水曜日, 4月 26, 2017

ヴェロネーゼの『カナの婚礼』 Paolo Veronese, The Wedding at Cana

           (美術リンク:::::::::

NAMs出版プロジェクト: ヴェロネーゼの『カナの婚礼』

http://nam-students.blogspot.jp/2017/04/blog-post_94.html

NAMs出版プロジェクト: 元素の周期表 : The periodic table of the elements

http://nam-students.blogspot.jp/2012/10/periodic-table-of-elements.html


Paolo Veronese, The Wedding at Cana.

パオロ・ヴェロネーゼ作 「カナの婚礼」1562-63/パリ・ルーヴル美術館


BBC Journeys from the Centre of the Earth 3of6 Art DivX MP3 UKNova

https://youtu.be/7KuB5VDDXA4 カナの婚礼は30:04~


地中海の歴史と科学 大地からのメッセージ JOURNEYS FROM THE CENTRE OF THE EARTH

http://pub.maruzen.co.jp/videosoft/chichukai_rekishi/index.html 2004

Mediterranean Sea 地中海




ヴェロネーゼの『カナの婚礼』


BBC地球伝悦  地中海 色 シリーズ


地中海 6つの旅 ~大地の歴史をさぐる~

第3回 色と芸術


http://www.bs-asahi.co.jp/bbc/na_06_03.html



私たちの足元、大地の下で働いている地質学的な力に着目し、地中海沿岸の歴史や文化を見直し、謎を解き明かしていくシリーズの第三夜。今回は、色と芸術との関係を考える。

一見無関係に思える絵画と地質学だが、実は深い関係があった。ラスコー洞窟の壁画から印象画の絵画まで、美の追求の影には鉱物から顔料を開発する歴史の積み重ねがあったことが明らかにされていく。「絵画はさまざまな石の性質を閉じ込めた地質学的なカタログ」と語るイアンは、名画を別の角度から見る楽しみを教えてくれる。古代エジプトで作られた史上初の人口顔料"エジプト青"を実際に当時の方法で作り出したり、アラビアの錬金術師と同じ方法で辰砂から水銀を取り出してみたりといった実験も興味深い。顔料について説明する過程で、原子の構造といった難しい事柄も出てくるが、それをわかりやすく説明するのはイアン・スチュワートならではだ。風船を持った観光客に協力してもらい、ビッグバン後の原子の生成を楽しく紹介する。


地質学者のイアン・スチュアートが地中海の名所を旅しながら、大地の下で働く地質学的な力と芸術の関係を見ていく。現代社会はあらゆる色であふれているが、そこには岩から顔料を開発する長い試行錯誤の歴史があった。

フランスのラスコー洞窟にある1万5千年前の壁画には、赤や茶色、黒、白しか使われていない。黄土など手近な土をすりつぶして顔料にしていたためだ。

約5千年前の古代エジプトでは、鶏冠石やクジャク石など、色のある鉱石を砕いて顔料にするようになったため、黄色やオレンジ、緑も使われている。また初めて化学的に合成された顔料といえる"エジプト青"も生み出された。これに触発され、人工的に金を作り出そうとする試みが始まる。 8世紀にはアラビアの錬金術師が、硫化水銀である辰砂を分解し、化合し直せば金を作れると考える。結局金は作れなかったが、その過程で朱が生まれる。こうした実験で豊かになった顔料は地中海一帯に広まり、やがて16世紀に入り、ルネサンスが開花した。しかしこれらの顔料は、色褪せしやすい上に、有毒であるという欠点があった。

19世紀に入ると、産業革命に駆られて進歩した近代科学によって、万物を構成しているのは元素であることが発見される。また元素の周期表が作られたことによって、色を発する元素(遷移金属)も特定され、それらを合成して、安全で長持ちする顔料が作られるようになる。この新しい絵の具を使い、印象派の名画が生まれたのである。

現在では研究が進み、原子が3種類の素粒子(電子・陽子・中性子)で構成されることも分かっている。色が色として認識されるのには、光が7色の波長を持つことと関係している。遷移金属が色を発するのは、その電子が特定の色を吸収・反射するためである。 



http://t-jikkosan.jugem.jp/?eid=59

パオロ・ヴェロネーゼの「カナの婚礼」

2009.04.09 Thursday | by ムッシューP


今回の作品は、ルネサンス、ヴェネツィア派の巨匠パオロ・ヴェロネーゼの大作「カナの婚礼」です。 パリのルーヴル美術館にあるこの絵は、あまりにも大きな画面に、たくさんの人びとが描かれていて、それだけでも圧倒され、記憶に残る作品です。



