月曜日, 6月 11, 2018

ジルベール・シモンドンGilbert Simondon、1924年10月2日 - 1989年2月7日

 NAMs出版プロジェクト: ドゥルーズ体系(Deleuze-system):メモ

ジルベール・シモンドン
哲学書新刊情報++
@Philo_Shinkan
【7月16日発売予定】
『個体化の哲学: 形相と情報の概念を手がかりに (叢書・ウニベルシタス)』(ジルベール・シモンドン著 法政大学出版局)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4588010832
【Amazon紹介文】「「認識論および存在論に先立つ真の第一哲学」としての個体発生の知に迫る。」
【Amazon】→ (link: http://www.amazon.co.jp/gp/product/4588010832?ie=UTF8&camp=1207&creative=8411&creativeASIN=4588010832&linkCode=shr&tag=chikuchiku0f-22) amazon.co.jp/gp/product/458…

youtubeに幾つか動画がある。ina.frにはなかった。詳細不明。

Gilbert Simondon - Entrevista sobre la tecnología (1965)


Le point sur la technologie I: Définition (1967) - YouTube


“Le point sur la technologie”: interviews with Simondon, Leroi ...


0:55~2:35
Yves DEFFORGE―Vous avez, dans ce livre, également lancé une expression qui, depuis, a pris une grande extension : c’est celle d’objet technique. Pourriez-vous nous donner le sens de cette expression et ses limites surtout ?
Gilbert SIMONDON–Au point de départ, j’ai été sensible à une espèce d’injustice dont notre civilisation s’est rendue coupable envers les réalités techniques. On parle d’objets esthétiques, on parle d’objets sacrés, mais n’y a-t-il pas des objets techniques ? J’ai voulu employer la même expression parce qu’il m’a semblé que cette symétrie pourrait attirer l’attention sur une lacune. Si on laisse de côté cet aspect initial qui est plutôt une motivation qu’une raison, je crois qu’on pourrait dire qu’objet technique doit s’entendre en deux sens : est objet ce qui est relativement détachable, comme ce microphone, comme une pièce qu’on peut vraiment emporter avec soi, ce qui suppose qu’elle soit de dimensions manipulables et correspondant aux forces du corps humain. D’autre part, est objet aussi ce qui, dans l’histoire, peut être perdu, abandonné, retrouvé, en somme ce qui a une certaine autonomie, une destinée individuelle. Quand l’industrie produit des objets, qu’elle les lance sur le marché, après elle se désintéresse d’eux et ils ont leur existence toute personnelle. En somme, ce sont comme des organismes bien qu’ils ne soient pas vivants. Voilà pourquoi on peut parler d’objets.
Yves DEFFORGE-この本では、以来、優れた拡張機能を取り入れた表現を開始しました。これは、技術的なオブジェクトの表現です。この表現の意味とその限界を特に教えてください。
ギルバート・シモンドン - 出発点として、私は文明が技術的現実に向かって罪を犯しているという一種の不公平に敏感でした。私たちは審美的な物について話し、神聖な物について話しますが、技術的な物はないのですか?この対称性がギャップに注意を引くことができると私には思われたので、私は同じ表現を使いたいと思った。私たちが理由よりもむしろモチベーションであるこの最初の側面を脇に置いておけば、技術的な対象を2つの意味で理解しなければならないと言えるでしょう。あなたが本当に運ぶことができる作品は、それが操作可能な次元であり、人体の力に対応していると仮定します。一方で、歴史の中で失われ、放棄され、発見された、ある種の自主性、個々の運命を持つものを短期間に捉えたものでもあります。業界が対象物を生産するとき、市場から離れると、彼らは非常に個人的な存在になります。要するに、彼らは生きていないのに生物のようなものです。そういうわけで私たちは物体について話すことができます。

aphelis.net/technology-interviews-simondon-leroi-gour...
Yves DEFFORGE―Vous avez, dans ce livre, également lancé une expression qui, depuis, a pris une grande extension : c'est celle d'objet technique. Pourriez- vous nous donner le sens de cette expression et ses limites ...



Le point sur la technologie I: Définition (1967) - YouTube

www.youtube.com/watch?v=V8pzNZM8brM
Part 1 of 3. French television program produced by Radio Télévision Scolaire in 1967. Features ...
再生時間:28:54
投稿日:2013年12月9日



ジルベール・シモンドン(フランス語: Gilbert Simondon、1924年10月2日 - 1989年2月7日)は、フランスの哲学者。個体化の理論を提唱したことで知られている。ジル・ドゥルーズとベルナール・スティグレールに大きな影響を与えた。


目次
履歴 編集

フランスのサン=テティエンヌに生まれる。ジョルジュ・カンギレム、マルシャル・ゲルー、モーリス・メルロー=ポンティの薫陶を受ける。出身校はパリの高等師範学校とソルボンヌ大学である。

1958年に提出された彼の博士論文にして主著となる「ゲシュタルトおよび情報の概念の観点からみた個体化」は2回に分けて発表された。1度目は1964年に『個体とその物理学的・生物学的発生』という題名でフランス大学出版局から、残りの部分は後年1989年に『心的および集団的個体化』としてオービエ出版からそれぞれ出版された。彼の博士論文は当初あまり注目を集めていなかったが、シモンドンが博士論文の直後1958年にオービエ社から上梓した補足的論文「技術的対象の存在様態について」が、ジル・ドゥルーズ、続いてブルーノ・ラトゥールやベルナール・スティグレールらに言及されたことを受けて、博士論文の方も広く読まれるようになった。2005年にはようやく、博士論文の完全版がジェローム・ミロンの手により出版された。

主要著作 編集

一次文献 編集
Du mode d'existence des objets techniques (Méot, 1958; second ed. Paris: Aubier, 1989).
L'individu et sa genèse physico-biologique (l'individuation à la lumière des notions de forme et d'information) (Paris: PUF, 1964; second ed. J.Millon, coll. Krisis, 1995).
L'individuation psychique et collective (Paris, Aubier, 1989; reprinted in 2007 with a preface by Bernard Stiegler).



