大学でハイデガーとブルトマンに、ハイデルベルク
大学でヤスパースに、フライブルク大学でフッサールに学ぶ。1928年、ヤスパースの
もとで「アウグスティヌスの愛の概念」によって学位取得。ナチ政権成立後(1933)
パリに亡命し、亡命ユダヤ人救出活動に従事する。1941年、アメリカに亡命。195
1年、市民権取得、その後、バークレー、シカゴ、プリンストン、コロンビア各大学の教
授・客員教授などを歴任、1967年、ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサー
チの哲学教授に任命される。著書『アウグスティヌスの愛の概念』(1929、みすず書
房 2002)など。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです

出版者   みすず書房
出版年   2017.8
大きさ等  20cm 440,27p
注記    原タイトル:Elemente und Ursprunge totaler Her
rschaft
注記    原タイトル:THE ORIGINS OF TOTALITARIANISMの抄訳
NDC分類 311.8
件名    全体主義  ≪再検索≫
要旨    ナチ・ドイツとソヴィエト・ロシアの同質性、プロパガンダ、秘密警察、強制収容所、「
見捨てられていること」。先例のない統治形式である全体主義の本質に迫る。
目次    第10章 階級社会の崩壊(大衆;モッブとエリートの一時的同盟);第11章 全体主
義運動(全体主義のプロパガンダ;全体主義組織);第12章 全体的支配(国家機構;
秘密警察の役割;強制収容所);第13章 イデオロギーとテロル―新しい国家形式;エ
ピローグ (英語版第十三章 イデオロギーとテロル―新しい統治形式)
内容    人類史上それまでにはなかった「全体主義」という枠組から、ナチス・ドイツとソヴィエ
ト・ロシアの同質性と実態を分析した不朽の書。最新の研究成果を反映した新版。
ISBN等 4-622-08627-1
ISBN等 978-4-622-08627-7

10:44 午後  
Blogger yoji said...

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10:45 午後  
Blogger yoji said...

ープはなく 、何らかの意味での団体はなかった 。帝国主義的な商売にくらべればユダヤ人の富などは q u a n t i t é n é g l i g e a b l e (問題にならぬ量 )にすぎなかった 。そしてその力の均衡を永久に揺るがされたヨ ーロッパ 、その内部の連帯主義に取って代わって 、国民間の闘争を巨大コンツェルン間の競争の意に解するナショナリズムが生まれたヨ ーロッパにおいて 、国民と結びつかずヨ ーロッパ諸国家に広がるユダヤ的要素は 、その無用の富のゆえに一般の憎悪の的としかなり得ず 、その明らかな無力さのゆえに一般の軽蔑の的としかなり得なかったのである 。
 反ユダヤ主義の起原と 、この反ユダヤ主義なるものを全体主義運動の猖獗にとって好都合なものであるかのように思わせたいろいろの要素との探索は 、これまで図式的に略述したこの時代の中で行なわれねばならない 。

10:59 午後  
Blogger yoji said...

 ブルジョワジ ーが資本主義的な競争および生産の法則を政治の中に持ちこんだ帝国主義の時代においては 、まさに国家と社会の分離の上に成り立ち 、それゆえ社会から独立した財政の領域を必要としていた国民国家の基礎はくつがえった 。これと同時に西欧のユダヤ人社会の真の解体が始まった 。第一次世界大戦後のヨ ーロッパの急速な没落の前には 、一切の力を奪われたユダヤ人社会があった 。この社会の中にはなお多くの富裕なユダヤ人がいたが 、もはやユダヤ人のグープはなく 、何らかの意味での団体はなかった 。帝国主義的な商売にくらべればユダヤ人の富などは q u a n t i t é n é g l i g e a b l e (問題にならぬ量 )にすぎなかった 。そしてその力の均衡を永久に揺るがされたヨ ーロッパ 、その内部の連帯主義に取って代わって 、国民間の闘争を巨大コンツェルン間の競争の意に解するナショナリズムが生まれたヨ ーロッパにおいて 、国民と結びつかずヨ ーロッパ諸国家に広がるユダヤ的要素は 、その無用の富のゆえに一般の憎悪の的としかなり得ず 、その明らかな無力さのゆえに一般の軽蔑の的としかなり得なかったのである 。
 反ユダヤ主義の起原と 、この反ユダヤ主義なるものを全体主義運動の猖獗にとって好都合なものであるかのように思わせたいろいろの要素との探索は 、これまで図式的に略述したこの時代の中で行なわれねばならない 。


全体主義の起原新版1より

11:00 午後  
Blogger yoji said...