パオロ・ヴェロネーゼ作 「カナの婚礼」1562-63/パリ・ルーヴル美術館


なんと、縦666cm、横990cmの大画面です。大作で有名な、あのダヴィッドの「ナポレオンの戴冠式」より大きく、ルーヴル美術館で最大の絵画だそうです。描かれた人物は、100人以上、130人といわれています。犬や猫も、いきいきと描かれています。ギリシャ風の建築物に囲まれて、明るい日差しの中での婚礼祝宴ですね。中央には、キリストが後光を背に、正面を向いて坐っています。つまり、これは、単なる祝宴画ではなく、宗教画なのです。


新約聖書ヨハネの福音書2章1~12節に、ガラリアの村カナにおける婚礼祝宴で、キリストが最初に起こした奇跡を描いています。母マリアや弟子たちも招かれていたのですが、祝宴の途中でぶどう酒がなくなり、母がイエスにそのことを伝えたところ、イエスは召使たちに水甕に水を入れさせて、宴会の世話役に持っていかせました。世話役が味見をすると、水は上等のぶどう酒に変わっていたのです。イエスのこの最初の奇跡によって、弟子たちはイエスを信じることになるという話です。


ヴェロネーゼは、1562年に、ヴェネツィアのサン・ジョルジュ・マッジョーレ修道院のベネディクト修道会から、新しい食堂の壁面に飾るための絵を依頼されます。15ヶ月をかけて完成したこの巨大な絵は、評判を呼び、他の修道会からも同様の注文の依頼ががあったそうですが、当時の修道会は、多くの金持ちたちが入会していて、このような贅沢な注文も、それほど稀なことではなかったようです。


当時のイタリアでは、このような祝宴画がよく制作され、宗教画でありながらも、おおらかな風俗画として好まれたそうです。とくにヴェロネーゼは、古代建築を取り入れた安定した構図に、いきいきした場面描写、なかんずく華麗な色彩が、多くの人に愛され、後世の画家たちにも大きな影響を及ぼしました。そしてここでは、注文主の潤沢な財力のおかげで、高価なウルトラマリーン☆を多用することができ、空の青さや点在する衣服の青が、画面全体の色彩を、いっそう華やかにそして豊かにしています。


この絵は、その後1799年に、ナポレオンによってパリに持ち去られ、1793年に開館したルーヴル美術館に収められたそうです。1815年に略奪した美術品が、イタリアに返還されたときにも、この作品は返されずに、そのまま現在に至っています。そのおかげか、その後のヨーロッパ美術に多大な影響を、この絵はもたらしたそうです。現在ルーヴル美術館では、あの「モナリザ」と同じ部屋で展示されていますので、ご覧になった方も大勢いらっしゃると思います。


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世界で最も高価な色、金より貴重な顔料「ウルトラマリン」の歴史 - GIGAZINE

http://gigazine.net/news/20150610-world-costliest-color-ultramarine/

世界で最も高価な色、金より貴重な顔料「ウルトラマリン」の歴史

by Boris Mann

「海を越えた」という意味の「ウルトラマリン」は金よりも高価な色として芸術家に重宝されたり、芸術家の家族を貧乏のどん底に追いやったりしてきました。ウルトラマリンとは一体何なのか?ということで、その歴史がParis Reviewにまとめられています。

A Brief History of Ultramarine—The World’s Costliest Color
http://www.theparisreview.org/blog/2015/06/08/true-blue/

画家ミケランジェロの初期の作品「キリストの埋葬」は未完のままこの世に残っていますが、キリストの埋葬が未完なのは、絵を描く上で使うウルトラマリンの顔料をミケランジェロが手に入れられなかったからだと言われています。一方で、ラファエロはウルトラマリンの顔料を絵の仕上げに使い、フェルメールはふんだんにウルトラマリンの顔料を使ったが故に家族を借金の泥沼に陥れていました。


数々の芸術家に愛され、「海を越えた色」という名を持つ「ウルトラマリン」の原料は宝石の一種であるラピスラズリです。ラピスラズリは何世紀もの間、アフガニスタン北部の山脈にある乾燥地帯でのみ採掘されており、金よりも貴重だと考えられてきました。ラピスラズリは海路でヨーロッパまで運ばれてきたため「海を越えた色」と呼ばれたわけです。

ラピスラズリをウルトラマリンの顔料にするにはまず石を細かい砂状に砕き、解かしたワックス・油・松ヤニなどと混ぜます。できた塊をうすい灰汁の中でこねると粒子が容器の底に沈んでいき、最終的には青い粒子を含んだ透明な抽出物が完成するわけです。

宝石を原料とするウルトラマリンはあまりにも高価なため、通常はキリストかマグダラのマリアの着ている衣服を描く際にしか使われていませんでした。また、当時の画家は絵画にかかる費用をパトロンに負担させていましたが、人によってはウルトラマリンの代わりにインディゴスマルトの顔料を使い、ウルトラマリンを買うためのお金を着服していた人もいたそうです。