ネット上で手に入る翻訳 編集
On the Mode of Existence of Technical Objects, link to PDF file of unpublished 1980 translation .
The Individual and Its Physico-Biological Genesis, link to HTML file of unpublished 2007 translation.
Save the Technical Object, link to PDF file of unpublished 2013 translation.
MEOT / METO, link to PDF file of unpublished 2010 translation.
その他 編集






ドゥルーズはシモンドンの議論をいかに理解し使用 したか/ ドゥルーズの忠実さと過剰さ
近藤 和敬 鹿児島大学法文学部紀要人文学科論集


差異と反復:
#2 25
齟齬する諸セリーとそれらの内的な共鳴が、システムの構成において重要であるということについては、ジルベール・シモンドン Gilbert Simondon, L'ilndividu et sa genès

(ただしシモンドンは、諸セリー間の類似の要請、あるいはそこで作動する諸差異の小ささの要請が条件となると主張している。)

#2
[28] ことにフロイトにおける幻想にあてられた箇所において、ジャック・デリダは、つぎのように書いている。「したがって、起源的であるのは、まさに遅れなのである。もしそうではないとすれば、差延は、意識が

エクリチュールと差異下


差異と反復
#5

要するに個体性とは、その個体性を構成する諸強度において差異を即自的に含み肯定するものなのである。最近、ジルベール・シモンドンが指摘したところによれば、個体化は、何よりもまず、或る準安定状態、すなわち或る「齟齬のはたらき」の存在を前提としている。それはちょうど、少なくとも二つの異質なレヴェルにある大きさのあいだに、あるいは二つの異質な段階にある実在性のあいだに、いくつかのポテンシャルが割りふられているようなものである。



引用されたシモンドンの文章

意味の論理学:
「生体は、自己の境界*で、自己の境界の上で生きてい
る生命に特徴的な極性は、膜の水準にある。この場所
で、生命は本質的な仕方で動的位相の局面として実在す
る。この動的位相そのものは、メタ安定性を維持し、そ
れによって生命は実在する。…内部空間の全内容は、位
相的には、外部空間の内容と生体の限界で接触してい
る。実際、位相において隔たりはない。内部空間にある
生ける物質の集塊は、生体の境界上で活性化して外部世
界に現前する。…内部環境の一部をなすという事実は、
中にあるというとことだけでなく、境界の内側に向かっ
ているということでもある」
「内部空間の中身が、外部空間の中味と、生体の境界で
位相的に接触する」
「実際は、投射はユークリッド空間を位相空間へ変換す
る。だから、ユークリッド的な仕万では皮質を適切に表象
することはできない、厳密には、微小領域に対してなら幾
何学的意味で投射はあるが、皮質に対しては投射について
語るべきではないだろう。そして、ユークリッド空間の位
相空間への変換と言うべきだろう」

千のプラトー:
「形相と質料のあいだに、中間的媒介的な帯域が存在す
るということ」
とは、命令する人聞が自己の内部まで考えたもので
あり、命令を実際に与えるときには積極的に表現しなけれ
ばならないものである。すなわち形相は表現可能なものの
に属している。」
「技術系統の絶対的起源」ディーゼルエンジンや真空管
のこと
「変調することは、連続的に変化するように型取りをす
ることである」42
「冶金術は質料形相モデルによって完全に思考されるも
のではない。冶金術の型取りは目に見える形で瞬間的に
成就されるのではなく、継起するもろもろの操作の結果
である。厳密には型取りと質的な変容とを区別すること
はできない。綱の鍛造と焼き入れは、本来の型取りと呼
ばれるべきものよりも、前者は以前であり、後者は以後
である。しかしながら鍛造と焼き入れは対象を構成する
ものなのである。」

感覚の論理:
「鋳型から取り出す(démouler)に際して停止は決して
存在しない。なぜならエネルギー媒体の循環は、永久に
鋳型から取り出すことと等価であるからである。移調装
置とは時間的に継続する鋳型である……鋳型を作るとは
決定的な方法で移調すること、移調するとは継続的で絶
えず変化する方法で鋳型を作ることである」

フーコー:
直前にフッサールへの言及在り。フッサール『イデー
ン』の賽子一擲、点の配置としての意思決定(未確認)。

襞:
「型から取り出す作業にとって停止は決してありえない。
なぜなら、エネルギーの支えの循環は、たえまない型取り
に等しいからである。一つの変調器は、時間的な連続的型
である。型取ることは決定的な仕方で変調することである
が、変調することは連続的な、たえまなく変化しうる仕方
で型取ることである」

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