ユダヤ人が戦費を負担した最後の戦争は一八六六年の普墺戦争であ

11:07 午後  
Blogger yoji said...

 ユダヤ人がヨ ーロッパ全体にとって重要な存在にまで上昇したことを純粋なヨ ーロッパ史の関連の内部で見るならば 、この上昇は長期にわたって休みなくつづいた事態の発展の結果だった 。反対にこれをユダヤ史の関連から見るならば 、この上昇はユダヤ人自身もその周囲の人々もまったく予期し得なかったほどの異常な唐突さで起こった 。ユダヤ人金貸しは中世末には以前に持っていた重要性を失っており 、十六世紀初期にはそもそも住民の中で一つの身分的要素をなすユダヤ人というものはもはやいなかった 。いたるところでユダヤ人は都市や商業中心地から村や郊外へ追放された 。このことはたしかに彼らの法律的な立場の非常な悪化をも結果した 。けれども彼らは帝国の最高官庁のまったく信頼できる保護を 、その土地に住む封建君主のまことに当てにならない庇護と取り換えたのである 。この惨めな状態から脱出する転機は三十年戦争の間にやってきた ( 1 4 a ) 。離散の中でも維持されていた他のユダヤ人たちとの関係のおかげで単独ではまったく問題にならないこのしがない金貸したちは 、故国から遠く離れた傭兵軍隊の給養を君主に保証し 、仲介業者の助けを得てその地方全体の食料品を買い占めることができた 。いかにもこれによって得られた社会的上昇はまだごく限られたものでしかなかった 。こうした戦争はまだ半封建的なやり方で行なわれ 、多かれ少なかれそれぞれの王侯の私的な問題にとどまっていたからである 。ともかくこの十七世紀には宮廷ユダヤ人の数はいちじるしく増大し 、この世紀の末にはほとんどすべての封建君主は宮廷ユダヤ人と言えるようなものを抱えこんでいた 。けれどもこのことがはっきりとしており 、また意味を持っていたのは 、集中された権威を必要とせず 、またそれを具体化もしていなかった貴族にとってだけだった 。ユダヤ人によって管理される貴族の財産 、ユダヤ人が貸す金 、ユダヤ人が調達する食糧 ─ ─これらはすべて私的財産として 、ユダヤ人が仕えている君主に属していた 。そして王侯も人民も 、いわんやユダヤ人自身も 、ユダヤ人がこうすることによって何らかの性格の政治的役割を演じているのだとは夢にも思いはしなかったろう 。人民がユダヤ人を軽蔑しようが 、王侯がユダヤ人は信頼できるとして彼らを評価しようが ─ ─ユダヤ人問題は政治的意義を帯び得なかったのである 。
 これらの封建諸侯の機能の変化とともに 、つまり貴族が王侯となり君主となったときにはじめて 、宮廷ユダヤ人の役割も変化したのだ 。異分

11:08 午後  
Blogger yoji said...

第二章ユダヤ人と国民国家 1解放の曖昧さとユダヤ人の御用銀行家

11:09 午後  
Blogger yoji said...

第一章反ユダヤ主義と常識

…一見したところ 、まさに誰の目にも明らかな権力喪失が民衆の憎悪をかきたてたのだ 。トクヴィルの説明はこうである 。フランス貴族の権力喪失は資力の減少を伴わなかった 、そのため民衆は権力を持たぬ過大な富と支配機能を持たない決定的な社会的特典とに突然対面したのである 。民衆の憤激をかきたてたものは 、まったく文字どおりの意味で余計である余計さであった 。ところが権力というものは決して余計ではあり得ない 。なぜなら 、厳密に考えれば権力というものは一人の人物の所有になるものではなく 、他の人々との関係においてある以上 、人間間にのみ存在するものだからである 。たとえ一階級全体が富んでいるとしても 、富というものは実際に個人の問題にすぎないが 、権力というものはたとえ有害なものであってもつねに共同社会形成の力を持っている 。抑圧のもとにあってもなお被支配者は 、権力が共同社会の中で或る機能を持っていることを感じている 。だからこそ貴族階層は司法の権力を専有しているかぎり 、専横なふるまいをし 、その権力を濫用する場合でも許容されるばかりか尊敬されたのである 。貴族が絶対君主政のもとにおけるその特権を失い 、それとともに搾取し抑圧する特権をも失ったときにはじめて 、民衆はこの階級を寄生的なものと感じたのだ 。貴族はもはや何の役にも立たず 、支配することなどは全然できなかった 。換言すれば 、堪えがたく感じられたのは抑圧そのもの 、搾取そのものではまずなかった 。それよりはるかに人々の怒りをそそるのは 、明確な機能をまったく持たない富だった 。実際のところ何がゆえにそのようなものが許容されねばならないのか 、誰にも理解できなかったからである 。
 この原則の実例としては反ユダヤ主義にまさるものはまずあるまい 。反ユダヤ主義は 、ユダヤ人が社会生活の中でのその機能とその影響力を失い 、富のほかにはもはや何ものも所有しなかったときにその絶頂に達したのである 。

11:14 午後  
Blogger yoji said...