上記のような状況を見かねて、1824年、フランスの工業奨励協会は「ウルトラマリンの代わりになる顔料を開発した人に6000フランを与える」と発表。数週間後、フランスの薬剤師であるジャン=バプティステ・ギメ氏とドイツ人研究者のクリスティアン・グメリン氏が別々に合成ウルトラマリンを開発したと名乗り出ました。グメリン氏は「1年前に既に合成ウルトラマリンを開発していましたが、論文が発行されるまで発表を控えていた」と主張し、ギメ氏も「2年前に既に開発していたが公表していなかっただけ」と主張したため、賞金をめぐって大きな争いが起こりましたが、結局、ギメ氏が作り方を公表しなかったため、グメリン氏が合成ウルトラマリンの創始者として認められ、賞金を得たとのこと。

by Orbital Joe

現在、合成ウルトラマリンは他の顔料と同じような値段で販売されていますが、やはり微妙に色合いが違うため、「天然のウルトラマリンを手に入れられるならば自分の耳を切ってもいい」と言う画家は多くいます。

一方で、合成ウルトラマリンには鉱物が含まれていないゆえに、天然ウルトラマリンよりも豊かな色合いだという声もあります。20世紀のアメリカ画家であるアンドリュー・ワイエスは天然ウルトラマリンについて「色が純粋すぎます。現代の影や色合いに使うと、その純粋さゆえにぞっとするような印象になってしまう」「旧式の青には黄色が混ざっており、現代の色とは調和しない」と語っています。手で細かく丁寧に砕かれた天然ウルトラマリンであっても、方解石黄鉄鉱普通輝石雲母などが混ざっており、光を反射したり透過させたりします。そのため、さまざまなストロークで描かれた絵は、見る角度によって青が白や金色に見えてしまうそうです。

小説家のウィリアム・H・ギャス氏は「On Being Blue」という本の中で「青は古代から色んな場所に存在しました。氷や水、炎、洞窟、花、果物、そして魂」と語っています。古代エジプトの書籍では、真ん中に金が埋め込まれ目の形に彫られたラピスラズリが魔除けとして扱われており、クレオパトラがラピスラズリの粉でアイシャドーを施していたことからも、青がいかに神聖な色として扱われていたかが分かります。


ある色彩鑑定家は「青が深くなると人は『無限』の感覚が呼び起こされ、純粋で超自然的なものへの欲求に気づきます」と語りますが、現代になっても空の青を瓶に詰め込むことができず、炎の青に触れることもできない人間にとって、青は神聖な色として存在し続けるのです。


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ヴァーミリオンVermillionVermilion

  • 朱色:朱色(しゅいろ、しゅしょく)は色の一つ。硫黄水銀から人工的に作られた化合物としての硫化水銀(II)HgSの色を銀朱(ぎんしゅ)という。 英語ではバーミリオン(ヴァーミリオン、vermilion, vermillion)とよばれる。



2 Comments:

Blogger yoji said...

青色LEDはなぜ難しかったのか - 身近な科学
http://tehiro.sakura.ne.jp/studyaid/diary.cgi?no=51

青色LEDはなぜ難しかったのか

※本記事はアドベントカレンダー「明日話したくなる科学豆知識2」( http://www.adventar.org/calendars/513 )の一環として書いています。


アドベントカレンダーの季節がやってきましたね。2013年に引き続き、1ヶ月間がんばっていきたいと思います。
今年のアドベントカレンダーでは、新しい試みとして5日毎にテーマを変えていこうと思います。

最初のテーマは「2014年にあったこと」です。
2014年もあと1か月。振り返ってみるといろいろありましたね。
科学に関する大きなニュースとしてはノーベル賞の日本人受賞でしょうか。今年のノーベル物理学賞では、赤崎・天野・中村の3名の博士が受賞し、話題となりました。この3名の受賞理由は、みなさんよく知っている通り「実用的な青色LEDの発明」です。

ファイル 51-1.jpg
図1:青色LED(画像はWikipedia「発光ダイオード」より引用)

ところで、この青色LEDの発明は、なぜノーベル賞になるぐらいインパクトがあったのでしょうか。その理由は、青色LEDの開発は、ほかのLEDと比べて非常に難しかったからです。1960年代、70年代に実用的な赤色・緑色のLEDが相次いで発明された一方で、実用的な青色LEDが生まれたのは1993年でした。青色は20世紀には作れないだろうと考えられていたのです。

では、どうして青色LEDだけ、こんなにも難しかったのでしょうか。気になりますよね。
そこで、本記事では「青色LEDがなぜ難しかったか」を工学的な視点からご紹介したいと思います。


そもそもLEDとは?

