月曜日, 9月 28, 2015

経済学者ヒューム

              (経済学マルクス論理学リンク::::::::::

ヒューム:メモ
 http://nam-students.blogspot.jp/2012/01/blog-post_07.html
NAMs出版プロジェクト: ヒューム再考
 http://nam-students.blogspot.jp/2014/11/blog-post_23.html
NAMs出版プロジェクト: 経済学者ヒューム
 http://nam-students.blogspot.jp/2015/09/blog-post_28.html(本頁)

ヒュームは経済学ではマネタリスト、反重商主義者ということになっている。
彼は絶対的な貨幣の価値を疑った。マルクスはそこにブルジョア経済学を見た☆。

http://nam-students.blogspot.jp/2015/02/httpnam-students.html#refka
☆☆『ヒューム 政治論集』 (近代社会思想コレクション04): ヒューム, 田中 秀夫: 本 2010
http://www.amazon.co.jp/dp/4876989621
「貨幣について」1752
http://www.eonet.ne.jp/~bookman/zenkotennha/hume.html
《この現象を説明するためには、われわれはつぎのことを考察しなければならない。すなわち、財貨の高価格は、金銀の増加の必然的結果であるけれども、しかしこの増加につづいてただちに生じるものではなく、貨幣が国家の全体に流通し、その影響がすべての階級の人びとに及ぶまでには、いくらかの時間が必要である。最初は、何らの変化も感じられないが、まず一つの財貨から他の財貨へと次第に価格が騰貴して行き、ついにはすべての財貨の価格がこの国にある貴金属の新しい量ちょうど比例する点に到達する。私の意見では、金銀の量の増加が勤労にとって有利なのは、貨幣の獲得と物価の騰貴との間の間隙、あるいは中間状態においてだけである…》(同p.42)。
貨幣が国家全体を流れていくのを巡ることはたやすい。その場合、貨幣は労働の価格を騰貴させるよりも前に、まずあらゆる個人の勤労を増大させるにちがいない。》(同p.46)。
(マンキュー邦訳第3版入門編1:3:7,281頁、邦訳第2版応用編2:3:8,256頁参照。『市民の国について (下) 』57~8頁(岩波文庫.ヒューム, 小松 茂夫)参照。)

経済学批判要綱 - Wikipedia
マルクスは本文の一部である「貨幣にかんする章」をもとにした原初稿(Urtext)を執筆し、さらにこれを改稿して、翌1859年に『経済学批判』☆を出版した。『経済学批判』の序言(Vorwort、「序説」とは異なる)で述べられる、資本・土地所有・賃労働・国家・外国貿易・世界市場の全6部からなる経済学批判の著述計画は、1857-58年の経済学草稿の執筆のなかで構想されたものである。その後、彼の研究の進展を受けてこの計画は変更され、1867年に『資本論』第1巻が出された。したがって、この草稿はマルクスが本格的にまとめた経済学研究の最初の成果であり、『経済学批判』を経て主著『資本論』へと至る彼の経済学研究の中心部分の構想を展開した最初の原稿と見なされる。他方で、『経済学批判』や『資本論』には反映されなかった議論もあり、この草稿の独自の価値も存在する。

ヒュームへの言及
大月全集第13巻

デビッド・ヒューム (David Hume), 1711-1776. 

 西洋史上最大の哲学者の一人で、さらに一流歴史家、経済学者、終生の懐疑主義者で好人物。デビッド・ヒュームはスコットランド啓蒙主義最大の一人で、アダム・スミスの親友。ヒュームの経済学への貢献はもっぱら『政治論集』 (1752) にあり、これは後に『道徳・政治・文学論集』 (1758) に組み込まれた。
 ヒュームは熾烈な反重商主義だった。富というのは、その国の財のストックで計測されるべきで、お金のストックで計測されるのではないと確信していた。また、 貨幣数量説と貨幣中立説を比較的うまく説明した(「お金は交易の車輪などではない。それは車輪の動きをなめらかで容易にする潤滑油なのだ」Of Money, 1752)。重商主義者とはちがって、ヒュームは低金利はお金がたくさんあるせいではなく、商業が絶好調だからだ、と考えた。金利の融資可能資金理論を始めて考案した人物で、金利は融資の需要と貯蓄の供給で決まるのだ、と論じている。低金利はこのように、好調な商業経済の症状であり、抜け目なさと利益や貯蓄の欲求がそこでは主流になるために金利が下がるというわけだ。だが、短期的には(そして短期的にだけ)お金の供給(マネーサプライ)を増やすと産業によい影響があることは認めた。
 ヒュームの最大の貢献は国際貿易面でのものだ。 重商主義者とはちがって、ヒュームは貿易がゼロサムゲームだとは思わず、相互に利益があるのだと論じた。国際貿易の総量はまったく固定されたものではなく、あらゆる国の多様性と富に直接関連しているのだ、とヒュームは論じた。その結論に曰く「したがって私は、一人の人間としてのみならずイギリス臣下として、ドイツ、スペイン、イタリア、そしてフランスさえも、それ自体の商業の開花を祈念するものである」 (Of the Jealousy of Trade, 1758)。
 ヒュームはまた自動「価格-正金フロー」メカニズムと「reflux principle」を提唱した。その基本的な議論は、黄金正貨の国内流入は対外貿易収支を操作することで実現できるという、古い重商主義政策提案を否定することだった。ヒュームによれば、正金の流入は貨幣数量説により国内価格上昇をもたらし、相手国に対する交易条件を変える。したがって外国での輸出品需要が下がり、対外貿易収支は逆転して、正金はこんどは流出してしまう。ヒュームはまたこの論理を使い、物価上昇が賃金上昇のせいだという発想を否定した。具体的には、もしイギリスで賃金上昇からくる物価上昇があれば、イギリスと他の国との交易条件は、イギリスの輸出品に不利な形で変化し、他国からの輸入品には有利になる。これによってお金はイギリスから流出し、したがってイギリスのお金のストックを減らして、するとイギリスでの物価水準はまた下がる。
 ヒュームの国際貿易における自動フローメカニズムは、国々の間の貿易には「自然なバランス」があって、意図的な政策ではこれを変えたり否定したりはできないという発想に裏付けを与えた。だがヒュームは同時代の政治社会哲学者たちに人気のあった「自然法」や「社会契約」を信じてはいなかった。政治面でも哲学面でも、ヒュームは徹底した経験論者だった。道徳についての快楽主義的な理論は、効用主義の基盤となった。倫理や制度、社会慣習の「進化」に関する理論は、ハイエクやその後の進化的理論に大きく影響した。ヒューム思想の他の具体面については デビッド・ヒューム入門を参照。

デビッド・ヒュームの主要著作

デビッド・ヒュームに関するリソース



1 Comments:

Blogger yoji said...

ヒックスの景気循環論では、ヒュームはモンテスキューり意識していた
またアメリカからの銀流入を念頭に入れていた

9:51 午後  

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