アーレントはトクヴィルのフランス革命の分析を借り、民衆の貴族への憎悪と同じパターンとしてユダヤ人差別を説明している

11:16 午後  
Blogger yoji said...



アーレントはトクヴィルのフランス革命の分析を借り、民衆の貴族への憎悪と同じパターンとしてユダヤ人差別を説明している。

全体主義の起原
第一章 反ユダヤ主義と常識 より

《…トクヴィルの説明はこうである 。フランス貴族の権力喪失は資力の減少を伴わなかった 、そのため民衆は権力を
持たぬ過大な富と支配機能を持たない決定的な社会的特典とに突然対面したのである 。民衆の憤激をかきたてたものは 、
まったく文字どおりの意味で余計である余計さであった 。… 貴族が絶対君主政のもとにおけるその特権を失い 、
それとともに搾取し抑圧する特権をも失ったときにはじめて 、民衆はこの階級を寄生的なものと感じたのだ 。
貴族はもはや何の役にも立たず 、支配することなどは全然できなかった 。換言すれば 、堪えがたく感じられたの
は抑圧そのもの 、搾取そのものではまずなかった 。それよりはるかに人々の怒りをそそるのは 、明確な機能をまったく
持たない富だった 。実際のところ何がゆえにそのようなものが許容されねばならないのか 、誰にも理解できなかった
からである 。
 この原則の実例としては反ユダヤ主義にまさるものはまずあるまい 。反ユダヤ主義は 、ユダヤ人が社会生活の中での
その機能とその影響力を失い 、富のほかにはもはや何ものも所有しなかったときにその絶頂に達したのである 。






7:56 午前  
Blogger yoji said...



アーレントはトクヴィルのフランス革命の分析を借り、民衆の貴族への憎悪と同じパターンとしてユダヤ人差別を説明している。

全体主義の起原
第一章 反ユダヤ主義と常識 より

《…トクヴィルの説明はこうである 。フランス貴族の権力喪失は資力の減少を伴わなかった 、そのため民衆は権力を
持たぬ過大な富と支配機能を持たない決定的な社会的特典とに突然対面したのである 。民衆の憤激をかきたてたものは 、
まったく文字どおりの意味で余計である余計さであった 。… 貴族が絶対君主政のもとにおけるその特権を失い 、
それとともに搾取し抑圧する特権をも失ったときにはじめて 、民衆はこの階級を寄生的なものと感じたのだ 。
貴族はもはや何の役にも立たず 、支配することなどは全然できなかった 。換言すれば 、堪えがたく感じられたの
は抑圧そのもの 、搾取そのものではまずなかった 。それよりはるかに人々の怒りをそそるのは 、明確な機能をまったく
持たない富だった 。実際のところ何がゆえにそのようなものが許容されねばならないのか 、誰にも理解できなかった
からである 。
 この原則の実例としては反ユダヤ主義にまさるものはまずあるまい 。反ユダヤ主義は 、ユダヤ人が社会生活の中での
その機能とその影響力を失い 、富のほかにはもはや何ものも所有しなかったときにその絶頂に達したのである 。…》




7:57 午前  
Blogger yoji said...


第二章 ユダヤ人と国民国家 1解放の曖昧さとユダヤ人の御用銀行家 より

《…第一次世界大戦後のヨ ーロッパの急速な没落の前には 、一切の力を奪われたユダヤ人社会があった 。この社会の中には
なお多くの富裕なユダヤ人がいたが 、もはやユダヤ人のグープはなく 、何らかの意味での団体はなかった 。帝国主義的な
商売にくらべればユダヤ人の富などは q u a n t i t é n é g l i g e a b l e (問題にならぬ量 )にすぎなかった 。そしてその力
の均衡を永久に揺るがされたヨ ーロッパ 、その内部の連帯主義に取って代わって 、国民間の闘争を巨大コンツェルン間の
競争の意に解するナショナリズムが生まれたヨ ーロッパにおいて 、国民と結びつかずヨ ーロッパ諸国家に広がるユダヤ
的要素は 、その無用の富のゆえに一般の憎悪の的としかなり得ず 、その明らかな無力さのゆえに一般の軽蔑の的としかなり
得なかったのである 。
 反ユダヤ主義の起原と 、この反ユダヤ主義なるものを全体主義運動の猖獗にとって好都合なものであるかのように思わせ
たいろいろの要素との探索は 、これまで図式的に略述したこの時代の中で行なわれねばならない 。》


全体主義の起原新版1より

8:00 午前  
Blogger yoji said...