まずは、基礎知識として、LEDとは何かをお話しします。
LEDは Light Emitting Diode の略で、要するに電圧をかけると光を放出するダイオードのことです(図2)。ダイオードとは一方向にしか電流を流さない、特殊な半導体のことですが、この話の中では半導体によって出来ていると言うことだけわかれば十分です。

ファイル 51-2.png
図2:電圧をかけるとLEDは光を放出する

ポイント1:放出される光の波長

さて、LEDの開発において、もっとも重要なのは「放出される光の波長」です。ダイオードに使用する半導体の種類によって、放出される光の波長が決まります。つまり、半導体の種類を変えずに放出される光の波長を変えることは出来ません。
よって、いかに青色の波長の光を放出する半導体を探すかがポイントになります。幸い、青色の光を放出する半導体は、かなり昔から知られていて、セレン化亜鉛(ZnSe)系の材料と、窒化ガリウム(GaN)系の材料の2種類がありました。


ポイント2:半導体結晶の原子の間隔

ただし、ZnSeとGaNは「電圧をかけると青色に光る」ということがわかっていただけで、LEDとしては実用には耐えないものでした。どういうことかというと、実用化のためには、大きな半導体の結晶が必要です。結晶が出来ても、それが小さかったら発光する光の量も小さくなってしまうのです。発光の量が小さかったために実用に耐えなかったのです。

上の理由から「半導体結晶をいかに大きく成長させるか」という視点が必要になります。大きな半導体結晶を作るためには、基板と呼ばれる異なる半導体の結晶が必要です。この基板にLEDの原料のガスを吹き付けて、上に積もらせ、高温で固めていきます。このとき、基板の半導体の原子の間隔と、上に乗せたい半導体の原子の間隔が異なる(これを「誤差が大きい」といいます)と、うまく成長できません(図3)。当然ですが、原子の間隔は半導体の種類によって決まりますね。

ファイル 51-3.png
図3:原子の間隔が異なるとうまく結晶が成長できない

当時、半導体のための「スタンダードな基板」が知られており、ZnSe との原子の間隔の誤差は 1パーセント 以下でした。ZnSe は、比較的容易に結晶を成長させることはできますが、寿命が短いのです。実験では10時間程度しか持たなかったそうです。世の中に数多使われる青色LEDが、10時間で交換しなければならないということであれば、たまったものじゃないですね。

一方のGaN は、一旦成長させることができれば、結晶の頑丈さから、寿命が長いことが期待できました。しかしながら、GaN には「ちょうどいい基板」がありません。もっとも原子の間隔が近い基板ですら 16パーセント も誤差がありました。一般に、誤差の大きさが 1パーセント 以下でないとうまく成長しないと言われていますから、これは非常に大きな誤差です。

したがって当時の研究者は「結晶成長が容易な ZnSe の寿命をいかに延ばすか」と「結晶成長の難しい GaN をいかに成長させるか」の二者択一を迫られていたというわけです。

前者に傾く研究者が多い中、今回ノーベル賞を受賞した3名は後者にかけたのでした。


青色LED実用化のアイデア

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図4:GaNと基板の間にやわらかく薄い層を挟む

ブレイクスルーになったのは、赤崎博士の「GaNと基板の間にやわらかく薄い層を挟む」というアイデアでした。図4のように、上下の堅い結晶をうまく取り持つように、間にやわらかい素材を挟むのだそうです。このアイデアは成功し、大きくきれいな結晶を成長させることができました。この方法は、GaN 系のLEDやレーザーを実用化する上でなくてはならないものになったのです。


まとめ

まとめると、青色LEDが難しかったのは「青色を発色する窒化ガリウム(GaN)の原子の間隔と基板の原子の間隔が異なり、窒化ガリウムが成長しづらかったから」です。これを解消した「やわらかく薄い層を挟む」というアイデアが、ノーベル賞級の大発明だったのですね。

今回は「青色LEDがなぜ難しかったか」を工学的な視点からご紹介しました。
忘年会等も増えていきますが、ネタに困った際はぜひお使いください。2014年を振り返れるかもしれませんよ。


明日は、のぞみんさんによる2014年に話題をさらった朝の連続ドラマに関するお話です。お楽しみに!

文章:辻順平(科学勉強会)

参考ページ:
withnews ノーベル賞の赤崎勇氏、不可能だった「青色LED」実現した逆転方法

6:46 午後  
Blogger yoji said...

ヴェロネーゼ

ロンギ
イタリア絵画史
185
生活の上では不愉快に違いないこの無関心は、芸術においては最高のものとなる

5:44 午後  

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