アーレントはトクヴィルのフランス革命の分析を借り、民衆の貴族への憎悪と同じパターンとしてユダヤ人差別を説明している。

以下、全体主義の起原
第一章 反ユダヤ主義と常識 より

《…トクヴィルの説明はこうである 。フランス貴族の権力喪失は資力の減少を伴わなかった 、そのため民衆は権力を
持たぬ過大な富と支配機能を持たない決定的な社会的特典とに突然対面したのである 。民衆の憤激をかきたてたものは 、
まったく文字どおりの意味で余計である余計さであった 。… 貴族が絶対君主政のもとにおけるその特権を失い 、
それとともに搾取し抑圧する特権をも失ったときにはじめて 、民衆はこの階級を寄生的なものと感じたのだ 。
貴族はもはや何の役にも立たず 、支配することなどは全然できなかった 。換言すれば 、堪えがたく感じられたの
は抑圧そのもの 、搾取そのものではまずなかった 。それよりはるかに人々の怒りをそそるのは 、明確な機能をまったく
持たない富だった 。実際のところ何がゆえにそのようなものが許容されねばならないのか 、誰にも理解できなかった
からである 。
 この原則の実例としては反ユダヤ主義にまさるものはまずあるまい 。反ユダヤ主義は 、ユダヤ人が社会生活の中での
その機能とその影響力を失い 、富のほかにはもはや何ものも所有しなかったときにその絶頂に達したのである 。…》

以下、第二章 ユダヤ人と国民国家 1解放の曖昧さとユダヤ人の御用銀行家 より

《…第一次世界大戦後のヨ ーロッパの急速な没落の前には 、一切の力を奪われたユダヤ人社会があった 。この社会の中には
なお多くの富裕なユダヤ人がいたが 、もはやユダヤ人のグープはなく 、何らかの意味での団体はなかった 。帝国主義的な
商売にくらべればユダヤ人の富などは q u a n t i t é n é g l i g e a b l e (問題にならぬ量 )にすぎなかった 。そしてその力
の均衡を永久に揺るがされたヨ ーロッパ 、その内部の連帯主義に取って代わって 、国民間の闘争を巨大コンツェルン間の
競争の意に解するナショナリズムが生まれたヨ ーロッパにおいて 、国民と結びつかずヨ ーロッパ諸国家に広がるユダヤ
的要素は 、その無用の富のゆえに一般の憎悪の的としかなり得ず 、その明らかな無力さのゆえに一般の軽蔑の的としかなり
得なかったのである 。》

8:02 午前  
Blogger yoji said...



アーレントはトクヴィルのフランス革命の分析を借り、民衆の貴族への憎悪と同じパターンとしてユダヤ人差別を説明している。

以下、全体主義の起原
第一章 反ユダヤ主義と常識 より

《…トクヴィルの説明はこうである 。フランス貴族の権力喪失は資力の減少を伴わなかった 、そのため民衆は権力を
持たぬ過大な富と支配機能を持たない決定的な社会的特典とに突然対面したのである 。民衆の憤激をかきたてたものは 、
まったく文字どおりの意味で余計である余計さであった 。… 貴族が絶対君主政のもとにおけるその特権を失い 、
それとともに搾取し抑圧する特権をも失ったときにはじめて 、民衆はこの階級を寄生的なものと感じたのだ 。
貴族はもはや何の役にも立たず 、支配することなどは全然できなかった 。換言すれば 、堪えがたく感じられたの
は抑圧そのもの 、搾取そのものではまずなかった 。それよりはるかに人々の怒りをそそるのは 、明確な機能をまったく
持たない富だった 。実際のところ何がゆえにそのようなものが許容されねばならないのか 、誰にも理解できなかった
からである 。
 この原則の実例としては反ユダヤ主義にまさるものはまずあるまい 。反ユダヤ主義は 、ユダヤ人が社会生活の中での
その機能とその影響力を失い 、富のほかにはもはや何ものも所有しなかったときにその絶頂に達したのである 。…》

以下、第二章 ユダヤ人と国民国家 1解放の曖昧さとユダヤ人の御用銀行家 より

《…第一次世界大戦後のヨ ーロッパの急速な没落の前には 、一切の力を奪われたユダヤ人社会があった 。この社会の中には
なお多くの富裕なユダヤ人がいたが 、もはやユダヤ人のグープはなく 、何らかの意味での団体はなかった 。帝国主義的な
商売にくらべればユダヤ人の富などは quantite negligeable(問題にならぬ量 )にすぎなかった 。そしてその力
の均衡を永久に揺るがされたヨ ーロッパ 、その内部の連帯主義に取って代わって 、国民間の闘争を巨大コンツェルン間の
競争の意に解するナショナリズムが生まれたヨ ーロッパにおいて 、国民と結びつかずヨ ーロッパ諸国家に広がるユダヤ
的要素は 、その無用の富のゆえに一般の憎悪の的としかなり得ず 、その明らかな無力さのゆえに一般の軽蔑の的としかなり
得なかったのである 。》

ハイデガーのユダヤ人論より優れている

8:04 午前  
Blogger yoji said...

874 a[sage] 2019/01/01(火) 01:05:47.68 ID:0
ちなみにアーレントはトクヴィルのフランス革命の分析を借り、民衆の貴族への憎悪と同じパターンとしてユダヤ人差別を説明している。

以下、全体主義の起原 第一章 反ユダヤ主義と常識 より

《…トクヴィルの説明はこうである 。フランス貴族の権力喪失は資力の減少を伴わなかった 、そのため民衆は権力を
持たぬ過大な富と支配機能を持たない決定的な社会的特典とに突然対面したのである 。民衆の憤激をかきたてたものは 、
まったく文字どおりの意味で余計である余計さであった 。… 貴族が絶対君主政のもとにおけるその特権を失い 、
それとともに搾取し抑圧する特権をも失ったときにはじめて 、民衆はこの階級を寄生的なものと感じたのだ 。
貴族はもはや何の役にも立たず 、支配することなどは全然できなかった 。換言すれば 、堪えがたく感じられたの
は抑圧そのもの 、搾取そのものではまずなかった 。それよりはるかに人々の怒りをそそるのは 、明確な機能をまったく
持たない富だった 。実際のところ何がゆえにそのようなものが許容されねばならないのか 、誰にも理解できなかった
からである 。
 この原則の実例としては反ユダヤ主義にまさるものはまずあるまい 。反ユダヤ主義は 、ユダヤ人が社会生活の中での
その機能とその影響力を失い 、富のほかにはもはや何ものも所有しなかったときにその絶頂に達したのである 。…》

さらに以下、第二章 ユダヤ人と国民国家 1解放の曖昧さとユダヤ人の御用銀行家 より

《…第一次世界大戦後のヨ ーロッパの急速な没落の前には 、一切の力を奪われたユダヤ人社会があった 。この社会の中には
なお多くの富裕なユダヤ人がいたが 、もはやユダヤ人のグープはなく 、何らかの意味での団体はなかった 。帝国主義的な
商売にくらべればユダヤ人の富などは quantite negligeable(問題にならぬ量 )にすぎなかった 。そしてその力
の均衡を永久に揺るがされたヨ ーロッパ 、その内部の連帯主義に取って代わって 、国民間の闘争を巨大コンツェルン間の
競争の意に解するナショナリズムが生まれたヨ ーロッパにおいて 、国民と結びつかずヨ ーロッパ諸国家に広がるユダヤ
的要素は 、その無用の富のゆえに一般の憎悪の的としかなり得ず 、その明らかな無力さのゆえに一般の軽蔑の的としかなり
得なかったのである 。》

8:06 午前  
Blogger yoji said...

さらに以下、第二章 ユダヤ人と国民国家 1解放の曖昧さとユダヤ人の御用銀行家 より

《…第一次世界大戦後のヨ ーロッパの急速な没落の前には 、一切の力を奪われたユダヤ人社会があった 。この社会の中には
なお多くの富裕なユダヤ人がいたが 、もはやユダヤ人のグループはなく 、何らかの意味での団体はなかった 。帝国主義的な
商売にくらべればユダヤ人の富などは quantite negligeable(問題にならぬ量 )にすぎなかった 。そしてその力
の均衡を永久に揺るがされたヨーロッパ 、その内部の連帯主義に取って代わって 、国民間の闘争を巨大コンツェルン間の
競争の意に解するナショナリズムが生まれたヨ ーロッパにおいて 、国民と結びつかずヨーロッパ諸国家に広がるユダヤ
的要素は 、その無用の富のゆえに一般の憎悪の的としかなり得ず 、その明らかな無力さのゆえに一般の軽蔑の的としかなり
得なかったのである 。》

6:49 午後  
Blogger yoji said...

上のアーレントの見解を柄谷が紹介していた

7:19 午後  

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